Op.4: 汀の錬金術師
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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祖母が家を離れたのは、内乱が始まるより前。祖父は、内乱開始から程なくして姿を消した。
母は殲滅戦へ切り替わった頃に家を出て、そして今度は父が南へ行く。
思い出なら、しまい切れないほど詰まっている屋敷だった。
なのに、そこから聞こえる家族の声だけが、一つずつ減っていった。
数日後。
セントラルの大通りは、地鳴りのような歓声に包まれていた。
イシュヴァール内乱終結を祝う軍の式典。
沿道を埋める民衆は旗を振り、英雄たちへ惜しみない拍手を送っている。その中心に、セシリアも立たされていた。
軍から用意された正装へ袖を通してから、鏡をまともに見ることができなかった。
濃紺と白。仕立ては申し分ない。
けれど、それは医師のための装いではなかった。
ナースドレス。
その服を差し出された時、胃の奥が小さく縮んだ。
医師免許を与えられた。
それなのに今日、国民の前へ差し出される自分は「医師」ではない。
理由を説明されなくても、意味だけはぼんやりと分かる気がした。
「セシリア・エアハート」
キング・ブラッドレイの厳かな声が響く。
「イシュヴァール戦において多数の負傷兵を救命し、その献身的な救護活動によって多大なる功績を……」
読み上げられる言葉が、何一つ胸へ落ちてこない。
そこにいるのは、軍にとって都合よく整えられた若き救護の英雄だけだった。
促されるまま前へ出る。
跪き、頭を垂れると、純白のナースキャップが頭上へ置かれた。
拍手が一段と大きくなる。
「綺麗……」
「どんな負傷兵も見捨てなかったんだって」
「まだ若いのに大したもんだ」
「あの人が東の熾天使 ?」
「バーク=フロスト卿の孫で、一番弟子ってのは本当か?」
「でも当の伯爵は行方知れずだろう? 爵位はどうなるんだ」
「さぁ、そこまでは……」
無遠慮な囁きが、拍手の隙間から細い針のように入り込んでくる。
その中の一つに、セシリアは僅かに眉を寄せた。
東の熾天使。
誰のことだろう。
やがて国家錬金術師としての名が読み上げられた。
「汝、セシリア・エアハートに、名『汀 』を与える」
生と死の水際に立ち、命をこちら側へ引き戻す者。
そう由来を告げられても、やはり実感はなかった。
ずっと欲しかったはずの資格も。銀時計も賞賛も、どれ一つ自分の手で掴んだものには思えない。
「……笑いたまえ」
顔を上げたセシリアの耳元へ、キング・ブラッドレイの暗く穏やかな声が落ちる。
「それとも、“造反の不問”を代価にしたところで、首輪を嵌められては喜べないかな?」
「……!」
冷たいものが背筋を走った。
母は殲滅戦へ切り替わった頃に家を出て、そして今度は父が南へ行く。
思い出なら、しまい切れないほど詰まっている屋敷だった。
なのに、そこから聞こえる家族の声だけが、一つずつ減っていった。
数日後。
セントラルの大通りは、地鳴りのような歓声に包まれていた。
イシュヴァール内乱終結を祝う軍の式典。
沿道を埋める民衆は旗を振り、英雄たちへ惜しみない拍手を送っている。その中心に、セシリアも立たされていた。
軍から用意された正装へ袖を通してから、鏡をまともに見ることができなかった。
濃紺と白。仕立ては申し分ない。
けれど、それは医師のための装いではなかった。
ナースドレス。
その服を差し出された時、胃の奥が小さく縮んだ。
医師免許を与えられた。
それなのに今日、国民の前へ差し出される自分は「医師」ではない。
理由を説明されなくても、意味だけはぼんやりと分かる気がした。
「セシリア・エアハート」
キング・ブラッドレイの厳かな声が響く。
「イシュヴァール戦において多数の負傷兵を救命し、その献身的な救護活動によって多大なる功績を……」
読み上げられる言葉が、何一つ胸へ落ちてこない。
そこにいるのは、軍にとって都合よく整えられた若き救護の英雄だけだった。
促されるまま前へ出る。
跪き、頭を垂れると、純白のナースキャップが頭上へ置かれた。
拍手が一段と大きくなる。
「綺麗……」
「どんな負傷兵も見捨てなかったんだって」
「まだ若いのに大したもんだ」
「あの人が東の
「バーク=フロスト卿の孫で、一番弟子ってのは本当か?」
「でも当の伯爵は行方知れずだろう? 爵位はどうなるんだ」
「さぁ、そこまでは……」
無遠慮な囁きが、拍手の隙間から細い針のように入り込んでくる。
その中の一つに、セシリアは僅かに眉を寄せた。
東の熾天使。
誰のことだろう。
やがて国家錬金術師としての名が読み上げられた。
「汝、セシリア・エアハートに、名『
生と死の水際に立ち、命をこちら側へ引き戻す者。
そう由来を告げられても、やはり実感はなかった。
ずっと欲しかったはずの資格も。銀時計も賞賛も、どれ一つ自分の手で掴んだものには思えない。
「……笑いたまえ」
顔を上げたセシリアの耳元へ、キング・ブラッドレイの暗く穏やかな声が落ちる。
「それとも、“造反の不問”を代価にしたところで、首輪を嵌められては喜べないかな?」
「……!」
冷たいものが背筋を走った。
