Op.4: 汀の錬金術師
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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「………」
静かな声なのに、妙に圧倒され、鋭く耳へ残る。
セシリアは何も答えられなかった。
美しいと言われているはずなのに、全く褒められた気がしなかった。
キンブリーは満足げな笑みを浮かべて立ち上がる。
「私にできるだけのことはいたしましょう。今は、ゆっくりお休みなさい」
その意味を尋ねるより早く、重たい瞼が落ちた。
それから数日後、イシュヴァール内乱は完全に終結した。
セントラルへ戻されたセシリアを待っていたのは、軍法会議ではなかった。
何度かの事情聴取と、目の前を行き交う書類。軍上層部が自分をどう処分するつもりなのか、誰も詳しくは教えてくれない。拘束さえされず自宅へ戻されたことが、かえって不気味だった。
そして帰宅して初めて気づいた異変だけは、軍の思惑より遥かに身近で、残酷なほど分かりやすかった。
軍法会議所から戻ったのは、とうに日付も変わった頃だった。
「お父様……!」
最後に顔を合わせたのは、もう半年以上前になる。
玄関に立つヴィンセントを見た途端、堪えていたものが緩み、セシリアはほとんど駆け込むようにその胸へ飛び込んだ。
「セシリア……」
ヴィンセントはいつもの穏やかな声で受け止めた。けれど背へ回った腕には、ほんの僅かな震えがあった。
「おかえり」
「お父様も……お疲れ様でした」
「お前の方がよっぽど大変な目に遭ったじゃないか。本当、よく頑張ったな」
「うん……」
胸へ顔を寄せたまま息をつき、そこでようやく気づいた。
もう一人、いるはずの人がいない。
「……お父様。お母様は……?」
玄関をくぐれば、母がいるものだと思っていた。
伯爵家の一人娘であり准将夫人でもありながら、モーリーは社交界へほとんど姿を見せなかった。外出そのものが珍しく、セシリアがカレッジへ通っていた頃には、毎日のように帰りを待っていた。
扉を開ければ抱きしめられ、「さぁセシリア、今日はどんなことがあったのかしら?」と訊かれる。
慣れない同年代との付き合いに戸惑った日も、授業で面白いものを見つけた日も、何も話したくなかった日さえ、母は急かさず隣にいてくれた。
何もかもを包み込むような優しい笑顔で、全てを受け止めてくれたから、スクールで友達ができなくても、馴染めなくてもなんとも思わなかった。
まして今夜は、何年も戦地に赴いていた娘がようやく帰ってきたのだ。
それなのに、屋敷は妙に静かだった。
ヴィンセントは少しだけ娘を見つめ、静かに告げた。
「殲滅戦に切り替わった頃にね。家を出たんだ」
静かな声なのに、妙に圧倒され、鋭く耳へ残る。
セシリアは何も答えられなかった。
美しいと言われているはずなのに、全く褒められた気がしなかった。
キンブリーは満足げな笑みを浮かべて立ち上がる。
「私にできるだけのことはいたしましょう。今は、ゆっくりお休みなさい」
その意味を尋ねるより早く、重たい瞼が落ちた。
それから数日後、イシュヴァール内乱は完全に終結した。
セントラルへ戻されたセシリアを待っていたのは、軍法会議ではなかった。
何度かの事情聴取と、目の前を行き交う書類。軍上層部が自分をどう処分するつもりなのか、誰も詳しくは教えてくれない。拘束さえされず自宅へ戻されたことが、かえって不気味だった。
そして帰宅して初めて気づいた異変だけは、軍の思惑より遥かに身近で、残酷なほど分かりやすかった。
軍法会議所から戻ったのは、とうに日付も変わった頃だった。
「お父様……!」
最後に顔を合わせたのは、もう半年以上前になる。
玄関に立つヴィンセントを見た途端、堪えていたものが緩み、セシリアはほとんど駆け込むようにその胸へ飛び込んだ。
「セシリア……」
ヴィンセントはいつもの穏やかな声で受け止めた。けれど背へ回った腕には、ほんの僅かな震えがあった。
「おかえり」
「お父様も……お疲れ様でした」
「お前の方がよっぽど大変な目に遭ったじゃないか。本当、よく頑張ったな」
「うん……」
胸へ顔を寄せたまま息をつき、そこでようやく気づいた。
もう一人、いるはずの人がいない。
「……お父様。お母様は……?」
玄関をくぐれば、母がいるものだと思っていた。
伯爵家の一人娘であり准将夫人でもありながら、モーリーは社交界へほとんど姿を見せなかった。外出そのものが珍しく、セシリアがカレッジへ通っていた頃には、毎日のように帰りを待っていた。
扉を開ければ抱きしめられ、「さぁセシリア、今日はどんなことがあったのかしら?」と訊かれる。
慣れない同年代との付き合いに戸惑った日も、授業で面白いものを見つけた日も、何も話したくなかった日さえ、母は急かさず隣にいてくれた。
何もかもを包み込むような優しい笑顔で、全てを受け止めてくれたから、スクールで友達ができなくても、馴染めなくてもなんとも思わなかった。
まして今夜は、何年も戦地に赴いていた娘がようやく帰ってきたのだ。
それなのに、屋敷は妙に静かだった。
ヴィンセントは少しだけ娘を見つめ、静かに告げた。
「殲滅戦に切り替わった頃にね。家を出たんだ」
