Op.4: 汀の錬金術師
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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「……サラ、さ……ユーリ、さん……」
行かなければ。今なら、まだ。
早く。早く早く早く早く!
ヒトの身体がどうすれば生きていられるのか、何年も学んできた。幼い頃から祖父の医学書を読み、カレッジでの休み時間の会話より、お茶会より、新しい知識を得ることに夢中だった。
血も傷も見慣れていた。
だが、つい先ほどまで自分と同じ空気を吸い、言葉を発し、手を動かしていた命が、目の前で失われる。
それだけは、どの医学書にも載っていなかった。
「ぁ……っ」
息を吸っているのに、胸が膨らまない。
視界が狭まっていく。それでも頭の中には、駆け寄れ、という命令だけが残っていた。
動いて。お願いだから、動いてよ。
だが身体は最後まで応えてくれず、セシリアの意識は、そのまま暗闇へ落ちた。
どれほど経っただろう。不意に、身体ごと水面へ引き上げられるような感覚がした。
誰かに抱き上げられている。
血と硝煙の染みついた空気の中へ、仄かな甘さを帯びながら、どこか不吉な竜涎香を思わせる匂いが混じっていた。
「……こんなところでお会いするとは、思いませんでしたよ。“ドクター”エアハート」
研ぎ澄ました金属の縁で肌を撫でるような、穏やかなテノールに、かろうじて瞼を開けば、青い軍服と長い黒髪がぼやけた視界へ入る。
ゾルフ・J・キンブリー。
彼に横抱きにされた肩越しに、先ほどまでいた救護所が見えた。
踏み込んできたアメストリス兵。
逃げられなかったイシュヴァール人たち。
そして、もう動かない二人。
「っ……」
見つかってしまった。
助けられなかった。
二つの事実が胸へ落ち、背後で命を撃ち抜く無慈悲な音を最後に意識は再び沈んだ。
ーーキャァァッ!!!
「っ!」
女性の悲鳴が響いて目を覚ました時、セシリアはアメストリス軍の救護所にいた。
休息時間まで使って二重の救護活動を続けていた身体は、自分が気づくよりずっと前に限界へ達していたらしい。身体には鉛でも流し込まれたような重さがあった。
脂汗をかいたセシリアの額をそっとタオルで拭き取る手があった。
「大丈夫です?ドクターエアハート」
「……キンブ、リー少佐……?」
傍らの声を見上げた。
「覚えていていただけて光栄です」
椅子へ腰掛けた男は、いつもと変わらない微笑を浮かべていた。
殲滅任務へ投入された国家錬金術師の中でも突出した戦果を挙げながら、自身はほとんど傷を負わず戻ってくる男。
以前から妙に話しかけてくるのは、軍師ヴィンスの娘だから興味を持たれているのだろうと思っていた。
けれど媚びるわけでもなく、無遠慮に踏み込んでくるわけでもない。
話すたび、どこか見えない秤へ載せられているような居心地の悪さがあった。
行かなければ。今なら、まだ。
早く。早く早く早く早く!
ヒトの身体がどうすれば生きていられるのか、何年も学んできた。幼い頃から祖父の医学書を読み、カレッジでの休み時間の会話より、お茶会より、新しい知識を得ることに夢中だった。
血も傷も見慣れていた。
だが、つい先ほどまで自分と同じ空気を吸い、言葉を発し、手を動かしていた命が、目の前で失われる。
それだけは、どの医学書にも載っていなかった。
「ぁ……っ」
息を吸っているのに、胸が膨らまない。
視界が狭まっていく。それでも頭の中には、駆け寄れ、という命令だけが残っていた。
動いて。お願いだから、動いてよ。
だが身体は最後まで応えてくれず、セシリアの意識は、そのまま暗闇へ落ちた。
どれほど経っただろう。不意に、身体ごと水面へ引き上げられるような感覚がした。
誰かに抱き上げられている。
血と硝煙の染みついた空気の中へ、仄かな甘さを帯びながら、どこか不吉な竜涎香を思わせる匂いが混じっていた。
「……こんなところでお会いするとは、思いませんでしたよ。“ドクター”エアハート」
研ぎ澄ました金属の縁で肌を撫でるような、穏やかなテノールに、かろうじて瞼を開けば、青い軍服と長い黒髪がぼやけた視界へ入る。
ゾルフ・J・キンブリー。
彼に横抱きにされた肩越しに、先ほどまでいた救護所が見えた。
踏み込んできたアメストリス兵。
逃げられなかったイシュヴァール人たち。
そして、もう動かない二人。
「っ……」
見つかってしまった。
助けられなかった。
二つの事実が胸へ落ち、背後で命を撃ち抜く無慈悲な音を最後に意識は再び沈んだ。
ーーキャァァッ!!!
「っ!」
女性の悲鳴が響いて目を覚ました時、セシリアはアメストリス軍の救護所にいた。
休息時間まで使って二重の救護活動を続けていた身体は、自分が気づくよりずっと前に限界へ達していたらしい。身体には鉛でも流し込まれたような重さがあった。
脂汗をかいたセシリアの額をそっとタオルで拭き取る手があった。
「大丈夫です?ドクターエアハート」
「……キンブ、リー少佐……?」
傍らの声を見上げた。
「覚えていていただけて光栄です」
椅子へ腰掛けた男は、いつもと変わらない微笑を浮かべていた。
殲滅任務へ投入された国家錬金術師の中でも突出した戦果を挙げながら、自身はほとんど傷を負わず戻ってくる男。
以前から妙に話しかけてくるのは、軍師ヴィンスの娘だから興味を持たれているのだろうと思っていた。
けれど媚びるわけでもなく、無遠慮に踏み込んでくるわけでもない。
話すたび、どこか見えない秤へ載せられているような居心地の悪さがあった。
