Op.4: 汀の錬金術師
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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見つかればどうなるのかは分かっていた。
大総統令に背くことは、すなわち国家に背くと同義。最悪、その場で処分されるかもしれない。
それでも、迷いは奇妙なほど少なかった。
行かなければ、助けられる命まで死ぬかもしれない。
知っていながら行かないことの方が、セシリアには恐ろしかった。長い年月をかけて形作ってきた「医者になる自分」を、自分自身で殺してしまうように思えた。
夜間の休息時間、医療鞄を抱えて救護所を抜け出した。国家錬金術師の投入以降、アメストリス側の負傷者は目に見えて減っていた。皮肉にも、それが彼女へ夜の数時間を与えた。
そうして辿り着いたイシュヴァール側の救護所で、ユーリとサラ・ロックベルに出会った。
二人もまた、アメストリス人だった。
軍から警告を受けながら、それでもイシュヴァール人の治療を続けている医師だと知った時、胸の奥に長く刺さっていたものが、少しだけ緩んだ。
自分だけではなかった。
軍が敵と呼んでも、傷ついた人を治す。
それを間違いだと思わない医者が、ここにもいた。
薬も器具も人手も、軍の救護所以上に足りない。朝には戻らなければならず、三人でゆっくりと言葉を交わす時間などほとんどなかった。
それでも二人と同じ場所で患者に向き合っている間だけは、軍服の色も、その人がどちら側の人間なのかも考えずに済んだ。
目の前の人を救う。
ただ、それだけに集中できた。
その日も、隠れた救護所には何人もの負傷者が横たわっていた。
セシリアは運び込まれたイシュヴァール人の子どもの処置を終え、次の患者へ向かおうとしていた。
だから、少し離れたところで起きたことを最初は理解できなかった。
「先生、逃げて!」
「キャァァッ…!!」
切迫した声と悲鳴。
振り返った直後、人の身体が床へ崩れ落ちた。
「……え?」
つい先ほどまで患者へ手を伸ばしていた二人が、倒れている。
その向こうを、錯乱したイシュヴァールの武僧が去っていった。けれどセシリアの目には、それすらほとんど映らなかった。
駆け寄れ!
何が起きたのか理解するより先に、頭の中で声がした。
脈を確かめる。呼吸を見る。出血点を探す。圧迫する。必要なら錬成陣を——
何年も繰り返してきた手順はいくらでも浮かぶのに、肝心の身体だけが動かなかった。
大総統令に背くことは、すなわち国家に背くと同義。最悪、その場で処分されるかもしれない。
それでも、迷いは奇妙なほど少なかった。
行かなければ、助けられる命まで死ぬかもしれない。
知っていながら行かないことの方が、セシリアには恐ろしかった。長い年月をかけて形作ってきた「医者になる自分」を、自分自身で殺してしまうように思えた。
夜間の休息時間、医療鞄を抱えて救護所を抜け出した。国家錬金術師の投入以降、アメストリス側の負傷者は目に見えて減っていた。皮肉にも、それが彼女へ夜の数時間を与えた。
そうして辿り着いたイシュヴァール側の救護所で、ユーリとサラ・ロックベルに出会った。
二人もまた、アメストリス人だった。
軍から警告を受けながら、それでもイシュヴァール人の治療を続けている医師だと知った時、胸の奥に長く刺さっていたものが、少しだけ緩んだ。
自分だけではなかった。
軍が敵と呼んでも、傷ついた人を治す。
それを間違いだと思わない医者が、ここにもいた。
薬も器具も人手も、軍の救護所以上に足りない。朝には戻らなければならず、三人でゆっくりと言葉を交わす時間などほとんどなかった。
それでも二人と同じ場所で患者に向き合っている間だけは、軍服の色も、その人がどちら側の人間なのかも考えずに済んだ。
目の前の人を救う。
ただ、それだけに集中できた。
その日も、隠れた救護所には何人もの負傷者が横たわっていた。
セシリアは運び込まれたイシュヴァール人の子どもの処置を終え、次の患者へ向かおうとしていた。
だから、少し離れたところで起きたことを最初は理解できなかった。
「先生、逃げて!」
「キャァァッ…!!」
切迫した声と悲鳴。
振り返った直後、人の身体が床へ崩れ落ちた。
「……え?」
つい先ほどまで患者へ手を伸ばしていた二人が、倒れている。
その向こうを、錯乱したイシュヴァールの武僧が去っていった。けれどセシリアの目には、それすらほとんど映らなかった。
駆け寄れ!
何が起きたのか理解するより先に、頭の中で声がした。
脈を確かめる。呼吸を見る。出血点を探す。圧迫する。必要なら錬成陣を——
何年も繰り返してきた手順はいくらでも浮かぶのに、肝心の身体だけが動かなかった。
