Op.4: 汀の錬金術師
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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どれほど惨たらしい場所にも立っていられた。
けれど戦場は、命を救う喜びだけをセシリアへ教えてはくれなかった。
「先生。おかげでこの通りだよ」
以前治療した兵士が、嬉しそうに銃を肩へ掛けた。
負傷した頃には、自力で身体を起こすことさえできなかった男が、今は自分の足で立っている。
「もっとも、軍が最終兵器?を投入するだとかの噂で。今戻っても俺はお役御免だろうけどさ」
「……そう、ですか」
よかったと思う。
死にかけていた人が食事をしている。笑っている。このまま生きて帰れば、胸ポケットに大切そうにしまわれていた写真の家族とも再会できる。
医者を志す者にとって、それ以上に嬉しいことなどないはずだった。
「世話になったな、先生」
遠ざかっていく背中を見送りながら、セシリアの視線は、その肩に掛かった銃からなかなか離れなかった。
しばらくして、救護所から離れた場所で乾いた銃声が響いた。
彼が撃ったものではない。そんなことは分かっている。
それでも、その音は妙に耳へ残った。
自分が今日救った命が、明日、別の命を奪うかもしれない。
もし自分があの兵士を救わなければ、その銃弾で死ぬ誰かは生きていられるのだろうか。
そんな考えが浮かぶたび、セシリアは自分の手を見た。消毒液に晒され続けた指は荒れ、関節のところどころに小さなあかぎれができている。
それでも「ならば救わなければいい」という答えだけは、どうしても出てこなかった。
傷ついた命を前にして手を引くことは、祖父から教わった医学にも、自分のなりたい医師像にも反する。
答えのない問いを抱えたまま、セシリアはまた次の担架へ手を伸ばした。
そして、1908年。
大総統の一枚の署名によって、長く続いた内乱は、一方的な殲滅へと姿を変える。
アエルゴの介入によって戦災が拡大したためだと、軍からは説明された。
理由が何であろうと、現場で起きたことはもっと単純だった。
昨日までにも充分すぎるほど多くの血が流れていた。
それでも今度は、戦う意思の有無すら問われなくなった。
褐色の肌、白い髪、赤い瞳。
それだけで老人も女も子どもも、等しく排除すべき対象へ変えられた。
昨日まで負傷者だった民間人が、命令書に記された一文によって「治療してはならない敵」になる。
セシリアには、その境目がどうしても理解できなかった。
『前に取り逃がした武僧がいたろ。負傷したはずなのに、また出てきやがって同期がやられた』
『イシュヴァラの聖地とやらで武僧連中が守りを固めてる。まだ踏み込めてねぇ場所があるらしい』
『カンダ地区じゃ、隠れてた連中に食料を持っていかれたそうだ』
方々から断片的に耳へ入る話を繋ぎ合わせるうち、セシリアは、軍の手が届いていない場所に民間の負傷者もいるのではないかと考えるようになった。
けれど戦場は、命を救う喜びだけをセシリアへ教えてはくれなかった。
「先生。おかげでこの通りだよ」
以前治療した兵士が、嬉しそうに銃を肩へ掛けた。
負傷した頃には、自力で身体を起こすことさえできなかった男が、今は自分の足で立っている。
「もっとも、軍が最終兵器?を投入するだとかの噂で。今戻っても俺はお役御免だろうけどさ」
「……そう、ですか」
よかったと思う。
死にかけていた人が食事をしている。笑っている。このまま生きて帰れば、胸ポケットに大切そうにしまわれていた写真の家族とも再会できる。
医者を志す者にとって、それ以上に嬉しいことなどないはずだった。
「世話になったな、先生」
遠ざかっていく背中を見送りながら、セシリアの視線は、その肩に掛かった銃からなかなか離れなかった。
しばらくして、救護所から離れた場所で乾いた銃声が響いた。
彼が撃ったものではない。そんなことは分かっている。
それでも、その音は妙に耳へ残った。
自分が今日救った命が、明日、別の命を奪うかもしれない。
もし自分があの兵士を救わなければ、その銃弾で死ぬ誰かは生きていられるのだろうか。
そんな考えが浮かぶたび、セシリアは自分の手を見た。消毒液に晒され続けた指は荒れ、関節のところどころに小さなあかぎれができている。
それでも「ならば救わなければいい」という答えだけは、どうしても出てこなかった。
傷ついた命を前にして手を引くことは、祖父から教わった医学にも、自分のなりたい医師像にも反する。
答えのない問いを抱えたまま、セシリアはまた次の担架へ手を伸ばした。
そして、1908年。
大総統の一枚の署名によって、長く続いた内乱は、一方的な殲滅へと姿を変える。
アエルゴの介入によって戦災が拡大したためだと、軍からは説明された。
理由が何であろうと、現場で起きたことはもっと単純だった。
昨日までにも充分すぎるほど多くの血が流れていた。
それでも今度は、戦う意思の有無すら問われなくなった。
褐色の肌、白い髪、赤い瞳。
それだけで老人も女も子どもも、等しく排除すべき対象へ変えられた。
昨日まで負傷者だった民間人が、命令書に記された一文によって「治療してはならない敵」になる。
セシリアには、その境目がどうしても理解できなかった。
『前に取り逃がした武僧がいたろ。負傷したはずなのに、また出てきやがって同期がやられた』
『イシュヴァラの聖地とやらで武僧連中が守りを固めてる。まだ踏み込めてねぇ場所があるらしい』
『カンダ地区じゃ、隠れてた連中に食料を持っていかれたそうだ』
方々から断片的に耳へ入る話を繋ぎ合わせるうち、セシリアは、軍の手が届いていない場所に民間の負傷者もいるのではないかと考えるようになった。
