Op.2: D.S. Waltz
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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待ちわびたかのように人々がゾロゾロと動き出し、広いフロアに色とりどりのドレスが詰め込まれる。
セシリアも貝殻細工の小さなダンス手帖 を持っていた。祖母から贈られたものだ。
「このダンスを踊る喜びを私にいただけますでしょうか?」
「マドモアゼル、次のツーステップのお相手は既にお決まりですか?」
「今宵のカドリーユで、私に名誉を与えていただけますでしょうか?」
「あ、お、お受けできて…!嬉しく、存じます…」
断り方は教わっていたのに、いざとなると申し訳なさが勝り断れなかった。
そうして、気づけば前半が綺麗に埋まっている。
(壁にいるのが気の毒に思われたのかしら…ずいぶん声をかけてくださるのね……)
自分が気の利いた令嬢ではないことなど、情報のはやい社交界ではとうに知られていると思っていた。
流行りものに疎く、"限定的な"学問と一部の芸術以外にこれといった話題に対応できない。
同年代の令嬢たちが夢中になる服飾や噂話にも疎い。
それなのに何故?
考える暇もなく、最初の相手が迎えに来た。
結局、7曲踊った。
幼少期より叩き込まれたダンス。失敗こそしなかったものの、小休憩時間 も含め、頭が真っ白になって何を話したのかほとんどと言っていいほど覚えていなかった
(お、終わった……)
文弱なセシリアは息切れを隠して相手へうやうやしくお辞儀をし、エスコートのご厚意をも断れず父のもとへ送ってもらった。
てっきり准将である父と話したいがためのおためごかしかと思いきや、お相手は他の貴婦人を見つけるなり、父が他のゲストと話し終えるのを待たずにその場を去っていった。
セシリアは見知らぬ彼の軽薄さなど考える余裕もなく、会話を終えた父のジャケットの袖をそっと引いた。
「お父様、お父様……」
「ん?」
「少し、お手洗いに立たせていただきますね」
ヴィンセントは娘の顔を見てから、手元の手帖 へちらりと目をやる。
8曲目以降は白紙だった。
「ああ、セシリア。ゆっくり“休んで”おいで」
いつもの通り、風のようにゆらりと耳を通る父の柔らかな声。その声を聞くだけで、この会場では一息つくような心地だった。
「はい」
十中八九自分の状態をばれているが、ありがたく父の厚意に甘えることにした。
人混みを縫って歩く。一刻も早くこの空間から抜け出したいというのに、ドレスのトレーンが煩わしい。
今夜ここに、気兼ねなく話せる同年代が一人でもいれば違ったかもしれない。
ふと、士官学校の二人の候補生が浮かんだ。
ロイ・マスタングと、マース・ヒューズ。
セシリアが最近まで祖父から医学を学ぶため、空き時間に足を運んでいた士官学校の医務室。
そこに上級生との殴り合いで怪我をしてやって来た彼らを治療したことがきっかけで、一緒に定期的に学内の図書室で勉強会をする仲にまでなった。セシリアの人生初と言っていい友人たちだ。
けれど、ここしばらくは会っていない。
祖父が突然姿を消してから、セシリア自身、士官学校の医務室へ足を運ばなくなっていたからだ。
(……二人とも、お元気かしら……)
そんなことを考えながら、大公会堂の重い扉を閉じた途端、音楽と喧騒が遠ざかった。
セシリアも貝殻細工の小さなダンス
「このダンスを踊る喜びを私にいただけますでしょうか?」
「マドモアゼル、次のツーステップのお相手は既にお決まりですか?」
「今宵のカドリーユで、私に名誉を与えていただけますでしょうか?」
「あ、お、お受けできて…!嬉しく、存じます…」
断り方は教わっていたのに、いざとなると申し訳なさが勝り断れなかった。
そうして、気づけば前半が綺麗に埋まっている。
(壁にいるのが気の毒に思われたのかしら…ずいぶん声をかけてくださるのね……)
自分が気の利いた令嬢ではないことなど、情報のはやい社交界ではとうに知られていると思っていた。
流行りものに疎く、"限定的な"学問と一部の芸術以外にこれといった話題に対応できない。
同年代の令嬢たちが夢中になる服飾や噂話にも疎い。
それなのに何故?
考える暇もなく、最初の相手が迎えに来た。
結局、7曲踊った。
幼少期より叩き込まれたダンス。失敗こそしなかったものの、
(お、終わった……)
文弱なセシリアは息切れを隠して相手へうやうやしくお辞儀をし、エスコートのご厚意をも断れず父のもとへ送ってもらった。
てっきり准将である父と話したいがためのおためごかしかと思いきや、お相手は他の貴婦人を見つけるなり、父が他のゲストと話し終えるのを待たずにその場を去っていった。
セシリアは見知らぬ彼の軽薄さなど考える余裕もなく、会話を終えた父のジャケットの袖をそっと引いた。
「お父様、お父様……」
「ん?」
「少し、お手洗いに立たせていただきますね」
ヴィンセントは娘の顔を見てから、手元の
8曲目以降は白紙だった。
「ああ、セシリア。ゆっくり“休んで”おいで」
いつもの通り、風のようにゆらりと耳を通る父の柔らかな声。その声を聞くだけで、この会場では一息つくような心地だった。
「はい」
十中八九自分の状態をばれているが、ありがたく父の厚意に甘えることにした。
人混みを縫って歩く。一刻も早くこの空間から抜け出したいというのに、ドレスのトレーンが煩わしい。
今夜ここに、気兼ねなく話せる同年代が一人でもいれば違ったかもしれない。
ふと、士官学校の二人の候補生が浮かんだ。
ロイ・マスタングと、マース・ヒューズ。
セシリアが最近まで祖父から医学を学ぶため、空き時間に足を運んでいた士官学校の医務室。
そこに上級生との殴り合いで怪我をしてやって来た彼らを治療したことがきっかけで、一緒に定期的に学内の図書室で勉強会をする仲にまでなった。セシリアの人生初と言っていい友人たちだ。
けれど、ここしばらくは会っていない。
祖父が突然姿を消してから、セシリア自身、士官学校の医務室へ足を運ばなくなっていたからだ。
(……二人とも、お元気かしら……)
そんなことを考えながら、大公会堂の重い扉を閉じた途端、音楽と喧騒が遠ざかった。
