Op.4: 汀の錬金術師
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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医学だけを見ていればいい場所ではなかった。
「エアハート!手術室へこれを届けろ!」
「あ、はい……!」
「違うそっちじゃない!清潔区画をその格好で横切るな!」
「あ!すっすすみません……!」
一人の患者へ意識を集中しすぎれば、別の患者の変化を見落とす。器械を探して不用意に動けば、滅菌済みの区域へ入り込む。手術の術式を考えることに夢中になっているうちに、次の患者を受け入れる寝台が足りなくなる。
教科書に、人体の構造や機能ならいくらでも載っていた。
けれど、一日に何十人もの患者が入り、何百枚もの包帯が汚れ、手術器具が絶え間なく洗浄され、薬と食糧と燃料が届かなければ翌日には病院そのものが止まることまでは、同じ重さでは書かれていなかった。
セシリアは、一つずつ吸収した。
動線、器械管理、麻酔薬・包帯・消毒液・点滴の減り。どの患者を先に手術室へ入れ、数時間待たせても耐えられる容態の目安。術後何日目なら、病床を空けるために後送へ回せるのかのアセスメントまで。
何より難しかったのは、目の前の一人だけを見ていてはいけないことだった。
祖父の診察室では、患者一人の身体を丁寧に見ればよかった。
ここでは、一人を救うための決断が、次に運び込まれる何人ものための時間や器具や寝台を奪うこともある。
それでも、誰かを数字のように扱うことだけはしたくなかった。
だからセシリアは、医学書の知識を隅から隅まで頭に浸透させたのと同じ執拗さで、病院そのものを覚えていった。
どの衛生兵に頼めば動きが早いのか。どの軍医が腹部外科に強く、誰なら骨折の整復が早いのか。夜間に発電機が止まりかけた時は何を優先するのか。列車による後送が翌朝なら、どの患者を今夜中に安定させなければならないのか。
知らないことを見つけるたび、先回りして覚えた。
眠る時間が削られても、不思議と勉強している時と感覚は似ていた。自分の目指す姿になるために必要だと分かれば、つらいという感覚より先に、どうすれば次はできるのかを考えてしまう。
やがて、周囲から飛んでくる声も少しずつ変わった。
「エアハート!手術室へこれを届けろ!」
「あ、はい……!」
「違うそっちじゃない!清潔区画をその格好で横切るな!」
「あ!すっすすみません……!」
一人の患者へ意識を集中しすぎれば、別の患者の変化を見落とす。器械を探して不用意に動けば、滅菌済みの区域へ入り込む。手術の術式を考えることに夢中になっているうちに、次の患者を受け入れる寝台が足りなくなる。
教科書に、人体の構造や機能ならいくらでも載っていた。
けれど、一日に何十人もの患者が入り、何百枚もの包帯が汚れ、手術器具が絶え間なく洗浄され、薬と食糧と燃料が届かなければ翌日には病院そのものが止まることまでは、同じ重さでは書かれていなかった。
セシリアは、一つずつ吸収した。
動線、器械管理、麻酔薬・包帯・消毒液・点滴の減り。どの患者を先に手術室へ入れ、数時間待たせても耐えられる容態の目安。術後何日目なら、病床を空けるために後送へ回せるのかのアセスメントまで。
何より難しかったのは、目の前の一人だけを見ていてはいけないことだった。
祖父の診察室では、患者一人の身体を丁寧に見ればよかった。
ここでは、一人を救うための決断が、次に運び込まれる何人ものための時間や器具や寝台を奪うこともある。
それでも、誰かを数字のように扱うことだけはしたくなかった。
だからセシリアは、医学書の知識を隅から隅まで頭に浸透させたのと同じ執拗さで、病院そのものを覚えていった。
どの衛生兵に頼めば動きが早いのか。どの軍医が腹部外科に強く、誰なら骨折の整復が早いのか。夜間に発電機が止まりかけた時は何を優先するのか。列車による後送が翌朝なら、どの患者を今夜中に安定させなければならないのか。
知らないことを見つけるたび、先回りして覚えた。
眠る時間が削られても、不思議と勉強している時と感覚は似ていた。自分の目指す姿になるために必要だと分かれば、つらいという感覚より先に、どうすれば次はできるのかを考えてしまう。
やがて、周囲から飛んでくる声も少しずつ変わった。
