Op.3: ヒヤシンスの君
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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一瞬の静寂の後、大公会堂を拍手が満たした。
「ぁ…………」
そこで彼女の目が、ようやくオリヴィエの肩へ向いた。
見る見るうちに顔色が変わっていく。
(今さら階級に気づいたのか)
「あ、あの……貴重なお時間をいただき、ありがとうございました……!アームストロング閣下」
「こちらこそ、退屈せずに済んだ。礼を言うぞ、セシリア嬢」
嘘ではなかった。
少なくとも、今夜初めて時間を無駄にしなかったと思える一曲だった。
帰り時としてはいい頃合いだ。これ以上ここへ留まる理由もない。オリヴィエは踵を返した。だが、数歩進んだところで、背後から次々と声が上がった。
「エアハート嬢!」
「先ほどのダンス、実に見事でしたな」
「ヴィンセント准将の御息女……お会いできて光栄です」
「バーク=フロスト博士のお孫様で?」
「次のポルカの予約は埋まっていましょうか?」
オリヴィエの予想通りだった。壁際にいた娘へ、今度は人が群がっている。
励め、と心の中で激を飛ばしながら背を向けると、あの柔らかな声が耳に届いた。
「……お誘いいただき光栄ですが、少し休ませていただこうと思っております」
月の下で蹲っていた花が、自分の力でほんの少し顔を上げた。
随分と頼りないが、断ることができていたことにオリヴィエの口元を僅かに上げ、そのまま大公会堂を後にした。
春先の夜気に再び触れたところで、ふと先ほどの庭が遠目に留まる。
薔薇の絡むパーゴラと、その足元に咲いていたヒヤシンスがこちらをそっと見守っているようだった。
「…………」
オリヴィエは一度だけ、大公会堂を振り返る。
遠ざかっていく扉の向こうでは、次の曲が始まろうとしていた。
セシリア・エアハート。
軍人ではなく医者を目指すのなら、その名をこの先口に出すことはないのだろうなと思いながらも、それをどこか口惜しく感じる自分がいた。
□ Dolores-Waltz, Op.170/Émile Waldteufel
「ぁ…………」
そこで彼女の目が、ようやくオリヴィエの肩へ向いた。
見る見るうちに顔色が変わっていく。
(今さら階級に気づいたのか)
「あ、あの……貴重なお時間をいただき、ありがとうございました……!アームストロング閣下」
「こちらこそ、退屈せずに済んだ。礼を言うぞ、セシリア嬢」
嘘ではなかった。
少なくとも、今夜初めて時間を無駄にしなかったと思える一曲だった。
帰り時としてはいい頃合いだ。これ以上ここへ留まる理由もない。オリヴィエは踵を返した。だが、数歩進んだところで、背後から次々と声が上がった。
「エアハート嬢!」
「先ほどのダンス、実に見事でしたな」
「ヴィンセント准将の御息女……お会いできて光栄です」
「バーク=フロスト博士のお孫様で?」
「次のポルカの予約は埋まっていましょうか?」
オリヴィエの予想通りだった。壁際にいた娘へ、今度は人が群がっている。
励め、と心の中で激を飛ばしながら背を向けると、あの柔らかな声が耳に届いた。
「……お誘いいただき光栄ですが、少し休ませていただこうと思っております」
月の下で蹲っていた花が、自分の力でほんの少し顔を上げた。
随分と頼りないが、断ることができていたことにオリヴィエの口元を僅かに上げ、そのまま大公会堂を後にした。
春先の夜気に再び触れたところで、ふと先ほどの庭が遠目に留まる。
薔薇の絡むパーゴラと、その足元に咲いていたヒヤシンスがこちらをそっと見守っているようだった。
「…………」
オリヴィエは一度だけ、大公会堂を振り返る。
遠ざかっていく扉の向こうでは、次の曲が始まろうとしていた。
セシリア・エアハート。
軍人ではなく医者を目指すのなら、その名をこの先口に出すことはないのだろうなと思いながらも、それをどこか口惜しく感じる自分がいた。
□ Dolores-Waltz, Op.170/Émile Waldteufel
