Op.2: D.S. Waltz
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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帰りの屋敷までの車の中。窓の外をセントラルの街灯が流れていく。
疲れているはずなのに、眠れなかった。
手袋越しに触れた手——
腰を支えた掌。迷いのない足取り。
『オリヴィエ・ミラ・アームストロングだ』
——掠れた低く冷たい声。
そして、近づくたびに微かに香った、白い花。
(……チュベローズ、のようだった…)
それとも別の香りだったのだろうか。
思い出そうとすると、何故か顔まで熱くなる。
セシリアはそっと頬へ手を当てた。
祖父がいなくなってから、世界のどこかに、大きな穴が開いてしまったような気がしていた。
何故消えたのか。
何を残したのか。
自分は本当はこれからどうすれば正解なのか。
医者を目指すからにはと、11からのカレッジスクールも飛び級して卒業資格を得てまで医学校に入ったが、本質的には何も分からない。
今夜だって、その答えは一つも見つかっていない。
ただ。
怖くて逃げ出した場所へ。
たった一曲だけだが、戻ることができた。
あの人に手を引かれたおかげで。
おそらく、名乗らなかったのは有名な姓を聞いて萎縮させかねないからと気遣ってくれたのかもしれないと今にして思った。
彼女は話している間は滅多に笑わなかった。厳格な人柄の印象を抱いた。いや、愛想笑いがなかったという方が正しいだろう。だからこそ彼女がふと微笑んだ時はこそばゆくも安心できた。
セシリアが扱いを苦手とする建前も、忖度も。一切なかった。
それももしかすれば、自分がその手のやり取りに不慣れだと見抜かれていたからかもしれない。
(お優しい方…)
最後には、彼女のおかげで、ほんの少しだけ胸を張れた。杞憂から抵抗があった謝絶までできた。内向的なセシリアからすれば大きな成長だった。
(それに…思えばとってもお綺麗な方だったわ…)
「……オリヴィエ・ミラ・アームストロングさん……」
忘れないように。
セシリアは小さく、その名を口にした。
その名前が、数年後。
北の果てで自分の人生そのものを大きく変える名になることを、この夜のセシリアは、まだ知らない。
ただ胸の奥に残った一曲分の熱だけを、大切に抱えていた。
オリヴィエの言った「機会」は、時を超えて、確かに訪れる。
□Dolores-Waltz, Op.170/Émile Waldteufel
疲れているはずなのに、眠れなかった。
手袋越しに触れた手——
腰を支えた掌。迷いのない足取り。
『オリヴィエ・ミラ・アームストロングだ』
——掠れた低く冷たい声。
そして、近づくたびに微かに香った、白い花。
(……チュベローズ、のようだった…)
それとも別の香りだったのだろうか。
思い出そうとすると、何故か顔まで熱くなる。
セシリアはそっと頬へ手を当てた。
祖父がいなくなってから、世界のどこかに、大きな穴が開いてしまったような気がしていた。
何故消えたのか。
何を残したのか。
自分は本当はこれからどうすれば正解なのか。
医者を目指すからにはと、11からのカレッジスクールも飛び級して卒業資格を得てまで医学校に入ったが、本質的には何も分からない。
今夜だって、その答えは一つも見つかっていない。
ただ。
怖くて逃げ出した場所へ。
たった一曲だけだが、戻ることができた。
あの人に手を引かれたおかげで。
おそらく、名乗らなかったのは有名な姓を聞いて萎縮させかねないからと気遣ってくれたのかもしれないと今にして思った。
彼女は話している間は滅多に笑わなかった。厳格な人柄の印象を抱いた。いや、愛想笑いがなかったという方が正しいだろう。だからこそ彼女がふと微笑んだ時はこそばゆくも安心できた。
セシリアが扱いを苦手とする建前も、忖度も。一切なかった。
それももしかすれば、自分がその手のやり取りに不慣れだと見抜かれていたからかもしれない。
(お優しい方…)
最後には、彼女のおかげで、ほんの少しだけ胸を張れた。杞憂から抵抗があった謝絶までできた。内向的なセシリアからすれば大きな成長だった。
(それに…思えばとってもお綺麗な方だったわ…)
「……オリヴィエ・ミラ・アームストロングさん……」
忘れないように。
セシリアは小さく、その名を口にした。
その名前が、数年後。
北の果てで自分の人生そのものを大きく変える名になることを、この夜のセシリアは、まだ知らない。
ただ胸の奥に残った一曲分の熱だけを、大切に抱えていた。
オリヴィエの言った「機会」は、時を超えて、確かに訪れる。
□Dolores-Waltz, Op.170/Émile Waldteufel
