Op.2: D.S. Waltz
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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1905年 初春 セントラル
クリスタルのシャンデリアから零れる光が、大公会堂の磨き抜かれた床を白く照らしていた。
年に一度、国軍の高官や政財界の名士、貴族、その家族までが招かれる大規模な夜会である。
ここだけは、東の果てで残酷な内乱が続いていることなど大衆に忘れさせた。
華やかではあった。けれどセシリアには、どうにも息苦しい。
勲章の触れ合う微かな金属音。甘く濃い香水。葉巻や煙草の煙。楽団の奏でる音楽。そのすべてを縫って、笑い声が絶え間なく行き交っている。
「いやぁ、エアハート准将。今回の南部国境での采配、実に鮮やかだった。さすがは『軍師ヴィンス』と呼ばれるだけのことはある」
「滅相もない、エジソン准将。私は前線の兵がなるべく死なぬよう、後ろで数字を少々いじっただけにすぎません。」
ヴィンセント・エアハート准将は、いつもの人好きのする笑顔でグラスを傾けた。
「”味方を殺す”のは、敵の兵器だけとは限りませんからな」
「……まったくだ」
相手の笑みが、丸眼鏡の向こうでほんの僅かに固くなる。けれどヴィンセントは素知らぬ顔で笑っている。
セシリアは父の傍らで、その横顔をそっと見上げた。
(……お父様は、すごいな)
笑っている。相手も笑っている。なのに、今の会話には何かがあった。
何があったのかまでは分からないが、言葉とは別のものが二人の間を行き交ったことだけは分かる。
セシリアには、この手の会話が苦手だった。
人体そのものは明確だ。熱がある、脈が速い、呼吸が浅い、顔色が悪い。
症状には理由があり、知識を積み重ねれば、目の前の人間が何を訴えているのか少しずつ見えてくる。
けれど、大人たちの笑顔の下にあるものには、答えが出てこない。
父が医学界進出のための一助になればと、自分をエスコートの相手に選んでくれた。その意図は分かっている。
今日のためのオートクチュールのフクシア色のドレス。鏡の前で自信なさげにする自分に母は記念写真を撮らなくては、なんて言って褒めてくれた。
けれど普段の白衣や、動きやすいスラックスに慣れた身体には、胸元の露出も裾の長いトレーンも——
(あぁ…落ち着かないわ…)
軍人ならば女性でも長ズボン を穿く。
だが、軍人でもない若い令嬢が社交の場に脚のラインが丸見えの格好で現れたらどんな目で見られることか。
ただでさえこの時代、社交界に名を連ねておきながら医者になりたがっているなんて知れたら、金目当てを隠さぬ卑しい者と扱われかねないというのに、これ以上家族までも巻き込む悪評の種を増やす必要はない。
そんな父もダンスのお誘いにとその場を離れてしまった。
頑張らなくては。そう思うほど、肩に力が入り、結局壁際が心地よくて居座ってしまう。
付添人 顔負けな壁の花が完成しているこの状況に、セシリアは小さく息を吐いた。
やがて30余名の大規模なオーケストラが演奏開始の合図を奏で始める。
クリスタルのシャンデリアから零れる光が、大公会堂の磨き抜かれた床を白く照らしていた。
年に一度、国軍の高官や政財界の名士、貴族、その家族までが招かれる大規模な夜会である。
ここだけは、東の果てで残酷な内乱が続いていることなど大衆に忘れさせた。
華やかではあった。けれどセシリアには、どうにも息苦しい。
勲章の触れ合う微かな金属音。甘く濃い香水。葉巻や煙草の煙。楽団の奏でる音楽。そのすべてを縫って、笑い声が絶え間なく行き交っている。
「いやぁ、エアハート准将。今回の南部国境での采配、実に鮮やかだった。さすがは『軍師ヴィンス』と呼ばれるだけのことはある」
「滅相もない、エジソン准将。私は前線の兵がなるべく死なぬよう、後ろで数字を少々いじっただけにすぎません。」
ヴィンセント・エアハート准将は、いつもの人好きのする笑顔でグラスを傾けた。
「”味方を殺す”のは、敵の兵器だけとは限りませんからな」
「……まったくだ」
相手の笑みが、丸眼鏡の向こうでほんの僅かに固くなる。けれどヴィンセントは素知らぬ顔で笑っている。
セシリアは父の傍らで、その横顔をそっと見上げた。
(……お父様は、すごいな)
笑っている。相手も笑っている。なのに、今の会話には何かがあった。
何があったのかまでは分からないが、言葉とは別のものが二人の間を行き交ったことだけは分かる。
セシリアには、この手の会話が苦手だった。
人体そのものは明確だ。熱がある、脈が速い、呼吸が浅い、顔色が悪い。
症状には理由があり、知識を積み重ねれば、目の前の人間が何を訴えているのか少しずつ見えてくる。
けれど、大人たちの笑顔の下にあるものには、答えが出てこない。
父が医学界進出のための一助になればと、自分をエスコートの相手に選んでくれた。その意図は分かっている。
今日のためのオートクチュールのフクシア色のドレス。鏡の前で自信なさげにする自分に母は記念写真を撮らなくては、なんて言って褒めてくれた。
けれど普段の白衣や、動きやすいスラックスに慣れた身体には、胸元の露出も裾の長いトレーンも——
(あぁ…落ち着かないわ…)
軍人ならば女性でも
だが、軍人でもない若い令嬢が社交の場に脚のラインが丸見えの格好で現れたらどんな目で見られることか。
ただでさえこの時代、社交界に名を連ねておきながら医者になりたがっているなんて知れたら、金目当てを隠さぬ卑しい者と扱われかねないというのに、これ以上家族までも巻き込む悪評の種を増やす必要はない。
そんな父もダンスのお誘いにとその場を離れてしまった。
頑張らなくては。そう思うほど、肩に力が入り、結局壁際が心地よくて居座ってしまう。
やがて30余名の大規模なオーケストラが演奏開始の合図を奏で始める。
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