その日、ギアッチョは暇を持て余していた。
昨夜に行った任務の報告はその日のうちに済ませてしまったし、他のメンバーがアジトにいる気配はなかったしでやることも誰かに絡むこともできない。
だからといってどこかに行く気にもなれず、馴染みのソファに座っていた。
時間というものは、与えられるとどう潰せばいいのか分からなくなるものでもある。

「チャ〜オ〜！」

建て付けの悪いドアが勢いよく開かれると同時に女の声が聞こえてくる。
まァよくもあんなデケェ声出せるもんだ、と思いながらも、ギアッチョはこれで暇を潰せるか、と少し気分が良くなった。

「チャオ、なまえ。今日は誰もいねぇぞ。」

なまえと呼ばれた女は声の主がいるソファの方へ目を向け、高らかに口を開き、

「でもギアッチョがいるじゃな〜い！」

と思いっきりソファにダイブした。
いつも大の男たちが座るソファなだけに頑丈ではあったが、急な衝撃にはそこまで頼りになるものではない。
ギアッチョは仰け反りそうになりながらも慌てて彼女の肩を掴み、自分の方に寄せた。

「ッざけんなオマエよぉ、こんな時間から酔ってんのか？クソッ！」

と少し不機嫌になりながら叱るも、ケラケラ笑いながら甘い蜜のような髪を揺らす彼女には全く意味を成していなかった。
いつもと変わらない様子の彼女に呆れながらも、とりあえず要件を聞くか、と頭をかく。

「んで？今日は何しに来たんだ？まさか手ぶらで来たんじゃあねェだろうがよぉ。」

ギアッチョからそう問われると、やっと笑うことをやめ、

「ん〜、一緒に遅めのランチでもどうかな〜と思って。」

と答えた。
時計を見ると午後2時に差しかかろうとしている。
もう少しでおやつの時間になりそうなほど遅いが、たしかに腹は減っていたし、それにせっかく暇を潰せそうになったのだ。

「…金は？」

しかも、彼女が何かしら“誘ってくる ”ということは、同時にお財布事情にも優しいことでもあった。

「もちろん私の金で。」

そう言ってハンドバッグから財布を取り出す。
自分から誘うときは自分が金を払う、というのが彼女の中のルールらしく、アジトに顔を出しては誰かしらをランチやらバールやらに連れて行き、その分の会計は全て彼女が払っていた。
いくら暗殺という仕事をしているとはいえ、腐ってもイタリアの男である。
最初の頃は皆自分が払うと言っていたが、どんな時も断固として譲ることはなかった。
それに、正直彼女に奢ってもらうことで食費が浮くので、次第に彼女の言葉に素直に甘えるようになった。

「そうこなくてはな、なまえ。」

場所は決まってるの、と足取り軽やかにドアへ向かう彼女を見ながら、先ほどまで重く感じていた腰を上げる。
いつも奔放で癪に触ることもあるが、なんだかんだでこっちが折れちまうのはアイツの才能なのかもなァ、と思いつつ、誰もいないアジトを後にした。

午後の陽射しは、日が昇ってから一度も光を浴びていない彼の目には刺激が強く、恐る恐る目を開ける。
光に晒されブロンドに輝く彼女の髪を見て、パスタが食いてぇなぁ、レモンパスタとか、と思いつつ、これをアイツに言ったら、食い意地ばかり張って！とどやされそうだと顔を綻ばせた。