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✼フェノール→ケトン

七夕


吹き抜ける風が湿気を叩き付けるが、さして暑くはない。
ザクザクと商店街を飾る吹き流しの音を傍に、帰り道。想像の中で目を閉じてしまえば人々の雑踏も流れる川のように感じられる。そのまま本当に目を瞑ってしまっても許されるんじゃないかって伏し目になったとき
「フェノール!」
呼び声にはっと振り向き笑う。
「ケトン、早かったな」
「委員会、特にやることないってすぐ終わったんです」
「そうか」
「うん、あんまりヒマなのはどうかなって思うけど、これから忙しくなる委員だもんね。…そういえばもうすぐ七夕だ!フェノールは短冊もう書いた?」
「…学校の?」
「えーと、家でもやってる?」
「家ではやってないな。ケトンはどうなんだ?」
「僕はやってます。毎年うちの庭に置くんです。…って本物じゃないんですけどね、あはは」
「へぇ。それでどんな願いを書いたんだ?」
「それがまだで…あ、そうだ!フェノールの短冊も飾ろうか?うん、たくさん飾ったらきっと効果バツグンですよ!」
いや、個人的な願い事を見られることに加えて他所の場に置くというのは少しばかり気がひける。…とは思ったが、どこまでも曇りない眼に
「そうだな。」
頷いてしまうのは既に絆されているからか。
「そしたら短冊用意しないとですね!何色がいいとかある?」
「何色でもいいよ。」
「えー、願い事によって適した短冊の色があるんですよ!えっと…緑が徳、黒というか紫が学業で…あれ、あとなんだっけ…とにかく、願い事に合った色があるんです」
「そうだったのか。」
「はい。まあ願い事によってはどの色にすべきか微妙かもですけど…あっ、じゃフェノールの願い事教えてよ!それに合わせて持ってきます!」
「んん…対人関係では何色なんだ?」
「えっと、確か黄色だった気が…ってあ、もしかしてアルコール先輩のこと書くんですか!?家族を大事にするのもいいけど、自分のことも…」
「わかってる、兄さんのことを書くつもりはない」
他でもなくケトンのお陰で、兄さんに対して劣等感で埋もれるのはかなり軽減したんだ。と苦笑気味に言う。
「じゃあ何を…あっ、もしかして好きな人がいるとか!?だったらあんまり聞かないほうがよかったですよね、すみません…」
「あっ、い、いや気にしなくていい…」
気まずい。なんなら提案された時点で断る方が良かった、なんて後悔する。だがもう腹は括っているしここは
「まだ決めてないし、短冊はこっちで準備するよ」
「…うん、わかりました!」
「そういえばケトンは何について…ってケトンも決めてなかったか」
「そうなんです…あはは、お互いさまですね!」
「そうだな」


ふと笑った、その傍に飾られた笹を見た。
この笹の飾り…投網ばかりだな。
捕まえたいモノがあふれる程あるのだろうか。自由な魚ほど魅力的なものは無いのに。
それとも…逃したくない幸せが溢れているのだろうか。
短冊に平和という文字が映って、溶けた。


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