左様なら
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「ギャルソンさん、今日もかっこいいですね!」
「・・・」
「無口な所も素敵!」
無言で迎え入れるのも、呆れた表情も、彼女にとっては何もかもがご褒美でしかない。
この関係は今に始まったことではない。いつの間にか懐かれてしまい、いつの間にか通うようになり、あれよあれよと月日が経っていた。
こちらがいくら塩対応しても喜び、褒め称え、笑顔を見せている彼女。何が彼女の琴線に触れたのか、私はお気に入りになってしまっていた。
「…お茶飲んだら帰って下さいね。廃墟に一人で来るもんじゃないと何度も警告したはずです」
「心配してくれるの?優しい…惚れ直しちゃう!」
「はぁ」
何度帰れと言っても聞く耳持たず、お茶を出して暫く話してやれば解放されるが、その間店の運営が出来ない。従業員の皆は面白がってこの時間を作るように勧めてくるが、私にはさぼっている時間としか思えない。もっと有益なことに時間を使いたいし、何より幽霊に興味を持つような奇人に時間を割いてる暇はない。
「私ね、ギャルソンさんの目が好き。声が好き。優しいところも紳士的な所も全部好き」
毎日毎日飽きもせずに囁く安い愛。彼女の愛など望んでいないし、寧ろ迷惑だった。私の何を知っているのか、この気持ちすら察せないのだ、たかが知れた言葉であろう。もう少ししたら入店も断ってやろうかと思っていたが、そろそろ潮時だろう。
「で、私の何を知っているのです?」
「え?」
「出身は?好きなものは?今何を考えてどうしようかわかってます?」
いつもは喋らない私に目を見開いて驚いている。
「え、教えてくれるの…?」
嬉しそうに目を輝かせているが、これ以上意味のないやりとりはしたくなかった。
「はっきり言います。何も知らない赤の他人に教えるつもりも、今後仲良くなる事もありません、迷惑なんですよ貴女。何にも知らない癖して好きだの愛しているだの軽々しく」
漸く言いたいことが言えて胸かスカッとした。どうせこの後泣くか喚くかそんな事ないなどと取り繕うのが目に見えている。
「会いたくないのです。二度と来ないでください。」
どう捌いてやろうか考えながら彼女に目をやると、意外にも冷静にこちらを見つめていた。
「…それもそうですね。うん、なんかそれ聞いて納得しました」
なんだ、その了承したかのような素振りは。
「いつもお茶ご馳走様でした、金輪際来ません、お世話になりました」
優しい笑顔でそういう彼女は頭を下げていた。
なんだ、どういうことだ、あの彼女が納得した?
「え、ちょっと」
あまりに素直過ぎてこちらが呼び止めてしまう。あれだけ長い期間通っていて、一言はっきり言うだけで了承するのか?
「も、もう本当に来ないのですか?」
「?ええもちろん、私、好きな人に迷惑かけるの嫌いなんです」
「え、は?」
愛しているなら、会いたいのではないのか?好きなら好きと言ってずっとそばに居ようとするのが。
「いや、その」
それを毎日していたのに、今私が断ったのだ。何もおかしなことはないし、彼女が彼女の矜持を持って決断している。私の言葉でなはなく、私への想いでだ。
「さようなら、ギャルソンさん。大好きでした」
自分で扉を開けて出ていく姿は凛としていて、とても金輪際会えないなんて思えなくて、言葉が過去完了形なのが意思を強く感じて。
「まっ」
閉まる扉に追いつけずに、手だけ伸ばしていた。
可愛げがない終わり方、潔い幕引き、私のためのさようならはあっけなかった。
従業員から色々言われたが、あれから彼女は一度も姿を現さなかった。
後悔などするものか。毎日毎日茶を淹れる身にもなってほしいもので、煩わしさから解放され、通常運営に戻っただけの事。
ただ、毎日同じ時間、あの扉が開かないか、それだけは目で追ってしまう私が居る。
遅効性の毒を盛られたように、今になって効いてきたあの声と言葉が胸に突き刺さり、耳があの声を欲している。
左様ならば、二度と会うことはないだろう。
さようなら、私のお客様。
Fin.
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