ASMR
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「ようやく手に入れました」
その日、とても上機嫌な彼は何やら黒い機械を取り出し見せつけた。
「なんですか、これ?」
パッと見では小型の四角いもの。よく見ると先端がスポンジでおおわれている。
「マイクです、高性能の」
「ああ、マイク。…マイク?」
あと録音機能付きです、と付け加えた。
何故ここにマイクがあるのか、そもそも何に使う気なのかさっぱりである。
そうこう悩んでいる内に、彼はてきぱきと机の上にアイスティーと綺麗にカットされたフルーツを持ってきてはにこにことしている。
「さ、無言でお願いしますね」
何のことかさっぱりで、半口明けて呆けていると、椅子に座らされた。
「あの何する気なんです?意味がわからないんですけど」
「おや、知らないのですか?流行のえーえすえむあーるというものを」
知らない訳ではないけれど、機材と食材から察するに、私にそれをやれとの事なのだろう。前々から奇妙な人だとは思っていたが、ここまでとは。
「…喋らず食べきればいいんですね?」
「ええ!お願いします」
マイクを私の首元につけると、スイッチを入れた。
何に興味を示しているのかは知らないが、承諾なしに進められているのはもう何も言うまい。
黙って目の前のモノを黙々と食べ進めた。
「…はい、結構です。お疲れさまでした」
「ごちそうさまでした」
そんなに量があったわけではないので難なく食べきり、録音は終了した。
「では次にこれを」
「次!?」
口から先ほどのものを吹き出しそうになる。
目の前に置かれたのはスポンジでできたマネキンの首のようなもの。一体これは何なのだ。いやそもそも目的は?
「立体録音機です。耳元でこのセリフを感情込めて囁いてください。大声は私の耳がお陀仏になるのでやめてくださいね」
「いやだから何でこんな」
「ささ、台本です」
渡された紙にいくつか何か書かれている。
「・・・」
数文字書かれたそれを床に叩きつけた。
「誰がやるかこんなこと!」
「あぁ…!大声はダメですって!」
「もう録ってるんですか!?」
タイトルは耳舐めASMR。内容は挑発的に優しくざぁこ♡となじりながら耳を舐める。と書かれていた。
ふざけている。
「そもそも!今日は何でこんな事するんですか!?意味が…」
脈略のない行動に疲弊し始めていると、悲しそうに頭のマイク?を抱えて彼はしょげていた。
「…ナナシさんが来ない時に、一人で音を聞こうかと」
「はい?」
「安心するんです。ナナシさんの音、ナナシさんの声を聴くと私は幸せな気持ちになれる」
「は、はぁ」
「録音しておけば寂しくないでしょう?だから…」
ああ、寂しかったのか。だからこんなにマイクばかり…
「なんて絆されないよ?なんで耳舐めが必要なの」
「…ちっ」
「あ、舌打ちした!」
気持ちと行動と思想が伴わない彼の行動に引いてしまう。というかどこでこんな知識を得たのだろうか。
「いいじゃないですかマイクスポンジちょっと舐めるくらい。あと囁くだけで終わりですよ」
「終わってるのはギャルソンさんの尊厳ですよ、爆発四散しましたよ」
「…この通りです、お願いですからこれだけはやって頂きたい…!」
「やっ…ちょっと、頭上げてくださいよ!」
「お願いします、ナナシさんの声が欲しいのです!」
何故ここまで固執するのか定かではないが本気の様で、これ以上彼の情けない姿を見ていられなくなり、ぐぬぬと唸りながら頭を抱え、やがて溜息が一つ。
「…舐めないで一言だけなら、まあ」
根負けしたのであった。
「本当ですか⁉なら準備を…」
「あと恥ずかしいから外出ててください、私やりますから」
随分と訳の分からない事を承諾してしまったとは思うが、これだけ頼まれては仕方がない。
上機嫌な彼を無理やり外へ追い出し、そそくさと帰り支度を済ませた。決して逃げるためではない。ちゃんと責務は果たす。
マイクに近付くと一言吹き込み、彼に見つからない様に裏口から帰った。
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