繁盛店
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それから訳あって訪れたのは5日後になってしまった。それは別にいつでも来ていいと言われていたので特段おかしなことでもない。
いつもの洋服で裏口にまわろうとするも、店の正面玄関には全く活気がない。それどころかcloseの札がかかっているではないか。流石に繁盛しすぎて定休日になったのかと思い、帰ろうかとした時だった。
「こっち!ナナシちゃん!!」
大きな声で呼ばれたのはまた裏口。幽霊姉さんの大声は珍しいと思いつつ駆け寄ると、焦った表情で私の肩を掴んだ。
「何で暫く来なかったのぉ!?大変なことになってるのよぉ!?」
「え、いや忙しくて…どうかしたんですか?」
訳も分からず中に入れてもらうと、スタッフの皆がやっと来ただの助かっただの口々に私に言ってくるではないか。状況が分からず、話を聞いてみるも、実に状況は悪いものであった。
「あの日ナナシちゃんが出てった後、支配人落ち込んじゃって仕事が手につかなくて…」
「次の日も待ってたのに来ないから、先輩と何かあったんだとか喚いて」
「部屋に引きこもって出てこないから店が回らず、困ってるのにゃ…楽でいいけど!」
胸のもやもやはすっと晴れたのに、お店がこんな大変な事態になっているとは知らなかった。私と幽霊姉さんは目くばせをするも、苦笑いしか出てこなかった。
「あー…その、お部屋ってどこですか?」
「こっちこっち」
状況を打破すべく、案内されるがままに店の奥へ行くと、固く閉ざされた扉が一つ。ノックするも応答はなく、何をこんな引きこもっているのかわからないが、声を掛けてみることにした。
「ギャルソンさん、居るんですか?みんな心配してますよ?」
中からどさっと何か落ちる音がし、扉の中から低い声が聞こえてくる。
「…ナナシさん…何しに来たのです…」
開く気配もなく、ただ暗い声の彼に事が深刻である事が伺える。
「何しにって、会いに来たんですよ。約束したじゃないですか」
「嘘つき!来なかったじゃないですか!どうせあの男と一緒に居たんでしょ!?」
「あの男…?あ、架空の先輩の事か。…居ませんよ、そんな人。いいからまずここから出てきてください、皆に顔見せてあげてくださいよ、ね?」
「嘘だ…私よりそいつとイチャこらして…ワンナイトラブまで…!」
少しだけでも私の気持ちがわかってくれたら良かったのに、まさかこんな事になろうとは。
扉は一向に開く気配はなく、何かぶつぶつと恨み節が聞こえてくる。見兼ねた幽霊姉さんは私に耳打ちした。
「ナナシちゃん、いい?ごにょごにょ…」
「…え、それは…」
「じゃないと埒が明かないわよ、お願い!」
「うぅ…」
事態を引き起こしてしまった責任がある。今はこの案に乗るしかないだろう。
「…会いたいよ、ギャルソンさん。私、さみしいよ」
がちゃ。
「…」
ふいに空いた扉の隙間から、白くてふわふわしたギャルソンさんがジト目でこちらを睨んでいる。目の下には幽霊に似つかわしくない隈までできており、少し目が赤い。
もしかして泣いていたのだろうか。だとしたら本当に可哀想なことをしてしまった。
「ごめんね、全部嘘なの。気になる人なんていないよ?ギャルソンさんとお話ししたくて嘘ついちゃったの」
「…ほんとに?」
「うん、ごめんなさい」
「ほんとに他の男はいない?私だけが好き?愛してる?」
急に言われてはいそうですなど言えるものか。
「え…それは…」
ばたん。
「あー!好きだよ、大好きだよぉ!何で私から告白してるのかよくわかんないけど、好きじゃなきゃこんなことしませんってば!」
がちゃ。
「…こっち、入って下さい。他の皆は少し待っていて下さい」
ヤケクソの言葉が響き、彼がもう一度扉を開けると入るよう促され、後ろの皆を見ると行ってこい、グッドラックと言わんばかりに手を振っていた。誰も助けてはくれないようなので、意を決して部屋へと入っていく。
中は本棚と机がある、書斎のような場所だった。部屋を見ているといつの間にか彼の姿は人型へと変わっており、元気がなさそうにそっぽを向いていた。
「…あの」
やっぱり悪いことをしたと思い、改めて謝ろうと近付くと、急に引っ張られ腕の中に納まっていた。
「へぁ!?え、ちょっとギャルソンさん!?」
「…怖かったです。貴女がもう来てくれないかと思って、胸が張り裂けそうで、誰かのモノになってしまうのが嫌で、辛くて…!」
「ごめんなさい…本当に」
こんなことする人じゃなかったはずなのに、お店を一番に大切にしている人なのに、ほんの少しのやきもちでこんな目に遭わせてしまった。
「私ね、ギャルソンさんが人気になっちゃってやきもち焼いちゃったの。だから、その」
「え!?そんな、ナナシさんが…本当に?」
「うん。特に女の人にお花あげるのとか嫌だった」
「へぇ…?それは、その…何と言いますか…」
調子に乗っていました、と素直に謝罪する彼が面白くて、でもそんな私の言葉を聞いた口元がにやけているのも見えて、懲りない人だなあと感心すらしてしまう。
「にやけないで下さいよ」
「だって、嫉妬してくれたんですよね?嬉しくて…告白までしてくれて」
「それは!開けて、くれないからで…」
「本心じゃ、ないのですか?」
目が本気だ。嘘は言っていない。でも恥ずかしいのだ。
「…好きだよ」
「もっと」
「好き!だからもう行きましょう!?皆待ってるから!」
「ふふ、でもあと1分でいいのでこのまま」
ぐっと抱きしめる腕が強くなる。意外と腕力あるので逃げ出せず、成すがままだった。
「…愛していますよ、ナナシさん。もう他のお客様の前でこの姿はしません。貴女の前だけです」
特別扱いが私だけなのが嬉しくて、胸に顔を埋めて真っ赤な顔を隠した。
「あとあの格好も私の前だけにしてください。…すごく可愛かったので」
「もう着ないです」
「何故!?もう一度あの太ももを…!」
「1分経ちました!行きますよ!」
無理やり彼を連行し、皆がほっとし、その日からお店は通常営業へと戻ったのである。
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