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それはちょっとした好奇心で、ギャルソンさんの自室を覗いたことに始まる。一度見てみたいとねだった事があり、渋々見せてもらったが、書斎と簡易なベッドしかない部屋だったのを覚えている。あまり使っていないと本人は言っていたが、好意を抱いている相手の部屋、一度は訪れたいと思っていたため嬉しかったのは内緒だった。
「お茶を淹れてきますね」
そう言って席を立ったギャルソンさんの動向に注意しつつ、性懲りもなくこっそり覗いた。
以前は書庫の香りと、きっと彼が使っているであろう香水の香りがふわりと香って胸が高鳴ったのを覚えている。だが今はどうだ、女性向けの甘く優しい香り、部屋の風貌はがらりと変わっていた。
「なん、で」
私の香水。期間限定、数量限定でしが売ってなかったあの香り。それが私の鼻孔をくすぐる。
薄暗い部屋の中は目を凝らさずとも、何十枚と写真が貼られており、ベッドの上には一着のワンピースが無造作に置いてあった。
力の抜けた私の手は扉を開け放ち、光が部屋の中を照らした。
「…」
半口を開けて、眼球しか動かせない。
甘い香水の香り、日常から部屋着、様々な角度からの私の写真、ワンピースは一度着て褒められた事があるものによく似ている。書斎の机には一本の見覚えのある香水瓶まであった。
状況が呑み込めない。何がこの部屋に起きたのだ、そもそも何故こんなに私の情報が洩れているのかが理解できず、一歩後ろへ身を引いた。
「あ」
間抜けな声が出たのは、背に誰かが当たってしまったから。ホラー映画さながらに、ゆっくりと振り向くと、無の表情のギャルソンさんが見下ろしている。
「あ、の」
驚くわけでも怒るでもなく、ただ見下ろしている。
「どうなさいました」
表情を変えずに言い放った彼に、何も言い返せなかった。
「いけませんね、女性が男の部屋に勝手に入っては」
私の肩を掴み、ゆっくりと部屋の中へ押し進める。
「いい香りでしょう?私、この香りを嗅ぐと貴女を思い出して安らぐのです」
なし崩しに私をベッドへ腰かけさせ、深呼吸する彼。扉は閉められ、暗い部屋の中ぼんやりとしか彼の形が分からなくなった。
「いい表情でしょう?私、これが一番お気に入りなんです」
差し出してきた写真に目を凝らすと、笑顔の私が映っていた。勿論撮られた覚えはない。ふと目も慣れてきたところに、ワンピースの横にも写真があることに気が付いた。
「いいでしょう、何もかもナナシさんの全てを知っているみたいで」
何枚も何枚も着替えている最中の写真や寝顔の写真がある。ワンピースの頭の方にあるのは、ワンピースに若干汚れがあるのは、乱れているのは。
「…想像通りですよ?」
ぼおっと薄気味悪い笑みでこちらを見ている彼に、漸く感情が追い付いた。こういう時、人は咄嗟には動けないもので、肩を組まれ髪に顔を埋め何度も深呼吸をする彼から体が離れなかった。
「ああ…!やはりナナシさんの香りが足らなかったのです!温もりも何もかも!」
初めて抱き寄せられ、いつもの彼の香水が強く香り、頭がくらくらしそうだ。
「もうコレクションしなくて済みそうですね?ナナシさん」
無闇に足を踏み入れる、好奇心は猫を殺す。
「愛しています」
香水の小瓶の残量がほぼ無いなんて考えている私は、余程この人にお似合いなのだろうと、大好きな香りに包まれながらぼーっと考えるのであった。
Fin.
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