シンデレラ
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「おや、もうこんな時間ですか」
古時計の秒針が天辺を指し、古びた音が私達の時間の終了を告げた。
「ほんとだ…早い」
「話し込むとあっという間ですねぇ」
「もっと話したかったのにな」
少しむくれる彼女が可愛くて、それでも生身の健康を考えて二人で決めた時間の約束。
「また明日来ますね」
名残惜しそうに身支度を整えた彼女は、ひらひらと手を振って明日の約束をしてくれる。知らないだろうが、この約束が何より嬉しく不安になる。
「ええ、また明日お待ちしております」
道中女性独りでは危ないやら色んな危惧があるというのに、来るなとはどうしても言えなくて、必ず来て欲しいと念を送る。
元より無人の廃墟に独りになると、ふと目に入ったのは先程まで彼女が座っていた椅子にある羽織ってきたカーディガンだった。
「忘れ物ですか」
まだ温かさの残る椅子からそれを持ち上げると、端から見れば危ないが少しだけ匂いを嗅いだ。
胸いっぱいに優しい香りと安堵が募る。これさえあれば、彼女はまたここへ必ず来てくれるだろう。
「…迎えに行って差し上げたいのに」
行きたくても行けないもどかしさからつい本音が漏れてしまう。いつでも何処でも会いに行けたらどんなにいいだろうか、こうやって夜しかいられない生活を考えると、いつか彼女にも王子様と呼べる相手が現れると思えて仕方がない。今はそれが怖くて憎くてたまらなかった。
「ナナシさんはシンデレラですね」
12時になると帰る彼女は私のシンデレラだ。ともすれば、迎えにすら行けない私はただのカボチャ止まり。王子になんて成れるはずがない。
いつまでもこんな関係続けられる訳がない。いつか他に大切なものが出来たとき、生きている時間を過ごす彼女はここへは来なくなるだろう。解っていたのに、いつの間にか泥濘に嵌まって足掻いている。幽霊がそんなことを考えているなんてお伽噺にもならない。
「そんなお姫様扱いしてくれるんですね」
「え!?」
暗く黒い感情に胸を押さえていると、不意に後ろから明るい声が聞こえ飛び退いた。
「い、いつからそこに」
驚かすことはあれど驚かされるのは彼女くらいだろう。思わず上ずった声で再度来訪した彼女の姿に少しだけ嬉しさを覚えた。
「シンデレラガール認定辺りから」
にこにこしながら近寄る彼女。匂いを嗅いだところは見られていないようで少しほっとした。
「そうでしたか…あ、これを」
忘れた上着を手渡すと素直に受取り着て、まだにこにこしている。いたずらっ子の様な悪巧みをしているようなにやけがおに、先程までの心配が馬鹿らしくなってしまい、少し目を逸らした。
「まだ何か?」
「私は王子様の方が合ってるかも」
「はい?」
言っている意味がわからなかった。ただ一瞬、私のお姫様にはなってくれないのかと不安には駆られた。
「ギャルソンさんはここにいて、私は12時に帰るけどまた来るの」
「…そうですか」
「待ってるだけのお姫様だったらギャルソンさんに出会ってないもん」
そういえば出会ったのも彼女がここに飛び込んできた事からで、今こんな関係になれたのも私が幽霊だとしても接してくれたからあるようなものだ。
「王子様は男だから、12時で帰りつつ通い妻するタイプのシンデレラがいいな」
「妻…」
「そこに食いつく?」
自惚れそうな程良いフレーズが散りばめられた台詞に思わず受かれ、一瞬にして新妻ナナシという最高にハッピーな単語を完成させてしまっていた。
「ガーデをクンクンされるくらいは好かれてると自負してるんで」
「ちょっ…!そこは見ていないと言ったでは!?」
「ちょっと変態ちっくだけど許しまーす」
「ぐ…」
そんな脳内お花畑が一瞬で吹き飛ぶ。あの行動が見られていた事に肝を冷やす。
しかしそんな事を見たにも関わらず、怒るでも引くでもなく、嬉しそうに彼女は近付いてきた。
「ギャルソンさんは、なんか高い香水みたいな香りがします」
温かい。一瞬何が起きたのか理解できてなかったが、精一杯背伸びをして彼女が抱きついている夢みたいな状況に、感激と感情が追い付かなかった。
「また来ます、絶対。だから今夜はおやすみなさい」
様々な感情が沸き上がり無い脈が沸騰しそうな中、耳元で優しい声がささやいた。
「おやすみ、なさい」
今きっと自分は嬉しいやら恥ずかしいやらで酷い顔をしているのだろうな。
結局それしか言えず、颯爽と帰る背を見送ってから独りになると膝から崩れ落ちた。
「好き…好きです」
完全敗北を口にしながら、明日また来る王冠をつけたシンデレラにどんな顔をしていいか、今から悶絶するのであった。
fin.
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