「私の化粧？」
「はい、すごく良い色だと思って」

きっかけは些細なこと。肌の色は自前なのだろうが、ルージュとアイシャドウの選色を常々良いと思っていたのだ。

「死に化粧を良いと…？」
「た、確かにそういえばそうですけど…とっても映えて綺麗だなって」
「ふむ」

その言葉に何か考え込んだ彼は、上着の内ポケットからルージュを取り出した。

「ナナシさん」
「あ、それが」
「動かないで」

こちらの返答もなく、どこからかルージュ用の筆まで取り出し塗ってくれている。
急に彼から触れられたこともあるが、こんなに顔が近いのは想定外過ぎた。丁寧に塗ってくれているのは嬉しいが、心臓が早鐘を打つ。

「さ、出来ましたよ」

最後に頬を一撫でして、彼の顔は遠ざかる。ようやく息をして手鏡で顔を確認すると、普段使わない色味の唇は、少し大人の雰囲気にしてくれた。

「どうです」
「素敵、ちょっと大人っぽくなったみたいです」
「…」

少しはしゃぐ姿を見た彼は、こちらに手を伸ばして顎に手をかけた。

「少々付けすぎた」

唇に冷たく柔らかい感覚。視界にはゼロ距離の彼。
ぬるりと少しだけ唇を舐められると顔は離れた。

「これでちょうど」

にやりと笑う彼の口は、ルージュが更に色濃く映えていた。


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