再会
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何か話さなければと思い、引っ越して間もない事やこんな雨の中助かったとか言葉を繋いだ。
「そうでしたか、元気そうで何よりですよ」
雨にうたれて直ぐに具合が悪くなる訳でもない。何だか微妙に話が噛み合っていないこととコミュ障を発揮してしまい紅茶をがぶ飲みしていた。
そういえばこの壺はなんだ。
「よろしければ召し上がってください、甘いものお好きでしょう?」
スプーンがついていた。ここまで来たら最後まで頂こう、それを口に運ぶと、甘くて懐かしい味がいっぱいに広がる。美味しくて目を見開いた。
「ふふ」
あれ、懐かしい?
「めそめそしていたのに、それを食べたら泣き止んできましたね」
この味を知っている。あれは、迷子になったときだ。
両親が連れていってくれた旅行先で迷子になって、数日まるで神隠しにあったかのように消えたが、無傷で発見されたのだ。
「全く、オジサンではないのですがねぇ」
当時はおじさんが助けてくれたと証言していたが、子供の言うことだと生存していた事だけを喜び叱られた。そして自身も忘れていた。
あの日もこんな豪雨で、雷が怖くて山の中で迷ってしまったのだ。
「あんまりにも美味しいと喜んでくださるので、ついつい長居させてしまったのですよ」
ふと目の前にお花と蝋燭のある穴を見つけて入った。そこで誰かと話をして、ご飯を出して貰ったのだ。それが美味しくてその誰かと食べながらたくさんお話をした。
「こんなに大きくなっちゃって、早いものですねぇ」
目を細めて笑うその顔は、ぼんやりとする記憶の顔に酷似している。
いや、だとしても年月が経ちすぎている。逆算しても相当歳を取っているはずだ。記憶のその姿と今が全く同じであることに、握っていたスプーンに力が入った。
「あそこはもう寂しくないようですのでね、移転したのですがこんな出会いがあるとはね」
その言葉に非現実な結論が出た。不思議と怖くはない、でも手は震えている。何か言葉をかけたいのに、言いたいことがありすぎて困惑する。
「さぁ時間です。あの日と同じく、お帰りいただきましょうか」
まだ何も言えていないのに、え、と声を挙げる間もなく先も見えない真っ暗な道が続く扉の前へと立たされていた。
そうだ、あの日もこうやって帰りを諭されてここへきた。
「そういえば帰りたくないとただをこねてましたっけ?いやぁ、そんなこと言ったの後にも先にも貴女だけでしたよ」
笑う男に渡された提灯のついた棒。中には蝋燭でぼんやりとした明かりが灯っている。
「前と同じように帰りなさい」
後ろを振り向こうとすると、ぽんと背を押され戸が閉まる音が聞こえると、自分の持つ明かり以外の光が消えた。真っ暗闇に取り残され、微かに誰かの助けを呼ぶ声が聞こえたりと突然放り出された空間に恐怖が支配する。
あの日はこの空間が怖くて走って走って、気付いたら大人達にみけてもらったのだっけ。そもそも、この空間で迷ったら?
(怖い、怖いよ)
大人になったら暗闇なんぞに怖がる事がなくなると思っていた。実際問題突然暗がりに放り出されたら誰でも怖いに決まっている。今がそれだ。
怖くて提灯を握る力を強め、不安から少しでも解放されたくて、唯一の明かりを見つめた。
(あれ)
明かりの元である蝋燭、華が描いてあるのだが蝋燭の炎の先が風もないのに揺れている。揺らめいていたそれは、指を指すかの様に一定方向を指し示している。
(「同じように帰りなさい」)
あの日暗闇を前にし、泣きじゃくる自分にこれを持たせ、蝋燭は悲しみや寂しさを照らすものだと言ったあの人の優しい声を思い出した。
提灯から蝋燭を出す。明かりは小さくなったものの、力強い炎を見つめては炎が指す方向へ足を進めた。途中沢山の呻き声や一緒に連れていってと声を聞いたが、本能的に振り返ってはいけないと足を早めた。
(あれ、ここは)
いつあの暗闇を抜けたのだろうか、早鐘を打つ心音に足が追い付かなくなって小走りになると、いつの間にかそこは自宅の近くだった。辺りはすっかり日が落ちて暗くなっていた。
放心状態でとぼとぼ歩き、自宅の自室へ戻るとようやく息をついた。そこでようやく手に持ってきた蝋燭から火が消えた。まるで家に帰るのを見届けたかのようで、あれだけ長い時間燃えていたというのに、蝋燭が垂れている様子はなかった。
(本当にあった出来事、だよね?)
半信半疑になっていたが、目の前の蝋燭と、口元に仄かに残る甘味が現実だと言っていた。
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