絶望レストラン
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私は今、白いテーブルクロスの机と品の良いベロア生地の椅子に座っている。机にはコース料理を頼んだときのようにフォークやナイフ、スプーンと皿が置いてあった。
何を考えるでもなく、目線を前に向けると向かいの席に男が座っていた。黒い髪を七三に分け、文字通り真っ白な肌と化粧をしたタキシードのその人は、不気味なその顔でにこにこと笑いかけている。
「では、始めましょうか」
そう言って手には紙を持ち、内容を読んでいる。
「無名ナナシさんですね、うん、良い名です」
私の名を口にした。それから私の生い立ちをペラペラと話し始め、私しか知りえないことや家族しか知らないことまで言い当てている。
「お可哀想に。まず夢を掴めなかったと」
ずきりと胸が痛んだ。するとどうだ、テーブルのフォークが消えた。
「それからきっと大丈夫だと期待していたお仕事もなくなって」
次にスプーンが消えた。何が起きているのだろう。
「彼との未来を願っていたのにあっさりと捨てられた挙げ句」
ナイフが消えて、ようやくこの異常な状況に気が付いた。
「希望をくれた親友に何もかも盗られたと」
相変わらずにこにこと紙を見ながら頷いている男が何者なのか検討もつかない。そもそも良く見れば回りは少し高そうな内装の店内。私たち以外誰もおらず、蝋燭だけがこの部屋を仄かな明かりで照らしていた。
「はい、拝見させて頂きました」
そう言って紙をジャケットの内側へしまうと、男は改めてこちらへ向き直った。
「大変素晴らしい絶望ですね、新たな店に相応しい」
そうだ、私は絶望の末に命を断ったはずだ。
鮮明に家を出てからの自らの行いを思い出すと、はっとして手を首にやった。
「可愛らしいチョーカーですね」
しっかりと首には麻縄がかかっており、かかるというよりも今もまさに食い込んでいる形だ。何故こんな状態で苦しさを感じないのだろう。
「それでは契約と参りましょう」
男が皿へ手をさすと、いつからあったのか皿の上には一枚の紙が置かれていた。
目をやって読んでみれば、契約書とかかれた題名のそれがあった。
『絶望レストランの支配人になることを誓います』
下には署名する欄がある。
「さぁナナシさん、こちらをどうぞ」
男は何処からともなく万年筆を取り出し渡してくる。
死ねたと思ったのに。死に期待を抱いたのに。もう何にも期待も夢も抱かずに済むと思ったのに。
「あなたならば、至高の絶望を届けることが出来るでしょう」
ああこの人は誰なんだろう、でも何でもいい、この胸には痛みしかない。
「はい、確かに。これで契約は完了致しました」
痛みに苛まれながら署名すると、嬉しそうに男は契約書を受け取った。男の手の中で青く紙が燃え上がると、それは灰も残さず消えていった。
男はにこやかに席を立ち、こちらの背に回り込んで両肩に手をかけると耳元で囁いた。
「私達一同、新たな門出を心からお祝い申し上げます」
誰もいなかったはずの店内に気配を感じる。少し顔をあげると多くの瞳がこちらを見つめていた。静かに拍手が上がると、少しずつその異形の者たちが姿を表していく。
「ようこそ、怪談レストランへ」
それらを見て、落ち着きと親近感を感じているのは何故だろう。何もかもに絶望していたのに、これからの事を考えると少しだけ期待しているのは、私がまた絶望出来るようにするためなのか。
「…それはそれは末永く、仲良くしましょうね。ナナシさん」
それとも、ここが本当の希望だからなのだろうか。
肩に添えられている手が髪をとかし、首元を一撫でし、麻縄を蝶々結びにし直すと、嬉しそうな男の声が聞こえる。
自分の出ない声と男の満足そうな笑みにまた絶望した。
fin.
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