占い
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将来の伴侶、見てみたくありませんか
「丑三つ時にですか?」
「ええ、一般的に2時~2時半くらいと言われてますけど」
いつもの様にお店でくつろがせてもらっていると、ギャルソンさんからある占いの話を聞かせてもらった。
なんでも夜中2時頃、桶に水を張り櫛を咥えながらそれを覗くと将来の結婚相手が見えるという話で、酸いも甘いもお化けも妖怪も知り尽くすギャルソンさんが言うのだ、かなり信憑性も高い占いなのだろう。
「知りたくありませんか?ご自分のフィアンセ」
「え?そ…そうですね。知りたいです」
そう尋ねられてしまうとYES以外の答えが出せない訳で、その占いを今夜実行してみてはどうかと提案されてしまうのだった。映らない場合は結婚できないのだろうかと尋ねると、
「いえいえ、絶対映りますよ。絶対に今夜実行してくださいね?…いいですね?」
「え?あ、はい…」
妙に念を押され映るとのお墨付きまで頂いてしまったからにはやるしかない。
既に夜も更けていたので早々に帰宅し、丑三つ時まで時間をつぶしては指定された時刻になると洗面器と櫛を持ってお風呂場へと急いだ。
「…とは言ったものの、これを夜中にやるのはちょっと怖いなあ…」
例え結婚相手が本当に映っても、それはそれで何だか怖い。電気まで消して暗闇の中洗面器を見て怖いものでも映ったら…
「…今その考えはやめよう」
そうしよう…このままでは埒が明かない。私は櫛を咥え、意を決して水の入った洗面器を覗き込んだのだった。しばらく覗くも自分の顔以外見えず、何だか自分が虚しく感じられてきた為止めようとした時だった。
(あれ…?顔が、ぼやけ始めた…?)
さっきからクリアに映っていたはずの自分の顔が、突如ぼやけ始め段々はっきりと自分以外のモノを映し出していく。
(嘘…ってギャルソンさんが言うんだから映らないのもあれだけど…この人が私の…)
段々と輪郭が見え、ゆっくりとぼやけが無くなっていき、口元が見
「どうです?見えました?」
「っきゃあああ!!」
それが声をあげた。
.
死ぬほど驚くとはこの事で、全力で風呂場の壁へと飛び退いてしまった。
洗面器からは先程映ったものとは打って変わって、白くてふわふわした丸い物体が目だけをこちらへ向けて話しかけてきている。
その声は紛れもない、彼であった。
「ぎゃ…ギャルソンさん!あなた何やってるんですか!?」
「…ナナシさんにこれほど大きい声を出されたのは初めてですね。驚きました」
「驚いたのはこっちですって!!」
「ふふ、それは失礼。…よっこらしょういちっと…」
重くも無い身体を洗面器から抜き、こちらが瞬きしてた時には既にいつものタキシードを着たギャルソンへ変わっていた。
変わる瞬間を見逃したのが少し惜しいと感じたが、それよりも今まで家に来た事など一度も無い彼がここに居るという事実にまた驚かされてしまう。
「な、何で私の家に…?てかどうやってここに…」
「いやあ、結果が気になりましてね。移動手段は…企業秘密ということで」
暗闇の中でもしっかりと見える彼の姿に、移動うんぬんを聞くのは無駄なのかもしれない。
相変わらずニコニコとしながら洗面器の横に立っているギャルソンは、ここがナナシさんがいつも入浴している所ですか、などと言いながら風呂場見学を始めている姿に、抜けた腰で立てないため苦笑いしか出す事ができない。そして先程から驚かされっぱなしの所為なのか、何だか自分の行動が馬鹿馬鹿しく思えて仕方なくなってしまい、溜め息をつきながら肩を落としてしまうのだった。
「あ、そういえば…どんな方が見えたのですか?映ったはずですけど?」
「…ギャルソンさんの所為で見逃しちゃいましたよ」
元はといえば彼の所為なのだが、結果的にもう少しの所で見えなかったのだ。何だか惜しい気持ちでいっぱいになり、多少ぶっきらぼうに答えると、ギャルソンは落としてしまった櫛を拾ってはこちらへ静かに渡してきた。
「それは失礼しました。でしたらもう一度すればいい、ね?」
「もう一回、ですか?」
「ええ、時間もあることですし。ささ、どうぞ咥えて」
「ん…」
言葉を返す間もなく口に運ばれた櫛。反射的に咥えてしまったので仕方なく彼の提案どおり、もう一度占いをやる事にしたのだった。何故そこまでやらせたいのか、もう先駆するのはよそう。
ゆっくりと洗面器を覗き込んで見ていると、背中にひんやりとした温度が張り付く感覚がする。見なくとも分かるが、ギャルソンも背中にくっついて一緒に覗き込んでいるのだ。慌てて櫛を手に持ち代え、占いを再度中断。
「な…何やってるんですか!」
「あ、櫛を離したら見えないですよ」
「知ってますって!何でギャルソンさんまで一緒に覗き込む必要があるんですか!」
「私も気になると再三言ってるじゃないですか。大丈夫、背後霊一人くらいで映らない事はないでしょう」
「…もう、もういいです」
口で勝った事など一度も無い事を思い出し、全く怖くない背後霊をそのままに占いを再開させた。
.
再び櫛を口に持ち代え洗面器を覗いてみると、自分とギャルソンの顔がユラユラと水面に映っている。普通に心霊現象だが全く怖くない。
二人も映っていて本当に映るのかはわからないが、こんな状態じゃ止めるに止められないのだ。それはくっついているだけだったギャルソンの腕が段々と前に伸び、抱きしめる形になっていったから。水面を見れば、嬉しそうに頬擦りしながら水面越しにこちらを見つめ続けるギャルソンに、気恥ずかしくなってしまい占いどころではなくなってしまうのだった。
「映りませんねぇ…あ、喋らなくていいですよ」
水面越しに目が合うと、先程まで嬉しそうだった顔が段々と悲しそうな顔へ代わっていった。櫛を咥えている為返事が出来ない自分に、耳元で小さく彼は呟いた。
「…私の顔なら映ってるんですけどね」
ちゃぽん、と水音を立てながら落ちた櫛。水面が激しく揺れては段々とその揺れを無くしていった。
「な…なんで落としちゃったんですか」
「え!それは、その…」
その質問に答えるより先に、自分の鼓動がしっかりと分かる程強く脈打っている事と、変に反応してしまった自分が恥ずかしくなってしまったのだ。
しどろもどろに櫛を落とした理由を探していると、不意にギャルソンは抱きしめていた腕をするりと退かし、ゆっくりと暗闇に消えていってしまったのだった。
突如消えてしまった彼の姿に、慌てて暗い風呂場を見渡すがやはりどこにも居ない。気を悪くしてしまったのかと不安になりどうしようかとおろおろしていると、不意に耳元にあの声が聞こえてきた。
『…結果は見えたでしょう?』
私は暗いお風呂場で、立ち尽くすしか出来なかったのでした。
Fin
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