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ここまできて、何度彼に心を打ちのめされてきただろうかと彼女は思う。店の外から今の今まで、涙のない時間が少なすぎる程精神的に痛めつけられているだろう。何故ここまで彼は自分に辛く当たるのか、やはり嫌われているのではないのだろうか。そんな考えを巡らせていると、彼は諭すように優しい口調で話しかけてきた。
「よく考えて下さい。私はね、ナナシさんのお友達だから言っているんですよ。赤の他人は見て見ぬふり、何も言ってはくれません。言ったとしてもお世辞だけなのです。」
全てにおいて正しいのは自分である。彼はそう言葉を続けた。
友達でもここまで徹底的に痛めつけることもないだろう。そんなこと、彼女には口が裂けても言えなかった。
「私だけ…そう、私だけがナナシさんの為に発言してあげているのです。私ってなんてお人好しなのでしょうか。ですが…それもこれも全部お友達であるナナシさんの為。品性も色気も知性も教養もない、無知で下等な浅ましくもどうしようもないナナシさんの為なのですから。そう考えたら、私がどれほど仏のように慈愛に満ち、貴女にとって重要且つ女性としての道を踏み外した己を矯正してくれる相手として適任かお分かりでしょう?」
淡々と述べるその口調は教師のようで、全てが正論に聞こえる。たとえその内容が悲しいほど突き刺さる言葉であろうが、この場では彼こそが正しさなのである。
「人は急には変われません。ましてや何をやらしても鈍臭い貴女では、かなり時間がかかります。だからね」
言葉を続ける彼は手を伸ばし、まるで犬か猫を撫でるように彼女の頭を撫で始めた。
「…時間など関係ない私が、じぃっくりと時間を掛けて矯正して差し上げますから。この指一つ動くたびに、言葉を発するたび、跪いて私の全てに感謝なさい」
ただその手つきは優しいもの、その威圧に彼女は震えながら頷くしか出来なかった。
「ああ、それと…私は哀れみと同情だけで付き合っているのでそこら辺は勘違いしないで下さいね。何をしようと矯正の一部にしか過ぎませんから。幽霊にさえ発情しそうな貴女ですからね…変な気を持たれても困りますし、最初に言っておきます」
「…」
ここまで聞いていた彼女は思う。この人はどうしたいのだろうか。
彼に対して少なからず好意という名の恋心は持っていたものの、今の一言にどういう関係を築いていけばいいのか、彼女は判らなくなっていった。
先ほどの口付けといい、この発言といい、本当は嫌いで出て行って欲しいからこんな事をしているではないのかと思えてくる。だってそうだ、彼に会うたびに泣かされ、無理難題を押し付けられ、ロクな目に遭った試しがない。本当に悲しいことだが、今日帰った後、二度とここへ足を運ばない方がお互いのためではないのだろうか。
そんな返事のない彼女の異変を察したのか、彼は顔を覗き込んで様子を伺ってくる。
「おや」
眉間に皺を寄せ、伏目がちにしている彼女。それはどう見ても悩んでいる様子である。
そんなことはお構い無しに、また彼女の頭を鷲掴みにすると、ぐっと引き寄せた。
「っん…!」
先ほどよりは短めに、冷たく柔らかい感触が彼女の唇に這い、そして消える。
ぺろりと自分の口元を舐めると、彼は満足そうににっこりと笑って言った。
「まだついていましたよ、はしたない」
そうか、この人は。
「明日は遅れずに来る事、いいですね?」
私が困る事自体が楽しいのか。
「…はい」
それにようやく気付いた彼女は、明日もまた涙を見るに違いない。
fin.
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