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顔を上げてナナシと目をあわせると、ギャルソンはよろよろとした足取りで歩み寄る。突如頬に衝撃が走ると、ナナシの身体は床に伏すように倒れていた。
「私のこと」
裏切りましたね、そう聞こえると同時に身に起こった事をやっと理解する。
痛い、痛い。
痛む頬に手を当て、ナナシは泣きそうな目でギャルソンの方を見上げた。
「私じゃ満足出来なかったんですか」
その時やっと気付いたのだ。ギャルソンが泣いている。
目を大きく見開き、今起こっている出来事を回らない脳内で必死に整理していく。
「もう二度と目を離したりしませんから」
普段と変わらない表情なのに、両目からは涙がこぼれていた。
それからは客観的で、痛む頬よりもギャルソンの表情から目が離せず、腕を引っ張られずるずると床を引きずられていく自分がいた。
店の一番奥にある上がったことの無い階段を引きずられながら上っていき、見た事も無い部屋の扉を開けると、そのまま放り込まれて床に倒れこんだ。痛みにうずくまり、胸を打ったのか咳き込んでしまう。
ナナシを叩き放り込んだその手を見て、ギャルソンは酷く動揺しているようだった。そして床に倒れこんでいるナナシに駆け寄ると、抱き上げては思いっきり抱きしめた。
「ナナシさん…?大丈夫ですか?痛かったでしょう…!ごめんなさい、ごめんなさい…!わたし、私その」
抱きしめるというよりも、すがっていると言うべき光景。
痛む全身に気が遠くなりそうになりながらも、ナナシはしっかりとギャルソンの声を聞いていた。悲痛で悲しい声色の彼の声を。
ぽろぽろと止めどなく流れ落ちてくる彼の涙をみて確信した。
「ぎゃるそん、さん…ごめんなさい、気付いてあげられなくてごめんなさい…」
彼の気持ちに、痛いくらいの愛情を貰っていたことを、こんなに優しい人をここまで追い詰めてしまったことを。
「酷い事してました…こんなの比じゃないくらい、ギャルソンさん痛かったでしょ…」
大切な人を傷つけて、一番近くで深く傷つけて、素敵な人をこんなにしてしまった。
傷だらけなのに血の流れない掌を申し訳なさそうに包み込んだ。
「ごめんなさい、ギャルソンさん。私は」
償わなければならない。この人を傷つけた、こんなに素晴らしい人の心をずたずたにしてしまった、その対価を支払わなければ。
償う。そう呟くとギャルソンはナナシの首筋に顔をうずめたまま、か細い声で懇願した。
「ならあの男を忘れてください。あの耳障りで下心しか伺えない下品な声を忘れて、私の声だけ耳にしてください。ずっと、ずっとここに居てください、ずっとです、ナナシさんがずっと」
ずっと、そうして欲しかったんです。
悲しいくらい弱々しい声で、そう懇願した。
それが、貴方の望む対価なら。
ナナシがゆっくりと頷くと、ギャルソンは嬉しそうに微笑んだのだ。
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