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「そうですよ。それに、これがいつもの私だったんですよ。」
ふわふわとした身体を宙返りさせ、重力にも生物の摂理にも縛られない自分を改めて見つめると、透けた手からは向こうの壁や扉が見える。
「死んでもなお店が持てて友達だっているんです」
薄暗い店内を見渡せば、実に居心地のよい環境によく尽くしてくれる従業員、そしてその者たちは心から信頼できる。
「これ以上ないほど楽しいし、今までもこれで十分だったんです」
ギャルソンはふわりと着地し、深呼吸をしてそれは幸せなのだと改めて感じられた。死してなおその幸せが手に出来るのは極限られた数であり、そして自分はその中の一人なのだと思うと本当に幸せ者なのだと思うのだった。
「本当は、ナナシさんが居ないのが当然なんですよ」
壁をすり抜けていつも彼女と談話する部屋へと行くが、灯りもなく真っ暗な暗闇だけが広がり静寂だけがギャルソンを包んだ。
その部屋には冷気が流れ、人を立ち入らせない雰囲気を漂わせている。
「いつから、だったでしょうかね。あなたがここへ来たのは」
ランプに灯りをともすと、不思議と冷気は感じられなくなり、椅子とテーブルだけが置かれ誰かが座るのを待っている様だった。
「丁度いいのかもしれませんね。元々来るべきじゃなかったんですから、これで」
その一つに腰掛けると、自然と幽体は人の姿に変わっていた。変わるや否や、そのまま椅子の上で膝を抱えて込んでは顔を埋め、小さくか細い声を漏らした。
「これで…終わらせないで下さい、もう十分わかりましたから、私は幸せです、もうわかりましたから…」
彼女が居ない寂しさがぐるぐると胸をかき乱しているのを感じていた。それと同時に、彼女の存在が自分でも知らなかったほどに大きく、失いたくない存在なのだと強く感じ取っていた。
「わかったから早く来て下さいよ…胸が痛いじゃないですか」
声が聞こえない、話しかけても返ってこない、この部屋に彼女が居ないだけで何もかもが冷たい。それが普通だったのに普通じゃない。彼女は自分の何もかもを変えてしまったのだ。
「可笑しくても何でもいいですから、私の傍に居てくださいよ…」
自分でも愚かだと思う程、彼女に会いたいと願っていた。会うはずがなかったのに会った事を心から感謝し、自分と彼女の立場なんてどうでもよいと考えてしまうくらい愛していたのだった。
暫く膝を抱えてうずくまっていたが、顔を上げて立ち上がるとまた玄関口へと歩き出した。
やはり扉は自ら開く事は無かったが、何となくドアノブに手を伸ばし開けてみれば、分厚いコートとマフラーやニット帽などを装着している何かが立っているではないか。
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