普段こんなに率直な気持ちを伝えるような真似はしないナナシに、ギャルソはそろそろタネ明かしをしようと思っていたが止めにし、にやける口元を必死に制御した。
いつもなら小声で好き…なんて言う程度だが、愛しい彼女が真正面から必死に愛してると言うのだ。これが嬉しくない訳が無い。温かなぬくもりと精一杯の抱擁に幸せを噛み締めた。

「…」

そんなギャルソンの思惑に気付いていないナナシは無言のまま、さり気なく次のステップに誘導されているのも気付かずに力強くギャルソンに抱きついている。

「…ナナシさん」
「はい」
「ここまできて恥ずかしくなっちゃったんですか？」
「…はい」

抱きついてはいたが、いくら待てども動かない。その顔を見てみれば仄かに赤くなっており、段々と自分のしている事に恥ずかしさを感じたのか硬直していた。
折角いいところまで行ったのに、と悔しさを感じたギャルソンだったが、ナナシの言葉と表情にその考えは一変した。

「でも…キスしないと、ギャルソンさん信じてくれないから…」
「！」

悲しそうな顔でしょげているナナシ。抱きつきながらも不安を感じているようだった。
ギャルソンに信じてほしい一心で、恥ずかしくともこうして愛している事を証明していた。その心を弄んでいたのは紛れもなく彼女が信じてほしい本人であって、ちょっとラッキーくらいに思っていた事も相まって胸が痛んだ。

「…すみません、少し意地悪しすぎました」
「意地悪…？」
「い、いえ…こっちの話で…。貴女が心変わりするなんてこれっぽっちも思ってませんから」
「本当ですか！」
「ええ、最初からそんな事思ってません。ちゃんと気持ちが伝わってますよ」
「良かった…」

その言葉にナナシは嬉しそうにギャルソンに擦り寄る。からかわれていた事は気付いていないようで、とにかくギャルソンに信じてもらえた事に安堵した笑顔が余計に胸を突く。
それと同時にこんなことをしてなお幸福感が溢れてきていることは言えなかった。

「…後で埋め合わせしてあげないとですね」
「なんですか？」
「なんでもありません。それよりも」
「はい？」
「ここまでしたんですし、続きなんていかがです？」
「え！ちょ…」

ナナシの香りを強く感じる。これからこの香りが幸せの香りになるのだ。
まるでパブロフの犬だとナナシを強く抱きながら思うギャルソンだった。


fin.