リトライ・ヴァンパイア
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ステンドグラスから月の光が差し込む、真夜中の教会でいつものように神への祈りを捧げていたときのことだった。どこからともなく、彼がやって来た。緋色の瞳は吸血鬼の証。
「また来てくれたんだね、嬉しい」
「フン、居もしない神とやらに祈ってばかりいる聖女を笑いに来てやったぞ」
「あはは、ひどいなぁ」
私は立ち上がり彼に近付く。彼は私の髪に触れて絡ませるように遊ぶ。私はそれを咎めたりせず好きなようにさせていた。
「ところで、街に時々現れる異様な集団はなんだ?」
「ヴァンパイアハンターだよ。人間たちを守るためにパトロールしてるんだ。きみのような吸血鬼が現れたら、すぐに倒せるようにね」
「ほぅ?そいつらに狩られて死ぬのか?俺が?」
「返り討ちにしそうだな…」
彼はつまらなそうに鼻で笑う。それでもなお私の髪で遊び続ける。やがて手が耳に降りてきて優しく撫でられる。擽ったくて笑ってしまった。
「聖女は純潔を貫いているらしいな?誰とも交わらないと誓うなど……愚かな生き物だ。お前もそうだ」
「……きみはそうじゃないの?」
私は挑発的に言ったつもりだ。だけど彼の表情は全く崩れない。それどころか寧ろ愉快そうだった。
「愚か者が。この俺を誰だと思っている?」
「最凶にして最強の吸血鬼……■■様?」
「分かっているなら口答えするな。聖女とはいえ所詮人間風情。弱く儚い存在に過ぎない」
「……そうだね」
悲しいことを言う。彼は本気でそう思っているから尚更質が悪い。でもそんな残酷な一面も含めて、私は彼に惹かれているのかもしれない。もっと彼のことを知りたいし、理解したい。それが、神に背く事だとしても。
「■■様がここに来たって事は…お腹、空いた?」
「あぁそうだな……お前の血が飲みたい」
「いいよ」
差し出した首筋に牙が立てられ突き刺さる痛みと共に全身に快楽が走る。血を吸われると気持ちよくて、意識が遠のいてしまいそうになる程だった。
「聖女は脆いな。今ので気絶寸前か?」
「うん……きもちぃ……もっとして…」
「ダメだ。今夜はここまでにしておいてやる」
彼は満足げに微笑んで離れていった。残念だけれど仕方ない。私はゆっくりと身体を離す。すると視界がぐるんと回った。目眩だ。貧血によるものだろう。床にへたり込んでしまう。
「おい」
「ごめん……ありがとう……」
心配してくれているのだろうか。そうでなくともなんだか嬉しい。私は立ち上がる気力もなく彼に凭れ掛かるように体重を預けた。彼は何も言わない。
「………好き」
「知っている」
「聖女が吸血鬼を好きになるなんて、ダメなのに」
「そうか。なら忘れれば良い」
忘れることなんて出来るわけがない。そもそもこんな気持ちになってはいけない相手だと分かっているのに、抑えられる筈もなかった。彼に出会った瞬間からもう全てが始まっていて終わりなんてなかった。
「……もし、私の心臓が止まれば、きみはどうするの?」
彼は何も答えなかった。代わりに私を強く抱き寄せてくれる。温もりを感じながら私は目を閉じた。このままずっと一緒に居たい。死ぬその時まで側にいたい。そのためなら何でも犠牲にする覚悟はあるけれど、きっと叶わない願いだ。だって彼は人間じゃなくて永劫を生きる吸血鬼。だから私は諦めていた。だけど、ほんの一欠片だけ期待してしまう自分もいる。
「……私のことを、殺して?」
「殺さない。死なせてたまるか」
断言してくれたのが嬉しかった。涙が零れ落ちてしまう位、幸せな気分だった。彼はそれを拭い取り、口付けをしてきた。とても甘い感触に酔いしれる。
「俺はお前が欲しい。欲しいものは奪う主義だからな」
「そう、なの?…ふふっ、きみらしい」
「だから…奪うんだよ。神から、お前を」
そう言ってくれるんだ。だったら迷う必要はないよね。だって、私はもう決めていたから。
「どうぞ奪って……神様から私を……■■様だけのものにして……」
彼の腕の中で囁いた。するとすぐに深い口付けが贈られる。舌を絡め取られて唾液を交換し合うように吸われると頭が蕩けておかしくなりそうだった。激しく求め合うような行為に溺れていき、私は幸福に包まれてゆくのを感じた。彼とひとつになることが何よりも望むことであり、その為であればどんな対価を支払うことさえ厭わない。首に掛かったロザリオが揺れた。
「愛している……」
最後に囁かれた言葉が脳裏に焼きついた。彼もまた私と同じ感情を持っているということを知った時、喜びでいっぱいになった。私の想いは一方通行ではなく同じだったのだ。同じものを共有できて良かったと思えた。それは救いであり希望なのだ。あぁ、主よ。お赦しください。私は、人ならざる者を愛してしまいました。ですが、悔いていません。例えこの先どのような未来が待ち構えていようとも、彼と共に生きていきたいのです……………。
不思議な夢から目覚めた。さっきの夢の中で見たあの人物は誰だろうか?何を話したのかもう忘れた。けど、なんだか懐かしい感じがして、切なくて、あたたかな気持ちになったのだけは覚えている。傍で穏やかな寝息を立てる白竜くんを見遣る。最悪な出会いから始まり、たった半年しか経過していないのにずっと前から一緒にいるような感じがする。それこそ前世からの繋がり、とか。
「ん……」
白竜くんが小さく呻いて身動ぎした。もこもこのルームウェアを着ている筈だが、寒いのか。無防備な姿を晒していて可愛らしい。吸血鬼に寒暖差などあってないようなものだから気にしなくて良いのだろうけれど、彼が私の前でリラックスしている事実に頬が緩む。
「大好き……白竜様」
思わず出た言葉に、慌てて自分の口を手で塞ぐ。今、私はなんて言った?白竜様って……呼んでしまったよね。彼に対して一度たりともその呼び方は使ってないのに、自然と口にしたのはどうしてだろう。さっきの夢を見たから?分からない。ただ、確信に近い予感がある。彼はかつて私に特別な感情を持って接していたのではないか。そして私もそれに応えていた可能性があるのではないか。
「ん……?」
彼が薄っすらと瞼を開く。私はバツが悪くなって目を泳がせた。まだ早朝だし起きる時間ではない。起こして怒らせちゃったかな。
「起こしてごめん。まだ早いから寝てていいよ」
「……いま、なにか言ったか」
「えっ」
「……お前に、呼ばれた気がした」
「……気のせいだよ」
「そうか」
目を合わせないようにする私の後頭部に手を添え、顔を近づけてくる彼。軽く唇に触れるだけのキスを交わすと、私ごと布団に潜って再び眠りにつく。外から聞こえる吹雪の音が、私達に何かを告げたような気がした。
それから12時間後。俺はシオンがいない間に魔界に来ていた。今度会うのはシュウではない。悪魔の剣城だ。昔からの俺の知り合いでありライバルであるアイツなら……。
「久し振りだな、剣城」
「白竜……?最近来ないと思ったら…何しに来た?」
「少し頼みがあってな」
「どうせ勝負だろ。いい加減しつこい」
「いいや違う。もうお前とは勝負しない」
「?…なら何だ?」
相変わらず鋭く尖ったナイフのような悪魔だ。それでこそ俺のライバル。だが、その剣城とこうして会うのも、これで最後になるだろう。俺は生まれて初めて、願いを口にした。
「俺を、人間にしてくれ」
「……は?」
驚愕の表情を隠せない剣城。俺は畳みかけるように話し続ける。
「人間になって、シオンと同じ時間を生きたい。もう、アイツの記憶が戻らなくても構わない。代償ならいくらでも払う」
「正気か?お前…」
「ああ、正気だよ。大事なことに気づいたからな」
「……ハァ……」
呆れているのか頭を抑える剣城に詰め寄る。人間になる方法を知らない訳ではないだろう。コイツなら。
「早くしろ」
「白竜……分かってるのか。人間になれば、いずれお前は死ぬ。吸血鬼として生きてきた何百年も無駄にして、人間の一生なんて僅かだぞ」
「分かっている。俺はもう十分生きた。これでいい」
「……後悔しないな?」
俺は頷く。剣城は少し考えてからこう言った。
「人間になったら魔法も眷属も使えなくなるし、魔界にも行けなくなる。俺はここで待ってるから、今のうちに挨拶を済ませてこい」
「感謝する、剣城」
礼を述べてから、俺は踵を返す。次に向かう先は、あの吸血鬼の元だ。
「白竜。どうしたの、神妙な顔して」
「……シュウ。話があるんだ」
「何、改まって。明日は雨でも降る?」
「茶化すな。真面目な話だ」
俺がそう言うと、シュウは笑みを消して真剣な面持ちになった。こういう時はちゃんと話を聞いてくれる奴なので助かる。
「それで?一体何があったの」
「俺は……人間になることにした」
「……」
「もうここに来ることも、お前に会うことも出来なくなる。…お前とこうして話せるのも、これで最後だ」
「そう。寂しくなるね」
「すまん」
「別にいいよ。君ならそうすると思ってたから……今度は、死なせちゃダメだよ」
「……あぁ」
シュウはふっと笑い、こう付け足した。
「もし死なせたら地獄に落として貰うからね」
「肝に銘じておく。シュウ、今まで本当に感謝している。……さよならだ」
「……さよなら」
手を振るシュウを最後に見た俺は、再び剣城のもとへ向かった。
「別れは済んだか?」
「ああ」
「そうか。なら…代償、というか試練を受けてもらう」
「試練?」
「人間の世界でいう『黒ひげ危機一発』をやるんだ」
「は?」
剣城が指差した先には樽が置いてある。黒ひげってあれか?確か海賊の人形が飛ぶゲームだったような。それにしても……何故?
「お前があの中に入って俺がこのナイフで刺す。耐えることが出来れば人間にしてやる」
「ちょっと待て剣城」
「……とは、冗談」
「剣城ッ!」
「だがナイフで刺すのは本当だ」
「じゃああの樽は一体何なんだ」
「タルたいほう」
「……」
ドン○ーコングか。俺は溜息を吐く。結局、痛い目に遭わないと人間になれないと。まぁ最初からそれぐらいの覚悟はあったから、特に驚きはしない。
「分かった。試練を受けよう」
「いいんだな?俺は容赦しねぇぞ」
「ああ。思いっきりやっていい」
剣城は無言でナイフを取り出し、俺の胸に当ててくる。心臓は避けてくれるのか。それでも相当苦しい事は変わりないだろう。痛みを覚悟して目を閉じる。
「いくぞ……」
「う……」
冷たい刃物が皮膚を切り裂く感覚。痛い。普通のナイフと何か違うのが分かったが、耐えられる。しかし刃がもっと深く入ってくる。
「ぐぁぁぁああ……!」
「銀製のナイフだからな、吸血鬼には痛いだろ!まだ半分も刺さってねぇから耐えろよ!」
「がぁあああっ!」
「人間になるなら吸血鬼の身体を浄化しなきゃならねぇ!頑張れっ!」
あまりの激痛に意識が飛びそうになる。歯を食い縛って耐える。血が流れ出ていくのを感じる。剣城は深々とナイフを押し込んでいる。やがて、骨まで到達したらしく、そこで一旦止まった。まだ抜かないのか。傷口から血液が滲み出るのが分かる。これが永遠のように長く感じられた。
「はぁ……はぁ……」
「おい、しっかりしろよ。ここで死んだら人間になることすら叶わないぞ」
「あ……当たり前だ…こんなところで、死んでたまるか……ッ!」
気力を振り絞って叫ぶと、剣城はニヤリと笑って見せた。ライバルであり友でもあるお前に頼んで本当に良かった。もう、会えなくなるのは辛いが。剣城は俺に刺さったナイフから手を離すと、なにやら詠唱した。途端に、身体が炎に包まれた。熱い!あつい!
「……っぐあぁぁ!!!」
「今が峠だ、頑張れ!もうすぐだ!」
焼け爛れた肌から煙が立ち昇り、火の粉が舞う。肉の焦げる臭いが辺りに充満していく。だが、こんな所で折れるわけにはいかない。俺は必死に耐え続ける。どれくらい時間が経ったのか分からない。だが徐々に痛みが引いてきた気がする。炎も少なくなってきたように見える。
「剣城……」
「よし、終わったぞ。これでお前は……人間になった」
「本当か?」
剣城が持っていた鏡を見せてくれた。映っているのは紛れもなく俺自身。白髪に赤眼で肌白い、普段通りの俺だ。唯一違うところといえば耳が丸くなっているくらい。それ以外は全て同じだ。
「早く魔界から出た方がいい。見つかれば魂を刈られるぞ」
「ありがとう…剣城」
「話は変わるが、何勝何敗だ?」
「579143勝579143敗だ」
「よく覚えてんな…でも、もう勝負もできないんだな」
「そうだな」
人間となった今となってはもう、魔界に居ることは許されない。俺は剣城との決闘やシュウとの会話、これまでの出来事を全て振り返り、彼らに感謝した。
「剣城。お前との日々はとても楽しかった。決して忘れない」
「フッ、俺もだ…もう行け。待ってるヤツがいるんじゃないのか?」
「ああ。……じゃあな」
俺は背を向けて人間界に繋がるゲートを潜る。これからは新しい人生が始まる。不安もあるが、不思議と怖くはなかった。俺にはもう帰るべき場所がある。愛すべき人がいる。彼女の笑顔を見るために、そして共に生きるために、俺は人間になったんだ。
「…さようなら」
シオンの部屋の姿見に向かって別れを告げるのだった。
「また来てくれたんだね、嬉しい」
「フン、居もしない神とやらに祈ってばかりいる聖女を笑いに来てやったぞ」
「あはは、ひどいなぁ」
私は立ち上がり彼に近付く。彼は私の髪に触れて絡ませるように遊ぶ。私はそれを咎めたりせず好きなようにさせていた。
「ところで、街に時々現れる異様な集団はなんだ?」
「ヴァンパイアハンターだよ。人間たちを守るためにパトロールしてるんだ。きみのような吸血鬼が現れたら、すぐに倒せるようにね」
「ほぅ?そいつらに狩られて死ぬのか?俺が?」
「返り討ちにしそうだな…」
彼はつまらなそうに鼻で笑う。それでもなお私の髪で遊び続ける。やがて手が耳に降りてきて優しく撫でられる。擽ったくて笑ってしまった。
「聖女は純潔を貫いているらしいな?誰とも交わらないと誓うなど……愚かな生き物だ。お前もそうだ」
「……きみはそうじゃないの?」
私は挑発的に言ったつもりだ。だけど彼の表情は全く崩れない。それどころか寧ろ愉快そうだった。
「愚か者が。この俺を誰だと思っている?」
「最凶にして最強の吸血鬼……■■様?」
「分かっているなら口答えするな。聖女とはいえ所詮人間風情。弱く儚い存在に過ぎない」
「……そうだね」
悲しいことを言う。彼は本気でそう思っているから尚更質が悪い。でもそんな残酷な一面も含めて、私は彼に惹かれているのかもしれない。もっと彼のことを知りたいし、理解したい。それが、神に背く事だとしても。
「■■様がここに来たって事は…お腹、空いた?」
「あぁそうだな……お前の血が飲みたい」
「いいよ」
差し出した首筋に牙が立てられ突き刺さる痛みと共に全身に快楽が走る。血を吸われると気持ちよくて、意識が遠のいてしまいそうになる程だった。
「聖女は脆いな。今ので気絶寸前か?」
「うん……きもちぃ……もっとして…」
「ダメだ。今夜はここまでにしておいてやる」
彼は満足げに微笑んで離れていった。残念だけれど仕方ない。私はゆっくりと身体を離す。すると視界がぐるんと回った。目眩だ。貧血によるものだろう。床にへたり込んでしまう。
「おい」
「ごめん……ありがとう……」
心配してくれているのだろうか。そうでなくともなんだか嬉しい。私は立ち上がる気力もなく彼に凭れ掛かるように体重を預けた。彼は何も言わない。
「………好き」
「知っている」
「聖女が吸血鬼を好きになるなんて、ダメなのに」
「そうか。なら忘れれば良い」
忘れることなんて出来るわけがない。そもそもこんな気持ちになってはいけない相手だと分かっているのに、抑えられる筈もなかった。彼に出会った瞬間からもう全てが始まっていて終わりなんてなかった。
「……もし、私の心臓が止まれば、きみはどうするの?」
彼は何も答えなかった。代わりに私を強く抱き寄せてくれる。温もりを感じながら私は目を閉じた。このままずっと一緒に居たい。死ぬその時まで側にいたい。そのためなら何でも犠牲にする覚悟はあるけれど、きっと叶わない願いだ。だって彼は人間じゃなくて永劫を生きる吸血鬼。だから私は諦めていた。だけど、ほんの一欠片だけ期待してしまう自分もいる。
「……私のことを、殺して?」
「殺さない。死なせてたまるか」
断言してくれたのが嬉しかった。涙が零れ落ちてしまう位、幸せな気分だった。彼はそれを拭い取り、口付けをしてきた。とても甘い感触に酔いしれる。
「俺はお前が欲しい。欲しいものは奪う主義だからな」
「そう、なの?…ふふっ、きみらしい」
「だから…奪うんだよ。神から、お前を」
そう言ってくれるんだ。だったら迷う必要はないよね。だって、私はもう決めていたから。
「どうぞ奪って……神様から私を……■■様だけのものにして……」
彼の腕の中で囁いた。するとすぐに深い口付けが贈られる。舌を絡め取られて唾液を交換し合うように吸われると頭が蕩けておかしくなりそうだった。激しく求め合うような行為に溺れていき、私は幸福に包まれてゆくのを感じた。彼とひとつになることが何よりも望むことであり、その為であればどんな対価を支払うことさえ厭わない。首に掛かったロザリオが揺れた。
「愛している……」
最後に囁かれた言葉が脳裏に焼きついた。彼もまた私と同じ感情を持っているということを知った時、喜びでいっぱいになった。私の想いは一方通行ではなく同じだったのだ。同じものを共有できて良かったと思えた。それは救いであり希望なのだ。あぁ、主よ。お赦しください。私は、人ならざる者を愛してしまいました。ですが、悔いていません。例えこの先どのような未来が待ち構えていようとも、彼と共に生きていきたいのです……………。
不思議な夢から目覚めた。さっきの夢の中で見たあの人物は誰だろうか?何を話したのかもう忘れた。けど、なんだか懐かしい感じがして、切なくて、あたたかな気持ちになったのだけは覚えている。傍で穏やかな寝息を立てる白竜くんを見遣る。最悪な出会いから始まり、たった半年しか経過していないのにずっと前から一緒にいるような感じがする。それこそ前世からの繋がり、とか。
「ん……」
白竜くんが小さく呻いて身動ぎした。もこもこのルームウェアを着ている筈だが、寒いのか。無防備な姿を晒していて可愛らしい。吸血鬼に寒暖差などあってないようなものだから気にしなくて良いのだろうけれど、彼が私の前でリラックスしている事実に頬が緩む。
「大好き……白竜様」
思わず出た言葉に、慌てて自分の口を手で塞ぐ。今、私はなんて言った?白竜様って……呼んでしまったよね。彼に対して一度たりともその呼び方は使ってないのに、自然と口にしたのはどうしてだろう。さっきの夢を見たから?分からない。ただ、確信に近い予感がある。彼はかつて私に特別な感情を持って接していたのではないか。そして私もそれに応えていた可能性があるのではないか。
「ん……?」
彼が薄っすらと瞼を開く。私はバツが悪くなって目を泳がせた。まだ早朝だし起きる時間ではない。起こして怒らせちゃったかな。
「起こしてごめん。まだ早いから寝てていいよ」
「……いま、なにか言ったか」
「えっ」
「……お前に、呼ばれた気がした」
「……気のせいだよ」
「そうか」
目を合わせないようにする私の後頭部に手を添え、顔を近づけてくる彼。軽く唇に触れるだけのキスを交わすと、私ごと布団に潜って再び眠りにつく。外から聞こえる吹雪の音が、私達に何かを告げたような気がした。
それから12時間後。俺はシオンがいない間に魔界に来ていた。今度会うのはシュウではない。悪魔の剣城だ。昔からの俺の知り合いでありライバルであるアイツなら……。
「久し振りだな、剣城」
「白竜……?最近来ないと思ったら…何しに来た?」
「少し頼みがあってな」
「どうせ勝負だろ。いい加減しつこい」
「いいや違う。もうお前とは勝負しない」
「?…なら何だ?」
相変わらず鋭く尖ったナイフのような悪魔だ。それでこそ俺のライバル。だが、その剣城とこうして会うのも、これで最後になるだろう。俺は生まれて初めて、願いを口にした。
「俺を、人間にしてくれ」
「……は?」
驚愕の表情を隠せない剣城。俺は畳みかけるように話し続ける。
「人間になって、シオンと同じ時間を生きたい。もう、アイツの記憶が戻らなくても構わない。代償ならいくらでも払う」
「正気か?お前…」
「ああ、正気だよ。大事なことに気づいたからな」
「……ハァ……」
呆れているのか頭を抑える剣城に詰め寄る。人間になる方法を知らない訳ではないだろう。コイツなら。
「早くしろ」
「白竜……分かってるのか。人間になれば、いずれお前は死ぬ。吸血鬼として生きてきた何百年も無駄にして、人間の一生なんて僅かだぞ」
「分かっている。俺はもう十分生きた。これでいい」
「……後悔しないな?」
俺は頷く。剣城は少し考えてからこう言った。
「人間になったら魔法も眷属も使えなくなるし、魔界にも行けなくなる。俺はここで待ってるから、今のうちに挨拶を済ませてこい」
「感謝する、剣城」
礼を述べてから、俺は踵を返す。次に向かう先は、あの吸血鬼の元だ。
「白竜。どうしたの、神妙な顔して」
「……シュウ。話があるんだ」
「何、改まって。明日は雨でも降る?」
「茶化すな。真面目な話だ」
俺がそう言うと、シュウは笑みを消して真剣な面持ちになった。こういう時はちゃんと話を聞いてくれる奴なので助かる。
「それで?一体何があったの」
「俺は……人間になることにした」
「……」
「もうここに来ることも、お前に会うことも出来なくなる。…お前とこうして話せるのも、これで最後だ」
「そう。寂しくなるね」
「すまん」
「別にいいよ。君ならそうすると思ってたから……今度は、死なせちゃダメだよ」
「……あぁ」
シュウはふっと笑い、こう付け足した。
「もし死なせたら地獄に落として貰うからね」
「肝に銘じておく。シュウ、今まで本当に感謝している。……さよならだ」
「……さよなら」
手を振るシュウを最後に見た俺は、再び剣城のもとへ向かった。
「別れは済んだか?」
「ああ」
「そうか。なら…代償、というか試練を受けてもらう」
「試練?」
「人間の世界でいう『黒ひげ危機一発』をやるんだ」
「は?」
剣城が指差した先には樽が置いてある。黒ひげってあれか?確か海賊の人形が飛ぶゲームだったような。それにしても……何故?
「お前があの中に入って俺がこのナイフで刺す。耐えることが出来れば人間にしてやる」
「ちょっと待て剣城」
「……とは、冗談」
「剣城ッ!」
「だがナイフで刺すのは本当だ」
「じゃああの樽は一体何なんだ」
「タルたいほう」
「……」
ドン○ーコングか。俺は溜息を吐く。結局、痛い目に遭わないと人間になれないと。まぁ最初からそれぐらいの覚悟はあったから、特に驚きはしない。
「分かった。試練を受けよう」
「いいんだな?俺は容赦しねぇぞ」
「ああ。思いっきりやっていい」
剣城は無言でナイフを取り出し、俺の胸に当ててくる。心臓は避けてくれるのか。それでも相当苦しい事は変わりないだろう。痛みを覚悟して目を閉じる。
「いくぞ……」
「う……」
冷たい刃物が皮膚を切り裂く感覚。痛い。普通のナイフと何か違うのが分かったが、耐えられる。しかし刃がもっと深く入ってくる。
「ぐぁぁぁああ……!」
「銀製のナイフだからな、吸血鬼には痛いだろ!まだ半分も刺さってねぇから耐えろよ!」
「がぁあああっ!」
「人間になるなら吸血鬼の身体を浄化しなきゃならねぇ!頑張れっ!」
あまりの激痛に意識が飛びそうになる。歯を食い縛って耐える。血が流れ出ていくのを感じる。剣城は深々とナイフを押し込んでいる。やがて、骨まで到達したらしく、そこで一旦止まった。まだ抜かないのか。傷口から血液が滲み出るのが分かる。これが永遠のように長く感じられた。
「はぁ……はぁ……」
「おい、しっかりしろよ。ここで死んだら人間になることすら叶わないぞ」
「あ……当たり前だ…こんなところで、死んでたまるか……ッ!」
気力を振り絞って叫ぶと、剣城はニヤリと笑って見せた。ライバルであり友でもあるお前に頼んで本当に良かった。もう、会えなくなるのは辛いが。剣城は俺に刺さったナイフから手を離すと、なにやら詠唱した。途端に、身体が炎に包まれた。熱い!あつい!
「……っぐあぁぁ!!!」
「今が峠だ、頑張れ!もうすぐだ!」
焼け爛れた肌から煙が立ち昇り、火の粉が舞う。肉の焦げる臭いが辺りに充満していく。だが、こんな所で折れるわけにはいかない。俺は必死に耐え続ける。どれくらい時間が経ったのか分からない。だが徐々に痛みが引いてきた気がする。炎も少なくなってきたように見える。
「剣城……」
「よし、終わったぞ。これでお前は……人間になった」
「本当か?」
剣城が持っていた鏡を見せてくれた。映っているのは紛れもなく俺自身。白髪に赤眼で肌白い、普段通りの俺だ。唯一違うところといえば耳が丸くなっているくらい。それ以外は全て同じだ。
「早く魔界から出た方がいい。見つかれば魂を刈られるぞ」
「ありがとう…剣城」
「話は変わるが、何勝何敗だ?」
「579143勝579143敗だ」
「よく覚えてんな…でも、もう勝負もできないんだな」
「そうだな」
人間となった今となってはもう、魔界に居ることは許されない。俺は剣城との決闘やシュウとの会話、これまでの出来事を全て振り返り、彼らに感謝した。
「剣城。お前との日々はとても楽しかった。決して忘れない」
「フッ、俺もだ…もう行け。待ってるヤツがいるんじゃないのか?」
「ああ。……じゃあな」
俺は背を向けて人間界に繋がるゲートを潜る。これからは新しい人生が始まる。不安もあるが、不思議と怖くはなかった。俺にはもう帰るべき場所がある。愛すべき人がいる。彼女の笑顔を見るために、そして共に生きるために、俺は人間になったんだ。
「…さようなら」
シオンの部屋の姿見に向かって別れを告げるのだった。