リトライ・ヴァンパイア
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傍らで眠るシオンの身体を清めて服を整えてやる。首元まで布団を掛けて冷えないようにもしておく。そして彼女の首にあるロザリオを見つめる。かつて俺達を繋いでいたものなら記憶を取り戻してくれるのではないかと考え、シオンに持たせた。しかし特に反応がなく、思い出す気配もなかった。やはり無理に思い出させるのは難しそうだな。でも必ず成功させてやる。
「シオン……俺だけのシオンに戻ってくれ……早く」
そう願いながら額にキスをする。俺だけのお姫様……俺だけの聖女様……。そんな風に呼びかけても彼女は起きない。穏やかな寝息を立てて熟睡しているようだ。俺も休もう。隣で目を閉じるとすぐに眠気に襲われた。
思えば何とも奇妙な関係だ。吸血鬼の男と平凡な女子大生。恋仲でもなければ友達同士でもない。それでも一緒に居たいと思ってしまう自分はどうかしているのか。きっとそうなのだろう。私自身が一番分かっているつもりだ。だがどうしようもなく惹かれてしまう以上諦められないのが事実なのだ。
「はぁ……」
深いため息をつきながらも講義に出席するために廊下を歩く。誰かに聞かれてなくて良かったな。朝、家を出るときにはまだ白竜くんは寝ていたので朝ご飯を出しておいた。食べてくれたかな。やがて講堂にたどり着く。自分の席に着くと、誰かが話しかけてきた。
「シオンおはよう!」
「あ、天馬くんおはよう」
「なんだか眠そうだね?大丈夫?」
「うん。ちょっと寝不足かも……」
天馬くんの登場に驚きつつも挨拶を交わす。天馬くんとは同じ大学の知り合いで同学年。彼は人当たりが良いので男女問わず好かれているタイプだ。もちろん私も嫌いじゃないしむしろ好感を持っている。天馬くんが私の首に掛けられているロザリオに目をやった。
「それどうしたの?十字架なんて珍しいね」
「ああ、これは……………趣味」
「その間はなにー?」
「なんだろうねぇ」
あははと談笑していると、「ほう、随分楽しそうだな?」という低い声がした。この声は……
「えっ!?なんでぇ!?」
「あ、白竜おはよー」
なんでいるの!?どうやって入ってきた!?ここ大学だよ!?開いた口が塞がらない!
「どうしたの、シオン?」
「だって!」
ここの学生じゃないのに。そう言おうとする前に、天馬くんはこんなことを口にしたのだ。
「白竜だっておれたちのクラスメイトなんだからいるのは当たり前じゃん」
「………へ?」
「そうだ。忘れたのか?」
世界が変わっている。おかしい。白竜くんは吸血鬼でずっと家に籠っていたはず。どうして大学の構内に堂々と居座っているんだ?天馬くんを含めた周りの人は彼を特別視することなく当たり前の光景として受け入れているようだ。私は困惑しながらも白竜くんを見つめ続けるしかない。彼は黙って私に妖艶な笑みを見せるだけだった。
長い長い講義が終わって私はお手洗いに駆け込む。どうなっているんだ本当に。皆、さも当たり前かのように白竜くんと挨拶したり会話をしている。その姿が異様すぎて目眩がするほどだ。あまりのショックで具合が悪くなりそうだ。とにかく頭の中を噛み砕かなくては。そう思い個室に入る。扉を閉めて鍵をかけるなりしゃがみこんだ。
「はぁ……吸血鬼とクラスメイトっていうのも中々凄いことじゃない…?」
世も末だな。とか考えていたらポケットの中のスマホが震えた。着信?誰からだろう?画面を開くと知らない番号。……怖いから出ないことにしよう。私はバイブが止むまで待つ。拒否のボタンを押したら私の番号が使われている事がバレるからね。やがてバイブが止まる。諦めてくれたようだ、と思いきやまたさっきの電話番号が。しつこいぞ。これもスルーだ。またバイブが止むと今度はチャットアプリからメッセージが送られてきた。アイコンには『白竜』の文字が。………何?
『いつまでトイレに籠もってるんだ』
『電話にも出ないでなにをしている』
『早く出てこい』
バレてる。どうやらあの電話は白竜くんの番号だったようだ。気づかなかった。……ん?待て。吸血鬼がスマホを使っているのか?現代に適応してて面白いな。私はメッセージを返すことにした。
『スマホ持ってたんだね』
『こいつは便利だ。眷属や魔法を使わなくても交信が出来るからな』
吸血鬼の主観的にみて、人間の文明の勝利だな。思わず吹き出してしまった。誰かに聞かれてないかな……もう一度メッセージを送ってみる。
『結構楽しいからこのままお話ししない?』
『却下。さっさと出てこい』
『お願い!』
スタンプも送って反応を待つ。すると10秒後、返事が来た。
『俺が我慢できなくなるから嫌だ。いいから戻って来い』
そう言ってくる彼に何故か胸が高鳴ってしまい、私は急ぎ足で個室から飛び出した。外に出ると白竜くんが腕組みして待っていた。私を見つけるなり、こちらへ歩いて近寄ったと思ったら腕を掴まれる。そのまま強引に引っ張られる形で建物の陰の方へ連れていかれた。
「白竜くん。どうやってこの学校に入ったの?なんでしれっと馴染んでいるの?」
「周りの認識を変える魔法を使った」
「……そんなことも出来るんだね」
魔法すごいな。スマホ以上に便利だ。
「お前こそ他の男と仲良くしていたな?どういう了見だ?」
「それは……」
「まさか浮気か?」
ギュムっと手を握られた。痛い。浮気って?いやいや違うよ。
「浮気以前に…そもそも付き合ってないよね」
「……は?」
「だってそうでしょ?私のことは食糧だって」
「違う」
なにが?と問いかけようとすれば唇を重ねられる。突然の出来事に理解が追いつかないまま何度も啄むようなキスを繰り返されるうちに段々と力が抜けていった。
「ちょ……はくりゅくん……やっ……」
「ん……」
キスの合間に聞こうとするも阻まれて上手く喋れない。息をする暇もないくらい濃厚なものを受け入れていくうちに何も考えられなくなっていく。流されてたまるか。
「……っは……食糧だからってなんでも許されると思ってるのか?!」
「っ!」
勢い余って突き飛ばす。白竜くんは黙って私を見据えていた。なんだか圧迫感があって怖い。逃げたくても膝が笑って動けそうにない。喉がカラカラに乾いていくようで苦しくて涙が出そうになる。耐えろ私。耐えるんだ。泣いたら負けだぞ。
「……確かに俺はお前を食料だと考えている部分もある。それは否定しない」
「だったらなぜ!」
「だがな……それ以上にお前に惹かれているのも本当のことだ」
「なっ……」
衝撃的な発言に言葉を失う。意地悪ばかりでそんな素振り、今まで全くなかったのに。急に言われても困る。白竜くんは一歩一歩確実に距離を縮めてくる。私は後退りをするしかなかった。背中に壁を感じる頃には完全に追い詰められてしまった状態になっていた。彼が私の顎を掴み持ち上げる。視線を逸らそうとしても逃してくれそうにない雰囲気に飲まれそうで不安だった。そんな時に限って空気が揺れる感覚があったのだ。
「お前が好きだ。愛している」
「……えっ?」
頭が真っ白になった。だって嘘だと思うじゃん。冗談かなって思うじゃん。そんな告白されても信じられない。白竜くんの言葉に嘘偽りはないように思えたけどやっぱり簡単に受け入れることなんてできない。そんな中、唇が触れ合いそうなくらいの至近距離で更に彼は囁いたのだった。
「何百年待ったと思っているんだ。ようやく会えたというのに、お前は記憶を無くして…」
「記憶…?最近なにか妙に引っ掛かるのは、それなの…?」
「!」
「でも心当たりないよ、白竜くん。きみ、何か知ってるんじゃないの?」
「それは…」
血の味、ロザリオ、白竜という名前。これらは何を意味するのか。逆に問い詰めると、彼は言葉に詰まった。しかし頑なに語ろうとはしなかった。
「……白竜くん」
「悪いが、俺からは…教えられない。シオン自身で思い出してくれ」
「……」
そう言い切る彼に何も言えないでいるとふわりと抱き寄せられる。相変わらず冷たい身体だ。出会った頃の、夏の間はとてもひんやりして心地良かったのに、三ヶ月も経てばもはや氷。……この吸血鬼の心の様をそのまま映し出したかのよう。私は今まで嫌がっていたのが申し訳なくなってしまう。おかげで白竜くんの背中にすら手を回せない。
「ごめんね……」
これしか今は言えない。私に何があったんだろう。気になってしまうが白竜くんは話してくれそうにない。運命とは、非情である。
家に帰って、鉄分だらけのご飯が並ぶ食卓に会話はない。2人で向かい合って食べるが美味しさは感じられずただ胃の中に収まっていくのみ。咀嚼しながら考える。思い出してほしい。と言われても分からないものは分からない。しかしそれでは前に進めない。沈黙の中食べ終えると彼が口を開いた。
「少し散歩しないか」
そう提案され私は二つ返事で承諾した。すっかり日が落ちて真っ暗である。日没後の気温は低く、寒くて身震いする私を見た白竜くんはコートを貸してくれた。ありがとうと小さく呟けば問題ないと言う代わりに肩を引き寄せられた。心臓の音がうるさい。落ち着け自分。
「何百年……だったね?どれだけ長いか、想像つかないよ」
「そうか」
白竜くんの横顔を見つめる。相変わらずの美人さんだ。この美貌を保てるのも吸血鬼だからなのかな。……もし永遠の命を手に入れたら私はどんな生活を送るんだろう。想像してみるけれどイメージが湧かない。
「吸血鬼って死ぬの?」
「何もしなければ不老不死だが……心臓を潰されるか銀製の武器で貫かれたら、俺でも危うい」
「なるほど……銀製のナイフとか持っておくべきだね」
「おい」
冗談を言ったらジト目で睨まれてしまった。ごめんなさいと謝りつつ苦笑いを浮かべた。しばらく歩いて辿り着いたのは小さな丘だ。夜空には満月が浮かんでいる。
「きれい……」
「満月の晩は力が増幅されて気分が高揚するんだ」
へぇ……そういうもんなんだね。私の吸血鬼についての知識もまだまだだなぁと考える。月明かりに照らされた彼に哀愁を見つける。なんだか切ない。寂しそうな瞳。どうしてか気になる。私が彼にとって必要な存在ならば何かしたいと思うのは当然のことではないだろうか?
「……ねえ白竜くん」
「なんだ」
「私、気長に待ってみようかと思う。記憶が戻るのを」
「え…」
「ほら、『果報は寝て待て』っていうじゃん。いつかきっと思い出せる!」
「……」
白竜くんは何も言わずに黙っている。私は続けた。
「努力はするけど……もし、白竜くんが知ってることを教えてくれる気になったら、教えてほしいな」
「……考えておく」
彼が静かに微笑んだ気がした。それだけで嬉しい。この瞬間も、少しずつだが確実に前に進んでいる筈。まだまだ先は長いけど、彼がいるならどんな困難も乗り越えて行けそうな気がした。そう信じたい。いや、信じるしかない。今の私達にできる事はそれしかないのだから。
「よし、帰ろう!」
「わかった」
「寒いから手、つなごうか」
「……」
白竜くんは左手を差し出す。右手で彼の手を握って暗闇を引き返す。手袋をしていないのでかなり冷たいが今は離したくない気持ちの方が大きかった。そんな事を思いながら帰り道を歩く。彼は無表情なままだが、心做しか機嫌が良さそうに見えるのは勘違いじゃないと思う。そうであって欲しい。いつか来るであろう別れの日まで幸せを感じていたいから。
あれからさらに三ヶ月が経ち、年の瀬が近づいてきた。あれから変わらず私と白竜くんは一緒に暮らしていて、今日もまたいつものように夕食を共にしている。
「早いね……もう年末か」
「そうだな……もうすぐ一年が終わる」
彼と出会って半年くらい経っていたと思い出し懐かしい気分になる。あの時はまさかここまで深い関係になるとは思いもしなかったけれどね。記憶のことに関しては、全く思い出せる気配はないけどそれでいい。
「クリスマスも近いね。私、誰かと過ごすクリスマスは初めてだよ」
「フッ、クリぼっちってやつか」
「うっ…」
「安心しろ、今年からはこの俺がいる」
「あ……ありがとう」
「ケーキでも買うのか?」
「うん。あとはサラダでしょ、お酒でしょ、そうそう、メインディッシュでシャケも外せないね!」
「待て。メインがシャケ?普通はチキンでは…?」
「最近の定番はシャケだよ」
「そういうものだったか?クリスマス…」
「時代は変わるんだよ」
変化については理解がある方だと思っていたのだけれど、白竜くんもまだまだ現代の勉強が必要みたい。吸血鬼の学習能力は未知数だけど、それでも世の中の動きには付いていけないところがあるみたい。それが少しおかしかった。
「今日も美味しかった。いつもありがとう、白竜くん。ごちそうさまでした」
「ああ」
食べ終わった食器を洗ってから部屋に戻ろうとした矢先、後ろから抱き締められた。肩口に顔を埋める白竜くんの頭を撫でる。前の私は血を吸われるから嫌だったんだけど………
「ん、飲みたくなった?」
「いや……」
このところ、白竜くんは私の血を飲まなくなった。それと同時に、作ってくれるご飯も鉄分ばかりでなく色んな栄養素が摂れるような、今までよりもバランスの良いメニューになった気がする。なんでだろう。私の血に飽きたのかな、血が不味くなったのかな。それは嫌だ。せめて美味しいままでいたい。
「私の血…いらないの?」
「……いらない」
「そっか」
「………眠い」
「じゃ、もう寝ようか」
白竜くんをベッドに誘導して寝かせる。彼は仰向けになり両手を広げるので、そこに入って横たわる。お互いに向き合う体勢で目を瞑るとやがて彼の規則正しい呼吸音が聞こえ始めた。私もつられて目を閉じる。彼の体温を感じながら夢の中へと旅立った。
「シオン……俺だけのシオンに戻ってくれ……早く」
そう願いながら額にキスをする。俺だけのお姫様……俺だけの聖女様……。そんな風に呼びかけても彼女は起きない。穏やかな寝息を立てて熟睡しているようだ。俺も休もう。隣で目を閉じるとすぐに眠気に襲われた。
思えば何とも奇妙な関係だ。吸血鬼の男と平凡な女子大生。恋仲でもなければ友達同士でもない。それでも一緒に居たいと思ってしまう自分はどうかしているのか。きっとそうなのだろう。私自身が一番分かっているつもりだ。だがどうしようもなく惹かれてしまう以上諦められないのが事実なのだ。
「はぁ……」
深いため息をつきながらも講義に出席するために廊下を歩く。誰かに聞かれてなくて良かったな。朝、家を出るときにはまだ白竜くんは寝ていたので朝ご飯を出しておいた。食べてくれたかな。やがて講堂にたどり着く。自分の席に着くと、誰かが話しかけてきた。
「シオンおはよう!」
「あ、天馬くんおはよう」
「なんだか眠そうだね?大丈夫?」
「うん。ちょっと寝不足かも……」
天馬くんの登場に驚きつつも挨拶を交わす。天馬くんとは同じ大学の知り合いで同学年。彼は人当たりが良いので男女問わず好かれているタイプだ。もちろん私も嫌いじゃないしむしろ好感を持っている。天馬くんが私の首に掛けられているロザリオに目をやった。
「それどうしたの?十字架なんて珍しいね」
「ああ、これは……………趣味」
「その間はなにー?」
「なんだろうねぇ」
あははと談笑していると、「ほう、随分楽しそうだな?」という低い声がした。この声は……
「えっ!?なんでぇ!?」
「あ、白竜おはよー」
なんでいるの!?どうやって入ってきた!?ここ大学だよ!?開いた口が塞がらない!
「どうしたの、シオン?」
「だって!」
ここの学生じゃないのに。そう言おうとする前に、天馬くんはこんなことを口にしたのだ。
「白竜だっておれたちのクラスメイトなんだからいるのは当たり前じゃん」
「………へ?」
「そうだ。忘れたのか?」
世界が変わっている。おかしい。白竜くんは吸血鬼でずっと家に籠っていたはず。どうして大学の構内に堂々と居座っているんだ?天馬くんを含めた周りの人は彼を特別視することなく当たり前の光景として受け入れているようだ。私は困惑しながらも白竜くんを見つめ続けるしかない。彼は黙って私に妖艶な笑みを見せるだけだった。
長い長い講義が終わって私はお手洗いに駆け込む。どうなっているんだ本当に。皆、さも当たり前かのように白竜くんと挨拶したり会話をしている。その姿が異様すぎて目眩がするほどだ。あまりのショックで具合が悪くなりそうだ。とにかく頭の中を噛み砕かなくては。そう思い個室に入る。扉を閉めて鍵をかけるなりしゃがみこんだ。
「はぁ……吸血鬼とクラスメイトっていうのも中々凄いことじゃない…?」
世も末だな。とか考えていたらポケットの中のスマホが震えた。着信?誰からだろう?画面を開くと知らない番号。……怖いから出ないことにしよう。私はバイブが止むまで待つ。拒否のボタンを押したら私の番号が使われている事がバレるからね。やがてバイブが止まる。諦めてくれたようだ、と思いきやまたさっきの電話番号が。しつこいぞ。これもスルーだ。またバイブが止むと今度はチャットアプリからメッセージが送られてきた。アイコンには『白竜』の文字が。………何?
『いつまでトイレに籠もってるんだ』
『電話にも出ないでなにをしている』
『早く出てこい』
バレてる。どうやらあの電話は白竜くんの番号だったようだ。気づかなかった。……ん?待て。吸血鬼がスマホを使っているのか?現代に適応してて面白いな。私はメッセージを返すことにした。
『スマホ持ってたんだね』
『こいつは便利だ。眷属や魔法を使わなくても交信が出来るからな』
吸血鬼の主観的にみて、人間の文明の勝利だな。思わず吹き出してしまった。誰かに聞かれてないかな……もう一度メッセージを送ってみる。
『結構楽しいからこのままお話ししない?』
『却下。さっさと出てこい』
『お願い!』
スタンプも送って反応を待つ。すると10秒後、返事が来た。
『俺が我慢できなくなるから嫌だ。いいから戻って来い』
そう言ってくる彼に何故か胸が高鳴ってしまい、私は急ぎ足で個室から飛び出した。外に出ると白竜くんが腕組みして待っていた。私を見つけるなり、こちらへ歩いて近寄ったと思ったら腕を掴まれる。そのまま強引に引っ張られる形で建物の陰の方へ連れていかれた。
「白竜くん。どうやってこの学校に入ったの?なんでしれっと馴染んでいるの?」
「周りの認識を変える魔法を使った」
「……そんなことも出来るんだね」
魔法すごいな。スマホ以上に便利だ。
「お前こそ他の男と仲良くしていたな?どういう了見だ?」
「それは……」
「まさか浮気か?」
ギュムっと手を握られた。痛い。浮気って?いやいや違うよ。
「浮気以前に…そもそも付き合ってないよね」
「……は?」
「だってそうでしょ?私のことは食糧だって」
「違う」
なにが?と問いかけようとすれば唇を重ねられる。突然の出来事に理解が追いつかないまま何度も啄むようなキスを繰り返されるうちに段々と力が抜けていった。
「ちょ……はくりゅくん……やっ……」
「ん……」
キスの合間に聞こうとするも阻まれて上手く喋れない。息をする暇もないくらい濃厚なものを受け入れていくうちに何も考えられなくなっていく。流されてたまるか。
「……っは……食糧だからってなんでも許されると思ってるのか?!」
「っ!」
勢い余って突き飛ばす。白竜くんは黙って私を見据えていた。なんだか圧迫感があって怖い。逃げたくても膝が笑って動けそうにない。喉がカラカラに乾いていくようで苦しくて涙が出そうになる。耐えろ私。耐えるんだ。泣いたら負けだぞ。
「……確かに俺はお前を食料だと考えている部分もある。それは否定しない」
「だったらなぜ!」
「だがな……それ以上にお前に惹かれているのも本当のことだ」
「なっ……」
衝撃的な発言に言葉を失う。意地悪ばかりでそんな素振り、今まで全くなかったのに。急に言われても困る。白竜くんは一歩一歩確実に距離を縮めてくる。私は後退りをするしかなかった。背中に壁を感じる頃には完全に追い詰められてしまった状態になっていた。彼が私の顎を掴み持ち上げる。視線を逸らそうとしても逃してくれそうにない雰囲気に飲まれそうで不安だった。そんな時に限って空気が揺れる感覚があったのだ。
「お前が好きだ。愛している」
「……えっ?」
頭が真っ白になった。だって嘘だと思うじゃん。冗談かなって思うじゃん。そんな告白されても信じられない。白竜くんの言葉に嘘偽りはないように思えたけどやっぱり簡単に受け入れることなんてできない。そんな中、唇が触れ合いそうなくらいの至近距離で更に彼は囁いたのだった。
「何百年待ったと思っているんだ。ようやく会えたというのに、お前は記憶を無くして…」
「記憶…?最近なにか妙に引っ掛かるのは、それなの…?」
「!」
「でも心当たりないよ、白竜くん。きみ、何か知ってるんじゃないの?」
「それは…」
血の味、ロザリオ、白竜という名前。これらは何を意味するのか。逆に問い詰めると、彼は言葉に詰まった。しかし頑なに語ろうとはしなかった。
「……白竜くん」
「悪いが、俺からは…教えられない。シオン自身で思い出してくれ」
「……」
そう言い切る彼に何も言えないでいるとふわりと抱き寄せられる。相変わらず冷たい身体だ。出会った頃の、夏の間はとてもひんやりして心地良かったのに、三ヶ月も経てばもはや氷。……この吸血鬼の心の様をそのまま映し出したかのよう。私は今まで嫌がっていたのが申し訳なくなってしまう。おかげで白竜くんの背中にすら手を回せない。
「ごめんね……」
これしか今は言えない。私に何があったんだろう。気になってしまうが白竜くんは話してくれそうにない。運命とは、非情である。
家に帰って、鉄分だらけのご飯が並ぶ食卓に会話はない。2人で向かい合って食べるが美味しさは感じられずただ胃の中に収まっていくのみ。咀嚼しながら考える。思い出してほしい。と言われても分からないものは分からない。しかしそれでは前に進めない。沈黙の中食べ終えると彼が口を開いた。
「少し散歩しないか」
そう提案され私は二つ返事で承諾した。すっかり日が落ちて真っ暗である。日没後の気温は低く、寒くて身震いする私を見た白竜くんはコートを貸してくれた。ありがとうと小さく呟けば問題ないと言う代わりに肩を引き寄せられた。心臓の音がうるさい。落ち着け自分。
「何百年……だったね?どれだけ長いか、想像つかないよ」
「そうか」
白竜くんの横顔を見つめる。相変わらずの美人さんだ。この美貌を保てるのも吸血鬼だからなのかな。……もし永遠の命を手に入れたら私はどんな生活を送るんだろう。想像してみるけれどイメージが湧かない。
「吸血鬼って死ぬの?」
「何もしなければ不老不死だが……心臓を潰されるか銀製の武器で貫かれたら、俺でも危うい」
「なるほど……銀製のナイフとか持っておくべきだね」
「おい」
冗談を言ったらジト目で睨まれてしまった。ごめんなさいと謝りつつ苦笑いを浮かべた。しばらく歩いて辿り着いたのは小さな丘だ。夜空には満月が浮かんでいる。
「きれい……」
「満月の晩は力が増幅されて気分が高揚するんだ」
へぇ……そういうもんなんだね。私の吸血鬼についての知識もまだまだだなぁと考える。月明かりに照らされた彼に哀愁を見つける。なんだか切ない。寂しそうな瞳。どうしてか気になる。私が彼にとって必要な存在ならば何かしたいと思うのは当然のことではないだろうか?
「……ねえ白竜くん」
「なんだ」
「私、気長に待ってみようかと思う。記憶が戻るのを」
「え…」
「ほら、『果報は寝て待て』っていうじゃん。いつかきっと思い出せる!」
「……」
白竜くんは何も言わずに黙っている。私は続けた。
「努力はするけど……もし、白竜くんが知ってることを教えてくれる気になったら、教えてほしいな」
「……考えておく」
彼が静かに微笑んだ気がした。それだけで嬉しい。この瞬間も、少しずつだが確実に前に進んでいる筈。まだまだ先は長いけど、彼がいるならどんな困難も乗り越えて行けそうな気がした。そう信じたい。いや、信じるしかない。今の私達にできる事はそれしかないのだから。
「よし、帰ろう!」
「わかった」
「寒いから手、つなごうか」
「……」
白竜くんは左手を差し出す。右手で彼の手を握って暗闇を引き返す。手袋をしていないのでかなり冷たいが今は離したくない気持ちの方が大きかった。そんな事を思いながら帰り道を歩く。彼は無表情なままだが、心做しか機嫌が良さそうに見えるのは勘違いじゃないと思う。そうであって欲しい。いつか来るであろう別れの日まで幸せを感じていたいから。
あれからさらに三ヶ月が経ち、年の瀬が近づいてきた。あれから変わらず私と白竜くんは一緒に暮らしていて、今日もまたいつものように夕食を共にしている。
「早いね……もう年末か」
「そうだな……もうすぐ一年が終わる」
彼と出会って半年くらい経っていたと思い出し懐かしい気分になる。あの時はまさかここまで深い関係になるとは思いもしなかったけれどね。記憶のことに関しては、全く思い出せる気配はないけどそれでいい。
「クリスマスも近いね。私、誰かと過ごすクリスマスは初めてだよ」
「フッ、クリぼっちってやつか」
「うっ…」
「安心しろ、今年からはこの俺がいる」
「あ……ありがとう」
「ケーキでも買うのか?」
「うん。あとはサラダでしょ、お酒でしょ、そうそう、メインディッシュでシャケも外せないね!」
「待て。メインがシャケ?普通はチキンでは…?」
「最近の定番はシャケだよ」
「そういうものだったか?クリスマス…」
「時代は変わるんだよ」
変化については理解がある方だと思っていたのだけれど、白竜くんもまだまだ現代の勉強が必要みたい。吸血鬼の学習能力は未知数だけど、それでも世の中の動きには付いていけないところがあるみたい。それが少しおかしかった。
「今日も美味しかった。いつもありがとう、白竜くん。ごちそうさまでした」
「ああ」
食べ終わった食器を洗ってから部屋に戻ろうとした矢先、後ろから抱き締められた。肩口に顔を埋める白竜くんの頭を撫でる。前の私は血を吸われるから嫌だったんだけど………
「ん、飲みたくなった?」
「いや……」
このところ、白竜くんは私の血を飲まなくなった。それと同時に、作ってくれるご飯も鉄分ばかりでなく色んな栄養素が摂れるような、今までよりもバランスの良いメニューになった気がする。なんでだろう。私の血に飽きたのかな、血が不味くなったのかな。それは嫌だ。せめて美味しいままでいたい。
「私の血…いらないの?」
「……いらない」
「そっか」
「………眠い」
「じゃ、もう寝ようか」
白竜くんをベッドに誘導して寝かせる。彼は仰向けになり両手を広げるので、そこに入って横たわる。お互いに向き合う体勢で目を瞑るとやがて彼の規則正しい呼吸音が聞こえ始めた。私もつられて目を閉じる。彼の体温を感じながら夢の中へと旅立った。