人生は白竜ゲー。
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雨上がりの稲妻町。私はお使いの帰り道で不思議な物を見つけた。宙に浮いている青い宝石の様な物。これは前にも見たことがある。
「パラレルストーンだ」
パラレルストーンとは、もしもの世界であるパラレルワールドの様子を覗くことが出来る、不思議な石である。一回見たら消えてしまうようだ。
「ちょっと覗いてみようかな・・・」
私はパラレルストーンに近づくとそのまま次元の狭間へと吸い込まれていった。
「ここって・・・」
目を開けるとやたら広い廊下に立っていた。見回すと、大きな窓がある。それに近寄ると巨大な大砲と鉄球が見えた。私は青ざめる。ここは、そう。
「ゴッドエデンだ・・・」
楽園とは名ばかりの地獄。そして私の生まれ故郷でもある。窓に映る自分の顔を見て驚愕した。大きなガーゼが左頬に貼られている・・・今気づいたが、服装もジャージから訓練生の服に変わっている。こんなところには居たくない。
「これは・・・私がゴッドエデンから逃げられなかった世界なのか・・・」
あらゆる可能性を映し出すパラレルストーンなら充分あり得るだろう。何処かに出口がなかったか。それを探して一旦外に出よう。そう思い立ち、足を進めようとしたとき、
「シオン」
後から声を掛けられた。この声は毎日のように聞いている。振り向くと白髪の少年がそこにいた。
「白竜くん・・・」
「どうした、そんなところに立って」
「えっ、いや・・・白竜くんはどうしてここに?」
「お前を探しに来た」
「私を?」
「・・・最近お前は様子が変だな」
「・・・そう?」
「何か悩んでいるのか?」
「べ、別に何も・・・」
白竜くんは相変わらず鋭いな。でも言えない。だってこれはパラレルストーンが見せている可能性で、私が逃げられなかった世界かもしれないなんて・・・。
「じゃあね、白竜くん」
私を探していた彼に背を向け、私は走って出口を探しに向かおうとすると、
「シオン!!」
「わっ」
いきなり手を掴まれて引き止められる。その力が強く、腕が少し痛む。振り返ると白竜くんが怖い顔をしている。心配してくれるのは嬉しいけど、ちょっと怖い。何だろう?
「勝手に行くな!」
怒鳴り声が廊下に響く。ビクッと震える。私は頭を下げて謝罪する。
「・・・ごめん」
「反省しているか?」
こくりと首を縦に振る。すると白竜くんは表情を少しだけ和らげる。
「お前は俺の『人形』だから俺の傍を離れるな。いいな?」
「・・・うん」
「それで良い」
『人形』か・・・そうやって呼ばれるのは久し振りだ。彼は私の手を引いて歩き出す。手が少し震える。これは恐怖心なのか。元の世界の白竜くんは何時も優しかった。どんなに冷たく当たられてもこうやって私のために怒ったりするのに、こっちの白竜くんはちょっと怖い。これがもしもの私なのだろうか。
しばらく歩くと外へ連れてこられた。ゴッドエデンの特訓場は嫌いだが、この豊かな自然は昔から好きだった。母と見て、感じた景色は生涯忘れないだろう。その一つ、白竜くんと私は大きな滝を眺めていた。
「いつみても綺麗だなぁ」
「そうだな」
「あぁ~・・・」
滝を見るだけで癒される。あんな特訓場なんかより断然良い!ここが私の心を落ち着かせてくれるのだから。そう思いながらぼーっとしていると、
「シオン」
「え?わっ」
名前を呼ばれてそっちを向くと白竜くんの顔が近くにある。彼の美しい白髪が太陽によって照らされキラキラと輝く。綺麗だなぁ。
「えっと・・・?」
「お前は俺が守る」
「え?」
「どんなことがあっても必ず」
「・・・」
「約束したはずだ。俺が強くなるまでお前は俺の傍から離れるなと」
「・・・」
「分かったな」
「うん・・・」
知らない約束。胸がズキンと痛む。きっと、私とこっちの白竜くんの間には深い繋がりがあるのだ。だからこそ胸が苦しい。
「お前を誰にも渡さない。シオンは俺だけのモノだ」
まるで呪いのような言葉を彼は放つ。なんでそんなこと言うの?それならばこっちにも考えがある。
「白竜くんは、どうして強くなりたいの?」
「決まっている。究極になる為だ」
「究極になって、どうするの?」
「もちろん、お前を傷つける奴等を潰すんだ」
「究極の先には、何があるの?」
「それは・・・その領域に辿り着くまで分からない」
「もし究極の先に、何も無かったら?」
「・・・」
私は究極になった先が破滅だということを知っている。彼が本当のサッカーを思い出さない限り、地獄行きだ。私はそれを阻止したい。今の白竜くんを見ると酷く辛い気持ちになる。何でこうなってしまったんだろう。正史ではまだ巡り会うはずのない私達。何が彼の心を変えてしまったのだろうか。
「・・・その先に何があろうと、お前だけは傍にいてくれ」
「・・・分かったよ。約束する」
そして彼は私を抱き寄せた。彼の香りで肺がいっぱいになる。ずっとずっと大好きな香り。優しくて暖かい彼の香り・・・けど、違う。彼ではない。この世界の白竜くんだ。
「もう俺を一人にするな・・・」
彼の声が微かに震える。私は思わず彼の背中に手を回しかけて、下ろした。彼は私を求めている。けれど、応えてはいけない。私の使命を果たさなければ・・・。
思えば、シオンとのファーストコンタクトはとても酷いものだった。きっかけは、とあるプロジェクトのために俺は呼び出された事だ。
「白竜。あの試合見させて貰った。なかなかのものだ。やはりお前は究極のシードだ」
「ありがとうございます」
「そんなお前に褒美として1つ贈り物を用意した」
「贈り物?」
「そうだ。お前だけの人形だ」
「人形・・・ですか?」
俺はその言葉に疑問を持つ。何故俺が人形なんか。そんなのは要らないというのに。
「そうだ。我々はこの『プロトタイプ』を育成し、最強のシードを創り上げる・・・お前がコイツを鍛え上げろ。」
教官は俺にそう伝えると、部下に「おい、連れてこい」と指示を出した。そいつらが連れてきたのは・・・
「・・・!?」
自分とそんなに年の変わらなさそうな少女だった。コイツが、プロトタイプか。怯えた目をしている。いかにも『弱い』を体現したようなヤツだな。こんな女を最強のシードにする?大人達は何を考えているんだ。
「白竜、お前の役目はコイツの特訓相手になること。ただそれだけだ。究極は究極から生まれる。頼んだぞ」
「はい」
「きまぐれで壊すなよ?」
こんなので究極になれる訳がない。こんなのが究極など笑わせる。しかし俺は常に人の上に立つ存在としてあり続けねばならない。だからこのプロジェクトを受け入れた。そして今日この日からプロトタイプ・・・シオンの特訓が始まった。俺の役目は特訓相手。コイツは本当に何も出来なかった。ディフェンスもオフェンスも。パスやシュートも。何もかも下手だった。特訓を開始して一週間は酷いものだった。俺にボールを取られたら呆然とする。パスを受けてもすぐ取られる。シュートを打ってもゴールに入らない。何一つできないポンコツだった。こんなヤツがシードだと言うのか?ふざけるなと、何度思ったことか。そんな俺の怒りのボルテージは最高潮に達したある日のことだ。
「何だその程度か。やはりお前には期待してなかったがここまでとはな。時間の無駄だ!」
「・・・っ」
いつも通り俺の蹴ったボールを追いかけたシオンがバランスを崩し、地面に倒れた時に、つい口から漏れた言葉。悪いのはコイツの方だ。それに対してシオンは何も言ってこなかった。悔しいのなら反論のひとつでも言えば良かったのに。そんなシオンへの感情が変化する出来事が起きる。
「っやだ、やめて・・・!」
「おいおい、暴れんなよ」
自分のチームの練習が終わり部屋に戻ろうとしていた時だ。どこからかシオンの声が聴こえた。辺りを見渡すと壁際で男達に押さえつけられているシオンがいた。
「・・・おい」
「ん?あぁ白竜さんか」
「そいつに何をしている」
「なぁに、ちょぉーっと身体検査をするだけですぜ?」
「ほら、邪魔しないでくださいよ」
「ぅあ・・・!」
よく見ると服がはだけている。ゴッドエデンにいるシード達は男が殆ど。そこに一人、女が放り込まれたら当然こうなる。何時か起こるんじゃないかとは思っていた。しかしシオン本人が何も言って来なかったから関わる必要もないと思っていた。
「・・・はぁ。お前達如きがそいつに触れることすらおこがましい」
「あぁ!?」
「身の程を知れと言っている。貴様らの様な雑魚はお呼びじゃない」
「んだと!!」
男達は俺に襲い掛かるが所詮は雑魚。簡単に制圧することが出来た。
「ひっ・・・」
「な・・・なんだよ!白竜てめぇ覚えてろよ!!」
情けなく去っていく男達に溜息がでる。これくらいで諦めるのなら最初からやるなと言ってやりたい。
「シオン」
俺はシオンに歩み寄ると顔を伏せて怯えていた。
「ご、ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
「何故謝る」
「あの人達に怒られる・・・ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
「・・・」
どうやらシオンは自分が何をされそうになったのか理解していないようだ。まぁそんな知識を植え付ける暇も無いぐらいに追い込まれていたんだろう。
「チッ・・・おい立て。行くぞ」
「え?」
「シャワールームに行く。洗ってやるから早く来い」
俺はシオンの手を掴んで歩き出す。彼女は何が起きてるのか分からないというように慌てて立ち上がる。それにしてもまた泣きそうになってるな。コイツは俺を始めとした大人達から叱責されている時や何かに脅えている時、すぐに目に涙を溜め込む癖がある。あの時は分からなかったが、今はなんとなく分かる。俺に初めて怒られて泣いた理由。それは俺の態度が急変したことによる恐れだろう。確かに自分でも酷いと思う。いきなり態度を変えれば余計に怯えさせてしまうことは分かっている。それでもこうするしか方法は無かった。シオンの小さな手を握りながらそんなことを思う。どう接したらいいんだ?何故ここまで感情が揺さぶられる?・・・分からん。その疑問を解消する前にシャワールームに着いてしまった。脱衣所には幸い誰も居なかったので早速シオンを洗うことにした。
「自分で洗えるよ・・・?」
困惑しているシオンに苛立ちが沸き立つ。何を言っている?お前をあんな状態のまま放置できる訳がないだろ!
「黙れ。俺の命令が聞けないのか?」
「っ・・・」
俺の言い方にシオンはまた萎縮してしまう。何故コイツは怒られているのか分からないという表情をする。それが更に腹が立つ。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
俺に怯えたシオンは身体を縮こませて俯いてしまう。埒が明かないので服を手際よく脱がせて、温かくしたシャワーを掛けた。
「あっ・・・」
突然の事に驚いたシオンが小さく悲鳴を上げる。それに構わず俺はシオンを後ろから抱き締める。
「動くな。じっとしていろ」
「・・・うん」
おとなしくなったシオンに安堵して、洗いながらゆっくりと肩や背中をマッサージしていく。こうしてみたら案外小さいものだと実感した。そして柔らかくて触れているだけで心地よい感触だった。このままずっとこうしていたいと思えるほどだ・・・って何を考えているんだ俺は!
「白竜くん・・・」
「なんだ?」
「・・・ありがと」
「・・・!」
まさか礼を言われるとは思わなかったので面食らってしまった。
「どうしたの?」
「い、いやなんでもない。気にするな」
誤魔化すように返事をする。危ないところだった。しかし今の礼は一体どういう意味なんだろうか。単純に感謝しているのかそれとも別の意味なのか、俺には知る由もなかった。
彼に本当のサッカーを思い出して貰うこと。それが使命であり、帰還の条件だと踏んだ私は、作戦を練ろうとまた森へやってきた。白竜くんは自分チームの練習でいないので今がチャンスである。この島には昔の人が暮らしていたと思われる遺跡のような物が点在しており、大きな木の根元に鎮座しているお地蔵様(?)もそうだ。頭にボールみたいな何かを乗せているから、私は勝手に『サッカーの神様』とよんでいる。そのお地蔵様に話しかけてみた。
「ねぇ神様、白竜くんに楽しいサッカーを思い出して欲しいんですけど、何かいい方法はありませんか?」
「うーん難しいねぇ」
「やっぱりそうですか・・・え」
返答が返ってきた。しかも斜め上から。神様は目の前にいるのに。声のした方へ向くと、黒髪の少年がニコニコしながらこっちを見ていた。
「シュウくん!」
「やぁ」
「なんでここに?」
「君が困ってるんじゃないかと思ってね」
シュウくんとは同郷だけど、初めて会ったのは雷門としてゴッドエデンに戻って来たとき。この人もシードだけど、自由奔放すぎる。それにしても・・・
「なんで私が悩んでるって知ってるの?」
「森の勘、かな?」
「えぇ・・・」
シュウくんはこういう冗談が好きなようだ。とりあえず話を聞いてもらうためにこれまでの経緯をそれとなく説明することにした。
「なるほど・・・つまり白竜をどうにかしたいと」
「そういうことです」
「じゃあ僕も協力するよ」
「えっいいの?」
「うん」
予想外の展開だ。まさかシュウくんが手伝ってくれるとは思わなかった。
「具体的には何をするの?」
「簡単だよ。僕と特訓するのさ」
「きみと?」
「そう。まずは僕と一緒にやってみようか」
「うん。よろしくね」
こうして謎多き少年・シュウくんとの特訓が始まった。二人でボールをリフティングしたりパス練習をしたりする中で改めて彼の凄さに驚かされるばかりだった。動きに無駄がなく綺麗だしフォームも完璧。おまけに超能力者みたいに色々できる。
「教えるまでもなく基本はバッチリだね、シオン!」
「そうかな?白竜くんはまだまだ下手だって」
「彼以外とは特訓してるの?」
「他の子達に混じってやってるけど・・・大抵は白竜くんと」
「自分の力を理解できて損はないよ。たまには相手を変えてみるのもいいよ」
「そっか・・・ありがとう!」
褒められちゃった。嬉しいな。
「それじゃ、基本を応用したテクニックを教えるね」
「おお!」
彼曰く『相手の力を自分の力に変える』らしい。彼のプレイスタイルはまさにソレなのだろう。彼からボールを奪えない理由がそこにある。私も真似してやってみると、案外上手くできた。これなら白竜くんとももっと長く試合が出来そうだ。
「わあ!すごいよシオン!もう出来たのかい?」
「うん!シュウくんのおかげだよ!」
「僕は少しアドバイスしただけさ」
「ううん。それでも嬉しいの」
「ふぅん・・・?」
彼は拍手して褒めてくれた。褒め過ぎだと思うけど嬉しいものはしょうがないよね!シュウくんは興味深そうにこちらを見る。なんか照れ臭いな。そして特訓は進んでいき・・・
「さぁ次のステップに行こう。もっと君にピッタリの技があるんだけど・・・」
「ホント?やってみたい!」
「うん。でも今日はここまでにしよう。白竜が探しに来ちゃうよ」
そういえばそろそろ練習が終わる時間だった。早く戻らないとまた怒られてしまうかもしれない。
「大丈夫だよ。僕も一緒に戻ってあげるから」
「ほんとに?ありがとう!」
「それに君と二人きりの方が面白いことになりそうだし」
「へ?」
「あぁ。こっちの話さ」
「そう・・・?」
よくわからないけど気にしないことにした。こうして、施設に戻ると。
「おい」
「あっ白竜くん」
「今まで何処に行ってた」
「ちょっと森で特訓してただけだよ」
「嘘をつくな!探したんだぞ」
「あはは・・・」
特訓が終わった白竜くんが部屋に戻ると同時に怒られた。どうやら私を探していたようだ。彼の眉間に皺が寄っているところを見る限りかなりお冠らしい。
「まったくお前は・・・」
「ごめんなさい」
「・・・次からは一言言え。分かったか?」
「うん」
良かった。許してくれる気はあるみたい。これからはちゃんと報告しよう。彼に迷惑をかけるわけにはいかないし。
「誰と特訓していたんだ?返答によっては・・・」
「僕だよ」
「シュウ!」
白竜くんの問いに答える前に、背後に現れたシュウくんが割り込んできた。
「なぜお前がここにいる」
「シオンのお手伝いのためさ」
「なんだと?」
「あれ?知らなかったの?シオンは今サッカーが楽しくてしょうがないんだよ。だから君にも・・・」
「お前!シオンに妙なこと吹き込んだんじゃないだろうな?」
「心外だな。僕はただ彼女の成長を願っているだけなんだけどなぁ」
二人の間にバチバチとした火花が散るのが見える気がする・・・仲悪いのかな?二人は仲間って言ってなかった?シュウくん。そんな私達に来客が。赤い髪の男の子がやって来た。
「白竜、シュウ」
「青銅?何か用か」
「牙山教官がお呼びだ。至急、会議室に来いと」
「そうか、今行く・・・悪いなシオン。少し席を外す」
「うん」
「それじゃまたね、シオン」
「またねシュウくん!」
二人の背中を見送る。急な呼び出しはドキリとするよね。・・・ん?この時期に呼び出しって・・・まさか。私は嫌な予感を感じずにはいられなかった。
「白竜、シュウ。急に呼び出して済まんな」
「いえ、教官。それで要件というのは・・・」
「明日、雷門が来る」
「雷門が・・・」
「へぇ、雷門・・・」
「分かっているな?奴等を潰せ」
トレーニングルームの傍を通りかかる。あいつはいつも仲間はずれにされていた。
「ねぇ白竜、あの子は独りだね。いわゆる、ぼっちってやつ?」
「・・・」
「彼女が気になるかい?そりゃそうだよね、君の『人形』だもんね?」
「シュウ・・・」
シュウはニヤニヤしながら俺を見る。どうやらこいつは俺をからかっているつもりらしい。
「ふーん、そういうことか。君にとって彼女は特別な存在なんだね?」
「そういう事ではない」
「隠さなくてもいいよ。あの子は君の初恋の人なんでしょ?」
「なっ、違う!」
否定してもしきれなかった。確かに俺はあいつが気になっている。だがこの気持ちは恋などではないはずだ、きっとそうだろう。しかしシュウの言った通りだ、悔しいが。初めて会った時は何とも思っていなかったのに、もっと知りたいと思った。側に置いておきたいとも思った。だが何故なのか分からない。どうしてこうもモヤモヤするのだろう、俺は・・・。
「白竜って分かりやすいよね」
「何?」
「ほら、顔に出ているよ」
「っ・・・」
「ははっ、図星か」
シュウの指摘に思わず固まる。そんなに俺の顔に出ていたのか?だとすれば不覚だ。
「白竜。君は彼女をどう思ってるの?」
「あいつはただのシード候補生だ」
俺の答えを聞いたシュウは呆れたように肩を竦めた。
「素直じゃないねぇ。まあいいや。せいぜい頑張りなよ」
そう言ってシュウは立ち去った。本当にあいつは何を考えているのか分からんな。しかし・・・。あ、目が合った。しかしフイッとすぐに逸らされた。避けられているのか?そうなのか?なら自業自得だとシュウは言うだろう。あいつはいつも悲しそうな瞳をしている。まるで何かを求めるように。だが、それは叶わないのだと言うように。彼女の過去を全て知っている訳ではないが、それくらいは想像出来る。俺はあいつに幸せを与えてやりたいと思っているのか、分からない。ただ俺が言えることがあるとすれば・・・
「・・・」
シオンには笑っていてほしいということだ。それだけは確かだ。それなのに何故俺はシオンに辛く当たってしまうのだろうか・・・。そう考えながらも俺はシオンの姿を目で追ってしまい、いつの間にか見守る対象となっていた。気づけば目で追ってしまうなんて、まるでストーカーのようではないか。いや待て冷静になれ。別に好きとかそういうのではないのに・・・
「白竜くん」
呼ばれた声に振り向けば、そこにシオンがいた。
「あの・・・その・・・私と一緒に特訓してくれないかな?」
「お前がこの俺に教えを請うと?」
「うん・・・ダメかな?」
「・・・」
俺の冷たい態度に臆することなく、でも少し怯みながら懇願してくる。ここで拒否すればきっとシオンはうじうじして落ち込むだろう。それはそれで困る。
「・・・ならば着いてこい」
「あ・・・ありがとう!」
ぱっと花開くようにシオンは顔を輝かせる。その笑顔を見て心臓が跳ね上がった。なんなのだこれは?
胸の奥がザワつく感じがする。それにこの気持ちは・・・一体?
「行かないの?」
「・・・なんでもない」
首を傾げるシオンの横を通り過ぎ、俺はスタジアムへと向かった。その後ろを小走りで着いて来るシオンに自然と口角が上がる。あいつはいつも誰に対しても上辺は優しく微笑んでいるが、あんな笑顔は見たことがなかった。あんな表情を見せられたら・・・。ダメだダメだ。余計な事は考えるな。集中しなければ。俺は気持ちを切り替えて練習に励むことにした。特訓といってもただの基礎的な練習のみであったが、それでもシオンにとっては充実したものだったようだ。
「白竜くんはやっぱり凄いね!」
「この程度で喜ぶとは単純なヤツだ」
「へへ・・・」
「お前はまだ甘い。もっと鍛えなくてはならん。それに俺の足手纏いになるなよ」
「うん・・・!頑張るね!」
以前は俺の辛辣な言葉に凹んでいたが、今は嬉々として意欲を示すようになり、本当に変わった女だなと思った。まぁ悪くないが。こんな毎日を繰り返していたある夜のことだった。いつものようにシオンが寝静まった後に俺は夜風にあたりながら空を見上げていた。すると背後から気配を感じ振り返るとそこにはシュウが立っていた。
「やぁ白竜」
「何の用だ」
「別に?ただ君の様子が気になってさ。」
「気のせいだろう」
「ふーん。まぁいいけどさ。それより気を付けた方が良いかもよ?」
「どういう意味だ?」
「君があの子の側にいるならそれなりの覚悟がいるってことさ」
「何を言っている」
「言葉通りさ。それじゃあね」
それだけ言い残してシュウは立ち去った。何だったんだあいつは。だがシュウの警告を聞いてから妙に不安が拭えない。そしてそれは最悪の形で的中してしまう事になる。シオンが俺と出会って数ヶ月経過した日のこと。俺はトレーニングルームにて特訓を行っていた。しかしシオンが一向に現れない。いつもなら朝の挨拶と共に俺のところに来るはずなのに。
「遅いな」
「珍しいね、シオンが遅刻するなんて」
「・・・」
不思議そうな顔をしているシュウを尻目に俺は嫌な予感がしていた。あのシオンが早々に起きない事はないだろう。そんなことは有り得ないはずだが・・・
「心配かい?」
「・・・!」
「白竜!?」
シュウの問いには答えずに俺はトレーニングルームから飛び出した。宿舎に向かい、彼女の部屋のドアを乱暴に開ける。しかし、誰もいなかった。
「シオン・・・!?」
部屋にいないとなると、森に行ったか?いや俺との特訓があるのにそっちに行くのは考えづらい。ならどこだ?必死になって走る。
「ハァ・・・ハァ・・・!」
息切れしながらも周囲を探し回った結果・・・見つけた。
「!!」
シオンは倒れていた。周りには数名の少年たちが。あのときの輩だ。
彼らはこちらを見てニヤニヤしている。
「おい貴様ら・・・シオンに何をした?」
低い声で問い詰めるとリーダー格の男が下卑た笑いで答えた。
「なぁに、ちょーっと遊んでやっただけだよぉ?」
「そうそう。遊んだだけ。遊びで気持ち良くなりたかっただけ」
「っ・・・!」
プツンと何かが切れる音がした。殺意を覚えた俺は即座に蹴りを入れた。鈍い音と共に吹っ飛ぶ男共。しかしまだ足りない。あいつを痛めつけておいてそんな生ぬるい罰で済ますわけにはいかない。殺してやる・・・!
「ぐっ・・・やべぇ!逃げろ!」
「待て・・・」
追いかけようとする俺だったが、
「は・・・くりゅ、くん」
「!!」
シオンがヨロヨロ起き上がって俺の服を掴んで引き留めた。俯いていた顔が上がると、左頬に大きな切り傷が付いていた。真っ赤な裂け目を認めた瞬間、頭を鈍器で殴られたかのような錯覚に陥る。俺は震えるシオンの身体を支えてやることしか出来なかった。彼女を医務室に連れていき、左頬の傷に消毒液を付けた後にガーゼを貼り付けた。次に俺は怒鳴るように質問を投げかけていた。
「何故助けを呼ばなかった!?この間も同じ事をされただろう!」
「・・・ごめん」
「謝るのはよせ!」
「だって・・・言ったら、怒っちゃうから」
その言葉に俺は愕然とした。俺はシオンにそんな事を言わせるほど怖がらせてしまっていたのか。俺はまた・・・自己嫌悪に苛まれそうになった時、シオンが口を開いた。
「白竜くんは・・・優しいね」
「何を言う」
「だって・・・私のこと怒ってるのに怪我してるからって手当てしてくれるし」
「当然だ。俺の『人形』に傷を付けられたからな!しかも顔に!」
思わず叫んでしまった。しまったと思いシオンを見ると、彼女は微笑んでいた。まるで月が優しく光を放っているかのようだった。
「白竜くん、あのね」
「・・・なんだ」
「助けてくれてありがとう」
笑みを浮かべる彼女を思わず抱き締めていた。壊れそうなほど華奢な体躯に腕を回し包み込むように。何故そうしたかは分からない。だがそうせずにはいられなかった。
「あ・・・あの・・・白竜くん?」
「・・・」
「苦しいよ」
慌てるシオンを無視してそのまま続ける。そうすればこんな言葉がスラスラと出てくる。
「お前は俺が守る」
「・・・はい?」
「俺が強くなるまでお前は俺の傍から離れるな・・・約束だ」
「やくそく・・・」
「そうだ」
自分でも何を言っているのか、困惑する。だが本心だ。悔しいが、負けを認めよう。俺はシオンを愛してしまった。同時に、こんな約束でしか繋がれない俺もいる事に気づいてしまった。
「分かった。きみの傍にいるよ」
シオンもこれに了承してくれた。互いに離れたくないと思っていたのかもしれない。そして俺達はしばらく抱き合ったままだった。
白竜くんとシュウくんと別れて自室に戻り、彼ら二人が呼び出された理由を推察する。ここはパラレルワールド。なにが起きても不思議ではないが、一つ確信があった。これは間違いない。
「雷門が、来る」
ホーリーロードを制して優勝した、私達のチーム。その後フィフスセクターの悪事を暴き、少年達を解放するために円堂監督たちとゴッドエデンに乗り込み、究極のシードたちを相手に戦った。白竜くんがキャプテンの『アンリミテッドシャイニング』。プラスの力をもつ攻撃的な選手とフォーメーションが特徴のチームだ。シュウくんがキャプテンの『エンシャントダーク』。トリッキーで相手を惑わせる戦術が強力な、マイナスの力を持つチーム。ホーリーロード優勝の雷門を圧倒的な実力で打ちのめした。そこで、このゴッドエデンの自然を使って私達、雷門は特訓に特訓を重ねた。そして、『アンリミテッドシャイニング』・『エンシャントダーク』のメンバーで混成された、究極のチーム『ゼロ』と試合をした。凄く強かった。何度心が折れそうになった事か。でも皆諦めなかった。そのおかげでチーム『ゼロ』のメンバーは本当のサッカーを思い出すことが出来た。ここまでが元いた世界の歴史。パラレルワールドから戻るには、同じように白竜くん達に本当のサッカーを思い出させる事。ここしかチャンスはないだろうな。いっそ雷門チームに入れて貰う?いや、難しいな。白竜くんの目があるし。雷門メンバーのサポートはどうだろう。待て、それはシュウくんがやるはずだ。雷門は彼に特訓を付けて貰ったからね。何か二人にバレない方法、ないかな・・・しかし、考えているうちに眠くなってしまい、今日はもう寝て明日考えることにした。
朝起きて特訓場へ来たが、白竜くんがいない。雷門との試合だろう。私は記憶を頼りに彼等が居る場所へ向かった。1時間くらいしてようやく探し当てたその空き地、その近くの木の上にシュウくんを見つけた。彼はこっちに気づくと、
「おはよう、今日は面白いものが見られるよ」
「面白いもの?」
「こっちにおいで、ここならよく見える」
そういって私に木に登るように促した。シュウくんに手伝って貰いながら木の上に座る。意外と高いな。
「ふふ、特等席」
シュウくんの笑えない冗談を聞き流す。しばらく待っていると空き地が重い音を立てて開いた。『アンリミテッドシャイニング』がいる。白竜くんがなにか喋ってる。それにあわせて雷門の剣城さんが答えている。やがて、キックオフを告げるホイッスルが響き渡る。その後の試合展開は・・・元の世界と全く同じ。結果は0対12で白竜くんたちの圧勝。分かっていたけど、強すぎる。
「格の違いを感じて貰えたかな?」
地に伏した雷門チームに冷たく言い放つ白竜くん。私はその言葉を聞きながら拳を握りしめていた。結局私には何も出来ない。彼らを変えられないのではないかと自信が揺らいだ。
「許せないよね、あの程度の実力でサッカープレイヤーぶって・・・あれ、シオン?」
私はシュウくんそっちのけで木から降りて姿を消した。
また宿舎に戻ってベッドに潜り込んで布団を被る。あれを見て、彼等に本当のサッカーを思い出して貰えるのか?ずっとパラレルワールドから出られなくなったらどうなる?嫌だ、怖い。頭から被った毛布を両手でギュッと握りしめて縮こまる。すると、不意に人の気配がして毛布が剥ぎ取られた。
「ひゃっ」
驚いて変な声が出る。恐る恐る毛布を持った人物を見れば・・・
「まだ就寝時間ではないぞ」
白竜くんがいた。彼は毛布を私の肩に掛けると私の傍に腰掛けた。
「今日の試合、見ただろう?どうだ、これが究極の力だ」
「白竜くん・・・本当にそれでいいの?」
「なに?」
「サッカーってもっと楽しかった筈だよ。こんな、人を傷つけるようなものじゃないよ」
「何を言うかと思えば・・・くだらん」
興味ないとばかりに目線を逸らされる。私はそれについ苛立って言い募る。やってしまったと思ってももう遅い。
「ねぇ聞いて!白竜くんは本当に今のサッカーがしたいと思ってるの!?」
「俺達は究極になることを求められてきたんだ!!」
「・・・!」
「・・・すまん」
私は涙腺が緩むのを止められなかった。視界が滲み始める。嗚咽が漏れる寸前のところで唇を噛み締めて我慢する。泣いたら余計に惨めになると思ったから。彼は黙って私を抱き寄せる。でもこの想いは届かない。
やがて、雷門とゼロの試合の時が訪れた。しかし、私は見に行く気になれずに燻っていた。あの時言われたことが脳裏に焼き付いて離れないのだ。結局のところ私は何がしたいのだろう。私が迷っていると、ゼロのユニフォームを着たシュウくんが現れた。
「そんなところで何してるの?」
「シュウくんこそ・・・」
「雷門と『ゼロ』の試合が始まるんだ。観に行かないの?」
「・・・ごめん、行く気になれない」
「・・・そうなんだ」
「うん・・・頑張ってね」
私はシュウくんに背を向けて立ち去った。スタジアムから離れた廊下をトボトボ歩く。何も出来ない。元の世界へは帰れないだろう。これからどうしようか・・・しばらく歩いていると、
「いやっ!離して!」
「大人しくしろ!」
「!」
女の子の悲痛な叫び声が廊下に響いた。この声は間違いない、葵ちゃんだ!声のした方へ駆けつける。離れたところで葵ちゃんが小さな部屋に押し込められているところを確認した。彼女を閉じ込めた男たちが去って行く。今助けるよ。音を立てずにその部屋のドアの前に出ると、パスワードを打ち込むパネルがある。正しい数字は、
「えっと、0000っと・・・」
ビンゴ!ドアが開いた。中にいる葵ちゃんに手を差し伸べる。
「助けに来たよ!」
「え!?あなたは・・・?」
「私、シオン!さぁ、今のうちに!」
彼女の手を引いて廊下を走る。無事に雷門の皆の元へ連れて行かねば。まだ試合は始まっていない。急げば間に合う!そして、無事に雷門のベンチに葵ちゃんを送り届けることに成功した。
「みんなー!」
「葵!無事だったんだね!」
「よかった・・・!ありがとう、シオンちゃん」
「いいや、お礼を言われる程じゃ・・・」
「ううん!・・・もしシオンちゃんがいなかったら今頃・・・」
「確かに危なかったかもしれないけど、私がいたとしても助けられたかどうかわからないもの」
そう言うと彼女は慌てて否定する。
「そんなことない!!わたし絶対恩返しするから!」
必死に訴えかける彼女の眼差しに嘘偽りはない。それが伝わってくるからこそ余計に申し訳なくなる。彼女は私がパラレルワールドから抜け出す為に利用しようとしているなど知らないから。
「ありがとう」
それでもそう言うことしかできなかった。雷門イレブンと『ゼロ』の試合が始まった。やっぱりこれも元の世界の通り、抜群のコンビネーションでパスを繋ぐゼロ。一度ボールを持ってしまえばもう離さない。白竜くんがノーマルシュートを叩き込み、先制点が決まってしまった。
「やっぱり強い・・・頼む、雷門」
「あれはシオン・・・!?」
雷門ベンチにはシオンの姿があるではないか。何故そっちにいるのだ。俺の隣にいない理由を説明しろ。怒りがこみ上がるものの、まずは目の前の試合に集中する。だが彼女の方を見れば見るほど苛立ちが抑えきれない。だからハーフタイムで彼女がスタジアムを出ていくのを目撃した時はすぐに追いかけた。
「シオン!待て!」
「・・・どうかした?」
「何故雷門のベンチにいる?」
「・・・私は雷門の味方をするつもりはないしゼロの応援をするわけでもない」
「ならば何故だ!」
「私は白竜くんたちに本当のサッカーを知って欲しいだけ」
俺にはシオンが何を考えているのか理解出来ない。だが彼女の言葉には嘘がないように感じた。
「本当のサッカーだと?」
「うん。白竜くんは今のサッカーで強くなれるの?」
「勿論だ。俺は究極を求めてここにいる」
「・・・そっか。でも、それは違うと思う」
「違う・・・何がだ」
「サッカーは楽しいものだよ?楽しむことを忘れてしまったら悲しいことになると思うの」
俺は何も言わずに俯いた。俺は今まで何をしてきたのだろうと自問する。しかし答えは出ない。俺に必要なものは何なのだ。
「もう一度、よく考えてみて」
シオンは行ってしまう。俺はその背中を見送ることしかできなかった。そして後半戦が始まる。雷門の奴等はまだまだ全力とは程遠い動きだ。それでも諦めずに喰らい付き、ついには一点を返された。やはりこいつらは侮れない。一体何故だ。何故こんなにも奴等が強い。
「お前達が負ければ存在価値はない」
教官から放たれた言葉が重くのしかかる。そうだ、俺達は究極を目指している。敗北など許されるわけがない。なのにどうしてこうも焦燥感が纏わりつくのか。そして、一点を返し合う試合展開が続く。ちらりとベンチを見遣る。教官がニヤリと笑ったかと思うと、次の瞬間。
「うあっ!?」
シオンが悲鳴を上げたのだ。
「あああああああっ!!!」
「シオンちゃんっ!?」
「シオン!?」
「が、ぁぁあっ!なに、これっ!」
何が起きてる!?突然雷門の傍に居たシオンが苦しみだした!これは一体・・・!?
「効いてきたか・・・」
「教官!アイツに何をしたんですか!」
「自分のチームが不利になれば作動するリミッターのようなものだよ」
「リミッター!?」
「実験としてヤツの脳に埋め込まれたチップが電気信号を出し、身体能力を限界まで引き出すのだ。まぁ少々ダメージは入るがな・・・」
「今すぐ止めて下さい!」
「ならば勝つことだな、チーム・ゼロよ」
「そんな・・・!」
両チームは信じられないと言う顔で私を見ている。ごめんなさい。巻き込んでしまってごめんなさい。これじゃ本当のサッカーどころではなくなってしまう。しかし、この勝負にはどうしても勝たなくてはならない。私が元の世界に戻るために。痛む身体に鞭打って叫んだ。
「関係ない・・・!戦え、ゼロ!」
「シオン!?」
「きみ達のやるべきことは、何にも縛られずに全力で戦い抜くこと!」
「シオン・・・」
「だから私なんかに構ってないで集中しなさい!!」
この叫びで喉が枯れそうになる。それでもなお声を振り絞る。
「私は大丈夫だから!思いっきり楽しんで欲しい!」
懇願にも似た台詞に白竜くんは息を呑んだ。それから少しして、
「・・・ああ」
力強く頷くとポジションへ戻っていった。そこからの両チームは全力で、サッカーを楽しんだ。数分後、遂に雷門が同点ゴールを決めた。だが残り時間はわずか・・・この状況を打破するには、
「最後まで諦めるな!ゼロ!」
無茶を承知で鼓舞する。負けても諦めなければいい。全てを捨て去り、無我夢中に。彼等は必死になってボールに喰らいつき、そして―――終了の笛が鳴り響いた。
「引き分け・・・」
「よくやった・・・みんな」
「シオンちゃん!」
崩れ落ちるように地面に座り込んだ。苦しい試合だったが、こんなに晴れやかな気分で終わることが出来た。葵ちゃんがこちらに駆け寄る。そして、雷門イレブンにも感謝を伝える。
「皆さんありがとうございます・・・ゼロの皆もありがとう・・・うっ、ぁ・・・」
痛みに耐えきれず意識が途切れる瞬間、白竜くんの顔が見えた気がした。
「シオン!!」
俺は咄嵯に彼女のもとへと駆け出した。そして彼女を抱きとめる。身体が小刻みに震えている。
「何故あんな事になるまで無理をする・・・!」
お前は馬鹿なのか。もっと己を大切にしてほしい。お前を失うことなんて出来ないというのに。俺は無意識のうちに拳を握りしめていた。
「白竜・・・」
いつの間にか隣にシュウがやって来ていた。じっと俺を見るその瞳からは何を考えているのか読み取れない。
「君は彼女に対して過保護すぎないかい?」
「・・・そうかもな」
「まさかここまでとは思わなかったよ」
シュウが呆れたように呟いた。そして更に続けた。
「これでいいんだよ」
「どういう意味だ」
「そのままさ」
「・・・」
「皆は変わった。変われたんだ」
シュウが微笑む。それは皮肉のようにも聞こえた。俺は無言のままだったが、
「彼女のお陰だな」
静かに答える。俺を変えたのは間違いなく彼女なのだから。それを聞いたシュウは愉快そうに笑った。
「君が素直になるなんて珍しいね」
「お前だって似たようなものだろう」
「僕と君とじゃ違うよ」
それだけ言うとシュウはどこかへ歩いて行った。残された俺達はしばらくの間その場に留まっていた。この温もりをいつまでも感じていたいと思った。
「シオン」
俺は彼女の名を呼ぶ。しかし返事は無い。当たり前だ。激痛で失神しているからな。
「お前が、教えてくれた。思い出させてくれた。この気持ちを・・・ありがとう」
拍手喝采に包まれるスタジアム。その上から太陽の光が俺達を照らしていた。
桟橋から遠ざかる船を見送る。こうして、白竜くん達は本当のサッカーを思い出してくれた。そして、フィフスセクターは解体され、ゴッドエデンも閉鎖が決まった。彼らはこの箱庭を巣立つのだ。島を出る前に白竜くんとあの大きな滝を見に来た。彼の傍にいるだけで安堵感が生まれる。この平穏なひとときを壊したくなくて何も話さずに並んで歩くだけ。滝壺の水音だけが響いている。ここにいると時間がゆっくり流れてゆく。でも今はそれがとても心地良い。
「シオン」
「なに?」
「・・・この島で過ごした日々のこと覚えているか?」
「もちろん忘れる訳ないよ」
「俺はお前に救われた」
「え?」
「お前がいたから自分を見失わずに済んだ。だから俺は・・・」
彼は言葉を探しているようだった。私は黙って待つ。
「お前と出会えて本当に良かった」
私の頬に一筋の雫が流れる。嬉しくて涙が溢れてきたのだ。
「おいっ!何故泣くんだ!」
「だ、だって嬉しいから・・・!」
慌てて顔を覆う。しかし涙は止まらない。彼は困った様子で私の頭を撫でてくれた。それが嬉しくてますます涙が止まらない。どうしようもないじゃないか。そのとき、
「あ」
「なっ・・・」
私の身体が光りだしたのだ。条件が達成されたから元の世界に戻れるのか。
「身体が光って・・・シオン?」
「・・・名残惜しいけど、お別れだね」
「どういうことだ!?」
「ずっと隠しててごめんね、私は別世界のシオン」
「別世界?」
「白竜くんが本当のサッカーを思い出してくれたおかげで、元の世界に帰れるんだ・・・ありがとう」
「そんな・・・」
白竜くんは衝撃を受けた顔をしながら後ずさる。そして我に返って私に近づいてきたかと思うとギュッと腕の中に包み込む。いつもより強く抱きしめられてちょっと苦しい。
「シオン、行くな。あの時の約束を忘れたのか」
切羽詰まった声色で必死に訴える。しかし私はここにはいられない。役目を終えたら消えるのは当然。それにきみは彼であって、彼じゃない。
「・・・元の世界のみんなが待ってる」
彼の肩口が濡れているのがわかる。泣いているのだろうか。彼が首を横に振る。
「嫌だ・・・俺は・・・」
そこで彼の動きが止まり、身体がさらに光り輝き始めた。ああもう終わりなんだなと悟った。次第に薄くなっていく視界の中彼に向かって告げた。
「大丈夫だよ。望めばきっと会えるから。希望を捨てちゃダメ」
「望めば・・・」
「この世界の私に会えるかもよ?」
「・・・必ず見つけ出す」
「頑張れ、その意気だ!」
「感謝する、シオン」
「それじゃ、最後に・・・」
「?」
少し背伸びをして白竜くんに触れるだけのキスをした。もう少し引き留められると思っていたが、案外あっさり離れた。彼は顔を真っ赤にした。
「さよなら、白竜くん・・・この世で一番優しい人・・・」
最後に見た彼は酷く寂しげで今にも消え入りそうだったが、それでも彼は微笑んでくれた気がした。その優しさを胸に抱いて目を閉じる。そうして私の意識は途絶えたのであった。
―――目を開けると元の稲妻町に戻っていた。ポケットからスマホを取りだして画面を開く。あれから時間は全く進んでいない。目の前にあったはずのパラレルストーンは忽然と消えていた。・・・切ない気分。別れ際のキスの柔らかい感触がまだ唇に残っている。もう、二度と見られない世界。もう、二度と会えない人。もう、二度と交わらない可能性。
「・・・っ」
頬を伝う雫を誤魔化してくれる雨は、とうの昔に止んでしまった。拭おうと腕を上げると、誰かの指がそれを掬っていった。後ろを向くと、そこにいたのは・・・白竜くんだ。思わず飛びついてしまう。彼は驚いた様子だったがすぐに受け止めてくれた。
「うお、急にどうした。何故泣いている」
「・・・今日はそんな気分なの」
どの世界にいても私達を照らす光は一つだけ。
おしまい
「パラレルストーンだ」
パラレルストーンとは、もしもの世界であるパラレルワールドの様子を覗くことが出来る、不思議な石である。一回見たら消えてしまうようだ。
「ちょっと覗いてみようかな・・・」
私はパラレルストーンに近づくとそのまま次元の狭間へと吸い込まれていった。
「ここって・・・」
目を開けるとやたら広い廊下に立っていた。見回すと、大きな窓がある。それに近寄ると巨大な大砲と鉄球が見えた。私は青ざめる。ここは、そう。
「ゴッドエデンだ・・・」
楽園とは名ばかりの地獄。そして私の生まれ故郷でもある。窓に映る自分の顔を見て驚愕した。大きなガーゼが左頬に貼られている・・・今気づいたが、服装もジャージから訓練生の服に変わっている。こんなところには居たくない。
「これは・・・私がゴッドエデンから逃げられなかった世界なのか・・・」
あらゆる可能性を映し出すパラレルストーンなら充分あり得るだろう。何処かに出口がなかったか。それを探して一旦外に出よう。そう思い立ち、足を進めようとしたとき、
「シオン」
後から声を掛けられた。この声は毎日のように聞いている。振り向くと白髪の少年がそこにいた。
「白竜くん・・・」
「どうした、そんなところに立って」
「えっ、いや・・・白竜くんはどうしてここに?」
「お前を探しに来た」
「私を?」
「・・・最近お前は様子が変だな」
「・・・そう?」
「何か悩んでいるのか?」
「べ、別に何も・・・」
白竜くんは相変わらず鋭いな。でも言えない。だってこれはパラレルストーンが見せている可能性で、私が逃げられなかった世界かもしれないなんて・・・。
「じゃあね、白竜くん」
私を探していた彼に背を向け、私は走って出口を探しに向かおうとすると、
「シオン!!」
「わっ」
いきなり手を掴まれて引き止められる。その力が強く、腕が少し痛む。振り返ると白竜くんが怖い顔をしている。心配してくれるのは嬉しいけど、ちょっと怖い。何だろう?
「勝手に行くな!」
怒鳴り声が廊下に響く。ビクッと震える。私は頭を下げて謝罪する。
「・・・ごめん」
「反省しているか?」
こくりと首を縦に振る。すると白竜くんは表情を少しだけ和らげる。
「お前は俺の『人形』だから俺の傍を離れるな。いいな?」
「・・・うん」
「それで良い」
『人形』か・・・そうやって呼ばれるのは久し振りだ。彼は私の手を引いて歩き出す。手が少し震える。これは恐怖心なのか。元の世界の白竜くんは何時も優しかった。どんなに冷たく当たられてもこうやって私のために怒ったりするのに、こっちの白竜くんはちょっと怖い。これがもしもの私なのだろうか。
しばらく歩くと外へ連れてこられた。ゴッドエデンの特訓場は嫌いだが、この豊かな自然は昔から好きだった。母と見て、感じた景色は生涯忘れないだろう。その一つ、白竜くんと私は大きな滝を眺めていた。
「いつみても綺麗だなぁ」
「そうだな」
「あぁ~・・・」
滝を見るだけで癒される。あんな特訓場なんかより断然良い!ここが私の心を落ち着かせてくれるのだから。そう思いながらぼーっとしていると、
「シオン」
「え?わっ」
名前を呼ばれてそっちを向くと白竜くんの顔が近くにある。彼の美しい白髪が太陽によって照らされキラキラと輝く。綺麗だなぁ。
「えっと・・・?」
「お前は俺が守る」
「え?」
「どんなことがあっても必ず」
「・・・」
「約束したはずだ。俺が強くなるまでお前は俺の傍から離れるなと」
「・・・」
「分かったな」
「うん・・・」
知らない約束。胸がズキンと痛む。きっと、私とこっちの白竜くんの間には深い繋がりがあるのだ。だからこそ胸が苦しい。
「お前を誰にも渡さない。シオンは俺だけのモノだ」
まるで呪いのような言葉を彼は放つ。なんでそんなこと言うの?それならばこっちにも考えがある。
「白竜くんは、どうして強くなりたいの?」
「決まっている。究極になる為だ」
「究極になって、どうするの?」
「もちろん、お前を傷つける奴等を潰すんだ」
「究極の先には、何があるの?」
「それは・・・その領域に辿り着くまで分からない」
「もし究極の先に、何も無かったら?」
「・・・」
私は究極になった先が破滅だということを知っている。彼が本当のサッカーを思い出さない限り、地獄行きだ。私はそれを阻止したい。今の白竜くんを見ると酷く辛い気持ちになる。何でこうなってしまったんだろう。正史ではまだ巡り会うはずのない私達。何が彼の心を変えてしまったのだろうか。
「・・・その先に何があろうと、お前だけは傍にいてくれ」
「・・・分かったよ。約束する」
そして彼は私を抱き寄せた。彼の香りで肺がいっぱいになる。ずっとずっと大好きな香り。優しくて暖かい彼の香り・・・けど、違う。彼ではない。この世界の白竜くんだ。
「もう俺を一人にするな・・・」
彼の声が微かに震える。私は思わず彼の背中に手を回しかけて、下ろした。彼は私を求めている。けれど、応えてはいけない。私の使命を果たさなければ・・・。
思えば、シオンとのファーストコンタクトはとても酷いものだった。きっかけは、とあるプロジェクトのために俺は呼び出された事だ。
「白竜。あの試合見させて貰った。なかなかのものだ。やはりお前は究極のシードだ」
「ありがとうございます」
「そんなお前に褒美として1つ贈り物を用意した」
「贈り物?」
「そうだ。お前だけの人形だ」
「人形・・・ですか?」
俺はその言葉に疑問を持つ。何故俺が人形なんか。そんなのは要らないというのに。
「そうだ。我々はこの『プロトタイプ』を育成し、最強のシードを創り上げる・・・お前がコイツを鍛え上げろ。」
教官は俺にそう伝えると、部下に「おい、連れてこい」と指示を出した。そいつらが連れてきたのは・・・
「・・・!?」
自分とそんなに年の変わらなさそうな少女だった。コイツが、プロトタイプか。怯えた目をしている。いかにも『弱い』を体現したようなヤツだな。こんな女を最強のシードにする?大人達は何を考えているんだ。
「白竜、お前の役目はコイツの特訓相手になること。ただそれだけだ。究極は究極から生まれる。頼んだぞ」
「はい」
「きまぐれで壊すなよ?」
こんなので究極になれる訳がない。こんなのが究極など笑わせる。しかし俺は常に人の上に立つ存在としてあり続けねばならない。だからこのプロジェクトを受け入れた。そして今日この日からプロトタイプ・・・シオンの特訓が始まった。俺の役目は特訓相手。コイツは本当に何も出来なかった。ディフェンスもオフェンスも。パスやシュートも。何もかも下手だった。特訓を開始して一週間は酷いものだった。俺にボールを取られたら呆然とする。パスを受けてもすぐ取られる。シュートを打ってもゴールに入らない。何一つできないポンコツだった。こんなヤツがシードだと言うのか?ふざけるなと、何度思ったことか。そんな俺の怒りのボルテージは最高潮に達したある日のことだ。
「何だその程度か。やはりお前には期待してなかったがここまでとはな。時間の無駄だ!」
「・・・っ」
いつも通り俺の蹴ったボールを追いかけたシオンがバランスを崩し、地面に倒れた時に、つい口から漏れた言葉。悪いのはコイツの方だ。それに対してシオンは何も言ってこなかった。悔しいのなら反論のひとつでも言えば良かったのに。そんなシオンへの感情が変化する出来事が起きる。
「っやだ、やめて・・・!」
「おいおい、暴れんなよ」
自分のチームの練習が終わり部屋に戻ろうとしていた時だ。どこからかシオンの声が聴こえた。辺りを見渡すと壁際で男達に押さえつけられているシオンがいた。
「・・・おい」
「ん?あぁ白竜さんか」
「そいつに何をしている」
「なぁに、ちょぉーっと身体検査をするだけですぜ?」
「ほら、邪魔しないでくださいよ」
「ぅあ・・・!」
よく見ると服がはだけている。ゴッドエデンにいるシード達は男が殆ど。そこに一人、女が放り込まれたら当然こうなる。何時か起こるんじゃないかとは思っていた。しかしシオン本人が何も言って来なかったから関わる必要もないと思っていた。
「・・・はぁ。お前達如きがそいつに触れることすらおこがましい」
「あぁ!?」
「身の程を知れと言っている。貴様らの様な雑魚はお呼びじゃない」
「んだと!!」
男達は俺に襲い掛かるが所詮は雑魚。簡単に制圧することが出来た。
「ひっ・・・」
「な・・・なんだよ!白竜てめぇ覚えてろよ!!」
情けなく去っていく男達に溜息がでる。これくらいで諦めるのなら最初からやるなと言ってやりたい。
「シオン」
俺はシオンに歩み寄ると顔を伏せて怯えていた。
「ご、ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
「何故謝る」
「あの人達に怒られる・・・ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
「・・・」
どうやらシオンは自分が何をされそうになったのか理解していないようだ。まぁそんな知識を植え付ける暇も無いぐらいに追い込まれていたんだろう。
「チッ・・・おい立て。行くぞ」
「え?」
「シャワールームに行く。洗ってやるから早く来い」
俺はシオンの手を掴んで歩き出す。彼女は何が起きてるのか分からないというように慌てて立ち上がる。それにしてもまた泣きそうになってるな。コイツは俺を始めとした大人達から叱責されている時や何かに脅えている時、すぐに目に涙を溜め込む癖がある。あの時は分からなかったが、今はなんとなく分かる。俺に初めて怒られて泣いた理由。それは俺の態度が急変したことによる恐れだろう。確かに自分でも酷いと思う。いきなり態度を変えれば余計に怯えさせてしまうことは分かっている。それでもこうするしか方法は無かった。シオンの小さな手を握りながらそんなことを思う。どう接したらいいんだ?何故ここまで感情が揺さぶられる?・・・分からん。その疑問を解消する前にシャワールームに着いてしまった。脱衣所には幸い誰も居なかったので早速シオンを洗うことにした。
「自分で洗えるよ・・・?」
困惑しているシオンに苛立ちが沸き立つ。何を言っている?お前をあんな状態のまま放置できる訳がないだろ!
「黙れ。俺の命令が聞けないのか?」
「っ・・・」
俺の言い方にシオンはまた萎縮してしまう。何故コイツは怒られているのか分からないという表情をする。それが更に腹が立つ。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
俺に怯えたシオンは身体を縮こませて俯いてしまう。埒が明かないので服を手際よく脱がせて、温かくしたシャワーを掛けた。
「あっ・・・」
突然の事に驚いたシオンが小さく悲鳴を上げる。それに構わず俺はシオンを後ろから抱き締める。
「動くな。じっとしていろ」
「・・・うん」
おとなしくなったシオンに安堵して、洗いながらゆっくりと肩や背中をマッサージしていく。こうしてみたら案外小さいものだと実感した。そして柔らかくて触れているだけで心地よい感触だった。このままずっとこうしていたいと思えるほどだ・・・って何を考えているんだ俺は!
「白竜くん・・・」
「なんだ?」
「・・・ありがと」
「・・・!」
まさか礼を言われるとは思わなかったので面食らってしまった。
「どうしたの?」
「い、いやなんでもない。気にするな」
誤魔化すように返事をする。危ないところだった。しかし今の礼は一体どういう意味なんだろうか。単純に感謝しているのかそれとも別の意味なのか、俺には知る由もなかった。
彼に本当のサッカーを思い出して貰うこと。それが使命であり、帰還の条件だと踏んだ私は、作戦を練ろうとまた森へやってきた。白竜くんは自分チームの練習でいないので今がチャンスである。この島には昔の人が暮らしていたと思われる遺跡のような物が点在しており、大きな木の根元に鎮座しているお地蔵様(?)もそうだ。頭にボールみたいな何かを乗せているから、私は勝手に『サッカーの神様』とよんでいる。そのお地蔵様に話しかけてみた。
「ねぇ神様、白竜くんに楽しいサッカーを思い出して欲しいんですけど、何かいい方法はありませんか?」
「うーん難しいねぇ」
「やっぱりそうですか・・・え」
返答が返ってきた。しかも斜め上から。神様は目の前にいるのに。声のした方へ向くと、黒髪の少年がニコニコしながらこっちを見ていた。
「シュウくん!」
「やぁ」
「なんでここに?」
「君が困ってるんじゃないかと思ってね」
シュウくんとは同郷だけど、初めて会ったのは雷門としてゴッドエデンに戻って来たとき。この人もシードだけど、自由奔放すぎる。それにしても・・・
「なんで私が悩んでるって知ってるの?」
「森の勘、かな?」
「えぇ・・・」
シュウくんはこういう冗談が好きなようだ。とりあえず話を聞いてもらうためにこれまでの経緯をそれとなく説明することにした。
「なるほど・・・つまり白竜をどうにかしたいと」
「そういうことです」
「じゃあ僕も協力するよ」
「えっいいの?」
「うん」
予想外の展開だ。まさかシュウくんが手伝ってくれるとは思わなかった。
「具体的には何をするの?」
「簡単だよ。僕と特訓するのさ」
「きみと?」
「そう。まずは僕と一緒にやってみようか」
「うん。よろしくね」
こうして謎多き少年・シュウくんとの特訓が始まった。二人でボールをリフティングしたりパス練習をしたりする中で改めて彼の凄さに驚かされるばかりだった。動きに無駄がなく綺麗だしフォームも完璧。おまけに超能力者みたいに色々できる。
「教えるまでもなく基本はバッチリだね、シオン!」
「そうかな?白竜くんはまだまだ下手だって」
「彼以外とは特訓してるの?」
「他の子達に混じってやってるけど・・・大抵は白竜くんと」
「自分の力を理解できて損はないよ。たまには相手を変えてみるのもいいよ」
「そっか・・・ありがとう!」
褒められちゃった。嬉しいな。
「それじゃ、基本を応用したテクニックを教えるね」
「おお!」
彼曰く『相手の力を自分の力に変える』らしい。彼のプレイスタイルはまさにソレなのだろう。彼からボールを奪えない理由がそこにある。私も真似してやってみると、案外上手くできた。これなら白竜くんとももっと長く試合が出来そうだ。
「わあ!すごいよシオン!もう出来たのかい?」
「うん!シュウくんのおかげだよ!」
「僕は少しアドバイスしただけさ」
「ううん。それでも嬉しいの」
「ふぅん・・・?」
彼は拍手して褒めてくれた。褒め過ぎだと思うけど嬉しいものはしょうがないよね!シュウくんは興味深そうにこちらを見る。なんか照れ臭いな。そして特訓は進んでいき・・・
「さぁ次のステップに行こう。もっと君にピッタリの技があるんだけど・・・」
「ホント?やってみたい!」
「うん。でも今日はここまでにしよう。白竜が探しに来ちゃうよ」
そういえばそろそろ練習が終わる時間だった。早く戻らないとまた怒られてしまうかもしれない。
「大丈夫だよ。僕も一緒に戻ってあげるから」
「ほんとに?ありがとう!」
「それに君と二人きりの方が面白いことになりそうだし」
「へ?」
「あぁ。こっちの話さ」
「そう・・・?」
よくわからないけど気にしないことにした。こうして、施設に戻ると。
「おい」
「あっ白竜くん」
「今まで何処に行ってた」
「ちょっと森で特訓してただけだよ」
「嘘をつくな!探したんだぞ」
「あはは・・・」
特訓が終わった白竜くんが部屋に戻ると同時に怒られた。どうやら私を探していたようだ。彼の眉間に皺が寄っているところを見る限りかなりお冠らしい。
「まったくお前は・・・」
「ごめんなさい」
「・・・次からは一言言え。分かったか?」
「うん」
良かった。許してくれる気はあるみたい。これからはちゃんと報告しよう。彼に迷惑をかけるわけにはいかないし。
「誰と特訓していたんだ?返答によっては・・・」
「僕だよ」
「シュウ!」
白竜くんの問いに答える前に、背後に現れたシュウくんが割り込んできた。
「なぜお前がここにいる」
「シオンのお手伝いのためさ」
「なんだと?」
「あれ?知らなかったの?シオンは今サッカーが楽しくてしょうがないんだよ。だから君にも・・・」
「お前!シオンに妙なこと吹き込んだんじゃないだろうな?」
「心外だな。僕はただ彼女の成長を願っているだけなんだけどなぁ」
二人の間にバチバチとした火花が散るのが見える気がする・・・仲悪いのかな?二人は仲間って言ってなかった?シュウくん。そんな私達に来客が。赤い髪の男の子がやって来た。
「白竜、シュウ」
「青銅?何か用か」
「牙山教官がお呼びだ。至急、会議室に来いと」
「そうか、今行く・・・悪いなシオン。少し席を外す」
「うん」
「それじゃまたね、シオン」
「またねシュウくん!」
二人の背中を見送る。急な呼び出しはドキリとするよね。・・・ん?この時期に呼び出しって・・・まさか。私は嫌な予感を感じずにはいられなかった。
「白竜、シュウ。急に呼び出して済まんな」
「いえ、教官。それで要件というのは・・・」
「明日、雷門が来る」
「雷門が・・・」
「へぇ、雷門・・・」
「分かっているな?奴等を潰せ」
トレーニングルームの傍を通りかかる。あいつはいつも仲間はずれにされていた。
「ねぇ白竜、あの子は独りだね。いわゆる、ぼっちってやつ?」
「・・・」
「彼女が気になるかい?そりゃそうだよね、君の『人形』だもんね?」
「シュウ・・・」
シュウはニヤニヤしながら俺を見る。どうやらこいつは俺をからかっているつもりらしい。
「ふーん、そういうことか。君にとって彼女は特別な存在なんだね?」
「そういう事ではない」
「隠さなくてもいいよ。あの子は君の初恋の人なんでしょ?」
「なっ、違う!」
否定してもしきれなかった。確かに俺はあいつが気になっている。だがこの気持ちは恋などではないはずだ、きっとそうだろう。しかしシュウの言った通りだ、悔しいが。初めて会った時は何とも思っていなかったのに、もっと知りたいと思った。側に置いておきたいとも思った。だが何故なのか分からない。どうしてこうもモヤモヤするのだろう、俺は・・・。
「白竜って分かりやすいよね」
「何?」
「ほら、顔に出ているよ」
「っ・・・」
「ははっ、図星か」
シュウの指摘に思わず固まる。そんなに俺の顔に出ていたのか?だとすれば不覚だ。
「白竜。君は彼女をどう思ってるの?」
「あいつはただのシード候補生だ」
俺の答えを聞いたシュウは呆れたように肩を竦めた。
「素直じゃないねぇ。まあいいや。せいぜい頑張りなよ」
そう言ってシュウは立ち去った。本当にあいつは何を考えているのか分からんな。しかし・・・。あ、目が合った。しかしフイッとすぐに逸らされた。避けられているのか?そうなのか?なら自業自得だとシュウは言うだろう。あいつはいつも悲しそうな瞳をしている。まるで何かを求めるように。だが、それは叶わないのだと言うように。彼女の過去を全て知っている訳ではないが、それくらいは想像出来る。俺はあいつに幸せを与えてやりたいと思っているのか、分からない。ただ俺が言えることがあるとすれば・・・
「・・・」
シオンには笑っていてほしいということだ。それだけは確かだ。それなのに何故俺はシオンに辛く当たってしまうのだろうか・・・。そう考えながらも俺はシオンの姿を目で追ってしまい、いつの間にか見守る対象となっていた。気づけば目で追ってしまうなんて、まるでストーカーのようではないか。いや待て冷静になれ。別に好きとかそういうのではないのに・・・
「白竜くん」
呼ばれた声に振り向けば、そこにシオンがいた。
「あの・・・その・・・私と一緒に特訓してくれないかな?」
「お前がこの俺に教えを請うと?」
「うん・・・ダメかな?」
「・・・」
俺の冷たい態度に臆することなく、でも少し怯みながら懇願してくる。ここで拒否すればきっとシオンはうじうじして落ち込むだろう。それはそれで困る。
「・・・ならば着いてこい」
「あ・・・ありがとう!」
ぱっと花開くようにシオンは顔を輝かせる。その笑顔を見て心臓が跳ね上がった。なんなのだこれは?
胸の奥がザワつく感じがする。それにこの気持ちは・・・一体?
「行かないの?」
「・・・なんでもない」
首を傾げるシオンの横を通り過ぎ、俺はスタジアムへと向かった。その後ろを小走りで着いて来るシオンに自然と口角が上がる。あいつはいつも誰に対しても上辺は優しく微笑んでいるが、あんな笑顔は見たことがなかった。あんな表情を見せられたら・・・。ダメだダメだ。余計な事は考えるな。集中しなければ。俺は気持ちを切り替えて練習に励むことにした。特訓といってもただの基礎的な練習のみであったが、それでもシオンにとっては充実したものだったようだ。
「白竜くんはやっぱり凄いね!」
「この程度で喜ぶとは単純なヤツだ」
「へへ・・・」
「お前はまだ甘い。もっと鍛えなくてはならん。それに俺の足手纏いになるなよ」
「うん・・・!頑張るね!」
以前は俺の辛辣な言葉に凹んでいたが、今は嬉々として意欲を示すようになり、本当に変わった女だなと思った。まぁ悪くないが。こんな毎日を繰り返していたある夜のことだった。いつものようにシオンが寝静まった後に俺は夜風にあたりながら空を見上げていた。すると背後から気配を感じ振り返るとそこにはシュウが立っていた。
「やぁ白竜」
「何の用だ」
「別に?ただ君の様子が気になってさ。」
「気のせいだろう」
「ふーん。まぁいいけどさ。それより気を付けた方が良いかもよ?」
「どういう意味だ?」
「君があの子の側にいるならそれなりの覚悟がいるってことさ」
「何を言っている」
「言葉通りさ。それじゃあね」
それだけ言い残してシュウは立ち去った。何だったんだあいつは。だがシュウの警告を聞いてから妙に不安が拭えない。そしてそれは最悪の形で的中してしまう事になる。シオンが俺と出会って数ヶ月経過した日のこと。俺はトレーニングルームにて特訓を行っていた。しかしシオンが一向に現れない。いつもなら朝の挨拶と共に俺のところに来るはずなのに。
「遅いな」
「珍しいね、シオンが遅刻するなんて」
「・・・」
不思議そうな顔をしているシュウを尻目に俺は嫌な予感がしていた。あのシオンが早々に起きない事はないだろう。そんなことは有り得ないはずだが・・・
「心配かい?」
「・・・!」
「白竜!?」
シュウの問いには答えずに俺はトレーニングルームから飛び出した。宿舎に向かい、彼女の部屋のドアを乱暴に開ける。しかし、誰もいなかった。
「シオン・・・!?」
部屋にいないとなると、森に行ったか?いや俺との特訓があるのにそっちに行くのは考えづらい。ならどこだ?必死になって走る。
「ハァ・・・ハァ・・・!」
息切れしながらも周囲を探し回った結果・・・見つけた。
「!!」
シオンは倒れていた。周りには数名の少年たちが。あのときの輩だ。
彼らはこちらを見てニヤニヤしている。
「おい貴様ら・・・シオンに何をした?」
低い声で問い詰めるとリーダー格の男が下卑た笑いで答えた。
「なぁに、ちょーっと遊んでやっただけだよぉ?」
「そうそう。遊んだだけ。遊びで気持ち良くなりたかっただけ」
「っ・・・!」
プツンと何かが切れる音がした。殺意を覚えた俺は即座に蹴りを入れた。鈍い音と共に吹っ飛ぶ男共。しかしまだ足りない。あいつを痛めつけておいてそんな生ぬるい罰で済ますわけにはいかない。殺してやる・・・!
「ぐっ・・・やべぇ!逃げろ!」
「待て・・・」
追いかけようとする俺だったが、
「は・・・くりゅ、くん」
「!!」
シオンがヨロヨロ起き上がって俺の服を掴んで引き留めた。俯いていた顔が上がると、左頬に大きな切り傷が付いていた。真っ赤な裂け目を認めた瞬間、頭を鈍器で殴られたかのような錯覚に陥る。俺は震えるシオンの身体を支えてやることしか出来なかった。彼女を医務室に連れていき、左頬の傷に消毒液を付けた後にガーゼを貼り付けた。次に俺は怒鳴るように質問を投げかけていた。
「何故助けを呼ばなかった!?この間も同じ事をされただろう!」
「・・・ごめん」
「謝るのはよせ!」
「だって・・・言ったら、怒っちゃうから」
その言葉に俺は愕然とした。俺はシオンにそんな事を言わせるほど怖がらせてしまっていたのか。俺はまた・・・自己嫌悪に苛まれそうになった時、シオンが口を開いた。
「白竜くんは・・・優しいね」
「何を言う」
「だって・・・私のこと怒ってるのに怪我してるからって手当てしてくれるし」
「当然だ。俺の『人形』に傷を付けられたからな!しかも顔に!」
思わず叫んでしまった。しまったと思いシオンを見ると、彼女は微笑んでいた。まるで月が優しく光を放っているかのようだった。
「白竜くん、あのね」
「・・・なんだ」
「助けてくれてありがとう」
笑みを浮かべる彼女を思わず抱き締めていた。壊れそうなほど華奢な体躯に腕を回し包み込むように。何故そうしたかは分からない。だがそうせずにはいられなかった。
「あ・・・あの・・・白竜くん?」
「・・・」
「苦しいよ」
慌てるシオンを無視してそのまま続ける。そうすればこんな言葉がスラスラと出てくる。
「お前は俺が守る」
「・・・はい?」
「俺が強くなるまでお前は俺の傍から離れるな・・・約束だ」
「やくそく・・・」
「そうだ」
自分でも何を言っているのか、困惑する。だが本心だ。悔しいが、負けを認めよう。俺はシオンを愛してしまった。同時に、こんな約束でしか繋がれない俺もいる事に気づいてしまった。
「分かった。きみの傍にいるよ」
シオンもこれに了承してくれた。互いに離れたくないと思っていたのかもしれない。そして俺達はしばらく抱き合ったままだった。
白竜くんとシュウくんと別れて自室に戻り、彼ら二人が呼び出された理由を推察する。ここはパラレルワールド。なにが起きても不思議ではないが、一つ確信があった。これは間違いない。
「雷門が、来る」
ホーリーロードを制して優勝した、私達のチーム。その後フィフスセクターの悪事を暴き、少年達を解放するために円堂監督たちとゴッドエデンに乗り込み、究極のシードたちを相手に戦った。白竜くんがキャプテンの『アンリミテッドシャイニング』。プラスの力をもつ攻撃的な選手とフォーメーションが特徴のチームだ。シュウくんがキャプテンの『エンシャントダーク』。トリッキーで相手を惑わせる戦術が強力な、マイナスの力を持つチーム。ホーリーロード優勝の雷門を圧倒的な実力で打ちのめした。そこで、このゴッドエデンの自然を使って私達、雷門は特訓に特訓を重ねた。そして、『アンリミテッドシャイニング』・『エンシャントダーク』のメンバーで混成された、究極のチーム『ゼロ』と試合をした。凄く強かった。何度心が折れそうになった事か。でも皆諦めなかった。そのおかげでチーム『ゼロ』のメンバーは本当のサッカーを思い出すことが出来た。ここまでが元いた世界の歴史。パラレルワールドから戻るには、同じように白竜くん達に本当のサッカーを思い出させる事。ここしかチャンスはないだろうな。いっそ雷門チームに入れて貰う?いや、難しいな。白竜くんの目があるし。雷門メンバーのサポートはどうだろう。待て、それはシュウくんがやるはずだ。雷門は彼に特訓を付けて貰ったからね。何か二人にバレない方法、ないかな・・・しかし、考えているうちに眠くなってしまい、今日はもう寝て明日考えることにした。
朝起きて特訓場へ来たが、白竜くんがいない。雷門との試合だろう。私は記憶を頼りに彼等が居る場所へ向かった。1時間くらいしてようやく探し当てたその空き地、その近くの木の上にシュウくんを見つけた。彼はこっちに気づくと、
「おはよう、今日は面白いものが見られるよ」
「面白いもの?」
「こっちにおいで、ここならよく見える」
そういって私に木に登るように促した。シュウくんに手伝って貰いながら木の上に座る。意外と高いな。
「ふふ、特等席」
シュウくんの笑えない冗談を聞き流す。しばらく待っていると空き地が重い音を立てて開いた。『アンリミテッドシャイニング』がいる。白竜くんがなにか喋ってる。それにあわせて雷門の剣城さんが答えている。やがて、キックオフを告げるホイッスルが響き渡る。その後の試合展開は・・・元の世界と全く同じ。結果は0対12で白竜くんたちの圧勝。分かっていたけど、強すぎる。
「格の違いを感じて貰えたかな?」
地に伏した雷門チームに冷たく言い放つ白竜くん。私はその言葉を聞きながら拳を握りしめていた。結局私には何も出来ない。彼らを変えられないのではないかと自信が揺らいだ。
「許せないよね、あの程度の実力でサッカープレイヤーぶって・・・あれ、シオン?」
私はシュウくんそっちのけで木から降りて姿を消した。
また宿舎に戻ってベッドに潜り込んで布団を被る。あれを見て、彼等に本当のサッカーを思い出して貰えるのか?ずっとパラレルワールドから出られなくなったらどうなる?嫌だ、怖い。頭から被った毛布を両手でギュッと握りしめて縮こまる。すると、不意に人の気配がして毛布が剥ぎ取られた。
「ひゃっ」
驚いて変な声が出る。恐る恐る毛布を持った人物を見れば・・・
「まだ就寝時間ではないぞ」
白竜くんがいた。彼は毛布を私の肩に掛けると私の傍に腰掛けた。
「今日の試合、見ただろう?どうだ、これが究極の力だ」
「白竜くん・・・本当にそれでいいの?」
「なに?」
「サッカーってもっと楽しかった筈だよ。こんな、人を傷つけるようなものじゃないよ」
「何を言うかと思えば・・・くだらん」
興味ないとばかりに目線を逸らされる。私はそれについ苛立って言い募る。やってしまったと思ってももう遅い。
「ねぇ聞いて!白竜くんは本当に今のサッカーがしたいと思ってるの!?」
「俺達は究極になることを求められてきたんだ!!」
「・・・!」
「・・・すまん」
私は涙腺が緩むのを止められなかった。視界が滲み始める。嗚咽が漏れる寸前のところで唇を噛み締めて我慢する。泣いたら余計に惨めになると思ったから。彼は黙って私を抱き寄せる。でもこの想いは届かない。
やがて、雷門とゼロの試合の時が訪れた。しかし、私は見に行く気になれずに燻っていた。あの時言われたことが脳裏に焼き付いて離れないのだ。結局のところ私は何がしたいのだろう。私が迷っていると、ゼロのユニフォームを着たシュウくんが現れた。
「そんなところで何してるの?」
「シュウくんこそ・・・」
「雷門と『ゼロ』の試合が始まるんだ。観に行かないの?」
「・・・ごめん、行く気になれない」
「・・・そうなんだ」
「うん・・・頑張ってね」
私はシュウくんに背を向けて立ち去った。スタジアムから離れた廊下をトボトボ歩く。何も出来ない。元の世界へは帰れないだろう。これからどうしようか・・・しばらく歩いていると、
「いやっ!離して!」
「大人しくしろ!」
「!」
女の子の悲痛な叫び声が廊下に響いた。この声は間違いない、葵ちゃんだ!声のした方へ駆けつける。離れたところで葵ちゃんが小さな部屋に押し込められているところを確認した。彼女を閉じ込めた男たちが去って行く。今助けるよ。音を立てずにその部屋のドアの前に出ると、パスワードを打ち込むパネルがある。正しい数字は、
「えっと、0000っと・・・」
ビンゴ!ドアが開いた。中にいる葵ちゃんに手を差し伸べる。
「助けに来たよ!」
「え!?あなたは・・・?」
「私、シオン!さぁ、今のうちに!」
彼女の手を引いて廊下を走る。無事に雷門の皆の元へ連れて行かねば。まだ試合は始まっていない。急げば間に合う!そして、無事に雷門のベンチに葵ちゃんを送り届けることに成功した。
「みんなー!」
「葵!無事だったんだね!」
「よかった・・・!ありがとう、シオンちゃん」
「いいや、お礼を言われる程じゃ・・・」
「ううん!・・・もしシオンちゃんがいなかったら今頃・・・」
「確かに危なかったかもしれないけど、私がいたとしても助けられたかどうかわからないもの」
そう言うと彼女は慌てて否定する。
「そんなことない!!わたし絶対恩返しするから!」
必死に訴えかける彼女の眼差しに嘘偽りはない。それが伝わってくるからこそ余計に申し訳なくなる。彼女は私がパラレルワールドから抜け出す為に利用しようとしているなど知らないから。
「ありがとう」
それでもそう言うことしかできなかった。雷門イレブンと『ゼロ』の試合が始まった。やっぱりこれも元の世界の通り、抜群のコンビネーションでパスを繋ぐゼロ。一度ボールを持ってしまえばもう離さない。白竜くんがノーマルシュートを叩き込み、先制点が決まってしまった。
「やっぱり強い・・・頼む、雷門」
「あれはシオン・・・!?」
雷門ベンチにはシオンの姿があるではないか。何故そっちにいるのだ。俺の隣にいない理由を説明しろ。怒りがこみ上がるものの、まずは目の前の試合に集中する。だが彼女の方を見れば見るほど苛立ちが抑えきれない。だからハーフタイムで彼女がスタジアムを出ていくのを目撃した時はすぐに追いかけた。
「シオン!待て!」
「・・・どうかした?」
「何故雷門のベンチにいる?」
「・・・私は雷門の味方をするつもりはないしゼロの応援をするわけでもない」
「ならば何故だ!」
「私は白竜くんたちに本当のサッカーを知って欲しいだけ」
俺にはシオンが何を考えているのか理解出来ない。だが彼女の言葉には嘘がないように感じた。
「本当のサッカーだと?」
「うん。白竜くんは今のサッカーで強くなれるの?」
「勿論だ。俺は究極を求めてここにいる」
「・・・そっか。でも、それは違うと思う」
「違う・・・何がだ」
「サッカーは楽しいものだよ?楽しむことを忘れてしまったら悲しいことになると思うの」
俺は何も言わずに俯いた。俺は今まで何をしてきたのだろうと自問する。しかし答えは出ない。俺に必要なものは何なのだ。
「もう一度、よく考えてみて」
シオンは行ってしまう。俺はその背中を見送ることしかできなかった。そして後半戦が始まる。雷門の奴等はまだまだ全力とは程遠い動きだ。それでも諦めずに喰らい付き、ついには一点を返された。やはりこいつらは侮れない。一体何故だ。何故こんなにも奴等が強い。
「お前達が負ければ存在価値はない」
教官から放たれた言葉が重くのしかかる。そうだ、俺達は究極を目指している。敗北など許されるわけがない。なのにどうしてこうも焦燥感が纏わりつくのか。そして、一点を返し合う試合展開が続く。ちらりとベンチを見遣る。教官がニヤリと笑ったかと思うと、次の瞬間。
「うあっ!?」
シオンが悲鳴を上げたのだ。
「あああああああっ!!!」
「シオンちゃんっ!?」
「シオン!?」
「が、ぁぁあっ!なに、これっ!」
何が起きてる!?突然雷門の傍に居たシオンが苦しみだした!これは一体・・・!?
「効いてきたか・・・」
「教官!アイツに何をしたんですか!」
「自分のチームが不利になれば作動するリミッターのようなものだよ」
「リミッター!?」
「実験としてヤツの脳に埋め込まれたチップが電気信号を出し、身体能力を限界まで引き出すのだ。まぁ少々ダメージは入るがな・・・」
「今すぐ止めて下さい!」
「ならば勝つことだな、チーム・ゼロよ」
「そんな・・・!」
両チームは信じられないと言う顔で私を見ている。ごめんなさい。巻き込んでしまってごめんなさい。これじゃ本当のサッカーどころではなくなってしまう。しかし、この勝負にはどうしても勝たなくてはならない。私が元の世界に戻るために。痛む身体に鞭打って叫んだ。
「関係ない・・・!戦え、ゼロ!」
「シオン!?」
「きみ達のやるべきことは、何にも縛られずに全力で戦い抜くこと!」
「シオン・・・」
「だから私なんかに構ってないで集中しなさい!!」
この叫びで喉が枯れそうになる。それでもなお声を振り絞る。
「私は大丈夫だから!思いっきり楽しんで欲しい!」
懇願にも似た台詞に白竜くんは息を呑んだ。それから少しして、
「・・・ああ」
力強く頷くとポジションへ戻っていった。そこからの両チームは全力で、サッカーを楽しんだ。数分後、遂に雷門が同点ゴールを決めた。だが残り時間はわずか・・・この状況を打破するには、
「最後まで諦めるな!ゼロ!」
無茶を承知で鼓舞する。負けても諦めなければいい。全てを捨て去り、無我夢中に。彼等は必死になってボールに喰らいつき、そして―――終了の笛が鳴り響いた。
「引き分け・・・」
「よくやった・・・みんな」
「シオンちゃん!」
崩れ落ちるように地面に座り込んだ。苦しい試合だったが、こんなに晴れやかな気分で終わることが出来た。葵ちゃんがこちらに駆け寄る。そして、雷門イレブンにも感謝を伝える。
「皆さんありがとうございます・・・ゼロの皆もありがとう・・・うっ、ぁ・・・」
痛みに耐えきれず意識が途切れる瞬間、白竜くんの顔が見えた気がした。
「シオン!!」
俺は咄嵯に彼女のもとへと駆け出した。そして彼女を抱きとめる。身体が小刻みに震えている。
「何故あんな事になるまで無理をする・・・!」
お前は馬鹿なのか。もっと己を大切にしてほしい。お前を失うことなんて出来ないというのに。俺は無意識のうちに拳を握りしめていた。
「白竜・・・」
いつの間にか隣にシュウがやって来ていた。じっと俺を見るその瞳からは何を考えているのか読み取れない。
「君は彼女に対して過保護すぎないかい?」
「・・・そうかもな」
「まさかここまでとは思わなかったよ」
シュウが呆れたように呟いた。そして更に続けた。
「これでいいんだよ」
「どういう意味だ」
「そのままさ」
「・・・」
「皆は変わった。変われたんだ」
シュウが微笑む。それは皮肉のようにも聞こえた。俺は無言のままだったが、
「彼女のお陰だな」
静かに答える。俺を変えたのは間違いなく彼女なのだから。それを聞いたシュウは愉快そうに笑った。
「君が素直になるなんて珍しいね」
「お前だって似たようなものだろう」
「僕と君とじゃ違うよ」
それだけ言うとシュウはどこかへ歩いて行った。残された俺達はしばらくの間その場に留まっていた。この温もりをいつまでも感じていたいと思った。
「シオン」
俺は彼女の名を呼ぶ。しかし返事は無い。当たり前だ。激痛で失神しているからな。
「お前が、教えてくれた。思い出させてくれた。この気持ちを・・・ありがとう」
拍手喝采に包まれるスタジアム。その上から太陽の光が俺達を照らしていた。
桟橋から遠ざかる船を見送る。こうして、白竜くん達は本当のサッカーを思い出してくれた。そして、フィフスセクターは解体され、ゴッドエデンも閉鎖が決まった。彼らはこの箱庭を巣立つのだ。島を出る前に白竜くんとあの大きな滝を見に来た。彼の傍にいるだけで安堵感が生まれる。この平穏なひとときを壊したくなくて何も話さずに並んで歩くだけ。滝壺の水音だけが響いている。ここにいると時間がゆっくり流れてゆく。でも今はそれがとても心地良い。
「シオン」
「なに?」
「・・・この島で過ごした日々のこと覚えているか?」
「もちろん忘れる訳ないよ」
「俺はお前に救われた」
「え?」
「お前がいたから自分を見失わずに済んだ。だから俺は・・・」
彼は言葉を探しているようだった。私は黙って待つ。
「お前と出会えて本当に良かった」
私の頬に一筋の雫が流れる。嬉しくて涙が溢れてきたのだ。
「おいっ!何故泣くんだ!」
「だ、だって嬉しいから・・・!」
慌てて顔を覆う。しかし涙は止まらない。彼は困った様子で私の頭を撫でてくれた。それが嬉しくてますます涙が止まらない。どうしようもないじゃないか。そのとき、
「あ」
「なっ・・・」
私の身体が光りだしたのだ。条件が達成されたから元の世界に戻れるのか。
「身体が光って・・・シオン?」
「・・・名残惜しいけど、お別れだね」
「どういうことだ!?」
「ずっと隠しててごめんね、私は別世界のシオン」
「別世界?」
「白竜くんが本当のサッカーを思い出してくれたおかげで、元の世界に帰れるんだ・・・ありがとう」
「そんな・・・」
白竜くんは衝撃を受けた顔をしながら後ずさる。そして我に返って私に近づいてきたかと思うとギュッと腕の中に包み込む。いつもより強く抱きしめられてちょっと苦しい。
「シオン、行くな。あの時の約束を忘れたのか」
切羽詰まった声色で必死に訴える。しかし私はここにはいられない。役目を終えたら消えるのは当然。それにきみは彼であって、彼じゃない。
「・・・元の世界のみんなが待ってる」
彼の肩口が濡れているのがわかる。泣いているのだろうか。彼が首を横に振る。
「嫌だ・・・俺は・・・」
そこで彼の動きが止まり、身体がさらに光り輝き始めた。ああもう終わりなんだなと悟った。次第に薄くなっていく視界の中彼に向かって告げた。
「大丈夫だよ。望めばきっと会えるから。希望を捨てちゃダメ」
「望めば・・・」
「この世界の私に会えるかもよ?」
「・・・必ず見つけ出す」
「頑張れ、その意気だ!」
「感謝する、シオン」
「それじゃ、最後に・・・」
「?」
少し背伸びをして白竜くんに触れるだけのキスをした。もう少し引き留められると思っていたが、案外あっさり離れた。彼は顔を真っ赤にした。
「さよなら、白竜くん・・・この世で一番優しい人・・・」
最後に見た彼は酷く寂しげで今にも消え入りそうだったが、それでも彼は微笑んでくれた気がした。その優しさを胸に抱いて目を閉じる。そうして私の意識は途絶えたのであった。
―――目を開けると元の稲妻町に戻っていた。ポケットからスマホを取りだして画面を開く。あれから時間は全く進んでいない。目の前にあったはずのパラレルストーンは忽然と消えていた。・・・切ない気分。別れ際のキスの柔らかい感触がまだ唇に残っている。もう、二度と見られない世界。もう、二度と会えない人。もう、二度と交わらない可能性。
「・・・っ」
頬を伝う雫を誤魔化してくれる雨は、とうの昔に止んでしまった。拭おうと腕を上げると、誰かの指がそれを掬っていった。後ろを向くと、そこにいたのは・・・白竜くんだ。思わず飛びついてしまう。彼は驚いた様子だったがすぐに受け止めてくれた。
「うお、急にどうした。何故泣いている」
「・・・今日はそんな気分なの」
どの世界にいても私達を照らす光は一つだけ。
おしまい