人生は白竜ゲー。
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「白竜くん。白竜くん、起きて」
「・・・?」
シオンの俺を呼ぶ声が聞こえる。目を開けると、心配そうに俺の顔をのぞき込んでいた彼女が安心したかのように顔を綻ばせた。今は何時だろうか。だが今はコイツにキスがしたい。俺は上体を起こすとシオンの顔に手を添えて唇と唇をくっつけた。
「おはよう」
「おはよう・・・それより、ここはどこ?」
「え?」
見渡すと俺達2人は知らない家のエントランスにいた。正面には大きな扉と階段がある。後ろにも同じような扉がある。試しにそこのドアノブを引っ張ってみたが、びくともしない。
「ここが玄関か?」
「そうかも」
「・・・開かない」
「閉じ込められた?」
「かもな」
「そんな・・・」
窓の外は激しい雷雨。その音のせいでシオンの顔がまた曇ってしまった。安心させるべく彼女を抱きしめる。ついでに頭も撫でてやる。
「大丈夫だ、俺から離れるなよ」
「わかった・・・」
額にキスを落とすと、今一度エントランスをぐるりと見て回ることにした。幸いにも明かりは付いている。そこで、階段下の大きなドアにも手をかけてドアノブを引っ張るも、これもダメそうだ。
「あかない・・・か」
「白竜くん、上に行ってみない?」
「そうだな」
シオンに手を差し出すと、その手がギュッと握られる。俺は彼女の手を握り返して階段を上がった。すると、階段の先にも扉があるのが確認できた。
「白竜くん」
「あぁ・・・開けるぞ」
その扉を開けると、広い居間だった。正面の壁には不気味な絵画が飾られている。他には食器棚やテーブル、燭台といった家具が置いてある。この部屋にも明かりは付いている。
「なにか手がかりになるものを探してみよう。シオンは食器棚を調べてくれ」
「分かった!」
「でも危ない物は触るんじゃないぞ」
「了解!」
正面の横に長いキャビネットの方へ向かい引き出しを開けてみるも、中身はよく分からない言語の本が並んでいるだけだった。それから近くにあるソファの下を探しても、何も見当たらない。
「そっちはどうだ?」
「何もないな・・・ん?」
「どうした?」
「何か落ちてる」
食器棚の下に何か小さなものが落ちていた。手を伸ばしてみるとそれは真鍮の鍵で、「1」という文字が掘られている。
「この家の中の鍵かな?」
「恐らくな」
鍵を手に入れた俺達は、再度部屋を見回す。そしてあの絵画を見てシオンの瞳孔が開いた。無理もない。あれだけ生々しい人間の絵画なのだから。
「不気味だな・・・」
「この絵、さっきからじっと見てると目が動いてるように見えるの」
「なんだそれ・・・」
「でも気のせいかも」
「気にするな」
「うん」
俺は彼女の肩をポンポン叩く。ちらりと横を見遣ると奥の方に扉があったのでシオンの手をしっかり握ってドアを開ける。そこには3つの壺以外、何もない部屋だった。
「壺だね」
「壺だな」
「・・・調べてみる?」
「あぁ」
まず右の壺の中身を確認していく。壺が乗っている小さな引き出しも忘れずに。しかし何も入っていなかった。真ん中も同じ。最後に残っていた左の壺。中に手を入れてみると、手紙を見つけた。
「読んでみるぞ」
「うん」
『この屋敷に辿り着いてしまった哀れな人へ ここからは永久に出られない。彼奴らの食糧として一生を終える定めだから。可哀想に・・・』
「食糧・・・!?」
「どういう意味だ?!」
「や、やだ・・・!」
シオンが俺を傍を離れて居間に繋がるドアに駆け寄った。離れるなと言ったのに。
「シオン!」
「!?開かない!」
「なに?!」
さっき開けてきたドアが開かなくなっていた。シオンが、ガチャガチャとドアノブを捻って押したり引いたりしても効果は無い。
「あ・・・閉じこめられた?」
「落ち着け!戻ってこい」
シオンを呼び戻す。言われた通りに戻ってきた彼女をきつく抱きしめる。
「ここにいたら、私達食べられちゃうの・・・!?」
「俺が守る・・・さぁ、深呼吸」
実のところ俺も落ち着いては居られないが、冷静にならないと守れるものも守れない。彼女をと一緒に深呼吸を行う。少し楽になった気がした。それもつかの間。
「!?」
「え・・・?」
俺達の後ろで開かなかったはずの扉がひとりでにゆっくり開いた。声も出せずに凝視していると、何かを引きずる音とブツブツと何かを言っている声がこっちに迫ってきた。咄嗟に彼女の手を引いて、部屋の左側にある扉を開けてそこに逃げ込む。逃げ込んだ部屋はクローゼットのようだ。衣裳タンスが三つ並んでいる。
「ここに隠れる!少し苦しいが我慢しろ!」
シオンと一緒に出口に近い右側のクローゼットに身体を押し込めて息を潜めた。ギィという重たいものを引き摺る音が聞こえる。その姿は見えないが、確実に部屋に侵入してきたことは分かる。するとソレは部屋中の探すようにうろつく。それからガタガタと俺達がいるクローゼットの方に向かってくる。シオンは耳を塞いで泣きだしていた。彼女の口元を手で抑えながら俺は心の中で数を数えていく。50を過ぎた頃にやっと動き回る音が止んだ。その代わりに廊下の奥へと遠ざかる足音が聞こえた。
「シオン、行ったみたいだ。もう出ていい」
「うぅ・・・っ」
「大丈夫だから」
「うんっ・・・」
クローゼットから抜け出して抱きしめ合う。彼女を宥めながらも思考を巡らせた。今の今までドアを開けられずにいたのに何故だ。もしかするとアレは俺達を誘導するために現れたのかもしれない。細心の注意を払いながら元来た道を引き返す。そして最初のエントランスまで戻ってこれた。あの異様な空気感は拭えないが。
「やっぱり階段下の扉が怪しいと思うんだ」
「あぁ、きっとそうだな。行ってみよう」
「うん・・・」
先程手に入れた鍵を使って開けようとしたらやはり鍵は合致した。ドアをくぐるとそこは廊下。いくつもの扉が並んでいて、どこから調べていけばいいのか分からない。手がかりがありそうな部屋はどれだろう。
「こんなに広い廊下はゴッドエデン以来だ」
「・・・あの島よりこの屋敷の方が何倍もマシ」
「そうだったな、すまん」
「迷ったら一番近い部屋に入ってみよう」
シオンの提案で一番近いドアを探し、入ってみることにした。長いテーブルの上に骨が何本か乗っている。おそらくここは食堂といったところか。
「テーブルの下を調べてみよう」
「分かった」
彼女の意見に従って俺は机の下に潜り込む。特に変わったものはなく・・・ん?
「うわぁぁ!」
「白竜くん?!」
「お、おい、これって・・・」
「え・・・」
テーブルの下にあったのは、人間の頭蓋骨だった。ということは、
「じゃあ、この骨は・・・!」
「喰われた、人間か・・・」
「そんな・・・!」
シオンが青褪めて怯えている。怖がらせてすまない。俺がしっかりしなければ。
「まだ手がかりになりそうな物がないか調べてみよう」
「うん・・・」
俺の手を握りながら震えるシオン。早くこの場から去りたいだろう。しかし手がかりを得なければならない。ここに長居するよりもマシだ。するとシオンが壁際のキャビネットを見付けた。
「引き出し、開けてみていい?」
「あぁ」
引き出しを開けると、そこには銀色の鍵と手紙が入っていた。鍵には2と掘られている。手紙を取り出してみる。内容は知らない言語で書かれているため読めなかった。鍵をポケットに仕舞う。次に目の前の食器棚。これに何か役立つ物が入っていないか調べてみる。中には皿ばかりで武器になりそうなものは入っていない。
「次に行こう」
「うん」
食堂から出るとまた長い廊下へと続く。次に進むべき方向はどちらなのか。そう思った時にまたシオンが口を開いた。さっきまで怯えていたはずなのに。
「ねぇ、こっちから行こうよ」
「あぁ・・・」
彼女は俺の手を強く握りながら小走りに廊下を駆けて行く。俺が言うのもなんだが彼女はこんなに怖いもの知らずだっただろうか。それとも緊迫した状況が続いて彼女の情緒を不安定にしてしまったのだろうか。とにかく手がかりを集めて脱出することが急務だ。
「ね、白竜くん。あの部屋は?」
「開けてみるか」
「うん!」
シオンが嬉しそうに答える。まるで遊園地に遊びに来ているみたいに。先ほどの読めない手紙といい、妙に落ち着きすぎている。それに何処と無く歩き方に違和感を感じる。これは俺の杞憂であって欲しいところだ。とにかく部屋に入り情報を集めないと。そう思っているうちにまたドアが勝手に開いてしまった。いや、違う。誰かが開けたんだ。
「!?シオン!離れろ!」
「えっ?」
中から異形の化け物が飛び出してきた。それがシオンの腕を掴んで部屋の中に引き摺り込もうとしている。咄嗟に俺は彼女を庇うように前に躍り出た。
「ぐッ・・・!」
「白竜くん!」
鋭利な爪のような牙が俺の腕に噛みついた。血が出たとしても構わない。シオンが助かるのであればそれで良い。
「くそ・・・!シオン、逃げろ!」
「やだ!きみを置いていけない!!」
化け物を振りほどこうとするが上手くいかない。俺は食堂から持ち出したナイフを持って、化け物の脳天を目掛けて思い切り突き刺す。グサリと音がして化け物が悲鳴を上げた。
「グギャァァァッ!」
ソイツの口から俺の腕が離れた。そのままシオンと一緒に走って逃げる。
「シオン!大丈夫か!?」
「ごめんなさい!私がちゃんとしてたら・・・」
「気にするな!今は逃げることが優先だ」
「うん・・・」
「あの部屋に行くぞ!」
食堂の向かい側のドアをくぐると、豪奢なシャンデリアが2つぶら下がっている部屋だ。ダンスホールか。俺が刺したナイフが効いたのか、ソイツは追ってこなかった。ひとまずは安心していいだろう。
「さっきの奴が・・・」
「白竜くん・・・傷は平気?」
「大丈夫だ。噛まれただけだから」
本当は痛いが我慢できるレベルだ。傷も浅い。問題ない。シオンは心配しながらも少し微笑んでいる。それだけでもホッとした。
「この部屋を調べたら、すぐに移動しよう」
「うん」
しかし、ただ広いだけのダンスホールには何かを隠せる引き出しや収納はなかった。代わりに奥のドアを開けてみる。物置だ。椅子やら木箱やらが積まれている。
「あのボタン・・・気になるな」
「押しちゃまずいんじゃない?」
「そこにあれば押したくなる・・・」
鏡に映るスイッチのボタン。まるで押してくれという風にそこに取り付けられている。押すか、押さないか。ここから出るための手段が増えるかもしれない。シオンはどう思うかと尋ねると彼女も同じ考えらしい。俺がボタンを押すことにした。
「・・・」
しかし、何も起きない。これ以上の手がかりはないので仕方なくこの部屋をあとにする。
「白竜くん。また次の部屋に行こう」
「そうだな」
「今度はあっち」
俺の手を引っ張ってどこかの部屋に向かって走っていくシオン。俺はそれをただ黙って後をついていった。角を曲がった左側の部屋に入ると、風呂場だった。湯船に水は溜まっていない。それどころか埃まみれだ。人が住んでいる気配がない。
「何かないかなぁ〜」
シオンは風呂場を見回している。シャワーは1つしかない。それにお湯は通っていないようで蛇口をひねっても水も出てこない。浴槽の下には何か入っていて探ってみると金色の鍵が出てきた。
「白竜くん!これ!」
「また鍵か・・・今度は3番か」
「どこかのドアが開くかもしれない!」
シオンが珍しくはしゃいでいる。彼女の言うことも一理あるがここに来てからあまりにも落ち着きすぎじゃないか。まさかアイツに会ってからおかしくなったのか?いや、だとすれば先程の食堂でのやり取りも不自然ではない。
「何もないか・・・ねぇ、次は向かい側の部屋に行ってみよう?」
「分かった」
俺の手を握る力が強い。彼女がこんなにも俺の手を引っ張っていくなんて初めてだ。俺も少し抵抗してみるが彼女の手がなぜか強すぎて俺では太刀打ちできなかった。仕方なく向かい側の部屋に入ると、沢山の楽器が置かれている部屋だった。ピアノやチェロなどもあるが触ると埃を被ってしまいそうだ。
「ここにも何もないか・・・ねぇ白竜くん。こっちにおいで」
「あぁ・・・」
シオンが手招きをしてくる。ここは素直に言うことを聞くべきだろうか。罠であれば警戒すべきであるが。
「ねぇ・・・白竜くん」
「どうした?」
「さっき、ごめんね。私のせいで」
「さっき・・・?あぁ」
俺はシオンに促されるままに部屋に踏み入れる。彼女が俺に謝罪をするように話しかけてきた。さっきというのは例の化け物の件か。確かにシオンがあのドアを開けなければ俺があの化け物と対峙することは無かったかもしれない。しかし結果的に俺達は二人でここに生きて存在しているのだ。
「シオンが気にすることはない」
「ふふっ・・・優しいね」
何を言っているんだ。いつもはもっと俺のことを甘やかしてくれるじゃないか。何かおかしい。
「ねぇ白竜くん。私、きみがいればここでも暮らせる気がする」
待て。その発言、変だ。だって俺達は屋敷から出るためにここまで歩いてきたんだろう。それなのにここから出たくないなんておかしな話だ。
「なぁシオン。本当にそれでいいのか?」
「なんで?私はきみと一緒にいられればそれで・・・」
シオンが俺に抱きついてくる。違う。俺の知ってるシオンじゃない。いつものコイツはもっと優しい。
「シオン・・・いや違うな。貴様は誰だ?」
俺がそう口に出すと彼女の顔つきが変わる。笑ったかと思ったら怒ったような表情になり、最後に無表情へと戻った。その表情のまま俺を冷たい眼で見てくる。
「はー・・・もうバレちゃった。意外に勘が良いのね。そうよ。ワタクシはあなたの大好きなシオンではないの」
シオンではない誰かがそう言った。俺が感じた違和感は正しかったらしい。もしやあの手紙を拾った時に精神を支配されてしまったのか。一体誰なんだコイツは。
「何者だ」
「教えてあげてもいいけどぉ、アナタ達どうせワタクシ達に喰われて死ぬわよ」
「シオンを返せ!」
「まぁいいわ。冥土の土産に教えてあげる。ワタクシの名はセシリア。あのお方と共に生きた人間よ。ここで暮らしてる内に人間じゃなくなったけどね」
セシリアと名乗った彼女がペラペラ喋る。その様子を聞いてゾワッと背筋が凍った。彼女の瞳が赤く光っているように見え、確信する。目の前にいるのは紛れもなくセシリアという人物なのだと。シオンは完全に乗っ取られたというわけだ。なんとか彼女を取り戻さなくてはならない。
「何故こんなことを・・・!?」
「全てはあのお方の思し召し。アナタたち人間を喰らうことでワタクシは救われる・・・!」
「俺達を喰うつもりか・・・!」
「そうねぇ・・・でも安心して。食べるなんて言わなくてもここで死ぬ運命だから」
「クソッ!」
やはり俺達の目的を知っている。俺たちをここに閉じ込めて、食糧としてアイツやこの女が喰らうつもりだ。そんなことはさせない。シオンを必ず助け出してやる!
「格の違いを思い知るがいい!!」
「威勢の良い坊やだこと。ふふふっ」
彼女がこちらに向けて手を翳すと音楽室の楽器が一斉に鳴り響いた。瞬間、視界がぐらりと歪んだ。体の自由が利かない。立ち眩みがして床に倒れ込んでしまう。シオン・・・いや、セシリアはニヤリと笑みを浮かべている。そのまま俺の方へ近づいてきた。
「無様ねぇ・・・。あのお方の力にひれ伏しなさい」
「ぐっ・・・」
身体が思うように動かない。セシリアが俺の髪を鷲掴みにした。そして強引に持ち上げられて、無理矢理視線を合わせられる。
「さぁ白竜くん・・・死への旅路の始まりよ・・・」
彼女が両手を挙げると、周りにあった全ての楽器が一斉に宙を舞い始める。俺はそれを受け止めることができずに吹っ飛ばされてしまう。
「うがっ!」
壁に激突し、肺の中の空気を全て吐き出すような痛みが襲う。意識が朦朧としている中で辛うじて立ち上がろうとするも力が入らない。
「往生際の悪い男ねぇ・・・楽にしてあげようとしたのに」
セシリアがそう言いながらこちらに向かってくる。ダメだ・・・シオンが消えてしまう!そう考えたら不思議と力が沸いてきた。立ち上がって彼女に殴りかかろうと拳を振り上げる。
「あら?まだやれるみたいね」
しかしその一撃は簡単に避けられてしまいカウンターを受けてしまう。
「うぐッ!」
「無駄よ無駄!アナタ如きが、素晴らしい力を授かったワタクシに敵うわけないでしょう」
セシリアが腹を蹴り上げてくる。身体がくの字に折れて床に転がった。咳き込みながらもなんとか起き上がる。シオンの肉体は大切だ。だから彼女を傷付けたくはないが・・・このままでは俺自身の命も危険だ。ならばシオンを眠らせて自我を取り戻させるしかない!
「くっ・・・」
俺が再び立ち上がるとセシリアは面白くなさそうな表情になった。それから俺に向かって手招きをしてくる。挑発だ。ここは乗るしかない。セシリアの懐に飛び込む。
「ふんっ」
セシリアは余裕綽々といった態度で攻撃をかわし続ける。苛立ちが募るばかりで一向に当たる気配がない。
「くそぉッ!!」
俺が渾身の一撃を放とうとした時だった。突然、彼女が笑い出した。
「ふふっ・・・うふふ・・・」
「何がおかしい!」
笑うポイントなどあったか?そう思った瞬間、頭の中でバチンと電流が走るような痛みがあった。それと同時に俺の身体が金縛りにあったかのように動かなくなる。
「うぐぅ!?」
なんだ・・・急に動けなくなってしまった・・・これがセシリアの能力なのか・・・?
「あはは・・・!あの方に喜んで頂けるわ・・・!これで終わりね」
セシリアが俺にトドメを刺そうとする。あぁ、終わりか。すまないシオン。せめてお前だけは助けてあげたかった・・・死を覚悟した、その時。
「うぅ・・・!?」
「・・・?」
一向に痛みが襲ってこない。閉じていた目をうっすら開けると、セシリアの左腕が、振り上げた右腕を掴んでいるではないか。
『そうは・・・させない!』
「この小娘っ、どうやって!」
『白竜くんから離れなさい!そして私の身体も返せ!』
「生意気ね・・・!」
彼女が抵抗するとセシリアの手から黒い靄が出ていることに気が付く。それは徐々に大きくなっていき彼女の全身を覆っていく。セシリアは苦悶の表情を浮かべながら悶絶している。
「うぅ・・・この身体はワタクシのものよ!!」
『いい加減にして!私と白竜くんはここから出るんだ!』
「無駄な足掻きを・・・アナタたちはワタクシの・・・!!」
『私達は諦めない!!』
彼女がそう叫ぶと辺り一面に暴風が巻き起こり俺を含めた全ての物体が吹き飛ばされる。
「ぐわっ!?」
「ぎゃああああっ!!」
俺は空中で何回転かして地面に叩きつけられる。受け身を取ろうとしたが上手くいかず頭を打ってしまう。視界がチカチカと点滅していて立ち上がることができない。そのまま気を失いそうになるが必死に耐える。
「ぐっ・・・シオン!」
シオンが心配になって名前を呼んでみる。返事はない。彼女はそのまま倒れ込んで動かない。どうやら気絶してしまったようだ。
「くそ・・・」
セシリアが操っていた楽器のいくつかが砕けていた。そのおかげなのか室内は静まり返っている。そして俺はやっとの思いで立ち上がりシオンの傍に駆け寄る。
「シオン・・・」
彼女の頬に触れる。温もりがあることから生きていることは分かるが・・・。
「う・・・ん・・・」
「シオン?気がついたか?」
「あいつ、やっつけたよ・・・白竜くん、無事?」
彼女が目を覚まして起き上がる。良かった・・・どうやら洗脳は解けたらしい。この隙にここから逃げ出すべきだ。
「とにかくここを出るぞ」
俺の言葉に彼女は頷く。一刻も早くここを出て外の世界に戻らなくてはならない。廊下の突き当たりの扉がのドアノブを動かしてみるものの、開かない。
「拾った鍵で開けられない?」
「やってみる」
そして2番の鍵を使って鍵穴に差し込んだ。
「開いた!」
ガチャリという音と共に鍵が開く。俺はゆっくりと扉を開けて外の様子を確認する。2階へ続く階段と別のドアが現れた。誰もいないことを確認するとシオンの手を引いて廊下に出た。
「白竜くん怪我は平気?」
「平気だと言っている。それよりも早く帰ろう。ここに長居するのはまずい」
「うん。私もあんまり思い出したくない・・・」
さっきまでの出来事を思い出すだけで背筋が凍る。早くここから抜け出したい気持ちでいっぱいだ。2階に上がる前に近くにあった部屋に入ってみることにする。サンドバッグにランニングマシンにバーベル・・・
「いろいろありそうな部屋だね。なにか探してみる?」
「あぁ。シオンは何か見付かると思うか?」
「うーん・・・」
「とりあえず壁際のキャビネットから調べてみよう」
「うん」
引き出しを開けると日記を見つけた。内容はこうだ。
『10月×日。彼が私を永遠のものにしようとしている。嬉しいけれどとても怖い』
『10月△日。彼がまた儀式を行った。今度は成功するといいな』
『10月□日。彼が失敗したらしい。でも私は彼と一緒になれるならそれでもいいわ』
『10月○日。今日も彼との愛の日々が始まった。とっても幸せ』
『10月✕日。彼が帰ってこない。寂しいわ。でも大丈夫。きっとすぐ帰ってくるよね?』
『11月◯日。彼が帰ってこない。どうして?どうして?』
『11月△日。彼の帰りを待ち続けて何年が経つのだろう。毎日毎晩泣いているの。涙が止まらないの』
『11月□日。今日は一段と寒くて暗い。寂しくて仕方ない。早く迎えに来て欲しい。お願いだから帰ってきてください。もう耐えられない。お願いします。あぁ愛する人はいつ帰ってくるの?』
『12月●日。ついに彼が帰ってきた!とても嬉しい。これからはずっと一緒よ』
そこまで読んで思わず寒気がした。何だこれは・・・。シオンはこの日記を読んで震えていた。
「この女性が何を思っているのか分からないが・・・とにかくこの屋敷には何かがいる」
「この女性とその愛している男性?の怨念みたいなのが・・・」
「かもな。とにかく先を急ごう。時間が勿体無い」
彼女に日記帳を元の位置に置くよう言って俺達は急いでトレーニングルームを出る。そして2階へ繋がる階段へ。シオンと手を繋いで慎重に登る。踊り場に到着すると上から黒い影のようなものが落ちてきた。
「うわっ!?」
「きゃ?!」
咄嵯の判断でシオンの身体を庇いながら後ろに跳んだ。ドシンッと大きな音がした。恐る恐る見上げるとさっきの化け物とは別の化け物が俺達の前に立っていた。コイツ・・・今までの連中より大きい・・・!!
「キェエエエエッ!!」
「わあああああっ!」
奇怪な叫び声をあげて襲いかかってくる。俺は反射的にシオンを抱えて横に飛ぶ。先ほどまでいた場所に鋭利な爪が突き立てられる。間一髪だった・・・!このままでは二人とも殺されてしまう!
「お、おおきい・・・!」
「あの巨体で何故気配を消せたのか、謎だな・・・」
「でも動きは鈍い感じ」
「たしかに・・・!」
良いことを思いついた。というか、何故今まで思いつかなかったんだろう。俺達はサッカー部だ。こういうときの為の必殺技だろう!腕の中のシオンを抱え直す。
「一気に突破する。しっかり捕まっていろよ」
「う、うん・・・でもどうやって?」
「技というのは、こうするんだ!」
そのまま一直線にダッシュする。そして右へ左へ、神の速度で相手を抜き去るドリブル技・・・
「スプリントワープ!」
「ギャオッ!?」
突如目の前に現れた俺達に対応できず、化け物はバランスを崩して転倒する。その隙を狙って更に加速する。そしてシオンを抱えたままジャンプする。
「えっ!?白竜くん何する気!?」
落下の途中で方向を変える。黒い獣の化け物の頭に踵落としを決める。
「ウオオオオオッ!」
「ギャッ!?」
グシャァッと嫌な音がして血飛沫が上がる。頭蓋骨を粉砕する感触がある。死んだな。シオンを抱えなおして着地する。
「ふぅ・・・」
化け物はピクピク痙攣していたがやがて動かなくなった。念の為心臓部分を蹴り潰す。そして抱えていたシオンを下ろした。
「あ・・・ありがとう」
「礼はいらない」
そう言いながら彼女の手を握る。シオンは顔を真っ赤にして俯いていた。可愛いな。
「ほら行くぞ」
「うん!」
後編に続く
「・・・?」
シオンの俺を呼ぶ声が聞こえる。目を開けると、心配そうに俺の顔をのぞき込んでいた彼女が安心したかのように顔を綻ばせた。今は何時だろうか。だが今はコイツにキスがしたい。俺は上体を起こすとシオンの顔に手を添えて唇と唇をくっつけた。
「おはよう」
「おはよう・・・それより、ここはどこ?」
「え?」
見渡すと俺達2人は知らない家のエントランスにいた。正面には大きな扉と階段がある。後ろにも同じような扉がある。試しにそこのドアノブを引っ張ってみたが、びくともしない。
「ここが玄関か?」
「そうかも」
「・・・開かない」
「閉じ込められた?」
「かもな」
「そんな・・・」
窓の外は激しい雷雨。その音のせいでシオンの顔がまた曇ってしまった。安心させるべく彼女を抱きしめる。ついでに頭も撫でてやる。
「大丈夫だ、俺から離れるなよ」
「わかった・・・」
額にキスを落とすと、今一度エントランスをぐるりと見て回ることにした。幸いにも明かりは付いている。そこで、階段下の大きなドアにも手をかけてドアノブを引っ張るも、これもダメそうだ。
「あかない・・・か」
「白竜くん、上に行ってみない?」
「そうだな」
シオンに手を差し出すと、その手がギュッと握られる。俺は彼女の手を握り返して階段を上がった。すると、階段の先にも扉があるのが確認できた。
「白竜くん」
「あぁ・・・開けるぞ」
その扉を開けると、広い居間だった。正面の壁には不気味な絵画が飾られている。他には食器棚やテーブル、燭台といった家具が置いてある。この部屋にも明かりは付いている。
「なにか手がかりになるものを探してみよう。シオンは食器棚を調べてくれ」
「分かった!」
「でも危ない物は触るんじゃないぞ」
「了解!」
正面の横に長いキャビネットの方へ向かい引き出しを開けてみるも、中身はよく分からない言語の本が並んでいるだけだった。それから近くにあるソファの下を探しても、何も見当たらない。
「そっちはどうだ?」
「何もないな・・・ん?」
「どうした?」
「何か落ちてる」
食器棚の下に何か小さなものが落ちていた。手を伸ばしてみるとそれは真鍮の鍵で、「1」という文字が掘られている。
「この家の中の鍵かな?」
「恐らくな」
鍵を手に入れた俺達は、再度部屋を見回す。そしてあの絵画を見てシオンの瞳孔が開いた。無理もない。あれだけ生々しい人間の絵画なのだから。
「不気味だな・・・」
「この絵、さっきからじっと見てると目が動いてるように見えるの」
「なんだそれ・・・」
「でも気のせいかも」
「気にするな」
「うん」
俺は彼女の肩をポンポン叩く。ちらりと横を見遣ると奥の方に扉があったのでシオンの手をしっかり握ってドアを開ける。そこには3つの壺以外、何もない部屋だった。
「壺だね」
「壺だな」
「・・・調べてみる?」
「あぁ」
まず右の壺の中身を確認していく。壺が乗っている小さな引き出しも忘れずに。しかし何も入っていなかった。真ん中も同じ。最後に残っていた左の壺。中に手を入れてみると、手紙を見つけた。
「読んでみるぞ」
「うん」
『この屋敷に辿り着いてしまった哀れな人へ ここからは永久に出られない。彼奴らの食糧として一生を終える定めだから。可哀想に・・・』
「食糧・・・!?」
「どういう意味だ?!」
「や、やだ・・・!」
シオンが俺を傍を離れて居間に繋がるドアに駆け寄った。離れるなと言ったのに。
「シオン!」
「!?開かない!」
「なに?!」
さっき開けてきたドアが開かなくなっていた。シオンが、ガチャガチャとドアノブを捻って押したり引いたりしても効果は無い。
「あ・・・閉じこめられた?」
「落ち着け!戻ってこい」
シオンを呼び戻す。言われた通りに戻ってきた彼女をきつく抱きしめる。
「ここにいたら、私達食べられちゃうの・・・!?」
「俺が守る・・・さぁ、深呼吸」
実のところ俺も落ち着いては居られないが、冷静にならないと守れるものも守れない。彼女をと一緒に深呼吸を行う。少し楽になった気がした。それもつかの間。
「!?」
「え・・・?」
俺達の後ろで開かなかったはずの扉がひとりでにゆっくり開いた。声も出せずに凝視していると、何かを引きずる音とブツブツと何かを言っている声がこっちに迫ってきた。咄嗟に彼女の手を引いて、部屋の左側にある扉を開けてそこに逃げ込む。逃げ込んだ部屋はクローゼットのようだ。衣裳タンスが三つ並んでいる。
「ここに隠れる!少し苦しいが我慢しろ!」
シオンと一緒に出口に近い右側のクローゼットに身体を押し込めて息を潜めた。ギィという重たいものを引き摺る音が聞こえる。その姿は見えないが、確実に部屋に侵入してきたことは分かる。するとソレは部屋中の探すようにうろつく。それからガタガタと俺達がいるクローゼットの方に向かってくる。シオンは耳を塞いで泣きだしていた。彼女の口元を手で抑えながら俺は心の中で数を数えていく。50を過ぎた頃にやっと動き回る音が止んだ。その代わりに廊下の奥へと遠ざかる足音が聞こえた。
「シオン、行ったみたいだ。もう出ていい」
「うぅ・・・っ」
「大丈夫だから」
「うんっ・・・」
クローゼットから抜け出して抱きしめ合う。彼女を宥めながらも思考を巡らせた。今の今までドアを開けられずにいたのに何故だ。もしかするとアレは俺達を誘導するために現れたのかもしれない。細心の注意を払いながら元来た道を引き返す。そして最初のエントランスまで戻ってこれた。あの異様な空気感は拭えないが。
「やっぱり階段下の扉が怪しいと思うんだ」
「あぁ、きっとそうだな。行ってみよう」
「うん・・・」
先程手に入れた鍵を使って開けようとしたらやはり鍵は合致した。ドアをくぐるとそこは廊下。いくつもの扉が並んでいて、どこから調べていけばいいのか分からない。手がかりがありそうな部屋はどれだろう。
「こんなに広い廊下はゴッドエデン以来だ」
「・・・あの島よりこの屋敷の方が何倍もマシ」
「そうだったな、すまん」
「迷ったら一番近い部屋に入ってみよう」
シオンの提案で一番近いドアを探し、入ってみることにした。長いテーブルの上に骨が何本か乗っている。おそらくここは食堂といったところか。
「テーブルの下を調べてみよう」
「分かった」
彼女の意見に従って俺は机の下に潜り込む。特に変わったものはなく・・・ん?
「うわぁぁ!」
「白竜くん?!」
「お、おい、これって・・・」
「え・・・」
テーブルの下にあったのは、人間の頭蓋骨だった。ということは、
「じゃあ、この骨は・・・!」
「喰われた、人間か・・・」
「そんな・・・!」
シオンが青褪めて怯えている。怖がらせてすまない。俺がしっかりしなければ。
「まだ手がかりになりそうな物がないか調べてみよう」
「うん・・・」
俺の手を握りながら震えるシオン。早くこの場から去りたいだろう。しかし手がかりを得なければならない。ここに長居するよりもマシだ。するとシオンが壁際のキャビネットを見付けた。
「引き出し、開けてみていい?」
「あぁ」
引き出しを開けると、そこには銀色の鍵と手紙が入っていた。鍵には2と掘られている。手紙を取り出してみる。内容は知らない言語で書かれているため読めなかった。鍵をポケットに仕舞う。次に目の前の食器棚。これに何か役立つ物が入っていないか調べてみる。中には皿ばかりで武器になりそうなものは入っていない。
「次に行こう」
「うん」
食堂から出るとまた長い廊下へと続く。次に進むべき方向はどちらなのか。そう思った時にまたシオンが口を開いた。さっきまで怯えていたはずなのに。
「ねぇ、こっちから行こうよ」
「あぁ・・・」
彼女は俺の手を強く握りながら小走りに廊下を駆けて行く。俺が言うのもなんだが彼女はこんなに怖いもの知らずだっただろうか。それとも緊迫した状況が続いて彼女の情緒を不安定にしてしまったのだろうか。とにかく手がかりを集めて脱出することが急務だ。
「ね、白竜くん。あの部屋は?」
「開けてみるか」
「うん!」
シオンが嬉しそうに答える。まるで遊園地に遊びに来ているみたいに。先ほどの読めない手紙といい、妙に落ち着きすぎている。それに何処と無く歩き方に違和感を感じる。これは俺の杞憂であって欲しいところだ。とにかく部屋に入り情報を集めないと。そう思っているうちにまたドアが勝手に開いてしまった。いや、違う。誰かが開けたんだ。
「!?シオン!離れろ!」
「えっ?」
中から異形の化け物が飛び出してきた。それがシオンの腕を掴んで部屋の中に引き摺り込もうとしている。咄嗟に俺は彼女を庇うように前に躍り出た。
「ぐッ・・・!」
「白竜くん!」
鋭利な爪のような牙が俺の腕に噛みついた。血が出たとしても構わない。シオンが助かるのであればそれで良い。
「くそ・・・!シオン、逃げろ!」
「やだ!きみを置いていけない!!」
化け物を振りほどこうとするが上手くいかない。俺は食堂から持ち出したナイフを持って、化け物の脳天を目掛けて思い切り突き刺す。グサリと音がして化け物が悲鳴を上げた。
「グギャァァァッ!」
ソイツの口から俺の腕が離れた。そのままシオンと一緒に走って逃げる。
「シオン!大丈夫か!?」
「ごめんなさい!私がちゃんとしてたら・・・」
「気にするな!今は逃げることが優先だ」
「うん・・・」
「あの部屋に行くぞ!」
食堂の向かい側のドアをくぐると、豪奢なシャンデリアが2つぶら下がっている部屋だ。ダンスホールか。俺が刺したナイフが効いたのか、ソイツは追ってこなかった。ひとまずは安心していいだろう。
「さっきの奴が・・・」
「白竜くん・・・傷は平気?」
「大丈夫だ。噛まれただけだから」
本当は痛いが我慢できるレベルだ。傷も浅い。問題ない。シオンは心配しながらも少し微笑んでいる。それだけでもホッとした。
「この部屋を調べたら、すぐに移動しよう」
「うん」
しかし、ただ広いだけのダンスホールには何かを隠せる引き出しや収納はなかった。代わりに奥のドアを開けてみる。物置だ。椅子やら木箱やらが積まれている。
「あのボタン・・・気になるな」
「押しちゃまずいんじゃない?」
「そこにあれば押したくなる・・・」
鏡に映るスイッチのボタン。まるで押してくれという風にそこに取り付けられている。押すか、押さないか。ここから出るための手段が増えるかもしれない。シオンはどう思うかと尋ねると彼女も同じ考えらしい。俺がボタンを押すことにした。
「・・・」
しかし、何も起きない。これ以上の手がかりはないので仕方なくこの部屋をあとにする。
「白竜くん。また次の部屋に行こう」
「そうだな」
「今度はあっち」
俺の手を引っ張ってどこかの部屋に向かって走っていくシオン。俺はそれをただ黙って後をついていった。角を曲がった左側の部屋に入ると、風呂場だった。湯船に水は溜まっていない。それどころか埃まみれだ。人が住んでいる気配がない。
「何かないかなぁ〜」
シオンは風呂場を見回している。シャワーは1つしかない。それにお湯は通っていないようで蛇口をひねっても水も出てこない。浴槽の下には何か入っていて探ってみると金色の鍵が出てきた。
「白竜くん!これ!」
「また鍵か・・・今度は3番か」
「どこかのドアが開くかもしれない!」
シオンが珍しくはしゃいでいる。彼女の言うことも一理あるがここに来てからあまりにも落ち着きすぎじゃないか。まさかアイツに会ってからおかしくなったのか?いや、だとすれば先程の食堂でのやり取りも不自然ではない。
「何もないか・・・ねぇ、次は向かい側の部屋に行ってみよう?」
「分かった」
俺の手を握る力が強い。彼女がこんなにも俺の手を引っ張っていくなんて初めてだ。俺も少し抵抗してみるが彼女の手がなぜか強すぎて俺では太刀打ちできなかった。仕方なく向かい側の部屋に入ると、沢山の楽器が置かれている部屋だった。ピアノやチェロなどもあるが触ると埃を被ってしまいそうだ。
「ここにも何もないか・・・ねぇ白竜くん。こっちにおいで」
「あぁ・・・」
シオンが手招きをしてくる。ここは素直に言うことを聞くべきだろうか。罠であれば警戒すべきであるが。
「ねぇ・・・白竜くん」
「どうした?」
「さっき、ごめんね。私のせいで」
「さっき・・・?あぁ」
俺はシオンに促されるままに部屋に踏み入れる。彼女が俺に謝罪をするように話しかけてきた。さっきというのは例の化け物の件か。確かにシオンがあのドアを開けなければ俺があの化け物と対峙することは無かったかもしれない。しかし結果的に俺達は二人でここに生きて存在しているのだ。
「シオンが気にすることはない」
「ふふっ・・・優しいね」
何を言っているんだ。いつもはもっと俺のことを甘やかしてくれるじゃないか。何かおかしい。
「ねぇ白竜くん。私、きみがいればここでも暮らせる気がする」
待て。その発言、変だ。だって俺達は屋敷から出るためにここまで歩いてきたんだろう。それなのにここから出たくないなんておかしな話だ。
「なぁシオン。本当にそれでいいのか?」
「なんで?私はきみと一緒にいられればそれで・・・」
シオンが俺に抱きついてくる。違う。俺の知ってるシオンじゃない。いつものコイツはもっと優しい。
「シオン・・・いや違うな。貴様は誰だ?」
俺がそう口に出すと彼女の顔つきが変わる。笑ったかと思ったら怒ったような表情になり、最後に無表情へと戻った。その表情のまま俺を冷たい眼で見てくる。
「はー・・・もうバレちゃった。意外に勘が良いのね。そうよ。ワタクシはあなたの大好きなシオンではないの」
シオンではない誰かがそう言った。俺が感じた違和感は正しかったらしい。もしやあの手紙を拾った時に精神を支配されてしまったのか。一体誰なんだコイツは。
「何者だ」
「教えてあげてもいいけどぉ、アナタ達どうせワタクシ達に喰われて死ぬわよ」
「シオンを返せ!」
「まぁいいわ。冥土の土産に教えてあげる。ワタクシの名はセシリア。あのお方と共に生きた人間よ。ここで暮らしてる内に人間じゃなくなったけどね」
セシリアと名乗った彼女がペラペラ喋る。その様子を聞いてゾワッと背筋が凍った。彼女の瞳が赤く光っているように見え、確信する。目の前にいるのは紛れもなくセシリアという人物なのだと。シオンは完全に乗っ取られたというわけだ。なんとか彼女を取り戻さなくてはならない。
「何故こんなことを・・・!?」
「全てはあのお方の思し召し。アナタたち人間を喰らうことでワタクシは救われる・・・!」
「俺達を喰うつもりか・・・!」
「そうねぇ・・・でも安心して。食べるなんて言わなくてもここで死ぬ運命だから」
「クソッ!」
やはり俺達の目的を知っている。俺たちをここに閉じ込めて、食糧としてアイツやこの女が喰らうつもりだ。そんなことはさせない。シオンを必ず助け出してやる!
「格の違いを思い知るがいい!!」
「威勢の良い坊やだこと。ふふふっ」
彼女がこちらに向けて手を翳すと音楽室の楽器が一斉に鳴り響いた。瞬間、視界がぐらりと歪んだ。体の自由が利かない。立ち眩みがして床に倒れ込んでしまう。シオン・・・いや、セシリアはニヤリと笑みを浮かべている。そのまま俺の方へ近づいてきた。
「無様ねぇ・・・。あのお方の力にひれ伏しなさい」
「ぐっ・・・」
身体が思うように動かない。セシリアが俺の髪を鷲掴みにした。そして強引に持ち上げられて、無理矢理視線を合わせられる。
「さぁ白竜くん・・・死への旅路の始まりよ・・・」
彼女が両手を挙げると、周りにあった全ての楽器が一斉に宙を舞い始める。俺はそれを受け止めることができずに吹っ飛ばされてしまう。
「うがっ!」
壁に激突し、肺の中の空気を全て吐き出すような痛みが襲う。意識が朦朧としている中で辛うじて立ち上がろうとするも力が入らない。
「往生際の悪い男ねぇ・・・楽にしてあげようとしたのに」
セシリアがそう言いながらこちらに向かってくる。ダメだ・・・シオンが消えてしまう!そう考えたら不思議と力が沸いてきた。立ち上がって彼女に殴りかかろうと拳を振り上げる。
「あら?まだやれるみたいね」
しかしその一撃は簡単に避けられてしまいカウンターを受けてしまう。
「うぐッ!」
「無駄よ無駄!アナタ如きが、素晴らしい力を授かったワタクシに敵うわけないでしょう」
セシリアが腹を蹴り上げてくる。身体がくの字に折れて床に転がった。咳き込みながらもなんとか起き上がる。シオンの肉体は大切だ。だから彼女を傷付けたくはないが・・・このままでは俺自身の命も危険だ。ならばシオンを眠らせて自我を取り戻させるしかない!
「くっ・・・」
俺が再び立ち上がるとセシリアは面白くなさそうな表情になった。それから俺に向かって手招きをしてくる。挑発だ。ここは乗るしかない。セシリアの懐に飛び込む。
「ふんっ」
セシリアは余裕綽々といった態度で攻撃をかわし続ける。苛立ちが募るばかりで一向に当たる気配がない。
「くそぉッ!!」
俺が渾身の一撃を放とうとした時だった。突然、彼女が笑い出した。
「ふふっ・・・うふふ・・・」
「何がおかしい!」
笑うポイントなどあったか?そう思った瞬間、頭の中でバチンと電流が走るような痛みがあった。それと同時に俺の身体が金縛りにあったかのように動かなくなる。
「うぐぅ!?」
なんだ・・・急に動けなくなってしまった・・・これがセシリアの能力なのか・・・?
「あはは・・・!あの方に喜んで頂けるわ・・・!これで終わりね」
セシリアが俺にトドメを刺そうとする。あぁ、終わりか。すまないシオン。せめてお前だけは助けてあげたかった・・・死を覚悟した、その時。
「うぅ・・・!?」
「・・・?」
一向に痛みが襲ってこない。閉じていた目をうっすら開けると、セシリアの左腕が、振り上げた右腕を掴んでいるではないか。
『そうは・・・させない!』
「この小娘っ、どうやって!」
『白竜くんから離れなさい!そして私の身体も返せ!』
「生意気ね・・・!」
彼女が抵抗するとセシリアの手から黒い靄が出ていることに気が付く。それは徐々に大きくなっていき彼女の全身を覆っていく。セシリアは苦悶の表情を浮かべながら悶絶している。
「うぅ・・・この身体はワタクシのものよ!!」
『いい加減にして!私と白竜くんはここから出るんだ!』
「無駄な足掻きを・・・アナタたちはワタクシの・・・!!」
『私達は諦めない!!』
彼女がそう叫ぶと辺り一面に暴風が巻き起こり俺を含めた全ての物体が吹き飛ばされる。
「ぐわっ!?」
「ぎゃああああっ!!」
俺は空中で何回転かして地面に叩きつけられる。受け身を取ろうとしたが上手くいかず頭を打ってしまう。視界がチカチカと点滅していて立ち上がることができない。そのまま気を失いそうになるが必死に耐える。
「ぐっ・・・シオン!」
シオンが心配になって名前を呼んでみる。返事はない。彼女はそのまま倒れ込んで動かない。どうやら気絶してしまったようだ。
「くそ・・・」
セシリアが操っていた楽器のいくつかが砕けていた。そのおかげなのか室内は静まり返っている。そして俺はやっとの思いで立ち上がりシオンの傍に駆け寄る。
「シオン・・・」
彼女の頬に触れる。温もりがあることから生きていることは分かるが・・・。
「う・・・ん・・・」
「シオン?気がついたか?」
「あいつ、やっつけたよ・・・白竜くん、無事?」
彼女が目を覚まして起き上がる。良かった・・・どうやら洗脳は解けたらしい。この隙にここから逃げ出すべきだ。
「とにかくここを出るぞ」
俺の言葉に彼女は頷く。一刻も早くここを出て外の世界に戻らなくてはならない。廊下の突き当たりの扉がのドアノブを動かしてみるものの、開かない。
「拾った鍵で開けられない?」
「やってみる」
そして2番の鍵を使って鍵穴に差し込んだ。
「開いた!」
ガチャリという音と共に鍵が開く。俺はゆっくりと扉を開けて外の様子を確認する。2階へ続く階段と別のドアが現れた。誰もいないことを確認するとシオンの手を引いて廊下に出た。
「白竜くん怪我は平気?」
「平気だと言っている。それよりも早く帰ろう。ここに長居するのはまずい」
「うん。私もあんまり思い出したくない・・・」
さっきまでの出来事を思い出すだけで背筋が凍る。早くここから抜け出したい気持ちでいっぱいだ。2階に上がる前に近くにあった部屋に入ってみることにする。サンドバッグにランニングマシンにバーベル・・・
「いろいろありそうな部屋だね。なにか探してみる?」
「あぁ。シオンは何か見付かると思うか?」
「うーん・・・」
「とりあえず壁際のキャビネットから調べてみよう」
「うん」
引き出しを開けると日記を見つけた。内容はこうだ。
『10月×日。彼が私を永遠のものにしようとしている。嬉しいけれどとても怖い』
『10月△日。彼がまた儀式を行った。今度は成功するといいな』
『10月□日。彼が失敗したらしい。でも私は彼と一緒になれるならそれでもいいわ』
『10月○日。今日も彼との愛の日々が始まった。とっても幸せ』
『10月✕日。彼が帰ってこない。寂しいわ。でも大丈夫。きっとすぐ帰ってくるよね?』
『11月◯日。彼が帰ってこない。どうして?どうして?』
『11月△日。彼の帰りを待ち続けて何年が経つのだろう。毎日毎晩泣いているの。涙が止まらないの』
『11月□日。今日は一段と寒くて暗い。寂しくて仕方ない。早く迎えに来て欲しい。お願いだから帰ってきてください。もう耐えられない。お願いします。あぁ愛する人はいつ帰ってくるの?』
『12月●日。ついに彼が帰ってきた!とても嬉しい。これからはずっと一緒よ』
そこまで読んで思わず寒気がした。何だこれは・・・。シオンはこの日記を読んで震えていた。
「この女性が何を思っているのか分からないが・・・とにかくこの屋敷には何かがいる」
「この女性とその愛している男性?の怨念みたいなのが・・・」
「かもな。とにかく先を急ごう。時間が勿体無い」
彼女に日記帳を元の位置に置くよう言って俺達は急いでトレーニングルームを出る。そして2階へ繋がる階段へ。シオンと手を繋いで慎重に登る。踊り場に到着すると上から黒い影のようなものが落ちてきた。
「うわっ!?」
「きゃ?!」
咄嵯の判断でシオンの身体を庇いながら後ろに跳んだ。ドシンッと大きな音がした。恐る恐る見上げるとさっきの化け物とは別の化け物が俺達の前に立っていた。コイツ・・・今までの連中より大きい・・・!!
「キェエエエエッ!!」
「わあああああっ!」
奇怪な叫び声をあげて襲いかかってくる。俺は反射的にシオンを抱えて横に飛ぶ。先ほどまでいた場所に鋭利な爪が突き立てられる。間一髪だった・・・!このままでは二人とも殺されてしまう!
「お、おおきい・・・!」
「あの巨体で何故気配を消せたのか、謎だな・・・」
「でも動きは鈍い感じ」
「たしかに・・・!」
良いことを思いついた。というか、何故今まで思いつかなかったんだろう。俺達はサッカー部だ。こういうときの為の必殺技だろう!腕の中のシオンを抱え直す。
「一気に突破する。しっかり捕まっていろよ」
「う、うん・・・でもどうやって?」
「技というのは、こうするんだ!」
そのまま一直線にダッシュする。そして右へ左へ、神の速度で相手を抜き去るドリブル技・・・
「スプリントワープ!」
「ギャオッ!?」
突如目の前に現れた俺達に対応できず、化け物はバランスを崩して転倒する。その隙を狙って更に加速する。そしてシオンを抱えたままジャンプする。
「えっ!?白竜くん何する気!?」
落下の途中で方向を変える。黒い獣の化け物の頭に踵落としを決める。
「ウオオオオオッ!」
「ギャッ!?」
グシャァッと嫌な音がして血飛沫が上がる。頭蓋骨を粉砕する感触がある。死んだな。シオンを抱えなおして着地する。
「ふぅ・・・」
化け物はピクピク痙攣していたがやがて動かなくなった。念の為心臓部分を蹴り潰す。そして抱えていたシオンを下ろした。
「あ・・・ありがとう」
「礼はいらない」
そう言いながら彼女の手を握る。シオンは顔を真っ赤にして俯いていた。可愛いな。
「ほら行くぞ」
「うん!」
後編に続く