不器用な男達

春の柔らかい日差しに反射してキラキラと光る髪。女子が羨むような色白で綺麗な肌。白秋高校の入学式で一目惚れした彼の名前は、如月ヒロミ。
「オラー!やめろって言ってるんですよ!高校生にもなって、教科書隠すとか小学生なんですか!」
 私が好きになった如月君は、なぜかいじめの標的になっている。
「うるせぇな、チビ!」
「チビって言うな!」
 如月君の教科書を隠そうとしていた男子の脛を蹴り上げ、落とした教科書を素早く拾う。
「痛ってぇ…クソ!覚えてろ!」
「雑魚キャラがよく言うセリフですね」
 バタバタと逃げていく男子を見て、鼻で笑う。
「…はぁ、ろくでもない男です。きっと、如月君がカッコ良すぎてひがんでるんですね…如月君は、悪い事なんてしてないのに…」
 少し折れ目がついてしまった教科書の皺を伸ばしながら呟く。
「◇◇さん?授業始まっちゃうよ?」
「ひょわーー!?」
 背後から声をかけられ、大きな声をあげ飛び上がる。直後ドシンと音がしたと思い振り返れば、如月君が尻もちをついていた。
「き…如月君!大丈夫ですか!?大きな声を出してすみません!」
「あはは…大丈夫だよ。こっちこそ驚かせてごめんね」
 如月君はふらりと立ち上がり、埃のついたズボンを手で払う。
「こんな所でどうしたの?授業始まるけど…」
「ちょっと探し物を…というか、如月君の方こそ何をしているんですか?」
「実は教科書を失くしたみたいで…」
「そ、それならさっき偶然!偶然にも、廊下を歩いていたら如月君の教科書を見つけまして!はい!」
 取り返した教科書を差し出すと、如月君は驚いた顔をする。
「…本当だ、いつもありがとう◇◇さん」
「いえいえ!偶然、落ちていたのを見つけたんですよ!さ、教科書もありましたし、教室に戻りましょう!」
「…うん」
 如月君がニコリと笑う。この笑顔を見られるなら、私はどんな大きな相手にも立ち向かえる。こうして私は、いじめられている如月君を陰から助けているのである。
(またあの男が如月君の持ち物を漁り出したら、次は先生に言いつけてやるです!)
 いつでも証拠写真を撮れるようにカメラを持っている。ちゃんと使えるか動きを確認していると、クラスメイトが声をかけてきた。


「掃除当番変わってあげたんだ。優しいんだね◇◇さん」
「ま、まぁ…用事もなかったので…ハイ」
 教室の床を箒で掃きながら少し緊張気味に答える。
(まさか、如月君と掃除当番ができるとは!)
 クラスメイトに、今日の掃除当番を代わって欲しいとお願いされたのだ。特に用事もなく部活にも所属していないので軽い気持ちで引き受けたら、如月君と一緒だったとは思ってもいなかった。
(二人きり!ここが勝負!仲をぐっと近づけるチャンス!)
 掃除当番のペアが如月君とわかってから、頭の中で何度も会話のシミュレーションをした。
(如月君の好きな物、趣味、あわよくば連絡先!)
 ドキドキしながら、話しかけるタイミングをうかがう。教室の掃き掃除が終わり、机を元の位置へ戻すために二人で持ち上げる事になった。話しかけるなら距離の近い今がチャンスだ。
「き、如月君は今好きな人とかいるんですかっ?」
「えっ?」
(あーーーっ!!気持ちが先走りすぎて一番気になっている事を!!誤魔化さなければ!)
 しかし、パニック状態に陥ってしまい上手く言葉が出てこない。
「好きな人はいないかな。憧れてる人はいるけど」
「結果オーライです!!」
「えっ?」
「はっ!すみません…突然変な事を聞いてしまって…え、えーっと、ちなみに憧れてる人とかって教えてもらえたり…」
 始終挙動不審な私を変な目で見たりせず、優しく笑いかけてくれる如月君。
「いいよ」
 如月君の憧れている人とは一体誰なのか。私がその憧れの人に近づけたなら、彼が私の事を好きになってくれるのではないか。そんな思いを胸に、彼が答えるのを待つ。
「僕の憧れている人は…峨王君なんだ」
 そう言った如月君の顔は、今まで見た事ないくらいキラキラと輝いていた。


「うー峨王力哉、峨王力哉…いましたね。でかいから見つけやすいです」
 校門の近くにある木の影に隠れ、目当ての人物を見つける。峨王力哉、同じ高校一年生にして身長二メートル。入学早々ちょっとヤンチャな先輩達に喧嘩を売られ返り討ちにしたり、学校の器物を破損させたりと問題児として有名だ。
(如月君と峨王力哉…どう考えても真逆すぎます…だから憧れるんですね…)
 昨日の会話を思い出す。
「が…峨王って、あのデカ男の事ですか!?」
「で、デカ男…確かに峨王君は大きいよね。僕、身体が弱いでしょう?だから、強い人に憧れるんだ…あんな風になれたらいいのにって思うんだ」
「如月君は、今の如月君でも十分…」
 そこまで言って口をつぐんだ。今のままだから、彼はいじめられているんだ。
「…ありがとう。でもね、変わりたいんだ。ちょっとずつだけど、峨王君に追いつけるように努力してる」
 ぐっと握りしめた拳を見つめる如月君は、いつもの柔らかい雰囲気とは違っていた。
「…いつかは、峨王君みたいに…」
 そうつぶやく如月君を見て気づいた。彼は本当に峨王力哉の事しか見ていないのだと。そこで私は考えた。峨王に夢中な如月君に自分を見てもらうにはどうしたらいいのか。
(…目指せ!峨王力哉より逞しい自分、です!)
 峨王よりも強くなれば私の事を見てくれるのではないか。そう思った私は、今日から峨王力哉を知るため尾行をする事に決めた。
「高校生で二メートル、しかも横にもでかい…何を食べたらあんな身体になるんですか…」
 昼休み。こっそりと峨王の昼食を盗み見る。
(…ま、まさかの肉のみ!?この男、主食が肉ですと!?)
 授業中。
(寝てる!授業開始わずか数分で寝ている!!寝る子は育つとか言いますが、この男まだ育つつもりですか!?)
 そして放課後。如月君と同じアメフト部に所属している彼の後をこっそりとついて行く。
(…ん?こっちはグラウンドと逆方向…)
 向かう先は人気の少ない校舎裏。さすがに少し嫌な予感がしてきた。
(校舎裏とか、基本的に良くない事が発生するパターンです…喧嘩とか始まって巻き込まれたらたまりません…今日はここまでにして…)
「何こそこそしてんの。おチビちゃん?」
「ぎゃわぁーーー!!」
 突然後ろから声をかけられ、大きな声で叫んでしまう。慌てて振り返れば、同じクラスの円子令司が立っていた。
「驚かせるんじゃないですよ、このキザ男!あと、チビって言うな!」
「怪しい動きしてたから、声をかけただけだっちゅーの。それよりいいのか?」
「はい?」
「う・し・ろ」
 スッと自分を覆うように影がかかる。恐る恐る振り返れば峨王力哉が、自分のすぐ後ろに立っていた。
「…ひっ」
 まさしく蛇に睨まれた蛙。しかし相手は蛇どころか、それ以上の怪物だ。
「お前、今日ずっと峨王の後つけてただろ。誰かに頼まれたのか?こいつの弱点見つけてこいとか」
「そ…そんな事頼まれてないです」
「じゃあ、何で後つけてたんだ」
「そ、それは…」
 峨王と円子に挟まれ、逃げ場はない。何も答えない私に呆れたのか、円子がため息をつく。
「女子だからさ、あんまり手荒な事したくないわけよ」
「!?」
 この男、円子令司も公には言われないが問題児として恐れられている一人である。表面上は優等生っぽくしていても、問題を起こした峨王の近くには大体この男がいる。峨王に関しては、問題を起こす張本人である。
 最終的には力で解決しようとするつもりだ。どうせ痛い目を見るのなら、はっきりと言ってしまえばいい。覚悟を決め、精一杯峨王を睨みつけた。
「峨王力哉…お前を倒すためです!!」
「「……」」
 静かな校舎裏に私の大きな声が響きわたり、また静かになる。
「…ブッ!あははは!嘘だろ!?冗談やめろって!お前が峨王に勝てるわけないだろ!」
 円子がお腹を抱えて笑う。
「というか、体格的に無理がありすぎるっちゅー話。ウチの学校で一番でかい峨王と一番小さいお前。やるまでもない」
「う、うるさいんですよ!この瓶コーラ!!『あなたのそういうところが嫌いなのよ』って氷室先輩にこっぴどくフラれろ!!」
「嫌にリアルな事言ってくるなこいつ…」
「今はまだですが、これから鍛えて強くなるんですよ!」
「あーはいはい。好きにしろよ。でもな、今俺たち大事な時期なんだよ。だからさ、邪魔されると困るわけ。な、峨王?」
 先ほどまでへらへらしていたというのに、突然冷めた目を向ける円子。それに少し怯むも、負けじと峨王をまた睨み上げる。すると、峨王がニヤリと笑った。
「…面白い。やってみろ」
「へ?」
「え、ちょ…峨王?」
「勝負はいつでも構わん。お前の好きな時にかかって来い」
 峨王はそう言って、私の横を通り過ぎて行った。
「ちょっと待てって、峨王!」
 ズンズンと歩いていく峨王を慌てて追いかける円子。二人の姿が見えなくなり、へたりと地面に座り込む。
「…こ、怖かった…というか、宣戦布告みたいな事を言ってしまったんですけど…」
 峨王力哉のように逞しくなるのが目的で、別に倒したい訳ではない。むしろ、面倒事に巻き込まれそうなので関わりたくないくらいだった。
「明日からどうすれば…あ、でも何か大事な時とか言ってましたし、私なんかに構ってられないですよね!ふー大丈夫大丈夫!そのうち忘れますよ!」
 自分にそう言い聞かせて立ち上がり、早足で家へと帰った。


 次の日の昼休み。食堂で弁当を食べていると自分の目の前に山盛りの肉が置かれ、食堂の椅子が悲鳴をあげるのも気にせず峨王力哉が目の前に座った。
「…な、なんですか…」
「ん?お前、俺の事を観察してるんだろう。コソコソと後をついて来なくてもいいように、わざわざ来てやった」
「いや、だからって突然目の前に来るんじゃないですよ!お前の食事は肉のみってのはわかってるんです!野菜も食え!」
「断る」
「いつか身体壊しますよ!」
 私が注意しても聞く耳を持たず、大量の肉を平らげていく峨王。
「お前はもっと肉を食え。そんな小さな弁当じゃいつまで経っても俺には勝てんぞ」
「うるさいですよ!いきなりお前みたいに肉ばっかり食べてたら、お腹壊すに決まってんじゃないですか!何事も徐々に慣らしていくんです!」
 小さいと言われた弁当を荒々しく食べる。峨王はあの大量の肉を食べ終わったというのに席を立とうとしない。
「何見てんですか、あげないですよ」
「いらん。早く食え。移動するぞ」
「はい?」
「俺よりも強くなると言うのなら、俺ができる事をお前もできる事が前提だろう」
「…は?」
 というわけで連れてこられたは、体育館裏。
「こ…こんな所に連れてきて何するつもりですか!?」
「喚くな、見てろ」
 峨王が体育館の入り口上の出っ張りに指をかけ、懸垂を始めた。
「暇な時はいつもこうしている。お前もやってみろ」
「で…できるか!そもそも、そんな所に手が届く奴なんてなかなかいないんですよ!」
「そうか」
 懸垂をやめた峨王がズンズンとこちらに近づいてくる。思わず一歩後ずさった。
「え、ちょっと…何するつもりですか…」
 峨王は私の身体の向きを反対にして脇下に手を入れた。まさかと思った時には、身体が宙に浮いていた。
「ぎゃあーー!!どこ触ってんですか!?変態!!」
「暴れるな、落とすぞ」
 そんな事を言うが、私が暴れても大した事なさそうにしている。そのまま、さっきまで峨王が懸垂をしていた場所に連れて行かれる。
「掴まれ」
「えぇ…」
 やらなければ降ろしてもらえなさそうだったので、仕方なく出っ張りに掴まった。
「離すぞ」
「あい…」
 峨王がゆっくりと手を離し、ぶらりとぶら下がる私。
「…おい、何やってる。腕を曲げて上体を上げろ」
「できる気がしないんですけど…なんならこの状態でもキツいんですが…」
「…何だ口だけか」
「は!?見てろってんですよ!んぎぎ!!」
 運動は中の下くらい。運動部の経験はなく、習い事もしていない。そんな自分が懸垂なんてできるはずもなく、ちっとも身体は上に上がらない。
(…うぅ、手が痛い…このまま手を離しても大丈夫かな…)
 あの峨王が少し背伸びをして届く高さ、という事は二メートル以上あるはずだ。足元がよく見えないため、着地できるか不安である。
(こんな情けない姿を見られるなんて…)
 事故とはいえ宣戦布告した相手にこんな姿を見られる事が悔しい。
(も…もう限界です…!)
 ずるりと手が離れ嫌な浮遊感を感じた直後、私の身体は宙に浮いたままで止まった。
「ふん、まだここは早かったか」
 峨王はそう言うと、私を掴んだままズンズンと歩き出した。驚きのあまりしばらく猫が抱き上げられたような状態でいたが、正気を取り戻しジタバタと暴れる。
「何で抱えたままなんですか!?降ろせってんですよ!」
 どんなに暴れても叫んでも全く効いていないようだ。
「おーろーせー!!」
 私の叫びは届かず、そのまま教室まで戻りクラス全員に注目されてしまうのだった。


 それからというもの、毎日休み時間になると峨王の筋トレに付き合わされた。おかげさまで、毎日筋肉痛に泣かされている。
「うぅ…今日も身体が痛い…」
「大丈夫?◇◇さん」
「はっ!如月君!」
 伏せていた身体をすぐさま起こす。相変わらず綺麗な顔をしているなと思った。
「元気なさそうだけど…」
「いいえ、元気ですよ!最近、身体を鍛えているので筋肉痛がですね…」
「え?どうして鍛えているの?」
「えっ!えーと…私、帰宅部なので今後のために運動を…と思って…」
 如月君に好きになってもらうため、なんて口が裂けても言えない。
「そうなんだ、いいと思うよ!無理しないように頑張ってね」
「あ、ありがとうございます!」
 如月君の笑顔を見れば、筋肉痛なんて大したことはない。


 休日。私は近所の公園で、自分の身長より少し高い鉄棒の前に立っていた。
(何事も少しずつ…見てろ峨王力哉!軽々と懸垂をする私を見て驚くがいい!)
 峨王との筋トレに加え、ジョギングと公園での自主トレーニングも始めた。前と比べて少し筋肉がついたと思う。懸垂もゆっくりとだが、少し身体が持ち上がるようになった。もう、無様にぶら下がるだけなんて醜態はさらさない。十回やっては休憩を繰り返し、何回目かの休憩を取ろうとした時だった。
「鉄棒か〜わって!!」
「へ?」
 その声に振り返れば、自分より少し背の低い男の子が立っていた。どうやら、鉄棒で遊びたいようだった。
「はっ!ごめんなさい!すぐどきますから!」
 慌てて鉄棒から離れると、男の子はお礼を言って鉄棒にぶら下がって遊びだした。
「ほぉ、休みの日までトレーニングとは、お前なかなか根性あるな」
 聞き覚えのある声に振り返れば、峨王が立っていた。
「が…峨王力哉!何でここに!?」
「兄ちゃん見てよ!俺、逆上がりして連続で回転できるようになったんだ!」
「そうか」
「兄ちゃん?」
 ぐるぐると鉄棒を回っている男の子を見れば、なんとなくこの男に似てるではないか。
「…歳の離れた弟と遊んであげるなんて、いいお兄ちゃんしてるじゃないですか」
「血を分けた兄弟だ、当たり前だろう」
「そうですか。弟さんに向ける優しさを、もっと他の人にも向けて欲しいですね」
「ねー兄ちゃん。その人と仲良いの?友達?」
「クラスメイトですよ〜いつもお兄ちゃんにはお世話になってます」
「あぁ、そう言えばしてるな。世話」
 社交辞令としてそう答えたのに余計な事を言うなと、峨王を睨む。
「すっげー!兄ちゃんと仲良くできるって事は、お姉ちゃん強いんだ!」
「はい?」
「兄ちゃん、強い奴としか友達にならないって言ってたんだ!」
「友達の条件、レベル高すぎませんか?いや、あのですね私はただのクラスメイト…」
「お姉ちゃん、俺よりちょっと大きいだけなのにすげ〜!」
「ぐっ!!」
「小学四年生だ」
「うっ!…お、お前の弟なんだからでかくて当然なんですよ!」
 小学生とほとんど身長が変わらないという事実が地味にショックだった。
「じ、時間なのでお先に失礼しますよ」
「なんだ、トレーニングはもう終わりか?」
「はぁ!?これから走り込みするんですよ!」
「そうか」
「じゃあね、お姉ちゃん!」
 兄の方をひと睨み、弟の方にはにこりと笑顔で手を振り別れる。
(あの男が、弟の面倒を見てあげてるとは…意外に優しい所もあるんですねぇ…)
 ピタリと立ち止まる。
「…いや!だからと言っていい奴と思った訳ではありません!峨王力哉は峨王力哉!絆されるな私!」
 自分に言い聞かせるようにして、ランニングを再開した。


 二年の春。いつかは弱音を吐いて止めるだろうと思っていた◇◇との筋トレは、今も続いていた。
「なぁ、峨王。お前まだあのおチビちゃんとトレーニングしてんの?」
「あぁ。あの女、そこら辺の男どもより根性がある。あいつが男であれば、いい選手になれただろう」
「いや、選手って…男だったら、アメフトの試合に出させるつもりだったのかよ…」
「だが、なぜあいつがあそこまでして強くなりたいのかわからん。本気で俺に勝とうとしているのか?」
「え?気づいてなかったのか?お前に勝つってのは勢いで言っちまったんだろうけど、本当は如月の気を引くためなんだぜ」
「?」
「おチビちゃん、如月の事が好きなんだよ」
「……?」
 その時、初めて感じるもやもやとした不快なものに首をかしげた。
「あ、いい事思いついた!来い峨王、おチビちゃんのとこ行くぞ」
 軽快な足取りで進む円子の後ろを、すっきりとしない気分でついて行く。


「よ!おチビ…ごほん!◇◇、お前にちょ〜っと話があるんだけどさ」
「お断りします。とっとと、あっち行けキザ男」
 峨王に喧嘩を売っただけあって、怖いもの知らずの彼女は、ギロリと俺を睨んだ。
「まあまあ、話だけでも聞いてくれよ」
 ◇◇の前の席に座る。
「お前のその顔は、ろくでもない事を考えている顔です。私を面倒事に巻き込むんじゃないですよ」
「失礼だな。まぁ聞けって!お前にもいい話だと思うぜ?」
「犯罪に巻き込む時に、よく聞くセリフですね」
「アメフト部のマネージャーやんない?」
「誰がマネージャーなんて…ま、マネージャー!?」
「そ、マネージャー。お前くらい気が強くないと、ウチの連中まとめられないんだよ」
(峨王にくってかかれる奴なんて、この学校でお前くらいしかいないっちゅーの)
 ◇◇はぶつぶつと何かを言っているが、嫌がってはなさそうだ。
(そりゃそうだろ。アメフト部のマネージャーやってれば、ほぼ毎日如月の事見てられるんだからな。さて、最後の一押し)
 席を立ち上がり、自分の席で本を読んでいた如月のもとへ行く。
「な、如月。◇◇にウチのマネージャーをやってもらおうと思ってんだけどさ、どう思う?」
「え、◇◇さんにマネージャーを?うん、いいと思うよ。◇◇さんしっかりしてるし、楽しいと思う」
「だってさ、どうする?」
 ここまでくれば、もう決まったも同然。
「し…仕方ないですね!やってあげてもいいですよ!」
「じゃ、早速今日からよろしく頼むぜ?俺たちが勝ち上がれるよう、しっかりサポートしてくれよ?」
「任せろってんですよ!」
 ◇◇は自信満々というように、ドンと胸を叩いた。


 そして放課後。
「…ウチの学校にサウナがあるとか聞いてないんですけど!?」
「お前、帰宅部だもんな。そりゃ、知らないわけだ」
「というか、いつまで入ってんですか!いい加減出て来いってんですよ!」
「呼んでも出て来ないぞ?中に入って追い出さない限りな」
「は!?入れる訳ないじゃないですか!!」
「マリアは平然と入ってたぜ?」
「…な、氷室先輩が!?氷室先輩になんてことさせてんですか!」
「早くしないと、先に進まないぞ?」
「うぐぐ…」
 サウナの入り口で腕を組む◇◇。
(さ、お前はどうするか…)
 すると、◇◇が来た道を引き返していく。
「え、ちょ…どこ行くんだ?」
「ちょっと準備してくるんです!」
 少しして彼女が、水やりに使うホースを引っ張ってきた。そして、サウナの入り口を勢いよく開け中へと入って行く。
「言って聞かないんだったら、力尽くで押し出すまでですよ!」
 そう叫ぶと、勢いよく部員たちに向けて放水し始める。
「いだだだだ!!痛い!痛い!」
 中から悲鳴が聞こえる。どうやらホースの先端は、水の放水状態が変更できる物がついており、一番強力なストレートでやられているようだ。次々に部員を狙い撃ち、サウナの外へと追い出していく。
「マリアとは違う強引さだな…」
「すごいね◇◇さん…あんな蒸し暑い中で動き回れるなんて…」
 ゆらりとサウナの中にいた如月が隣に立つ。
「お前も追い出されたのか?」
「ううん。僕は暑くて倒れてた所に、◇◇さんがいい感じに水をかけてくれて、元気になったから出てきたんだ」
「やっぱ違うよなぁ、扱いが…」
 サウナの外には、彼女によって追い出された部員達が伸びている。一人を除いては。
「さぁて…残るは峨王だけだぜ、おチビちゃん」


 サウナの中で峨王と睨み合う。
「トレーニングの時間です。とっとと出ろ、です」
「まだだ」
「サウナもやり過ぎは身体に良くないんですよ。何事もほどほどにといつも言っているじゃないですか」
「俺を外に出したければ、他の奴らのように追い出してみろ」
「もちろんそのつもりですよ!峨王力哉!お前には最大出力で食らわせてやるです!」
 通常の放水量では、峨王に効かない事はあらかじめ予想していた。ガチャとヘッドを回す。
「高圧洗浄機並みのパワーなら、さすがのお前でも多少はダメージを食らうはずです!!」
「!?」
「は!?馬鹿、待て!!お前が吹っ飛ぶぞ!!」
 ノズルの引き金を引いた瞬間さっきとは比べ物にならない勢いで水が放出され、その反動で身体が後ろへとバランスを崩す。
 階段から落ちる瞬間だったり、車に撥ねられたりした瞬間はスローモーションに感じるとよく聞くが、まさにその通りだ。こんな余計な事はスラスラと考えられるのに、身体は全く動かない。来る痛みに目を閉じ歯を食いしばる。
 どしん、と大きな音が近くでしたのとほぼ同時に身体が上に引き上げられる。
「……うぇ?」
 恐る恐る目を開ければ、至近距離に峨王力哉の顔がある。どうやらあの一瞬で距離を詰め、腕一本で私の身体を支えているのだ。
「…馬鹿が。死にたいのか」
「…が、峨王力哉」
「ここで死人が出て、使えなくなったらどうする」
「ごもっともですね!私が悪かったですよーーだ!!」
 悪態をつきながらも、内心ではいつもより早い鼓動に戸惑っている自分がいる。
(ま、まさか私…いいや違う!ひっくり返りそうだったから、心臓がうるさいんです!!)
 自分を落ち着かせるために深呼吸をする。
(…でも、あの男があんな不安そうな顔をするなんて驚きました。一応、人を心配する事もあるんですね)
 身体を支えられていると気づいて目を開けたほんの一瞬。いつも自信満々で生き生きとしているあの顔が、驚きと不安で歪んでいた。
「…えっと、峨王力哉…い、一応助けてもらったので…その…」
 もとはと言えば、素直にサウナから出て来なかった彼らが悪いのだが、私もやり過ぎてしまった所もある。心配させてしまったし、助けてもらったお礼を言おうと俯いていた顔を上げた。
「その、あ…ありが…ど」
 一点集中。
「…なんだ?」
「が、峨王君!タオル落ちてる!!」
「い…いやぁぁぁぁぁーーーー!!」
 一瞬の判断でヘッドを回し、弱めに設定する。そして一点を狙い撃ち、見事命中。
「「峨王ーーーーーっ!!」」
 サウナ室に部員たちの悲痛な叫び声が響いた。


 サウナでの大騒動も落ち着き、いつも通りのメニューをこなす部員達を横目にベンチに横たわる二人。
「まぁ、さすがにあの峨王も急所狙われちゃーすぐ立ち直れないわな」
「…うるさいってんですよ…思い出すから言わないでください…」
「お前、助けてもらっててあれはねぇわ」
「不可抗力ですよ」
「で、なんで如月まで倒れてんの…」
「あの峨王君で、あのダメージだったんだ…あれをくらったのが僕だったらって思うと…あぁ…また気が遠くなってきた…」
「…」
「わかった二人とも!!もう忘れろ!な?今日の事は、事故っちゅーことで…」
「インパクトがデカすぎて、忘れたくても忘れられねぇんですよ!!何で全部デカいんですかあの男!!」
「叫ぶな馬鹿!!」
「おい、いつまで寝ている。早く次のトレーニングの指示をしろ」
「はぁ!?誰のせいで…」
「俺はもう平気だぞ?」
 ニヤリと挑発的に笑う峨王にすぐ焚き付けられる。勢いよくベンチから起き上がると、ノートを引っ張り出し峨王を指差す。
「寝てませんし!新しいトレーニングを考えていたんですよ!」
「ほぉ?」
「ものすんごくきついですからね!さすがのお前も根を上げるかもですよ!」
「面白い、受けて立ってやる」
 二人が向かい合う。
「あ〜まぁ、結果オーライかな?せめて、峨王以外もついて行けるメニューだとありがたいんだけど…」
「二人とも美しいね…」
「それ、こいつらの間に散ってる火花見て言ってんの?」
 円子は、峨王と◇◇の二人を見て苦笑した。


 三年の春。二年の時期はまたもや惜しい所で敗退し、悔しい思いをした。自分も含め三年は最後の年というのもあって、気合が入っていた。
「オラー!何やってるんですか!そんな甘い構えだと、峨王にぶち抜かれますよ!」
「いや、そんな事言われても!」
「何人でもかかっていいんで、止めるんですよ!」
 すごい勢いで走ってくる峨王に対して、五人がかりで立ち向かう。
「ぶつかり稽古かよ」
「これくらいやんないとお互い練習にならないんですよ。お前は如月君と一緒にパスの練習です。それとも、峨王とぶつかり稽古しますか?」
「パス練してくるっちゅーの!試合前に死人が出るわ」
 三年になって◇◇もアメフトがわかってきたのか、チームの弱点を見つけては克服させようと色々と考えてくれている。あの峨王も、すべてではないが彼女の指示を聞いている。
「あと一歩。あと一歩なんですよ」
 一年、二年と準決勝まで進んできたというのにあと一歩届かない。
「最後の一押しがあれば、きっと勝てるんです」
「それが峨王?」
「そうですよ。あの男が前へ進めば、皆ついて行くんです」
「前みたいに敵のクォーターバック潰すのは?」
「それやったら、私がお前を潰します」
「こわ…」
 ダイナソーズのプレイスタイルは◇◇が入ってから大きく変わった。峨王で敵を潰す作戦はやめると◇◇が決めた。
「人数足りなくて試合できませんなんて、不完全燃焼もいいとこです」
 何かのスポーツ漫画にでも影響されたのか、きらきらとした青春ストーリーのようなものに夢見ているようだ。勝つためにはそんな綺麗事なんて言ってられない。
「あのさ」
「うるさいってんですよ。そんなの上手くいかないってのは、わかってます。ただ、あんな勝ち方は後味が悪いんです。だから、そんな事しなくて済むように強くなるんですよ。全力で行けば勝てるんですから!」
(どっからそんな自信が湧いてくるんだか…)
「正面から全力でぶつかるんです!その方が、勝っても負けてもスッキリします!」
「いや、負けたら終わりなんだけど」
 もしかしてこいつ脳みそ筋肉なのか、と思わずにはいられない。峨王と一緒に居すぎて影響されたのかもしれない。
「いちいちうるさいんですよ!」
「相変わらず口悪いよな〜おチビちゃん」
「おい、終わったぞ。次は何をするんだ」
 背後から峨王が現れる。
「いきなり出てくるんじゃないですよ!二十分休憩です!その後は全体で練習しますよ!」
「わかった」
「私、次の準備してきます」
 ◇◇がその場を離れた。ベンチに座り水分補給をしている峨王を見る。
「…お前も変わったよな。一年の頃は全然言う事聞かなかったのにさ」
「…俺が変わった?」
 珍しく峨王が呆気にとられた顔をした。
「あぁ、前よりもずっと生き生きしてて、別の意味で怖いっちゅー感じ?」
「…そうか」
 峨王が小さく笑う。昔のようにただ強い相手と戦う事が楽しいといった笑みではなく、純粋にアメフトを楽しんでいる、そんな顔だ。
「おチビちゃんに毒気抜かれちまったな」
「安心しろ。弱くなったわけじゃない」
「別に悪くなったとは言ってないだろ?ただおチビちゃんのせいで、俺も柄にもなく青春っていうのに憧れちまいそうだっての」
「別にいいだろう」
「お前が言う?ま、いいさ。最後の年だ、おチビちゃんの言う正面から全力でってのでぶつかっていきますか」
「…円子。お前も変わったと思うぞ」
 今度は俺の方が驚いた顔をする事になった。
「…えーそれマジで?そうかぁ…」
 どうやら影響を受けていたのは、こちらだったようだ。グラウンドの中心で◇◇が何か叫んでいる。
「…元気だな、あいつ」
「あれぐらいの方が面白い」
 そう言った峨王の顔は穏やかで、一年の頃とは大違いだ。峨王にビビっていたチームメイトも、今では雑談ができるくらいになった。俺とも作戦を話す程度だったのが、日常の他愛のない会話をするようになった。
「そうだな、マネージャーにして良かったよ」
 彼女の登場により、白秋ダイナソーズはより強く進化した。最後の大会、全力でのぶつかり合いをするためにさらなる追い込みに入っていく。


 試合終了の笛が鳴る。熱を持っていた身体が一瞬にして冷めていくような感覚が走った。大きな歓声の中、鼻をすする音がやけによく聞こえる。
「…負けたか」
 スコアボードに目を向ける。結果は一点差でこちらの負け。泣きはしない。だが、らしくもなく情けない顔をしているだろう。大きく息をついて顔を覆った。
「こらー!いつまでしょげてんですか!泣くのは後ですよ!今は勝ったチームを送り出すのが先です!」
 フィールドに響く声に起き上がる。ベンチで◇◇がうちのチームの誰よりもひどい顔をして叫んでいた。
「…確かに勝者に対して失礼だな」
「…はは、なんちゅー顔してんの。あいつの顔見てたら、不安になってきた。俺の顔大丈夫?」
「いい戦士の顔だ」
「大丈夫か不安な答えだな…」
 フィールドの中央に整列し相手チームと握手を交わす。白秋ダイナソーズ敗退、俺のアメフトはここで幕を降ろした。


「うわぁぁぁぁぁ〜〜ん!!」
「もう泣き止めって…なんだよ、お前が一番泣いてんのかよ」
 帰りのバスの中、◇◇の号泣する声が響く。
「今は泣いていい時なんですよ!お前らこそなんですか!さっきまでフィールドで泣いてたくせに!なんで今は誰も泣いてないんですか!!」
「みんな、お前の泣き顔見てたら引っ込んだんだよ」
「どういう事なんですか!?」
 円子の発言を肯定するように、他の部員達が笑う。
「ここにいるみんなの分まで、◇◇さんが泣いてくれてるからだよ」
「如月君…」
「アメフト未経験で一年ちょっと、よく俺達の面倒見てこれたよお前」
「うっせー!」
「褒めても怒られんのかよ…」
 これで、自分も含め三年生は引退。優勝できなかった心残りはあるものの、みんな晴れやかな顔をしていた。


 部活を引退した後も◇◇との筋トレは続いていた。今日は珍しく、彼女の方から体育館裏へと誘ってきた。早く持ち上げろと言わんばかりに、両手を上へ伸ばして俺を待っている姿に苦笑する。最初の頃はあんなに嫌がっていたというのに、今はもう慣れたように俺に抱き上げてもらっている。
「そこで見てろです!峨王力哉!三年の努力の成果を披露する時が来ましたよ!」
 興奮気味にそう言うと、少しぎこちないが彼女が懸垂を始めた。初めてやらせた時は、ぶら下がるだけで精一杯だったのに。
「ど、どうですか!これだけじゃないですよ!」
 出っ張りから手を離し、二メートルの高さからふらつかずに着地する。そしてこちらを向いて、どうだと言うように胸を張る◇◇。
「着地もできるようになりました!どうです?」
「俺に抱き上げてもらわんとできんだろうが」
「うっせー!そこは体格的な問題だから、仕方ないんですよ!」
「まぁ一年の頃に比べて、だいぶん筋肉が付いたな」
「でしょう!でしょう!」
「…今のお前なら、如月も見てくれるだろう」
 こいつがここまでする理由。くだらないと思いながらも、一緒に筋トレをするのはやめなかった。
「な…なんで…」
「円子から聞いた」
「あのキザ男!!今度コーラの瓶、全部振っておいてやるです!!」
「で、行かないのか?」
「は?…いや、それは…」
「行け。全力でぶつかるのがお前の口癖だろう。逃げ腰などお前らしくない」
「か、簡単に言いますけどね、色々とあるんですよ!心の準備とか!」
 次々と言い訳を並べる彼女を無言で見つめる。彼女を焚き付ける時のやり方だ。
「わ…わかりましたよ!行きます!行ってやるですとも!」
「あぁ、行ってこい」
 顔を赤くして走り去る小さな背中を見送る。
「…で、そこで何してる円子」
「…あれ、バレてたの?」
 木の影から円子がひょっこりと出てくる。
「時々ついて来てただろう」
「それもバレてたのか。二人が仲良さそうにいつもどこかに行くからさ、何してんのかな〜って思ったわけよ。まさか、懸垂勝負してるとは思ってなかったけど」
「…」
「…いいのか、峨王。わざわざ焚きつけなくても良かったんじゃない?」
「どうしてだ?」
「どうしてって…お前、おチビちゃんの事好きなんだろ?」
「…わからん」
「わかんないって…ま、そうだよな。強い奴にしか興味なかったお前が恋なんて、俺でもびっくりするっちゅー話よ」
 円子の言う通りで、強い相手と戦う事しか見えていなかった自分がそれ以外を見るようになっていた。
「おチビちゃんを見送るお前の顔。すごい切なそうな顔してたよ」
「…ふん、目ざといな。だが…少しだけ寂しいと思った」
「それが好きだって事だよ」
「そうか」
「飲む?コーラ。おチビちゃんに悪さされる前に飲むか隠すかしたいんだけど」
「あぁ、もらう」
 円子から瓶コーラを受け取り、蓋を開ける。喉に引っかかって出なかった言葉を胃に流し込むように一気に飲み干せば、少しだけすっきりとした気がした。

 学校を出ようと円子と一緒に歩いていると、◇◇が全速力で目の前を走りすぎていった。
「うお!?え、おチビちゃん?」
「頼んだ」
「え、ちょ!?峨王!」
 持っていた鞄を円子に投げ渡し、彼女を追いかける。
「◇◇!!」
「へ?…え、ぎゃぁぁぁ!?」
 俺の声に気づいて振り返ったと思ったら、悲鳴をあげさらに逃げていく。
「おい、止まれ!なぜ逃げる」
「自分の顔見て言えってんですよ!!」
 なかなかのスピードで走っていたが、歩幅の大きさで追いついた。
「ぜぇ…ぜぇ…なんで、追ってくるんですか…」
「…わからん。気づいたら追っていた」
「この肉食獣め…エサじゃないんですよ」
 彼女の呼吸が落ち着いたのを見計らい、声をかける。
「どうだった」
 すると、彼女が俯く。
「…そ、そんなの…見たらわかるじゃないですか…鈍い男ですね」
 大きくため息をつき、顔を上げた◇◇が力無く笑った。
「フラれましたよ。そりゃもう、きっぱりと」
「そうか」
「でも、すっきりしました。お前が行けって言わなかったら、一生告白なんてしなかったですし、そこは感謝します」
「そうか」
「…じゃあ、私帰りますんで」
「待て」
 背を向けて歩き出そうとする彼女を呼び止めた。
「なんですか。今はそっとしておいて欲しいんですけど」
 呼び止めておいてなんだが、自分には彼女を慰める言葉なんて思いつかない。しかし、彼女を放っておく事ができなかった。
(俺は円子のように口が上手くない…)
 それならば、自分のやり方で彼女を元気づけてやればいい話だ。


 峨王の鞄を持ち、校門の前で戻ってくるのを待つ。すました顔で立っているが、内心不安でそわそわしていた。
(はぁ〜走って追いかけて行ったのはいいけど…あいつに失恋した相手を慰める事ができんのかっちゅー話よ…)
 彼女の様子を見る限り、告白が上手くいったという風ではなかった。自分も追いかけるべきだったかと、今になって不安になってきた。
(おチビちゃんも一年の頃からずっと好きだったからな…さすがにショック受けてんだろ…余計な事言ってなけりゃいいんだけど)
 すると、聞き慣れた叫び声がこちらに近づいてくる。声がする方を向けば、峨王が◇◇を担いで走って来ている。
「…おわーーっ!?なにやっちゃってんの、お前!!」
「こいつ止めてください!降ろせって言っても降ろしてくれないんですよ!!」
「円子、鞄」
「あぁ、はい。いや、じゃなくて!なに担いでんの!?」
「◇◇だ」
「それは見たらわかるっちゅーの!俺は理由を聞いてんの!」
「俺はお前のように気の利いた言葉は思いつかん。気分が落ち込んだ時、自分ならどうするか考えたらこうしていた」
「…で?どうすんの?」
 峨王が俺から鞄を受け取り、ニッと笑う。
「ミット打ちでもやらせようと思う」
「…あーそう、そりゃいい!日頃の不満でも何でも、峨王に打ち込んでこいよ。すっきりするだろ」
「は!?何言ってるんですか!」
「おチビちゃんがメソメソしてたら、こっちまで調子狂いそうなんだよ」
「だ、誰がメソメソなんて…」
「ほら峨王、早く連れてけ。その状態を他の奴らに見られたら色々と面倒な事になりそうだからさ」
「わかった」
 ◇◇を抱えたままドスドスと歩いていく峨王の背中を見送った。


 峨王にいつもの校舎裏に連れてこられ、グローブを渡される。
「…どこから持って来たんですか、これ」
「ボクシング部から借りた。よし、こい」
 峨王がミットを装着し、私の身長に合わせるように膝をついてしゃがんだ。受け取ったグローブを見つめる。ミット打ちなんてやった事ないし、どうしてこの男がここまで自分に付き合ってくれるのかわからない。
「なんでもいい。悲しみでも怒りでも、全部ぶつけてこい」
「…そんなの、八つ当たりみたいじゃないですか」
「ふん。お前のパンチなど、俺からしてみれば虫が止まったくらいにしか感じん」
「上等ですよ!このヤロー!!」
 この男にも人を思う気持ちがあったのかと感心していたら、これだ。迷いなく右ストレートがミットに入り、いい音が響いた。
「ほぉ、赤子くらいにはなったか?」
「まだまだこれからですよ!!」
 にやにやと笑う峨王を睨み返し、次を打ち込むために構える。
「そもそもお前のせいですよ!お前が変に強いせいで、如月君はずっとお前の事しか眼中になかったですし!」
 アメフト部のマネージャーになり、近くで見ているうちにわかってしまった。如月君の視線の先にはいつも峨王がいて、その背中を必死に追いかけていた。そんなひたむきに頑張る彼を見て、自分の望みがいかにちっぽけなものである事に気づいた。
「如月君はお前と違って、鍛えてもなかなか筋肉がつかない体質なんですよ。だからいつも悩んでて…」
 いつからか、自分が強くなって見てもらうのではなく、彼を理想に近づける手助けをしたいと考えるようになった。たくさん本を読んで、自分で試して効果があったものは部活の練習に取り込んだ。差し入れだって、身体に良いものを考えて準備した。
「それでも、如月君は頑張って…」
「あぁ、如月は一年の頃と比べものにならないくらいに強くなったぞ」
 ピタリと手が止まる。この男、嘘だけはつかない。
「…そ、そういう事は本人に言えってんですよ!」
 今の言葉を彼に聞かせてあげたい。ずっと憧れていたこの男に近づく事ができたんだと。この言葉を聞けたのなら、私がフラれた悲しみなんてチャラになる。それくらい、この男に近づくために頑張る彼の支えになれた事が嬉しかった。
 この恋心は、ここで全部この恋敵にぶつけて終わりにしよう。こいつのせいで私の高校生活は色々と大変で、とても充実していた。こいつがいなければアメフト部のマネージャーになる事もなかったし、あんなに真剣に取り組んで涙を流す事なんてなかった。
(さっきは八つ当たりみたいって言いましたが、考えてみれば全部こいつのせいです)
 ぐっと右手に力を込める。
「三年間の思いを食らえってんですよ!峨王力哉ーっ!」
 色々な思いを込めた最後の一発が、夕暮れの空にいい音を響かせた。


 そして月日は流れ、私たちは白秋高校を卒業する事になった。卒業式が終わり、アメフト部で集まるため部室へと向かう。その途中で峨王と出会い、一緒に向かう事になった。
「正直、お前が卒業できるなんて思ってませんでした」
「ふん。卒業後の働き口も決まっているぞ」
「は!?先生の話を聞かないお前が就職!?仕事できるんですかぁ?」
「馬鹿にするな、できる」
「ひぇ〜こんな問題児を採用するなんて、どんな会社なんですか…やべー所じゃないですよね?」
「普通の会社だ。そんなに気になるなら見にくるか?」
「嫌ですよ。お前の言う普通は普通じゃないですから」
 話しながら進んで行くと、部室の前にはすでにみんなが集まっていた。もちろん如月君もいるが、お互い気まずさはなく友達として仲良くしている。
「遅いぞお前ら〜みんな待ってんだけど」
「お待たせしました!じゃあ、最後にアメフト部で写真撮りましょう!」
 家から持ってきたカメラと三脚を準備する。全員が入るように、モニターを見ながら位置を指示していく。
「もっと中心に来てくださーい。峨王力哉、頭切れてますよ」
「峨王でかいんだから真ん中座れよ」
 後ろの方で立っていた峨王が真ん中に移動し座った。カメラのモニター越しにこの大男を見る。出会ってから三年間、なんやかんやで振り回されてきたが今となってはいい思い出だ。
(…口には出しませんが感謝します)
 カメラのタイマーをセットし、自分も写真に入るため走り出す。
「おチビちゃん、ここ!ここ!」
「チビって言うな!」
 円子に誘導されて、カメラに顔を向ける。恋愛も部活もいい結果は出せなかったが、それ以上に得るものがあった高校生活だったと自信を持って言える。本当に充実した三年間だった。


 ある日、大学から帰ってくると家の前に『武蔵工務店』と書かれたトラックが停まっていた。
(そう言えば、家のリフォームするって言ってましたね)
 ぼんやりとそんな事を思いながら、家へ入ろうとした時だった。玄関前に立つ自分を覆うようにして影がかかる。
「よぉ」
 その声に振り返る。
「が、峨王力哉!」
 名前を呼ばれた大男はニヤリと笑った。こんなインパクトしかない男を、忘れられるはずがない。
「はは!依頼主の名前を聞いてまさかとは思ったが、お前の家だったとはな」
「人の家で何してんですか!」
「仕事だ」
「仕事〜?そう言えば就職するって言ってましたね」
 建築系の仕事だろうか。力仕事なんて、この男に似合いそうな仕事だ。
(仕事イコール筋トレとか思ってそうです)
「ここで会ったのも何かの縁だ。お前、まだアメフトに興味はあるか?」
「はい?いきなり何を言って…」
「まぁいい。やってるうちに、あの頃のようになるだろう」
「お前また勝手に…ぎゃぁぁぁぁ!」
 相変わらず自分の中で勝手に結論を出して納得している峨王に呆れていると、身体が浮き上がる。
「な、なにするんですか!やめろ!もう大学生なんですよ私!!」
 暴れようが構わず、私を担いだまま家の中に入っていく。縁側に作業をしに来た人達が休憩しており、峨王はそちらに向かって歩いて行く。全員がこちらに気付き、驚いた顔をしていた。
「…ちょ、何してるの峨王君?」
 こんな姿を大勢に見られるなんて恥ずかしい。
「頼みがある。こいつをバベルズのマネージャーに加えて欲しい」
「はい!?」
「それは良いけど」
「はいぃぃ!?ちょっと待ってください!バベルズなんて知りませんし、私はマネージャーをやるなんて一言も言ってないです!」
 やっと降ろされたと思ったら、私の意思を無視して話が進んでおり必死になって大声で訴える。
「社会人のアメフトチームだ。俺のいるチームのマネージャーをやれ」
「はぁ!?なんでお前に指図されないといけないんですか!」
「なんだ、できんのか」
 そう言ってジッとこちらを見てくる。いつも私を焚き付ける手口だとわかっているのに、負けず嫌いな私は同じ返事を返してしまう。
「上等ですよ!やってやろうじゃないですか!!」
 峨王がにやりと笑った。

 この男に振り回される日常がまた始まる。
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