不器用な男達

 憧れというものは手が届かないから、輝いて見えるのだろうか。

 仕事の合間に少しずつ描きあげていた漫画が完成したので、編集社に持ち込みに行くことにした。以前、賞を取った事もあるので今回もいい所まで行くのではないかと自信があった。
 しかし、そう簡単にはいかないものでとぼとぼと少年誌の編集事務所を後にする。
 乗ったエレベーターが下の階に降りていくのに同調して自分の気持ちも落ち込んでいく。
(いいと思ったんだけどなぁ…)
 自信作だった分ショックも大きい。エレベーターが一番下の階に到着し扉が開く。
「「はぁーーーー…」」
 エレベーターを一歩踏み出したと同時に、隣からも自分に負けないくらいの大きなため息が聞こえた。
「ん?」
「え?」
 ため息が聞こえた方を向けば、相手もこちらが気になったのかバチリと目が合ってしまう。
「「あ…」」
 驚く声もそろう。相手は女性だったので、変な人と思われないように慌てて反対方向を向いた。
「…あ、あの、もしかして戸叶君ですか?」
「…ん?」
 突然自分の名前を呼ばれ、驚いて振り返る。
「やっぱり戸叶君だ…えっと、△△です。…覚えてる…かな」
 そう言われて、ジッと彼女を見た。
「…あ、一年の時同じクラスだった△△か!」
 思い出してもらえたのが嬉しかったのか、彼女の表情が明るくなった。
「うん、そう!一度だけ教科書貸してもらった事があって…」
「おーそうそう!あの落書きだらけのな!」
 話しているうちに鮮明に思い出してきた。彼女は高校一年の時に同じクラスで、一度だけ教科書を忘れたと言うので見せてあげた事がある。しかし、俺の教科書には授業中に思いついた漫画のキャラクターやストーリーがあちこちに描いてあったのである。
 そんな教科書を見せられるわけがないので消そうとしたが、必死に止められ驚いた。それだけじゃない。俺が描いた落書きに興味を持ってくれ、授業中にコソコソと解説までしたのだ。彼女が楽しそうに聞いてくれているのを見て、自分も嬉しくなったのを覚えている。二年生になってからはクラスが変わり、関わったのはそれきりだった。新しく描いた落書きたちを見せたかったが部活で忙しかったし、なにより女子に話しかければ十文字や黒木が黙っていない。迷惑になると思い、話しかけることは諦めたのだった。
「もしかして戸叶君、漫画家さんになったの?」
 俺が持っている袋を期待に満ちた目で見られ、気まずさを感じ隠すように持ち変える。
「…あーいや、違うな。今日は描いた漫画を見てもらおうと思って持って来たんだ。…残念な結果だったけどな」
 すると、先ほどまで目を輝かせていた彼女が悲しそうに俯いた。
「そ、そうなんだ…えっと…実は私も持って来たんだ。ダメでしたけど…」
そう言って、カバンの中から分厚い封筒を取り出した。
「お前も漫画描いてたのか!?」
 身近な所に同士がいたので、嬉しくなりつい詰め寄ってしまう。
「う、うん」
「な!見せてもらってもいいか?俺のも見せっから!」
 なんとか彼女を説得して、近くのカフェに入りお互いの原稿を見せ合う。
「…おぉ」
 自分が描くものとは違い、線が細く、細かいところまで丁寧に描き込んである。
「綺麗だな。俺のなんてあちこちにインク付きまくってんのに」
「時間はかかるけど、気をつけてやってるの」
「だろうな。うーん…何でこれがダメなんだ?絵も綺麗だし、ストーリーも良いと思うんだけどな」
「あ、ありがとう…私も、戸叶君の漫画面白いと思う。すごく迫力のある絵…私には描けないよ」
「一応、絵は良いって言われたんだ。内容がダメなんだとさ」
「え?」
「描きたい事が多すぎて、つい全部詰め込んじまうんだよな。削んのが嫌で、無理矢理ねじ込んだら情報量が多くて読みにくいんだってよ」
「言われてみれば…私と逆だね。私の方はストーリーはよくまとまってるけど、絵に印象がないんだって」
「こんなに上手いのにか?」
「上手いだけじゃダメなんだって。絵を見て、これはこの人が描いたものだってわかる方が良いって言われて…」
「む…確かに。個性は大事だもんな」
「「はぁーーー」」
 またため息が揃い、お互い顔を見合わせて苦笑する。
「ま、そんな簡単にはいかねぇわな」
「そうだね。戸叶君は、次何描くかもう考えてるの?」
「んー描きたいものはあるんだが、時間がなぁ…仕事もアメフトの練習もあるし…難しいだろうな。△△は?」
 そう尋ねれば、彼女は俯き黙ってしまう。
「…まぁ、無理に答えなくても…」
「…あの!二人で漫画を描くのはどうですか!?」
「は?」
 突然大きな声で叫ぶものだから、周囲から変な目で見られてしまう。
「…あ!すみません…」
 それに気づいた彼女は顔を真っ赤にして何度も頭を下げ、元々小柄な身体をさらに小さくして席に着いた。
「あー二人で描くってどうするんだ?」
「お互いの良いところを活かすんです!私がお話を戸叶君が絵を担当するんです!」
「ほぉ」
 確かに良い案だと思う。しかし、一つ気になる事がある。
「でもよぉ、お前は少女漫画。俺は少年漫画だぜ?作風が違わねぇか?」
「そこは私が戸叶君に合わせます」
「そうじゃなくて。俺が言いたいのは、お前の描きたいものが描けなくていいのかって事だよ」
 △△が自分の描いた原稿を見つめる。
「…私、今日の事でちょっと自信なくしちゃって…でも、漫画には触れていたくて…アシスタントならできるかなと…」
「…」
 正直、手伝ってくれるのはありがたい。社会人になって今までよりも時間が取りにくい事はわかっている。彼女も今日の事で落ち込んでいるようだし、少しでもやりたいと思うのならチャレンジしてみるのもありかもしれない。
「…よし!やってみっか!」
「本当!?」
「おうよ。でも、ネタはどうすっかな」
 描きたいものはたくさんあっても、彼女にわかりやすいものが良い。
「だったら私、教科書に描いていたお話が良いです!」
「…じゃ、あの落書きを漫画にするか!」
「うん!あのお話、続きがすごく気になってたの。最後まで見られるかもしれないなんて、楽しみ!」
 △△が目を輝かせる。そんなにあの落書きを気に入ってくれていたのかと思うと嬉しくなったし、完成させたいとやる気が出てきた。
「よし!じゃあ、まずはだな…」
 そこで、ピタリと冷静になる。
「…俺、あの教科書まだ持ってっかな…」


 とりあえず連絡先を交換し、家に戻って落書きだらけの教科書を探す。あれが見つからなければ、何も進まない。
「…お?あった!!」
 押し入れの中、大量の漫画本の中に一冊だけ形の異なる本が混ざりこんでいた。
「よしよし、とりあえず一安心と」
 ぺらりとページをめくってみれば、しっかりと落書きも残っていた。早速、教えてもらった連絡先へ無事見つけた事を報告する。すぐに返事が届き、次に会える日を尋ねられた。
「空いてる日か…」
 あいにく月曜日から土曜日は朝から晩まで仕事。日曜日はアメフトの練習。
「どうすっかな…」
 とりあえず、少し待ってくれとだけ返事を送っておいた。


 月曜日、休憩時間に武蔵工務店の雇主であるおっさんにダメもとで早上がりができないかと頼んでみる。
「別に構わねぇぞ」
 あっさりと許可がもらえ、呆気に取られる。
「…は?…え、でも忙しいんじゃ…」
「まぁ、忙しいがなんとかなるだろ。無理されて体調崩される方が一番困る」
「本当に良いのか?」
「あぁ、いいぞ。人が足りないのは前からだし、こういう時の対処が上手い人がいるから大丈夫だ」
 そう言ったおっさんの目線の先には、高校の時に何度か差し入れをしてくれてた〇〇さんがいる。武蔵工務店の人事管理をはじめ、武蔵工バベルズのマネージャーもやってる。超仕事のできる姉さん。酒癖が悪いのが残念だが。
「希望があんなら〇〇さんに言っとけ。あの人なら、いい感じにやってくれるだろ」
「お、おう。確かに」
「俺は理由を詳しくは聞かねぇが、〇〇さんにはちゃんと説明しとけよ」
「ウス」
「…身体、壊さねぇ程度に頑張れよ」
 資材を肩に担ぎ去っていく背中に頭を下げる。
 そして姉さんに事情を説明すると、こちらもすぐに許可をもらえた。
「完成したら読ませてね〜」
「ウス。了解っす」
 これで、漫画に取り組める時間が取れた。△△に連絡を取り、今日から作成に取り掛かる事にした。今日の打ち合わせは、できるだけ長居のできるファミレスにした。
「悪い。作業着のままで」
「ううん。仕事お疲れ様。最初、誰だかわかんなかったよ」
 △△は先に来ており、ノートを広げて何かを書いていた。
「何、書いてたんだ?」
「戸叶君の落書きを私が覚えてる範囲でまとめてたの」
 彼女が書いていたノートを見せてもらうと、自分でも忘れている部分まで細かく書いてあった。
「すげぇ、よく覚えてんな」
「…うん、今でもよく覚えてる」
「?」
 △△は恥ずかしそうに笑った。微妙な間が気になったが、今はそれを考えている時間はない。早く話をまとめなければ、描く事ができないのだ。テーブルの上にバサバサと、あの教科書と筆記用具、メモを広げた。
「じゃ、早速まとめていくか!」
「うん!」
 一冊の落書きだらけの教科書を、二人で見て話しながら内容を深めていく。それは、高校一年生のあの時と似たような光景。そして、自分の作品を理解してくれる安心感と共感してくれる嬉しさも変わらない。
「じゃあ、話をまとめられたら送るね」
「おう、任せた」
 ついつい話は盛り上がり、日付が変わるまで打ち合わせは続いた。
 それからは連絡を取り合いながら、ネームを完成させた。
「で、できたのは良いんだが。どこで描くかだよな」
「どうせなら、一緒に描ける場所が良いよね。困った時にすぐ確認できるし…」
 彼女の言う通りなのだが、自分の家に読んでもいいものなのか。十文字や黒木とは違い、友達と呼ぶにはまだ日が浅い。なにより男の部屋に女性を入れるのは、かなりハードルが高い。だからと言って彼女の家に行くのもいけない気がする。
 そこで困った時の姉さんだ。相談してみれば、使ってない部屋があるのでそこを作業部屋にしていい事になった。
「いいんスか?」
「いいよ〜騒ぐわけじゃないんだし、二人で漫画を描くだけでしょ?まぁ、私がいるから気が散らなきゃいいけど」
「お願いします!」
 姉さんから合鍵をもらい、早速道具たちを置かせてもらう事にした。荷物の移動まで手伝ってくれ、姉さんには頭が上がらない。そして誤解を招かないために、合鍵をもらった事をおっさんに言うと、明らかに不満そうな顔をした。
「…俺だってそんなに行った事ねぇのに」
 姉さんが絡むと、あのおっさんも少し子供っぽくなる事を最近知った。そんなこんなで一時的だが作業場が完成し、本格的に漫画の作成に取り掛かり始めた。
 作業中は二人とも無言で描き、わからない事があれば聞くというような感じで、姉さんがいる時は簡単な作業を手伝ってくれた。
「こっち、ベタ頼む」
「ここは終わったよ。確認お願い」
 △△から原稿を受け取り、目を通す。
「…おぉ!」
 俺が描いたものをベースに細かい描き込みを彼女がやる。完成度の高さに、思わず感嘆の声が出てしまった。
「どこか変な所があった?」
「いや、すげぇ良いのができてんなと思ってよ。俺はここまで細かい所描けねぇよ。やっぱり、すげぇってお前」
「…そうかな」
「そうだって!自信持てよ!」
「…うん。ありがとう」
 △△は褒められて恥ずかしかったのか、俯いてしまった。それを見てなぜか自分も恥ずかしくなり、ぴたりと会話が止まってしまった。作業に集中していた時と違い、落ち着かない。
「お腹すいた人〜!…あ、ごめん!何か邪魔しちゃった?」
 突然ドアが開き、ひょっこりと姉さんが顔を覗かせた。
「入る時はノックぐらいしてくれよ!あと、腹は減った」
「わ、私も!」
「ごめーん。カレー作ったんだ、一緒に食べようよ」
 姉さんが急に入ってきて驚いたが助かった。リビングへ行くと、カレーのいい香りがしてきて腹が大きく鳴った。
「じゃ、いただきまーす」
「「いただきます」」
 こうして三人で食事をするのも慣れてきた。世話焼きな姉さんが、俺たちの分までご飯を作ってくれるので本当に助かっている。
 姉さんの手料理をご馳走になっているなんて、おっさんに言ったらまた嫌な顔されるんだろうなと想像がつく。
(このことは黙っておこう…めんどくせぇし)
「進捗はどう?」
「順調だぜ」
「完成したら見てもらってもいいですか?変な所があったら修正したいんで!」
「もちろん読む読む〜!楽しみ〜!」
 姉さんが作ったカレーを綺麗にたいらげ、また作業を再開する。
「…戸叶君、こっち終わったよ!」
「よし!俺の方もこいつを仕上げれば…」
 お互い仕事とアメフト、大学とバイトの合間をぬって、二人で描き上げた漫画がついに完成した。


「トガちゃん、あの漫画いつ持って行くの〜?」
 仕事の休憩時間に、姉さんがニコニコしながら聞いてくる。
「今週末にでも持って行こうと思ってる」
「そっかぁ、楽しみだね。いい結果が聞けるといいんだけど」
「それはわかんないっスね。あれを良いと思う人もいれば、そう思わない人もいるんで」
「ふぅん…ね、今後のトガちゃんの予定はどんな感じなの?」
「ん?漫画家になるかならないかって事っすか?」
 すると、にやりと姉さんが笑う。
「んーまぁ、それはちょっと置いといて。△△さんの事はどーするのかなーって!」
「ど、どうって…」
 △△が今回手伝ってくれたのはたまたまで、あの漫画を描き終えた今、もう二人で描く事なんてないだろう。そう思った瞬間、心にぽっかりと穴が空いたような気持ちになった。
(あいつと一緒に作業すんの、楽しかったもんな…)
 時には意見がぶつかり言い合う事もあったが、真剣に良いものを描こうと取り組んでいるからだ。毎日忙しくても二人で頑張った日々を思い出す。
「もう、一緒に住んで漫画家もやればいいんじゃない?」
「は!?な…何言ってんだよ!二人で漫画を描くのはともかく、一緒に住むなんて…」
 付き合ってすらないのに同じ家に住むなんて、とんでもない事を言う。
「そう?良い感じだな〜とは思ったんだけど」
「…は?」
 姉さんの言う『良い感じ』という言葉にじわじわと身体が熱を持つ。
「…トガちゃん、顔赤いよ〜?」
 今日の姉さんは世話焼きを超えて、おせっかいだ。
「…やめてくれ…余計気にするじゃねぇかよ…」
 頭に巻いていたタオルで、赤くなっているであろう顔を隠す。
「良い報告が聞けるのを楽しみにしてるよ〜!」
「…ウス」
 姉さんのせいではっきりと自覚してしまった。この漫画がどんな結果になろうとも、彼女に伝えたい事ができた。


 憧れというものは、自分に無いものだから輝いて見えるのか。

 大学とバイトの間に、高校の頃から少しずつ描いていた漫画がやっと完成した。かなり迷ったが、編集社へ持ち込んでみる事にした。初めての作品だったので、見てもらえるだけでもありがたいと思っていたが、ダメ出しされるとやはり辛いものがある。
(また頑張ってねって言われたけど、新しく漫画が描けるほど今の私にはアイデアも画力もないよ…)
 私が漫画を描いてみたいと思ったきっかけは、高校一年生の時。隣の席だった男子の教科書に描かれていた落書きだった。教科書の字が見えなくなるほどに描き込まれたキャラクター達と、細かい設定。同じ歳なのに自分にはない才能に憧れを抱き、つられるようにして自分も描き始めた。参考書などを見て、試行錯誤しながらできあがったのがこの漫画なのだが、結果は残念なものだった。カバンに入れた原稿が、おもりのように肩にのしかかる。
「「はぁーーーーー」」
 隣からも自分と同じ大きなため息が聞こえた。隣の人も私と似たような境遇なのか。ちらりと視線を向ける。
「…え」
 明るい髪色のツンツン頭と大きめのサングラス。私に漫画を描くきっかけをくれた彼だ。教科書を見せてもらったあの日から、姿が見えれば自然と目で追っていた。見間違える事はないと思う。
 当時はもっと話をしてみたかったのだが、彼は別の事で忙しそうにしており声がかけられず。そのままクラスが変わってしまい、学校で見かけても人見知りの私には話しかける勇気がなく、そのまま卒業する事になってしまった。
 その彼が目の前にいる。
「あ」
 目が合った瞬間、彼はすぐに反対方向へと顔を向けた。
(こ、声をかけなきゃ…戸叶君だよねって…ずっと話しかけられなくて後悔してたでしょ!)
 彼が私の事を覚えていなかったら?嫌な想像が先行して、少し気分が悪くなってきた。それでも、勇気を振り絞り一歩前へと踏み出した。
「…あ、あの、もしかして戸叶君ですか?」


 勇気を出して声をかけて良かった。彼はたった一度、教科書を貸しただけの私を覚えていてくれた。その事が嬉しくて顔がにやけてしまいそうになる。こんな風に、自然と話せるならもっと早く話しかければ良かったと思わずにはいられない。
 それから会話の流れで、自分の原稿を戸叶君に見せる事になってしまった。正直、編集社の人に見られた時より緊張した。
(憧れの人に見てもらえるなんて…どうしよう、変な話だなとか思われてないかな…)
 私も戸叶君の漫画を見せてもらう。力強い絵。あの時見せてもらったものよりも、さらに上手くなっている。
(やっぱり、すごいや…)
 お互いの漫画の感想を伝えあった後、またため息がそろい顔を見合わせて笑う。
「戸叶君は、次は何描くかもう考えてるの?」
(自分はともかく、戸叶君ならいつか漫画家になれるんじゃ…)
「んー描きたいものはあるんだが、時間がなぁ…仕事もアメフトの練習もあるし…難しいだろうな」
(せっかく上手いのに辞めちゃうのかな…)
 仕事とアメフトが忙しいのは仕方ない。自分だって高校と時に描いたものを、大学とバイトの間に少しずつ修正しながらやっと完成したのだから。
(諦めてほしくないな…)
 自分の勝手なわがままだけれど、彼にはこれからも漫画を描いてほしい。
(私に何か手伝える事でもないかな…)
 そこで、先ほどまでの戸叶君との会話を思い出す。ストーリーはまとまっているが絵にインパクトがない私。絵は上手いが話がまとめきれていない戸叶君。
「あの!二人で漫画を描くのはどうですか!?」
 諦めてほしくない、その一心で思いついた瞬間。私の思いが声に出ていた。


「お…お世話になります!」
「は〜い、こっちがトイレね。冷蔵庫やこの棚の中の物、食べたかったら食べても良いよ。あ、でもお酒はダメね!私の命の源だから!」
(そこは未成年だからじゃないんだ…)
 二人で作業するために部屋を貸してくれた〇〇さんは、戸叶君の職場の先輩でとても気のいい人だった。
「ご飯とかはどうすんの?」
「俺らの事は気にしなくていいぜ。適当に済ますから」
「何言ってんの。しっかりご飯食べなきゃ、集中力持たないよ?私が準備してあげるから、ちゃんと食べな」
「いいのかよ。俺ら居候みたいなもんだぜ?」
「別に構わないよ。でも、私あんまり料理上手くないんだよね」
「なんか怖ぇな…」
「大丈夫よ、多分!」
 冗談を言い合う二人を後ろから見つめる。普段からこんなに仲が良いのだろうか。モヤモヤしたものが胸に広がり、息苦しくなる。
「△△?」
「…あ、ごめん!えっと、緊張しちゃって…」
「そんなにかしこまらなくても大丈夫よ!自分の家だと思って自由にしていいからさ」
「はい!ありがとうございます!」
(…私は漫画を描きに来ているんだから、余計な事は考えないようにしなきゃ…)
 モヤモヤしたものを自分の中に押し込めるように、漫画道具の入った鞄を抱きしめた。
 それから、大学とバイトの合間をぬって漫画を描く日々が始まった。描き進めていく中で、意見が合わず言い合いになった事もあったがそれでも順調に原稿は完成に近づいている。
(この調子なら、今月中には完成しそう!)
 そこでピタリと手が止まる。
(…これが完成したら、戸叶君と一緒に作業できなくなるんだ…)
 目の前にある描きかけの原稿を見つめた。教科書の落書きから始まった物語。あれだけ完成するのを楽しみにしていたというのに、それを望んでいない自分がいる。
(…終わらせたくないな…)
 持っていたペンがとても重く感じた。複雑な気持ちで作業を進め、ついに漫画は完成し今週末、編集社へ持ち込みに行く事になった。

 
 漫画が完成し時間に余裕ができてしまった私は、以前教えてもらった戸叶君の仕事場に立ち寄ってみる事にした。ずっと気になっていた、戸叶君と〇〇さんの関係。漫画の作成に集中するため考えないようにしていたが、原稿が終わった今はそれが気になって仕方がない。
(…どうしよう、さすがに入るのはまずいよね…)
 せっかく来たのだから顔ぐらい見て帰りたいと、周囲の様子を確認する。すると、聞き覚えのある声が建物の裏から聞こえてくる。声のする方へと近づき、こっそりと覗けば戸叶君と〇〇さんが楽しそうに話していた。
(…やっぱり、普段から仲がいいんだ…)
 以前感じたモヤモヤしたものがよみがえってくる。何を話しているのかはわからないが、親密な関係なのは見ていてよくわかる。私が今出て行けば、二人の会話を邪魔できるのではと嫌な考えが浮かんでくる。
(…だめ、〇〇さんは、私達のために色々助けてくれたのに…)
 その時、〇〇さんが戸叶君に何か耳打ちする。すると、戸叶君が顔を赤くして何かを言い返し、〇〇さんが楽しそうに笑っている。私はそんな光景に耐えきれず、その場から走り去った。


 そして持ち込み当日。約束した場所で待ち合わせ、二人で行く事に決めた。私はあの日からよく眠る事ができず、約束した時間よりも早く着いてしまった。
(…今日で本当に終わり。明日からはもう連絡を取ることもないんじゃ…)
 次々と嫌な考えが浮かんでは消えてを繰り返している。こんな沈んだ気持ちで持ち込みになんて行けるのだろうか。考えれば考えるほど、気持ちは沈んでいく。
「よぉ。早いな、待ったか?」
 戸叶君の声が聞こえ、できるだけ暗い顔を見せないように努める。
「…緊張であんまり眠れなくて、早く来ちゃったんだ」
「そんな緊張すんなよ。今日は二人で行くんだから、一人で行くより心強いだろ」
 戸叶君がニカッと笑う。いつもならそれにつられて笑ってしまうのだが、上手く笑う事ができない。
「…ん?おい、どうしたんだ?元気ねぇぞ、大丈夫か?」
「……戸叶君、漫画持って行くの…今日はやめませんか?」
「え…ここまで来たのにか?何か原稿に気になる所でもあったのか?」
 私が突然そんな事を言うので、戸叶君が慌てている。私は理由も言わず、俯いたまま黙っていた。
「…わかった。じゃあ、また今度にすっか!時間おいて一回見直すのもいいかもな。時間が経ってから見ると、おかしな所に気づくかもしんねぇし」
 戸叶君はそう言って笑った。彼が優しく笑いかけてくれるのを見て、良心が痛む。別に私がいなくても一人で持ち込みにだって行けるのに、彼はそうしなかった。
「どっかで飯食って帰るか。何か食いたいもんでもあるか?」
 どこまでも優しい彼に、とうとう耐えられなくなった。
「…ごめんなさい!やっぱり持って行こう、戸叶君!」
「うぉ!急にどうしたんだよ。別に焦んなくてもいいって、行こうと思えばいつでも行けるんだからよ」
「…違う、違うんです…」
 彼を応援するために自分から手伝いたいと言い出したのに、最後で足を引っ張るのは私。
「…この漫画が完成したら、もう戸叶君と一緒に描けないと思って…それが嫌で…ごめんなさい…」
 迷惑になるとわかっているのに、涙が止まらない。
(早く泣き止まないと…戸叶君が困ってる…)
「…だったらよ。これからも二人で描けばいいんじゃねぇか?」
「…え?」
 戸叶君の言葉に思わず顔を上げた。彼は顔を赤くして、明後日の方向を見ていた。
「…いや、こんな言い方はズルいよな。漫画でも現実でも、相手に伝わんなきゃ意味ねぇし…」
 ぶつぶつと何かを言った後、深呼吸をして私の方に向き直る。
「えー、△△さえ良ければ、これからも俺と一緒に漫画を描くの手伝ってほしい…それと!こっちは全然断ってくれていいんだが…その、彼女としても一緒にいてほしい…って言ったら嫌か?」
 思ってもいなかった告白に驚き、涙も引っ込んでしまった。どちらも嬉しい事なのだが、一つ気になる事がある。
「…あの、〇〇さんは良いんですか?」
「…は?何で姉さんが出てくんだ?」
「…仲が良さそうだったから…」
 そこまで言って私の言いたい事がわかったのか、戸叶君はポンと手を打つ。
「姉さん、仲良くなるとみんなあんな感じだぞ。それに、彼氏いるしな」
「え!?」
「年下のやつらはみんな子供みたいにしか思われてねぇよ。彼氏ですらまだ子供扱いだしな」
「そ、そうなんだ…」
 確かに私もよく頭を撫でられたり、駄菓子などをもらったりと扱い方が子供に対するようであった気がする。どうやら私の勘違いだったようで、恥ずかしくなり顔が熱くなる。
「…で、どうするよ」
「はっ!…や、やります!彼女兼アシスタント!」
「よし!じゃあ、こいつ持って行こうぜ!良くても悪くても、次を描かないといけねぇからな!」
「…うん!」
 ニッと笑う戸叶君に応えるように、私も満面の笑みを返す。さっきの暗い気持ちが嘘のように、二人並んで編集社へと向かって歩きだした。


「あの漫画の結果なんだが、連載をもらえる事になりました。えーというわけで、作業すんのに新しく部屋を借りて二人で住もうかと思ってます」
「…うぅ、おめでとう!二人ともお幸せにね!」
「〇〇さん、それは気が早すぎると思います」
 〇〇さんにお礼と報告をするため、戸叶君と一緒に仕事場まで来たのはいいが、報告するなり〇〇さんが号泣し二人とも困惑している。〇〇さんの隣にいる、強面な男の人も困っている。
「これお礼のお菓子です!今までお世話になりました」
「ありがとー!二人とも上手くいって良かったね〜お姉さん嬉しくて涙が…」
「泣くなよ。逆に引くぞ」
「何でよ!?でも二人がいなくなっちゃうの寂しいな〜三人でご飯食べたりとか結構楽しかったのに…あ!今度は逆に、私が行っちゃおうかな〜」
「は?ダメだぞ。姉さんが入れるような部屋ねぇし」
「聞いた?武蔵君!トガちゃんが反抗期!」
 戸叶君の言った通り、〇〇さんは私達の事をまるで自分の子供のように思っているようだ。
「〇〇さんの手料理…」
 そして〇〇さんの隣の強面の人が、戸叶君をジロリと睨んでいる。
「げっ!言うなよ姉さん!面倒な事になるから黙ってたのに!つーか、一人が寂しいならおっさんと一緒に住みゃいい話だろ!」
 戸叶君が強面の人を指差した。
(あ、この人が〇〇さんの彼氏さん…)
「えーでも、仕事場から離れちゃうじゃん!ねぇ?」
「…いや、俺はそれでも…」
 さっきまで戸叶君を睨んでいたのに、落ち着きなくそわそわし始めた。
(ちょっと照れてる…嬉しいんだ)
 そんな様子を見ていると、ぐいっと手を引っ張られた。
「おい、報告も済んだし帰んぞ。惚気見せられても困るからな」
「え?あ、し…失礼します!」
「引越しの時は、また言ってね〜!手伝いに行くから!」
「ありがとうございます!」
 大きく手を振って見送られる。最後の最後まで良い人だった。


家までの帰り道を二人並んで歩く。
「えーと、とりあえず部屋は決めたが引っ越しはいつにする?姉さん家に置いたままの物も取りに行かねぇとな」
「そうだね。私、もう少ししたら大学休みになるから、その時にでもやっておくよ」
「は?一人でやるつもりかよ」
「だって戸叶君、忙しそうだし…」
「二人で協力するために、一緒に住む事にしたんだろうが。お前が一人でやったんじゃ、一緒になった意味がねーだろ。時間はちゃんと作る。無理せずゆっくりやって行こうぜ」
「…うん!」
 お互い顔を見合わせて笑う。

 これから楽しい毎日を描いていけたらと、自然と繋がれた手を強く握り返した。
4/10ページ
スキ