不器用な男達
その後、武蔵君のいる泥門デビルバッツは関西一位を打ち破り、今度は世界の高校アメフトチームと試合をするために海外に行ったらしい。私の方も、大手企業と契約を取り付ける事ができた。
これで武蔵工務店もしばらくは安泰だ。ただ一つ条件はあるが、たいした事はないだろう。
「ただいま戻りました〜!これお土産です!」
大量のお土産を持って、久しぶりに武蔵工務店の事務所へと入る。
「お帰り!どうだった?楽しかった?」
「何か面白いもんでもあったか?」
「大きい会社は使うもんもデケェのか?」
皆が口々に質問してくるので、どれから答えればいいのか困っていると親父さんが顔を覗かせた。
「おう、嬢ちゃん。帰ってきたか」
「ただいま親父さん。あれ?作業着…」
「嬢ちゃんがいない間に、復帰したんでな」
「お!それは良かったです。でも、無理はしないで下さいよ?」
「ん。で、嬢ちゃん仕事の方はどうなったんだ?」
親父さんがそう口にすると、さっきまで騒がしかった大工のおっちゃん達が静かになる。
「…もちろんオッケーですよ!」
「やったー!流石〇〇さん!」
「もったいぶるなよ!ヒヤヒヤしたぜ…」
おっちゃん達が手を叩いて喜んでくれている。
「でも、一つ条件がありまして!」
喜んでいる所に水をさすのは悪い気がしたが、このままだと言うタイミングが無いと思い大きな声を出す。
「条件?」
「私があちらの会社に移動する事が条件です。まぁ、親父さんも復帰したし、私がいなくても大丈夫…」
「大丈夫じゃないよ!事務作業どうすんの!?」
「嬢ちゃんがいねぇ間大変だったんだぞ!」
「おっさんばっかの職場は嫌だぜ!花がねぇよ!」
最後のは置いといて、事務作業があった事を思い出した。確かにこれを彼ら任せるのは難しい。
「それは簡単にできるよう、マニュアルを作りますから」
「仕事はまぁいい。嬢ちゃんはそれでいいのか?」
親父さんが険しい顔をして私を見る。
「私は問題ないです。現場作業はできなくなりますが、あっちの仕事もなかなかやりがいありそうだったので!」
あちらの会社に行くと事務作業が主となる。現場作業も好きだったのだが仕方ない。やりがいがありそうなのは嘘ではないし、これで武蔵工務店が安定するなら良い話である。
「…嬢ちゃんがいいなら、俺は何も言わねぇよ」
「……〇〇さんが決めたんなら仕方ないよね…いつ行くの?」
「……えーと、来週から…」
「「来週!?」」
「それは急すぎるだろ!」
「移動するまでには、ちゃんと引き継ぎを済ませますんで!」
「あと三日しかねぇぞ!送別会できねぇ!」
「お酒飲みたいだけでしょうが!送別会なんていいですって、そんな遠くに行くわけでもないし…」
そうやって話していると、事務所のドアが開き武蔵君が立っていた。
「あ!武蔵君!優勝おめでとう!すごいね〜外国にも行ったらしいね!どうだった?」
「送別会ってどういう事ですか」
武蔵君は私の質問を無視して、勢いよく距離を詰めてきた。
「え…えっと、実は会社を移動する事になって…」
「移動?」
「ウチと契約する代わりに、嬢ちゃんをくれって話だ」
「…ふざけんな!会社のために〇〇さんを売ったのか!!」
武蔵君が親父さんに掴みかかるのを慌てて止める。
「落ち着いて武蔵君!会社に売ったとかじゃないから!私が決めた事なの!」
「…〇〇さんが?」
「そうそう!あっちの仕事も楽しそうだし、武蔵工務店も安泰!なーんにも心配しなくていいの!」
明るく振る舞いどうにか武蔵君の機嫌を取ろうとするが、その表情が晴れることはない。
「会社はそこまで離れてないし、こっちの手伝いも行って良いって言われてるから。ほんと無理に会社を移動する訳じゃないから!ね?」
そこまで言ってやっと親父さんの胸倉を掴んでいた手を離した。
「…〇〇さん、話がある」
「えっ?どうしたの?」
突然腕を掴まれ、強い力で引っ張られる。おっちゃん達がオロオロしているのを横目に事務所を出て、誰もいない加工場へ連れ込まれた。武蔵君は加工場の扉を閉めると、まっすぐに私を見つめた。
「…〇〇さん、好きです。俺と付き合って下さい」
「…へ?」
話の展開についていけず、間抜けな声が出てしまった。
「え、えーっと…ちょっと待ってね…頭が追いつかなくて…」
さっきまで会社を移動するという話をしていたはずなのだがと、頭を押さえる。
「本当はまだ言うつもりはなかったんですけど…今伝えとかないと、他の男に言い寄られたりしたら困るんで」
「いやいや、そんな事ないから…」
悲しい事に、この二十六年間生きてきて告白なんてされた事がない。
(それにしても、この私が告白される事があるとは…不覚にも少しときめいてしまった…)
少しだけ憧れていたやりとりに浮き足が立つ。もしかして、仕事のせいで職場が変わる私を引き止めるためかと思ったが、連れ出された時のまま強く握られた手が、それは違うと教えてくれている。
(…手が熱い、緊張してるんだろうな。顔はいつもの仏頂面だけど)
いつもと変わらない表情に苦笑する。
「…ありがとう武蔵君。でも、ごめんね。付き合う事はできないよ」
「…どうしてですか?」
「いや!歳の差!私、今年で二十六!あなたは十七!社会人が高校生に手を出したなんて、捕まりそうじゃない?」
なるべく彼を傷つけないように明るく答えた。
「歳の差なんて気にしないです。それに俺は老けて見えるんで、〇〇さんとの歳の差なんて他人にはわからないと思います」
どこか拗ねたように言う武蔵君。
(老け顔でいじられるの、ちょっと気にしてたんだ…)
しかし、困った。どうやら歳の差では、諦めてはくれないようである。
「…高校生とは付き合えないよ」
今度は真面目に、しっかりと武蔵君の目を見て伝える。
「私みたいな年上より、学校でいい子見つけなさい。お父さんの会社も部活も落ち着いたんだし、のんびり周りを見てみて?いいよね〜!一緒に登下校とか憧れる!」
「…俺は…」
「まだ、若いんだから焦らなくたって大丈夫!」
食い下がろうとする武蔵君に言い聞かせる。私が意地でも引かない事がわかったのか、少しずつ握られていた手から力が抜け、するりと離れた。
「…わかりました…」
「うん。ありがとう…ごめんね」
項垂れる武蔵君の頭を撫でてあげたかったけれど、また変に期待させてしまいそうだったのでやめた。自分の軽率な行動で、彼に勘違いをさせてしまったかもしれないのだから。
その後は何事もなかったかのように事務所へ戻った。みんなには、向こうの会社に行ってどんな仕事をするのかと詳しく聞かれただけと答えておいた。そして引き継ぎのための資料を作りながら、自分の荷物を片付けていく。
武蔵工務店で仕事をする最後の日。やり残しはないか入念に確認をする。
「…作業着どうしようかな?」
武蔵君にもらった作業着。まだ綺麗だし、捨てるのはもったいない。しかし、持っていても向こうの会社では使う事はないだろう。どうしようか悩んでいると、親父さんが様子を見に来た。
「まだ使えんだったらここに置いとけ。忙しい時は、こっち来てくれんだろ?なら、置いときゃいい」
「いいんですか?じゃあ、空いたロッカーにでも入れときます」
「…明日から静かになるな」
「…いや逆でしょ!朝からバタバタするんじゃないですか〜?」
「そりゃあ困った。近所迷惑だって言われちまう」
「あ、やっぱり言われてたんですね」
「…まぁ、決まっちまったもんは仕方ねぇ…あっちでも頑張れよ」
「…はい。短い間でしたけどお世話になりました」
そう言って頭を下げる。親父さんは煙草をくわえて、軽く手をあげ加工場から出て行った。自分も作業着をロッカーにしまうと、加工場を後にする。
(本当に手伝いに来れたらいいけど…)
武蔵工務店へのフォローは正直な所、行かせてもらえるかはわからない。
(これが最後って事になるかもな…)
ちらりと、親父さんの家がある方を見た。あの日、武蔵君に告白された日から、彼とは一度も顔を合わせてはいない。後味の悪い別れ方をしてしまって申し訳ないなと思うが、会ったところでなんと言えばいいのかわからない。結局、会うことはせず武蔵工務店を去ることにした。
「これで荷物は最後ですね。それじゃ、出発します」
引越し業者のトラックが走り出すのを見送る。
「よし、じゃあ私も行きますかね」
部屋の鍵を返却し、自分の車に乗り込もうとした時だった。聞き覚えのあるエンジン音に振り返ると、自分もよく乗っていた軽トラがこちらへと走ってくる。
(あれ、工務店の軽トラじゃ…)
大工のおっちゃんが現場へ向かうのかと見ていたら、自分の停めていた車の後ろで停車する。
「…ん?」
この周辺で仕事なのかと不思議に思っていると、運転席のドアが開き武蔵君が降りてきた。
「…あ。こら!また勝手に車運転して!警察に見つかったらどうすんの!」
武蔵君が高校生である事を知り色々と調べてみたら、まだ車の運転をしてはならない事がわかった。すぐさま、武蔵親子を並べて説教したのを覚えている。おっちゃん達に『親父っさんを怒れる人なんてなかなかいねぇぞ』と言われたのもはっきりと覚えている。というのに、彼は全く悪びれる様子もなく普通に車から降りてきた。
「…一言目がそれっすか」
武蔵君は一瞬驚いた顔をした後、苦笑いを浮かべた。
「全く反省の態度がない…ちゃんと免許取ってからにしなさいって言ってるでしょ!」
「あー、はい。わかりました」
またかと言うようにそっぽを向く。悪い事なのだが、家のためと言われると強く怒れないのがもどかしい。
「…はあ、それでどうしたの?ここらへんで仕事?」
「いや。〇〇さんに言いたい事があって来ました」
「言いたい事?」
「…やっぱり俺、〇〇さんの事が好きです」
あの日はっきりと断ったつもりだったが、武蔵君は諦めていないようである。
「…ん〜だからね。この前も言ったように…」
「高校生とは付き合えない、ですよね」
「う、うん。そう…」
私が最後まで言い終わらないうちに武蔵君が言葉をかぶせる。わかっているならどうしてまた告白を試みたのか。私は不思議に思い首を傾げた。
「高校生だからダメなんですよね?」
「…う、うん?」
何か引っかかるような言い方に疑問を感じながらも答えると、なぜか武蔵君が少し笑った。
「じゃあ、俺が高校卒業したら付き合ってもらえるって事ですよね」
「………うん…え?」
「卒業するまで一年と少し。俺が卒業した時に、〇〇さんに相手がいなかったら俺と付き合って下さい。もしいい人ができたのなら、そん時はきっぱり諦めます」
開いた口が塞がらないとはこの事か。まさかそんな風に捉えられるとは考えていなかった。というか、ここまで思われるほど自分の何が良いのかさっぱりわからない。
(卒業までか…私の方はともかく、武蔵君にいい子ができるかもしれないし…会社が変わるから会う事も少なくなる。その間に冷めるかもしれないしな)
「…わかったよ、私の負け!武蔵君が高校卒業した時に、相手がいなかったら付き合います!」
「…約束してくれますか?」
「うん。約束します!」
そう言えば武蔵君が、あまりお目にかかれない嬉しそうな顔をする。
「…じゃあ、俺現場行きます。新しい会社、嫌になったらいつでも戻ってきていいんで」
「そんなポンポン仕事変えられないって…」
「〇〇さんなら誰も文句言わないです」
「はいはい。仕事、手伝うのはいいけど気をつけてね」
「はい。…一年後、楽しみにしてるんで」
「あんまり期待しないようにね」
「俺、忘れないですから」
そう宣言して軽トラに乗り込み、こちらを見て少しだけ顔を緩ませ走り去っていった。私は軽トラが見せなくなるまで、手を振って見送った。
「…若いっていいなぁ〜」
できればその感情をもっと若い子に向けて欲しかったのだが。武蔵君が卒業するまで一年と少し。会う事もほとんどなくなるだろうし、その間に気持ちも薄れていくだろう。
「…さ、私も行かないと!荷解き済ませておかないと出勤できないし」
車に乗り込み、新しい場所へと向かう事にした。
それから半年後。大工のおっちゃん達の怒号が聞こえる武蔵工務店に、久しぶりに大きな笑い声が響いていた。
「どうした嬢ちゃん!戻ってくんのが早いなぁ!」
「何やらかしたんだ〜?何か壊したか!」
久しぶりに戻ってきて、懐かしい顔ぶれが揃ったと思えば朝から大爆笑。自分に非があるため、何も言い返せない。
「まさか半年でクビになるとは思わなかったな」
親父さんが笑いを堪えながら言うと、また笑い声が大きくなった。
「私の事はいいんで!早く仕事に行ってくださいー!」
「怒った怒った!」
「気をつけろ〜投げ飛ばされるぞ!」
お望みどうりに投げてやろうかと、掴みかかるフリをすればバタバタと狭い事務所を走って逃げるおっちゃん達。
「おい、朝から何騒いでんだ。近所迷惑…」
学校に行こうとしていたのだろう。あまりにも事務所が騒がしいので、様子を見に武蔵君が入り口から顔を覗かせる。そしていないはずの私を見つけ、大きく目を見開き驚いていた。
「…〇〇さん?」
「お!厳ちゃん聞いてくれ!嬢ちゃん、会社クビになったんだってよ!」
「ものわかりの悪い上司を背負投げしたらしい!」
「クビ?背負投げ?」
武蔵君は訳がわからないと言う顔をしている。当たり前だと思う。親父さんに説明した時も同じ顔をされた。さすが親子、やっぱり似てる。
「パワハラ上司をボコボコにしたらしい!」
「んで、クビになって帰って来た」
「ボコボコにはしてない。一回投げただけ」
「上等だろ」
今思い出すとかなり恥ずかしい。居たたまれなくて、両手で顔を覆う。
「仕事でわかんねぇとこがあったから、嬢ちゃんに聞こうと連絡したら辞めたって言うからよ。行くとこねぇなら、戻って来いって言ったんだ」
「辞めたと言うか、辞めさせられたの方が正しいかと」
「まぁ、戦力が戻ってきたなら、俺はどっちでもいいさ」
「…そうか。助かったな玉八。これで事務処理しなくてよくなるぞ」
「本当だよ!帰って来てくれて良かった!早速、仕事が溜まってるんだけど…」
「もちろん、やらせていただきます」
「よし、嬢ちゃんも帰って来た事だし、仕事に取り掛かんぞ」
親父さんの一言で全員がそれぞれの持ち場へと移動する。私も自分がいなかった間に溜まった仕事を片付けるために、玉八さんについて行った。
そして、武蔵工務店に戻って来て初めての土曜出勤。これからは私も本格的に現場作業をやる事にしたので、土曜日も出勤に変わった。アメフト部を引退した武蔵君は、大工のおっちゃん達に混ざって学校が休みの日まで仕事を手伝っている。改めて見ても、高校生には見えない。
(工具の扱いも手慣れてるし、見た目もあんなだから違和感ない…)
「嬢ちゃん、さっき言ってたのできたら持ってきてくれ!」
「はーい!」
頼まれていた足場に使うパイプの本数を確認しまとめる。
「…よし、全部あるね」
それを持ち上げようとしゃがみ込んだ時だった。スッと影がかかり、パイプの束が宙に浮いた。
「重いんで俺が持って行きます」
振り返れば、武蔵君がパイプの束を軽々と担ぎ上げた。
「それくらい持てるのに」
「まだ他にもあるんでしょう」
「まぁ、あるけど…」
仕方なく一緒に持って行こうとしていた荷物を持ち、先を歩く武蔵君を追いかける。
「最近どう?学校は」
「部活引退してからは暇っすね。時々、部活に顔出したりしてますけど、それ以外はこうして仕事の手伝いしてます」
「相変わらず、アメフトか仕事の二択ねぇ…」
「どっちも好きなんで」
「ならいいけど。いや、いいのかなぁ…高校生なのに」
他愛のない話をして一緒に作業している内に、ふと武蔵君と半年前にした約束を思い出した。
(そういえば私、武蔵君に告白されてるんだよな)
しかし彼は、今までと変わらず私に接してくれている。普通だったら、少しギクシャクしたり振り向かせようとしたり、何かしらアクションなあるのではないかと思っていたが、全くそんな事がない。最近はこんな感じなのか?と思ったが、単純に気持ちが冷めてしまったのだろう。大好きなアメフトと仕事があって満足しているようだし、もしかしたら学校で気になる子ができたのかもしれない。
「嬢ちゃん、今度はこっち手伝ってくれ!」
「はーい!武蔵君、手伝ってくれてありがとね!」
(あと、私の事を好きになってくれてありがとう)
心の中でそう言って武蔵君から離れる。自分だけ意識していては、彼の邪魔になりかねない。私も今までと変わらず、彼と接していこうと決めた。そうして毎日を過ごしていくうちに、武蔵君との約束はちょっとした甘酸っぱい思い出として胸の中にしまいこんだ。
武蔵工務店のすぐ近くに植えられている桜が綺麗に花を咲かせている。まだ空が薄暗い中、私は仕事の段取りのため早くに武蔵工務店へと来ていた。
「…うー寒い」
加工場の鍵を開け中に入る。気温が低いせいで動きが悪くなっている設備達を動かしてやり、後ですぐ使えるように準備をしておく。
「…うん。これくらい動かしておけばいいかな」
暖機運転を終わらせ、事務所に戻って大工のおっちゃん達が来るまで少しのんびりしていようかなと、加工場を出ようとした時だった。
「おはようございます」
「うわ!びっくりした!…おはよう」
目の前を立ち塞がるように、武蔵君が立っていた。
「…えっと、もしかして仕事するつもり?」
「はい」
当たり前ですけど、と言うように慣れた手つきで仕事の準備を始めた。
「…いや、昨日卒業したばっかりなのにすぐ仕事って…」
「他にやる事ないんで」
「そ、そうですか…」
昨日は泥門高校の卒業式だった。武蔵君はアメフト部のみんなから、花束やプレゼントをたくさん貰って帰ってきた。高校卒業後は、親父さんの跡を継ぐ事になっている。
(仕事が好きって言ってたけど…)
卒業して一日も経たずに仕事モードな武蔵君を見て苦笑する。ここで年上の自分が休んでいては情けないなと思い、次の作業の準備をする事にした。
「…〇〇さん、ちょっと相談があるんですけどいいですか?」
準備を終わらせた武蔵君が私を呼んだ。
「ん?いいよー」
自分の方もキリが良かったので手を止める。寒かったのでストーブをつけ、休憩する時に使うボロボロのベンチを引っ張って二人で座る。
「俺、社会人のアメフトチームを立ち上げようと思ってるんです」
「おーすごいね!そっかぁ、アメフト好きだもんね」
「まだ色々やらないといけない事がたくさんあるんですけど、とりあえず人は集めときたくて…」
「うんうん」
「〇〇さんに、チームのマネージャーを頼みたいんです」
突然の申し出に驚き、一度思考がストップする。
「…そ、それは良いけど…私アメフトのルールとか知らないよ?球拾いぐらいしかした事ないし…」
「それは俺もフォローします。〇〇さん、仕事覚えるの早かったし、アメフトのルールもすぐわかると思います」
「…まぁ、武蔵君が良いって言うなら…」
「お願いしてもいいですか?」
「うん。いいよ」
我ながら単純だと思う。でも、引き受けたからには責任持ってやるつもりだ。せっかく声をかけてくれたのだし、彼を応援してあげたい。
(まずは、アメフトのルール覚えるところからかな)
とりあえずアメフト関連の書籍に目を通しておくべきかと、頭の中で考える。
「…それと、別件なんですが」
「ん?」
まだ何か相談事があるのかと彼の方を振り向けば、右手を優しく握られた。
「…え?」
驚いて武蔵君の顔を見れば、何やら真剣な表情でこちらを見ている。
「…一年前に約束した事、覚えてますか?」
「…や、約束?」
「俺が高校卒業するまでに〇〇さんに相手がいなかったら、俺と付き合ってくれるって約束です。忘れたとは言わせないですよ」
もう気がないのだと思って胸の中にしまっていたというのに、改めて思い出し体温が急上昇する。
「…逆に覚えてたんだ…」
「俺は忘れないって言いました」
「いや、だって!そんな好きです!みたいな素ぶりが全くなかったから、冷めたんだと思ってたのに!」
武蔵君は一瞬驚いた顔をした後、いたずらが成功したとでもいうように笑った。
「…そんな態度で接したら、〇〇さん本気で逃げんだろうなって思ったんで」
「わ、わざと気のないフリをしていたと…」
「押してダメなら引いてみろ…ですね」
「…意外と策士なのね、武蔵君…」
子供だと思っていた相手の罠にまんまと嵌ってしまい、情けないやら恥ずかしいやらで顔が熱い。
「で、大人の〇〇さんは俺との約束、もちろん守ってくれますよね」
勝ち誇ったように笑う武蔵君。そんな顔もできたのかと驚く。
「…くっ、約束は約束だし…でも本当にいいの?私、もう四捨五入したら三十なんですけど」
「歳なんてどうでもいいです。他の奴らから見れば、俺の方が老けて見えるだろうし」
「…ふっ」
前回も思ったが、まあまあ気にしているんだなと少し笑ってしまう。すると武蔵君が私をじろりと睨んだ。
「…ご、ごめん…」
「そんなもんですよ。俺らの歳の差なんて、笑い話程度で済むんです」
そう言うと武蔵君が立ち上がる。手を握られたままなので、自然と私も立ち上がる。武蔵君は向かい合うように、こちらに身体を向けた。
「…好きです。俺と付き合って下さい」
「…はい。こちらこそよろしくお願いします」
さすがにそんな真剣な顔で、二度も告白されては断り切れない。約束は約束。彼が後悔しないのならそれでいい、正直に言うと武蔵君の事は好きだ。
(…結局、はっきり断れないのは私のせいか)
壁にかけてある時計が視界に入り、始業時間が近づいていた。
「そろそろ他の人が来ちゃうから戻ろうか?」
そう言った時だった。勢いよく武蔵君に抱きしめられる。
「…わー!?武蔵君!ちょっと!人が来るから!」
こんなところ、大工のおっちゃん達に見られたら何を言われるかわからない。
(親父さんに見つかったらどうしよう!一人息子だし、色々とあるんじゃないかな!?やっぱりこういうのには順序とかが…最悪、クビになるかも…)
最悪のケースを考えてしまい軽くパニックになった状態で、彼の背中をバシバシ叩くが全く離れてくれない。一人で慌てていると、武蔵君が大きく息をはいた。
「…一年。長かった…〇〇さんがよその会社で働いてる時、どんだけ不安だったか…」
「…まぁ、たった半年でしたけど…」
かっこつけて出て行ったのは良いが、半年で戻って来たのを思い出して恥ずかしくなる。クビになった理由もアレなのでカッコ悪すぎる。
「俺は良かったですけど」
「そうですか…」
やっと武蔵君が離れてくれる。その表情はとても穏やかだった。
「次、もしまた移動になっても行かせませんから」
「それはまだ親父さんが決めるんじゃない?」
「そうだとしても、絶対に行かせないですよ」
「そんな大袈裟な…」
二人で顔を見合わせて笑っていると、ガタンと大きな音がして加工場の入口の扉が倒れる。驚いてそちらを見れば、加工場の扉と一緒に玉八さんをはじめおっちゃん達が倒れこんでいる。
「…あ、あはは…えっと、俺たち何も聞いてないよ?」
「そ、そうそう!何も聞いちゃいねぇ!」
「嘘つけ!いつからいたんですか!?」
「いや、本当だから!今!今来たとこ!」
「厳ちゃんが、アメフトチーム作ったって所から…」
「序盤じゃないですか!?」
今のやりとりを聞かれていたと思うと、恥ずかしくて気が遠くなりそうになった。武蔵君はというと、特に気にした様子もなくいつもの仏頂面だった。
「てめぇら何やってんだ!とっとと現場に行け!」
「「すみません!行ってきます!」」
後ろから親父さんが現れ一喝すると、おっちゃん達が慌てて走り去っていった。
「…ったく、扉壊しやがって」
「すみません、手伝います」
倒れた扉を起こそうとする親父さんを手伝う。扉はレールを外れただけだったので、すぐ元に戻った。
「壊れてなくて良かった〜」
「お前らもとっとと取り掛れよ。新しい仕事が入ってんだ。これからまた忙しくなるぞ」
「はーい」
親父さんはそう言って事務所に戻ろうとしたが、突然立ち止まる。どうかしたのかと不思議に思い、その後ろ姿を見つめる。
「…仕事中にじゃれ合うんじゃねぇぞ。怪我するからな」
「「……」」
親父さんはこちらを振り返らず、事務所の中に入っていった。
「ありゃ、親父にも聞かれてたな」
「え!?何で普通なの!?自分の親だよ、恥ずかしくない!?」
「別に。いずれわかる事ですし」
「私はすんごい恥ずかしいんですけど!!」
仕事仲間にも親父さんにもバレて、この後どんな顔して仕事をすればいいのかわからない。
「普通にしてればいいんですよ」
「できるか!それにしても、全員聞いてたなんて…」
「俺は良かったですけど」
「え、何で?」
「あなたが俺の彼女だってわかってたら、誰も手出しできなくなるんで」
さらっと恥ずかしげもなくそんな事を言って、準備した工具を持ち歩き出す。私はただその背中を、真っ赤な顔で見送る事しかできなかった。
「…昨日まで、高校生だったくせに!!」
どこでそんなセリフを覚えてきたのか。完全に私の負けである。
「オラ!糞ジジイ!言ってたモノ持って来たぞ!早く作れ!」
「足で開けない!ドアが壊れる!」
乱暴に事務所のドアを開け、入ってきた妖一君に注意をするが無視される。
「ん、そうだったな。見せてくれ」
妖一君が武蔵君に紙の束を渡す。私も気になって後ろから覗いた。
「…何これ?」
「偵察タワーカー」
「は?ウチってそんな物まで作るの?」
「作れなくても作るんだよ!俺が作戦考えてやるから、うまくいけばコイツを何が何でも作るって事で知恵を貸してやったんだ」
「作戦って何の?」
「…」
妖一君は何も言わず、こちらをじっと見てくる。しばらく沈黙し、武蔵君がぺらぺらと紙をめくる音だけが聞こえる。
「…あー!もしかして、武蔵君にあんな悪知恵吹き込んだの、あんたね!」
「ケケケ!!気づくの遅っせぇーんだよ糞ババア!この糞ジジイが思いつくわけねーだろ!」
「やっぱり!変だと思ったんだよね!武蔵君はあんなずる賢い事、言う子じゃないし!」
「お前の負けだな、糞ババア」
妖一君は楽しそうにケラケラと笑う。まさか高校生の手のひらで踊らされていたとは、一生の不覚。
「くっそう…」
「第一、お前が悪いんだろ。本気でダメなら、はっきり嫌いだってこっぴどく振ってやりゃあ良かったんだよ!」
「うっ…そんな事できるわけないでしょ!嫌いじゃないんだから!」
「……」
「というか私、話してる場合じゃなかった!武蔵君、ちょっと出てくるね!」
「…ん」
バタバタと荷物を持ち事務所から出ていく。そして事務所には、ぺらぺらと紙をめくる音だけが聞こえていた。
「…おい、にやけてんじゃねぇぞ。糞ジジイ」
「…俺のどこがにやけてんだ。いつもと変わんねぇだろ」
「そんな腑抜けたツラで、仕事もアメフトも手ぇ抜きやがったら承知しねぇからな」
「おい、今まで俺が手を抜いた事なんてあったか?」
「…ケケケ!言われてみりゃ…そうだな」
今までの彼の行動を思い出してニヤニヤと笑う。
少々の事では動じないこの男が、たった一人の女性の行動に一喜一憂していたなんて気付いたのはこの悪魔だけ。
これで武蔵工務店もしばらくは安泰だ。ただ一つ条件はあるが、たいした事はないだろう。
「ただいま戻りました〜!これお土産です!」
大量のお土産を持って、久しぶりに武蔵工務店の事務所へと入る。
「お帰り!どうだった?楽しかった?」
「何か面白いもんでもあったか?」
「大きい会社は使うもんもデケェのか?」
皆が口々に質問してくるので、どれから答えればいいのか困っていると親父さんが顔を覗かせた。
「おう、嬢ちゃん。帰ってきたか」
「ただいま親父さん。あれ?作業着…」
「嬢ちゃんがいない間に、復帰したんでな」
「お!それは良かったです。でも、無理はしないで下さいよ?」
「ん。で、嬢ちゃん仕事の方はどうなったんだ?」
親父さんがそう口にすると、さっきまで騒がしかった大工のおっちゃん達が静かになる。
「…もちろんオッケーですよ!」
「やったー!流石〇〇さん!」
「もったいぶるなよ!ヒヤヒヤしたぜ…」
おっちゃん達が手を叩いて喜んでくれている。
「でも、一つ条件がありまして!」
喜んでいる所に水をさすのは悪い気がしたが、このままだと言うタイミングが無いと思い大きな声を出す。
「条件?」
「私があちらの会社に移動する事が条件です。まぁ、親父さんも復帰したし、私がいなくても大丈夫…」
「大丈夫じゃないよ!事務作業どうすんの!?」
「嬢ちゃんがいねぇ間大変だったんだぞ!」
「おっさんばっかの職場は嫌だぜ!花がねぇよ!」
最後のは置いといて、事務作業があった事を思い出した。確かにこれを彼ら任せるのは難しい。
「それは簡単にできるよう、マニュアルを作りますから」
「仕事はまぁいい。嬢ちゃんはそれでいいのか?」
親父さんが険しい顔をして私を見る。
「私は問題ないです。現場作業はできなくなりますが、あっちの仕事もなかなかやりがいありそうだったので!」
あちらの会社に行くと事務作業が主となる。現場作業も好きだったのだが仕方ない。やりがいがありそうなのは嘘ではないし、これで武蔵工務店が安定するなら良い話である。
「…嬢ちゃんがいいなら、俺は何も言わねぇよ」
「……〇〇さんが決めたんなら仕方ないよね…いつ行くの?」
「……えーと、来週から…」
「「来週!?」」
「それは急すぎるだろ!」
「移動するまでには、ちゃんと引き継ぎを済ませますんで!」
「あと三日しかねぇぞ!送別会できねぇ!」
「お酒飲みたいだけでしょうが!送別会なんていいですって、そんな遠くに行くわけでもないし…」
そうやって話していると、事務所のドアが開き武蔵君が立っていた。
「あ!武蔵君!優勝おめでとう!すごいね〜外国にも行ったらしいね!どうだった?」
「送別会ってどういう事ですか」
武蔵君は私の質問を無視して、勢いよく距離を詰めてきた。
「え…えっと、実は会社を移動する事になって…」
「移動?」
「ウチと契約する代わりに、嬢ちゃんをくれって話だ」
「…ふざけんな!会社のために〇〇さんを売ったのか!!」
武蔵君が親父さんに掴みかかるのを慌てて止める。
「落ち着いて武蔵君!会社に売ったとかじゃないから!私が決めた事なの!」
「…〇〇さんが?」
「そうそう!あっちの仕事も楽しそうだし、武蔵工務店も安泰!なーんにも心配しなくていいの!」
明るく振る舞いどうにか武蔵君の機嫌を取ろうとするが、その表情が晴れることはない。
「会社はそこまで離れてないし、こっちの手伝いも行って良いって言われてるから。ほんと無理に会社を移動する訳じゃないから!ね?」
そこまで言ってやっと親父さんの胸倉を掴んでいた手を離した。
「…〇〇さん、話がある」
「えっ?どうしたの?」
突然腕を掴まれ、強い力で引っ張られる。おっちゃん達がオロオロしているのを横目に事務所を出て、誰もいない加工場へ連れ込まれた。武蔵君は加工場の扉を閉めると、まっすぐに私を見つめた。
「…〇〇さん、好きです。俺と付き合って下さい」
「…へ?」
話の展開についていけず、間抜けな声が出てしまった。
「え、えーっと…ちょっと待ってね…頭が追いつかなくて…」
さっきまで会社を移動するという話をしていたはずなのだがと、頭を押さえる。
「本当はまだ言うつもりはなかったんですけど…今伝えとかないと、他の男に言い寄られたりしたら困るんで」
「いやいや、そんな事ないから…」
悲しい事に、この二十六年間生きてきて告白なんてされた事がない。
(それにしても、この私が告白される事があるとは…不覚にも少しときめいてしまった…)
少しだけ憧れていたやりとりに浮き足が立つ。もしかして、仕事のせいで職場が変わる私を引き止めるためかと思ったが、連れ出された時のまま強く握られた手が、それは違うと教えてくれている。
(…手が熱い、緊張してるんだろうな。顔はいつもの仏頂面だけど)
いつもと変わらない表情に苦笑する。
「…ありがとう武蔵君。でも、ごめんね。付き合う事はできないよ」
「…どうしてですか?」
「いや!歳の差!私、今年で二十六!あなたは十七!社会人が高校生に手を出したなんて、捕まりそうじゃない?」
なるべく彼を傷つけないように明るく答えた。
「歳の差なんて気にしないです。それに俺は老けて見えるんで、〇〇さんとの歳の差なんて他人にはわからないと思います」
どこか拗ねたように言う武蔵君。
(老け顔でいじられるの、ちょっと気にしてたんだ…)
しかし、困った。どうやら歳の差では、諦めてはくれないようである。
「…高校生とは付き合えないよ」
今度は真面目に、しっかりと武蔵君の目を見て伝える。
「私みたいな年上より、学校でいい子見つけなさい。お父さんの会社も部活も落ち着いたんだし、のんびり周りを見てみて?いいよね〜!一緒に登下校とか憧れる!」
「…俺は…」
「まだ、若いんだから焦らなくたって大丈夫!」
食い下がろうとする武蔵君に言い聞かせる。私が意地でも引かない事がわかったのか、少しずつ握られていた手から力が抜け、するりと離れた。
「…わかりました…」
「うん。ありがとう…ごめんね」
項垂れる武蔵君の頭を撫でてあげたかったけれど、また変に期待させてしまいそうだったのでやめた。自分の軽率な行動で、彼に勘違いをさせてしまったかもしれないのだから。
その後は何事もなかったかのように事務所へ戻った。みんなには、向こうの会社に行ってどんな仕事をするのかと詳しく聞かれただけと答えておいた。そして引き継ぎのための資料を作りながら、自分の荷物を片付けていく。
武蔵工務店で仕事をする最後の日。やり残しはないか入念に確認をする。
「…作業着どうしようかな?」
武蔵君にもらった作業着。まだ綺麗だし、捨てるのはもったいない。しかし、持っていても向こうの会社では使う事はないだろう。どうしようか悩んでいると、親父さんが様子を見に来た。
「まだ使えんだったらここに置いとけ。忙しい時は、こっち来てくれんだろ?なら、置いときゃいい」
「いいんですか?じゃあ、空いたロッカーにでも入れときます」
「…明日から静かになるな」
「…いや逆でしょ!朝からバタバタするんじゃないですか〜?」
「そりゃあ困った。近所迷惑だって言われちまう」
「あ、やっぱり言われてたんですね」
「…まぁ、決まっちまったもんは仕方ねぇ…あっちでも頑張れよ」
「…はい。短い間でしたけどお世話になりました」
そう言って頭を下げる。親父さんは煙草をくわえて、軽く手をあげ加工場から出て行った。自分も作業着をロッカーにしまうと、加工場を後にする。
(本当に手伝いに来れたらいいけど…)
武蔵工務店へのフォローは正直な所、行かせてもらえるかはわからない。
(これが最後って事になるかもな…)
ちらりと、親父さんの家がある方を見た。あの日、武蔵君に告白された日から、彼とは一度も顔を合わせてはいない。後味の悪い別れ方をしてしまって申し訳ないなと思うが、会ったところでなんと言えばいいのかわからない。結局、会うことはせず武蔵工務店を去ることにした。
「これで荷物は最後ですね。それじゃ、出発します」
引越し業者のトラックが走り出すのを見送る。
「よし、じゃあ私も行きますかね」
部屋の鍵を返却し、自分の車に乗り込もうとした時だった。聞き覚えのあるエンジン音に振り返ると、自分もよく乗っていた軽トラがこちらへと走ってくる。
(あれ、工務店の軽トラじゃ…)
大工のおっちゃんが現場へ向かうのかと見ていたら、自分の停めていた車の後ろで停車する。
「…ん?」
この周辺で仕事なのかと不思議に思っていると、運転席のドアが開き武蔵君が降りてきた。
「…あ。こら!また勝手に車運転して!警察に見つかったらどうすんの!」
武蔵君が高校生である事を知り色々と調べてみたら、まだ車の運転をしてはならない事がわかった。すぐさま、武蔵親子を並べて説教したのを覚えている。おっちゃん達に『親父っさんを怒れる人なんてなかなかいねぇぞ』と言われたのもはっきりと覚えている。というのに、彼は全く悪びれる様子もなく普通に車から降りてきた。
「…一言目がそれっすか」
武蔵君は一瞬驚いた顔をした後、苦笑いを浮かべた。
「全く反省の態度がない…ちゃんと免許取ってからにしなさいって言ってるでしょ!」
「あー、はい。わかりました」
またかと言うようにそっぽを向く。悪い事なのだが、家のためと言われると強く怒れないのがもどかしい。
「…はあ、それでどうしたの?ここらへんで仕事?」
「いや。〇〇さんに言いたい事があって来ました」
「言いたい事?」
「…やっぱり俺、〇〇さんの事が好きです」
あの日はっきりと断ったつもりだったが、武蔵君は諦めていないようである。
「…ん〜だからね。この前も言ったように…」
「高校生とは付き合えない、ですよね」
「う、うん。そう…」
私が最後まで言い終わらないうちに武蔵君が言葉をかぶせる。わかっているならどうしてまた告白を試みたのか。私は不思議に思い首を傾げた。
「高校生だからダメなんですよね?」
「…う、うん?」
何か引っかかるような言い方に疑問を感じながらも答えると、なぜか武蔵君が少し笑った。
「じゃあ、俺が高校卒業したら付き合ってもらえるって事ですよね」
「………うん…え?」
「卒業するまで一年と少し。俺が卒業した時に、〇〇さんに相手がいなかったら俺と付き合って下さい。もしいい人ができたのなら、そん時はきっぱり諦めます」
開いた口が塞がらないとはこの事か。まさかそんな風に捉えられるとは考えていなかった。というか、ここまで思われるほど自分の何が良いのかさっぱりわからない。
(卒業までか…私の方はともかく、武蔵君にいい子ができるかもしれないし…会社が変わるから会う事も少なくなる。その間に冷めるかもしれないしな)
「…わかったよ、私の負け!武蔵君が高校卒業した時に、相手がいなかったら付き合います!」
「…約束してくれますか?」
「うん。約束します!」
そう言えば武蔵君が、あまりお目にかかれない嬉しそうな顔をする。
「…じゃあ、俺現場行きます。新しい会社、嫌になったらいつでも戻ってきていいんで」
「そんなポンポン仕事変えられないって…」
「〇〇さんなら誰も文句言わないです」
「はいはい。仕事、手伝うのはいいけど気をつけてね」
「はい。…一年後、楽しみにしてるんで」
「あんまり期待しないようにね」
「俺、忘れないですから」
そう宣言して軽トラに乗り込み、こちらを見て少しだけ顔を緩ませ走り去っていった。私は軽トラが見せなくなるまで、手を振って見送った。
「…若いっていいなぁ〜」
できればその感情をもっと若い子に向けて欲しかったのだが。武蔵君が卒業するまで一年と少し。会う事もほとんどなくなるだろうし、その間に気持ちも薄れていくだろう。
「…さ、私も行かないと!荷解き済ませておかないと出勤できないし」
車に乗り込み、新しい場所へと向かう事にした。
それから半年後。大工のおっちゃん達の怒号が聞こえる武蔵工務店に、久しぶりに大きな笑い声が響いていた。
「どうした嬢ちゃん!戻ってくんのが早いなぁ!」
「何やらかしたんだ〜?何か壊したか!」
久しぶりに戻ってきて、懐かしい顔ぶれが揃ったと思えば朝から大爆笑。自分に非があるため、何も言い返せない。
「まさか半年でクビになるとは思わなかったな」
親父さんが笑いを堪えながら言うと、また笑い声が大きくなった。
「私の事はいいんで!早く仕事に行ってくださいー!」
「怒った怒った!」
「気をつけろ〜投げ飛ばされるぞ!」
お望みどうりに投げてやろうかと、掴みかかるフリをすればバタバタと狭い事務所を走って逃げるおっちゃん達。
「おい、朝から何騒いでんだ。近所迷惑…」
学校に行こうとしていたのだろう。あまりにも事務所が騒がしいので、様子を見に武蔵君が入り口から顔を覗かせる。そしていないはずの私を見つけ、大きく目を見開き驚いていた。
「…〇〇さん?」
「お!厳ちゃん聞いてくれ!嬢ちゃん、会社クビになったんだってよ!」
「ものわかりの悪い上司を背負投げしたらしい!」
「クビ?背負投げ?」
武蔵君は訳がわからないと言う顔をしている。当たり前だと思う。親父さんに説明した時も同じ顔をされた。さすが親子、やっぱり似てる。
「パワハラ上司をボコボコにしたらしい!」
「んで、クビになって帰って来た」
「ボコボコにはしてない。一回投げただけ」
「上等だろ」
今思い出すとかなり恥ずかしい。居たたまれなくて、両手で顔を覆う。
「仕事でわかんねぇとこがあったから、嬢ちゃんに聞こうと連絡したら辞めたって言うからよ。行くとこねぇなら、戻って来いって言ったんだ」
「辞めたと言うか、辞めさせられたの方が正しいかと」
「まぁ、戦力が戻ってきたなら、俺はどっちでもいいさ」
「…そうか。助かったな玉八。これで事務処理しなくてよくなるぞ」
「本当だよ!帰って来てくれて良かった!早速、仕事が溜まってるんだけど…」
「もちろん、やらせていただきます」
「よし、嬢ちゃんも帰って来た事だし、仕事に取り掛かんぞ」
親父さんの一言で全員がそれぞれの持ち場へと移動する。私も自分がいなかった間に溜まった仕事を片付けるために、玉八さんについて行った。
そして、武蔵工務店に戻って来て初めての土曜出勤。これからは私も本格的に現場作業をやる事にしたので、土曜日も出勤に変わった。アメフト部を引退した武蔵君は、大工のおっちゃん達に混ざって学校が休みの日まで仕事を手伝っている。改めて見ても、高校生には見えない。
(工具の扱いも手慣れてるし、見た目もあんなだから違和感ない…)
「嬢ちゃん、さっき言ってたのできたら持ってきてくれ!」
「はーい!」
頼まれていた足場に使うパイプの本数を確認しまとめる。
「…よし、全部あるね」
それを持ち上げようとしゃがみ込んだ時だった。スッと影がかかり、パイプの束が宙に浮いた。
「重いんで俺が持って行きます」
振り返れば、武蔵君がパイプの束を軽々と担ぎ上げた。
「それくらい持てるのに」
「まだ他にもあるんでしょう」
「まぁ、あるけど…」
仕方なく一緒に持って行こうとしていた荷物を持ち、先を歩く武蔵君を追いかける。
「最近どう?学校は」
「部活引退してからは暇っすね。時々、部活に顔出したりしてますけど、それ以外はこうして仕事の手伝いしてます」
「相変わらず、アメフトか仕事の二択ねぇ…」
「どっちも好きなんで」
「ならいいけど。いや、いいのかなぁ…高校生なのに」
他愛のない話をして一緒に作業している内に、ふと武蔵君と半年前にした約束を思い出した。
(そういえば私、武蔵君に告白されてるんだよな)
しかし彼は、今までと変わらず私に接してくれている。普通だったら、少しギクシャクしたり振り向かせようとしたり、何かしらアクションなあるのではないかと思っていたが、全くそんな事がない。最近はこんな感じなのか?と思ったが、単純に気持ちが冷めてしまったのだろう。大好きなアメフトと仕事があって満足しているようだし、もしかしたら学校で気になる子ができたのかもしれない。
「嬢ちゃん、今度はこっち手伝ってくれ!」
「はーい!武蔵君、手伝ってくれてありがとね!」
(あと、私の事を好きになってくれてありがとう)
心の中でそう言って武蔵君から離れる。自分だけ意識していては、彼の邪魔になりかねない。私も今までと変わらず、彼と接していこうと決めた。そうして毎日を過ごしていくうちに、武蔵君との約束はちょっとした甘酸っぱい思い出として胸の中にしまいこんだ。
武蔵工務店のすぐ近くに植えられている桜が綺麗に花を咲かせている。まだ空が薄暗い中、私は仕事の段取りのため早くに武蔵工務店へと来ていた。
「…うー寒い」
加工場の鍵を開け中に入る。気温が低いせいで動きが悪くなっている設備達を動かしてやり、後ですぐ使えるように準備をしておく。
「…うん。これくらい動かしておけばいいかな」
暖機運転を終わらせ、事務所に戻って大工のおっちゃん達が来るまで少しのんびりしていようかなと、加工場を出ようとした時だった。
「おはようございます」
「うわ!びっくりした!…おはよう」
目の前を立ち塞がるように、武蔵君が立っていた。
「…えっと、もしかして仕事するつもり?」
「はい」
当たり前ですけど、と言うように慣れた手つきで仕事の準備を始めた。
「…いや、昨日卒業したばっかりなのにすぐ仕事って…」
「他にやる事ないんで」
「そ、そうですか…」
昨日は泥門高校の卒業式だった。武蔵君はアメフト部のみんなから、花束やプレゼントをたくさん貰って帰ってきた。高校卒業後は、親父さんの跡を継ぐ事になっている。
(仕事が好きって言ってたけど…)
卒業して一日も経たずに仕事モードな武蔵君を見て苦笑する。ここで年上の自分が休んでいては情けないなと思い、次の作業の準備をする事にした。
「…〇〇さん、ちょっと相談があるんですけどいいですか?」
準備を終わらせた武蔵君が私を呼んだ。
「ん?いいよー」
自分の方もキリが良かったので手を止める。寒かったのでストーブをつけ、休憩する時に使うボロボロのベンチを引っ張って二人で座る。
「俺、社会人のアメフトチームを立ち上げようと思ってるんです」
「おーすごいね!そっかぁ、アメフト好きだもんね」
「まだ色々やらないといけない事がたくさんあるんですけど、とりあえず人は集めときたくて…」
「うんうん」
「〇〇さんに、チームのマネージャーを頼みたいんです」
突然の申し出に驚き、一度思考がストップする。
「…そ、それは良いけど…私アメフトのルールとか知らないよ?球拾いぐらいしかした事ないし…」
「それは俺もフォローします。〇〇さん、仕事覚えるの早かったし、アメフトのルールもすぐわかると思います」
「…まぁ、武蔵君が良いって言うなら…」
「お願いしてもいいですか?」
「うん。いいよ」
我ながら単純だと思う。でも、引き受けたからには責任持ってやるつもりだ。せっかく声をかけてくれたのだし、彼を応援してあげたい。
(まずは、アメフトのルール覚えるところからかな)
とりあえずアメフト関連の書籍に目を通しておくべきかと、頭の中で考える。
「…それと、別件なんですが」
「ん?」
まだ何か相談事があるのかと彼の方を振り向けば、右手を優しく握られた。
「…え?」
驚いて武蔵君の顔を見れば、何やら真剣な表情でこちらを見ている。
「…一年前に約束した事、覚えてますか?」
「…や、約束?」
「俺が高校卒業するまでに〇〇さんに相手がいなかったら、俺と付き合ってくれるって約束です。忘れたとは言わせないですよ」
もう気がないのだと思って胸の中にしまっていたというのに、改めて思い出し体温が急上昇する。
「…逆に覚えてたんだ…」
「俺は忘れないって言いました」
「いや、だって!そんな好きです!みたいな素ぶりが全くなかったから、冷めたんだと思ってたのに!」
武蔵君は一瞬驚いた顔をした後、いたずらが成功したとでもいうように笑った。
「…そんな態度で接したら、〇〇さん本気で逃げんだろうなって思ったんで」
「わ、わざと気のないフリをしていたと…」
「押してダメなら引いてみろ…ですね」
「…意外と策士なのね、武蔵君…」
子供だと思っていた相手の罠にまんまと嵌ってしまい、情けないやら恥ずかしいやらで顔が熱い。
「で、大人の〇〇さんは俺との約束、もちろん守ってくれますよね」
勝ち誇ったように笑う武蔵君。そんな顔もできたのかと驚く。
「…くっ、約束は約束だし…でも本当にいいの?私、もう四捨五入したら三十なんですけど」
「歳なんてどうでもいいです。他の奴らから見れば、俺の方が老けて見えるだろうし」
「…ふっ」
前回も思ったが、まあまあ気にしているんだなと少し笑ってしまう。すると武蔵君が私をじろりと睨んだ。
「…ご、ごめん…」
「そんなもんですよ。俺らの歳の差なんて、笑い話程度で済むんです」
そう言うと武蔵君が立ち上がる。手を握られたままなので、自然と私も立ち上がる。武蔵君は向かい合うように、こちらに身体を向けた。
「…好きです。俺と付き合って下さい」
「…はい。こちらこそよろしくお願いします」
さすがにそんな真剣な顔で、二度も告白されては断り切れない。約束は約束。彼が後悔しないのならそれでいい、正直に言うと武蔵君の事は好きだ。
(…結局、はっきり断れないのは私のせいか)
壁にかけてある時計が視界に入り、始業時間が近づいていた。
「そろそろ他の人が来ちゃうから戻ろうか?」
そう言った時だった。勢いよく武蔵君に抱きしめられる。
「…わー!?武蔵君!ちょっと!人が来るから!」
こんなところ、大工のおっちゃん達に見られたら何を言われるかわからない。
(親父さんに見つかったらどうしよう!一人息子だし、色々とあるんじゃないかな!?やっぱりこういうのには順序とかが…最悪、クビになるかも…)
最悪のケースを考えてしまい軽くパニックになった状態で、彼の背中をバシバシ叩くが全く離れてくれない。一人で慌てていると、武蔵君が大きく息をはいた。
「…一年。長かった…〇〇さんがよその会社で働いてる時、どんだけ不安だったか…」
「…まぁ、たった半年でしたけど…」
かっこつけて出て行ったのは良いが、半年で戻って来たのを思い出して恥ずかしくなる。クビになった理由もアレなのでカッコ悪すぎる。
「俺は良かったですけど」
「そうですか…」
やっと武蔵君が離れてくれる。その表情はとても穏やかだった。
「次、もしまた移動になっても行かせませんから」
「それはまだ親父さんが決めるんじゃない?」
「そうだとしても、絶対に行かせないですよ」
「そんな大袈裟な…」
二人で顔を見合わせて笑っていると、ガタンと大きな音がして加工場の入口の扉が倒れる。驚いてそちらを見れば、加工場の扉と一緒に玉八さんをはじめおっちゃん達が倒れこんでいる。
「…あ、あはは…えっと、俺たち何も聞いてないよ?」
「そ、そうそう!何も聞いちゃいねぇ!」
「嘘つけ!いつからいたんですか!?」
「いや、本当だから!今!今来たとこ!」
「厳ちゃんが、アメフトチーム作ったって所から…」
「序盤じゃないですか!?」
今のやりとりを聞かれていたと思うと、恥ずかしくて気が遠くなりそうになった。武蔵君はというと、特に気にした様子もなくいつもの仏頂面だった。
「てめぇら何やってんだ!とっとと現場に行け!」
「「すみません!行ってきます!」」
後ろから親父さんが現れ一喝すると、おっちゃん達が慌てて走り去っていった。
「…ったく、扉壊しやがって」
「すみません、手伝います」
倒れた扉を起こそうとする親父さんを手伝う。扉はレールを外れただけだったので、すぐ元に戻った。
「壊れてなくて良かった〜」
「お前らもとっとと取り掛れよ。新しい仕事が入ってんだ。これからまた忙しくなるぞ」
「はーい」
親父さんはそう言って事務所に戻ろうとしたが、突然立ち止まる。どうかしたのかと不思議に思い、その後ろ姿を見つめる。
「…仕事中にじゃれ合うんじゃねぇぞ。怪我するからな」
「「……」」
親父さんはこちらを振り返らず、事務所の中に入っていった。
「ありゃ、親父にも聞かれてたな」
「え!?何で普通なの!?自分の親だよ、恥ずかしくない!?」
「別に。いずれわかる事ですし」
「私はすんごい恥ずかしいんですけど!!」
仕事仲間にも親父さんにもバレて、この後どんな顔して仕事をすればいいのかわからない。
「普通にしてればいいんですよ」
「できるか!それにしても、全員聞いてたなんて…」
「俺は良かったですけど」
「え、何で?」
「あなたが俺の彼女だってわかってたら、誰も手出しできなくなるんで」
さらっと恥ずかしげもなくそんな事を言って、準備した工具を持ち歩き出す。私はただその背中を、真っ赤な顔で見送る事しかできなかった。
「…昨日まで、高校生だったくせに!!」
どこでそんなセリフを覚えてきたのか。完全に私の負けである。
「オラ!糞ジジイ!言ってたモノ持って来たぞ!早く作れ!」
「足で開けない!ドアが壊れる!」
乱暴に事務所のドアを開け、入ってきた妖一君に注意をするが無視される。
「ん、そうだったな。見せてくれ」
妖一君が武蔵君に紙の束を渡す。私も気になって後ろから覗いた。
「…何これ?」
「偵察タワーカー」
「は?ウチってそんな物まで作るの?」
「作れなくても作るんだよ!俺が作戦考えてやるから、うまくいけばコイツを何が何でも作るって事で知恵を貸してやったんだ」
「作戦って何の?」
「…」
妖一君は何も言わず、こちらをじっと見てくる。しばらく沈黙し、武蔵君がぺらぺらと紙をめくる音だけが聞こえる。
「…あー!もしかして、武蔵君にあんな悪知恵吹き込んだの、あんたね!」
「ケケケ!!気づくの遅っせぇーんだよ糞ババア!この糞ジジイが思いつくわけねーだろ!」
「やっぱり!変だと思ったんだよね!武蔵君はあんなずる賢い事、言う子じゃないし!」
「お前の負けだな、糞ババア」
妖一君は楽しそうにケラケラと笑う。まさか高校生の手のひらで踊らされていたとは、一生の不覚。
「くっそう…」
「第一、お前が悪いんだろ。本気でダメなら、はっきり嫌いだってこっぴどく振ってやりゃあ良かったんだよ!」
「うっ…そんな事できるわけないでしょ!嫌いじゃないんだから!」
「……」
「というか私、話してる場合じゃなかった!武蔵君、ちょっと出てくるね!」
「…ん」
バタバタと荷物を持ち事務所から出ていく。そして事務所には、ぺらぺらと紙をめくる音だけが聞こえていた。
「…おい、にやけてんじゃねぇぞ。糞ジジイ」
「…俺のどこがにやけてんだ。いつもと変わんねぇだろ」
「そんな腑抜けたツラで、仕事もアメフトも手ぇ抜きやがったら承知しねぇからな」
「おい、今まで俺が手を抜いた事なんてあったか?」
「…ケケケ!言われてみりゃ…そうだな」
今までの彼の行動を思い出してニヤニヤと笑う。
少々の事では動じないこの男が、たった一人の女性の行動に一喜一憂していたなんて気付いたのはこの悪魔だけ。
