不器用な男達

満開の桜の木が並ぶ道を、白愁高校の生徒達が歩いている。その中に、一際目立つ大きな背中を見つけた。
「おはよ、峨王」
「ん、マルコか」
素っ気ない挨拶も慣れたもの、俺は鞄から分厚い封筒を取り出し峨王に差し出した。
「はいコレ。今日、誕生日だろ?お前がよく行くハンバーガー屋のタダ券。こんだけあれば一ヶ月はもつでしょうよ」
分厚い封筒を峨王が受け取り、にやりと笑った。
「悪いな。これだと一週間ももたんかもしれん」
「冗談でしょ。店を潰す気かっちゅーの!」
そんな軽口を言いながら並んで歩いていると、校門の前にジャージ姿の〇〇が立っている。〇〇は俺達に気づくと、すごい気迫をまとってズンズンと近づいてきた。
「おいおい、おチビちゃん怒ってない?何かしたでしょ峨王」
「知らん。アイツはいつもあんな感じだろう」
「まぁ確かに」
面倒な事を押し付けられませんようにと祈りながら歩みを進め、俺達の少し手前で〇〇がピタリと止まった。
「おチビちゃん、おはよ。朝から何怒ってんの」
「チビって言うんじゃないですよ!それと別に怒ってません!」
「いや、怒ってるじゃん…じゃあ、俺達に何か用?」
「用があるのは峨王力哉、お前です!」
そう言って〇〇が峨王を指差した。
「ほーら、峨王。お前、やっぱり何かしたんだろ」
「ふん、記憶にない」
「都合よく忘れてるだけでしょ…ほら、謝っとけって。朝から怒らせると、今日の練習キツくなるからさ〜」
「知らん。謝らんといけない事はしてない。それに練習がキツくなるなら、それはそれでかまわん」
「いや、お前はいいかもしんないけどさ…」
「何をごちゃごちゃ言ってるんですか!」
峨王とこそこそ話しているのが気に入らなかったのか、〇〇が声を上げた。
「…峨王力哉。手、出してください」
「…なぜだ」
「いーから、出すんですよ!早く!」
「言われた通りにしとけって、峨王」
「…」
峨王が面倒くさいという表情で右手を〇〇の前に出すと、彼女がその手を掴み小さな袋を握らせた。
「…ぐ、偶然!ほんっとうに偶然なんですけど!昨日、クッキーが食べたくなって大量に作ってしまったんですよね!一人じゃ食べきれなくてどうしようと思ってたら、今日がお前の誕生日と聞きましたのであげ…いや、押し付けてやろうと思いまして!」
顔を赤くして早口で捲し立てる彼女はさらに続ける。
「た、食べないんだったら別に捨ててもらっても結構ですのでっ!それでは、とっとと着替えてランニング行ってください!私は練習の準備があるので、失礼します!」
俺達が何か言う前にすぐさま走り出し、見えなくなってしまった。
「…ほんと、なぁ〜んで素直におめでとうって言えないかね」
俺は峨王が〇〇から貰った袋を覗き込んだ。
「…ここまでご丁寧に作っておいて、偶然できましたって信じる方が無理ですよっちゅー話よ。な、峨王」
「…ふん。偶然だろうがなんだろうがどっちでもいい。俺は甘い物は食わん」
「…そっか、じゃあ俺が代わりに食おうか。捨てるのは流石に可哀想だろ?」
「…兄弟達にやる」
「そりゃ残念」
峨王がクッキーの入った袋を鞄に入れ歩き出す。
(素直じゃないのは、お互い様か)
小さくため息をついて、その後ろを追いかけた。

「帰ったぞ」
「あ、兄ちゃんお帰りー!もうすぐご飯だって!」
「わかった」
部活を終え家に帰ると、小学生の弟が二階から降りリビングへと向かう途中だった。鞄を廊下に置き、手を洗うため洗面所へ向かう。
「なんか兄ちゃんの鞄から美味しそうな匂いがする!わ!クッキーだ!」
「ぶはっ!!」
口をゆすぐために含んだ水を、盛大に吐き出してしまった。慌てて振り返れば、弟が自分の鞄を勝手に開け〇〇から貰ったクッキーの袋を持っていた。
「勝手に鞄の中を漁るな」
「だって良い匂いがしたから…」
「鼻がいいな、お前は…」
「ね、このクッキー食べていい?兄ちゃん、甘いもの嫌いでしょ?」
「…ダメだ」
そう言って弟から袋を取り上げた。
「え、何で!?いつもくれるのに!食べたい食べたい食べたいー!」
「…」
地団駄を踏む弟を前にして、大きなため息をついた。
「…わかった。分けてやるから静かにしろ」
「やったー!ありがと兄ちゃん!」
袋を開け数枚手に取り弟に渡す。クッキーを受け取った弟は、これから晩御飯だというのに早速食べ始め『美味しい美味しい!』と連呼していた。微笑ましい光景に和まされるも、またねだられると困るのでさっさと自室へ避難した。
(全くアイツの鼻の良さには参ったな…)
机の上にクッキーの入った袋を置いた。そしてもう一つ、鞄の中から別の袋を取り出した。
「だが流石に二つある事はわからなかったか」
後から出した袋を持ち上げにっと笑う。大きなクッキーが一枚だけ入っている袋には、有名な肉食恐竜の形に額には見た事ある傷、頬の部分にはこれまたよく知っている模様。
マルコの言う通りここまでしておいて偶然とは言い難い。自分のために作られたものが、素直に嬉しいと思ったのは久しぶりだった。
「…ふん、あの女器用だな。よくできている」
また弟に見つかってはまずいと、手の届かない場所へと隠した。
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