不器用な男達
「本当に助かったわ!でも、あんな大手の会社辞めちゃって…給料も良かったんじゃないの?」
「いやぁ…給料良くても他がダメなんで、自分としては辞めることができて良かったですし、すぐに次の仕事が見つかって助かりました。でも、おばさんの知り合いだからって面接も履歴書もいらないって大丈夫なんですか?」
「いいのよぉ、今それどころじゃなくってねぇ」
「…それどころじゃない?」
「ま、行ってみればわかるわ!少し騒がしいかもしれないけど、慣れれば楽しいところよ!頑張って!」
「ちょ、あの!…切れた」
『通話終了』と表示されたスマホの画面を見つめる。
将来困らないようにと一生懸命勉強して、有名な会社に入社でき安心したのも束の間。残業は当たり前、上司からのセクハラ、パワハラ、お局様からの嫌がらせ等などの超ブラック企業だったのだ。休日は外出する気にもなれず、家に引きこもるそんな毎日。給料が良くても、こんな日々を続けていけばいつか死んでしまう。
あっさり辞めてしまえば良かったのだが、そう思った時には次の仕事を探す気力すらなく、ズルズルと続けてきたのである。
半ゾンビ化していた所に知り合いのおばさんから、とある工務店の事務仕事を頼めないかと連絡がきた。仕事で疲れきった私を見て、心配した母が仕事を探してくれていたのだ。事務作業なら今の仕事と大きく変わりはないだろうし、こんなに辛い職場でも耐えてこれたのだから何でも来い!という半ば投げやりな気持ちに押され、辞表を上司の机に叩きつけてきた。
あのブラック企業から解放されたと思うと少しだけ気が楽になった。
「…ふぅ。まぁ、あのブラック企業に6年もいたんだから少しくらい騒がしいのなんて大丈夫でしょ…多分」
深呼吸をして、これからお世話になる会社へと向かうために歩き出した。
スマホの地図を見ながらたどり着いた先には、老舗感を漂わせる建物があり看板には『武蔵工務店』と書いてあった。
「ここか…」
さっそく中へ入ろうと扉に手をかけた時だった。
「おい!納期明日だぞ!間に合うんだろうな!?」
「えっ!?材料が入らない!?困りますよ!ウチにもお客さんと決めた期限があるんですよ!?」
月曜日の朝九時。初日から不安になるようなワードが聞こえてくる。思わず伸ばした手を引っ込めた。
「…少し騒がしいとかのレベルじゃないんですけど」
また社員であろう人の怒号が聞こえてくる。この状態で『みなさん初めまして!新人の〇〇です!今日からよろしくお願いします!』とか言えるわけがない。絶対に今の状況はウェルカムではない。
(だからと言ってここに立ってるのも…)
事務所の入り口の前で入るか迷っていると、突然扉が開き中から作業着姿の男性達が飛び出してきた。
「うわっ!?」
「そんなトコに立ってんじゃねぇ!邪魔だ!」
入り口前に立っていた私も悪いが、『いきなり出てきたそっちも悪いだろ』と言い返しそうになったがグッと我慢する。飛び出してきた男性達は慌てて車に乗ると、砂埃を上げ猛スピードで走り去って行った。
(スピード違反で捕まれ)
心の中で中指を立てた。
「あ!また道具忘れてるよ!って…もういないかぁ…」
中からもう一人男性が出てくる。この人はさっきの男性達と比べて温厚そうだ。
「仕方ない。後で他の仕事行く前によって…うわっ!?人!?」
私が背後に立っているのに驚いて待っていた工具箱を落としてしまった。バラバラと工具箱の中身が散らばり、慌てて拾うのを手伝う。
「す、すみません!驚かせてしまって!」
「い、いえ!こちらこそすみません!えぇと、ウチに何かご用で?」
「あ…私今日からお世話になる新人の〇〇です」
「あ〜新人さんか!そういや親父っさんが言ってたな〜…えぇっ!?こんな若い子がウチに!?」
「いや若いと言っても二六ですけど…」
「いや若いよ若い!!ちょっと待ってて!親父っさん呼んでくる!!」
集めていた工具を道に置いたまま、事務所へ入ってしまった男性。
(…大丈夫なのだろうか、大事な工具を道端に放置したままで…)
前の会社なら反省文を書かされるなと思いながら、まとめた工具を持ち中へと入る。
「親父っさん!ほらあの子だよ!」
「わかった、わかった…」
奥から工具を落とした男性と少し歩き方がぎこちない男性が出てくる。
(…昭和の頑固親父って感じ…)
待っていた工具を机の上に置き、男性に向かってお辞儀をする。
「初めまして。以前こちらでお仕事をされていた近藤さんの紹介で来ました。〇〇です。よろしくお願いします」
「おぅ、この工務店を取りまとめてる武蔵だ。今は身体悪くしちまって、なかなか顔出せねぇが、よろしく頼んだ」
「…えっと、本当にいいんですか?面接とかしなくて…」
「何だやんねぇのか仕事」
「いえ、そうではなく…」
「別に必要ねぇよ。近藤さんの知り合いだしな」
知り合いだからと言って、全員が真面目に仕事をしてくれるとは限らない。単純に近藤さんの評価が高いのか、それとも何も考えてないのかモヤモヤする。
「まぁ、道具の扱いが丁寧な人間に悪いヤツはいねぇよ。玉八、この嬢ちゃんに仕事教えてやってくれ」
「わかりました!」
そう言って親父さん(武蔵さんのことをみんなが親父っさんと呼ぶので)は奥へと戻ってしまった。
「えっと、大丈夫?親父っさん見た目ちょっと怖いけど優しい人だから!」
「…あ、はい」
先ほど机の上に置いた工具達を見つめた。
(…さすが職人って感じ…)
そして一日、玉八さんに仕事を教えてもらう。基本的には仕事の納期、資材等の管理や発注。そして金銭面の管理もやってほしいと言うので引き受ける。本来は親父さんの奥さんがやっていたのだが、親父さんの看病を理由に難しいということでお願いされた。
(新人にお金の管理まで任せるとか、どんだけギリギリなんだこの会社…)
「俺ら力仕事が中心だからさ、こういった計算とか苦手で…明日はおかみさんが教えてくれるから、今日はこれまで!」
「…え、終わりですか?」
「うん、時間だし。一応、親父っさんに一言挨拶してから帰ってね!じゃ、お疲れ様!」
「お、お疲れ様でした!」
走り去る玉八さんに頭を下げる。壁にかけてある時計を見れば、ちょうど十七時。
「これが定時退社…」
残業ばかりだった前の会社を思い出す。
「…帰ろう」
嫌な思い出を振り払うように頭を振る。玉八さんが親父さんに挨拶をしてから帰るようにと言っていたので、帰り支度をして親父さんの所に行くことにした。
武蔵工務店の事務所の裏に資材置き場と加工場があり、一番奥に親父さんの家がある。
先へと進んでいけば、親父さんの姿が見えた。隣に誰かいるのか話しているようで、相手はちょうど車の影に隠れて見えない。
話の邪魔をしては悪いと思い、様子を見ていると親父さんが私に気付き手招きをするので小走りで駆け寄った。
「お前にも紹介しとく。今日からウチに来た〇〇さんだ。失礼のねぇようにな」
「新しく人を雇ったのか?」
「前いた近藤さんの後釜だ。お前ら馬鹿どもの代わりに色々やってくれんだから、感謝しろよ」
まだ初日が終わったばかりだというのに、プレッシャーがすごい。苦笑いを浮かべ親父さんの近くまで来ると、やっと車の影に隠れていた人物の姿が見えた。この男性も、見るからに職人さんという風貌である。でも、上が白のタンクトップ一枚は少し目のやり場に困る。
(…歳は私より上かな)
「俺の息子だ」
「初めまして。〇〇です。これからお世話になります」
息子さんにお辞儀する。相手もそれに倣い、頭に巻いていたタオルを外し頭をさげた。
「武蔵厳です。親父共々よろしくお願いします」
お互い挨拶が終わり顔を上げた瞬間、私は息子さんの髪型に釘付けになった。
(…大工さんとかって、見た目が厳つい人がいるけど…)
「…どうかしましたか?」
「い、いえ!何でもありません!明日からもよろしくお願いします!お疲れ様でした!失礼します!!」
『その頭は厳つすぎるだろ!』と叫びそうになったのを必死でこらえ、ヒールで砂利道を器用に走り去ったのであった。
「社長の息子さん、髪型がめっちゃ派手なの」
「バンドとかやってたりするのかしら?」
「それはない。自分の親の会社があんなギリギリなのにバンドなんかできないと思う」
武蔵工務店で仕事を始めて一週間。わかったことは、この工務店、人も金銭面もすべてがギリギリだ。全員がフルに動いてやっと仕事が片付くレベル。大工のおっちゃん達が毎日余裕がなく荒々しいのもわかる。だからと言って初日の事は許してはいないが。
「また大変な会社だったみたいね…」
「んー大変そうだけど、前の所より全然マシ。仕事見つけてくれてありがとう、お母さん。明日早いからまたね」
通話を切り、目覚ましをいつもより早めに設定して布団の上に倒れ込む。明日から二週目。事務作業に関しては、前の職場で嫌というほどやってきたので就業時間内に余裕で終わらせることができる。
「…あとは余った時間でどれだけ私がフォローできるか…」
一番下っ端の自分がでしゃばっていいのか悩みどころだが、現状そんな余裕があるのは自分だけだ。それに、工業高校に通っていたので加工場にあった機械なら使う事ができる。
「大丈夫。高校時代を思い出せ〜。人よりも機械と向き合っていた時間の方が長かっただろ〜」
それはそれでなんか悲しいな、と思いながら眠りについた。
武蔵工務店、朝九時。
「おい、先週言ってた資材の準備できたのか?」
「あ!すみません、まだ…」
「それなら、一号車に積んでますので確認をお願いします」
「明日使う鋼材、どこにあるんだー?」
「三号車にあります。工具も一緒に積んでいるので、明日すぐ出られますよ」
「この寸法の木材を誰か…」
「自分がやっておきますので、寸法書いた紙そこに置いておいてください」
「「………」」
先ほどまで騒がしかった事務所が急に静かになる。
「…え、あれ移動させるのフォークリフト使わなきゃ…」
「私、フォークリフトの免許持ってます」
「鋼材の移動は…」
「玉掛けとクレーンの免許も持ってますので」
「資材の切り出し…」
「工業高校だったので、ここにある機械は大体使えます。といっても不安なんで、一応確認してもらえますか?」
大工のおっちゃん達は顔を見合わせ、外へと飛び出して行く。そして少しすると興奮した様子で戻ってきた。
「すげぇな嬢ちゃん!ばっちりだぜ!」
「本数も間違いなし!積み込みも綺麗にそろってるしよ!」
「そうですか。ならいいんですけど、時間が…」
「テメェら何やってんだ!とっとと持ち場へ行け!」
「「はい!すみません!行ってきます!」」
親父さんの一言で慌てて散らばるおっちゃん達。事務所には私と親父さんだけになった。
「嬢ちゃん、結構やるじゃねぇか」
「一応工業高校行ってたんで」
「そうかい。今日、早く出てきた分はきっちりつけとけよ」
少し早くに出勤し、準備していたのがバレていたか。
「いや、あれは別に…」
「時間外でも仕事は仕事だ。嘘書くんじゃねぇぞ」
「…はぁい」
金銭面でもギリギリなので、お金をもらうのは嫌だったのだが仕方ない。所詮、新人なので大した金額では無いだろうが。
それからは、大工のおっちゃん達が現場に行ってる間に、私が次の仕事の準備をするという事だけで、少し効率化が図れているようだ。
「お疲れ様でしたー!」
「お疲れさん!明日もよろしくな!」
私が現場の作業を手伝うようになってから、大工のおっちゃん達も余裕ができてきたのか、よく話しをするようになった。初日の事も、ちゃんと謝ってくれたので和解した。見た目が厳つく口調が荒いため怖い人と誤解されやすいのが、みんないい人達だ。
それで思い出したのだが、親父さんの息子さんもかなり厳つい。
(あの頭は、ちょーっとびっくりするよねぇ〜)
何をどうしたらあんな髪型になったのか、気になるものの本人に聞く勇気はない。
(あ、エメリーの刃。交換するの忘れてた)
親父さんに挨拶に行こうと加工場の前を通り思い出した。明日すぐに作業ができるように、交換して帰っておきたい。が、自分の就業時間は過ぎている。今、親父さんに見つかると多すぎる残業代をつけられる。たかが数分、刃の交換にそんな残業代は必要ない。周囲に人がいない事を確認して、加工場へ忍び込む。
(さっさとやればバレないバレない〜)
慣れた手つきで刃を交換する。外した刃を捨てて帰ろうと立ち上がった時だった。
「そこで何してるんですか?」
「うわぁ!?危なっ!?」
突然声をかけられ、危うく自分の足の上に刃を落とすところだった。
「すみません!怪我してないですか?」
声の主は、親父さんの息子さんだった。
「…だ、大丈夫です…」
慌ただしく動いている心臓を空いている手で押さえながら答える。
「…刃の交換してたんですか?」
「え、あ…そうです。交換するの忘れてて、やって帰ろうかと」
「そうですか。…親父から聞いたんですけど、〇〇さんが色々手伝ってくれるから助かるって言ってました」
「そ、それはどうも…」
今まで仕事で褒められた事がなかったので、リアクションに困る。
「でも、その服でやってるんですか?」
自分は一応事務職なので、スーツで仕事をしている。作業には適した服装ではないが、特に問題ないと思っていたのでそのままスーツで作業もしていた。
「…えーっと、そうですね…」
「…その格好だと、動きにくそうだし汚れる。何より危ないんで」
「で、ですよね…」
いつかは言われるだろうと思っていた。どこかで作業着を買ってくるかと考えていると、息子さんが自分のロッカーの中から何か探している。
「…ん、あった。俺ので悪いんですけど、こいつ使って下さい。まだ一度しか着てないんで、綺麗だと思います」
綺麗に畳まれたベージュ色の作業着を持ってきてくれる。
「いや、これ頂いたら武蔵さんのが…」
「俺は最近着ることが少ないんで大丈夫です。スーツが汚れるよりいいでしょう」
「あ、ありがとうございます…」
息子さんは作業着を私に渡すと同時に、右手に持ったままだったエメリーの刃を取り上げた。
「あ…」
「これ俺が捨てとくんで。お疲れ様でした」
「あ、えっ!ありがとうございます!お疲れ様でした…」
あっという間の出来事についていけず、息子さんの背中をぼーっと見送る。
「…さすが親父さんの息子ねぇ…」
その後、親父さんに見つかりきっちり残業代をつけられ帰ったのであった。
作業着をもらった次の日。いつもなら大工のおっちゃん達の怒号が聞こえる武蔵工務店だが、今日は朝から大きな笑い声が響いていた。
「だーっはっはっはっ!!どうした嬢ちゃんその格好!」
「ダボダボじゃねぇか!ちゃんとサイズ見たか?」
「知ってるか?Sが小さくてLが大きいんだぞ!」
(そんな事知ってるわクソ親父共め!)
せっかく息子さんから作業着をもらったので着てみたら、想像以上に大きすぎた。ブカブカな作業着姿の私が、おっちゃん達に浅い笑いのツボにハマってしまったようで、朝から大爆笑なのである。
「馬鹿笑いしてないで、仕事行って下さいよ!親父さんに怒られますよ!?」
「残念でしたー今日は全員集まれって親父っさんに言われてんだよ」
「くそっ!」
「嬢ちゃん、口悪いぞー」
ゲラゲラとまた笑いだす。こうやって軽口を言い合えるのも、私がこの会社に慣れてきた証拠であり嬉しいのだが、むかつくものはむかつく。
「朝からうるせぇぞ。どうしたんだ…ん?嬢ちゃん、どうしたその格好。大きすぎんだろ、サイズ間違えたのか?」
奥から出てきた親父さんの発言で、またおっちゃん達が笑いだした。
「…あなたの息子さんから頂いたんですよぉ…」
「お、おぅ…そりゃ、気が利かなくて悪かったな。新しいの用意するから」
「いえ、大丈夫です。せっかくもらったのでこれを使います」
返すのも申し訳ないし、工夫すれば着れない事はないので使わせてもらう事にした。
「それより、全員集めてどうしたんです?」
話題を変えるためにそう尋ねれば、親父さんは嬉しそうに私を見た後、おっちゃん達の方へ向き直る。
「今週の土曜日に嬢ちゃんの歓迎会をしようと思うんだが」
「賛成!問題なし!」
「そういえばやってなかったね」
「そんな余裕もなかったしな」
「嬢ちゃんも問題ねぇな?」
歓迎会。これまた前の会社で経験したが、いい思い出がない。
「…いや、別に歓迎会なんて…」
「よし、問題ねぇな。玉八、いつもの所で予約しといてくれ」
「わかりました!」
「いや、ちょっと」
「予定はねぇんだろ?タダ飯食うつもりで来りゃいいさ。さぁ、話は終わりだ仕事に取り掛かってくれ」
「「おー!」」
バタバタとおっちゃん達がそれぞれの持ち場へ移動する。事務所には、不安で気分の重くなった私だけが取り残されたのだった。
そして歓迎会当日。仕事が終わってそのまま、引きずられるようにして予約した居酒屋に行くことになった。
「〇〇さん、お酒大丈夫?」
「あ、はい普通に飲めます」
嘘。普通どころではない、酒がないと生きていけないくらいに大好きだ。
「いや、嬢ちゃんは酒豪だと思うぜ!俺の第六感がそう言ってる!」
「何ですか、第六感って…」
そんなことを話しているうちに、目的地である居酒屋に到着する。貸切にしたのか、他の客の姿は見えない。武蔵工務店の全員が参加しているので、貸切ぐらいしないと難しいのだろう。息子さんは用事があるそうなので少し遅れて来るらしい。
「嬢ちゃんビールいけるか?他のでも良いぞ?」
「全然問題ないです!いけます!」
全員に飲み物が行き渡ったのを確認して、親父さんがジョッキを掲げる。
「んじゃ、一ヶ月も遅くなっちまったが、嬢ちゃんの歓迎会という事で乾杯!」
「「かんぱーい!」」
おっちゃん達に倣って自分もジョッキを掲げ一気に飲み干す。少しの沈黙の後『あ〜!』と気の抜けた声があちこちから聞こえる。自分も言ってしまいそうになり、慌てて口を押さえた。
ついこの間まで、スーツを着込んだお堅い人達に囲まれていたというのに、今では作業着姿の厳ついおっさん達に囲まれているなんて思ってもいなかった。
「よーし!たくさん飲んでたくさん食うぞー!」
「いただきまーすー!」
「あ!嬢ちゃん、もう飲み終わってんぞ!やっぱ酒飲みだ!」
「おかわりくださーい!」
こんなに騒がしい飲み会も、前の会社ではありえない光景だろう。歓迎会が始まって一時間くらいが経過し、全員酔いが回ってきたのか顔が赤い。呂律も回らなくなってきて、言葉が聞き取りにくい。注文を聞きにきた店員さんが困っているので、自分が通訳として間に入る。最初は中心に座っていたのに、酔っ払い達の通訳をしているうちに端の方に座ることになっていた。ここならあんまり酔っ払いによる害はないので気が楽でいい。おっちゃん達のくだらないふざけ合いを見て楽しんでいたら、用事で遅くなると言っていた息子さんが入ってきた。
「あ!厳ちゃん、お疲れ!」
「悪い。遅くなった」
「お〜い、厳ちゃん、どこ行ってたんだよ〜!」
「さっきまでそこ座ってなかったかぁ〜?」
「みんな出来上がってんな」
酔っ払い達に苦笑して、私の隣に腰を下ろす。てっきり仲の良い玉八さんの所に行くと思っていたので、驚いて固まってしまう。
「大丈夫ですか?ウチの連中、酒が入ると余計に騒がしくなるんで迷惑かけられてないですか?」
「え…今のところは大丈夫です。はい…」
「そうですか」
「あ、何飲みます?やっぱり生ですか?」
飲み物のメニューを息子さんに渡そうとすれば、なぜか驚いた顔で私を見ていた。
「…いや、酒は…その…」
「車で来たんですか?」
息子さんは少し考えてこう言った。
「…俺、これでも未成年なんで…」
「………はい?」
「お、悪いな。そういや言ってなかった。そいつまだ高校生だぞ」
「…こ、高校生?」
「そー泥門高校二年生!」
「こ、高二!?」
自分より年上だと思っていた相手が十歳近く年下で高校生だという。失礼だと思いながらも、見た目が高校生ではない。
(だって大工のおっちゃん達に混ざって仕事してる所見たし、車の運転もしてなかったっけ?…あれ、車の運転って何歳からできるんだ…?)
混乱する頭を押さえる。
「もしかして嬢ちゃん、同い年くらいに思ってたか?」
「こりゃ笑えるな!!」
おっちゃん達の笑い声が頭の中に響く。
「…すみません。見た目がこんなんだから勘違いさせましたね」
「…あ」
「?」
「アンタみたいな高校生がいるかぁ!!」
私も思ってた以上に酔いが回っていたのだろう。周りのうるさい雰囲気にあてられ、そう叫んでいた。
「突然大きな声を出してすみませんでした。あと、失礼な事を言ってしまい本当に申し訳ありません。社会人として恥ずかしい限りです」
「いや、ちょっと驚きましたが気にしてないんで、土下座はやめて下さい。そっちの方がまずいんで…」
「了解です」
伏せていた身体を起こす。普段だったら思っていても口には出さないというのに、酒の力というものは恐ろしい。そういえば、家で酒を飲んでいる時によく上司の悪口を大声で叫んでいたことを思い出した。次からはもっと気をつけよう。
「厳ちゃん、部活の方はどうだ?今日も練習だったんだろ?」
「ん、今のところ問題ねぇよ」
(あんまり職場で見かけなかったのは、学校行ってたからか…というか、その髪型は大丈夫なのか?)
学校で授業を聞いている様子を思い浮かべ、そのアンマッチ具合に思わず吹き出す。
「…ふふっ!」
「…」
「何笑ってんだよ、嬢ちゃん!これでも大変だったんだぜ?厳ちゃん一時期、学校行けなかったんだからな!」
「…え?」
「あ、その話は…」
先ほどまで騒がしかったのが、一瞬で静まり返る。
「…俺がドジして、人が足りなくなったんだ。それで代わりに、こいつが仕事してたって訳よ」
親父さんがビールを飲み干す。
「い、今はなんとかなってるから大丈夫!〇〇さんも色々気を使って仕事してくれてるから、みんなも余裕ができて助かってるよ!」
「そ、そうだぜ!これからもよろしく頼むぞ、嬢ちゃん!」
気まずい雰囲気を誤魔化すように、みんな気を使って明るくふるまい話題を変えるなどして、元の騒がしい状態へと戻っていった。
「〇〇さんには感謝してます。現場で作業できても、事務処理となるとできない事の方が多いんで」
武蔵君はそう言うと、もくもくと料理を食べ始めた。
(私、高校生の時、何やってたっけ…)
学校に行って、授業聞いて、部活に行って、家に帰ってテレビ観たり漫画読んだり。休みの日なんて、家でゴロゴロしてる事だってあった。この子と同じ歳の時、私は毎日のんびりと過ごしていた。
(…すごいな、この子…)
「…〇〇さん?」
学生なのに親と他の職人達の事まで心配して、学校辞めてまで仕事を手伝うなんて自分にはできない。自分の高校時代と比べると、情けなさ過ぎて泣けてくる。
「…こんな若いのに苦労して…よく頑張ったねぇ〜!」
これまた酒のせいか、わしゃわしゃと武蔵君のド派手な頭を撫でまくる。とにかく褒めてあげたい、ただそれだけだった。
「わはは!厳ちゃんが犬みたいに撫でられてら!」
「酔ってんな〜嬢ちゃん」
「…あの、〇〇さん…」
「うわー意外と毛量あるー!どうなってんのこの髪型!」
真ん中のトサカみたいになっている部分と側面の短く刈られた部分を交互に触る。
「……」
「厳ちゃん抵抗すんの諦めたな」
最初は少し抵抗していたが、止める気配がないのがわかると動かなくなった。もはやされるがままである。
「困った事があったら何でも言って!お金はたくさん持ってるから、何でも買ってあげる!」
「それはどうかと思うんですけど…」
「嬢ちゃん、俺はー?」
「おっさんには言ってねぇ!」
ゲラゲラと笑い声が響く。その後も何を話したか覚えていないが、いい気分で歓迎会を終えることができた。
「うぇ…気持ちわる…」
いい気分だったのは昨日までの話で、目が覚めた私に襲いかかってきたのは、二日酔いの気持ち悪さと酔っぱらって自分がしてしまった恥ずかしい言動の数々。
今日が休みで良かった。起き上がるのも辛いし、あんな事をして顔を合わせるのも恥ずかしい。
「…私、高校生の子に何やってんだか…しかも親の目の前で…」
後悔をしても後の祭り。来週仕事に行ったら、すぐに謝罪するべきだ。運よく親父さんは覚えてなくても、息子の武蔵君は覚えているだろう。なんせ素面だったのだから。
そんなことを考えながらゴロゴロしていると、少し体調が良くなってきた。それと同時に腹が鳴る。
「…ご飯買いに行かなきゃ…」
家に何もなかった事を思い出し、適当な服に着替え財布を持ち外へ出る。
(そういえば、私お店からどうやって帰ったんだろ?全然覚えてない…誰かに迷惑かけてないといいんだけど…)
必死に昨日の記憶を思い出そうとすると頭痛がしてきた。痛む頭を押さえながら歩いていると、何やら騒がしい。声がする方を見てみれば、河川敷で赤色のシャツを着た学生らしき子達が走り回っている。部活にしては激しいなと気になって見ていると、その中に見知った顔を見つけた。
「…マジかぁ…部活してるよ…」
走り回る学生達の中に武蔵君がいた。
(今日も部活だったんだ…)
それなのに、日付が変わるぎりぎりまで付き合わせてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
罪滅ぼしに何かできないかと考えていると、自分の腹がまた鳴った。そろそろお昼時、そこで私は閃いた。
「あの〜こんにちは〜」
「えっ?あ、こんにちは?」
こっそりと練習している武蔵君に見つからないように、マネージャーさんであろう女の子に声をかける。
「えーっと、あそこのさ…すんごい髪型してる…トサカみたいな、ほらあの子!」
「…と、トサカ…?ムサシ君の事ですか?」
「…ムサシ?…あ、そういう事か!そうそう!」
(武蔵と書いてムサシとも呼ぶな。かっこいい名前で呼ばれてるなぁ〜)
微笑ましいなと、顔が緩んでしまう。
「私、あの子のお父さんの会社で働いてるんだ〜」
「そうなんですか?あ、ムサシ君に何か用事が…」
「いいやない!ないよ!たまたま通りかかっただけだから!」
今呼ばれると昨日の事もあるので恥ずかしいし、部活の邪魔はしたくない。さらに迷惑をかけてどうするのだ。
「えっと〜そろそろお昼でしょ?お腹空いてると思ってさ、皆で何か食べなよって事でハイ!」
無理矢理女の子にお札を渡す。
「えっ!あの!」
「じゃ!そう言う事で!頑張って!」
昨日の迷惑料としては足りないかもしれないが、何もしないよりはいいだろう。私は走ってその場を立ち去った。
「……オハヨウゴザイマス。先日はご迷惑をおかけして本当にすみませんでした…」
休み明け。少し早くに出勤して加工場で作業をしていると、背後に人の気配がした。親父さんかと振り返れば、制服姿の武蔵君が立っていた。平日は学校だから、会う事はないだろうと思っていたのに誤算だった。非常に気まずいが、この前の歓迎会の事で私に非があるためとりあえず謝る。武蔵君は目の前に立ったまま、一言も話さない。
(…うわぁ、気まずい…怒ってるよねー!そりゃ、よく知りもしない女にベタベタ触られるなんて嫌だよねー!)
心の傷とかになってたらどうしよう、と思っていると武蔵君がやっと口を開いた。
「…この前の事は気にしてないんで。それよりも昨日、ウチのマネージャーにお金渡したのって〇〇さんですか?」
「…あ、うん。もしかして先生とかに怒られた?」
「いや、それはなかったんですけど、金額が…」
「足りなかった?」
「多すぎるんですよ」
「…いやーよく食べそうな子がいたから、足りないかなと思って」
「今度、ちゃんと返すんで」
「え!返さなくていいよ!私が勝手にやった事だし!」
「でも…」
「気にしない気にしない!私、お金はたくさん持ってるって言ったじゃない!」
「いや、そういう問題じゃ…」
「あ!ほら、学校遅刻するよ!はい、いってらっしゃい!」
不服そうな顔をして立つ武蔵君を、加工場から無理矢理押し出した。
「……行ってきます」
最後までムスッとした顔で、学校へ向かう後ろ姿を見送った。なんだか少しだけ、武蔵君の子供っぽい所が見られたような気がした。
それから数日後。業者へ挨拶をしに行った帰り道、車を走らせているとまた見知ったトサカ頭を見つけた。休憩中なのか他の子と一緒に、公園の広場に集まっている。私は近くに車を停め、窓を開けた。
「おーい!武蔵くーん!」
私の声に気づいた武蔵君が小走りで近づいてくる。
「部活お疲れ様!休憩中?」
「そうです。〇〇さんは営業ですか?」
「そうそう!そっか休憩中か…じゃあ…」
「お金はいらないです」
ジュース代でも出そうと財布を探していたら、それに気づいた武蔵君が止める。
「…わかった。あ、そう言えば渡して欲しいって言われてたものがあったんだ!手、出して?」
「渡して欲しいもの?」
首をかしげながら出された右手をぎゅっと掴み、お札を握り込ませるように持たせる。
「え、ちょ…」
「部活頑張ってね〜!」
武蔵君が驚いている隙に車を発進させる。バックミラーを見れば、驚いた顔をして武蔵君がこちらを見ている姿が写っていた。
「あはは!何て顔してんの!」
高校生らしくない見た目だが、まだまだ子供だと思わせる表情。どうやら私は、それを見るのが少し楽しくなってきてしまったようだ。
「…ふぅん。こんな感じの練習道具が欲しいと…」
「時間がねぇ、すぐ作れ」
「上から目線ね〜まぁいっか、二日くれたら試作品を用意できるよ。調整はそれからだね」
「じゃあそれでやれ」
「はいはい」
「〇〇さん!?」
泥門高校のグラウンド近くで話していると名前を呼ばれた。
「あ、部活お疲れ様ー!今日も頑張ってるねぇ!」
いつものすました顔はどこへやら、驚いた顔をする武蔵君。後ろから他の子達が、何事かとこちらを見ている。
「ここで何してるんですか?」
「商談中。あ、部室に差し入れ持ってきてるから良かったら食べて?何がいいかわかんなかったから、色々買ってきたんだ〜早いもの勝ちだよ〜!」
「またそんな…!」
「「ありがとうございまーす!!」」
「おい、お前ら!」
他の子達は、我先にと部室へ走って行った。
「妖一君は?良いのなくなるよ?」
「ケケケ!もう取ってる」
「ちゃっかりしてるー」
「ヒル魔、今度は何を頼んだんだ」
武蔵君が私の持っている資料を後ろから覗き込む。
「トレーニング用の道具だ。俺が考えた」
「すごいよね〜!うまくいったら商品として出しちゃえば?売れるかもよ?」
「強くなんのはウチだけでいいんだよ」
「あらそう、残念」
営業終わりに武蔵君の通う泥門高校の近くを通りかかれば、グラウンドで練習をしているのを見つけ、少しの間見学していく事にした。また、差し入れでもしようかなと思ったが、さすがに学校に関係のない人間が入ってはダメだと思いやめた。
(そういえば何部なんだろ?)
聞いた事なかったなと思っていたら、ドスンと車の上に何かが落ちた音がした。何事かと思い窓から顔を出して上を見れば、人が乗っていたのである。
(武蔵君と同じ服…という事は同じ部活の子…それにしても派手な金髪にピアスね)
「おい糞ババア。最近俺らに貢いでくれてんのはお前か?」
「貢いでって…変な言い方やめてよ。お世話になってる会社の息子さんがいるから応援してるだけ。というか、どっから乗ったの?危ないから降りな、クソガキ」
「あ?」
「私がババアなら、あんたはクソガキでしょうが」
呆れたようにそう言い返せば、何が面白かったのかご機嫌な様子で車から飛び降りた。そして紙の束を私に突きつける。
「仕事だ!世話になってる会社の息子を応援するってんなら、もちろん最優先でやってくれるんだろうなぁ?」
「…まぁ、できる内容ならね」
という訳で今に至る。
「じゃあ、でき次第持ってくるね〜」
「とっとと作って持ってきやがれ」
「はいはい、なるべく早くにね。あ、武蔵君。工務店に戻るけど車乗って帰る?乗るなら待っとくけど」
「…すぐ着替えてきます」
ぼそりとそう言って部室へ歩いて行った。
「…あれ、なんか怒ってる?かまいすぎたかな…」
「その逆だろ」
「逆?」
妖一君は私の問いに答えず、ニヤニヤと笑みを浮かべて部室へと入ってしまった。私は訳が分からず首を傾げ、武蔵君が出てくるのを待っていた。
「お待たせしました」
「よし、じゃあ帰ろうか」
制服に着替えた武蔵君と、学校の裏口に停めている軽トラまで並んで歩く。武蔵君の制服姿を見るのはこれで二回目、やはり高校生には見えない。悪いと思っているが、どこか面白くてくすりと笑ってしまう。
「…なんか俺見て笑ってないですか?」
「い、いや!そんな事ない!気のせい気のせい!」
武蔵君には見えないように注意していたのだが、じろりと睨まれる。
(見た目が厳ついんだから、睨まれるとちょっと怖いのよ君…)
そそくさと車に乗り込みエンジンをかける。武蔵君も乗り、シートベルトをした事を確認して車を発進させる。元々、口数の少ない武蔵君は助手席から外を眺めている。
(なんだろう…哀愁が漂ってる…高校生なのに)
またしても緩みそうになる口元を必死に引き締める。
「…〇〇さん」
「あ!ごめん!ごめんなさい!」
「…何で謝ってるんですか?」
「…え?」
驚いた顔をした武蔵君と少しの間見つめ合う。私が武蔵君の事を見て笑ったのがバレたと思い、焦って謝ったが違っていたようだ。
「あ、ごめん!ちょっと別の事考えててさ。えっと、何?」
武蔵君はまた外の方を向いた。
「…ヒル魔とはいつ知り合ったんですか?」
「え?えーと、今日だけど…」
「…そうですか。下の名前で呼んでるから前から知ってんのかと思いました」
「いや、下の方が私的に呼びやすかったからさ」
本当は単に苗字が読めなかっただけとは言えない。武蔵君はまた黙ってしまう。チラリとミラー越しに武蔵君の顔を見れば、先ほども見た不機嫌そうな顔。
(…どうしたんだろ。もしかして俺の友達なのに馴れ馴れしくするな、とかそう言う感じ?私が気安く、妖一君て呼んだのが気に入らなかったのかな…)
そう言えば昔、友達と遊んでいた時に、その友達と仲の良い子に呼び出され『その子は私の友達だから、仲良くしないで!』と言われた事を思い出した。
(私って馴れ馴れしいのかな…)
まさか武蔵君がそんな事を思っているとは知らずに、ズカズカと彼の人間関係に入りこんでしまった事を反省する。
「…ご、ごめんね。勝手に学校まで来ちゃって…友達とも馴れ馴れしくしたり…今回の依頼が終わったら、もう近づかないよ」
「…違う!」
「うわっ!」
武蔵君が急に大きな声を出すので、驚いてハンドルをきってしまい車体が大きく傾いた。
「わー!ごめん!大丈夫!?」
「…いや、俺が急に大きな声だしたから…すみません…」
武蔵君はがりがりと頭を掻き、落ち着きがない。
「…俺は別に〇〇さんの事、迷惑だとか思ってないですし…嬉しいと言うか…他の連中も喜んでるし…」
「う、うん?」
段々声が小さくなって、後半はよく聞き取れない。
「俺は…その…」
武蔵君はそこまで言うと、思いっきり外の方へ顔を向けた。
「…いや、何もないです」
「…え!そこまで言ったなら最後まで言って!?言ってくんないと私また何かやらかしちゃうから!ね!?」
「…大丈夫です」
「何で!?」
それっきり武蔵君は外を向いたまま話そうとしない。また気が向いたら教えてくれるだろうし、とにかく怒っていないのならいいかと聞くのは諦める事にした。
武蔵工務店に到着し、車を停めようと周囲を確認した時だった。武蔵君の頭に糸くずがついているのを見つけた。車のエンジンを切り、糸くずを取ってあげようと手を伸ばす。
「武蔵君、ちょっと動かないで」
「…え」
頭に手が触れ、ついていた糸くずを掴もうとしたらグッと頭で手を押される。というより、すり寄ってくるような感じ。不思議に思いつつ、さっと糸くずを取り離れる。
「髪の毛に糸がついてたよ。着替えた時についたんだろうね」
ゴミ箱に入れて武蔵君の方を見れば、片手で顔を覆い俯いている。
「…えぇっ!?どうしたの!?」
「…な、なんでもないです…」
よく見れば耳が赤いような気がする。
「乗せて下さってありがとうございました。お疲れ様です」
早口にそう言うと、武蔵君はサッと車を降り家へと入ってしまった。
「…え、えー。私また何かやらかした?」
一人残された私は、車の中でしばらく頭を悩ませてたのだった。
「はーい、ご注文の品お届けに来ましたよーっと!」
妖一君から頼まれていた物を届けに、泥門高校へとやってきた。先日の武蔵君赤面事件から、彼とは顔を合わせていない。
(あれから武蔵君と会ってないけど、大丈夫かな…)
それだけが気がかりである。普段、仏頂面の彼があんな顔するなんてよっぽどの事だろう。
「ね、妖一君。最近、武蔵君はどう?元気?」
「あ?別にいつもと変わんねぇよ。何だ、なんかやらかしたか?」
「やらかしたのかと言えばそうかも…でも私は善意で…いや、善意でもやられた側からしたら迷惑って事もあるからな…あーどっちだ!?」
「うるせぇな。とっとと組み立てろ」
「やってんでしょーが!!」
話しながらも手を止めずに作業しているというのに、ひどい依頼主だ。
(まぁ、いつもと変わんないならいいか…さっさと組み立てて帰ろう)
ここで会ってしまうと彼が嫌かもしれないので、素早く組み立て作業を終わらせる。
「で、どこに置けばいいの?」
「グラウンドのあそこに固定してくれ」
「グラウンドに?いいの?」
「校長に許可は取ってある」
「ならいいけど」
指示された場所に取り付ける。大切な大会の前に怪我してほしくはないので、がたつきなど不備がないかいつも以上に確認した。
「…うん。問題なし!オッケー!」
「よし。じゃあ早速、使わせてみるか。おい、まだ帰んなよ」
「え、何で?」
「使ってるうちに不備が出たら困んだろ」
「えぇ…まぁ、今日はこれで終わりだからいいけども…」
私はいいけど武蔵君が嫌がらないかなと思いつつ、邪魔にならないようにグラウンド近くの斜面に座る。少しするとみんながランニングから帰ってくる。もちろん武蔵君もいた。
(あんまり見てたら気にするかも…呼ばれるまで寝てよう)
ごろりと斜面に寝転ぶ。目の前には綺麗な青空が広がっており、気持ちの良い風にウトウトしてきた時だった。
「おい!糞ババア!そんなとこで寝てるくらいなら、球拾いでもしやがれ!!」
「…ほんっと、とんでもないクソガキね」
仕方なく起き上がり、軽くストレッチをしながらグラウンドへ降りる。
「仕事で来てる人に球拾いさせるなんていい度胸ね。えーと、これがボール?…ラグビー部なの?」
「あ?アメフトだ!アメフト!そんな事もわかんねぇで見てやがったのか!」
「アメフト…?聞いたことな…」
「糞ジジイがボール蹴っから、それ拾ってこっちに投げろ」
最後まで言い終わらないうちに、早く行けと身体を押される。高校生に雑に扱われる社会人。仕方なく武蔵君から、少し離れた位置に立つ。
(蹴るって言っても、どのくらい飛ぶんだろ?)
呑気にそんな事を考えながらぼーっと立っていると、武蔵君が蹴る構えをする。
「…お!来るかな!」
ちょっと楽しくなってきた。わくわくしながら待っていると、ドカッとすごい音がしてボールが空高く飛んでいく。
「うわぁ〜!……いや、ちょっと待って!めっちゃ飛ぶじゃん!!」
自分の立っていた場所を余裕で越えていくボールを慌てて追いかける。
「何やってんだ糞ババア!!」
「飛ぶなら飛ぶって言ってよ!!」
地面に落ちたボールは不規則な方向へと転がり、捕まえるのも一苦労。
「な…何でこんな形にしたかな!?」
完全に弄ばれ、楕円形のボールに悪態をつく。
「とっとと投げろ!糞ババア!」
遠くで妖一君が叫んでいる。離れていてもよく聞こえる声だこと。
「ババア、ババアって…歳食ってんのわかってんならもう少し労りなさいっての!!」
怒りも乗せて思いっきり投げる。日頃の力仕事のおかげで、投げるのは問題なさそうだ。少し息をついていると、ドカッと先ほど聞いた音が聞こえる。音のした方を見れば、次のボールが空を飛んでいた。
「蹴るなら蹴るって言って!?」
そう叫び、ボールを追いかけるため走り出す。
「…あぁ、しんど…」
もう何回ボールを追いかけたのかわからなくなるくらい走らされ、グラウンドに座り込む。手伝いでやるレベルの運動量ではない。
「すごいっすよ!初めててあんなに動けるなんて!」
「後半からなんてノーバウンドで取れてましたし!」
「あはは…ありがとー」
あっちこっちに転がるボールを追いかけるのが嫌になって、一発で取った方が楽だと地面に着く前にキャッチする事にした。まあまあ高さも勢いもあって、怖かったが失敗せずに取ることができたので良かった。
「ケケケ!糞ババアを高校生のフリさせてウチに入れるか!」
「何バカな事言ってんの…できる訳ないでしょ」
冗談かと思ったが、他の子達が黙ったのを見てまさか出来るのか?と不安になった。
「じゃあ、仕事終わりに練習付き合え」
「できるか!それに、来週からしばらく別の所に行くから来れないよ」
「…何かあったんですか?」
少し離れていた所にいた武蔵君が不安そうな顔をする。
「あ、心配しないで!大きな会社と契約しようと思ってて、そのための出張!上手くいけば武蔵工務店は安泰よ!」
「そりゃいい。また途中で糞ジジイに抜けらたら困るからな」
「まぁ、仮に困ったことになったとしても、今度はちゃんと大人だけで解決するよ。学生は学業と部活に励むべし!じゃあ、私は自分の準備があるから帰るよ。今日はたくさん運動したから、お酒がおいしいだろうなぁ〜!」
「高校生の前でそんな事言うんじゃねぇ」
「おっと失礼。みんな大会頑張ってね〜!」
「ありがとうございました〜!」
ヒラヒラと手を振り、脱いだ上着を拾ってグラウンドを後にする。停めていた軽トラの鍵を探していると足音が近づいてきた。
「〇〇さん!」
「あれ、武蔵君。どうしたの?」
足音の正体は武蔵君だった。
「…この前、隣に乗せてもらった日。不審な態度をとってしまって、すみませんでした」
そう言って頭を下げる。この前とは武蔵君赤面事件の事だろう。毎度のことながら、学習しない私が悪いのだ。
「えっ!いや、あれは私が悪いんだから謝んないで!ほんと勝手に触ってごめん!年下だと思うと、つい撫でたくなるというか…嫌だよね」
「…嫌だとは思ってないです」
「え?」
「…俺が〇〇さんに撫でられるの好きって言ったら変ですか?」
あの仏頂面の武蔵君の顔が真っ赤に染まっていた。
(あ…あの武蔵君が照れてる!?…この前のアレは頭撫でてもらえると思ったんだ…高校生って言っても子供なんだよ…まぁ、素直に甘えるのって難しいからなぁ)
私が何も答えないのを否定の意味でとらえた武蔵君が俯く。
「…やっぱり変、ですよね」
「いや!そんな事ない!いいよ〜私でよければいくらでも撫でてあげるよ〜!」
普段しっかりしている彼が甘えたいと言うギャップに、母性というものがくすぐられた。私がはっきりと答えると、武蔵君は安心したように息をつき、スッと頭を差し出した。その行動力に少し驚きながらも、ワシャワシャと頭を撫でてあげる。
「よーしよしよし!武蔵君はいつも頑張っててすごいねぇ!キックも凄かったし!試合頑張ってね!見に行けないのは残念だけど応援してるよ」
「…はい、ありがとうございます」
ひとしきり頭を撫でてあげ手を放す。武蔵君は満足そうに顔を上げた。
「じゃあね、しばらくは会えないけど」
「〇〇さんも頑張って下さい。帰ってきた時に良い報告ができるよう頑張ります」
「うん!楽しみにしてるよ!」
私が出張から戻ってくる頃には、大会は終わってしまっているらしい。武蔵君達のチームが勝ち上がってくれる事を願いながら、大きく手を振って別れた。大手企業との契約を取るため、出張先の会社で仕事をこなす毎日。
「え!?武蔵君のチームが優勝した!?」
休憩時間におにぎりを頬張っていると大工のおっちゃんから電話があり、武蔵君のいるチームが優勝した事を教えてくれた。
「すごいじゃん!おめでとうって伝えといて!…え?まだ試合がある?関西一位と試合?それ勝ったら日本一じゃん!」
細かい事はよくわからないが、どうやらすごい所まで勝ち上がっているようで嬉しくなる。
「…私?こっちも順調よ!あと一ヶ月はかかるけど、この調子ならバッチリ契約取れそう!親父さんにもよろしく伝えといて!」
通話を切り、興奮した気持ちを落ち着かせるため深呼吸をする。
(すごいな〜そんなに勝ち上がっちゃうとは…これは私も頑張んないとな!)
まだ休憩時間中だったが私も負けていられないとおにぎりを急いで食べ、次の仕事へと取りかかる事にした。
「いやぁ…給料良くても他がダメなんで、自分としては辞めることができて良かったですし、すぐに次の仕事が見つかって助かりました。でも、おばさんの知り合いだからって面接も履歴書もいらないって大丈夫なんですか?」
「いいのよぉ、今それどころじゃなくってねぇ」
「…それどころじゃない?」
「ま、行ってみればわかるわ!少し騒がしいかもしれないけど、慣れれば楽しいところよ!頑張って!」
「ちょ、あの!…切れた」
『通話終了』と表示されたスマホの画面を見つめる。
将来困らないようにと一生懸命勉強して、有名な会社に入社でき安心したのも束の間。残業は当たり前、上司からのセクハラ、パワハラ、お局様からの嫌がらせ等などの超ブラック企業だったのだ。休日は外出する気にもなれず、家に引きこもるそんな毎日。給料が良くても、こんな日々を続けていけばいつか死んでしまう。
あっさり辞めてしまえば良かったのだが、そう思った時には次の仕事を探す気力すらなく、ズルズルと続けてきたのである。
半ゾンビ化していた所に知り合いのおばさんから、とある工務店の事務仕事を頼めないかと連絡がきた。仕事で疲れきった私を見て、心配した母が仕事を探してくれていたのだ。事務作業なら今の仕事と大きく変わりはないだろうし、こんなに辛い職場でも耐えてこれたのだから何でも来い!という半ば投げやりな気持ちに押され、辞表を上司の机に叩きつけてきた。
あのブラック企業から解放されたと思うと少しだけ気が楽になった。
「…ふぅ。まぁ、あのブラック企業に6年もいたんだから少しくらい騒がしいのなんて大丈夫でしょ…多分」
深呼吸をして、これからお世話になる会社へと向かうために歩き出した。
スマホの地図を見ながらたどり着いた先には、老舗感を漂わせる建物があり看板には『武蔵工務店』と書いてあった。
「ここか…」
さっそく中へ入ろうと扉に手をかけた時だった。
「おい!納期明日だぞ!間に合うんだろうな!?」
「えっ!?材料が入らない!?困りますよ!ウチにもお客さんと決めた期限があるんですよ!?」
月曜日の朝九時。初日から不安になるようなワードが聞こえてくる。思わず伸ばした手を引っ込めた。
「…少し騒がしいとかのレベルじゃないんですけど」
また社員であろう人の怒号が聞こえてくる。この状態で『みなさん初めまして!新人の〇〇です!今日からよろしくお願いします!』とか言えるわけがない。絶対に今の状況はウェルカムではない。
(だからと言ってここに立ってるのも…)
事務所の入り口の前で入るか迷っていると、突然扉が開き中から作業着姿の男性達が飛び出してきた。
「うわっ!?」
「そんなトコに立ってんじゃねぇ!邪魔だ!」
入り口前に立っていた私も悪いが、『いきなり出てきたそっちも悪いだろ』と言い返しそうになったがグッと我慢する。飛び出してきた男性達は慌てて車に乗ると、砂埃を上げ猛スピードで走り去って行った。
(スピード違反で捕まれ)
心の中で中指を立てた。
「あ!また道具忘れてるよ!って…もういないかぁ…」
中からもう一人男性が出てくる。この人はさっきの男性達と比べて温厚そうだ。
「仕方ない。後で他の仕事行く前によって…うわっ!?人!?」
私が背後に立っているのに驚いて待っていた工具箱を落としてしまった。バラバラと工具箱の中身が散らばり、慌てて拾うのを手伝う。
「す、すみません!驚かせてしまって!」
「い、いえ!こちらこそすみません!えぇと、ウチに何かご用で?」
「あ…私今日からお世話になる新人の〇〇です」
「あ〜新人さんか!そういや親父っさんが言ってたな〜…えぇっ!?こんな若い子がウチに!?」
「いや若いと言っても二六ですけど…」
「いや若いよ若い!!ちょっと待ってて!親父っさん呼んでくる!!」
集めていた工具を道に置いたまま、事務所へ入ってしまった男性。
(…大丈夫なのだろうか、大事な工具を道端に放置したままで…)
前の会社なら反省文を書かされるなと思いながら、まとめた工具を持ち中へと入る。
「親父っさん!ほらあの子だよ!」
「わかった、わかった…」
奥から工具を落とした男性と少し歩き方がぎこちない男性が出てくる。
(…昭和の頑固親父って感じ…)
待っていた工具を机の上に置き、男性に向かってお辞儀をする。
「初めまして。以前こちらでお仕事をされていた近藤さんの紹介で来ました。〇〇です。よろしくお願いします」
「おぅ、この工務店を取りまとめてる武蔵だ。今は身体悪くしちまって、なかなか顔出せねぇが、よろしく頼んだ」
「…えっと、本当にいいんですか?面接とかしなくて…」
「何だやんねぇのか仕事」
「いえ、そうではなく…」
「別に必要ねぇよ。近藤さんの知り合いだしな」
知り合いだからと言って、全員が真面目に仕事をしてくれるとは限らない。単純に近藤さんの評価が高いのか、それとも何も考えてないのかモヤモヤする。
「まぁ、道具の扱いが丁寧な人間に悪いヤツはいねぇよ。玉八、この嬢ちゃんに仕事教えてやってくれ」
「わかりました!」
そう言って親父さん(武蔵さんのことをみんなが親父っさんと呼ぶので)は奥へと戻ってしまった。
「えっと、大丈夫?親父っさん見た目ちょっと怖いけど優しい人だから!」
「…あ、はい」
先ほど机の上に置いた工具達を見つめた。
(…さすが職人って感じ…)
そして一日、玉八さんに仕事を教えてもらう。基本的には仕事の納期、資材等の管理や発注。そして金銭面の管理もやってほしいと言うので引き受ける。本来は親父さんの奥さんがやっていたのだが、親父さんの看病を理由に難しいということでお願いされた。
(新人にお金の管理まで任せるとか、どんだけギリギリなんだこの会社…)
「俺ら力仕事が中心だからさ、こういった計算とか苦手で…明日はおかみさんが教えてくれるから、今日はこれまで!」
「…え、終わりですか?」
「うん、時間だし。一応、親父っさんに一言挨拶してから帰ってね!じゃ、お疲れ様!」
「お、お疲れ様でした!」
走り去る玉八さんに頭を下げる。壁にかけてある時計を見れば、ちょうど十七時。
「これが定時退社…」
残業ばかりだった前の会社を思い出す。
「…帰ろう」
嫌な思い出を振り払うように頭を振る。玉八さんが親父さんに挨拶をしてから帰るようにと言っていたので、帰り支度をして親父さんの所に行くことにした。
武蔵工務店の事務所の裏に資材置き場と加工場があり、一番奥に親父さんの家がある。
先へと進んでいけば、親父さんの姿が見えた。隣に誰かいるのか話しているようで、相手はちょうど車の影に隠れて見えない。
話の邪魔をしては悪いと思い、様子を見ていると親父さんが私に気付き手招きをするので小走りで駆け寄った。
「お前にも紹介しとく。今日からウチに来た〇〇さんだ。失礼のねぇようにな」
「新しく人を雇ったのか?」
「前いた近藤さんの後釜だ。お前ら馬鹿どもの代わりに色々やってくれんだから、感謝しろよ」
まだ初日が終わったばかりだというのに、プレッシャーがすごい。苦笑いを浮かべ親父さんの近くまで来ると、やっと車の影に隠れていた人物の姿が見えた。この男性も、見るからに職人さんという風貌である。でも、上が白のタンクトップ一枚は少し目のやり場に困る。
(…歳は私より上かな)
「俺の息子だ」
「初めまして。〇〇です。これからお世話になります」
息子さんにお辞儀する。相手もそれに倣い、頭に巻いていたタオルを外し頭をさげた。
「武蔵厳です。親父共々よろしくお願いします」
お互い挨拶が終わり顔を上げた瞬間、私は息子さんの髪型に釘付けになった。
(…大工さんとかって、見た目が厳つい人がいるけど…)
「…どうかしましたか?」
「い、いえ!何でもありません!明日からもよろしくお願いします!お疲れ様でした!失礼します!!」
『その頭は厳つすぎるだろ!』と叫びそうになったのを必死でこらえ、ヒールで砂利道を器用に走り去ったのであった。
「社長の息子さん、髪型がめっちゃ派手なの」
「バンドとかやってたりするのかしら?」
「それはない。自分の親の会社があんなギリギリなのにバンドなんかできないと思う」
武蔵工務店で仕事を始めて一週間。わかったことは、この工務店、人も金銭面もすべてがギリギリだ。全員がフルに動いてやっと仕事が片付くレベル。大工のおっちゃん達が毎日余裕がなく荒々しいのもわかる。だからと言って初日の事は許してはいないが。
「また大変な会社だったみたいね…」
「んー大変そうだけど、前の所より全然マシ。仕事見つけてくれてありがとう、お母さん。明日早いからまたね」
通話を切り、目覚ましをいつもより早めに設定して布団の上に倒れ込む。明日から二週目。事務作業に関しては、前の職場で嫌というほどやってきたので就業時間内に余裕で終わらせることができる。
「…あとは余った時間でどれだけ私がフォローできるか…」
一番下っ端の自分がでしゃばっていいのか悩みどころだが、現状そんな余裕があるのは自分だけだ。それに、工業高校に通っていたので加工場にあった機械なら使う事ができる。
「大丈夫。高校時代を思い出せ〜。人よりも機械と向き合っていた時間の方が長かっただろ〜」
それはそれでなんか悲しいな、と思いながら眠りについた。
武蔵工務店、朝九時。
「おい、先週言ってた資材の準備できたのか?」
「あ!すみません、まだ…」
「それなら、一号車に積んでますので確認をお願いします」
「明日使う鋼材、どこにあるんだー?」
「三号車にあります。工具も一緒に積んでいるので、明日すぐ出られますよ」
「この寸法の木材を誰か…」
「自分がやっておきますので、寸法書いた紙そこに置いておいてください」
「「………」」
先ほどまで騒がしかった事務所が急に静かになる。
「…え、あれ移動させるのフォークリフト使わなきゃ…」
「私、フォークリフトの免許持ってます」
「鋼材の移動は…」
「玉掛けとクレーンの免許も持ってますので」
「資材の切り出し…」
「工業高校だったので、ここにある機械は大体使えます。といっても不安なんで、一応確認してもらえますか?」
大工のおっちゃん達は顔を見合わせ、外へと飛び出して行く。そして少しすると興奮した様子で戻ってきた。
「すげぇな嬢ちゃん!ばっちりだぜ!」
「本数も間違いなし!積み込みも綺麗にそろってるしよ!」
「そうですか。ならいいんですけど、時間が…」
「テメェら何やってんだ!とっとと持ち場へ行け!」
「「はい!すみません!行ってきます!」」
親父さんの一言で慌てて散らばるおっちゃん達。事務所には私と親父さんだけになった。
「嬢ちゃん、結構やるじゃねぇか」
「一応工業高校行ってたんで」
「そうかい。今日、早く出てきた分はきっちりつけとけよ」
少し早くに出勤し、準備していたのがバレていたか。
「いや、あれは別に…」
「時間外でも仕事は仕事だ。嘘書くんじゃねぇぞ」
「…はぁい」
金銭面でもギリギリなので、お金をもらうのは嫌だったのだが仕方ない。所詮、新人なので大した金額では無いだろうが。
それからは、大工のおっちゃん達が現場に行ってる間に、私が次の仕事の準備をするという事だけで、少し効率化が図れているようだ。
「お疲れ様でしたー!」
「お疲れさん!明日もよろしくな!」
私が現場の作業を手伝うようになってから、大工のおっちゃん達も余裕ができてきたのか、よく話しをするようになった。初日の事も、ちゃんと謝ってくれたので和解した。見た目が厳つく口調が荒いため怖い人と誤解されやすいのが、みんないい人達だ。
それで思い出したのだが、親父さんの息子さんもかなり厳つい。
(あの頭は、ちょーっとびっくりするよねぇ〜)
何をどうしたらあんな髪型になったのか、気になるものの本人に聞く勇気はない。
(あ、エメリーの刃。交換するの忘れてた)
親父さんに挨拶に行こうと加工場の前を通り思い出した。明日すぐに作業ができるように、交換して帰っておきたい。が、自分の就業時間は過ぎている。今、親父さんに見つかると多すぎる残業代をつけられる。たかが数分、刃の交換にそんな残業代は必要ない。周囲に人がいない事を確認して、加工場へ忍び込む。
(さっさとやればバレないバレない〜)
慣れた手つきで刃を交換する。外した刃を捨てて帰ろうと立ち上がった時だった。
「そこで何してるんですか?」
「うわぁ!?危なっ!?」
突然声をかけられ、危うく自分の足の上に刃を落とすところだった。
「すみません!怪我してないですか?」
声の主は、親父さんの息子さんだった。
「…だ、大丈夫です…」
慌ただしく動いている心臓を空いている手で押さえながら答える。
「…刃の交換してたんですか?」
「え、あ…そうです。交換するの忘れてて、やって帰ろうかと」
「そうですか。…親父から聞いたんですけど、〇〇さんが色々手伝ってくれるから助かるって言ってました」
「そ、それはどうも…」
今まで仕事で褒められた事がなかったので、リアクションに困る。
「でも、その服でやってるんですか?」
自分は一応事務職なので、スーツで仕事をしている。作業には適した服装ではないが、特に問題ないと思っていたのでそのままスーツで作業もしていた。
「…えーっと、そうですね…」
「…その格好だと、動きにくそうだし汚れる。何より危ないんで」
「で、ですよね…」
いつかは言われるだろうと思っていた。どこかで作業着を買ってくるかと考えていると、息子さんが自分のロッカーの中から何か探している。
「…ん、あった。俺ので悪いんですけど、こいつ使って下さい。まだ一度しか着てないんで、綺麗だと思います」
綺麗に畳まれたベージュ色の作業着を持ってきてくれる。
「いや、これ頂いたら武蔵さんのが…」
「俺は最近着ることが少ないんで大丈夫です。スーツが汚れるよりいいでしょう」
「あ、ありがとうございます…」
息子さんは作業着を私に渡すと同時に、右手に持ったままだったエメリーの刃を取り上げた。
「あ…」
「これ俺が捨てとくんで。お疲れ様でした」
「あ、えっ!ありがとうございます!お疲れ様でした…」
あっという間の出来事についていけず、息子さんの背中をぼーっと見送る。
「…さすが親父さんの息子ねぇ…」
その後、親父さんに見つかりきっちり残業代をつけられ帰ったのであった。
作業着をもらった次の日。いつもなら大工のおっちゃん達の怒号が聞こえる武蔵工務店だが、今日は朝から大きな笑い声が響いていた。
「だーっはっはっはっ!!どうした嬢ちゃんその格好!」
「ダボダボじゃねぇか!ちゃんとサイズ見たか?」
「知ってるか?Sが小さくてLが大きいんだぞ!」
(そんな事知ってるわクソ親父共め!)
せっかく息子さんから作業着をもらったので着てみたら、想像以上に大きすぎた。ブカブカな作業着姿の私が、おっちゃん達に浅い笑いのツボにハマってしまったようで、朝から大爆笑なのである。
「馬鹿笑いしてないで、仕事行って下さいよ!親父さんに怒られますよ!?」
「残念でしたー今日は全員集まれって親父っさんに言われてんだよ」
「くそっ!」
「嬢ちゃん、口悪いぞー」
ゲラゲラとまた笑いだす。こうやって軽口を言い合えるのも、私がこの会社に慣れてきた証拠であり嬉しいのだが、むかつくものはむかつく。
「朝からうるせぇぞ。どうしたんだ…ん?嬢ちゃん、どうしたその格好。大きすぎんだろ、サイズ間違えたのか?」
奥から出てきた親父さんの発言で、またおっちゃん達が笑いだした。
「…あなたの息子さんから頂いたんですよぉ…」
「お、おぅ…そりゃ、気が利かなくて悪かったな。新しいの用意するから」
「いえ、大丈夫です。せっかくもらったのでこれを使います」
返すのも申し訳ないし、工夫すれば着れない事はないので使わせてもらう事にした。
「それより、全員集めてどうしたんです?」
話題を変えるためにそう尋ねれば、親父さんは嬉しそうに私を見た後、おっちゃん達の方へ向き直る。
「今週の土曜日に嬢ちゃんの歓迎会をしようと思うんだが」
「賛成!問題なし!」
「そういえばやってなかったね」
「そんな余裕もなかったしな」
「嬢ちゃんも問題ねぇな?」
歓迎会。これまた前の会社で経験したが、いい思い出がない。
「…いや、別に歓迎会なんて…」
「よし、問題ねぇな。玉八、いつもの所で予約しといてくれ」
「わかりました!」
「いや、ちょっと」
「予定はねぇんだろ?タダ飯食うつもりで来りゃいいさ。さぁ、話は終わりだ仕事に取り掛かってくれ」
「「おー!」」
バタバタとおっちゃん達がそれぞれの持ち場へ移動する。事務所には、不安で気分の重くなった私だけが取り残されたのだった。
そして歓迎会当日。仕事が終わってそのまま、引きずられるようにして予約した居酒屋に行くことになった。
「〇〇さん、お酒大丈夫?」
「あ、はい普通に飲めます」
嘘。普通どころではない、酒がないと生きていけないくらいに大好きだ。
「いや、嬢ちゃんは酒豪だと思うぜ!俺の第六感がそう言ってる!」
「何ですか、第六感って…」
そんなことを話しているうちに、目的地である居酒屋に到着する。貸切にしたのか、他の客の姿は見えない。武蔵工務店の全員が参加しているので、貸切ぐらいしないと難しいのだろう。息子さんは用事があるそうなので少し遅れて来るらしい。
「嬢ちゃんビールいけるか?他のでも良いぞ?」
「全然問題ないです!いけます!」
全員に飲み物が行き渡ったのを確認して、親父さんがジョッキを掲げる。
「んじゃ、一ヶ月も遅くなっちまったが、嬢ちゃんの歓迎会という事で乾杯!」
「「かんぱーい!」」
おっちゃん達に倣って自分もジョッキを掲げ一気に飲み干す。少しの沈黙の後『あ〜!』と気の抜けた声があちこちから聞こえる。自分も言ってしまいそうになり、慌てて口を押さえた。
ついこの間まで、スーツを着込んだお堅い人達に囲まれていたというのに、今では作業着姿の厳ついおっさん達に囲まれているなんて思ってもいなかった。
「よーし!たくさん飲んでたくさん食うぞー!」
「いただきまーすー!」
「あ!嬢ちゃん、もう飲み終わってんぞ!やっぱ酒飲みだ!」
「おかわりくださーい!」
こんなに騒がしい飲み会も、前の会社ではありえない光景だろう。歓迎会が始まって一時間くらいが経過し、全員酔いが回ってきたのか顔が赤い。呂律も回らなくなってきて、言葉が聞き取りにくい。注文を聞きにきた店員さんが困っているので、自分が通訳として間に入る。最初は中心に座っていたのに、酔っ払い達の通訳をしているうちに端の方に座ることになっていた。ここならあんまり酔っ払いによる害はないので気が楽でいい。おっちゃん達のくだらないふざけ合いを見て楽しんでいたら、用事で遅くなると言っていた息子さんが入ってきた。
「あ!厳ちゃん、お疲れ!」
「悪い。遅くなった」
「お〜い、厳ちゃん、どこ行ってたんだよ〜!」
「さっきまでそこ座ってなかったかぁ〜?」
「みんな出来上がってんな」
酔っ払い達に苦笑して、私の隣に腰を下ろす。てっきり仲の良い玉八さんの所に行くと思っていたので、驚いて固まってしまう。
「大丈夫ですか?ウチの連中、酒が入ると余計に騒がしくなるんで迷惑かけられてないですか?」
「え…今のところは大丈夫です。はい…」
「そうですか」
「あ、何飲みます?やっぱり生ですか?」
飲み物のメニューを息子さんに渡そうとすれば、なぜか驚いた顔で私を見ていた。
「…いや、酒は…その…」
「車で来たんですか?」
息子さんは少し考えてこう言った。
「…俺、これでも未成年なんで…」
「………はい?」
「お、悪いな。そういや言ってなかった。そいつまだ高校生だぞ」
「…こ、高校生?」
「そー泥門高校二年生!」
「こ、高二!?」
自分より年上だと思っていた相手が十歳近く年下で高校生だという。失礼だと思いながらも、見た目が高校生ではない。
(だって大工のおっちゃん達に混ざって仕事してる所見たし、車の運転もしてなかったっけ?…あれ、車の運転って何歳からできるんだ…?)
混乱する頭を押さえる。
「もしかして嬢ちゃん、同い年くらいに思ってたか?」
「こりゃ笑えるな!!」
おっちゃん達の笑い声が頭の中に響く。
「…すみません。見た目がこんなんだから勘違いさせましたね」
「…あ」
「?」
「アンタみたいな高校生がいるかぁ!!」
私も思ってた以上に酔いが回っていたのだろう。周りのうるさい雰囲気にあてられ、そう叫んでいた。
「突然大きな声を出してすみませんでした。あと、失礼な事を言ってしまい本当に申し訳ありません。社会人として恥ずかしい限りです」
「いや、ちょっと驚きましたが気にしてないんで、土下座はやめて下さい。そっちの方がまずいんで…」
「了解です」
伏せていた身体を起こす。普段だったら思っていても口には出さないというのに、酒の力というものは恐ろしい。そういえば、家で酒を飲んでいる時によく上司の悪口を大声で叫んでいたことを思い出した。次からはもっと気をつけよう。
「厳ちゃん、部活の方はどうだ?今日も練習だったんだろ?」
「ん、今のところ問題ねぇよ」
(あんまり職場で見かけなかったのは、学校行ってたからか…というか、その髪型は大丈夫なのか?)
学校で授業を聞いている様子を思い浮かべ、そのアンマッチ具合に思わず吹き出す。
「…ふふっ!」
「…」
「何笑ってんだよ、嬢ちゃん!これでも大変だったんだぜ?厳ちゃん一時期、学校行けなかったんだからな!」
「…え?」
「あ、その話は…」
先ほどまで騒がしかったのが、一瞬で静まり返る。
「…俺がドジして、人が足りなくなったんだ。それで代わりに、こいつが仕事してたって訳よ」
親父さんがビールを飲み干す。
「い、今はなんとかなってるから大丈夫!〇〇さんも色々気を使って仕事してくれてるから、みんなも余裕ができて助かってるよ!」
「そ、そうだぜ!これからもよろしく頼むぞ、嬢ちゃん!」
気まずい雰囲気を誤魔化すように、みんな気を使って明るくふるまい話題を変えるなどして、元の騒がしい状態へと戻っていった。
「〇〇さんには感謝してます。現場で作業できても、事務処理となるとできない事の方が多いんで」
武蔵君はそう言うと、もくもくと料理を食べ始めた。
(私、高校生の時、何やってたっけ…)
学校に行って、授業聞いて、部活に行って、家に帰ってテレビ観たり漫画読んだり。休みの日なんて、家でゴロゴロしてる事だってあった。この子と同じ歳の時、私は毎日のんびりと過ごしていた。
(…すごいな、この子…)
「…〇〇さん?」
学生なのに親と他の職人達の事まで心配して、学校辞めてまで仕事を手伝うなんて自分にはできない。自分の高校時代と比べると、情けなさ過ぎて泣けてくる。
「…こんな若いのに苦労して…よく頑張ったねぇ〜!」
これまた酒のせいか、わしゃわしゃと武蔵君のド派手な頭を撫でまくる。とにかく褒めてあげたい、ただそれだけだった。
「わはは!厳ちゃんが犬みたいに撫でられてら!」
「酔ってんな〜嬢ちゃん」
「…あの、〇〇さん…」
「うわー意外と毛量あるー!どうなってんのこの髪型!」
真ん中のトサカみたいになっている部分と側面の短く刈られた部分を交互に触る。
「……」
「厳ちゃん抵抗すんの諦めたな」
最初は少し抵抗していたが、止める気配がないのがわかると動かなくなった。もはやされるがままである。
「困った事があったら何でも言って!お金はたくさん持ってるから、何でも買ってあげる!」
「それはどうかと思うんですけど…」
「嬢ちゃん、俺はー?」
「おっさんには言ってねぇ!」
ゲラゲラと笑い声が響く。その後も何を話したか覚えていないが、いい気分で歓迎会を終えることができた。
「うぇ…気持ちわる…」
いい気分だったのは昨日までの話で、目が覚めた私に襲いかかってきたのは、二日酔いの気持ち悪さと酔っぱらって自分がしてしまった恥ずかしい言動の数々。
今日が休みで良かった。起き上がるのも辛いし、あんな事をして顔を合わせるのも恥ずかしい。
「…私、高校生の子に何やってんだか…しかも親の目の前で…」
後悔をしても後の祭り。来週仕事に行ったら、すぐに謝罪するべきだ。運よく親父さんは覚えてなくても、息子の武蔵君は覚えているだろう。なんせ素面だったのだから。
そんなことを考えながらゴロゴロしていると、少し体調が良くなってきた。それと同時に腹が鳴る。
「…ご飯買いに行かなきゃ…」
家に何もなかった事を思い出し、適当な服に着替え財布を持ち外へ出る。
(そういえば、私お店からどうやって帰ったんだろ?全然覚えてない…誰かに迷惑かけてないといいんだけど…)
必死に昨日の記憶を思い出そうとすると頭痛がしてきた。痛む頭を押さえながら歩いていると、何やら騒がしい。声がする方を見てみれば、河川敷で赤色のシャツを着た学生らしき子達が走り回っている。部活にしては激しいなと気になって見ていると、その中に見知った顔を見つけた。
「…マジかぁ…部活してるよ…」
走り回る学生達の中に武蔵君がいた。
(今日も部活だったんだ…)
それなのに、日付が変わるぎりぎりまで付き合わせてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
罪滅ぼしに何かできないかと考えていると、自分の腹がまた鳴った。そろそろお昼時、そこで私は閃いた。
「あの〜こんにちは〜」
「えっ?あ、こんにちは?」
こっそりと練習している武蔵君に見つからないように、マネージャーさんであろう女の子に声をかける。
「えーっと、あそこのさ…すんごい髪型してる…トサカみたいな、ほらあの子!」
「…と、トサカ…?ムサシ君の事ですか?」
「…ムサシ?…あ、そういう事か!そうそう!」
(武蔵と書いてムサシとも呼ぶな。かっこいい名前で呼ばれてるなぁ〜)
微笑ましいなと、顔が緩んでしまう。
「私、あの子のお父さんの会社で働いてるんだ〜」
「そうなんですか?あ、ムサシ君に何か用事が…」
「いいやない!ないよ!たまたま通りかかっただけだから!」
今呼ばれると昨日の事もあるので恥ずかしいし、部活の邪魔はしたくない。さらに迷惑をかけてどうするのだ。
「えっと〜そろそろお昼でしょ?お腹空いてると思ってさ、皆で何か食べなよって事でハイ!」
無理矢理女の子にお札を渡す。
「えっ!あの!」
「じゃ!そう言う事で!頑張って!」
昨日の迷惑料としては足りないかもしれないが、何もしないよりはいいだろう。私は走ってその場を立ち去った。
「……オハヨウゴザイマス。先日はご迷惑をおかけして本当にすみませんでした…」
休み明け。少し早くに出勤して加工場で作業をしていると、背後に人の気配がした。親父さんかと振り返れば、制服姿の武蔵君が立っていた。平日は学校だから、会う事はないだろうと思っていたのに誤算だった。非常に気まずいが、この前の歓迎会の事で私に非があるためとりあえず謝る。武蔵君は目の前に立ったまま、一言も話さない。
(…うわぁ、気まずい…怒ってるよねー!そりゃ、よく知りもしない女にベタベタ触られるなんて嫌だよねー!)
心の傷とかになってたらどうしよう、と思っていると武蔵君がやっと口を開いた。
「…この前の事は気にしてないんで。それよりも昨日、ウチのマネージャーにお金渡したのって〇〇さんですか?」
「…あ、うん。もしかして先生とかに怒られた?」
「いや、それはなかったんですけど、金額が…」
「足りなかった?」
「多すぎるんですよ」
「…いやーよく食べそうな子がいたから、足りないかなと思って」
「今度、ちゃんと返すんで」
「え!返さなくていいよ!私が勝手にやった事だし!」
「でも…」
「気にしない気にしない!私、お金はたくさん持ってるって言ったじゃない!」
「いや、そういう問題じゃ…」
「あ!ほら、学校遅刻するよ!はい、いってらっしゃい!」
不服そうな顔をして立つ武蔵君を、加工場から無理矢理押し出した。
「……行ってきます」
最後までムスッとした顔で、学校へ向かう後ろ姿を見送った。なんだか少しだけ、武蔵君の子供っぽい所が見られたような気がした。
それから数日後。業者へ挨拶をしに行った帰り道、車を走らせているとまた見知ったトサカ頭を見つけた。休憩中なのか他の子と一緒に、公園の広場に集まっている。私は近くに車を停め、窓を開けた。
「おーい!武蔵くーん!」
私の声に気づいた武蔵君が小走りで近づいてくる。
「部活お疲れ様!休憩中?」
「そうです。〇〇さんは営業ですか?」
「そうそう!そっか休憩中か…じゃあ…」
「お金はいらないです」
ジュース代でも出そうと財布を探していたら、それに気づいた武蔵君が止める。
「…わかった。あ、そう言えば渡して欲しいって言われてたものがあったんだ!手、出して?」
「渡して欲しいもの?」
首をかしげながら出された右手をぎゅっと掴み、お札を握り込ませるように持たせる。
「え、ちょ…」
「部活頑張ってね〜!」
武蔵君が驚いている隙に車を発進させる。バックミラーを見れば、驚いた顔をして武蔵君がこちらを見ている姿が写っていた。
「あはは!何て顔してんの!」
高校生らしくない見た目だが、まだまだ子供だと思わせる表情。どうやら私は、それを見るのが少し楽しくなってきてしまったようだ。
「…ふぅん。こんな感じの練習道具が欲しいと…」
「時間がねぇ、すぐ作れ」
「上から目線ね〜まぁいっか、二日くれたら試作品を用意できるよ。調整はそれからだね」
「じゃあそれでやれ」
「はいはい」
「〇〇さん!?」
泥門高校のグラウンド近くで話していると名前を呼ばれた。
「あ、部活お疲れ様ー!今日も頑張ってるねぇ!」
いつものすました顔はどこへやら、驚いた顔をする武蔵君。後ろから他の子達が、何事かとこちらを見ている。
「ここで何してるんですか?」
「商談中。あ、部室に差し入れ持ってきてるから良かったら食べて?何がいいかわかんなかったから、色々買ってきたんだ〜早いもの勝ちだよ〜!」
「またそんな…!」
「「ありがとうございまーす!!」」
「おい、お前ら!」
他の子達は、我先にと部室へ走って行った。
「妖一君は?良いのなくなるよ?」
「ケケケ!もう取ってる」
「ちゃっかりしてるー」
「ヒル魔、今度は何を頼んだんだ」
武蔵君が私の持っている資料を後ろから覗き込む。
「トレーニング用の道具だ。俺が考えた」
「すごいよね〜!うまくいったら商品として出しちゃえば?売れるかもよ?」
「強くなんのはウチだけでいいんだよ」
「あらそう、残念」
営業終わりに武蔵君の通う泥門高校の近くを通りかかれば、グラウンドで練習をしているのを見つけ、少しの間見学していく事にした。また、差し入れでもしようかなと思ったが、さすがに学校に関係のない人間が入ってはダメだと思いやめた。
(そういえば何部なんだろ?)
聞いた事なかったなと思っていたら、ドスンと車の上に何かが落ちた音がした。何事かと思い窓から顔を出して上を見れば、人が乗っていたのである。
(武蔵君と同じ服…という事は同じ部活の子…それにしても派手な金髪にピアスね)
「おい糞ババア。最近俺らに貢いでくれてんのはお前か?」
「貢いでって…変な言い方やめてよ。お世話になってる会社の息子さんがいるから応援してるだけ。というか、どっから乗ったの?危ないから降りな、クソガキ」
「あ?」
「私がババアなら、あんたはクソガキでしょうが」
呆れたようにそう言い返せば、何が面白かったのかご機嫌な様子で車から飛び降りた。そして紙の束を私に突きつける。
「仕事だ!世話になってる会社の息子を応援するってんなら、もちろん最優先でやってくれるんだろうなぁ?」
「…まぁ、できる内容ならね」
という訳で今に至る。
「じゃあ、でき次第持ってくるね〜」
「とっとと作って持ってきやがれ」
「はいはい、なるべく早くにね。あ、武蔵君。工務店に戻るけど車乗って帰る?乗るなら待っとくけど」
「…すぐ着替えてきます」
ぼそりとそう言って部室へ歩いて行った。
「…あれ、なんか怒ってる?かまいすぎたかな…」
「その逆だろ」
「逆?」
妖一君は私の問いに答えず、ニヤニヤと笑みを浮かべて部室へと入ってしまった。私は訳が分からず首を傾げ、武蔵君が出てくるのを待っていた。
「お待たせしました」
「よし、じゃあ帰ろうか」
制服に着替えた武蔵君と、学校の裏口に停めている軽トラまで並んで歩く。武蔵君の制服姿を見るのはこれで二回目、やはり高校生には見えない。悪いと思っているが、どこか面白くてくすりと笑ってしまう。
「…なんか俺見て笑ってないですか?」
「い、いや!そんな事ない!気のせい気のせい!」
武蔵君には見えないように注意していたのだが、じろりと睨まれる。
(見た目が厳ついんだから、睨まれるとちょっと怖いのよ君…)
そそくさと車に乗り込みエンジンをかける。武蔵君も乗り、シートベルトをした事を確認して車を発進させる。元々、口数の少ない武蔵君は助手席から外を眺めている。
(なんだろう…哀愁が漂ってる…高校生なのに)
またしても緩みそうになる口元を必死に引き締める。
「…〇〇さん」
「あ!ごめん!ごめんなさい!」
「…何で謝ってるんですか?」
「…え?」
驚いた顔をした武蔵君と少しの間見つめ合う。私が武蔵君の事を見て笑ったのがバレたと思い、焦って謝ったが違っていたようだ。
「あ、ごめん!ちょっと別の事考えててさ。えっと、何?」
武蔵君はまた外の方を向いた。
「…ヒル魔とはいつ知り合ったんですか?」
「え?えーと、今日だけど…」
「…そうですか。下の名前で呼んでるから前から知ってんのかと思いました」
「いや、下の方が私的に呼びやすかったからさ」
本当は単に苗字が読めなかっただけとは言えない。武蔵君はまた黙ってしまう。チラリとミラー越しに武蔵君の顔を見れば、先ほども見た不機嫌そうな顔。
(…どうしたんだろ。もしかして俺の友達なのに馴れ馴れしくするな、とかそう言う感じ?私が気安く、妖一君て呼んだのが気に入らなかったのかな…)
そう言えば昔、友達と遊んでいた時に、その友達と仲の良い子に呼び出され『その子は私の友達だから、仲良くしないで!』と言われた事を思い出した。
(私って馴れ馴れしいのかな…)
まさか武蔵君がそんな事を思っているとは知らずに、ズカズカと彼の人間関係に入りこんでしまった事を反省する。
「…ご、ごめんね。勝手に学校まで来ちゃって…友達とも馴れ馴れしくしたり…今回の依頼が終わったら、もう近づかないよ」
「…違う!」
「うわっ!」
武蔵君が急に大きな声を出すので、驚いてハンドルをきってしまい車体が大きく傾いた。
「わー!ごめん!大丈夫!?」
「…いや、俺が急に大きな声だしたから…すみません…」
武蔵君はがりがりと頭を掻き、落ち着きがない。
「…俺は別に〇〇さんの事、迷惑だとか思ってないですし…嬉しいと言うか…他の連中も喜んでるし…」
「う、うん?」
段々声が小さくなって、後半はよく聞き取れない。
「俺は…その…」
武蔵君はそこまで言うと、思いっきり外の方へ顔を向けた。
「…いや、何もないです」
「…え!そこまで言ったなら最後まで言って!?言ってくんないと私また何かやらかしちゃうから!ね!?」
「…大丈夫です」
「何で!?」
それっきり武蔵君は外を向いたまま話そうとしない。また気が向いたら教えてくれるだろうし、とにかく怒っていないのならいいかと聞くのは諦める事にした。
武蔵工務店に到着し、車を停めようと周囲を確認した時だった。武蔵君の頭に糸くずがついているのを見つけた。車のエンジンを切り、糸くずを取ってあげようと手を伸ばす。
「武蔵君、ちょっと動かないで」
「…え」
頭に手が触れ、ついていた糸くずを掴もうとしたらグッと頭で手を押される。というより、すり寄ってくるような感じ。不思議に思いつつ、さっと糸くずを取り離れる。
「髪の毛に糸がついてたよ。着替えた時についたんだろうね」
ゴミ箱に入れて武蔵君の方を見れば、片手で顔を覆い俯いている。
「…えぇっ!?どうしたの!?」
「…な、なんでもないです…」
よく見れば耳が赤いような気がする。
「乗せて下さってありがとうございました。お疲れ様です」
早口にそう言うと、武蔵君はサッと車を降り家へと入ってしまった。
「…え、えー。私また何かやらかした?」
一人残された私は、車の中でしばらく頭を悩ませてたのだった。
「はーい、ご注文の品お届けに来ましたよーっと!」
妖一君から頼まれていた物を届けに、泥門高校へとやってきた。先日の武蔵君赤面事件から、彼とは顔を合わせていない。
(あれから武蔵君と会ってないけど、大丈夫かな…)
それだけが気がかりである。普段、仏頂面の彼があんな顔するなんてよっぽどの事だろう。
「ね、妖一君。最近、武蔵君はどう?元気?」
「あ?別にいつもと変わんねぇよ。何だ、なんかやらかしたか?」
「やらかしたのかと言えばそうかも…でも私は善意で…いや、善意でもやられた側からしたら迷惑って事もあるからな…あーどっちだ!?」
「うるせぇな。とっとと組み立てろ」
「やってんでしょーが!!」
話しながらも手を止めずに作業しているというのに、ひどい依頼主だ。
(まぁ、いつもと変わんないならいいか…さっさと組み立てて帰ろう)
ここで会ってしまうと彼が嫌かもしれないので、素早く組み立て作業を終わらせる。
「で、どこに置けばいいの?」
「グラウンドのあそこに固定してくれ」
「グラウンドに?いいの?」
「校長に許可は取ってある」
「ならいいけど」
指示された場所に取り付ける。大切な大会の前に怪我してほしくはないので、がたつきなど不備がないかいつも以上に確認した。
「…うん。問題なし!オッケー!」
「よし。じゃあ早速、使わせてみるか。おい、まだ帰んなよ」
「え、何で?」
「使ってるうちに不備が出たら困んだろ」
「えぇ…まぁ、今日はこれで終わりだからいいけども…」
私はいいけど武蔵君が嫌がらないかなと思いつつ、邪魔にならないようにグラウンド近くの斜面に座る。少しするとみんながランニングから帰ってくる。もちろん武蔵君もいた。
(あんまり見てたら気にするかも…呼ばれるまで寝てよう)
ごろりと斜面に寝転ぶ。目の前には綺麗な青空が広がっており、気持ちの良い風にウトウトしてきた時だった。
「おい!糞ババア!そんなとこで寝てるくらいなら、球拾いでもしやがれ!!」
「…ほんっと、とんでもないクソガキね」
仕方なく起き上がり、軽くストレッチをしながらグラウンドへ降りる。
「仕事で来てる人に球拾いさせるなんていい度胸ね。えーと、これがボール?…ラグビー部なの?」
「あ?アメフトだ!アメフト!そんな事もわかんねぇで見てやがったのか!」
「アメフト…?聞いたことな…」
「糞ジジイがボール蹴っから、それ拾ってこっちに投げろ」
最後まで言い終わらないうちに、早く行けと身体を押される。高校生に雑に扱われる社会人。仕方なく武蔵君から、少し離れた位置に立つ。
(蹴るって言っても、どのくらい飛ぶんだろ?)
呑気にそんな事を考えながらぼーっと立っていると、武蔵君が蹴る構えをする。
「…お!来るかな!」
ちょっと楽しくなってきた。わくわくしながら待っていると、ドカッとすごい音がしてボールが空高く飛んでいく。
「うわぁ〜!……いや、ちょっと待って!めっちゃ飛ぶじゃん!!」
自分の立っていた場所を余裕で越えていくボールを慌てて追いかける。
「何やってんだ糞ババア!!」
「飛ぶなら飛ぶって言ってよ!!」
地面に落ちたボールは不規則な方向へと転がり、捕まえるのも一苦労。
「な…何でこんな形にしたかな!?」
完全に弄ばれ、楕円形のボールに悪態をつく。
「とっとと投げろ!糞ババア!」
遠くで妖一君が叫んでいる。離れていてもよく聞こえる声だこと。
「ババア、ババアって…歳食ってんのわかってんならもう少し労りなさいっての!!」
怒りも乗せて思いっきり投げる。日頃の力仕事のおかげで、投げるのは問題なさそうだ。少し息をついていると、ドカッと先ほど聞いた音が聞こえる。音のした方を見れば、次のボールが空を飛んでいた。
「蹴るなら蹴るって言って!?」
そう叫び、ボールを追いかけるため走り出す。
「…あぁ、しんど…」
もう何回ボールを追いかけたのかわからなくなるくらい走らされ、グラウンドに座り込む。手伝いでやるレベルの運動量ではない。
「すごいっすよ!初めててあんなに動けるなんて!」
「後半からなんてノーバウンドで取れてましたし!」
「あはは…ありがとー」
あっちこっちに転がるボールを追いかけるのが嫌になって、一発で取った方が楽だと地面に着く前にキャッチする事にした。まあまあ高さも勢いもあって、怖かったが失敗せずに取ることができたので良かった。
「ケケケ!糞ババアを高校生のフリさせてウチに入れるか!」
「何バカな事言ってんの…できる訳ないでしょ」
冗談かと思ったが、他の子達が黙ったのを見てまさか出来るのか?と不安になった。
「じゃあ、仕事終わりに練習付き合え」
「できるか!それに、来週からしばらく別の所に行くから来れないよ」
「…何かあったんですか?」
少し離れていた所にいた武蔵君が不安そうな顔をする。
「あ、心配しないで!大きな会社と契約しようと思ってて、そのための出張!上手くいけば武蔵工務店は安泰よ!」
「そりゃいい。また途中で糞ジジイに抜けらたら困るからな」
「まぁ、仮に困ったことになったとしても、今度はちゃんと大人だけで解決するよ。学生は学業と部活に励むべし!じゃあ、私は自分の準備があるから帰るよ。今日はたくさん運動したから、お酒がおいしいだろうなぁ〜!」
「高校生の前でそんな事言うんじゃねぇ」
「おっと失礼。みんな大会頑張ってね〜!」
「ありがとうございました〜!」
ヒラヒラと手を振り、脱いだ上着を拾ってグラウンドを後にする。停めていた軽トラの鍵を探していると足音が近づいてきた。
「〇〇さん!」
「あれ、武蔵君。どうしたの?」
足音の正体は武蔵君だった。
「…この前、隣に乗せてもらった日。不審な態度をとってしまって、すみませんでした」
そう言って頭を下げる。この前とは武蔵君赤面事件の事だろう。毎度のことながら、学習しない私が悪いのだ。
「えっ!いや、あれは私が悪いんだから謝んないで!ほんと勝手に触ってごめん!年下だと思うと、つい撫でたくなるというか…嫌だよね」
「…嫌だとは思ってないです」
「え?」
「…俺が〇〇さんに撫でられるの好きって言ったら変ですか?」
あの仏頂面の武蔵君の顔が真っ赤に染まっていた。
(あ…あの武蔵君が照れてる!?…この前のアレは頭撫でてもらえると思ったんだ…高校生って言っても子供なんだよ…まぁ、素直に甘えるのって難しいからなぁ)
私が何も答えないのを否定の意味でとらえた武蔵君が俯く。
「…やっぱり変、ですよね」
「いや!そんな事ない!いいよ〜私でよければいくらでも撫でてあげるよ〜!」
普段しっかりしている彼が甘えたいと言うギャップに、母性というものがくすぐられた。私がはっきりと答えると、武蔵君は安心したように息をつき、スッと頭を差し出した。その行動力に少し驚きながらも、ワシャワシャと頭を撫でてあげる。
「よーしよしよし!武蔵君はいつも頑張っててすごいねぇ!キックも凄かったし!試合頑張ってね!見に行けないのは残念だけど応援してるよ」
「…はい、ありがとうございます」
ひとしきり頭を撫でてあげ手を放す。武蔵君は満足そうに顔を上げた。
「じゃあね、しばらくは会えないけど」
「〇〇さんも頑張って下さい。帰ってきた時に良い報告ができるよう頑張ります」
「うん!楽しみにしてるよ!」
私が出張から戻ってくる頃には、大会は終わってしまっているらしい。武蔵君達のチームが勝ち上がってくれる事を願いながら、大きく手を振って別れた。大手企業との契約を取るため、出張先の会社で仕事をこなす毎日。
「え!?武蔵君のチームが優勝した!?」
休憩時間におにぎりを頬張っていると大工のおっちゃんから電話があり、武蔵君のいるチームが優勝した事を教えてくれた。
「すごいじゃん!おめでとうって伝えといて!…え?まだ試合がある?関西一位と試合?それ勝ったら日本一じゃん!」
細かい事はよくわからないが、どうやらすごい所まで勝ち上がっているようで嬉しくなる。
「…私?こっちも順調よ!あと一ヶ月はかかるけど、この調子ならバッチリ契約取れそう!親父さんにもよろしく伝えといて!」
通話を切り、興奮した気持ちを落ち着かせるため深呼吸をする。
(すごいな〜そんなに勝ち上がっちゃうとは…これは私も頑張んないとな!)
まだ休憩時間中だったが私も負けていられないとおにぎりを急いで食べ、次の仕事へと取りかかる事にした。
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