Kleines Kleinod
久しぶりに休日が与えられた。といってもほぼ毎日訓練漬けのため、休みだろうがいつもと同じように過ごさないとなんとなく気持ち悪い。幼馴染と一緒に出かけようかと思ったが、タイミングの悪い事にテスト期間で父に言われ部屋から出る事が禁止されているらしい。
「ジュニア〜っ!お腹すいた!何か美味しいもの買ってきて〜っ!」
そう言われ、やる事も思いつかないので買い物に行く事にした。
「とはいえ、俺あんまり美味い店とか知らねぇんだよな…」
基本的に外食は堅苦しい場所ばっかりで、あんまり美味しいとは思えない。街を出歩く事も少ないので詳しくもない。彼女が気にいるようなものを見つけられるか不安になってきた。
「…あ、あそこに行けばいいか」
小さい頃の記憶を思い出し、早速そこへと向かう事にした。
やってきたのはクライノートの家がある街。小さい頃、一度だけ来たことのある肉屋の前に立っていた。
「確かここだよな…」
恐る恐る店内へと入る。
「いらっしゃい!」
気前の良さそうな男性が顔を覗かせた。
「ん?お、待てよ?ふんふんふん…」
肉屋の店主がじろじろと俺を見てくる。
「えっと…」
「ブロッケンの坊主だな!いやぁ〜デカくなったな!あん時はこんくらいだっただろ!」
店主はそう言って自分の膝くらいの位置に手を降ろした。
「そう…だったかな…」
たった一度しか顔を見せた事がないのに、ずっと交流があったかのようにフレンドリーな彼にたじろぐ。
「クライノートから聞いたぜ?超人になるための訓練頑張ってるんだってな!今日はどうした?肉食いたくなったのか?」
「えっと、子供の頃食べたあれを…」
「あー!あれな!ちょっと待ってろ、すぐ焼いてきてやるから」
「いや、そうじゃなくて!買いに来たんだ!」
奥へと入ってしまった店主を慌てて呼び戻す。
「え、そうなのかい?…まぁ、いいじゃねぇか一本食ってけ!」
結局ウインナーを焼いてもらい、食べている間に買った物を袋に詰めてもらう。子供の頃と変わらず、噛めばパリッと心地の良い音がして肉汁が溢れ出し美味しかった。
「ほい、ありがとな!」
「こちらこそ、ありがと…ってなんか多くね?俺、ウインナーしか買ってないけど」
貰った袋を受け取れば、ウインナーだけしか買っていないのにやけに重い。
「あぁ、おまけしといたぜ?身体を作るにはやっぱ肉だろ!まぁ家でいい肉食えるかもしんねぇけどな!」
「そんな悪いよ」
「気にすんな気にすんな!クライノートや父ちゃんにもよろしくな!」
「あ、ありがとう」
豪快に笑う店主に背中を叩かれ、肉屋を後にした。店を出てふと顔を上げれば、目の前には美味しそうなパンが並んでいた。
「あ、そういやパン屋もあったな」
アイツの好きな焼きたてのメロンパンがあるかと、そのまま真っ直ぐにパン屋へと入った。
「いらっしゃ〜い!あ、やっぱり来たね〜欲しいのは焼きたてのメロンパンかしら?」
女性の店主がレジで頬杖をつきながら、にこにこと笑っていた。どうやら俺の考えを読まれていたようで、ちょっと恥ずかしかった。
「…そう、です」
「ふふふ〜でも残念!メロンパンは売り切れなのよ」
「え!マジか…」
「うちの人が気まぐれで焼いてるから、なかなか焼きたてに間に合う人はいないのよ。あの子ぐらいね、できた瞬間に来るのは」
そう言って、楽しそうに笑う。
「ま、うちはメロンパンだけが売りじゃないからね。他のもの美味しいから、見ていって?」
「は、はい」
と言われても、これまで訓練一筋でこういった店に入るのは初めてだったためどうしたらいいかわからない。入口でオロオロしていると店主が笑った。
「もしかして、こういったお店は初めてだったりする?毎日訓練漬けだってクライノートが言ってたくらいだからねぇ。そこにトレーとトングがあるでしょ、それ持って自分が欲しい物を好きに取ってくれたらいいから」
「な、なるほど…よし」
教えてもらったようにトレーとトングを手に取って店の中を見て回る。チョコやクリームで動物の顔が描かれたものやチーズがたっぷりかかっているものなど、種類が豊富すぎて手が止まる。
(…アイツ何がいいんだろ。何でも食べるからな)
「ちなみに、クライノートが好きなのはそこにあるチョココロネよ?」
声をかけられ振り返れば、にこにこと笑顔でこちらを見ていた。
「…どうも」
そんなに俺の考えている事はわかりやすいのだろうかと、教えてもらったチョココロネを取った。後はなんとなく美味しそうだと思ったものをいくつか取り、会計をする事にした。
「たくさんありがとね〜!やっぱり食べ盛りよね〜」
「別に俺一人だけじゃなくて、親の分もあるんですけど…」
「お口に合うといいんだけど」
「大丈夫ですよ、そこまでこだわりがあるような親じゃないし」
「そうなの?じゃあ、コレ持って帰って?甘さ控えめの新作!あなたのお父さん甘い物苦手そうじゃない?ちょっと食べさせてみて」
「確かに苦手だと思うけど…」
俺が試食を頼めるような相手じゃないのだがと思ったが、母かクライノートに任せようと受け取った。
「訓練、頑張ってね!」
「ありがとう」
店先まで見送られ明らかに買った量より多くなった袋を持って、家へと戻るために歩き出す。おしゃべりなクライノートのおかげか、この街の人達がまるで知り合いのように声をかけてくる。道中知らない老夫婦から果物をもらったり、小さな子供達から憧れの視線を向けられるのも全部彼女がやった事による影響だろう。
(いい人が多いんだな、この街…)
普段家族以外の人間と関わるといえば堅苦しい人達ばかりで色々と考えなければならず面倒だったが、今日出会った人達と話すのは気が楽であった。
(今度はクライノートと来よう)
そう思いながら、家までの道を歩いて進んだ。
「ただいま〜」
「お帰りジュニア。珍しい…買い物に行ってたの?」
リビングに入れば母が本を読んでいた。大量の荷物をテーブルに置く。
「クライノートが何か美味しいものが食べたいって言うからさ」
袋から中身を出していると、母が寄ってくる。
「そうなの。お肉にパン…たくさん買ってきたのね」
「買ったのはこんだけ。後は全部貰い物だよ」
「こんなに?」
「クライノートと仲良い人が多いんだよ。だからたくさんおまけしてくれたんだ」
「良かったわねぇ」
「ウインナー焼くけど、母さんも食うか?」
ちらりと時計を見て、母が頷く。
「そうね頂こうかしら。お父さんのもお願いできる?」
「親父食うかな…まぁ、一応焼くぞ」
「食べるわよ、きっと」
二人で荷物を持ちキッチンへと向かおうとすれば、ドタドタと足音が聞こえる。
「ジュニアお帰りー!美味しいもの買ってきた!?」
クライノートが俺達の所へ走ってくる。
「むかーしお前が俺に食わせてくれた、肉屋のウインナーとその前にあるパン屋のパンだ」
「やった!ありがとジュニア!」
「今からウインナー焼いてやるから、ちょっと待ってろよ」
「ほんと!?じゃあ早く早く!」
「うわ、待てって!どんだけ腹減ってんだよ」
グイグイと腕を引かれ、小走りでキッチンへと向かう。こんなに喜んでもらえるとは思っていなかったので、買ってきて良かったと思った。
「クライノート、何をしている。課題が終わったからと言って、やめていいとは言ってないぞ」
ジュニアが買ってきたウインナーを焼いて食べていると、ブロッケンマンが不機嫌な顔をして部屋へと入ってきた。呼ばれたクライノートは頬をぱんぱんにしてパンを頬張っていた。
「休憩中〜!パパも一緒に食べようよ」
「その甘ったるそうなパンをか」
「ジュニアがクライノートのお気に入りのお店で買ってきたそうなんですよ」
眉間の皺がさらに深くなったのを見て、フォローしようと口を挟んだ。
「…そうかね」
「美味しいですよ?あなたもどうですか?」
そう言って、フォークに刺したウインナーを彼に差し出した。すると、大きく目を見開いてぴたりと動きが止まる。
「…驚いた。君はそんな事をするような人だったか?」
珍しく彼の驚いた顔を見て、自分のしてしまった事が急に恥ずかしくなった。
「…あっ、ごめんなさい。クライノートがジュニアにやってるのを見て…私ったら…」
慌ててそれを皿へと戻した。
「食べてあげなよブロッケンパパ。せっかくママがあーんしてくれたのに」
すると、部屋の空気が張り詰めたのがわかった。わかっていないのは、呑気にパンを食べているクライノートだけ。
「…クライノート、いつまで休んでいる。早く食べて勉強しろ。ジュニアも休みと言ったが、時間は有意義に使え」
ブロッケンマンがぎろりと子供達を睨むと、ジュニアがすぐさま椅子から立ち上がった。
「は、はい師匠!おい部屋戻るぞ!部屋でも食べながらできんだろ」
「でもお行儀悪いって…」
「パンならセーフだ!たぶん!いいから行くぞ!」
ジュニアがクライノートを連れて早々と部屋を出ていった。部屋に残されたのは、何を思っているのかわからない彼とさっきの事が恥ずかしくて俯いている自分だけだ。
(もういい歳なのに恥ずかしい…きっと彼も呆れて…)
すると俯いていた自分を覆うかのように影がかかり、座っていた椅子がぎしりと軋んだ。
「◯◯」
「え?」
顔を上げれば、彼が自分を見下ろしていた。
「どうした、食べさせてくれるのだろう。少々行儀が悪いが子供達もいない。たまにはいい」
そう言って彼が口を開けて待っている。
「…熱いので気をつけてくださいね」
「ん」
少し震える手で彼の口元へと運ぶ。他の人よりも少し鋭い犬歯がちらりと見え、どきりと心臓が跳ねた。
「どうです?」
いい咀嚼音をさせながらウインナーを味わっている彼に尋ねた。試合スタイルは荒々しいものの、普段はとても上品な姿につい見惚れてしまう。
「…ビールが欲しいな」
そう呟くと、キッチンへと向かって歩いていく。
「まだお昼ですけど…」
「せっかくいい物があるんだ、飲まなくてどうする。君もどうかね?」
意地の悪い笑みを浮かべて、大きなジョッキを持ち上げた。
「では、少しだけ」
たまには彼も休まなければと、一緒に付き合う事に決めた。だが子供達への言い訳をどうするかだけは、考えておこうと思った。
「〜っ!お前っ、やめろって!ぜってぇ今行くのはダメだって!」
親父の目を見てまずいと思い逃げ出してきたというのに、戻ろうとする彼女を全力で引き止める。
「絶対あーんしてもらってる!見たい見たい!」
「やめろって言ってんだろ!」
なんて恐ろしい事を言うのか、そんな光景を見た瞬間痛い目を見るのはわかりきっている。暴れる彼女を抱き上げて、自分の部屋へと逃げるのだった。
クライノートが住む街にある肉屋の店主は、店の品出しを行っていた。すると、店の入口が開く音がする。
「いらっしゃい!」
お客さんが来たと笑顔で振り返れば、この街では滅多に見ないがたいのいい男がかっちりとした黒いコートを着て立っている。男の被っている軍帽を見て、思わず息が止まった。
(な、なんでブロッケンマンがウチに!?そういや、この前坊主が来たな…もしかして、不味かったのか!?)
立っているだけだというのに威圧感が半端ではなく、振り返ったまま動く事ができない。
「…以前、うちの息子が尋ねたようで。その時に買った物と同じ物が欲しいのですが。いただけるでしょうか」
「へ?…あ、ちょっと待ってくださいよ。すぐ用意するんで!」
ドイツの鬼と恐れられている割には、話し方が丁寧で拍子抜けしてしまう。
(よくよく考えたら、あのお転婆娘が懐いてんだ。悪い人じゃねぇよな、坊主もいい子だったし)
そう考えながら肉を詰めていく。
「はいよ、お待たせ!」
「…?料金の割に量が多くないでしょうか」
「お転婆娘のクライノートが世話になってるお礼ですよ!」
ドイツの鬼は驚いた顔をして自分を見ていた。
「これからもよろしくお願いしますね、ブロッケンの旦那」
「…では、お言葉に甘えて。失礼」
「お気をつけて!」
店を出ていく大きな背中を見送った。
「…はぁ〜っ!驚いた!まさか父親まで来るとは思ってなかったぜ…」
緊張が解けて、近くに置いていた椅子に腰掛けた。
「〜♪」
鼻歌を歌いながら、新作のパンを並べていく。今日も美味しそうだとご機嫌に眺めていると、店の入口が開いた。
「いらっしゃ〜い…」
振り返れば、ふんわりと優しい雰囲気のパン屋に不釣合いな物騒な格好をした男が入口に立っていた。軍帽についた髑髏の紋章がきらりと光る。
(あちゃ〜!まさかのお父さんが来ちゃった!)
彼の手には向かいの肉屋の袋があり、息子と同じルートで来たのだと思った。ブロッケンマンは店内をキョロキョロと見渡し、入口の前に立ったままだ。もしかすると、彼も息子同様この店のシステムがわからないのかと思った。
「え…っと、そこにトレーとトングがあるので好きなものを…いや、荷物多そうなんで私が取りますね。欲しいものを教えてください」
他に客もおらず、片手が塞がっているのを見て自分が取る事にした。
「申し訳ない。では、子供が好きそうなものを六つほど…自分には好みがわからないもので」
「かしこまりました」
(子供って、この前の息子さんとクライノートの事だろうな〜)
ドイツの鬼の微笑ましい姿に先ほどまでの緊張がなくなってしまう。
「それと、こちらのものを二つ」
そう言って彼が指差したのは新作の甘さ控えめのパンだった。
「こちら甘い物が苦手な人でも食べられるように作ったんですよ〜!」
「なるほど、だからか…うちの妻は甘い物が苦手でしてね。これくらいがちょうどいいと、随分気に入ってたので」
そう言ってほんの少し笑う顔は、本当にドイツの鬼なのかと疑ってしまうほどであった。
「合計で、〇〇になります」
渡されたお金を数えて、首を傾げた。
「…お客さん、お金多すぎますよ?」
「あぁ、業務外の事をさせてしまったのでその分です。受け取ってください」
「いえ、そんな…」
返そうとしたが受け取る気がないのか、荷物を持ち一礼するとさっさと出ていってしまった。
「あ、ちょっと!…仕方ないもらっておくか」
店の外まで追いかけたが、振り返る事はなく進む彼を見てため息をついた。
「あんたのとこにも行ったのかい?」
声の方を見れば、肉屋の店主が顔を覗かせていた。
「来た来た!子供と奥さんのためにたくさん買ってったよ」
「ウチもだ。いや〜ドイツの鬼って言われてるからどんだけ恐ろしいのかと思ってたが…」
「あの子が平気なんだから、悪い人じゃないでしょ…でも、心臓に悪いわ〜」
「本当だよ…」
そう言って、顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
「戻ったぞ」
「お帰りなさい。たくさん買い物してきたんですね」
両手いっぱいに袋を抱えているブロッケンマンを見て、珍しい姿に思わず笑ってしまう。
「以前ジュニアが買ってきた物を買ってきた。君が気に入っていた物もある」
「わざわざ買ってきてくれたんですね、ありがとうございます」
「…君には不自由な生活を送ってもらっているからな」
そう言うと彼は目を逸らして、帽子のつばを下げた。彼と結婚してから屋敷の外へ出る時は、どこかのお偉いさんとの会食事のみ。街を出歩く事はもう何年もしていない。理由は、彼が残虐超人として名を広めているから。たとえ国から認められていたとしても中には不快感を示し心無い言葉を浴びせたり攻撃をしてくる者もいるはずだと、私に害が及ばないよう外出は禁止となっている。
ジュニアは自分の力でなんとかできるから許可が降りた、クライノートは無理やり指導されているという設定でうちに来ているので攻撃を受ける事はないと自由に出入りしている。私だけがこの屋敷から出られない事を、彼は随分気にしていた。
「気にしなくていいって言っているのに…」
「俺もジュニアもいない事の方が多い…退屈しているだろう」
「いいえ。最初の頃は多少思う事もありましたが、今は話し相手がいるので」
「…なに?」
一瞬で彼の目の色が変わる。別に変な事を言ったつもりはないのだが、なぜか距離を詰められた。
「それは一体どこの誰かね?」
「私だよ〜」
ソファーに寝転がっていたクライノートが起き上がり、呑気な声をあげた。
「…っ、クライノートいたのか」
「うん」
クライノートはにこにこと楽しそうに笑っており、彼は心底面倒そうな顔をしていた。
「私じゃなかったら誰だと思ったの〜?」
「それを確認するために聞いたのだ。信頼のおけん者を屋敷には入れられない」
「…やっぱりブロッケンパパは優しいね!街のみんなにブロッケンママは愛されてるよって言い回って良かった!」
「え?」
「おい待て、クライノート。お前…」
「心配しなくても、この街だったらブロッケンママも外を歩けるよ!みんなブロッケンパパは優しい人だって知ってるから」
「この街の住人に何を吹き込んだ!」
「え〜別に悪い事じゃないよ。ブロッケンパパはブロッケンママの事が大好きで、いつも仲良しだよって…」
「それが余計な事だと言うんだ!俺の立場を考えろ!」
「わ、ブロッケンパパ怒ってる。逃げろ!」
クライノートはすぐさまソファーから起き上がると、軽い身のこなしで彼に捕まる前に部屋から出ていった。
「待て!この小娘!」
「何で怒るのさー!」
ドタバタと足音が遠く離れていく方向を、笑いながら見つめる。
「あの子の言った事が本当なら、あの人と一緒に街を歩けるのね」
断られてしまいそうだが、一度言ってみようかと思うのだった。
「ジュニア〜っ!お腹すいた!何か美味しいもの買ってきて〜っ!」
そう言われ、やる事も思いつかないので買い物に行く事にした。
「とはいえ、俺あんまり美味い店とか知らねぇんだよな…」
基本的に外食は堅苦しい場所ばっかりで、あんまり美味しいとは思えない。街を出歩く事も少ないので詳しくもない。彼女が気にいるようなものを見つけられるか不安になってきた。
「…あ、あそこに行けばいいか」
小さい頃の記憶を思い出し、早速そこへと向かう事にした。
やってきたのはクライノートの家がある街。小さい頃、一度だけ来たことのある肉屋の前に立っていた。
「確かここだよな…」
恐る恐る店内へと入る。
「いらっしゃい!」
気前の良さそうな男性が顔を覗かせた。
「ん?お、待てよ?ふんふんふん…」
肉屋の店主がじろじろと俺を見てくる。
「えっと…」
「ブロッケンの坊主だな!いやぁ〜デカくなったな!あん時はこんくらいだっただろ!」
店主はそう言って自分の膝くらいの位置に手を降ろした。
「そう…だったかな…」
たった一度しか顔を見せた事がないのに、ずっと交流があったかのようにフレンドリーな彼にたじろぐ。
「クライノートから聞いたぜ?超人になるための訓練頑張ってるんだってな!今日はどうした?肉食いたくなったのか?」
「えっと、子供の頃食べたあれを…」
「あー!あれな!ちょっと待ってろ、すぐ焼いてきてやるから」
「いや、そうじゃなくて!買いに来たんだ!」
奥へと入ってしまった店主を慌てて呼び戻す。
「え、そうなのかい?…まぁ、いいじゃねぇか一本食ってけ!」
結局ウインナーを焼いてもらい、食べている間に買った物を袋に詰めてもらう。子供の頃と変わらず、噛めばパリッと心地の良い音がして肉汁が溢れ出し美味しかった。
「ほい、ありがとな!」
「こちらこそ、ありがと…ってなんか多くね?俺、ウインナーしか買ってないけど」
貰った袋を受け取れば、ウインナーだけしか買っていないのにやけに重い。
「あぁ、おまけしといたぜ?身体を作るにはやっぱ肉だろ!まぁ家でいい肉食えるかもしんねぇけどな!」
「そんな悪いよ」
「気にすんな気にすんな!クライノートや父ちゃんにもよろしくな!」
「あ、ありがとう」
豪快に笑う店主に背中を叩かれ、肉屋を後にした。店を出てふと顔を上げれば、目の前には美味しそうなパンが並んでいた。
「あ、そういやパン屋もあったな」
アイツの好きな焼きたてのメロンパンがあるかと、そのまま真っ直ぐにパン屋へと入った。
「いらっしゃ〜い!あ、やっぱり来たね〜欲しいのは焼きたてのメロンパンかしら?」
女性の店主がレジで頬杖をつきながら、にこにこと笑っていた。どうやら俺の考えを読まれていたようで、ちょっと恥ずかしかった。
「…そう、です」
「ふふふ〜でも残念!メロンパンは売り切れなのよ」
「え!マジか…」
「うちの人が気まぐれで焼いてるから、なかなか焼きたてに間に合う人はいないのよ。あの子ぐらいね、できた瞬間に来るのは」
そう言って、楽しそうに笑う。
「ま、うちはメロンパンだけが売りじゃないからね。他のもの美味しいから、見ていって?」
「は、はい」
と言われても、これまで訓練一筋でこういった店に入るのは初めてだったためどうしたらいいかわからない。入口でオロオロしていると店主が笑った。
「もしかして、こういったお店は初めてだったりする?毎日訓練漬けだってクライノートが言ってたくらいだからねぇ。そこにトレーとトングがあるでしょ、それ持って自分が欲しい物を好きに取ってくれたらいいから」
「な、なるほど…よし」
教えてもらったようにトレーとトングを手に取って店の中を見て回る。チョコやクリームで動物の顔が描かれたものやチーズがたっぷりかかっているものなど、種類が豊富すぎて手が止まる。
(…アイツ何がいいんだろ。何でも食べるからな)
「ちなみに、クライノートが好きなのはそこにあるチョココロネよ?」
声をかけられ振り返れば、にこにこと笑顔でこちらを見ていた。
「…どうも」
そんなに俺の考えている事はわかりやすいのだろうかと、教えてもらったチョココロネを取った。後はなんとなく美味しそうだと思ったものをいくつか取り、会計をする事にした。
「たくさんありがとね〜!やっぱり食べ盛りよね〜」
「別に俺一人だけじゃなくて、親の分もあるんですけど…」
「お口に合うといいんだけど」
「大丈夫ですよ、そこまでこだわりがあるような親じゃないし」
「そうなの?じゃあ、コレ持って帰って?甘さ控えめの新作!あなたのお父さん甘い物苦手そうじゃない?ちょっと食べさせてみて」
「確かに苦手だと思うけど…」
俺が試食を頼めるような相手じゃないのだがと思ったが、母かクライノートに任せようと受け取った。
「訓練、頑張ってね!」
「ありがとう」
店先まで見送られ明らかに買った量より多くなった袋を持って、家へと戻るために歩き出す。おしゃべりなクライノートのおかげか、この街の人達がまるで知り合いのように声をかけてくる。道中知らない老夫婦から果物をもらったり、小さな子供達から憧れの視線を向けられるのも全部彼女がやった事による影響だろう。
(いい人が多いんだな、この街…)
普段家族以外の人間と関わるといえば堅苦しい人達ばかりで色々と考えなければならず面倒だったが、今日出会った人達と話すのは気が楽であった。
(今度はクライノートと来よう)
そう思いながら、家までの道を歩いて進んだ。
「ただいま〜」
「お帰りジュニア。珍しい…買い物に行ってたの?」
リビングに入れば母が本を読んでいた。大量の荷物をテーブルに置く。
「クライノートが何か美味しいものが食べたいって言うからさ」
袋から中身を出していると、母が寄ってくる。
「そうなの。お肉にパン…たくさん買ってきたのね」
「買ったのはこんだけ。後は全部貰い物だよ」
「こんなに?」
「クライノートと仲良い人が多いんだよ。だからたくさんおまけしてくれたんだ」
「良かったわねぇ」
「ウインナー焼くけど、母さんも食うか?」
ちらりと時計を見て、母が頷く。
「そうね頂こうかしら。お父さんのもお願いできる?」
「親父食うかな…まぁ、一応焼くぞ」
「食べるわよ、きっと」
二人で荷物を持ちキッチンへと向かおうとすれば、ドタドタと足音が聞こえる。
「ジュニアお帰りー!美味しいもの買ってきた!?」
クライノートが俺達の所へ走ってくる。
「むかーしお前が俺に食わせてくれた、肉屋のウインナーとその前にあるパン屋のパンだ」
「やった!ありがとジュニア!」
「今からウインナー焼いてやるから、ちょっと待ってろよ」
「ほんと!?じゃあ早く早く!」
「うわ、待てって!どんだけ腹減ってんだよ」
グイグイと腕を引かれ、小走りでキッチンへと向かう。こんなに喜んでもらえるとは思っていなかったので、買ってきて良かったと思った。
「クライノート、何をしている。課題が終わったからと言って、やめていいとは言ってないぞ」
ジュニアが買ってきたウインナーを焼いて食べていると、ブロッケンマンが不機嫌な顔をして部屋へと入ってきた。呼ばれたクライノートは頬をぱんぱんにしてパンを頬張っていた。
「休憩中〜!パパも一緒に食べようよ」
「その甘ったるそうなパンをか」
「ジュニアがクライノートのお気に入りのお店で買ってきたそうなんですよ」
眉間の皺がさらに深くなったのを見て、フォローしようと口を挟んだ。
「…そうかね」
「美味しいですよ?あなたもどうですか?」
そう言って、フォークに刺したウインナーを彼に差し出した。すると、大きく目を見開いてぴたりと動きが止まる。
「…驚いた。君はそんな事をするような人だったか?」
珍しく彼の驚いた顔を見て、自分のしてしまった事が急に恥ずかしくなった。
「…あっ、ごめんなさい。クライノートがジュニアにやってるのを見て…私ったら…」
慌ててそれを皿へと戻した。
「食べてあげなよブロッケンパパ。せっかくママがあーんしてくれたのに」
すると、部屋の空気が張り詰めたのがわかった。わかっていないのは、呑気にパンを食べているクライノートだけ。
「…クライノート、いつまで休んでいる。早く食べて勉強しろ。ジュニアも休みと言ったが、時間は有意義に使え」
ブロッケンマンがぎろりと子供達を睨むと、ジュニアがすぐさま椅子から立ち上がった。
「は、はい師匠!おい部屋戻るぞ!部屋でも食べながらできんだろ」
「でもお行儀悪いって…」
「パンならセーフだ!たぶん!いいから行くぞ!」
ジュニアがクライノートを連れて早々と部屋を出ていった。部屋に残されたのは、何を思っているのかわからない彼とさっきの事が恥ずかしくて俯いている自分だけだ。
(もういい歳なのに恥ずかしい…きっと彼も呆れて…)
すると俯いていた自分を覆うかのように影がかかり、座っていた椅子がぎしりと軋んだ。
「◯◯」
「え?」
顔を上げれば、彼が自分を見下ろしていた。
「どうした、食べさせてくれるのだろう。少々行儀が悪いが子供達もいない。たまにはいい」
そう言って彼が口を開けて待っている。
「…熱いので気をつけてくださいね」
「ん」
少し震える手で彼の口元へと運ぶ。他の人よりも少し鋭い犬歯がちらりと見え、どきりと心臓が跳ねた。
「どうです?」
いい咀嚼音をさせながらウインナーを味わっている彼に尋ねた。試合スタイルは荒々しいものの、普段はとても上品な姿につい見惚れてしまう。
「…ビールが欲しいな」
そう呟くと、キッチンへと向かって歩いていく。
「まだお昼ですけど…」
「せっかくいい物があるんだ、飲まなくてどうする。君もどうかね?」
意地の悪い笑みを浮かべて、大きなジョッキを持ち上げた。
「では、少しだけ」
たまには彼も休まなければと、一緒に付き合う事に決めた。だが子供達への言い訳をどうするかだけは、考えておこうと思った。
「〜っ!お前っ、やめろって!ぜってぇ今行くのはダメだって!」
親父の目を見てまずいと思い逃げ出してきたというのに、戻ろうとする彼女を全力で引き止める。
「絶対あーんしてもらってる!見たい見たい!」
「やめろって言ってんだろ!」
なんて恐ろしい事を言うのか、そんな光景を見た瞬間痛い目を見るのはわかりきっている。暴れる彼女を抱き上げて、自分の部屋へと逃げるのだった。
クライノートが住む街にある肉屋の店主は、店の品出しを行っていた。すると、店の入口が開く音がする。
「いらっしゃい!」
お客さんが来たと笑顔で振り返れば、この街では滅多に見ないがたいのいい男がかっちりとした黒いコートを着て立っている。男の被っている軍帽を見て、思わず息が止まった。
(な、なんでブロッケンマンがウチに!?そういや、この前坊主が来たな…もしかして、不味かったのか!?)
立っているだけだというのに威圧感が半端ではなく、振り返ったまま動く事ができない。
「…以前、うちの息子が尋ねたようで。その時に買った物と同じ物が欲しいのですが。いただけるでしょうか」
「へ?…あ、ちょっと待ってくださいよ。すぐ用意するんで!」
ドイツの鬼と恐れられている割には、話し方が丁寧で拍子抜けしてしまう。
(よくよく考えたら、あのお転婆娘が懐いてんだ。悪い人じゃねぇよな、坊主もいい子だったし)
そう考えながら肉を詰めていく。
「はいよ、お待たせ!」
「…?料金の割に量が多くないでしょうか」
「お転婆娘のクライノートが世話になってるお礼ですよ!」
ドイツの鬼は驚いた顔をして自分を見ていた。
「これからもよろしくお願いしますね、ブロッケンの旦那」
「…では、お言葉に甘えて。失礼」
「お気をつけて!」
店を出ていく大きな背中を見送った。
「…はぁ〜っ!驚いた!まさか父親まで来るとは思ってなかったぜ…」
緊張が解けて、近くに置いていた椅子に腰掛けた。
「〜♪」
鼻歌を歌いながら、新作のパンを並べていく。今日も美味しそうだとご機嫌に眺めていると、店の入口が開いた。
「いらっしゃ〜い…」
振り返れば、ふんわりと優しい雰囲気のパン屋に不釣合いな物騒な格好をした男が入口に立っていた。軍帽についた髑髏の紋章がきらりと光る。
(あちゃ〜!まさかのお父さんが来ちゃった!)
彼の手には向かいの肉屋の袋があり、息子と同じルートで来たのだと思った。ブロッケンマンは店内をキョロキョロと見渡し、入口の前に立ったままだ。もしかすると、彼も息子同様この店のシステムがわからないのかと思った。
「え…っと、そこにトレーとトングがあるので好きなものを…いや、荷物多そうなんで私が取りますね。欲しいものを教えてください」
他に客もおらず、片手が塞がっているのを見て自分が取る事にした。
「申し訳ない。では、子供が好きそうなものを六つほど…自分には好みがわからないもので」
「かしこまりました」
(子供って、この前の息子さんとクライノートの事だろうな〜)
ドイツの鬼の微笑ましい姿に先ほどまでの緊張がなくなってしまう。
「それと、こちらのものを二つ」
そう言って彼が指差したのは新作の甘さ控えめのパンだった。
「こちら甘い物が苦手な人でも食べられるように作ったんですよ〜!」
「なるほど、だからか…うちの妻は甘い物が苦手でしてね。これくらいがちょうどいいと、随分気に入ってたので」
そう言ってほんの少し笑う顔は、本当にドイツの鬼なのかと疑ってしまうほどであった。
「合計で、〇〇になります」
渡されたお金を数えて、首を傾げた。
「…お客さん、お金多すぎますよ?」
「あぁ、業務外の事をさせてしまったのでその分です。受け取ってください」
「いえ、そんな…」
返そうとしたが受け取る気がないのか、荷物を持ち一礼するとさっさと出ていってしまった。
「あ、ちょっと!…仕方ないもらっておくか」
店の外まで追いかけたが、振り返る事はなく進む彼を見てため息をついた。
「あんたのとこにも行ったのかい?」
声の方を見れば、肉屋の店主が顔を覗かせていた。
「来た来た!子供と奥さんのためにたくさん買ってったよ」
「ウチもだ。いや〜ドイツの鬼って言われてるからどんだけ恐ろしいのかと思ってたが…」
「あの子が平気なんだから、悪い人じゃないでしょ…でも、心臓に悪いわ〜」
「本当だよ…」
そう言って、顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
「戻ったぞ」
「お帰りなさい。たくさん買い物してきたんですね」
両手いっぱいに袋を抱えているブロッケンマンを見て、珍しい姿に思わず笑ってしまう。
「以前ジュニアが買ってきた物を買ってきた。君が気に入っていた物もある」
「わざわざ買ってきてくれたんですね、ありがとうございます」
「…君には不自由な生活を送ってもらっているからな」
そう言うと彼は目を逸らして、帽子のつばを下げた。彼と結婚してから屋敷の外へ出る時は、どこかのお偉いさんとの会食事のみ。街を出歩く事はもう何年もしていない。理由は、彼が残虐超人として名を広めているから。たとえ国から認められていたとしても中には不快感を示し心無い言葉を浴びせたり攻撃をしてくる者もいるはずだと、私に害が及ばないよう外出は禁止となっている。
ジュニアは自分の力でなんとかできるから許可が降りた、クライノートは無理やり指導されているという設定でうちに来ているので攻撃を受ける事はないと自由に出入りしている。私だけがこの屋敷から出られない事を、彼は随分気にしていた。
「気にしなくていいって言っているのに…」
「俺もジュニアもいない事の方が多い…退屈しているだろう」
「いいえ。最初の頃は多少思う事もありましたが、今は話し相手がいるので」
「…なに?」
一瞬で彼の目の色が変わる。別に変な事を言ったつもりはないのだが、なぜか距離を詰められた。
「それは一体どこの誰かね?」
「私だよ〜」
ソファーに寝転がっていたクライノートが起き上がり、呑気な声をあげた。
「…っ、クライノートいたのか」
「うん」
クライノートはにこにこと楽しそうに笑っており、彼は心底面倒そうな顔をしていた。
「私じゃなかったら誰だと思ったの〜?」
「それを確認するために聞いたのだ。信頼のおけん者を屋敷には入れられない」
「…やっぱりブロッケンパパは優しいね!街のみんなにブロッケンママは愛されてるよって言い回って良かった!」
「え?」
「おい待て、クライノート。お前…」
「心配しなくても、この街だったらブロッケンママも外を歩けるよ!みんなブロッケンパパは優しい人だって知ってるから」
「この街の住人に何を吹き込んだ!」
「え〜別に悪い事じゃないよ。ブロッケンパパはブロッケンママの事が大好きで、いつも仲良しだよって…」
「それが余計な事だと言うんだ!俺の立場を考えろ!」
「わ、ブロッケンパパ怒ってる。逃げろ!」
クライノートはすぐさまソファーから起き上がると、軽い身のこなしで彼に捕まる前に部屋から出ていった。
「待て!この小娘!」
「何で怒るのさー!」
ドタバタと足音が遠く離れていく方向を、笑いながら見つめる。
「あの子の言った事が本当なら、あの人と一緒に街を歩けるのね」
断られてしまいそうだが、一度言ってみようかと思うのだった。
