Kleines Kleinod

彼女の名前はクライノート。ある日、父とともに行った家にいた少女。父の親友の娘らしい。歳も同じで背丈も同じ、癖毛なのか栗色の髪の毛があちこちに跳ねている。そして何よりも目を引いたのが、琥珀色の大きな瞳。光の当たり方できらきらと見える様は宝石のようだと思った。
だから彼女の名前はクライノート、ドイツ語で宝石を意味する言葉だ。

「うぇぇぇ〜!苦しいよぉ〜!」
隣の部屋から彼女の声が聞こえた。今日は俺の10歳の誕生日パーティー。あちこちからブロッケン一族に関わりのある偉い人達が集まってくる。いつもは呼ばないのに、今日は何故か彼女を招待すると父が言った。
「大人しくしなさいクライノート。黙っていればお前の好物がたくさん食べられるんだ」
「そんな事言ったって…なんで今回は私も呼ばれたの?いつも別にやるのに」
誕生日パーティは毎年二回。今日の堅苦しいものと、クライノート達だけとやる気楽なパーティの二つ。すでにクライノートとの誕生日パーティは済んでいる。
「お前の社会勉強のためだ。今日来る者どもの振る舞い、話し方などよく見ておきなさい」
「お客様に者どもっておかしくない?」
「はっ、いいのだよ。できれば来てほしくないのだからね。でも、仕方ないだろう。決まりなんだ」
「ブロッケンパパ、嫌なの?」
「嫌だとも。主役はジュニアなのに、奴らの自慢話や媚びなど聞いてどうする」
「有名なお家って大変だね」
二人の話声が近づいてきて、部屋の扉が開いた。
「ジュニアお誕生日おめでと〜!プレゼントはこの前あげたからもうないよ〜!」
「そんな事わかって…る」
いつもと違い綺麗なドレスに身を包んだ彼女に驚き、思わず言葉に詰まってしまう。
「どうしたの?」
「な、なんでもない!」
覗き込まれ、慌てて赤くなっているだろう顔を背けた。
「ねぇ、それより会場を見に行こうよ!美味しい物がたくさんあるんでしょ?」
「大人しくしていろと言っただろう。お前にも基本的なマナーは教えているはずだ。なら、どうすればいいかわかるな?」
父が鋭い目で見下ろせば、彼女が俺の後ろに隠れた。
「ちぇっ!あんなの一々考えてやってられないよ!ね!ジュニア!」
「慣れればなんて事ないよ。黙っておじさん達の話を聞いてればいいんだから」
「私は初めてだもん。あ!デザートに苺のタルトはある?」
さっきまで膨れっ面をしていたのに、急にきらきらと目を輝かせ父を見上げた。その切り替えの速さに二人揃ってため息をついた。

パーティが始まり次々と顔見知りが挨拶に来る。超人になるための訓練はどうかとか、特別なトレーニングマシンがあるから試してみないかなど。父からは全て当たり障りないように流せと言われているので、それを守り上手い事言い逃れるのは結構大変だ。
(これで大体の人と話したかな…クライノートはどこにいるんだろ?)
大人しくしていればいいのだがと、辺りを見回せば静かに椅子に座って食事をしていた。自分も側に行こうと一歩踏み出した時、また声をかけられる。ため息をつきたいのを我慢して、にこやかに振り返った。

(…料理は美味しいけど、つまんない)
周りは知らない人ばかりで何やら楽しそうに話をしているが、内容はブロッケンマンが言ったような自慢話ばかりでうんざりする。
(デザート取ったらお庭に逃げよう。騒がなければブロッケンパパも怒らないだろうし)
くるくるとスパゲッティを巻き取っていると、隣に人の気配がする。ジュニアかと顔を向ければ、いたのは自分と同じくらいの少女達だった。
「初めまして、出身はどちら?」
「すぐそこの街だよ」
「私はどこの家の者かを聞いているの」
「どういう事?」
そう答えれば一番前に立っていた子は変な顔をするし、後ろの子達はくすくすと笑っていた。
「こっちが聞きたいのですけど。なんで名家の出身じゃない子がここにいるの」
「そんな事を知らないよ。ブロッケンパパに呼ばれたから来たんだもん」
「…そう、運が良いのね。一応名前を聞いといてあげる」
(教えたくないなぁ…)
でも答えなければ余計に面倒な事になりそうだと、渋々口を開いた。
「…クライノート」
「クライノート?」
すると、またくすくすと笑われる。
「宝石だって!名家の出身でもないのに、そんな名前恥ずかしくないの?」
「庶民は庶民らしい名前が良かったんじゃない?ありきたりな名前がお似合いよ」
「…」
父からもらった大切な名前を笑われ突き飛ばしたいと思ったが、ジュニアの家の大事な客人なので必死に我慢した。手を出して困るのは自分ではなく、ジュニア達だと理解していたからである。仕方なく席を立ち、逃げるようにして外へと走り出した。

「あれ?クライノートどこ行った?」
彼女の好きなケーキが沢山出てきたというのに、肝心の本人が見当たらない。
「父さん、クライノートを知りませんか?」
「クライノートなら庭へ行った」
「庭へ?ありがとうございます」
父に頭を下げ庭へと駆けていけば、いつも本を読む時に使う椅子に座っている彼女を見つけた。
「クライノート、何してんだよ。ケーキ出てきたぜ?」
「いらない」
「どうしたんだよ」
「別に何もない」
そう言って頬を膨らませそっぽを向く時は、何か不満がある時だ。
「なぁ、戻ろうぜ。ケーキなくなっちまうよ」
「一人で戻ればいいじゃん。私みたいな庶民は ケーキなんて食べちゃダメなんだよ」
「は?なに言ってんだよ。そんなの関係ないだろ。ほら戻ろうぜ」
そう言って彼女の手を引こうとするが、両方とも靴を履いていない事に気づいた。
「お前、靴は?」
「あっち」
彼女が指差す方を見れば、外壁の近くに靴が転がっている。
「…行儀が悪いって父さんに怒られるぞ」
ため息をついて仕方なく靴を拾いに走る。
「…ねぇ、ジュニアは私の名前どう思う?」
戻ってくる途中で彼女が変な質問をしてきた。
「名前〜?別に良いと思うけど…」
彼女の足元にしゃがみ込んで、まず右足の靴を履かせた。
「ほら、宝石みたいに綺麗…だから」
「そんなお世辞なんかいらないやい!」
少しだけ恥ずかしいのを我慢して言ったというのに彼女はお気に召さなかったようで、右足を蹴り上げ履かせた靴を振り飛ばした。
「あ、お前!せっかく履かせたのに…」
また靴を拾いに走る。今度は蹴り飛ばさないよう、足を押さえ込んだ。
「お世辞なんかじゃねぇよ。初めて会った時、お前の目がすっごいきらきらして…だから、お前の父さんはクライノートって名前にしたんだなって思ったもん」
彼女はまだ膨れっ面をしている。
「自分じゃわかんないだろうけど…お前の目、光のあたり方で色が変わるんだぜ?琥珀色って言うんだって。俺、好きだぜその色」
「…」
膨らんでいた頬が萎んでいく。どうやら機嫌は治ってきているようだ。
「な、戻ろうぜ?美味そうなケーキが沢山あるんだ、早くしねぇとなくなるかもしんないからさ」
「…わかった」
彼女の手を取り立ち上がらせると、手を繋いだままパーティ会場へと戻る。彼女がどう思ったかはわからないが、今でも俺はその瞳を見る度にそう思う。『綺麗だ』って。

ジュニアがクライノートを探しに出て数分後、二人揃って会場へと戻ってきた。
「ブロッケンマンさん、あの娘はどこの家の者です?」
寄ってきた男の方を向き、普段見せないにこやかな顔を繕う。
「私の亡くなった親友の娘でしてね。代わりに面倒を見ておりまして、今日は社会勉強のために呼んだのですよ」
「そうですか、どのような子で?」
「少々お転婆が過ぎるようで、元気なのはいいのですがね」
「それはご子息様も相手をなさるのは大変でしょう。やはり教養がなくては…友達が欲しいのであればうちの娘など…」
「いえ、うちの息子は彼女の事を気に入っているので問題ありません。それに手のかかる子ほど可愛いと言うでしょう。血は繋がっておりませんが、彼女も家族の一員のように思っています。もしあの子に無礼をはたらく者がいるのなら…それは我がブロッケン一族に対する宣戦布告と受け取ってもいいくらいに愛しておりますよ」
そう言って、にこりと男を見た。
「そ、そうですか…少し失礼します」
そう言って、男はそそくさとその場から離れた。
(ふん、自分の子供に釘を刺しに行ったか…さて、さっきの者達だが…)
先程クライノートがここから出ていった原因を作った子供達に目を向ける。
(くだらん事を言いおって…だが、俺が手を下すほどではないな。クライノートの相手にもならん)
親と共に呑気にしている姿を見て、鼻で笑った。
「ブロッケンパパ」
呼ばれて振り返れば、クライノートがそばに立っていた。
「何かね」
「…あのね、ちょっと聞きたい事があるんだけど…」
彼女にしては珍しく言いにくそうにしていた。やはり、多少なり傷ついたのだろう。
「私の名前って…」
「クライノート。見知らぬ奴らの戯言に耳を貸すんじゃない」
言葉を遮れば、彼女が驚いて顔を上げた。
「お前の名は、私の唯一の友である男がつけた名だ。おかしい事などあるものか」
「ブロッケンパパ…」
「ジュニアが待っている。今日のケーキはジュニアの提案で、お前好みの物を揃えたんだ。食べてあげなさい」
「…ありがとうブロッケンパパ!私、ブロッケンパパ大好き!」
勢いよく抱きつき顔を上げた彼女の琥珀色の瞳がきらきらと輝いていた。
「…そうか」
頭をそっと撫でれば嬉しそうに笑い、俺から離れるとジュニアの元へと走っていった。
(相変わらず曇りのない目だ…できる事ならずっとそのままでいてほしいものだな)
二人で寄り添い楽しそうにしているのを見て、作り笑いではなく自然な笑みがこぼれた。
5/18ページ
スキ