Kleines Kleinod

「父さん!俺、クライノートと結婚したい!」
「ぶふっ!?」
夕食の最中、突然何を思ったのか息子がそんな事を言った。思わず口に含んでいた水を吹き出してしまい、妻が慌ててタオルを差し出してくれるのを受け取る。10歳にもならない子供が何を言うのかと咎めようとしたが、彼の真剣な目を見てそれはやめた。
「…急にどうした」
「えっ…なんか、なんとなく…ねぇ、どうしたら結婚できるの?」
これだから子供というのは。その言葉の重みや責任を知らず、思いつきで発言をする。どう答えようかと眉間を押さえた。
「…そういう事は、母さんに聞きなさい」
「えっ」
妻が隣で驚いた声を上げた。申し訳ないが、ここは妻に任せることにした。戦い方は教えられるが、こういった事は教えられる自信がない。
「母さん、どうしたらいいの?」
「えぇと…そうね…」
息子の真剣な眼差しが今度は妻に集中する。彼女も自分と同じように眉間に手を当てた。その様子が少しだけ面白くて、口角が上がるのを手で隠した。
「まだジュニアは小さいから結婚は早いかな。大きくなってもクライノートの事が大好きで、クライノートもジュニアの事が大好きなら結婚できると思うわ」
「大きくなったらっていつ?」
「結婚っていうのは、できる年齢が決められているの。その歳になったら問題ないわ」
「その時までクライノートが好きなら結婚できるの?」
「その時までも大事だし、それからもずっと好きでいる気持ちも大切かな」
「わかった!じゃあ俺、ずっとクライノートの事好きでいるよ」
「その気持ちを大事にね」
母の答えに満足した息子は食事を全て平らげると、明日のために早々と席から離れた。
「…ふぅ」
「流石だ、俺ならあのようには言えんな」
隣で安堵のため息をついた妻を讃えた。
「こういった時だけ私に任せるのはどうかと思うのですが」
「君も知っているだろう。俺がどういう男なのか…こういった事は不得意だ」
俺であれば『立派な超人になれたら』と、彼の気持ちを目的のために利用していただろう。
「俺は他人の気持ちを考える事が欠如している」
自身の幼少期を思い出して、大きくため息をついた。
「私はそうとは思えませんが」
俺の手に彼女がそっと手を添えた。
「…ならそれは君に教わった事だ」
その手を優しく握り返す。
「ねぇ母さん!好きになってもらうにはどうしたらいいの?」
突然ジュニアが入ってきて、二人して慌てて手を離した。
「部屋に入る時はノックをしろと言っているだろうが!」
「ごめんなさい!」
ジュニアが慌てて部屋から出ていき、大きなため息をついた。

そんな事があったある日。子供部屋の前で妻が聞き耳を立てているのが見えた。
「何をしているんだ?」
「ひっ!?あ、あなたでしたか…」
「驚かせてすまない。どうしたのかね?」
そう言うと、妻は口元に手を当てドアに耳をつけるようにとジェスチャーをする。よくわからなかったが妻が聞き耳を立てている後ろで、それに倣い自分も同じ事をした。
「な、なぁクライノート」
「なぁに?」
部屋の中からは息子のジュニアと幼馴染のクライノートの声が聞こえた。
「クライノートは俺の事…えっと、その…」
もごもごと言いにくそうにしている息子の声が聞こえ、妻の肩が小さく震えた。
「さっきから同じ事を繰り返しているんですよ。きっとこの前の事で、気になったんでしょうね」
「あぁ、そういう事か」
この前の結婚したいと話していた事だろう。相手の気持ちも大事だと言われ確認しようとしているが、なかなか言い出せないようである。何度か言ってはやめてを繰り返し、やっと覚悟を決めたのか大きな声が聞こえた。
「ク、クライノートは俺の事好き?」
「え?なんでそんな事聞くの?」
「いいから!好きか教えて!」
「ん〜ジュニアの事はねぇ…」
自分の事ではないのに、彼女がなんと答えるのか期待が募る。
「チョコレートと同じくらい好き!」
「げぇ〜っ!?チョコと一緒!?」
「あらあら…」
「あの子らしい解答だな」
ジュニアに比べ精神年齢が幼い彼女にはまだ早い話のようだった。ドアの前で妻と共に小さく笑う。
「でもね、チョコレートの中でも丸いチョコぐらい好き!」
丸いチョコというのはその名の通りのチョコレートで、彼女の大のお気に入りである。それを一つ彼女の目の前に吊り下げればその日一日、大人しく過ごさせるくらいの効果を得られる。
「あの丸いチョコ?」
「うん、あれくらい」
「…なら良いか」
「良いのか、それで」
「あらあら」
彼女のお気に入りと同等の評価を得た事に満足そうに答えた息子に驚きの声を上げる。やはり子供の感覚はよくわからない。とりあえず気が済んだのか、読んでいた本の話に内容が変わり俺達はその場から離れた。
「これはアイツも手を焼くな」
「ちょっとくらい手を焼く方が良いですよ」
「…なるほど。実践者は語るか」
楽しそうに笑う妻の肩を抱き寄せれば、驚き恥ずかしそうに眼を伏せた。
「そ、そんな事は…」
「そうかね?」
「ねぇ、ちゅーする?ちゅー」
後ろから聞こえた声にすぐさま振り返れば、クライノートが部屋から頭だけ出して、床に寝た状態でこちらを見ていた。
「お前何言ってんだよ…あっ!馬鹿っ!部屋戻れ!」
ジュニアまで顔を覗かせこちらを見ると、危険を察知したのかクライノートを部屋へ戻そうとする。
「ねぇちゅーは?ちゅ〜!」
「やめろ!怒られるから!」
「あの小娘め…」
嫁に来るのはいいがあのままでは困る。勉強以外の事も教育しなければと怒りと共に考えるのだった。
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