Kleines Kleinod
幼い頃はよく幼馴染の彼女に泣きついていた息子が、最近変わりつつある。
「膝をついている暇などないぞ!立て!」
「はい、師匠!」
朝から晩まで超人になるための訓練を行う。18の歳が近くになるにつれ、幼い頃とは違い休みはほとんどなかった。
「これぐらいで体勢を崩すな!」
ふらついている彼に容赦なく攻撃を加えれば、簡単に床へと倒れ込む。
「立てジュニア!」
「ブロッケンパーパー!」
緊迫した雰囲気を壊すような声が外から聞こえる。訓練中はここへ来るなと伝えているはずなのに、関係なくやってくる彼女にため息をついた。
「…何だ」
「課題終わったから見てー」
「…そこに置いておきなさい」
「答えがわからないものがあるから確かめたいのー」
「…はぁ、わかった」
厳重にかけられた鍵を外し、中が見えないようドアを少しだけ開ける。
「どこがわからんのだ」
「ここ。ねぇ、ジュニアは?」
中を覗こうとした彼女の目を塞ぐ。
「見るんじゃない。ブロッケン一族の訓練内容が外部に知られる事はあってはならん」
「私、他の人に言わないよ」
「それでもだ」
「うぇぇん、ジュニア〜!」
「何だよ、見るなって言われてるだろ?」
「…お前」
さっきまで床に倒れ立ち上がるのも一苦労だったジュニアが、自分の隣に立ちドアから顔を覗かせた。
「ジュニア!」
「サボってないか見にきたんだろ。ちゃんとやってるよ」
「そんなんじゃないよ。大丈夫かなって思って、最近怪我がひどいし…」
「大丈夫だよ」
「本当に?」
「うん。そんな心配すんなよ、訓練なんだから怪我はつきものだって前にも言ったろ?」
「ん〜でも…」
「引かねぇなお前。ほら、これでどうだ!」
突然ジュニアが彼女の身体を抱き上げた。
「午前の訓練が終わって午後の訓練してても、まだこんなに元気なんだぜ?これで心配ないだろ?」
「でも、ここ腫れてる」
そう言ってジュニアの頬に優しく触れた。
「よく見つけるよな。これくらいほっとけば治る」
「ダメだよ、終わったら冷やそうね」
「…ん、わかった」
「クライノート、全問正解だ。次の課題に取り掛かりなさい」
ひと通り彼らのやり取りが終わったところで声をかける。確認の終わった問題集を受け取った彼女は、まだ少し心配そうな顔をしながら俺達から離れていった。彼女の姿が見えなくなると、隣でジュニアが床へと崩れ落ちる。
「…まさか今ので体力を使い切ったなどと言うんじゃないだろうな」
「…いえ、問題ありません」
「ならいい、お前のその根性と優しさは誉めてやる。中へ入れ、まだ今日のノルマは終わっていない」
「はい…師匠」
立ち上がろうとするのを見て、先に中へと戻る。後ろから足を引きずるような足音がついて来るのが聞こえ、小さくため息をついた。
(己に鞭を打ってでも、あの子に心配をかけたくないか…)
息子の彼女を見つめる瞳は慈愛に溢れていた。
「…もっと強くなれジュニア。あいつを不安にさせたくないなら」
彼に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いた。
訓練が終わりヘトヘトになりながらも、痛む傷口に顔を顰めながら汗を流した。さっぱりとしてリビングへと行けば、ソファーの上にクライノートが丸まって寝ていた。
「お疲れ様ジュニア。今日も頑張ったわね」
母が読んでいた本を閉じてそう言った。
「なんでこいつこんな所で寝てんだ?」
「あなたが戻ってくるのを待ってたら、寝てしまったみたいで…起こしましょうか?」
よく見れば近くに救急箱が置いてあった。
「いや、いいよ。気持ちよさそうに寝てるし…部屋に連れて行ってくる」
「疲れてるでしょう?メイドさんに頼みましょう」
「大丈夫だよ」
起こさないように彼女を抱きかかえる。自分の腕の中で規則正しい寝息をたてる彼女を見て小さく笑った。
寝室へ連れて行き、ベッドへ寝かせる。ふかふかの毛布に自分も倒れ込みたくなったが、ぎりぎりで留まった。
「…やべ…俺も早く寝よ」
「…うぅん、ジュニア?」
その声に顔を覗けば、うっすらと彼女が目を開けていた。
「悪い、起こしたか?」
「…ん?訓練終わった?」
寝ぼけているのか、ぼんやりとしている様子が可笑しくて笑う。
「終わったよ」
「怪我は?救急箱持ってきたから…」
「怪我なら大丈夫だから。寝ていいぞ」
そう言って瞼を落とすように彼女の顔に手をかざすと、その手をきゅっと掴まれた。
「…じゃあ、寝る。おやすみ」
「おやすみ…って、おい。指掴んだまま…」
なんと彼女が俺の指を持ったまま、また眠りについてしまった。自室に戻らなければと思ったが、自分の体力も限界を迎えていた。
「…あぁ、くそ。もうダメだ…悪ぃ…」
ふかふかの毛布に誘われるように、自分も彼女の隣に身体を沈めた。
「ジュニアは寝たか?」
「多分…五分前くらいにここで寝落ちしたクライノートを部屋へ連れて行ってから戻ってきていないので、そのまま寝たんじゃないでしょうか」
「…そうか」
何かを察知して向かった先は、クライノートに貸している部屋。静かに戸を開け中を覗けば、ベッドの上に明らかに彼女ではない大きな何かが乗っていた。
「はぁ…やはりか」
ベッドには彼女を抱きしめるようにして、寝息をたてている息子がいた。小さくため息をつき、彼の上に毛布をかけると二人を起こさないように部屋を出るのであった。
疲れていても身体に染み込んだルーティーンが目を覚まさせる。
「う…」
時間を確認しようと枕元に置いてある時計に手を伸ばすが、そこにあるはずの物がない。
「ん?」
おかしいと思い目を開ければ、自分の寝室にいるはずのない彼女が寝ている。
「…はっ!?えっ!?なんっ…で、うおっ!?」
驚いて飛び退いたせいで、ベッドから落ちてしまう。
「痛ってぇ…」
「…んぇ?」
大きな音をたててしまったせいで、彼女が起きてしまう。まずいと思った時にはもう遅く、彼女が俺を見た。
「ふあぁ…おはようジュニア」
「あ…あぁ、おはよう…じゃねぇよ!何普通に挨拶してんだ!」
「何で?朝だからおはようでしょ?」
「俺がここにいる事に驚けって言ってんだ!もしくはその逆!」
焦る俺とは真逆の反応で呑気にしている彼女に声を荒げた。
「別に今まで一緒に寝てたんだからいいじゃん」
「そりゃ、小さい頃の話だろ!」
そう訴えても、彼女は大きなあくびをするだけだった。
「親父に見つかったら何言われるか…」
「別に何も言われないんじゃない?」
「いーや、危機感が足りん!って言われるぞ」
成人をあと少しに控えた自分達が同じ部屋で寝ていたとなれば、やましい事などなくても何か言われるだろう。特に自分が。
「親父に気づかれる前に戻るぜ」
「そうやってこそこそしてる時の方がすぐにバレるんだよ」
「不吉な事言うな!親父の部屋から、お前の部屋は離れてるから大丈夫…」
部屋を出ようとドアノブに手をかければ、触ってもいないのにドアがゆっくりと開く。恐る恐る顔を上げれば、父がきっちりと軍服を着て目の前に立っていた。
「…お、親父」
「…なぜ早朝からクライノートの部屋にお前がいる?」
「いや、その…」
「以前にも言ったが、もうお前達は幼子ではない。成人手前の男女である事を自覚して生活しろと伝えたが…これはどういう事だ」
軍帽の影から一瞬ギラリと父の瞳が光った。
「ジュニアと一緒に寝てたんだ〜」
「ば、馬鹿!何で言うんだよ!」
「だって本当だし」
「だからってな…!」
「ほう?なぜそこまで焦る。お前、何かしたのか…」
俺に聞こえるぎりぎりの声で問いかけられ、ぞわりと背筋が凍る。答え次第では訓練の時とは比べものにならない鉄拳が飛んできそうだった。
「…ち、誓って何もしていないです!クライノートを部屋に連れてきて、そのまま自分も寝落ちしてしまいました!申し訳ありません!」
「…今回は許す。次はない」
「あ、ありがとうございます…」
父はそのまま背を向けると部屋を出ていった。俺は腰が抜けて床へと座り込んだ。
「ほらね、こそこそしてるとすぐバレるんだから」
「殺されるかと思った…」
今日の訓練はいつもより厳しくなるだろうなと、がっくりと肩を落とした。
午前の訓練が終わり休憩を挟む。本来ならぶっ続けでもいいくらいだが、妻にそれはいけないと咎められたのでやめた。
「な、なぁ親父。ちょっと聞きたい事があんだけど…」
ストレッチをしながらジュニアが俺に恐る恐る声をかける。
「何だ」
「お、俺ってさぁ…その、許嫁とかいたりする?」
彼が突拍子もない事を聞いてきたので、返事を返すのが遅れてしまった。
「それを聞いてどうする」
「いや、俺達ってブロッケン一族って呼ばれてるくらいだからさ。なんか決まってんのかと思って。そろそろ18にもなるし、今更知らない相手が出てきても…って思ってさ…」
言葉を選びながら答える彼に思わず笑ってしまいそうになった。
「結婚相手くらいお前の好きにしたらいい、そこまでは言わん。まぁ、お前が望むなら許嫁を用意してやらん事もないが?」
「え!?いや、いい!いらねぇ!いらねぇよ!」
彼の心内を探るためわざとそう言えば、すぐさま拒否をしたのでなんとなく考えている事がわかった。
「そうか。ならお前の好きにすればいい」
そう言えば、彼は安心したようにほっと息をついた。
「だが、お転婆娘を娶るのは骨が折れるぞ?」
にやりと悪い笑みを浮かべ彼を見れば、顔を真っ赤にして慌てて立ち上がった。
「なっ…!?べ、別にクライノートと結婚したいなんて言ってないだろ!?というかまだそんな関係でもねぇし…か、勘違いしないでくれよ!」
途中は声が小さく何を言っているのか聞き取れなかったが、大体こちらの想像通りの内容だろう。
「勘違い?それはこちらのセリフだ。俺は『お転婆娘』と言っただけで、『クライノート』とは言ってないが?」
「ぐっ…!?」
そう言えば、さっきまで赤かった顔が今度は青くなる。なんとも表情豊かで忙しいものだと思った。
「こちらが気づいていないと思っているのか?お前はわかりやすいのだよ。まだまだ訓練が足りんな、ジュニア」
「くそぉ…」
悔しがる息子を置いて、部屋を出た。
「まったく…成長してもわかりやすいのは変わらんか。あれが試合に出ると困るのだが…」
そこまで言ってため息をついた。彼の事で何か気になる事があると改善点はないだろうかと考えてしまう癖は昔から変わっていない。それに気づき、自分自身を鼻で笑った。
「俺も変わっていないか…あぁ、でも」
彼にとって、自分は父親というよりも師匠として関わる事が多かっただろう。厳しくて恐ろしくて、辛い思い出の方が多かったはずだ。
「こんな俺でも父親として思ってくれているのか」
彼は俺に戦い方ではなく他愛のない普通の事を尋ねてきた。
ほんのわずかなひととき、ただの父と子の会話がそこにあった。
「膝をついている暇などないぞ!立て!」
「はい、師匠!」
朝から晩まで超人になるための訓練を行う。18の歳が近くになるにつれ、幼い頃とは違い休みはほとんどなかった。
「これぐらいで体勢を崩すな!」
ふらついている彼に容赦なく攻撃を加えれば、簡単に床へと倒れ込む。
「立てジュニア!」
「ブロッケンパーパー!」
緊迫した雰囲気を壊すような声が外から聞こえる。訓練中はここへ来るなと伝えているはずなのに、関係なくやってくる彼女にため息をついた。
「…何だ」
「課題終わったから見てー」
「…そこに置いておきなさい」
「答えがわからないものがあるから確かめたいのー」
「…はぁ、わかった」
厳重にかけられた鍵を外し、中が見えないようドアを少しだけ開ける。
「どこがわからんのだ」
「ここ。ねぇ、ジュニアは?」
中を覗こうとした彼女の目を塞ぐ。
「見るんじゃない。ブロッケン一族の訓練内容が外部に知られる事はあってはならん」
「私、他の人に言わないよ」
「それでもだ」
「うぇぇん、ジュニア〜!」
「何だよ、見るなって言われてるだろ?」
「…お前」
さっきまで床に倒れ立ち上がるのも一苦労だったジュニアが、自分の隣に立ちドアから顔を覗かせた。
「ジュニア!」
「サボってないか見にきたんだろ。ちゃんとやってるよ」
「そんなんじゃないよ。大丈夫かなって思って、最近怪我がひどいし…」
「大丈夫だよ」
「本当に?」
「うん。そんな心配すんなよ、訓練なんだから怪我はつきものだって前にも言ったろ?」
「ん〜でも…」
「引かねぇなお前。ほら、これでどうだ!」
突然ジュニアが彼女の身体を抱き上げた。
「午前の訓練が終わって午後の訓練してても、まだこんなに元気なんだぜ?これで心配ないだろ?」
「でも、ここ腫れてる」
そう言ってジュニアの頬に優しく触れた。
「よく見つけるよな。これくらいほっとけば治る」
「ダメだよ、終わったら冷やそうね」
「…ん、わかった」
「クライノート、全問正解だ。次の課題に取り掛かりなさい」
ひと通り彼らのやり取りが終わったところで声をかける。確認の終わった問題集を受け取った彼女は、まだ少し心配そうな顔をしながら俺達から離れていった。彼女の姿が見えなくなると、隣でジュニアが床へと崩れ落ちる。
「…まさか今ので体力を使い切ったなどと言うんじゃないだろうな」
「…いえ、問題ありません」
「ならいい、お前のその根性と優しさは誉めてやる。中へ入れ、まだ今日のノルマは終わっていない」
「はい…師匠」
立ち上がろうとするのを見て、先に中へと戻る。後ろから足を引きずるような足音がついて来るのが聞こえ、小さくため息をついた。
(己に鞭を打ってでも、あの子に心配をかけたくないか…)
息子の彼女を見つめる瞳は慈愛に溢れていた。
「…もっと強くなれジュニア。あいつを不安にさせたくないなら」
彼に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いた。
訓練が終わりヘトヘトになりながらも、痛む傷口に顔を顰めながら汗を流した。さっぱりとしてリビングへと行けば、ソファーの上にクライノートが丸まって寝ていた。
「お疲れ様ジュニア。今日も頑張ったわね」
母が読んでいた本を閉じてそう言った。
「なんでこいつこんな所で寝てんだ?」
「あなたが戻ってくるのを待ってたら、寝てしまったみたいで…起こしましょうか?」
よく見れば近くに救急箱が置いてあった。
「いや、いいよ。気持ちよさそうに寝てるし…部屋に連れて行ってくる」
「疲れてるでしょう?メイドさんに頼みましょう」
「大丈夫だよ」
起こさないように彼女を抱きかかえる。自分の腕の中で規則正しい寝息をたてる彼女を見て小さく笑った。
寝室へ連れて行き、ベッドへ寝かせる。ふかふかの毛布に自分も倒れ込みたくなったが、ぎりぎりで留まった。
「…やべ…俺も早く寝よ」
「…うぅん、ジュニア?」
その声に顔を覗けば、うっすらと彼女が目を開けていた。
「悪い、起こしたか?」
「…ん?訓練終わった?」
寝ぼけているのか、ぼんやりとしている様子が可笑しくて笑う。
「終わったよ」
「怪我は?救急箱持ってきたから…」
「怪我なら大丈夫だから。寝ていいぞ」
そう言って瞼を落とすように彼女の顔に手をかざすと、その手をきゅっと掴まれた。
「…じゃあ、寝る。おやすみ」
「おやすみ…って、おい。指掴んだまま…」
なんと彼女が俺の指を持ったまま、また眠りについてしまった。自室に戻らなければと思ったが、自分の体力も限界を迎えていた。
「…あぁ、くそ。もうダメだ…悪ぃ…」
ふかふかの毛布に誘われるように、自分も彼女の隣に身体を沈めた。
「ジュニアは寝たか?」
「多分…五分前くらいにここで寝落ちしたクライノートを部屋へ連れて行ってから戻ってきていないので、そのまま寝たんじゃないでしょうか」
「…そうか」
何かを察知して向かった先は、クライノートに貸している部屋。静かに戸を開け中を覗けば、ベッドの上に明らかに彼女ではない大きな何かが乗っていた。
「はぁ…やはりか」
ベッドには彼女を抱きしめるようにして、寝息をたてている息子がいた。小さくため息をつき、彼の上に毛布をかけると二人を起こさないように部屋を出るのであった。
疲れていても身体に染み込んだルーティーンが目を覚まさせる。
「う…」
時間を確認しようと枕元に置いてある時計に手を伸ばすが、そこにあるはずの物がない。
「ん?」
おかしいと思い目を開ければ、自分の寝室にいるはずのない彼女が寝ている。
「…はっ!?えっ!?なんっ…で、うおっ!?」
驚いて飛び退いたせいで、ベッドから落ちてしまう。
「痛ってぇ…」
「…んぇ?」
大きな音をたててしまったせいで、彼女が起きてしまう。まずいと思った時にはもう遅く、彼女が俺を見た。
「ふあぁ…おはようジュニア」
「あ…あぁ、おはよう…じゃねぇよ!何普通に挨拶してんだ!」
「何で?朝だからおはようでしょ?」
「俺がここにいる事に驚けって言ってんだ!もしくはその逆!」
焦る俺とは真逆の反応で呑気にしている彼女に声を荒げた。
「別に今まで一緒に寝てたんだからいいじゃん」
「そりゃ、小さい頃の話だろ!」
そう訴えても、彼女は大きなあくびをするだけだった。
「親父に見つかったら何言われるか…」
「別に何も言われないんじゃない?」
「いーや、危機感が足りん!って言われるぞ」
成人をあと少しに控えた自分達が同じ部屋で寝ていたとなれば、やましい事などなくても何か言われるだろう。特に自分が。
「親父に気づかれる前に戻るぜ」
「そうやってこそこそしてる時の方がすぐにバレるんだよ」
「不吉な事言うな!親父の部屋から、お前の部屋は離れてるから大丈夫…」
部屋を出ようとドアノブに手をかければ、触ってもいないのにドアがゆっくりと開く。恐る恐る顔を上げれば、父がきっちりと軍服を着て目の前に立っていた。
「…お、親父」
「…なぜ早朝からクライノートの部屋にお前がいる?」
「いや、その…」
「以前にも言ったが、もうお前達は幼子ではない。成人手前の男女である事を自覚して生活しろと伝えたが…これはどういう事だ」
軍帽の影から一瞬ギラリと父の瞳が光った。
「ジュニアと一緒に寝てたんだ〜」
「ば、馬鹿!何で言うんだよ!」
「だって本当だし」
「だからってな…!」
「ほう?なぜそこまで焦る。お前、何かしたのか…」
俺に聞こえるぎりぎりの声で問いかけられ、ぞわりと背筋が凍る。答え次第では訓練の時とは比べものにならない鉄拳が飛んできそうだった。
「…ち、誓って何もしていないです!クライノートを部屋に連れてきて、そのまま自分も寝落ちしてしまいました!申し訳ありません!」
「…今回は許す。次はない」
「あ、ありがとうございます…」
父はそのまま背を向けると部屋を出ていった。俺は腰が抜けて床へと座り込んだ。
「ほらね、こそこそしてるとすぐバレるんだから」
「殺されるかと思った…」
今日の訓練はいつもより厳しくなるだろうなと、がっくりと肩を落とした。
午前の訓練が終わり休憩を挟む。本来ならぶっ続けでもいいくらいだが、妻にそれはいけないと咎められたのでやめた。
「な、なぁ親父。ちょっと聞きたい事があんだけど…」
ストレッチをしながらジュニアが俺に恐る恐る声をかける。
「何だ」
「お、俺ってさぁ…その、許嫁とかいたりする?」
彼が突拍子もない事を聞いてきたので、返事を返すのが遅れてしまった。
「それを聞いてどうする」
「いや、俺達ってブロッケン一族って呼ばれてるくらいだからさ。なんか決まってんのかと思って。そろそろ18にもなるし、今更知らない相手が出てきても…って思ってさ…」
言葉を選びながら答える彼に思わず笑ってしまいそうになった。
「結婚相手くらいお前の好きにしたらいい、そこまでは言わん。まぁ、お前が望むなら許嫁を用意してやらん事もないが?」
「え!?いや、いい!いらねぇ!いらねぇよ!」
彼の心内を探るためわざとそう言えば、すぐさま拒否をしたのでなんとなく考えている事がわかった。
「そうか。ならお前の好きにすればいい」
そう言えば、彼は安心したようにほっと息をついた。
「だが、お転婆娘を娶るのは骨が折れるぞ?」
にやりと悪い笑みを浮かべ彼を見れば、顔を真っ赤にして慌てて立ち上がった。
「なっ…!?べ、別にクライノートと結婚したいなんて言ってないだろ!?というかまだそんな関係でもねぇし…か、勘違いしないでくれよ!」
途中は声が小さく何を言っているのか聞き取れなかったが、大体こちらの想像通りの内容だろう。
「勘違い?それはこちらのセリフだ。俺は『お転婆娘』と言っただけで、『クライノート』とは言ってないが?」
「ぐっ…!?」
そう言えば、さっきまで赤かった顔が今度は青くなる。なんとも表情豊かで忙しいものだと思った。
「こちらが気づいていないと思っているのか?お前はわかりやすいのだよ。まだまだ訓練が足りんな、ジュニア」
「くそぉ…」
悔しがる息子を置いて、部屋を出た。
「まったく…成長してもわかりやすいのは変わらんか。あれが試合に出ると困るのだが…」
そこまで言ってため息をついた。彼の事で何か気になる事があると改善点はないだろうかと考えてしまう癖は昔から変わっていない。それに気づき、自分自身を鼻で笑った。
「俺も変わっていないか…あぁ、でも」
彼にとって、自分は父親というよりも師匠として関わる事が多かっただろう。厳しくて恐ろしくて、辛い思い出の方が多かったはずだ。
「こんな俺でも父親として思ってくれているのか」
彼は俺に戦い方ではなく他愛のない普通の事を尋ねてきた。
ほんのわずかなひととき、ただの父と子の会話がそこにあった。
