キン肉マン
仕事が終わって家への帰り道を歩いていると、道端に大きな何かが落ちている。
「…え、何?」
恐る恐る近づいて見れば、あのアイドル超人であるバッファローマンが真っ赤な顔をして気持ちよさそうに寝ているではないか。
「…何で?」
辺りを見回し他の仲間がいないか探すが、元々人通りの少ない道で時間の遅い今は野良猫の姿すら見えない。
「どうしよう…」
超人だからこのまま放っておいても問題なさそうだが、放置したら放置したで後から気になってしまいそうである。とりあえず、起こしてみる事にした。
「あのー大丈夫ですかー起きてくださーい」
肩を揺するが重すぎてほとんど効果がない。仕方なく頬を軽く叩いてやると、起きる素振りを見せた。
「…んあ?何だ、人が気持ちよく寝てんのによぉ…」
「道端で寝ないで下さい。迷惑ですよ」
「…どこだここ?」
「△△って所です」
「知らねぇな」
「どこから来たんですか…」
酔っているのかぼんやりとして私を見ている彼にため息をつく。そして、タクシーを呼んでしまおうと携帯を取り出した。
「タクシー呼びますね」
「…なぁ、あんたの家に泊めてくれよ」
「はい?」
酔っ払いの悪い冗談だと睨みつければ、当の本人は真面目な顔をしている。
「いや…あなた何言ってるのかわかってます?」
「あんたの家に泊めてくれって言ってる」
話が通じないとタクシーを呼ぼうとしたら、携帯を取り上げられた。
「ちょっと!」
「別に悪い事はしねぇよ。こっから家に帰るとかなり時間かかっちまうんだ。頼むぜ」
「さっきわからないって言ってませんでした?」
「あ?んな事言ったか?」
「……はぁ、わかりました。あなたが正義超人である事をふまえた上で泊めてあげます」
「おぅ、助かるぜ」
にっと笑って携帯を返してくれる。正義超人、アイドル超人で知られている彼だから、変な事はしないだろうと信じて仕方なく家へ連れて帰る事にした。
「狭ぇな…」
玄関を頭を下げながら入った彼は、ぼそりとそうつぶやいた。
「当たり前です、あなたが規格外なんですよ。どうします?やっぱり帰りますか?」
「悪かったよ、そんなに怒んなって」
物に当たらないよう気をつけながら自分の後ろをついてくる。
「お風呂はどうします?」
「いいのか?」
「汗やらなんやらで気持ち悪いでしょ。お先にどうぞ」
戸棚から新品の歯ブラシとタオルを取り出し、彼に渡す。
「はい新品です。他には何かいります?」
彼は驚いた顔をして自分を見ていた。
「どうしました?」
「…いや、あんだけ嫌がってたのに色々してくれんだなと思って」
「まぁ、家にあげてしまったのでもういいかなと」
「そうかい。ありがたく使わせてもらうぜ」
バッファローマンは嬉しそうにそれを受け取ると、のしのしと風呂場へと向かって行った。
「静かに歩いて下さい!もう遅いんだから!」
超人用に作られていないのでいつ部屋の床が抜けてもおかしくないだろうと、みしみし音のする部屋を不安そうに見回した。
部屋に残った私は、あの巨大な身体が寝られるスペースを確保するため家具を移動させる。元々物が少なかった事が幸いし、そこまで移動させる事なく彼が寝られるくらいの場所ができた。
「これぐらいあればいいでしょ」
やりきったと息をつくが、もっと大事な物を忘れていた事に気づいた。
「…あ!服どうしよう!」
今脱いだ服をまた着るのは気持ち悪いだろう、しかしあの巨体に貸す事のできる服なんて持っている人の方が少ない。
「…何か代わりになる物ないかな」
何かいい物はないか部屋の中を見回していると、ある物が目についた。
「…なぁ、これよぉ。なんとかなんねぇか?」
「仕方ないでしょ、あなたの身体に合う服がないんだから」
上部に頭を通すための穴を開け、すっぽりと身体を覆うようにベットシーツを被るバッファローマン。なんとも珍妙な格好に笑ってしまいそうなのを我慢する。
「こんなの勇者の初期装備よりひどいじゃねぇか」
(脳筋かと思ってたけど、そういう事も知ってるんだ)
「下がスースーして落ちつかねぇ」
「我慢して下さい」
薄布一枚と不安しかないが、これしかないのだから仕方ない。私は彼を放置して風呂に入る事にした。風呂から上がると、彼はまるで自分の家のようにくつろいでいる。
(図太いなぁ…慣れてるのかな、こういう事)
「私は寝ますよ」
「ん?俺はどこで寝りゃいいんだ?」
「ここです、ここ。枕はないのでこのクッションで、布団もそこに用意してるでしょう」
「あんたは?」
「私は隣の部屋ですけど」
「ふ〜ん」
泊めてもらっておいて、その不服そうな顔はなんなのか。そう思ったが、明日までの辛抱だと気にしない事にした。
「おやすみなさい」
「…おう」
彼を残して寝室へ。今日も色々あったとベットに倒れ込む。そしてうとうとしてきた頃に、トントンとドアがノックされた。
「…どうしたんですか…人が寝ようとしているのに…」
「…なぁ、隣で寝ていいか?落ち着かなくてよ」
「はい?」
国の違いか、それとも人と超人の感覚の違いなのかわからないが、今日は彼の問題発言に驚かされてばかりだ。
「あなたねぇ…大人なのにそんな事…しかも女性の部屋に」
「何もしねぇ、約束する」
「……はぁ、わかりました」
どうせ何言っても入ってきそうだなと面倒になって入室を許可した。
「でも、何かしたらその角へし折りますからね」
「おぉ、言うねぇ。俺が悪さしたら好きにしてくれていいぜ」
なぜか嬉しそうにしながら部屋に入ってきて、私が寝ているベットのすぐ近くに寝転んだ。まさかこんなに近くまで来るとは思っていなかったが、眠気が勝ちもう何も言い返さなかった。
「おやすみ」
彼の声がぼんやりとした意識の中で聞こえ、返事かどうか微妙な反応を返した所で私の意識は途切れた。
朝日がカーテンの隙間から差し込み、その明るさで目が覚める。
「…ひっ!?…そうだ、昨日泊まったんだ…」
ベットから降りようとしたら、フローリングとは違う生暖かい感覚に驚いて悲鳴をあげた。ベットの上から見下ろせば、なんとも気の抜けた顔で爆睡しているアイドル超人のバッファローマン。腹部を踏んでしまったはずだか、さすがは鍛えてるだけあって何もなかったように寝ている。
「…このまま寝かせとこう」
大きな身体を跨いで部屋から出る。あの様子だと、しばらくは起きてこないだろうと彼の服を洗濯する事にした。
「やっぱり大きいな…これだけで洗濯機いっぱいになる…」
洗濯機を回して、今度は朝食の準備に取り掛かる。彼の好みなんて知らないがとりあえず量は食べそうだと思い、何か食料はあったかと冷蔵庫を探し始める。一応サンドイッチを作ろうと用意はしていたので、それを作っておく事にした。朝食を作り終え洗濯物を干し終わったぐらいに寝室から物音がし始めた。そして、のっそりとバッファローマンが寝室から顔を覗かせた。
「…あー、俺何もしてねぇよな?」
「頭の角が折られてないか確認してみたらどうです?」
そう言うと素直にロングホーンを触って確かめていた。人の力じゃ折れるはずがないのに、まだ酔っ払っているのかと笑ってしまう。
「悪かったな、突然家に上がり込んで」
「本当、アイドル超人だから助かりましたね。これが一般人なら即警察ですよ。そもそも初対面の相手にいきなり泊めろなんて言わないか」
サンドイッチを食べながら答えると、腹の音で返事を返してくる。
「よかったらどうぞ。好みかどうかは知りませんが」
「本当にすまねぇ」
サンドイッチを差し出すと、よほど空腹だったのか一口で食べてしまう。
「うめぇな」
「それはどうも」
大量に作ったサンドイッチをほとんど一人で平らげたバッファローマンに綺麗になった服を差し出した。
「これあなたの服」
「おう、ありがとな。やっぱり下がスースーして落ちつかねぇよコレ」
「服じゃないですからね」
「弁償する」
「別にいいですよ、新しいのありますし」
「じゃあ何が欲しい。泊めてもらった礼をしたい」
「お礼もいいですよ」
「それはダメだ」
「じゃあ、もしまた地球がピンチになったら助けて下さい」
「そりゃ当たり前の事だ。俺はあんた個人の望みが聞きたい」
地球を救う事を当たり前と言えてしまう彼はすごいと思う。昨日の酔っ払いはどこへ行ったのやら、そのギャップにまた笑ってしまう。
「俺は本気なんだがなぁ」
「本当に気にしないで下さい。あのアイドル超人と少しだけお近づきになれたってだけで、すごい事でしょうしね」
「納得いかねぇな」
着替えが終わり玄関先まで見送るが、まだ不満そうな顔しているバッファローマン。
「私がいいって言ってるんだから、いいじゃないですか」
彼は少し考えた後、何かを思いついたように手を叩いた。
「じゃあ、また来るわ」
「はい?」
「次は美味い酒持って来てやるよ!あぁ、あとつまみもな!」
やはり感覚のズレがあるのかもしれない。それかまだ酔っているのか。
「言っときますが、もう酔っ払いは家には入れません。今回は特別です」
「じゃあ酔ってなきゃいいんだろ?楽しみにしてな」
なんて強引なのだろう、そう思ったが彼は忙しい身だしその言葉はあまり信用しなかった。
「好きにして下さい」
「わかった、好きにさせてもらう」
ご機嫌な様子で帰っていく大きな背中を見送り、まるで大きな仕事が終わったかのような解放感にほっと息をついた。
それから一週間後の仕事の帰り道。視界に入った大きな影はなんとなく見覚えがある。
「よぉ、お疲れさん。遅くまで仕事してんだな」
大荷物を持ったバッファローマンが、軽く手を上げ近寄って来た。
「な、何してるんですか?」
「何ってあんたを待ってたんだ。ほら、この前言った通り持って来たぜ〜?あんたの家で飲もうや」
どうやらこの大荷物は、この前泊めたお礼の品々らしい。
「え、また家に上がるんですか!?」
「あん?そりゃ入らねぇと飲めねぇだろ」
宅飲みする気満々の彼は、たった一度来ただけなのに私の家へ向かって堂々と前を進む。
「ほら、鍵開けてくれ」
「まだ良いとは言ってないんですけど?」
「でもここまで来ちまったからよ」
「強引過ぎる!」
そう声を上げれば楽しそうに笑う彼。はっきり断ればいいのだが、無邪気に笑う姿が子供を相手にしているように感じて邪険にできない。
(アイドル超人って言うだけあるな…)
多分こういう所も好かれる理由になるのだろうと思った。玄関を開ければすぐに中へと入り、テーブルの上に持って来た品を並べ出す。
「どうだこれ、すごいだろ?」
バッファローマンは大きな肉の塊を嬉しそうに見せてくる。
「でっか…どうするんですかそれ」
「俺が切るから焼いてくれ」
「はいはい」
案外器用なのか貸した包丁で上手に肉を切り分けていく。戦う以外の姿に思わず感心しながら、次々と置かれていく肉に火を通していく。すると良い香りが部屋に広がり、お腹が空腹を訴え始めた。
「美味しそ…」
「な?美味そうだろ?」
「わっ!いきなり後ろに立たないで下さいよ!というか、あなたが来ると狭いんですが」
「悪い悪い」
そう言いながらも離れる気配はなく、私の後ろから調味料を入れ味付けを始めた。
(近い…普段からこんな感じなのかな)
触れるか触れないかの距離で変に緊張する。そんなこんなで彼が持って来たもので簡単につまみを作り、なぜかアイドル超人と二人での宅飲みが始まった。
(いや、やっぱり変だ。なんで私この人と普通に呑んでるんだ?もしかして何か企んでるとか…)
こちらが怪しい目で見ているというのに、当の本人は大量の酒を飲み干しご機嫌に酔っ払っている。
(…何も考えてないな。ただ呑みたいだけだ)
呆れて視線を外すと、彼が持って来た荷物が一つだけ置かれたままだったのに気づく。
「バッファローマンさん。あれは何ですか?」
「ん?あぁ、ありゃー俺のお泊まりセットだ」
「お泊まりセット…」
その見た目でそんな事を言うのかとギャップに笑ってしまう。
「どこかのホテルに泊まって帰るんですか?」
家からは遠いと言っていたので、どこかで寝て帰るのだろうと思った。しかし、彼は不思議そうな顔をして首を傾げた。
「いや?ここで寝て帰る」
「はぁ!?」
「前泊まった時は着るもんなかったからな。ちゃんといるもんは持って来たぞ」
「私、泊まって良いなんて言ってませんけど!?」
「一回泊めてくれたからいいだろ?」
「良くないですよ!呑んだら帰って下さい!」
「嫌だね、俺はこっから動かねぇ」
そう言って大の字に寝転んだ。なんだこのでっかい子供は。追い返したい所だが自分の力ではこの巨体を動かす事なんてできない。
「なんなんですか、もぉー!家に帰りたくない理由でもあるんですか!?」
「……落ちつかねぇんだよ」
「はい?」
「一人は落ちつかねぇんだよ!他の超人達はなんだかんだ言って、いつも誰か側にいるけどよぉ!悪魔超人の時は良かったが、正義超人はみんな自分の家に帰っちまうし…」
「えぇ…?」
この人ってこんな感じだったっけと思いながら、丸まった身体をさすってやる。そういえば、初めて泊まった時も落ち着かないと言って寝室に入って来た事を思い出した。
「バッファローマンさんって、寂しがり屋なんですね…」
「そうだよ、悪いか!」
アルコールが入って開放的になっているのか、ぶつぶつと他の正義超人達への小言を言い始めた。
「わかりました、わかりました!いいですよ泊まっても」
「…本当か?」
「帰れって言っても帰らないでしょうしね」
「おう」
(意地でもここに泊まるつもりだっんだな…)
機嫌の治った彼は新しいお酒を開けて飲み始めた。もはや反論する気力もなくなり、宣言通り彼は泊まって帰る事となった。
ちなみに、今日も人が寝そうになったタイミングで寝室に訪れ、文句を言われながらも隣で寝たのは言うまでもない。
それからというもの、彼は暇さえあれば仕事帰りの私を待ち伏せしては家に上がり込み泊まって帰るという奇妙なルーティンが出来上がっていた。
(単に寂しがり屋なのはわかったけど、この関係性は何と言ったらいいのだろう…)
自分に彼氏がいる訳でもないし、これからできる予定も今の所ないので別に構わないのだがこれから先もとなると流石に困る。
「アイドル超人が家に泊まりに来てるって言っても信じてもらえなかったしな…」
誰か他にいい人でも見つかればと、話題に上げたが誰も本気にしてはくれなかった。それだけ彼らアイドル超人は有名なのだと感じさせられる。
(家じゃただの寂しがり屋で酔っ払いだけど…)
先週も家に来ては呑みまくり、また仲間の正義超人達に小言を言っていたのを思い出して笑った。また今日も待ち伏せしているのだろうと思いながら、帰り道を歩いていると誰かに呼び止められる。
「〇〇さん、これから呑みに行きませんか?」
振り返ると会社の男性だった。他にも同じ会社の人達がずらりと立っており、みんな行く予定なのかこちらを見て待っていた。
「あーすみません。ちょっと用事があって…」
本当は用事などないが、彼が待っている可能性があるので一応断っておく事にした。
「そうですか…少しだけでもダメなんですか?」
そう言われてもう一度考える。少しくらいなら遅くなってもいいかなと行く返事をしようとした時だった。
「おい、何してんだよ。早く帰ろうぜ」
背後から聞こえた声に振り返ると、不貞腐れた顔のバッファローマンが立っていた。
「あれ、どうしてここに?」
「買い物して歩いてたら、あんたを見つけたから来た」
そう言って、今日のお酒とつまみの入った袋を持ち上げた。
「ば、バッファローマンさんだ…!〇〇さん知り合いなんですか!?」
「知り合いというか…」
どう説明しようか悩んでいると、彼が私の腕を掴んだ。
「寝泊まりするほどの仲だ。悪いな、帰らせてもらうぜ」
そう言うと私の手を引いてずんずん進んで行ってしまう。
「えぇっ!?ちょっ…それ誤解されるやつ!説明させ…力強いな!ご、ごめんなさい!失礼します!」
半ば引きずられるようにして、会社の人達に謝りながらその場を後にした。
「何で誤解を招くような事を言うんですか」
「あ?別に嘘言ってねぇだろ、寝泊まりしてんじゃねぇか」
さっきからむすっとした顔で歩く彼の少し後ろをついて行く。なぜか不機嫌な様子に首を傾げた。
「…さっきの男は知り合いか?」
「え?同じ会社の人ですけど」
「親しいのか?」
「んーまぁ、仕事で関わるくらいですかね…うわっ!?」
突然彼が立ち止まったので、その巨体に激突してしまう。
「どうしたんですか!」
「ほんとにその程度かぁ?」
こちらを向いて疑うように顔を近づけてくる。
「ほんとですって!何でそこで嘘を言う必要があるんですか」
「そりゃあ、お前…」
そこまで言って前へ向き直ると、家へと歩き出した。
「…あ、もしかして彼氏とかだったらどうしようかと思いました?」
「だったら何だってんだよ」
「そしたらもう家には泊まれないですもんね。というか、彼氏がいたらそもそも家にはあげてませんけど」
「…そうか、そりゃそうだな」
彼は今やっと気づいたというような声を上げ、こちらを見てにんまりと笑った。
「?」
私はその笑顔の意味がよく理解できなかったが、機嫌が治ったならいいかとそれ以上は考えなかった。
前回の件で、会社の人達にバッファローマンと仲が良いという事を知られ注目を浴びるようになった。
(やっぱりすごいな、アイドル超人は…)
振られる話題は彼の事ばかり、一応彼の威厳を守るために寂しがり屋で酔うとめんどくさいという事は黙っておいた。
「はぁ…今日はいつもより遅くなったな…」
帰る時間ギリギリになって急用の仕事が入り、いつも帰る時間より三時間も遅くなってしまった。
「あの人、今日は来てなかったらいいけど」
神出鬼没な彼とは連絡先すら交換していないので、遅くなる事を伝えられない。
「そもそも勝手に来てるんだから、伝える必要ないけど」
最悪、家まで行って私がいなければ諦めて大人しく帰るだろう。しょんぼりして帰る姿を勝手に想像し、ちょっと可哀想だなと若干胸を締め付けられる。普段はあんなに堂々としているのに寂しがり屋ってなんなのだ。
(わかりやすく落ち込まれると強く言えないんだよな…)
それが彼の来訪を拒めない理由の一つである。少し早足で街灯がぽつりとしかない道を歩いていると、後ろからわずかに足音が聞こえてきた。
(珍しい…他に人が歩いてるなんて)
足音が少しずつ近づいてくる気がしてきて緊張感が走る。
(え、もしかしてつけられてる?)
そこでふと気づいた。ここで出会う人物なんて彼しかいない。案外子供っぽい所のある彼が、私を驚かそうとしているのだろうと思った。引っかかってたまるかと勢いよく振り返れば、そこにいたのは彼とは全く違う人物だった。
「あ!ごめんなさい!知り合いかと…」
人違いに慌てて謝ろうとしたら、突然壁に勢いよく押し付けられた。
「痛っ!?」
「大人しくしろ!殺されたくなかったら金目の物を出せ!」
月明かりに照らされて刃物のような物がキラリと鈍く光った。
「…っ!」
反撃しようにもこの体勢では難しい。仕方なく、鞄の中から財布を出そうとした時だった。大きな影がかかり、私を押さえつけていた男が宙に浮いた。
「おうおうおう。正義超人の目の前で悪事を働くとはいい度胸じゃねぇか!」
「バ…バッファローマンさん…」
「あんたが遅いからよぉ、ちょっとそこらで一杯ひっかけて来た」
呂律が回ってない事から、本当に呑んで来ているのがわかった。驚いて彼を見ていると、カランと刃物が犯人の手から落ちた。
「…うわっ!バッファローマンさん、降ろして!その人降ろしてあげて下さい!」
「あ?離したら逃げられちまうかもしんねぇだろ」
「泡吹いてるから!気絶してますよその人!」
「おっと、やり過ぎた」
彼が手を離すと犯人が地面に崩れ落ち、ぴくりとも動かない。
「ははは!悪い悪い!力の加減が難しくてよぉ〜!」
「え、生きてる?生きてる?どうするんですかコレ!」
「警察呼べ、警察」
そう言われて慌てて警察を呼び、気絶したまま犯人は連行されていった。
「…はぁ〜」
遠ざかって行くパトカーを見送り、力の抜けた私はそのまま地面に座り込んだ。
「おい、大丈夫か?良かったなぁ、俺がいて」
バッファローマンが隣にしゃがみ込む。
「お酒くさい」
「ひでぇな、助けてやったのに。身体痛むとこねぇか、壁に押さえつけられてただろ?」
そっと添えられた手に安心して、我慢していたものが次々とこぼれ落ちる。
「…っ、助けてくれて…ありがとうございます」
「おう、怖かっただろ。あんたに怪我がなくて良かったぜ」
大きな身体に抱き寄せられ身を任せた瞬間、ふわりと身体が宙に浮いた。
「えっ…」
「こんな所にいつまでもいないで、とっとと家に帰ろうぜ?俺はまだ呑みたりねぇんだよ」
彼は私をお姫様だっこというやつで持ち上げずんずんと歩き始める。
「ちょ、ちょっと待って!歩けるから降ろして!」
私は恥ずかしさと高さの恐怖で声を上げるが、彼は足を止めない。
「なんだよ。見られるのが恥ずかしいってんなら、最速で走って帰るがいいか?」
「やめて!この酔っ払い!」
今の彼はアルコールが入っていて制御がより効きにくい状態だという事を思い出し、さらに恐ろしい事になるのではと慌てて止めた。
「あぁ…散々だった…」
「んぁ?良かったじゃねぇか、何も取られてねぇし怪我もしてねぇ」
家に戻ってから呑み直した後、だらりとリビングで寝転がってるバッファローマンが答えた。
「襲われるなんて思ってもいなかった…今度から気をつけないと…」
「…」
「私、もう寝ます。おやすみなさい」
「おう」
寝室へ行こうとして、ピタリと足を止めた。
「…もし寝室で寝るなら早く準備して下さい。隣でバタバタされると迷惑ですので」
振り返らずそう言って早足で寝室へと入れば、ものの数分もせず自宅から持ってきた寝具を持ちバッファローマンも部屋に入ってきた。
「なんだ?今日は珍しくデレるじゃねぇか」
「うるさいですよ。今日は助けてもらったから特別です。毎回人が寝そうになってから来るのやめてもらっていいですか?」
「俺はタイミングを狙って来てんだよ。あんためんどくさがって、いいって言ってくれるからな」
「頭がいいんですね」
「だろ?」
彼の寝る準備が整い部屋の電気を消す。うとうとしてきた所で、自分のベットがぎしりと沈んだ。
「…何ですか?悪さしたら頭のそれ、折るって言ったじゃないですか」
目も開けずにそう答えた。
「なぁ、お礼ついでに一緒に寝てくれよ」
「寝てますけど?」
「そうじゃなくて、同じ布団でって事だよ」
「…嫌です。あなたが寝たらこのベット絶対壊れます」
「じゃあ、あんたがこっちに来ればいいだろ」
この態度もデカくて図体もデカい男が何を言うのか。しかし先程彼の言った通り、私は眠たくて反論するのが面倒になってきた。この男、まあしつこいのだ。
「……もう好きにして下さい」
「おう、そうする」
半分寝かかった身体が浮き上がり、ゆっくりと下へと降ろされる。布団がかけられ、子供をあやすかの様に優しく背中を叩かれた。子供みたいなのはどちらかと言うと彼の方なのだが、心地よい感覚には抗えなかった。
「…変な人」
その言葉に彼が小さく笑ったような気がした。
いつもより柔らかい布団の感触と寝返りが打ちにくいという、不思議な感覚に目を覚ます。
「…うわっ!?」
突然視界に広がった逞し過ぎる胸筋に、思わず両手を突き出した。
「ゔっ…なんだよ。荒いモーニングコールだな」
私は慌てて布団から出てベットの上へと逃げ、彼は押された胸の部分を軽くさすりながら起き上がる。
「なんで同じ布団で寝てるんですか!?」
「あ?あんたが好きにしろって言ったんだろ?」
「え!?そんな事言いました!?」
「言った言った…ったく、もうちょい楽しみたかったのによぉ…」
「まさか起きて…!?」
「起きてちゃ悪いのかよ。可愛かったぜ、あんたの寝顔」
揶揄うようにニヤニヤとこちらを見てくる彼に、カッと顔が熱くなった。
「最低!ツノ折ってやる!」
そう言って枕を投げるが簡単に受け止められてしまう。
「ははは!やれるもんならやってみな!」
私の枕を投げ捨て、その勢いでこちらへと向かってくる。
「え、ちょっと待って!?」
超人に敵うわけがない。怒らせたかと思った時には、ベットに押し倒されていた。
「…なぁ、ここ出て一緒に住まねぇか?」
「は、はい?」
恐る恐る目を開ければ真剣な顔をしたバッファローマンと目が合う。
「昨日のアレで考えたんだけどよ、ここやっぱ危ねぇぞ。女一人じゃ危険だ」
「だ…だからって、なんであなたと一緒に住む必要が…」
「俺が一緒にいたいと思ったから」
思わず息が止まる。告白かと思ったが、彼の言動は予想がつかない事が多いのを思い出した。
「えーと、シェアハウス的な…?」
「違う」
はっきりと否定されてしまい、次の言葉が見つからない。
「俺はあんたに惚れたみたいだ」
「は…?」
真っ直ぐ見つめる視線は真剣そのもので、それが居た堪れなくて私は目線を逸らした。
「ま、待って下さい。そんな…」
「あんたが好きだ」
「いや、待ってって…」
「あんたと一緒に暮らしたい」
「だから…」
「ダメか?」
「〜っ!ちょっと待って下さいってば!なんでそんなに強引なんですか!?」
「あんたが押しに弱い事を知ってるからな」
「だからって…あっ!ちょっと離れて!」
「何だよ、照れてんのか」
「そうじゃなくて!私が言いたいのは…!」
バキッと大きな音がしてベッドが半分に折れ、二人一緒に沈み込んだ。
「…あー悪い。壊れた」
「…だーかーら言ったんですよ!あなたの体重に耐えられる訳ないじゃないですか!」
「まぁ、いいじゃねぇか!今日から俺の家で寝れば良い」
「はぁ!?いや、ベッドが壊れただけなんで別に…」
ご機嫌に起き上がった彼は、話している途中の私の手を引いて立ち上がらせる。
「気にすんな、うちに来いよ。一緒に暮らそうぜ」
「…告白通り越して、プロポーズみたいなセリフ出てますよ」
「なんだ、ダメなのか?」
道端で見つけた酔っ払いを一日泊めただけなのに、こんな展開になるなんて誰が想像しただろうか。
(まぁ…でもいいか)
彼といると退屈しなさそうだし、一緒に過ごしていて苦だと思う事はそんなになかった。あるとしたら大雑把で強引すぎる所くらいだ。
「…じゃあ一度だけ、今度は私が泊めてもらおうかな」
「あ?一緒に住むって言ったろ?」
「それはあなたが勝手に言った事ですよね?私は住むって言ってないし、そもそも告白にも答えてないですもん」
「へぇ…そうくるか。じゃあ、絶対落としてやるから覚悟しとけよ」
アイドル超人とは言い難いギラリと獲物を狙うような目に、やってしまったと少し後悔しながら目を逸らした。とりあえず壊れたベッドをどうにかしなければと考えていると、さすがは超人と言うべきかベッドを簡単にバラバラに分解して一人で抱え上げた。
「で、どこに持って行けばいいんだ?」
「外のゴミ捨て場へ…」
コンパクトになってしまった元ベッドを、ゴミ捨て場へと持って行く。
「こういう力仕事の時は頼りになりますね」
「お?惚れたか?」
「いや、別に」
「ちっ」
小さく舌打ちをして、拗ねたような顔をしている彼を見て笑った。部屋へと戻り簡単な食事を済ませて彼を見送る。
「本当に俺の家に来ねぇのかよ」
「行きません」
「仕方ねぇ。また来るわ」
「え、それは続くの?」
「おう。あんたが俺の所に来るまでしつこく通うからな〜」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、楽しそうにしている彼の腕を軽く叩いた。
「じゃあな、行ってくる」
彼はそう言って私の肩を捕まえ一気に距離を詰めた。何事かと驚いて固まっている隙に、右頬に柔らかい感触とリップ音が聞こえた。
「〜っ!?何するの!?」
頬をおさえ彼を睨む。
「ははは!照れんなって!ほら、あれだ。行ってきますの挨拶だろ?」
「それはもっと親密な人達がやる事なんですよ!早く行って下さい!」
楽しそうに笑っている彼を力任せに押し出した。
「あぁ、そうだ。夜道には気をつけろ。いつも俺が助けられるとは限んねぇからな」
さっきまで笑っていたのに急に真面目な顔をしてそんな事を言うものだから、こちらも反応に困る。
「…わかりました、気をつけます」
「じゃあな」
片手を上げて去っていく背中をなんとも言えない気持ちで見送った。
そんな事があった今日、私はベッドが壊れてしまったため家具屋に来ていた。
「ん〜前と同じ大きさだとこれか」
色んな種類のベッドが置かれている中を、ゆっくりと歩いて見て回る。その中で少し大きめのベッドに目が止まった。
(これぐらいだったかな、あの人の身長…)
長さ、横幅、骨組みは強そうかどうか、そこまで考えて慌てて頭を振った。
(あーっ!!なんであの寂しんぼさんの体格に合わせようとしてんの!?しかも、一緒に寝る前提じゃん!…それもこれも、あの人があんな事するから!!)
まだなんとなく感触が残る右頬をぺちぺちと叩いた。側から見れば変な人ではないか。せっかく見に来たと言うのに、集中できず結局買わずに帰ってしまった。
「しばらくはベッド無しで寝るか…」
別に急ぐ物でもないので、いつでもいいかと考えるのをやめた。
その日の夕方、玄関のチャイムが鳴った。滅多に人など来ることはないし、宅配便も何か頼んでいた訳でもない。昨日襲われたのもあって、嫌な緊張感が走る。
「…は、はい?」
「俺だ、俺。帰ってきたぞ」
その聞き慣れた声にほっとしてしまった自分に気づき、慌てて頭を振り玄関のドアを開けた。
「帰ってきたぞって、あなたの家じゃないですけど?」
「でも入れてくれるんだろ?」
わかっているとでも言うようにニヤニヤしている顔が腹立たしい。ダメだと言っても入ってくるのはどこの誰だと言い返したくなる。
「今日はどうしたんですか?いつもは金曜の夜だけなのに」
「…たまたま良い酒が手に入ったんだ。一人で飲むのはつまんねぇし、あんたも飲みたいかと思ってな」
微妙な間があったのに疑問を感じたが、とりあえず家の中に入れた。
「お、なんか良い匂いがすんな」
「カレーがちょうど出来上がった所だったんですよ」
「そりゃあ良いタイミングで来たな。大盛りで頼む」
「図々しい…」
そう言いながらも、彼の体格に合わせた量を考えて皿に盛ってあげる。
「はい、どーぞ」
「ありがとな。おー!美味そうだぜ」
そう言って、食べずに大人しく待っている。先に食べ始めてしまいそうなイメージがあるが、彼は私が用意して隣に座るまで手はつけないのだ。
(変な所で律儀なんだよね…)
もっと他に考える所があるのではと思うが、言ったら拗ねるので黙っておく。そして自分のカレーも用意して座り手を合わせた。
「「いただきます」」
こうして夕食を二人で共にし、風呂などやる事を済ませてから晩酌が始まる。
「さぁて、飲むか!」
ドンとテーブルの上にお酒を並べだすバッファローマン。その横に、今日の酒のつまみを並べる。
「特別なお酒ってどれですか?」
「これだよコレ」
彼が持ち上げたのは小さな瓶。大きな彼が持つせいで余計に小さく見える。
「日本酒ですか」
「おうよ。今人気でなかなか手に入らないらしいぜ?」
「そんな人気なお酒がなんで手に入ったんですか?」
「そりゃあ…あれだよあれ…」
「?」
「…あんたと飲もうと思って、だいぶん前に頼んどいたんだよ…」
そう言って恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「…恥ずかしがる所、おかしくないですか?」
呆れた顔で見ていたらじろりと睨まれ、一瞬にして押し倒されると腹をくすぐられた。
「てんめぇ〜人が気ぃ使ってやってんのによぉ〜!」
「だって!あんな告白した人がそこで照れるんだって思うじゃないですか!」
「そりゃ、本気だからよ。照れて相手が理解してくれなきゃ意味ねぇだろ」
くすぐるのをやめて、真面目な顔でじっと見つめられる。私はまたしても直視できなくて目を逸らした。
「おい、目を逸らすな」
「だって…う」
大きな手で顎を掴まれ無理やり顔を向けさせられる。嫌でも視線を合わせようとしてくるので目を閉じると鼻で笑われた。
「はっ、キスして下さいって待ってるみたいだぜ?してやろうか?」
「何を今更…ダメって言ってもいつも強引に色々やらかしてくれるのは、どこの誰ですか?」
「こういうのは大事にしてぇんだよ」
「頬にはしたのに?」
「あれは挨拶だ…いいか?」
ゆっくりと目を開ければ、彼は顎から手を離し私の返事を待っている。
「…いや普通にダメですけど」
「んなぁぁ!?なんだよ、期待させやがって!おら、起きろ!飲むぞ!」
天を仰いだ後、私の身体を引っ張って起き上がらせる。ぶつぶつ言いながらも、お酒を私の分も注いでコップを渡してくれた。
「ちっ!絶対落としてやるからな!乾杯!」
「どんな乾杯?」
彼は割れないように力加減を考えてコップを当て、そのまま一気に飲み干した。日本酒ってそうやって一気に飲むものじゃないと思ったが、何も言わなかった。そして何杯か飲み終えた頃にはすっかり出来上がっており、いつものように小言が始まる。
「ったくよぉ〜なんでそこまで頑固なんだよぉ〜!」
今日の小言は私に対してだ。
「外に出りゃあ、みんなキャーキャー言って近寄ってくるのによ。なんであんたはなびかねぇ…単純に好みじゃねぇのか?」
「自分の立場がわかっているなら、私の考えもわかる気がするのですが」
「あ?…んだよ、他人なんてどうでもいいだろ。俺が勝手に惚れたんだ。口出しさせねぇよ」
彼の人気はこの前の事でよくわかった。近づきすぎると嫌でも目立ってしまい、とやかく言われるのは目に見えている。自分は我慢すればいいが、彼の今後に影響するのは良くないだろう。それを考えれば、今のこれもやめた方がいいと思う。そんな私の考えを感じ取ったのか、彼がまた私の顎を掴み無理やり目線を合わせた。
「おい、余計な事考えてんじゃねぇぞ。俺もそこまで馬鹿じゃねぇ。よく考えろ、何でこの関係が今まで何事もなく続いてんのかって事をよ」
「…確かに」
話題にもなればマスコミなどが押し掛けてきそうなものなのにこれまでそんな事はなかったし、私自身も今思っただけでそんな心配をする事もなかった。
「めんどくせぇ事は先に手を打ってんだ」
「それで心置きなくやりたい放題なんですね」
「俺は元悪魔超人だからなぁ〜」
そう言って悪ぶっているが、時々見せる彼の優しい所見ているので全く怖く見えない。逆に本当に悪魔超人なのかと言いたくなるくらい、今の彼は優しいと思う。
「そこまでするんですか」
「そこまでさせるほどの女だって事だよ」
「変な人」
「ここまでして落ちねぇあんたも変だろ」
やっと私の顔から手を離し、次の酒を注いで飲み始める。
「…今度、時間がある時でいいんですけど。ベッド見に行くの、ついてきてくれません?」
「…そりゃ、デートのお誘いか?」
「いえ、荷物持ちですけど」
「んな事だろうと思ったぜ!まぁ仕方ねぇな、俺が壊したんだから責任持って行ってやらぁ」
「そうですね。バッファローマンさんの体格に耐えられる物を探すのは大変そうなので、良いお店教えて下さいよ」
「ゲホッ!?」
「うわっ!?汚い!」
彼は飲みかけていた酒を口から吹き出し、私は慌ててそこから離れた。
「おい!この前も思ったが急にデレんなよ。心臓に悪い」
「別にデレたわけじゃないんですけど」
溢れた酒を拭きながらため息をつく。
「…そう言ったつー事は、俺の告白を受け取ったって事でいいんだよな?」
「…好きに解釈して下さい」
はっきり答えられないのは、どこか後ろめたい気持ちがあるから。もし何かあった時にすんなりと離れられるように、私からは言葉にはしない。口に出すと深入りしてしまいそうだから。彼には申し訳ないなと思いながら片付けをしていると、また床に押し倒され巨体がのしかかる。
「ちょっと!重いんですけど!?」
「ったく、手こずらせやがってよぉ!まぁ、そこも含めて好きだぜ?」
よほど嬉しかったのか、大型犬がじゃれつくように顔中にキスの雨が降り注ぐ。
「うわ!その酒まみれの口でやめて!」
人間の力なんて超人からすれば大した事ないだろうと、思いっきり押し返す。
「ぐ、恥ずかしがり屋め。仕方ねぇな」
彼は抵抗されたため一旦離れる。しかしすぐさま私を自分の膝の上に乗せ、後ろから抱きついてきた。
「人には急にデレるなとか言って、自分はどうなんですか!?」
許した途端べったりと引っ付いてきて離してくれない。
「あ〜落ち着くぜ。いいな、こういうの」
彼が嬉しそうにしているのを見て、離れる事は諦め好きにさせる事にした。
「物好きですね」
仕方なく抱きかかえられたまま、彼が呂律の回っていない状態で喋り続けるのを聞いていた。しばらくすると大人しくなり、それと同時に背中にずんと重みがのしかかる。
「…あっ!もしかして寝てる!?ちょっと起きて!このまま寝られたら、私押し潰される!」
彼の体重はベッドを半分にへし折る重さだ。ちょっとした恐怖に、私は彼の頬を叩いた。
「…ん〜照れてんじゃねぇよ」
「違う!」
まだ寝ぼけている彼の頬を今度は思い切り叩いた。
「…おい、これ見ろよ。どんだけ強く叩いたら、こんなにくっきり残るんだ?」
昨晩寝落ちした彼に押し潰されそうになり目を覚まさせるために思い切り頬を叩いた結果、朝になっても私の手の痕がはっきりと残っていた。
「自分が悪いんでしょ。私は死ぬかと思ったんですけど」
「ひでぇ彼女だな…まぁいいか」
(いいんだ…)
どうやら彼はまだ浮かれているようで、『彼女』という言葉を自分で言って嬉しそうにしている。
「おい、ベッドの事なんだけどよ」
「はい」
「買う必要ねぇよ。来週、俺の家に引っ越しな」
「は!?」
またしても予想外の発言をする彼に驚いて声を上げた。
「また、勝手な事を…」
「俺の家に来ればでけぇベッドあるからよ。あんたが寝ても余裕だと思うぜ?それに俺が寝られるベッドなんて、この狭い部屋なんてすぐに一杯になるぞ」
「狭くて悪かったですね!」
ここは人間用で彼みたいな超人用に造られていない。いつも窮屈そうにしていたのを思い出した。
(でも、勝手に来てたのはこの人だしな)
「来週の土日で引っ越しだ!それまでに荷物まとめとけよ」
「え!?本当に!?」
「おう、部屋はたくさん空いてんだ。好きな部屋選ばせてやるよ」
得意げに胸を張るが、私が思っているのは部屋の問題ではない。
「そうじゃなくて!私、仕事があるし会社までの距離とか…」
「おら、ここが俺の家だ。あんたの家と真反対の位置にあるだけで、会社との距離はほとんど変わらねぇよ」
そう言って携帯で地図を表示し私に見せる。確かに会社までの距離はそこまで離れていないようだ。
「…いや、待って。ここ超お金持ちとかが豪邸建ててる一等地じゃん!!」
地図から位置を確認していたら、いつも仕事場から見える高級住宅街の位置に彼の家はあるらしい。
「まぁ確かに。周りはでけぇ家ばっか並んでんな」
「そ、そんな所に住んでるんですか…?」
「心配すんな俺はマンションだ、マンション」
「うわ、あれかぁ…」
マンションと言われて、高級住宅街にそびえ立つ立派な建物を思い出した。いつも何階まであるのだろうと疑問に思って見ていたそれの事であろう。やはり住む世界が違いすぎる。
「あんたが嫌なら別の場所を探すか?ここは俺にはちっとばかし狭すぎるし、今度は何壊すかわかんねぇからよ」
自分の物ならまだしも、借りている建物を壊されるのは勘弁してほしい。
「…ど、どうしても一緒に住みたいんですか?」
「あぁ、住みたい」
反対は受け付けないとでも言うように、腕を組んで立っている。
「嫌だって言っても、無理やり家の物持っていかれそう…」
「わかってんじゃねぇか!今んとこ、この家で運べなさそうな物なんてねぇからな!」
超人恐るべし。私は諦めて、大人しく住みなれたこの家を出る事にした。
一週間で引っ越しの準備をして、やって来たのは彼の家があるという超高級住宅街。そして目の前には大きなマンション。
「そ、想像以上にでかい…」
「そうか?アメリカとかはもっと高いのあるぞ?」
「知らない土地の事を言われても困るんですが…」
「まぁ気にすんな、ただデカいだけだ」
縮こまる私の肩を抱き、マンションのエントランスへと入る。高級ホテルのCMでしか見た事ないような内装で、あちこちによくわからない壺やら銅像などが飾られてある。
「え、何ここ?」
「ここのオーナーの持ち物らしいぜ?見せたいんだってよ」
オーナーの趣味など興味ない。壊したりでもしたら人生が終わりそうな物を廊下に置かないでほしい。少し進んだ先にエレベーターが三台あり、その一つに乗り込む。彼が設置されているパネルに番号を打ち込むと、エレベーターが動き出した。しばらく登り続け、階数も分からず待っていると動きが止まった。
「ここが俺の階だ」
「…階?」
彼の言葉に首を傾げエレベーターを降りると、目の前にぽつんと扉が一つ。
「ここのフロアは全部俺の部屋なんだぜ?」
にっと自慢げに笑う彼を置いて、エレベーターへと走って戻る。
「おい、何ビビってんだ!」
「おかしいって!こんなの聞いた事も見た事もない!やっぱり私には合わないですよ!」
「これから慣れりゃあいいだろうが!ここまで来たんだ、逃がさねぇからな!」
無理やり抱きかかえられ、そのまま部屋の中へ入れられ床へと降ろされる。
「あー!玄関が部屋並みに広すぎる!!」
「いちいちうるせぇな。ほら見ろ、これ全部下駄箱だぜ?こんだけありゃ靴買い放題だろ」
壁一面の下駄箱収納に悲鳴をあげた。そんな私の反応が面白かったのか、私を抱え上げ自分の靴を適当に脱ぎ捨てると部屋の中を連れ回す。
「おら、ここがリビングだ!」
「テレビ大きい!」
「ここが風呂だ!」
「プール並みに大きいし、サウナもある!?」
「んで、あそこ三部屋あるけど何もねぇ」
「もったいない!」
「そして寝室!どうだ、こんだけデカけりゃ問題ねぇだろ!」
そう言って履いたままだった私の靴を脱がせ、ベッドの上に降ろした。
「はぁ…全てが大きすぎる…」
「全部、俺仕様だからな。キッチンはほとんど使わねぇから普通だと思うぜ?まぁ、やり難い所があれば直してけばいい話だ」
私の靴を玄関へ戻しに行くため、バッファローマンが部屋を出た。私は大きなベッドの上で、心を落ち着かせるため深呼吸をした。
「…全てが予想外。特にこのベッド」
彼が二人寝ても余裕があるほどの大きさ、そしてその重さにも耐えられそうな頑丈な見た目をしていながら心地の良い反発。思わず子供心がよみがえり、ベッドの上に立って飛び跳ねる。
「ふ、はは!こんな大きなベッド初めて!」
「そうかい、そりゃ良かった」
「わっ!?」
いつの間にか戻ってきていた彼に、はしゃいでいる姿を見られ慌ててベッドの上に座り直した。
「何でやめんだよ。もっとはしゃいでいいんだぜ?」
「もう気が済んだの…」
「へぇ?なら、こっち来いよ。もっとすげえもん見せてやる」
「え、まだ何かあるの?」
興味半分、恐ろしさ半分で彼の後をついて行く。入った部屋は何もなく、カーテンが閉められ真っ暗だった。
「え、何?怖いんですけど…」
「もっとこっち来いよ。いくぜ?」
手を引かれカーテンの近くに連れていかれる。
「よぉーく見てろよ?」
彼がカーテンを開けると陽の光が一気に差し込み、眩しさに目を閉じる。明るさに慣れてきた頃に目をゆっくりと開ければ、目の前には絶景が広がっていた。
「うわぁ!すごい!…いや、高すぎる!ここ何階なんですか!?」
「普通にいい景色だって喜べよ」
そうして一通り部屋を見て、自分の部屋を決め荷物を運び入れた。
「私も荷物少ない方ですけど、バッファローマンさんも物が少ないんですね」
大きな家具以外の物がなく、殺風景な部屋を見渡してそう言った。
「俺は生活ができればそれでいいからな。あんたの好みに変えていいぜ?なんたって、これからあんたもこの部屋に住むんだからな」
私もこの家の持ち主だと念押しするように言った。
「そんなに心配しなくても、逃げたりしませんから」
「どーだか…明日になりゃ、周りがセレブだらけで浮いてるんですけど〜とか言ってきそうだがな」
それは言いそうな気がする。返す言葉もなく、黙ってキッチン周りの荷物を片付けた。大体の物が片付き、新しいキッチンで料理を作り、大きなお風呂でゆっくりして、いつもの晩酌タイムへと入る。
「ふわぁ…今日はもう寝ます…」
「そうか、じゃあ寝るか」
今日は引っ越しとこの家に驚いたりで疲れたのか、酔いがまわるのが早かった。彼の方が珍しく酔っ払っていない。ふらつく足で彼の後をついて歩く。寝室に入って大きなベッドに近づいた所で、突然押し倒された。
「んえっ!?何!?」
「やっと手が出せるな。長い事我慢しただけあって、楽しみにしてたんだ。悪いが、寝る前にもうちょっと付き合ってくれよ?」
「えっ!?何する気!?」
「あ?そんなもん決まってんだろ、俺のテリトリーに入ったんだ。ま、これからは『二人の』になるがな」
そう言って悪い笑みを浮かべる彼を見て、今更だが身の危険を感じた。が、逃げようとしても力の差は圧倒的だ。
「うわぁ!待って待って!そんな急には無理!」
「心配すんな。優しくしてやるよ」
「そういう意味じゃない!」
「おいおい、今までいくらでも機会はあったんだ。それをぜぇ〜んぶ我慢してきた俺の努力をちっとは考慮してほしいんだがな」
「全部自分から仕掛けてたじゃないですか!?」
「…」
「図星!!」
「うるせぇ、大人しく食われろ」
油断していた自分も悪い。しかし、彼の家に引っ越してまさか一日目でこんな事になるとは思ってもいなかった。
朝。目を覚ませば、丸太のような腕に拘束され全く身動きができない。隣で呑気に爆睡している男の顔を見てため息をついた。
「まぁ…いっか」
この酔っ払いに声をかけてから始まった日々は騒がしくも心地良く、振り回されながらも楽しかった。私はこんな人生もいいかと、彼に寄り添い眠る事にした。
「…え、何?」
恐る恐る近づいて見れば、あのアイドル超人であるバッファローマンが真っ赤な顔をして気持ちよさそうに寝ているではないか。
「…何で?」
辺りを見回し他の仲間がいないか探すが、元々人通りの少ない道で時間の遅い今は野良猫の姿すら見えない。
「どうしよう…」
超人だからこのまま放っておいても問題なさそうだが、放置したら放置したで後から気になってしまいそうである。とりあえず、起こしてみる事にした。
「あのー大丈夫ですかー起きてくださーい」
肩を揺するが重すぎてほとんど効果がない。仕方なく頬を軽く叩いてやると、起きる素振りを見せた。
「…んあ?何だ、人が気持ちよく寝てんのによぉ…」
「道端で寝ないで下さい。迷惑ですよ」
「…どこだここ?」
「△△って所です」
「知らねぇな」
「どこから来たんですか…」
酔っているのかぼんやりとして私を見ている彼にため息をつく。そして、タクシーを呼んでしまおうと携帯を取り出した。
「タクシー呼びますね」
「…なぁ、あんたの家に泊めてくれよ」
「はい?」
酔っ払いの悪い冗談だと睨みつければ、当の本人は真面目な顔をしている。
「いや…あなた何言ってるのかわかってます?」
「あんたの家に泊めてくれって言ってる」
話が通じないとタクシーを呼ぼうとしたら、携帯を取り上げられた。
「ちょっと!」
「別に悪い事はしねぇよ。こっから家に帰るとかなり時間かかっちまうんだ。頼むぜ」
「さっきわからないって言ってませんでした?」
「あ?んな事言ったか?」
「……はぁ、わかりました。あなたが正義超人である事をふまえた上で泊めてあげます」
「おぅ、助かるぜ」
にっと笑って携帯を返してくれる。正義超人、アイドル超人で知られている彼だから、変な事はしないだろうと信じて仕方なく家へ連れて帰る事にした。
「狭ぇな…」
玄関を頭を下げながら入った彼は、ぼそりとそうつぶやいた。
「当たり前です、あなたが規格外なんですよ。どうします?やっぱり帰りますか?」
「悪かったよ、そんなに怒んなって」
物に当たらないよう気をつけながら自分の後ろをついてくる。
「お風呂はどうします?」
「いいのか?」
「汗やらなんやらで気持ち悪いでしょ。お先にどうぞ」
戸棚から新品の歯ブラシとタオルを取り出し、彼に渡す。
「はい新品です。他には何かいります?」
彼は驚いた顔をして自分を見ていた。
「どうしました?」
「…いや、あんだけ嫌がってたのに色々してくれんだなと思って」
「まぁ、家にあげてしまったのでもういいかなと」
「そうかい。ありがたく使わせてもらうぜ」
バッファローマンは嬉しそうにそれを受け取ると、のしのしと風呂場へと向かって行った。
「静かに歩いて下さい!もう遅いんだから!」
超人用に作られていないのでいつ部屋の床が抜けてもおかしくないだろうと、みしみし音のする部屋を不安そうに見回した。
部屋に残った私は、あの巨大な身体が寝られるスペースを確保するため家具を移動させる。元々物が少なかった事が幸いし、そこまで移動させる事なく彼が寝られるくらいの場所ができた。
「これぐらいあればいいでしょ」
やりきったと息をつくが、もっと大事な物を忘れていた事に気づいた。
「…あ!服どうしよう!」
今脱いだ服をまた着るのは気持ち悪いだろう、しかしあの巨体に貸す事のできる服なんて持っている人の方が少ない。
「…何か代わりになる物ないかな」
何かいい物はないか部屋の中を見回していると、ある物が目についた。
「…なぁ、これよぉ。なんとかなんねぇか?」
「仕方ないでしょ、あなたの身体に合う服がないんだから」
上部に頭を通すための穴を開け、すっぽりと身体を覆うようにベットシーツを被るバッファローマン。なんとも珍妙な格好に笑ってしまいそうなのを我慢する。
「こんなの勇者の初期装備よりひどいじゃねぇか」
(脳筋かと思ってたけど、そういう事も知ってるんだ)
「下がスースーして落ちつかねぇ」
「我慢して下さい」
薄布一枚と不安しかないが、これしかないのだから仕方ない。私は彼を放置して風呂に入る事にした。風呂から上がると、彼はまるで自分の家のようにくつろいでいる。
(図太いなぁ…慣れてるのかな、こういう事)
「私は寝ますよ」
「ん?俺はどこで寝りゃいいんだ?」
「ここです、ここ。枕はないのでこのクッションで、布団もそこに用意してるでしょう」
「あんたは?」
「私は隣の部屋ですけど」
「ふ〜ん」
泊めてもらっておいて、その不服そうな顔はなんなのか。そう思ったが、明日までの辛抱だと気にしない事にした。
「おやすみなさい」
「…おう」
彼を残して寝室へ。今日も色々あったとベットに倒れ込む。そしてうとうとしてきた頃に、トントンとドアがノックされた。
「…どうしたんですか…人が寝ようとしているのに…」
「…なぁ、隣で寝ていいか?落ち着かなくてよ」
「はい?」
国の違いか、それとも人と超人の感覚の違いなのかわからないが、今日は彼の問題発言に驚かされてばかりだ。
「あなたねぇ…大人なのにそんな事…しかも女性の部屋に」
「何もしねぇ、約束する」
「……はぁ、わかりました」
どうせ何言っても入ってきそうだなと面倒になって入室を許可した。
「でも、何かしたらその角へし折りますからね」
「おぉ、言うねぇ。俺が悪さしたら好きにしてくれていいぜ」
なぜか嬉しそうにしながら部屋に入ってきて、私が寝ているベットのすぐ近くに寝転んだ。まさかこんなに近くまで来るとは思っていなかったが、眠気が勝ちもう何も言い返さなかった。
「おやすみ」
彼の声がぼんやりとした意識の中で聞こえ、返事かどうか微妙な反応を返した所で私の意識は途切れた。
朝日がカーテンの隙間から差し込み、その明るさで目が覚める。
「…ひっ!?…そうだ、昨日泊まったんだ…」
ベットから降りようとしたら、フローリングとは違う生暖かい感覚に驚いて悲鳴をあげた。ベットの上から見下ろせば、なんとも気の抜けた顔で爆睡しているアイドル超人のバッファローマン。腹部を踏んでしまったはずだか、さすがは鍛えてるだけあって何もなかったように寝ている。
「…このまま寝かせとこう」
大きな身体を跨いで部屋から出る。あの様子だと、しばらくは起きてこないだろうと彼の服を洗濯する事にした。
「やっぱり大きいな…これだけで洗濯機いっぱいになる…」
洗濯機を回して、今度は朝食の準備に取り掛かる。彼の好みなんて知らないがとりあえず量は食べそうだと思い、何か食料はあったかと冷蔵庫を探し始める。一応サンドイッチを作ろうと用意はしていたので、それを作っておく事にした。朝食を作り終え洗濯物を干し終わったぐらいに寝室から物音がし始めた。そして、のっそりとバッファローマンが寝室から顔を覗かせた。
「…あー、俺何もしてねぇよな?」
「頭の角が折られてないか確認してみたらどうです?」
そう言うと素直にロングホーンを触って確かめていた。人の力じゃ折れるはずがないのに、まだ酔っ払っているのかと笑ってしまう。
「悪かったな、突然家に上がり込んで」
「本当、アイドル超人だから助かりましたね。これが一般人なら即警察ですよ。そもそも初対面の相手にいきなり泊めろなんて言わないか」
サンドイッチを食べながら答えると、腹の音で返事を返してくる。
「よかったらどうぞ。好みかどうかは知りませんが」
「本当にすまねぇ」
サンドイッチを差し出すと、よほど空腹だったのか一口で食べてしまう。
「うめぇな」
「それはどうも」
大量に作ったサンドイッチをほとんど一人で平らげたバッファローマンに綺麗になった服を差し出した。
「これあなたの服」
「おう、ありがとな。やっぱり下がスースーして落ちつかねぇよコレ」
「服じゃないですからね」
「弁償する」
「別にいいですよ、新しいのありますし」
「じゃあ何が欲しい。泊めてもらった礼をしたい」
「お礼もいいですよ」
「それはダメだ」
「じゃあ、もしまた地球がピンチになったら助けて下さい」
「そりゃ当たり前の事だ。俺はあんた個人の望みが聞きたい」
地球を救う事を当たり前と言えてしまう彼はすごいと思う。昨日の酔っ払いはどこへ行ったのやら、そのギャップにまた笑ってしまう。
「俺は本気なんだがなぁ」
「本当に気にしないで下さい。あのアイドル超人と少しだけお近づきになれたってだけで、すごい事でしょうしね」
「納得いかねぇな」
着替えが終わり玄関先まで見送るが、まだ不満そうな顔しているバッファローマン。
「私がいいって言ってるんだから、いいじゃないですか」
彼は少し考えた後、何かを思いついたように手を叩いた。
「じゃあ、また来るわ」
「はい?」
「次は美味い酒持って来てやるよ!あぁ、あとつまみもな!」
やはり感覚のズレがあるのかもしれない。それかまだ酔っているのか。
「言っときますが、もう酔っ払いは家には入れません。今回は特別です」
「じゃあ酔ってなきゃいいんだろ?楽しみにしてな」
なんて強引なのだろう、そう思ったが彼は忙しい身だしその言葉はあまり信用しなかった。
「好きにして下さい」
「わかった、好きにさせてもらう」
ご機嫌な様子で帰っていく大きな背中を見送り、まるで大きな仕事が終わったかのような解放感にほっと息をついた。
それから一週間後の仕事の帰り道。視界に入った大きな影はなんとなく見覚えがある。
「よぉ、お疲れさん。遅くまで仕事してんだな」
大荷物を持ったバッファローマンが、軽く手を上げ近寄って来た。
「な、何してるんですか?」
「何ってあんたを待ってたんだ。ほら、この前言った通り持って来たぜ〜?あんたの家で飲もうや」
どうやらこの大荷物は、この前泊めたお礼の品々らしい。
「え、また家に上がるんですか!?」
「あん?そりゃ入らねぇと飲めねぇだろ」
宅飲みする気満々の彼は、たった一度来ただけなのに私の家へ向かって堂々と前を進む。
「ほら、鍵開けてくれ」
「まだ良いとは言ってないんですけど?」
「でもここまで来ちまったからよ」
「強引過ぎる!」
そう声を上げれば楽しそうに笑う彼。はっきり断ればいいのだが、無邪気に笑う姿が子供を相手にしているように感じて邪険にできない。
(アイドル超人って言うだけあるな…)
多分こういう所も好かれる理由になるのだろうと思った。玄関を開ければすぐに中へと入り、テーブルの上に持って来た品を並べ出す。
「どうだこれ、すごいだろ?」
バッファローマンは大きな肉の塊を嬉しそうに見せてくる。
「でっか…どうするんですかそれ」
「俺が切るから焼いてくれ」
「はいはい」
案外器用なのか貸した包丁で上手に肉を切り分けていく。戦う以外の姿に思わず感心しながら、次々と置かれていく肉に火を通していく。すると良い香りが部屋に広がり、お腹が空腹を訴え始めた。
「美味しそ…」
「な?美味そうだろ?」
「わっ!いきなり後ろに立たないで下さいよ!というか、あなたが来ると狭いんですが」
「悪い悪い」
そう言いながらも離れる気配はなく、私の後ろから調味料を入れ味付けを始めた。
(近い…普段からこんな感じなのかな)
触れるか触れないかの距離で変に緊張する。そんなこんなで彼が持って来たもので簡単につまみを作り、なぜかアイドル超人と二人での宅飲みが始まった。
(いや、やっぱり変だ。なんで私この人と普通に呑んでるんだ?もしかして何か企んでるとか…)
こちらが怪しい目で見ているというのに、当の本人は大量の酒を飲み干しご機嫌に酔っ払っている。
(…何も考えてないな。ただ呑みたいだけだ)
呆れて視線を外すと、彼が持って来た荷物が一つだけ置かれたままだったのに気づく。
「バッファローマンさん。あれは何ですか?」
「ん?あぁ、ありゃー俺のお泊まりセットだ」
「お泊まりセット…」
その見た目でそんな事を言うのかとギャップに笑ってしまう。
「どこかのホテルに泊まって帰るんですか?」
家からは遠いと言っていたので、どこかで寝て帰るのだろうと思った。しかし、彼は不思議そうな顔をして首を傾げた。
「いや?ここで寝て帰る」
「はぁ!?」
「前泊まった時は着るもんなかったからな。ちゃんといるもんは持って来たぞ」
「私、泊まって良いなんて言ってませんけど!?」
「一回泊めてくれたからいいだろ?」
「良くないですよ!呑んだら帰って下さい!」
「嫌だね、俺はこっから動かねぇ」
そう言って大の字に寝転んだ。なんだこのでっかい子供は。追い返したい所だが自分の力ではこの巨体を動かす事なんてできない。
「なんなんですか、もぉー!家に帰りたくない理由でもあるんですか!?」
「……落ちつかねぇんだよ」
「はい?」
「一人は落ちつかねぇんだよ!他の超人達はなんだかんだ言って、いつも誰か側にいるけどよぉ!悪魔超人の時は良かったが、正義超人はみんな自分の家に帰っちまうし…」
「えぇ…?」
この人ってこんな感じだったっけと思いながら、丸まった身体をさすってやる。そういえば、初めて泊まった時も落ち着かないと言って寝室に入って来た事を思い出した。
「バッファローマンさんって、寂しがり屋なんですね…」
「そうだよ、悪いか!」
アルコールが入って開放的になっているのか、ぶつぶつと他の正義超人達への小言を言い始めた。
「わかりました、わかりました!いいですよ泊まっても」
「…本当か?」
「帰れって言っても帰らないでしょうしね」
「おう」
(意地でもここに泊まるつもりだっんだな…)
機嫌の治った彼は新しいお酒を開けて飲み始めた。もはや反論する気力もなくなり、宣言通り彼は泊まって帰る事となった。
ちなみに、今日も人が寝そうになったタイミングで寝室に訪れ、文句を言われながらも隣で寝たのは言うまでもない。
それからというもの、彼は暇さえあれば仕事帰りの私を待ち伏せしては家に上がり込み泊まって帰るという奇妙なルーティンが出来上がっていた。
(単に寂しがり屋なのはわかったけど、この関係性は何と言ったらいいのだろう…)
自分に彼氏がいる訳でもないし、これからできる予定も今の所ないので別に構わないのだがこれから先もとなると流石に困る。
「アイドル超人が家に泊まりに来てるって言っても信じてもらえなかったしな…」
誰か他にいい人でも見つかればと、話題に上げたが誰も本気にしてはくれなかった。それだけ彼らアイドル超人は有名なのだと感じさせられる。
(家じゃただの寂しがり屋で酔っ払いだけど…)
先週も家に来ては呑みまくり、また仲間の正義超人達に小言を言っていたのを思い出して笑った。また今日も待ち伏せしているのだろうと思いながら、帰り道を歩いていると誰かに呼び止められる。
「〇〇さん、これから呑みに行きませんか?」
振り返ると会社の男性だった。他にも同じ会社の人達がずらりと立っており、みんな行く予定なのかこちらを見て待っていた。
「あーすみません。ちょっと用事があって…」
本当は用事などないが、彼が待っている可能性があるので一応断っておく事にした。
「そうですか…少しだけでもダメなんですか?」
そう言われてもう一度考える。少しくらいなら遅くなってもいいかなと行く返事をしようとした時だった。
「おい、何してんだよ。早く帰ろうぜ」
背後から聞こえた声に振り返ると、不貞腐れた顔のバッファローマンが立っていた。
「あれ、どうしてここに?」
「買い物して歩いてたら、あんたを見つけたから来た」
そう言って、今日のお酒とつまみの入った袋を持ち上げた。
「ば、バッファローマンさんだ…!〇〇さん知り合いなんですか!?」
「知り合いというか…」
どう説明しようか悩んでいると、彼が私の腕を掴んだ。
「寝泊まりするほどの仲だ。悪いな、帰らせてもらうぜ」
そう言うと私の手を引いてずんずん進んで行ってしまう。
「えぇっ!?ちょっ…それ誤解されるやつ!説明させ…力強いな!ご、ごめんなさい!失礼します!」
半ば引きずられるようにして、会社の人達に謝りながらその場を後にした。
「何で誤解を招くような事を言うんですか」
「あ?別に嘘言ってねぇだろ、寝泊まりしてんじゃねぇか」
さっきからむすっとした顔で歩く彼の少し後ろをついて行く。なぜか不機嫌な様子に首を傾げた。
「…さっきの男は知り合いか?」
「え?同じ会社の人ですけど」
「親しいのか?」
「んーまぁ、仕事で関わるくらいですかね…うわっ!?」
突然彼が立ち止まったので、その巨体に激突してしまう。
「どうしたんですか!」
「ほんとにその程度かぁ?」
こちらを向いて疑うように顔を近づけてくる。
「ほんとですって!何でそこで嘘を言う必要があるんですか」
「そりゃあ、お前…」
そこまで言って前へ向き直ると、家へと歩き出した。
「…あ、もしかして彼氏とかだったらどうしようかと思いました?」
「だったら何だってんだよ」
「そしたらもう家には泊まれないですもんね。というか、彼氏がいたらそもそも家にはあげてませんけど」
「…そうか、そりゃそうだな」
彼は今やっと気づいたというような声を上げ、こちらを見てにんまりと笑った。
「?」
私はその笑顔の意味がよく理解できなかったが、機嫌が治ったならいいかとそれ以上は考えなかった。
前回の件で、会社の人達にバッファローマンと仲が良いという事を知られ注目を浴びるようになった。
(やっぱりすごいな、アイドル超人は…)
振られる話題は彼の事ばかり、一応彼の威厳を守るために寂しがり屋で酔うとめんどくさいという事は黙っておいた。
「はぁ…今日はいつもより遅くなったな…」
帰る時間ギリギリになって急用の仕事が入り、いつも帰る時間より三時間も遅くなってしまった。
「あの人、今日は来てなかったらいいけど」
神出鬼没な彼とは連絡先すら交換していないので、遅くなる事を伝えられない。
「そもそも勝手に来てるんだから、伝える必要ないけど」
最悪、家まで行って私がいなければ諦めて大人しく帰るだろう。しょんぼりして帰る姿を勝手に想像し、ちょっと可哀想だなと若干胸を締め付けられる。普段はあんなに堂々としているのに寂しがり屋ってなんなのだ。
(わかりやすく落ち込まれると強く言えないんだよな…)
それが彼の来訪を拒めない理由の一つである。少し早足で街灯がぽつりとしかない道を歩いていると、後ろからわずかに足音が聞こえてきた。
(珍しい…他に人が歩いてるなんて)
足音が少しずつ近づいてくる気がしてきて緊張感が走る。
(え、もしかしてつけられてる?)
そこでふと気づいた。ここで出会う人物なんて彼しかいない。案外子供っぽい所のある彼が、私を驚かそうとしているのだろうと思った。引っかかってたまるかと勢いよく振り返れば、そこにいたのは彼とは全く違う人物だった。
「あ!ごめんなさい!知り合いかと…」
人違いに慌てて謝ろうとしたら、突然壁に勢いよく押し付けられた。
「痛っ!?」
「大人しくしろ!殺されたくなかったら金目の物を出せ!」
月明かりに照らされて刃物のような物がキラリと鈍く光った。
「…っ!」
反撃しようにもこの体勢では難しい。仕方なく、鞄の中から財布を出そうとした時だった。大きな影がかかり、私を押さえつけていた男が宙に浮いた。
「おうおうおう。正義超人の目の前で悪事を働くとはいい度胸じゃねぇか!」
「バ…バッファローマンさん…」
「あんたが遅いからよぉ、ちょっとそこらで一杯ひっかけて来た」
呂律が回ってない事から、本当に呑んで来ているのがわかった。驚いて彼を見ていると、カランと刃物が犯人の手から落ちた。
「…うわっ!バッファローマンさん、降ろして!その人降ろしてあげて下さい!」
「あ?離したら逃げられちまうかもしんねぇだろ」
「泡吹いてるから!気絶してますよその人!」
「おっと、やり過ぎた」
彼が手を離すと犯人が地面に崩れ落ち、ぴくりとも動かない。
「ははは!悪い悪い!力の加減が難しくてよぉ〜!」
「え、生きてる?生きてる?どうするんですかコレ!」
「警察呼べ、警察」
そう言われて慌てて警察を呼び、気絶したまま犯人は連行されていった。
「…はぁ〜」
遠ざかって行くパトカーを見送り、力の抜けた私はそのまま地面に座り込んだ。
「おい、大丈夫か?良かったなぁ、俺がいて」
バッファローマンが隣にしゃがみ込む。
「お酒くさい」
「ひでぇな、助けてやったのに。身体痛むとこねぇか、壁に押さえつけられてただろ?」
そっと添えられた手に安心して、我慢していたものが次々とこぼれ落ちる。
「…っ、助けてくれて…ありがとうございます」
「おう、怖かっただろ。あんたに怪我がなくて良かったぜ」
大きな身体に抱き寄せられ身を任せた瞬間、ふわりと身体が宙に浮いた。
「えっ…」
「こんな所にいつまでもいないで、とっとと家に帰ろうぜ?俺はまだ呑みたりねぇんだよ」
彼は私をお姫様だっこというやつで持ち上げずんずんと歩き始める。
「ちょ、ちょっと待って!歩けるから降ろして!」
私は恥ずかしさと高さの恐怖で声を上げるが、彼は足を止めない。
「なんだよ。見られるのが恥ずかしいってんなら、最速で走って帰るがいいか?」
「やめて!この酔っ払い!」
今の彼はアルコールが入っていて制御がより効きにくい状態だという事を思い出し、さらに恐ろしい事になるのではと慌てて止めた。
「あぁ…散々だった…」
「んぁ?良かったじゃねぇか、何も取られてねぇし怪我もしてねぇ」
家に戻ってから呑み直した後、だらりとリビングで寝転がってるバッファローマンが答えた。
「襲われるなんて思ってもいなかった…今度から気をつけないと…」
「…」
「私、もう寝ます。おやすみなさい」
「おう」
寝室へ行こうとして、ピタリと足を止めた。
「…もし寝室で寝るなら早く準備して下さい。隣でバタバタされると迷惑ですので」
振り返らずそう言って早足で寝室へと入れば、ものの数分もせず自宅から持ってきた寝具を持ちバッファローマンも部屋に入ってきた。
「なんだ?今日は珍しくデレるじゃねぇか」
「うるさいですよ。今日は助けてもらったから特別です。毎回人が寝そうになってから来るのやめてもらっていいですか?」
「俺はタイミングを狙って来てんだよ。あんためんどくさがって、いいって言ってくれるからな」
「頭がいいんですね」
「だろ?」
彼の寝る準備が整い部屋の電気を消す。うとうとしてきた所で、自分のベットがぎしりと沈んだ。
「…何ですか?悪さしたら頭のそれ、折るって言ったじゃないですか」
目も開けずにそう答えた。
「なぁ、お礼ついでに一緒に寝てくれよ」
「寝てますけど?」
「そうじゃなくて、同じ布団でって事だよ」
「…嫌です。あなたが寝たらこのベット絶対壊れます」
「じゃあ、あんたがこっちに来ればいいだろ」
この態度もデカくて図体もデカい男が何を言うのか。しかし先程彼の言った通り、私は眠たくて反論するのが面倒になってきた。この男、まあしつこいのだ。
「……もう好きにして下さい」
「おう、そうする」
半分寝かかった身体が浮き上がり、ゆっくりと下へと降ろされる。布団がかけられ、子供をあやすかの様に優しく背中を叩かれた。子供みたいなのはどちらかと言うと彼の方なのだが、心地よい感覚には抗えなかった。
「…変な人」
その言葉に彼が小さく笑ったような気がした。
いつもより柔らかい布団の感触と寝返りが打ちにくいという、不思議な感覚に目を覚ます。
「…うわっ!?」
突然視界に広がった逞し過ぎる胸筋に、思わず両手を突き出した。
「ゔっ…なんだよ。荒いモーニングコールだな」
私は慌てて布団から出てベットの上へと逃げ、彼は押された胸の部分を軽くさすりながら起き上がる。
「なんで同じ布団で寝てるんですか!?」
「あ?あんたが好きにしろって言ったんだろ?」
「え!?そんな事言いました!?」
「言った言った…ったく、もうちょい楽しみたかったのによぉ…」
「まさか起きて…!?」
「起きてちゃ悪いのかよ。可愛かったぜ、あんたの寝顔」
揶揄うようにニヤニヤとこちらを見てくる彼に、カッと顔が熱くなった。
「最低!ツノ折ってやる!」
そう言って枕を投げるが簡単に受け止められてしまう。
「ははは!やれるもんならやってみな!」
私の枕を投げ捨て、その勢いでこちらへと向かってくる。
「え、ちょっと待って!?」
超人に敵うわけがない。怒らせたかと思った時には、ベットに押し倒されていた。
「…なぁ、ここ出て一緒に住まねぇか?」
「は、はい?」
恐る恐る目を開ければ真剣な顔をしたバッファローマンと目が合う。
「昨日のアレで考えたんだけどよ、ここやっぱ危ねぇぞ。女一人じゃ危険だ」
「だ…だからって、なんであなたと一緒に住む必要が…」
「俺が一緒にいたいと思ったから」
思わず息が止まる。告白かと思ったが、彼の言動は予想がつかない事が多いのを思い出した。
「えーと、シェアハウス的な…?」
「違う」
はっきりと否定されてしまい、次の言葉が見つからない。
「俺はあんたに惚れたみたいだ」
「は…?」
真っ直ぐ見つめる視線は真剣そのもので、それが居た堪れなくて私は目線を逸らした。
「ま、待って下さい。そんな…」
「あんたが好きだ」
「いや、待ってって…」
「あんたと一緒に暮らしたい」
「だから…」
「ダメか?」
「〜っ!ちょっと待って下さいってば!なんでそんなに強引なんですか!?」
「あんたが押しに弱い事を知ってるからな」
「だからって…あっ!ちょっと離れて!」
「何だよ、照れてんのか」
「そうじゃなくて!私が言いたいのは…!」
バキッと大きな音がしてベッドが半分に折れ、二人一緒に沈み込んだ。
「…あー悪い。壊れた」
「…だーかーら言ったんですよ!あなたの体重に耐えられる訳ないじゃないですか!」
「まぁ、いいじゃねぇか!今日から俺の家で寝れば良い」
「はぁ!?いや、ベッドが壊れただけなんで別に…」
ご機嫌に起き上がった彼は、話している途中の私の手を引いて立ち上がらせる。
「気にすんな、うちに来いよ。一緒に暮らそうぜ」
「…告白通り越して、プロポーズみたいなセリフ出てますよ」
「なんだ、ダメなのか?」
道端で見つけた酔っ払いを一日泊めただけなのに、こんな展開になるなんて誰が想像しただろうか。
(まぁ…でもいいか)
彼といると退屈しなさそうだし、一緒に過ごしていて苦だと思う事はそんなになかった。あるとしたら大雑把で強引すぎる所くらいだ。
「…じゃあ一度だけ、今度は私が泊めてもらおうかな」
「あ?一緒に住むって言ったろ?」
「それはあなたが勝手に言った事ですよね?私は住むって言ってないし、そもそも告白にも答えてないですもん」
「へぇ…そうくるか。じゃあ、絶対落としてやるから覚悟しとけよ」
アイドル超人とは言い難いギラリと獲物を狙うような目に、やってしまったと少し後悔しながら目を逸らした。とりあえず壊れたベッドをどうにかしなければと考えていると、さすがは超人と言うべきかベッドを簡単にバラバラに分解して一人で抱え上げた。
「で、どこに持って行けばいいんだ?」
「外のゴミ捨て場へ…」
コンパクトになってしまった元ベッドを、ゴミ捨て場へと持って行く。
「こういう力仕事の時は頼りになりますね」
「お?惚れたか?」
「いや、別に」
「ちっ」
小さく舌打ちをして、拗ねたような顔をしている彼を見て笑った。部屋へと戻り簡単な食事を済ませて彼を見送る。
「本当に俺の家に来ねぇのかよ」
「行きません」
「仕方ねぇ。また来るわ」
「え、それは続くの?」
「おう。あんたが俺の所に来るまでしつこく通うからな〜」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、楽しそうにしている彼の腕を軽く叩いた。
「じゃあな、行ってくる」
彼はそう言って私の肩を捕まえ一気に距離を詰めた。何事かと驚いて固まっている隙に、右頬に柔らかい感触とリップ音が聞こえた。
「〜っ!?何するの!?」
頬をおさえ彼を睨む。
「ははは!照れんなって!ほら、あれだ。行ってきますの挨拶だろ?」
「それはもっと親密な人達がやる事なんですよ!早く行って下さい!」
楽しそうに笑っている彼を力任せに押し出した。
「あぁ、そうだ。夜道には気をつけろ。いつも俺が助けられるとは限んねぇからな」
さっきまで笑っていたのに急に真面目な顔をしてそんな事を言うものだから、こちらも反応に困る。
「…わかりました、気をつけます」
「じゃあな」
片手を上げて去っていく背中をなんとも言えない気持ちで見送った。
そんな事があった今日、私はベッドが壊れてしまったため家具屋に来ていた。
「ん〜前と同じ大きさだとこれか」
色んな種類のベッドが置かれている中を、ゆっくりと歩いて見て回る。その中で少し大きめのベッドに目が止まった。
(これぐらいだったかな、あの人の身長…)
長さ、横幅、骨組みは強そうかどうか、そこまで考えて慌てて頭を振った。
(あーっ!!なんであの寂しんぼさんの体格に合わせようとしてんの!?しかも、一緒に寝る前提じゃん!…それもこれも、あの人があんな事するから!!)
まだなんとなく感触が残る右頬をぺちぺちと叩いた。側から見れば変な人ではないか。せっかく見に来たと言うのに、集中できず結局買わずに帰ってしまった。
「しばらくはベッド無しで寝るか…」
別に急ぐ物でもないので、いつでもいいかと考えるのをやめた。
その日の夕方、玄関のチャイムが鳴った。滅多に人など来ることはないし、宅配便も何か頼んでいた訳でもない。昨日襲われたのもあって、嫌な緊張感が走る。
「…は、はい?」
「俺だ、俺。帰ってきたぞ」
その聞き慣れた声にほっとしてしまった自分に気づき、慌てて頭を振り玄関のドアを開けた。
「帰ってきたぞって、あなたの家じゃないですけど?」
「でも入れてくれるんだろ?」
わかっているとでも言うようにニヤニヤしている顔が腹立たしい。ダメだと言っても入ってくるのはどこの誰だと言い返したくなる。
「今日はどうしたんですか?いつもは金曜の夜だけなのに」
「…たまたま良い酒が手に入ったんだ。一人で飲むのはつまんねぇし、あんたも飲みたいかと思ってな」
微妙な間があったのに疑問を感じたが、とりあえず家の中に入れた。
「お、なんか良い匂いがすんな」
「カレーがちょうど出来上がった所だったんですよ」
「そりゃあ良いタイミングで来たな。大盛りで頼む」
「図々しい…」
そう言いながらも、彼の体格に合わせた量を考えて皿に盛ってあげる。
「はい、どーぞ」
「ありがとな。おー!美味そうだぜ」
そう言って、食べずに大人しく待っている。先に食べ始めてしまいそうなイメージがあるが、彼は私が用意して隣に座るまで手はつけないのだ。
(変な所で律儀なんだよね…)
もっと他に考える所があるのではと思うが、言ったら拗ねるので黙っておく。そして自分のカレーも用意して座り手を合わせた。
「「いただきます」」
こうして夕食を二人で共にし、風呂などやる事を済ませてから晩酌が始まる。
「さぁて、飲むか!」
ドンとテーブルの上にお酒を並べだすバッファローマン。その横に、今日の酒のつまみを並べる。
「特別なお酒ってどれですか?」
「これだよコレ」
彼が持ち上げたのは小さな瓶。大きな彼が持つせいで余計に小さく見える。
「日本酒ですか」
「おうよ。今人気でなかなか手に入らないらしいぜ?」
「そんな人気なお酒がなんで手に入ったんですか?」
「そりゃあ…あれだよあれ…」
「?」
「…あんたと飲もうと思って、だいぶん前に頼んどいたんだよ…」
そう言って恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「…恥ずかしがる所、おかしくないですか?」
呆れた顔で見ていたらじろりと睨まれ、一瞬にして押し倒されると腹をくすぐられた。
「てんめぇ〜人が気ぃ使ってやってんのによぉ〜!」
「だって!あんな告白した人がそこで照れるんだって思うじゃないですか!」
「そりゃ、本気だからよ。照れて相手が理解してくれなきゃ意味ねぇだろ」
くすぐるのをやめて、真面目な顔でじっと見つめられる。私はまたしても直視できなくて目を逸らした。
「おい、目を逸らすな」
「だって…う」
大きな手で顎を掴まれ無理やり顔を向けさせられる。嫌でも視線を合わせようとしてくるので目を閉じると鼻で笑われた。
「はっ、キスして下さいって待ってるみたいだぜ?してやろうか?」
「何を今更…ダメって言ってもいつも強引に色々やらかしてくれるのは、どこの誰ですか?」
「こういうのは大事にしてぇんだよ」
「頬にはしたのに?」
「あれは挨拶だ…いいか?」
ゆっくりと目を開ければ、彼は顎から手を離し私の返事を待っている。
「…いや普通にダメですけど」
「んなぁぁ!?なんだよ、期待させやがって!おら、起きろ!飲むぞ!」
天を仰いだ後、私の身体を引っ張って起き上がらせる。ぶつぶつ言いながらも、お酒を私の分も注いでコップを渡してくれた。
「ちっ!絶対落としてやるからな!乾杯!」
「どんな乾杯?」
彼は割れないように力加減を考えてコップを当て、そのまま一気に飲み干した。日本酒ってそうやって一気に飲むものじゃないと思ったが、何も言わなかった。そして何杯か飲み終えた頃にはすっかり出来上がっており、いつものように小言が始まる。
「ったくよぉ〜なんでそこまで頑固なんだよぉ〜!」
今日の小言は私に対してだ。
「外に出りゃあ、みんなキャーキャー言って近寄ってくるのによ。なんであんたはなびかねぇ…単純に好みじゃねぇのか?」
「自分の立場がわかっているなら、私の考えもわかる気がするのですが」
「あ?…んだよ、他人なんてどうでもいいだろ。俺が勝手に惚れたんだ。口出しさせねぇよ」
彼の人気はこの前の事でよくわかった。近づきすぎると嫌でも目立ってしまい、とやかく言われるのは目に見えている。自分は我慢すればいいが、彼の今後に影響するのは良くないだろう。それを考えれば、今のこれもやめた方がいいと思う。そんな私の考えを感じ取ったのか、彼がまた私の顎を掴み無理やり目線を合わせた。
「おい、余計な事考えてんじゃねぇぞ。俺もそこまで馬鹿じゃねぇ。よく考えろ、何でこの関係が今まで何事もなく続いてんのかって事をよ」
「…確かに」
話題にもなればマスコミなどが押し掛けてきそうなものなのにこれまでそんな事はなかったし、私自身も今思っただけでそんな心配をする事もなかった。
「めんどくせぇ事は先に手を打ってんだ」
「それで心置きなくやりたい放題なんですね」
「俺は元悪魔超人だからなぁ〜」
そう言って悪ぶっているが、時々見せる彼の優しい所見ているので全く怖く見えない。逆に本当に悪魔超人なのかと言いたくなるくらい、今の彼は優しいと思う。
「そこまでするんですか」
「そこまでさせるほどの女だって事だよ」
「変な人」
「ここまでして落ちねぇあんたも変だろ」
やっと私の顔から手を離し、次の酒を注いで飲み始める。
「…今度、時間がある時でいいんですけど。ベッド見に行くの、ついてきてくれません?」
「…そりゃ、デートのお誘いか?」
「いえ、荷物持ちですけど」
「んな事だろうと思ったぜ!まぁ仕方ねぇな、俺が壊したんだから責任持って行ってやらぁ」
「そうですね。バッファローマンさんの体格に耐えられる物を探すのは大変そうなので、良いお店教えて下さいよ」
「ゲホッ!?」
「うわっ!?汚い!」
彼は飲みかけていた酒を口から吹き出し、私は慌ててそこから離れた。
「おい!この前も思ったが急にデレんなよ。心臓に悪い」
「別にデレたわけじゃないんですけど」
溢れた酒を拭きながらため息をつく。
「…そう言ったつー事は、俺の告白を受け取ったって事でいいんだよな?」
「…好きに解釈して下さい」
はっきり答えられないのは、どこか後ろめたい気持ちがあるから。もし何かあった時にすんなりと離れられるように、私からは言葉にはしない。口に出すと深入りしてしまいそうだから。彼には申し訳ないなと思いながら片付けをしていると、また床に押し倒され巨体がのしかかる。
「ちょっと!重いんですけど!?」
「ったく、手こずらせやがってよぉ!まぁ、そこも含めて好きだぜ?」
よほど嬉しかったのか、大型犬がじゃれつくように顔中にキスの雨が降り注ぐ。
「うわ!その酒まみれの口でやめて!」
人間の力なんて超人からすれば大した事ないだろうと、思いっきり押し返す。
「ぐ、恥ずかしがり屋め。仕方ねぇな」
彼は抵抗されたため一旦離れる。しかしすぐさま私を自分の膝の上に乗せ、後ろから抱きついてきた。
「人には急にデレるなとか言って、自分はどうなんですか!?」
許した途端べったりと引っ付いてきて離してくれない。
「あ〜落ち着くぜ。いいな、こういうの」
彼が嬉しそうにしているのを見て、離れる事は諦め好きにさせる事にした。
「物好きですね」
仕方なく抱きかかえられたまま、彼が呂律の回っていない状態で喋り続けるのを聞いていた。しばらくすると大人しくなり、それと同時に背中にずんと重みがのしかかる。
「…あっ!もしかして寝てる!?ちょっと起きて!このまま寝られたら、私押し潰される!」
彼の体重はベッドを半分にへし折る重さだ。ちょっとした恐怖に、私は彼の頬を叩いた。
「…ん〜照れてんじゃねぇよ」
「違う!」
まだ寝ぼけている彼の頬を今度は思い切り叩いた。
「…おい、これ見ろよ。どんだけ強く叩いたら、こんなにくっきり残るんだ?」
昨晩寝落ちした彼に押し潰されそうになり目を覚まさせるために思い切り頬を叩いた結果、朝になっても私の手の痕がはっきりと残っていた。
「自分が悪いんでしょ。私は死ぬかと思ったんですけど」
「ひでぇ彼女だな…まぁいいか」
(いいんだ…)
どうやら彼はまだ浮かれているようで、『彼女』という言葉を自分で言って嬉しそうにしている。
「おい、ベッドの事なんだけどよ」
「はい」
「買う必要ねぇよ。来週、俺の家に引っ越しな」
「は!?」
またしても予想外の発言をする彼に驚いて声を上げた。
「また、勝手な事を…」
「俺の家に来ればでけぇベッドあるからよ。あんたが寝ても余裕だと思うぜ?それに俺が寝られるベッドなんて、この狭い部屋なんてすぐに一杯になるぞ」
「狭くて悪かったですね!」
ここは人間用で彼みたいな超人用に造られていない。いつも窮屈そうにしていたのを思い出した。
(でも、勝手に来てたのはこの人だしな)
「来週の土日で引っ越しだ!それまでに荷物まとめとけよ」
「え!?本当に!?」
「おう、部屋はたくさん空いてんだ。好きな部屋選ばせてやるよ」
得意げに胸を張るが、私が思っているのは部屋の問題ではない。
「そうじゃなくて!私、仕事があるし会社までの距離とか…」
「おら、ここが俺の家だ。あんたの家と真反対の位置にあるだけで、会社との距離はほとんど変わらねぇよ」
そう言って携帯で地図を表示し私に見せる。確かに会社までの距離はそこまで離れていないようだ。
「…いや、待って。ここ超お金持ちとかが豪邸建ててる一等地じゃん!!」
地図から位置を確認していたら、いつも仕事場から見える高級住宅街の位置に彼の家はあるらしい。
「まぁ確かに。周りはでけぇ家ばっか並んでんな」
「そ、そんな所に住んでるんですか…?」
「心配すんな俺はマンションだ、マンション」
「うわ、あれかぁ…」
マンションと言われて、高級住宅街にそびえ立つ立派な建物を思い出した。いつも何階まであるのだろうと疑問に思って見ていたそれの事であろう。やはり住む世界が違いすぎる。
「あんたが嫌なら別の場所を探すか?ここは俺にはちっとばかし狭すぎるし、今度は何壊すかわかんねぇからよ」
自分の物ならまだしも、借りている建物を壊されるのは勘弁してほしい。
「…ど、どうしても一緒に住みたいんですか?」
「あぁ、住みたい」
反対は受け付けないとでも言うように、腕を組んで立っている。
「嫌だって言っても、無理やり家の物持っていかれそう…」
「わかってんじゃねぇか!今んとこ、この家で運べなさそうな物なんてねぇからな!」
超人恐るべし。私は諦めて、大人しく住みなれたこの家を出る事にした。
一週間で引っ越しの準備をして、やって来たのは彼の家があるという超高級住宅街。そして目の前には大きなマンション。
「そ、想像以上にでかい…」
「そうか?アメリカとかはもっと高いのあるぞ?」
「知らない土地の事を言われても困るんですが…」
「まぁ気にすんな、ただデカいだけだ」
縮こまる私の肩を抱き、マンションのエントランスへと入る。高級ホテルのCMでしか見た事ないような内装で、あちこちによくわからない壺やら銅像などが飾られてある。
「え、何ここ?」
「ここのオーナーの持ち物らしいぜ?見せたいんだってよ」
オーナーの趣味など興味ない。壊したりでもしたら人生が終わりそうな物を廊下に置かないでほしい。少し進んだ先にエレベーターが三台あり、その一つに乗り込む。彼が設置されているパネルに番号を打ち込むと、エレベーターが動き出した。しばらく登り続け、階数も分からず待っていると動きが止まった。
「ここが俺の階だ」
「…階?」
彼の言葉に首を傾げエレベーターを降りると、目の前にぽつんと扉が一つ。
「ここのフロアは全部俺の部屋なんだぜ?」
にっと自慢げに笑う彼を置いて、エレベーターへと走って戻る。
「おい、何ビビってんだ!」
「おかしいって!こんなの聞いた事も見た事もない!やっぱり私には合わないですよ!」
「これから慣れりゃあいいだろうが!ここまで来たんだ、逃がさねぇからな!」
無理やり抱きかかえられ、そのまま部屋の中へ入れられ床へと降ろされる。
「あー!玄関が部屋並みに広すぎる!!」
「いちいちうるせぇな。ほら見ろ、これ全部下駄箱だぜ?こんだけありゃ靴買い放題だろ」
壁一面の下駄箱収納に悲鳴をあげた。そんな私の反応が面白かったのか、私を抱え上げ自分の靴を適当に脱ぎ捨てると部屋の中を連れ回す。
「おら、ここがリビングだ!」
「テレビ大きい!」
「ここが風呂だ!」
「プール並みに大きいし、サウナもある!?」
「んで、あそこ三部屋あるけど何もねぇ」
「もったいない!」
「そして寝室!どうだ、こんだけデカけりゃ問題ねぇだろ!」
そう言って履いたままだった私の靴を脱がせ、ベッドの上に降ろした。
「はぁ…全てが大きすぎる…」
「全部、俺仕様だからな。キッチンはほとんど使わねぇから普通だと思うぜ?まぁ、やり難い所があれば直してけばいい話だ」
私の靴を玄関へ戻しに行くため、バッファローマンが部屋を出た。私は大きなベッドの上で、心を落ち着かせるため深呼吸をした。
「…全てが予想外。特にこのベッド」
彼が二人寝ても余裕があるほどの大きさ、そしてその重さにも耐えられそうな頑丈な見た目をしていながら心地の良い反発。思わず子供心がよみがえり、ベッドの上に立って飛び跳ねる。
「ふ、はは!こんな大きなベッド初めて!」
「そうかい、そりゃ良かった」
「わっ!?」
いつの間にか戻ってきていた彼に、はしゃいでいる姿を見られ慌ててベッドの上に座り直した。
「何でやめんだよ。もっとはしゃいでいいんだぜ?」
「もう気が済んだの…」
「へぇ?なら、こっち来いよ。もっとすげえもん見せてやる」
「え、まだ何かあるの?」
興味半分、恐ろしさ半分で彼の後をついて行く。入った部屋は何もなく、カーテンが閉められ真っ暗だった。
「え、何?怖いんですけど…」
「もっとこっち来いよ。いくぜ?」
手を引かれカーテンの近くに連れていかれる。
「よぉーく見てろよ?」
彼がカーテンを開けると陽の光が一気に差し込み、眩しさに目を閉じる。明るさに慣れてきた頃に目をゆっくりと開ければ、目の前には絶景が広がっていた。
「うわぁ!すごい!…いや、高すぎる!ここ何階なんですか!?」
「普通にいい景色だって喜べよ」
そうして一通り部屋を見て、自分の部屋を決め荷物を運び入れた。
「私も荷物少ない方ですけど、バッファローマンさんも物が少ないんですね」
大きな家具以外の物がなく、殺風景な部屋を見渡してそう言った。
「俺は生活ができればそれでいいからな。あんたの好みに変えていいぜ?なんたって、これからあんたもこの部屋に住むんだからな」
私もこの家の持ち主だと念押しするように言った。
「そんなに心配しなくても、逃げたりしませんから」
「どーだか…明日になりゃ、周りがセレブだらけで浮いてるんですけど〜とか言ってきそうだがな」
それは言いそうな気がする。返す言葉もなく、黙ってキッチン周りの荷物を片付けた。大体の物が片付き、新しいキッチンで料理を作り、大きなお風呂でゆっくりして、いつもの晩酌タイムへと入る。
「ふわぁ…今日はもう寝ます…」
「そうか、じゃあ寝るか」
今日は引っ越しとこの家に驚いたりで疲れたのか、酔いがまわるのが早かった。彼の方が珍しく酔っ払っていない。ふらつく足で彼の後をついて歩く。寝室に入って大きなベッドに近づいた所で、突然押し倒された。
「んえっ!?何!?」
「やっと手が出せるな。長い事我慢しただけあって、楽しみにしてたんだ。悪いが、寝る前にもうちょっと付き合ってくれよ?」
「えっ!?何する気!?」
「あ?そんなもん決まってんだろ、俺のテリトリーに入ったんだ。ま、これからは『二人の』になるがな」
そう言って悪い笑みを浮かべる彼を見て、今更だが身の危険を感じた。が、逃げようとしても力の差は圧倒的だ。
「うわぁ!待って待って!そんな急には無理!」
「心配すんな。優しくしてやるよ」
「そういう意味じゃない!」
「おいおい、今までいくらでも機会はあったんだ。それをぜぇ〜んぶ我慢してきた俺の努力をちっとは考慮してほしいんだがな」
「全部自分から仕掛けてたじゃないですか!?」
「…」
「図星!!」
「うるせぇ、大人しく食われろ」
油断していた自分も悪い。しかし、彼の家に引っ越してまさか一日目でこんな事になるとは思ってもいなかった。
朝。目を覚ませば、丸太のような腕に拘束され全く身動きができない。隣で呑気に爆睡している男の顔を見てため息をついた。
「まぁ…いっか」
この酔っ払いに声をかけてから始まった日々は騒がしくも心地良く、振り回されながらも楽しかった。私はこんな人生もいいかと、彼に寄り添い眠る事にした。
