キン肉マン
年末の大掃除。読まなくなった雑誌達を紐でまとめる。
「よいっ…しょ。はぁ、これで自分の部屋は終わったかな」
捨てる物を玄関へと運んでいく。
「あ、アンタちょっと来てごらん!」
別室の掃除をしていた母親の呼ぶ声が聞こえ、そちらへと向かった。
「なにー?」
「ほら、これ見てごらん」
母親が渡してきたのは一枚の写真。丸々とした赤ん坊が二人仲良く並んでいる。
「小さい頃のアンタとリキオ君」
「ふはっ!今はウルフマンだよ」
懐かしい名前を聞いて思わず吹き出してしまった。今やアイドル超人として名を広めている彼、ウルフマンの本名は『リキオ』である。彼とは家が近く同じ年に産まれたこともあり、小さい頃はよく一緒にいたのだ。
「そうだけど、お母さんはリキオ君っていう方が呼び慣れてるけどねぇ」
母はそう言って、別の写真を手に取り眺めていた。
「そういえば。アンタ昔、大きくなったらリキオ君と結婚する〜とか言ってたね」
「ぶはっ!!はっ!?えっ?そんな事言ってたっけ?」
「言ってた言ってた!今はどうなんだい?」
「いや…覚えてないんですけど。というか、それ小さい頃の話でしょ。そのぐらいの歳って、そういう事すぐ言っちゃうじゃない」
本当は覚えているが恥ずかしくて誤魔化した。
「リキオ君、考えててくれないかねぇ〜」
「忘れてるんじゃない?10歳で引っ越してから会ってないし」
彼は10歳の時に本格的に相撲部屋に入る事となり、引っ越してしまったのだ。それから連絡はしていないし、久しぶりに姿を見たのはテレビの画面の中であった。そもそも私が一方的に言っていた事だったので、彼の方は覚えてないだろう。
「いい旦那候補だろうに…」
「残念でした〜」
私は持っていた写真を母親に渡すと、自室の掃除へと戻る。
「すっかり手の届かない人になっちゃったなぁ…まぁ元々脈なしだったし」
確か幼い頃の私からの猛烈アピールに、彼は全く動じていなかった記憶がある。きっとただの幼馴染、おませなご近所さんくらいにしか思われていなかったのだろう。
「どちらかというと忘れていて欲しい…」
あの頃の私はしつこかっただろう、今思えば黒歴史に違いない。幼い私はなんと浅はかだったのだろうとため息をついた。
大掃除を終え暖かい炬燵に入り、テレビをぼんやりと観ながら蜜柑へと手を伸ばす。するとインターホンがなった。
「はいはーい!」
母親が廊下を小走りで駆けていく音が聞こえた。私はご近所さんか何かの配達だろうと特に気にせず、蜜柑を口の中に放り込んだ。
「えっ!久しぶりねぇ!こんなに大きくなって!」
母親の大袈裟な声が聞こえてくる。誰だろうと少し気になり耳を澄ましていると。
「〇〇ーっ!ちょっと来なさい!リキオ君が来てくれたわよ!」
「うっ!?ゲホッ!ゲホッ!」
まさかの来訪者に飲み込みかけていた蜜柑が喉に引っかかった。慌てて胸元を叩き、なんとか窒息は防いだ。新年を迎える前に死ぬなんてごめんである。
「…っは!死ぬかと思った…」
「ごめんねぇ、炬燵に入ってたから寝落ちしてるのかも。珍しく掃除頑張ってたから、日頃これでもかってくらい動かなくて!」
私は慌ててお茶を飲むと炬燵から出た。早く行かなければ母が余計な事を言いかねない。私はドスドスと早足で向かうと、玄関にいた母親の周りに大きな段ボールが何箱も積まれていた。
「な、なにこれ!?」
「お土産だって!すごいねぇ、仕事であちこち行くんだってさ」
「はぁ…そうなんだ。これ近所に配るんだよね?」
私は段ボールの数を数えた。十箱くらいあり、その多さに顔を引き攣らせる。
「いや、全部うちにだって」
「はぁ!?」
「心配しなくていいぜ。ちゃんと日持ちするもん選んでるからよ」
「えっ…」
荷物の向こう側から落ち着いた声が聞こえ思わず足が止まる。
「よ、久しぶりだな。わかるか?」
山積みになった段ボールの陰から、ひょっこりと顔を覗かせたのはテレビでよく観た彼だった。
「リキ…ウルフマン、でしょ?」
「…俺の活躍を知ってくれてるみたいだな。安心したぜ」
安心したと言った割には、少し寂しそうな表情が気になった。
「いつの間にか有名になっててびっくりしたよ」
私は家に有名人が来たと、少し浮かれ気味に話しかけた。
「それほどでもねぇよ。まだまだだ」
「そんな事ないって。うちの近所からヒーローが生まれるなんてね、お母さん」
「そうそう!」
「照れるねぇ」
彼は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「どうしたの?観光?」
「いや、ちょっと気になってた事を確認しに来たんだ」
「気になってた事?」
「あぁ」
「それって何…」
「あ!そうそう!さっきも言ったけど今日大掃除してて、懐かしい物を見つけたのよ〜!」
彼の気になっいる事とはなんなのだろうかと聞こうと思ったのに、母の大きな声に遮られてしまった。
「懐かしい物?」
「今持ってくるからちょっと待ってて?あ、それとも上がるかい?」
「悪いんだが、この後まだ稽古があってねぇ。外に弟子を待たせてるんだ」
「弟子がいるの!?」
「まぁね」
驚きと尊敬の眼差しで見つめれば嬉しそうに微笑んだ。
「そうかい、忙しいんだねぇ…ちょっと待ってて!何かあげる物あったかしら」
「うちからあげられる物なんてないでしょ」
「そんな気を遣わなくてもいいんだぜ」
「あ、うちで取れた蜜柑があるから持って帰って!今袋に詰めてくるから!」
「「…」」
母は私達の話も聞かず、一人バタバタと廊下を走っていってしまった。
「ごめんね、昔から騒がしくて」
「いや、変わってなくて安心したぜ。賑やかでいいな、この家は」
「賑やかか…」
落ち着きがないだけではと思う。すると母が何かを持ってきて彼に渡した。
「さっき言ってたのコレね!待ってる間これ見てて?昔の写真!」
そしてまた奥へと消えていった。
「元気だねぇ」
「いい事なんだけどね」
「さて」
彼が玄関へ腰掛けたのを見て、自分も隣に膝をついた。ふわりといい香りがして高鳴る鼓動に唇を引き結びながら、彼が一枚一枚写真に目を通すのを少し後ろから眺める。
「懐かしいな。この頃はまだ稽古が生ぬるかったねぇ」
「向こうとは違った?」
「そりゃあもちろん。たった一日で根をあげそうなくらいにな」
そう言いながらもちゃんと稽古してたんだろうなと、しっかりと作り込まれた肉体を見て思った。
「…あの、ちょっと腕を触ってみたいんだけど…ダメかな」
力士でしかも超人なんて、なかなか触れ合える機会はない。少し勇気を出してお願いしてみた。
「あぁ、もちろん構わないぜ。ほら」
そう言ってわざわざ腕まくりまでして差し出してくれた。
(服の上からで良かったんだけど…)
「あ、ありがとう…」
緊張しながらもその逞しい腕に触れようとした時だった。
「そうそうリキオ君!昔この子が大きくなったらリキオ君と結婚するって言ってたの覚えてる?」
「ちょ!?お母さん!!」
慌てて廊下の向こうに叫ぶ。少しすると大きな紙袋を持って母親がやってきた。
「はい蜜柑!よかったらこの子も一緒に貰ってくれてもいいんだよ?全然浮いた話がないんだから」
「やめてってば!恥ずかしい!」
人の気も知らないでなんて勝手な事を言う親なのだと頭にくるが、人前なのでそこまで強く怒る事ができない。消化されない苛立ちを必死になって落ち着かせていると、彼が大きな声で笑いだした。
「な、何よ!」
私は馬鹿にしているのかと彼を睨みつけた。
「いやいや、良かったと思ってねぇ」
「はぁ!?」
「本当に貰っていいなら、遠慮なく頂いていくぜ?なんせ小さい頃からの約束だからなぁ」
「えっ」
「今日はそれを確認しに来たんだ。聞きにくいからどうしたもんかと悩んでたんだが、そっちから教えてくれて助かった」
彼は持っていた写真を私に持たせると、母から蜜柑が大量に入った袋を受け取った。
「〇〇の気持ちが変わったなら仕方ないが、俺の方は変わってねぇ。また来るからそん時にでも教えてくれよ」
そう言って、ぽんと私の腕を軽く叩いた。
「えっ、ちょっと待っ…」
「じゃあな」
彼はそのまま出ていき、処理しきれない気持ちと大量のお土産が置かれたまま年末を迎える事になってしまったのだった。
「よいっ…しょ。はぁ、これで自分の部屋は終わったかな」
捨てる物を玄関へと運んでいく。
「あ、アンタちょっと来てごらん!」
別室の掃除をしていた母親の呼ぶ声が聞こえ、そちらへと向かった。
「なにー?」
「ほら、これ見てごらん」
母親が渡してきたのは一枚の写真。丸々とした赤ん坊が二人仲良く並んでいる。
「小さい頃のアンタとリキオ君」
「ふはっ!今はウルフマンだよ」
懐かしい名前を聞いて思わず吹き出してしまった。今やアイドル超人として名を広めている彼、ウルフマンの本名は『リキオ』である。彼とは家が近く同じ年に産まれたこともあり、小さい頃はよく一緒にいたのだ。
「そうだけど、お母さんはリキオ君っていう方が呼び慣れてるけどねぇ」
母はそう言って、別の写真を手に取り眺めていた。
「そういえば。アンタ昔、大きくなったらリキオ君と結婚する〜とか言ってたね」
「ぶはっ!!はっ!?えっ?そんな事言ってたっけ?」
「言ってた言ってた!今はどうなんだい?」
「いや…覚えてないんですけど。というか、それ小さい頃の話でしょ。そのぐらいの歳って、そういう事すぐ言っちゃうじゃない」
本当は覚えているが恥ずかしくて誤魔化した。
「リキオ君、考えててくれないかねぇ〜」
「忘れてるんじゃない?10歳で引っ越してから会ってないし」
彼は10歳の時に本格的に相撲部屋に入る事となり、引っ越してしまったのだ。それから連絡はしていないし、久しぶりに姿を見たのはテレビの画面の中であった。そもそも私が一方的に言っていた事だったので、彼の方は覚えてないだろう。
「いい旦那候補だろうに…」
「残念でした〜」
私は持っていた写真を母親に渡すと、自室の掃除へと戻る。
「すっかり手の届かない人になっちゃったなぁ…まぁ元々脈なしだったし」
確か幼い頃の私からの猛烈アピールに、彼は全く動じていなかった記憶がある。きっとただの幼馴染、おませなご近所さんくらいにしか思われていなかったのだろう。
「どちらかというと忘れていて欲しい…」
あの頃の私はしつこかっただろう、今思えば黒歴史に違いない。幼い私はなんと浅はかだったのだろうとため息をついた。
大掃除を終え暖かい炬燵に入り、テレビをぼんやりと観ながら蜜柑へと手を伸ばす。するとインターホンがなった。
「はいはーい!」
母親が廊下を小走りで駆けていく音が聞こえた。私はご近所さんか何かの配達だろうと特に気にせず、蜜柑を口の中に放り込んだ。
「えっ!久しぶりねぇ!こんなに大きくなって!」
母親の大袈裟な声が聞こえてくる。誰だろうと少し気になり耳を澄ましていると。
「〇〇ーっ!ちょっと来なさい!リキオ君が来てくれたわよ!」
「うっ!?ゲホッ!ゲホッ!」
まさかの来訪者に飲み込みかけていた蜜柑が喉に引っかかった。慌てて胸元を叩き、なんとか窒息は防いだ。新年を迎える前に死ぬなんてごめんである。
「…っは!死ぬかと思った…」
「ごめんねぇ、炬燵に入ってたから寝落ちしてるのかも。珍しく掃除頑張ってたから、日頃これでもかってくらい動かなくて!」
私は慌ててお茶を飲むと炬燵から出た。早く行かなければ母が余計な事を言いかねない。私はドスドスと早足で向かうと、玄関にいた母親の周りに大きな段ボールが何箱も積まれていた。
「な、なにこれ!?」
「お土産だって!すごいねぇ、仕事であちこち行くんだってさ」
「はぁ…そうなんだ。これ近所に配るんだよね?」
私は段ボールの数を数えた。十箱くらいあり、その多さに顔を引き攣らせる。
「いや、全部うちにだって」
「はぁ!?」
「心配しなくていいぜ。ちゃんと日持ちするもん選んでるからよ」
「えっ…」
荷物の向こう側から落ち着いた声が聞こえ思わず足が止まる。
「よ、久しぶりだな。わかるか?」
山積みになった段ボールの陰から、ひょっこりと顔を覗かせたのはテレビでよく観た彼だった。
「リキ…ウルフマン、でしょ?」
「…俺の活躍を知ってくれてるみたいだな。安心したぜ」
安心したと言った割には、少し寂しそうな表情が気になった。
「いつの間にか有名になっててびっくりしたよ」
私は家に有名人が来たと、少し浮かれ気味に話しかけた。
「それほどでもねぇよ。まだまだだ」
「そんな事ないって。うちの近所からヒーローが生まれるなんてね、お母さん」
「そうそう!」
「照れるねぇ」
彼は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「どうしたの?観光?」
「いや、ちょっと気になってた事を確認しに来たんだ」
「気になってた事?」
「あぁ」
「それって何…」
「あ!そうそう!さっきも言ったけど今日大掃除してて、懐かしい物を見つけたのよ〜!」
彼の気になっいる事とはなんなのだろうかと聞こうと思ったのに、母の大きな声に遮られてしまった。
「懐かしい物?」
「今持ってくるからちょっと待ってて?あ、それとも上がるかい?」
「悪いんだが、この後まだ稽古があってねぇ。外に弟子を待たせてるんだ」
「弟子がいるの!?」
「まぁね」
驚きと尊敬の眼差しで見つめれば嬉しそうに微笑んだ。
「そうかい、忙しいんだねぇ…ちょっと待ってて!何かあげる物あったかしら」
「うちからあげられる物なんてないでしょ」
「そんな気を遣わなくてもいいんだぜ」
「あ、うちで取れた蜜柑があるから持って帰って!今袋に詰めてくるから!」
「「…」」
母は私達の話も聞かず、一人バタバタと廊下を走っていってしまった。
「ごめんね、昔から騒がしくて」
「いや、変わってなくて安心したぜ。賑やかでいいな、この家は」
「賑やかか…」
落ち着きがないだけではと思う。すると母が何かを持ってきて彼に渡した。
「さっき言ってたのコレね!待ってる間これ見てて?昔の写真!」
そしてまた奥へと消えていった。
「元気だねぇ」
「いい事なんだけどね」
「さて」
彼が玄関へ腰掛けたのを見て、自分も隣に膝をついた。ふわりといい香りがして高鳴る鼓動に唇を引き結びながら、彼が一枚一枚写真に目を通すのを少し後ろから眺める。
「懐かしいな。この頃はまだ稽古が生ぬるかったねぇ」
「向こうとは違った?」
「そりゃあもちろん。たった一日で根をあげそうなくらいにな」
そう言いながらもちゃんと稽古してたんだろうなと、しっかりと作り込まれた肉体を見て思った。
「…あの、ちょっと腕を触ってみたいんだけど…ダメかな」
力士でしかも超人なんて、なかなか触れ合える機会はない。少し勇気を出してお願いしてみた。
「あぁ、もちろん構わないぜ。ほら」
そう言ってわざわざ腕まくりまでして差し出してくれた。
(服の上からで良かったんだけど…)
「あ、ありがとう…」
緊張しながらもその逞しい腕に触れようとした時だった。
「そうそうリキオ君!昔この子が大きくなったらリキオ君と結婚するって言ってたの覚えてる?」
「ちょ!?お母さん!!」
慌てて廊下の向こうに叫ぶ。少しすると大きな紙袋を持って母親がやってきた。
「はい蜜柑!よかったらこの子も一緒に貰ってくれてもいいんだよ?全然浮いた話がないんだから」
「やめてってば!恥ずかしい!」
人の気も知らないでなんて勝手な事を言う親なのだと頭にくるが、人前なのでそこまで強く怒る事ができない。消化されない苛立ちを必死になって落ち着かせていると、彼が大きな声で笑いだした。
「な、何よ!」
私は馬鹿にしているのかと彼を睨みつけた。
「いやいや、良かったと思ってねぇ」
「はぁ!?」
「本当に貰っていいなら、遠慮なく頂いていくぜ?なんせ小さい頃からの約束だからなぁ」
「えっ」
「今日はそれを確認しに来たんだ。聞きにくいからどうしたもんかと悩んでたんだが、そっちから教えてくれて助かった」
彼は持っていた写真を私に持たせると、母から蜜柑が大量に入った袋を受け取った。
「〇〇の気持ちが変わったなら仕方ないが、俺の方は変わってねぇ。また来るからそん時にでも教えてくれよ」
そう言って、ぽんと私の腕を軽く叩いた。
「えっ、ちょっと待っ…」
「じゃあな」
彼はそのまま出ていき、処理しきれない気持ちと大量のお土産が置かれたまま年末を迎える事になってしまったのだった。
