キン肉マン

多くの人や車が、雪が残る道を行き交っている。俺は長い休みを利用して故郷へと戻り、ある場所へと一目散に向かう。
「ただいま!」
「お帰りウォーズマン」
久しぶりに戻った彼女が待つ家。エプロン姿の彼女がキッチンから顔を覗かせた。
「日本と比べてこっちは寒いでしょう」
「大丈夫だよ。俺は機械だからそこまで寒さは感じない」
「嘘、顔がこんなに冷えてる」
彼女が俺の頬に手を当てる。外気の寒さはあまり感じないが、彼女の手の温かさはよくわかる。
「お風呂、先に入るでしょう?準備してるからお先にどうぞ」
「ありがとう、助かるよ」
惜しみながらも彼女の手から離れ、風呂場へと向かい長旅の汗を流す。
「あった」
風呂からあがり取り出したのは一枚のセーター。シックな色で編まれたそれは彼女の手作りで、自分のお気に入りの一つ。本当は外で着たいのだが彼女が『気に入ってくれたのは嬉しいけど、外で着るのはちょっと…』と許してくれないので、こうして家着にしているのだ。
「なぜだ。別に変じゃないし、網目も綺麗だ…彼女はなんで外で着るのを許してくれないんだろう…」
鏡に映るセーターを着た自分を眺めながら、彼女から許可が降りない理由を考える。
「ウォーズマン何してるの?」
なかなか出てこない自分が心配になって、彼女が脱衣所を覗いた。
「どうしたの?セーター破れてた?」
「いや、君がなぜこれを外で着てはいけないと言うのか不思議に思って」
「素人の手作りよ?本物と比べたら違いがよくわかるわ」
「そうなのか?俺にはわからない」
「わかる人にはわかるの。あなたは有名人なんだから、ちゃんとしたものを着ないとダメよ。ほら、早く来て。せっかくのシチューが冷めちゃうわ」
納得いかないが、彼女の料理を冷ましてはいけないと後をついて行く事にした。

久しぶりの彼女の料理を美味しくいただいていると、いつもくつろいでいるソファーの上に新しい毛糸玉があるのを見つけた。
「また何か編むのかい?」
「えぇ、何かリクエストはある?」
「それならマフラーが欲しい」
「マフラー?あなたにもう5本は作ったわよ?もしかして失くしたの?」
「いや、ちゃんとしまってある。次に日本へ行く時のために欲しいんだ」
「でもそんなにたくさんマフラーはいらないでしょう。手袋は?」
「手袋はダメだ。もしもの時に破ってしまう可能性が高い。セーターはダメなのかい?」
「ダメ。あなた外へ来て行くつもりね。あまり目立つものは作らないの」
頑なに嫌がる彼女に困り果ててしまう。どうしたら遠く離れた場所でも彼女の存在を感じられるような物を作ってもらえるのか、必死に頭を悩ませる。
「…あ!ハラマキ、ハラマキを作って欲しい!」
「…ハラマキ?」
「キン肉マンが言っていた。日本ではお腹を冷やさないように、毛糸で作ったベルトのような物をつけるらしい」
俺は立ち上がり自分のお腹の前に手を出して横に広げるようなジェスチャーをした。彼女はそれを熱心に見つめ、ふむふむと頷く。
「これは服の下に着るから外には見えない。ハラマキ、ハラマキがいい」
「そこまで言うなら、ハラマキっていうの作ってみようかな」
「…!ありがとう!」
「で、いつまでこっちに居られるの?」
「……一週間」
忙しい身であり、仕事の休みもまとめてではないとこちらに帰っては来れない。
「そう…なら早めに取り掛からないと」
「無理して間に合わせようとしなくていい。せっかくこっちへ帰ってきたんだ、色んな所へ二人で行こう」
「そうね、私行きたい所があったの。付き合ってもらってもいいかしら?」
「もちろんさ!」
本当は一緒に連れて行けたらと思うが、彼女にも生活がある。いきなり知らない土地へ行くのは不安だろうと思い、いつも言えずに故郷へ残して旅立つのだ。別れる時の彼女の顔を見るのは辛いものがある。
しかしあっという間に一週間が過ぎ、彼女と別れる時間が迫る。この一週間は彼女の行きたい場所へ行き、彼女のしたい事をした。とても楽しんでくれていたし、自分も楽しむ事ができいい休暇だった。
「本当にここでいいの?空港まで見送るわよ?」
「いいんだ。午後から雪が酷くなるらしい。もし君に何かあったら嫌だから、見送りはここで構わない」
「心配性ね。何年ここで生活してると思ってるの」
「それでもさ、何があるかわからないからね…じゃあ…行ってくるよ」
玄関の扉に手をかける。まるで鉄の扉のように重く感じた。
「あ、待って。あなたに言われていたハラマキ。これが正解なのか分からないけど」
手渡された物を見つめると、荷物を置いて彼女を優しく抱きしめた。冷たく硬い身体で人の身体のようにいい抱き心地ではないだろうが、彼女は精一杯抱きしめ返してくれる。
「気をつけてね、ウォーズマン」
「ありがとう。必ずまた帰ってくるよ」
最後に少しだけ腕に力を込めて離れる。彼女は笑っていたが、その表情はどこか悲しそうだった。後ろ髪を引かれながらも、俺は彼女を残して故郷を旅立ち日本へと戻ったのだった。

ある日、キン肉マン達とトレーニングをしている時だった。
「なんじゃいウォーズマン。このくそ暑い中、腹巻きなんぞしおってからに」
「ん?」
キン肉マンが俺の腹部を見て、呆れ顔をしている。暑さや寒さの感覚が曖昧な自分には、このハラマキというのがどの時期に適切なのか分からず常に身に着けていた。
「ダメなのか」
「別にダメとは言わんが、見てるこっちが暑苦しいわい。しかも毛糸で…もしかして、誰かの手作りとか言うんじゃないだろうなぁ〜」
「故郷に残してきた彼女の手作りだ」
「かーっ!自慢しやがってこんにゃろぉ〜!」
「止めろキン肉マン!引っ張るな、伸びるだろ!」
キン肉マンが俺の腹巻きを引っ張るので、軽く投げ飛ばした。
「いでっ!何もそこまでせんでもええじゃないの…」
「これは一つしかないんだ。破ったりしたら彼女が悲しむ」
「ベタ惚れじゃないのウォーズマン。にしても内側に模様があるが、裏返しに着とるんじゃないか?」
「模様?」
キン肉マンに言われ内側をめくると、確かに何か小さく刺繍が施されている。彼女に渡されたまま着ていたので、内面には気づかなかった。脱いで裏返し、刺繍をよく見てみる。
「何が書いてあったんだウォーズマン?…あ!おいウォーズマンどこ行くんじゃい!?」
「先に始めててくれ!俺は少し遅くなる!」
俺は慌てて走り出し外へと出ると、彼女に電話をかけた。まだあちらは朝方だろうが、早起きの彼女なら起きているだろう。
「…もしもし?」
「〇〇、俺だ」
「どうしたの?何かあった?」
突然の電話に良くない事があったのかと、不安そうな声が電話の向こうから聞こえる。
「…〇〇。俺と一緒に来ないか?」
「え?」
「ずっと言えなかったんだ。慣れない環境に君を連れて行くのが不安だったから。でも、俺が必ず君を支えるよ。だから一緒に来て欲しい」
長い沈黙が続く。彼女は今何を思っているのか俺は答えを待つしかない。
「…うん、わかった!準備して待ってるね」
「…!ありがとう!俺も君を迎える準備をしておくから、心配しないで待っててくれ」
俺は次の長期休暇を利用して彼女を日本へ連れ、新しい生活を始めるための準備をしようと心に決めたのだった。



一方、残されたキン肉マンはウォーズマンの腹巻きの文字を必死に解読しようとしていた。
「ウォーズマン、急に走ってどこ行くの。もしかして腹巻きに何か大事な事でも書いてあったんだろうか…しかし、まったく読めん!」
「王子、ウォーズマンさんはどうしたんですか?」
「おぉミート。ウォーズマンがこの腹巻きに書いてある字を見てどこかへ行ってしまったんだ。わかるか?」
キン肉マンはミートに腹巻きを手渡す。
「これはロシア語ですね。えっと…『離れていてもあなたの無事を祈っている』という意味だと思います」
「なるほど…愛されてるの〜ウォーズマン」
キン肉マンはウォーズマンが走り去った方向を羨ましそうに見つめたのであった。
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