キン肉マン
気分転換に泳ぎに行った。綺麗な水の中、誰にも邪魔されず悠々と水中遊泳を楽しんだ。問題はその後だ。少し休憩をと地上へと顔を出したのがよくなかった。
「アトランティスさん!一生で一度のお願いです!私と水中デートしてくれませんか!?」
水面から上がり息をついたその数秒後、酸素ボンベを背負ったダイバースーツの女が目の前に現れそう言った。
「…馬鹿かお前。する訳ねぇだろ」
俺は普通の人間なら泣いて逃げるほどの威圧感を漂わせそう言い放った。
「そこをなんとか!お願いします!ファンなんです!」
相手が悪かった、この女普通ではない。そもそも酸素ボンベを背負ってる時点でおかしいと思うべきだった。
(なんなんだよ!ポールのガキといい、この女といい…俺は悪魔超人だって言ってんだろ!)
最大限威嚇するが全く響いておらず、目の前の女はぺこぺこと何度も頭を下げて懇願している。
「仕事を一ヶ月休んでここで待ってました!お願いします!」
「馬鹿じゃねぇのかお前!じゃあ一ヶ月近くここにいたってことかよ!」
「はい!テント張って待ってました!」
普通どころか、超がつくほどの大馬鹿だった。
「ここの水は他の場所に比べて綺麗ですし、波も比較的穏やかで、アトランティスさんが泳ぎに来るのではと思って待機していました!」
「やべぇストーカーじゃねぇか…」
「出待ちというか、水揚げ待ちです!」
「俺は網にかかった魚じゃねぇぞ!」
思わずツッコミを入れてしまい、彼女が嬉しそうに笑った。段々と相手のペースに飲み込まれている。
「俺と泳いで何が楽しいんだよ、そもそも俺の泳ぐスピードについてこれねぇだろうが!」
「そうですけど…」
「けっ!ついて来れるもんなら来てみやがれ!そしたら相手してやるよ!」
「あっ!アトランティスさん!」
そう叫ぶと、水の中に飛び込んだ。
「へっ!来れるもんなら来てみろってんだ」
水中で彼女がいた方を振り返る。所詮口だけで追って来るなどしないだろう。そう思っていた。
「げっ!?」
ドボンと音がしたと思えば、大量の水泡と共に彼女が水の中に落ちてきた。
「あの女…マジで来やがった…」
呆然として見ていれば、下手くそな泳ぎ方でこちらへと近づいてくる。見ていて危なっかしい姿に不安になってきた。
「あの女、ろくに泳げねぇくせにあんな事言ってきたのかよ」
もう好きにすればいいと、背を向け泳ぎ出す。あの泳ぎでこのスピードにはついて来れまい。少し離れもう一度振り返れば、さっきの位置からほとんど動いていない彼女を見て笑った。
「全然ダメじゃねぇか!帰れ帰れ!そんな泳ぎ方じゃ沈むのが目に見えてるぜ!」
早く諦めろと酷い言葉を浴びせるが、聞おえていないのか泳ぐのに必死なのか引く事なくこちらへと向かってくる。
「マジで馬鹿なのかよ…」
ふよふよと水の流れに助けてもらいながら、やっと俺の所へ辿り着いた時には息も絶え絶えだった。
「…馬鹿だなお前、死ぬぞ」
これで最後だと言い放つが、何も気にしていないかのようにこちらを見て嬉しそうに笑った。
「…ちっ!しつこいなお前!いいか、少しだけ付き合ってやる!終わったらとっとと帰れ!」
結局根負けし、ほんの少しだけ付き合う事にした。このまま放っておけば水死しかねないと俺が思っているのに、彼女はぶくぶくと泡を出しながら呑気に水中で手を叩いて喜んでいた。
(こっちの気も知らねぇで、楽しそうにしやがって!)
少しだけ泳ぐスピードを下げ、後ろを気にしつつ水中を動き回る。ただ一面の青色、時々魚が泳いでいるくらい。ただ俺の後ろをついてくるだけの何が楽しいのかわからなかった。
(それにしても遅っせぇな…)
スピードを落としても、気づけば遠く離れた場所にいる彼女を見て舌打ちをした。
「こんなんじゃいつまで経っても帰れやしねぇ…おい!そこで待ってろ!」
俺はもがいているようにしか見えない彼女にそう伝えると、さらに深くへと潜る。水が綺麗な場所と言えど、水底には人間共が捨てたゴミなどが沈んでいる。俺はそこからちょうど良さそうなロープを見つけると、それを引きちぎった。それを持ち彼女の元へと行くとそのロープを彼女の腕にくくりつけ、反対側を自分が持つ。
「お前が遅いからこれで引いてやる」
まるで犬の散歩のようだが、俺の手では彼女を傷つけてしまう。
(いや、何で俺が怪我の心配をしねぇといけねぇんだよ!!それもこれも、俺が悪魔超人だってのにビビらねぇこいつが悪いんだ!)
そう自分を納得させ泳ぎを再開する。そして彼女の酸素ボンベの中身が尽きそうになるまで、彼女の言う水中デートに付き合わされた。
「ありがとうございました!一生の思い出にします!」
「大袈裟だろ。もう俺に構うなよ」
「いや、こらからも応援しますよ?」
「てめぇ…」
ぎろりと睨むが相手には全く効果がない。
「アトランティスさんのおかげで知りたい事も知れましたし、ファンサービスも受けれて最高ですよ!」
「知りたい事だとぉ?」
「はい!私、環境問題の研究をしてまして。その中でも水質汚染に関する研究をですね…」
(なんだそういう事か…)
こいつはファンではなく、ただ俺を利用しただけだったのだと思った。若干物寂しさを感じたが、それは上手く利用されたという苛立ちに置き換えた。
「…けっ!そーかよ、じゃあ用は済んだな。俺は帰…」
「待ってください!記念にこの酸素ボンベにサインを!日付と〇〇へって書いて下さい!」
「…お前」
前言撤回。マジで変なファンなのかもしれない。押し付けるように渡されたペンと酸素ボンベをうんざりとした顔で見つめた。
「…これで気が済んだかよ」
仕方なく書いたサインを見せれば嬉しそうに笑った。
「いいですね!潜水用のボンベを買い足さないと!これは家に飾ります!」
「…そーかよ」
結局喜ばせてしまったと、そうしてしまった自分にうんざりした。
「ったく…何が水質汚染の研究だ。そんなのお前一人気をつけた所で何も変りゃしねぇだろ。無駄だ無駄。やめちまえ」
「そうはいきませんよ!確かに効率は悪いですが、世の中には賛同してくれる方もいます。それに私にはやらなければならない理由がありますから!」
サインが消えないようにと丁寧に酸素ボンベを梱包している彼女が鼻息荒めで答えた。
「あ?なんだよ理由って」
「アトランティスさんは汚い水より綺麗な水の方が泳ぐの楽しいでしょう?」
「そりゃ当たり前だろ。汚ねぇ水の中に入るか」
「それですよ!」
「あぁ?」
科学者や研究者ってのはどうもこの回りくどい言い方が好きらしい。なかなか結論に辿りつかず、苛立ちを覚えた。
「だから、お前の言う理由ってなんなんだよ!」
「私はあなたに綺麗な場所で泳いでもらいたい」
突然、真面目な顔をしてこちらを見たので怯んでしまう。しかしすぐさま元の顔に戻り、ベラベラと喋り始めた。
「やっぱり好きな人にはいい環境で過ごしてほしいと思うじゃないですか!そこで私ができる事と言えば、水質調査!環境改善!そう!いい水場を作る事!」
興奮気味に語る彼女に思わずたじろぐ。
「綺麗な場所にはあなたが現れる!」
「俺は日本で言う蛍ってやつかよ」
「いい例えです!」
変な人間に好かれたものだと大きくため息をついた。
「もういい好きにしろ」
「はい!好きにします!」
もう一度ため息をついて水の中に入り、顔だけ覗かせる。
「お前みたいなノロマとは二度と泳がねぇ」
「もっと練習しますね!」
「一生に一度ってお前言っただろ!」
誤魔化すように笑う彼女に水をかけてやるが、それでも嬉しそうにしているのがさらに腹立たしい。
「ありがとうございます!本当に色々知る事ができました!綺麗だと言われていたこの場所ですが、やはりゴミはある事を確認できましたし」
そう言って彼女は自分に繋がれていたロープを見た。
「あとアトランティスさんが優しいという事も再確認しました!」
「…はぁ!?何言ってんだてめぇ!」
何を寝ぼけた事を言っているのだと水際に座る彼女に詰め寄った。
「ふふ、全てこのロープが物語っているんですよ」
「あぁ?」
突然推理ドラマのように語り始め、嫌な予感がした。
「私を牽引したこのロープ。なぜわざわざ探してまで、このロープを使ったのか…早く帰りたいのなら、私の腕を掴むなりどこかを掴めば早い話。ですが、あなたはそれをしなかった!」
びしりと指をさされ思わず固まる。ここで帰っていれば良かったのに、ほんの少しの好奇心がそれを邪魔した。
「そう、あなたは怪我をさせないためにこのロープを使った。その爪や肌で私に傷をつけないために!」
「そ、そんな訳ねぇだろ!お前に触りたくなかったからだ!」
図星を突かれ慌てて言い返したが、逆効果だったような気がする。
「いえ、そんな事はありません!親戚に聞きました!」
「あぁ?親戚だぁ?」
今まで触れ合った人間なんて、たった一人しかいない。そう、たった一人。
「…まさかテメェ!」
「はい!あなたのファン第一号とも言えるでしょう、ポール君の親戚でございます!」
「げえぇぇっ!?まじかよ!」
なんとなく嫌な予感はしていたが、まさか親戚だとは。確かに、このこだわりが強そうな感じは似ていると思っていた。
「私があなたのファンになったのも彼のおかげです」
「余計な事しやがって!あいつにも言ったが、俺は悪魔超人なんだぞ!」
「はいご存知ですが?」
当たり前ですという風な物言いにたじろぐも、ここで引いてはならない。
「普通応援するなら正義超人の方だろ!」
「でも私はあなたが好きなので」
「…っ!なんでだよ!」
「なんでですかね、わかりません」
そう言って笑う彼女に何も言い返す言葉が見つからない。
「と、とにかくやめろ!わかったな!」
そう叫んで水の中へと逃げた。俺の完全な敗北である。悔しい事に、真っ直ぐすぎる好意から逃れる術など持ち合わせていない。
「けっ!何が好きな人には綺麗な場所で泳いでほしいだ…」
冷静になって辺りを見渡せば一面青色の景色。もし誰の持ち物でもないこの場所を好き勝手する奴が現れたら、この景色はたちまち濁りだすだろう。
「…ちっ!」
俺は来た道を戻り、水面から顔を出す。
「おい!この変態研究者!」
「アトランティスさん…?はい!なんでしょう!」
「少しは否定しろよ!」
まだ水辺の近くにいた彼女は、俺に気づくとすぐに近寄ってきた。睨みも悪口も効果のない彼女に舌を巻く。
「これから俺が言う場所を覚えろ!この前行ったがひでぇ場所だ。お前が本気で改善したいってんなら、まずそこをやってみろ」
「アトランティスさん…もしかして協力していただけるんですか!?」
「あ!?違ぇよ!俺が汚ねぇ場所で泳ぎたくないだけだ!」
「まさかあなたから直接指示をいただけるとは!」
「話聞けよ!」
興奮気味の彼女の顔面に水を吹きかけてやると、少し落ち着いたのか雫を垂らしながらメモを持ってきた。
「いいか、期間はひと月。それまでにできるだけ綺麗にしてみろ、俺が確認しに行ってやる」
「ありがたいです!自分が調査に行こうとすれば準備が必要ですし限界がありますので」
「あの泳ぎじゃ、どっちにしろ無理だろ」
「練習しますね」
「余計なことすんな。お前は水を綺麗にする事だけ考えてりゃいいんだよ」
「わかりました」
「じゃあひと月後だ。言ったからにはしっかりやれよ」
「はい必ず。きっとあなたを驚かせてみせます!」
「…」
俺は何も言わずに水の中へと潜った。
「これは別にあの女に絆された訳じゃない。利害の一致だ。俺のためにあの女を利用するだけ…」
そうぶつぶつと言いながら帰路につく。
「どうせひと月でなんて無理だ。できなかったら、ポール共々俺に関わらねぇようにしてやる」
言っても聞かないのなら、約束を作ればいい。それで解決する。そう考え直して、ひと月後を楽しみにする事にした。
そしてひと月後。指定した場所へと行く。
「…おい、嘘だろ」
汚れていた水辺はすっかり綺麗に整備されており、水の色も濁りが消え浅い場所では底が見えるほどになっている。
「あいつ、マジでやりやがった…」
「あ、アトランティス!」
「アトランティスさん!」
名前を呼ぶ声が聞こえ、振り返れば彼女と一緒にポールまでいる。
「げっ!なんでポールまでいるんだよ!」
「親戚だと言ったじゃないですか」
「それは聞いたが、なんでここにいるのかって聞いてんだよ!」
「私が呼びました。会いたいだろうと思って」
余計な事をしやがってと思っていれば、ポールが大きな物をふらつきながら持ち近寄ってきた。
「アトランティス、僕の酸素ボンベにもサインして!」
「お前もかよ!」
倒れそうになったのを支えるため手を出した瞬間『しまった』と思ったが遅い。ペンを差し出され期待のこもった目で見つめられたら引くに引けなくなってしまった。仕方なく書き、自分の行動にがっくりと肩を落とした。
「俺は悪魔超人…俺は悪魔超人…」
「姉さんやったよ!僕も貰えた!」
「良かったですね。ポール用の新しい酸素ボンベを買い足しましょう!」
呑気な二人は凹んでいる俺に気にせず、嬉しそうにしていた。
「揃いも揃ってなんなんだよこいつら…」
「アトランティスさん!」
俺ってクセの強いファンがつきやすいのか?と考えていると、大きな声で名前を呼ばれ驚いて顔を上げた。目の前には嬉しそうな顔をした彼女。
「どうでしょうか?できるだけやってみたのですが…あなたの評価をお聞かせ下さい」
「…けっ、今来たばっかりなんだぞ。んなもんわかるか」
「そうでした」
「今から見てくる」
ざぶりと水の中に入り、大きくため息をついた。
「おい」
「はい?」
「…どーせどんな景色だったとか、何が見えたとか逐一聞いてくるんだろ。答えるのがめんどくせぇ。この前みたいに引っ張ってやるから潜る準備しろ」
そう言えば、ぱあっと顔を明るくしてすぐさま立ち上がった。
「わかりました!すぐ準備を!」
「おい、ポールも来るなら準備しやがれ」
「いいの?やったぁ!」
二人して潜水の準備をするために走り去っていく姿を見て、地面に頬杖をつきため息を吐いた。
「めんどくせぇ奴らに好かれた…」
嫌われる方法ならいくらでもある。しかしそれをするのはほんの少しだけ抵抗があった。だから自身の立場を保つために、それは面倒だからと思う事にした。
「アイツら二人くらいなら…まぁ、いいだろ」
バタバタと近づいてくる足音に耳に入り、本日何度目かのため息を吐くと苦笑いを浮かべた。
「アトランティスさん!一生で一度のお願いです!私と水中デートしてくれませんか!?」
水面から上がり息をついたその数秒後、酸素ボンベを背負ったダイバースーツの女が目の前に現れそう言った。
「…馬鹿かお前。する訳ねぇだろ」
俺は普通の人間なら泣いて逃げるほどの威圧感を漂わせそう言い放った。
「そこをなんとか!お願いします!ファンなんです!」
相手が悪かった、この女普通ではない。そもそも酸素ボンベを背負ってる時点でおかしいと思うべきだった。
(なんなんだよ!ポールのガキといい、この女といい…俺は悪魔超人だって言ってんだろ!)
最大限威嚇するが全く響いておらず、目の前の女はぺこぺこと何度も頭を下げて懇願している。
「仕事を一ヶ月休んでここで待ってました!お願いします!」
「馬鹿じゃねぇのかお前!じゃあ一ヶ月近くここにいたってことかよ!」
「はい!テント張って待ってました!」
普通どころか、超がつくほどの大馬鹿だった。
「ここの水は他の場所に比べて綺麗ですし、波も比較的穏やかで、アトランティスさんが泳ぎに来るのではと思って待機していました!」
「やべぇストーカーじゃねぇか…」
「出待ちというか、水揚げ待ちです!」
「俺は網にかかった魚じゃねぇぞ!」
思わずツッコミを入れてしまい、彼女が嬉しそうに笑った。段々と相手のペースに飲み込まれている。
「俺と泳いで何が楽しいんだよ、そもそも俺の泳ぐスピードについてこれねぇだろうが!」
「そうですけど…」
「けっ!ついて来れるもんなら来てみやがれ!そしたら相手してやるよ!」
「あっ!アトランティスさん!」
そう叫ぶと、水の中に飛び込んだ。
「へっ!来れるもんなら来てみろってんだ」
水中で彼女がいた方を振り返る。所詮口だけで追って来るなどしないだろう。そう思っていた。
「げっ!?」
ドボンと音がしたと思えば、大量の水泡と共に彼女が水の中に落ちてきた。
「あの女…マジで来やがった…」
呆然として見ていれば、下手くそな泳ぎ方でこちらへと近づいてくる。見ていて危なっかしい姿に不安になってきた。
「あの女、ろくに泳げねぇくせにあんな事言ってきたのかよ」
もう好きにすればいいと、背を向け泳ぎ出す。あの泳ぎでこのスピードにはついて来れまい。少し離れもう一度振り返れば、さっきの位置からほとんど動いていない彼女を見て笑った。
「全然ダメじゃねぇか!帰れ帰れ!そんな泳ぎ方じゃ沈むのが目に見えてるぜ!」
早く諦めろと酷い言葉を浴びせるが、聞おえていないのか泳ぐのに必死なのか引く事なくこちらへと向かってくる。
「マジで馬鹿なのかよ…」
ふよふよと水の流れに助けてもらいながら、やっと俺の所へ辿り着いた時には息も絶え絶えだった。
「…馬鹿だなお前、死ぬぞ」
これで最後だと言い放つが、何も気にしていないかのようにこちらを見て嬉しそうに笑った。
「…ちっ!しつこいなお前!いいか、少しだけ付き合ってやる!終わったらとっとと帰れ!」
結局根負けし、ほんの少しだけ付き合う事にした。このまま放っておけば水死しかねないと俺が思っているのに、彼女はぶくぶくと泡を出しながら呑気に水中で手を叩いて喜んでいた。
(こっちの気も知らねぇで、楽しそうにしやがって!)
少しだけ泳ぐスピードを下げ、後ろを気にしつつ水中を動き回る。ただ一面の青色、時々魚が泳いでいるくらい。ただ俺の後ろをついてくるだけの何が楽しいのかわからなかった。
(それにしても遅っせぇな…)
スピードを落としても、気づけば遠く離れた場所にいる彼女を見て舌打ちをした。
「こんなんじゃいつまで経っても帰れやしねぇ…おい!そこで待ってろ!」
俺はもがいているようにしか見えない彼女にそう伝えると、さらに深くへと潜る。水が綺麗な場所と言えど、水底には人間共が捨てたゴミなどが沈んでいる。俺はそこからちょうど良さそうなロープを見つけると、それを引きちぎった。それを持ち彼女の元へと行くとそのロープを彼女の腕にくくりつけ、反対側を自分が持つ。
「お前が遅いからこれで引いてやる」
まるで犬の散歩のようだが、俺の手では彼女を傷つけてしまう。
(いや、何で俺が怪我の心配をしねぇといけねぇんだよ!!それもこれも、俺が悪魔超人だってのにビビらねぇこいつが悪いんだ!)
そう自分を納得させ泳ぎを再開する。そして彼女の酸素ボンベの中身が尽きそうになるまで、彼女の言う水中デートに付き合わされた。
「ありがとうございました!一生の思い出にします!」
「大袈裟だろ。もう俺に構うなよ」
「いや、こらからも応援しますよ?」
「てめぇ…」
ぎろりと睨むが相手には全く効果がない。
「アトランティスさんのおかげで知りたい事も知れましたし、ファンサービスも受けれて最高ですよ!」
「知りたい事だとぉ?」
「はい!私、環境問題の研究をしてまして。その中でも水質汚染に関する研究をですね…」
(なんだそういう事か…)
こいつはファンではなく、ただ俺を利用しただけだったのだと思った。若干物寂しさを感じたが、それは上手く利用されたという苛立ちに置き換えた。
「…けっ!そーかよ、じゃあ用は済んだな。俺は帰…」
「待ってください!記念にこの酸素ボンベにサインを!日付と〇〇へって書いて下さい!」
「…お前」
前言撤回。マジで変なファンなのかもしれない。押し付けるように渡されたペンと酸素ボンベをうんざりとした顔で見つめた。
「…これで気が済んだかよ」
仕方なく書いたサインを見せれば嬉しそうに笑った。
「いいですね!潜水用のボンベを買い足さないと!これは家に飾ります!」
「…そーかよ」
結局喜ばせてしまったと、そうしてしまった自分にうんざりした。
「ったく…何が水質汚染の研究だ。そんなのお前一人気をつけた所で何も変りゃしねぇだろ。無駄だ無駄。やめちまえ」
「そうはいきませんよ!確かに効率は悪いですが、世の中には賛同してくれる方もいます。それに私にはやらなければならない理由がありますから!」
サインが消えないようにと丁寧に酸素ボンベを梱包している彼女が鼻息荒めで答えた。
「あ?なんだよ理由って」
「アトランティスさんは汚い水より綺麗な水の方が泳ぐの楽しいでしょう?」
「そりゃ当たり前だろ。汚ねぇ水の中に入るか」
「それですよ!」
「あぁ?」
科学者や研究者ってのはどうもこの回りくどい言い方が好きらしい。なかなか結論に辿りつかず、苛立ちを覚えた。
「だから、お前の言う理由ってなんなんだよ!」
「私はあなたに綺麗な場所で泳いでもらいたい」
突然、真面目な顔をしてこちらを見たので怯んでしまう。しかしすぐさま元の顔に戻り、ベラベラと喋り始めた。
「やっぱり好きな人にはいい環境で過ごしてほしいと思うじゃないですか!そこで私ができる事と言えば、水質調査!環境改善!そう!いい水場を作る事!」
興奮気味に語る彼女に思わずたじろぐ。
「綺麗な場所にはあなたが現れる!」
「俺は日本で言う蛍ってやつかよ」
「いい例えです!」
変な人間に好かれたものだと大きくため息をついた。
「もういい好きにしろ」
「はい!好きにします!」
もう一度ため息をついて水の中に入り、顔だけ覗かせる。
「お前みたいなノロマとは二度と泳がねぇ」
「もっと練習しますね!」
「一生に一度ってお前言っただろ!」
誤魔化すように笑う彼女に水をかけてやるが、それでも嬉しそうにしているのがさらに腹立たしい。
「ありがとうございます!本当に色々知る事ができました!綺麗だと言われていたこの場所ですが、やはりゴミはある事を確認できましたし」
そう言って彼女は自分に繋がれていたロープを見た。
「あとアトランティスさんが優しいという事も再確認しました!」
「…はぁ!?何言ってんだてめぇ!」
何を寝ぼけた事を言っているのだと水際に座る彼女に詰め寄った。
「ふふ、全てこのロープが物語っているんですよ」
「あぁ?」
突然推理ドラマのように語り始め、嫌な予感がした。
「私を牽引したこのロープ。なぜわざわざ探してまで、このロープを使ったのか…早く帰りたいのなら、私の腕を掴むなりどこかを掴めば早い話。ですが、あなたはそれをしなかった!」
びしりと指をさされ思わず固まる。ここで帰っていれば良かったのに、ほんの少しの好奇心がそれを邪魔した。
「そう、あなたは怪我をさせないためにこのロープを使った。その爪や肌で私に傷をつけないために!」
「そ、そんな訳ねぇだろ!お前に触りたくなかったからだ!」
図星を突かれ慌てて言い返したが、逆効果だったような気がする。
「いえ、そんな事はありません!親戚に聞きました!」
「あぁ?親戚だぁ?」
今まで触れ合った人間なんて、たった一人しかいない。そう、たった一人。
「…まさかテメェ!」
「はい!あなたのファン第一号とも言えるでしょう、ポール君の親戚でございます!」
「げえぇぇっ!?まじかよ!」
なんとなく嫌な予感はしていたが、まさか親戚だとは。確かに、このこだわりが強そうな感じは似ていると思っていた。
「私があなたのファンになったのも彼のおかげです」
「余計な事しやがって!あいつにも言ったが、俺は悪魔超人なんだぞ!」
「はいご存知ですが?」
当たり前ですという風な物言いにたじろぐも、ここで引いてはならない。
「普通応援するなら正義超人の方だろ!」
「でも私はあなたが好きなので」
「…っ!なんでだよ!」
「なんでですかね、わかりません」
そう言って笑う彼女に何も言い返す言葉が見つからない。
「と、とにかくやめろ!わかったな!」
そう叫んで水の中へと逃げた。俺の完全な敗北である。悔しい事に、真っ直ぐすぎる好意から逃れる術など持ち合わせていない。
「けっ!何が好きな人には綺麗な場所で泳いでほしいだ…」
冷静になって辺りを見渡せば一面青色の景色。もし誰の持ち物でもないこの場所を好き勝手する奴が現れたら、この景色はたちまち濁りだすだろう。
「…ちっ!」
俺は来た道を戻り、水面から顔を出す。
「おい!この変態研究者!」
「アトランティスさん…?はい!なんでしょう!」
「少しは否定しろよ!」
まだ水辺の近くにいた彼女は、俺に気づくとすぐに近寄ってきた。睨みも悪口も効果のない彼女に舌を巻く。
「これから俺が言う場所を覚えろ!この前行ったがひでぇ場所だ。お前が本気で改善したいってんなら、まずそこをやってみろ」
「アトランティスさん…もしかして協力していただけるんですか!?」
「あ!?違ぇよ!俺が汚ねぇ場所で泳ぎたくないだけだ!」
「まさかあなたから直接指示をいただけるとは!」
「話聞けよ!」
興奮気味の彼女の顔面に水を吹きかけてやると、少し落ち着いたのか雫を垂らしながらメモを持ってきた。
「いいか、期間はひと月。それまでにできるだけ綺麗にしてみろ、俺が確認しに行ってやる」
「ありがたいです!自分が調査に行こうとすれば準備が必要ですし限界がありますので」
「あの泳ぎじゃ、どっちにしろ無理だろ」
「練習しますね」
「余計なことすんな。お前は水を綺麗にする事だけ考えてりゃいいんだよ」
「わかりました」
「じゃあひと月後だ。言ったからにはしっかりやれよ」
「はい必ず。きっとあなたを驚かせてみせます!」
「…」
俺は何も言わずに水の中へと潜った。
「これは別にあの女に絆された訳じゃない。利害の一致だ。俺のためにあの女を利用するだけ…」
そうぶつぶつと言いながら帰路につく。
「どうせひと月でなんて無理だ。できなかったら、ポール共々俺に関わらねぇようにしてやる」
言っても聞かないのなら、約束を作ればいい。それで解決する。そう考え直して、ひと月後を楽しみにする事にした。
そしてひと月後。指定した場所へと行く。
「…おい、嘘だろ」
汚れていた水辺はすっかり綺麗に整備されており、水の色も濁りが消え浅い場所では底が見えるほどになっている。
「あいつ、マジでやりやがった…」
「あ、アトランティス!」
「アトランティスさん!」
名前を呼ぶ声が聞こえ、振り返れば彼女と一緒にポールまでいる。
「げっ!なんでポールまでいるんだよ!」
「親戚だと言ったじゃないですか」
「それは聞いたが、なんでここにいるのかって聞いてんだよ!」
「私が呼びました。会いたいだろうと思って」
余計な事をしやがってと思っていれば、ポールが大きな物をふらつきながら持ち近寄ってきた。
「アトランティス、僕の酸素ボンベにもサインして!」
「お前もかよ!」
倒れそうになったのを支えるため手を出した瞬間『しまった』と思ったが遅い。ペンを差し出され期待のこもった目で見つめられたら引くに引けなくなってしまった。仕方なく書き、自分の行動にがっくりと肩を落とした。
「俺は悪魔超人…俺は悪魔超人…」
「姉さんやったよ!僕も貰えた!」
「良かったですね。ポール用の新しい酸素ボンベを買い足しましょう!」
呑気な二人は凹んでいる俺に気にせず、嬉しそうにしていた。
「揃いも揃ってなんなんだよこいつら…」
「アトランティスさん!」
俺ってクセの強いファンがつきやすいのか?と考えていると、大きな声で名前を呼ばれ驚いて顔を上げた。目の前には嬉しそうな顔をした彼女。
「どうでしょうか?できるだけやってみたのですが…あなたの評価をお聞かせ下さい」
「…けっ、今来たばっかりなんだぞ。んなもんわかるか」
「そうでした」
「今から見てくる」
ざぶりと水の中に入り、大きくため息をついた。
「おい」
「はい?」
「…どーせどんな景色だったとか、何が見えたとか逐一聞いてくるんだろ。答えるのがめんどくせぇ。この前みたいに引っ張ってやるから潜る準備しろ」
そう言えば、ぱあっと顔を明るくしてすぐさま立ち上がった。
「わかりました!すぐ準備を!」
「おい、ポールも来るなら準備しやがれ」
「いいの?やったぁ!」
二人して潜水の準備をするために走り去っていく姿を見て、地面に頬杖をつきため息を吐いた。
「めんどくせぇ奴らに好かれた…」
嫌われる方法ならいくらでもある。しかしそれをするのはほんの少しだけ抵抗があった。だから自身の立場を保つために、それは面倒だからと思う事にした。
「アイツら二人くらいなら…まぁ、いいだろ」
バタバタと近づいてくる足音に耳に入り、本日何度目かのため息を吐くと苦笑いを浮かべた。
