アラバスタの守護神に恋をした

「おはよう」
「チャカ様…どうしてここへ?」
朝、職場へと向かえば彼がいる。私は驚いて入口で立ち止まってしまった。
「ここなら公認されていると思ってな。周りを気にせず会えるだろう」
「ここは私達の仕事場なんだけどねぇ」
「申し訳ありません。少しの間でいいのでいさせてはくれませんか?」
「まぁ手を貸すって言ったから、今更ダメとは言いにくいね。仕事の邪魔にならない程度ならいいよ」
「ありがとうございます。なんなら私にできる事があれば手を貸しますので言ってください」
「できるって言っても、荷物運びくらいかね」
「喜んでやらせていただきます」
テラコッタ様とチャカ様が話しているのをおろおろと目で追っていれば、二人に笑われる。
「ほら、見てごらん。困ってるじゃないか」
「すまない、少しでも君の顔が見たかったんだ」
「惚気るんだったら追い出すよ」
「これは難しいな…」
テラコッタ様は笑って朝食の支度を始める。私もそれを見て準備をしようとするが、チャカ様の事も気になり動けずにいた。
「おれの事は気にせず仕事をしてくれて構わない。おれが仕事の時間になるまで、ここで見ているだけだ」
「は、はい…」
そう言われて自分の仕事に移る。見られていると思うと緊張したが、忙しくなるにつれ気にしている余裕もなくなった。ふと気がついた時には、彼の姿はなくなっていた。
それから彼は仕事の合間をぬって、ここへ足を運んでは私の仕事を見て帰っていく事を繰り返していた。宮殿内では他の人にバレてしまわないよう、他人のフリをしなければならない。そもそも彼と時間があわないため、まともに会う事すら難しいのだ。
「これって本当に恋人だって言えるのかな…」
会話をしても一言二言の雑談程度。自然消滅もあり得なくはない。
「それは失礼だよね。でも、私からは何も言えない…」
とても嬉しい事だったのに、思っていたものと違い過ぎてため息を吐く。私がもっと堂々とできれば、関係を隠す必要なんてないのに。結局、関係性が進まないのは私が足を引っ張ってしまっているからだ。
「どうしよう…」
私はもう一度、大きなため息をついた。


「こんな忙しいって言うのに、配膳係は何やってるんだろうね!」
鍋の中身を次々に味見しながら、テラコッタ様が叫んだ。今日は国王様の誕生日パーティー、とはいっても国王様なので可愛らしいものではなくそれはそれは盛大なもの。お客様はたくさん来るし、私達は朝から食事の準備で大忙しだった。問題が起こったのはパーティーが始まって一時間後、配膳を担当している人達がなかなか戻ってこない。おかげで作った料理が会場に運ばれずに困っていた。
「テラコッタ様、私運んできます!」
「助かるよ!」
自ら手を挙げ、汚れたエプロンを脱ぎ失礼のないよう身だしなみを簡単に整えると料理を運び始める。会場にたどり着き中へと入れば、たくさんの人と豪華な装飾に目眩がした。
(久しぶりにこんな賑やかな所に入ったかも…)
前は仕事で慣れていたが、しばらく離れていたので忘れてしまったらしい。だが動きは身体が覚えていて、客人達を避けながら料理を配膳していく。ちらりと配膳係の様子を伺えば、客人達と話に花を咲かせていた。
(だから戻ってこないんだ…テラコッタ様に見つかったらなんて言われるか…)
だからと言って注意すると、後から邪魔されたのだの言われそうで怖い。
(見てみぬフリする私も悪いんだけど…)
彼女達の代わりに私がやってしまえばいいと、気がついた場所を片付けて調理室へと戻る。
「お帰り、配膳係の子達は何をやってたんだい?」
「その…お客様の対応をされてて…」
間違った事は言っていない、ただしそれが仕方なくなのか自分からなのかで変わってくる。
「仕方ないね。悪いけど運ぶ方に回ってもらってもいいかい?」
「はい、もちろんです」
私は黙々と料理を持って行っては空いた皿を片付けていく作業に徹した。元いた職場の先輩達の尻拭いをする必要などないのだが、困っている人がいるなら別だと歩き回った。
「ちょっといい?」
何度目かの配膳で突然声をかけられ振り返る。すると身振りのいい男性達に囲まれていた。
「どうされました?」
「君ここで働いてる子?さっきまでいなかったけど」
「本当は調理の方でして…人が足りないとこちらへ手伝いに来ています」
「そうなんだ。丁度いい、料理担当の子なら今日のメニューについて知ってるだろうから聞きたいんだ。少し話さない?」
「すみません、仕事中ですので…会場に控えている方達なら本日のメニューについて知っておりますので、そちらの方達に尋ねられてみてください」
「でもほら、他の子達みんな相手してるでしょ。君もさ、俺達みたいなのと交流ができるといい事あるんじゃない?」
にやにやと下品な笑みを浮べて見てくる男達に、顔には出さないがかなり嫌な気分だった。時々、こういう勘違いをした客人が来る。国王様の知り合いでも、いい人ばかりではない事もあるのだと知った。
「私は結構です。仕事がありますので」
「恥ずかしがんなくてもいいって。他の子達に比べたら少し色気がないけど、相手してあげるよ」
自分に魅力がない事は承知だが、他人から言われるのは気分が悪い。そして、その上から目線はなんなのか。言いたい事は色々とあるが、客人にそんな事は言えない。我慢してそれに耐える。
「とりあえずお酒ちょうだいよ」
持っていたグラスを差し出され、入れるだけ入れて逃げてしまおうと瓶を取ろうとすれば誰かにその手を止められる。顔を上げればチャカ様が私を見てニコリと笑い、男達の方へと向き直った。
「私が注ぐ酒でよければどうぞ」
笑顔のチャカ様が、空だったグラスに赤いワインを注ぐ。目の前の男達は彼の登場に驚きながらも、それを受け取った。
「この度はわざわざ国王様のために足を運んでいただきありがとうございます」
「ど、どうも…」
「国王様もお喜びです…が、残念だ」
その声に空気が張り詰めるのを感じた。
「国王様の知り合いに私の妻の仕事を邪魔し、失礼な言葉を吐くような奴らがいるとは…」
チャカ様が腰元につけていた剣に手をかける。
「…どうする。帰り際に斬られる覚悟でこの場に残り続けるか、おれが動けないうちに帰るか」
いつも和かな表情しか見た事がなかったので、その豹変ぶりに驚き思わず後ずさる。彼の顔を目の前で見た男達は顔を真っ青にしていた。
「本当ならこの場で斬り捨ててやりたいが、国王様の手前だ。選ばせてやる」
男達は声も出す事もできず、ふらつきながら部屋を出ていった。
「…ふぅ、ダメだな。せっかくの祝いの席だというのに大人気ない、まだまだ修行が足りないようだ」
ため息をついてこちらを振り返った彼の表情は、いつも見る優しい顔だった。
「すまない、怖がらせたか…ついカッとなってしまってな。それに勝手に妻だと言ってしまって申し訳ない。口が勝手にな」
彼は照れ笑いをしながら頬をかく。私は混乱した頭でなんとか彼にお礼を言おうとした。
「いえ、あの…助かりました。ありがとうございます…」
まだ心臓が慌ただしく動いている。彼のギャップにやられたのか、助けられた事に対してなのかは定かではない。
「さ、仕事の途中なんだろう。テラコッタさんに怒られないうちに」
「はっ!そうでした、チャカ様ありがとうございます」
「あぁ」
私は一礼してその場から離れる。会場を出る前に振り返れば彼はまだこちらを見ており、目が合うと微笑み小さく手を上げてくれた。私もそれに答えて、部屋の扉を閉めた。


「みんなお疲れ様!早く帰ってゆっくり休むんだよ」
片付けがあらかた終わり、そろって調理室を出た。
「今日は大変だったね。作ったり運んだり、おまけに厄介な相手に絡まれて。ああいう奴らが入ってこないように、旦那に伝えとくよ」
「ありがとうございます。でも何もなかったので」
「あってからじゃ遅いんだよ。もしかしたらまだ近くに居座ってるかもしれないから、気をつけるんだよ」
「はい、失礼します」
私はテラコッタ様に礼をして宮殿を出る。門番さんに挨拶をして、家へと帰る道を歩く。テラコッタ様が言っていたように、街の中はいつもに比べて夜でも賑やかだった。すると目の前に一人の男性が転がって倒れ込んできた。
「だ、大丈夫ですか?」
私は慌ててその男性に近寄る。
「酔いすぎだって!宮殿で呑めなかったからって、飲み過ぎだろ!」
転んだ男性の知り合いらしい人達がゾロゾロと店から出てきた。
「うるせーお前らだってビビって逃げて呑めなかっただろうが」
転んだ男は起き上がって私を見ると、私を指差した。
「お前…!今日会場にいたメイドだろ!」
「えっ…」
そう言われてよく見れば、私に絡んできた男だった。まずいと思い逃げようとすれば、腕を掴まれてしまう。
「丁度いい。これから付き合えよ、お前のせいで追い出されてまともに飲み食いできなかったんだから」
「やめろって、護衛隊の副官の女なんだろ?見つかったら殺されるって」
「あんなの嘘嘘!そんな訳ないだろ、ただのメイドだぜ?あんだけの地位持ってんのに、こんなの選ぶか?俺達をビビらせようと言っただけだって!」
その言葉に心に刺さっていた棘がじくじくと痛みだす。やはりそう思われるのが当たり前なのだろう。
「…は、離して下さい!」
「あぁ悪い『こんなの』って言ったけど、俺達は別に気にしないからさ」
悔しいのか悲しいのかわからないモノで視界が潤み始めた瞬間、腕を掴んでいた男が宙に浮き真横に飛んでいく。
「テラコッタさんの言う通りだな。追いかけてきて正解だった」
目の前に立つ大きな黒い獣人は私を見てにこりと笑った。そして驚いて動けない私を抱き上げると、男達に向き直る。
「…お前達の匂い、覚えたからな」
そう冷たく言い放つと、飛び上り建物の上を軽快に飛び移っていく。突然の事に驚いて固まっていた思考が、今度は別の危険を感じてやっと戻ってくる。
「離して、離して下さい!」
「ん?高い場所は苦手だったか」
獣人はすんなりと止まってくれ、私を心配そうに見つめた。
「ちが…あなたは誰…」
「おっと、おれの変身した姿は見た事がなかったのか…悪い、怖がらせたな」
黒い獣人が次第に見慣れた姿へと変化していく。
「すまない、怖かったな。おれだ」
「チャカ様…?」
「あれが悪魔の実の能力だ。驚いただろう」
「…」
私は安心したせいかほろりと雫が目からこぼれ、それを見た彼がぎょっとする。
「ほ、本当にすまない!怖がらせるつもりは…いや、配慮が足りなかった。どうか泣き止んでくれ」
彼が大きな手で優しく私の目元を拭う。
「ご、ごめんなさい…一度に色々あって、チャカ様のせいじゃ…」
「ありがとう。しかし今日は大変だったな、無理にでも家まで送るべきだった…」
チャカ様が優しく抱きしめて背中をさすってくれる。そのおかげで、少しずつ落ち着いていくのがわかった。
「ごめんなさい。私のわがままでチャカ様に迷惑をかけてしまって…」
「迷惑だと思った事はない。君を守るためだ」
「でも…」
「他人の言葉に惑わされる事はない。おれにとって君はとても魅力的だ。だから心配でいつも君を見守っている…不思議だな。今までは君がおれを探していたのに、今はおれが君を探している」
彼は楽しそうに笑いながら、そう言った。
「興味のない相手に時間を割くほど暇じゃない事は知っているだろう?それが答えだ」
身体を離し見つめ合えば、彼はにこりと微笑んだ。
「さぁ、家まで送ろう。おれの能力の凄さを君に見せたい」
悪戯っぽく笑うと先ほどの姿へ変わり、私を抱き上げた。そして建物の上を軽い足取りで駆け抜けていく。ものすごいスピードだが、彼だからという安心感に恐怖は感じなかった。
「すまない、少しだけ寄り道だ」
そう言うと、高い建物を駆け上がっていく。
「見てくれ、いい景色だろう」
彼に抱きかかえられたまま周りを見渡せば、賑やかな街中が明るい光を放っていた。
「少し前までは見られなかったものだ…大変な事もあったが、取り戻す事ができて嬉しく思う」
「チャカ様…」
「だが、いつまたこれが失われるかはわからない。だからかな、この平穏な日々を一日でも無駄にしたくないと思っている」
チャカ様が人の姿へと戻り、私を見た。
「おれの元へ来てくれないか」
「チャカ様…」
「まだ早いと言われるかもしれないが、重々承知だ。だがおれは今この時を、君と共に過ごしたい」
「本当に私で…?」
「あぁ、君以外いないとも」
テラコッタ様が言っていた言葉がよみがえった。色々と不安はあるものの、私には心強い味方がいる。それにいつまでも彼に迷惑をかけられない。
「わ、私一生懸命チャカ様を支えますので、よろしくお願いします!」
「はは、ありがとう。心強いな」
抱き寄せられ、今度は自分もそれに答えるように彼へと擦り寄った。
「じゃあ、早速明日籍を入れよう。もう国王様には許可を取っているんだ。君の部屋も用意している」
「…え?」
私は話の展開に追いつけず、ぽかんとして彼を見た。
「引越しのために人も手配しよう。荷造りは女性の方がいいな。そうだ、式はいつにする?ドレスはテラコッタさんに頼んで、良いものを見繕ってもらおう。きっと君に似合うものを選んでくれるはずだ」
「ち、チャカ様。そんな急に…」
「急?そんな事はない、おれはいつでも君を迎えられるように準備をしていたからな。なんなら式もすぐにあげられるとも」
彼はそう言って笑った。仕事のできる人というのは、こうも段取りがいいのか。ご機嫌な彼を見て思う。
家の前で降ろされ、いまだ放心状態で彼を見上げた。
「では明日、君を迎えに行こう」
「え?」
「もう隠す必要はないんだ。君と共に堂々と歩けるだろう?」
「でも心の準備が…」
「なら今のうちに済ませておくといい。すまないな。今日の事でどうも我慢の限界を迎えたみたいだ」
あの男性達の事を思い出したのか、チャカ様が別の方向を見て目を細めた。
「心配する必要はない。君は堂々とおれの妻として隣を歩いてくれればいいだけだ。もし失礼な言葉をあびせる者がいたら言ってくれ。おれが処置をする」
にこにこと笑顔だが、どこか恐ろしく感じるのは何故だろうか。彼の知らなかった一面がどんどんと現れてくる。
「じゃあ、おやすみ」
そっと額に口付け、ジャッカルの姿へと変わると一瞬で目の前からいなくなってしまった。
「…私が答える暇もなくいなくなってしまった」
ぼんやりと彼が消えた方向を見つめ、彼が口付けた場所へと手をやる。初めての事に嬉しいような恥ずかしいような気持ちになる。
「…はっ!明日のために早く寝て、早起きして準備しないと!」
彼の事だから本当に準備をしているのだろう。私は家へと入ると、この部屋で過ごす最後の日を感慨に耽る暇もなく過ごしたのだった。

「おはよう。迎えに来たぞ」
早起きして自分の準備を済ませ、荷造りをしようとした所で彼がご機嫌な様子でやってきた。
「お、おはようございますチャカ様…は、早くないでしょうか」
出勤までまだ一時間ある。
「悪い、我慢できなくてな」
昨日彼のジャッカル姿を見てしまったからだろうか、後ろで尻尾が激しく揺れているように見える。
「え、えっと…まだ早いと思うので、狭いですけど部屋で待っててもらえますか?」
「君の部屋にあげてくれるのか」
「その…庶民の部屋なので、恥ずかしいのですが」
「そんな事はない、楽しみだ!」
彼は嬉しそうに部屋へ入ると、興味津々に色んなものを手に取り見始める。
(なんだろう、揺れる尻尾が見える…)
可愛らしい姿を見届け、荷物の整理を行う。
(食器とかはいらないかな…服と必要最低限のものがあれば…)
そう思い、寝室へと入れば私のベッドにチャカ様が倒れ込んでいる。
「ひゃあ!チャカ様!?大丈夫ですか!?」
「…くっ、これはいけない」
「何か悪い物が?」
「君の香りがたっぷり染み込んだベッド…新しく用意しているが、これを手放すのは勿体無い。おれが貰ってもいいだろうか?」
うっとりと顔を埋める彼に、かっと顔が熱くなる。
「だ、ダメです!起きて下さい!」
「ダメか…残念だ。これがあればすぐ眠りに着けそうなんだが、それでもダメか」
「ダメ!」
「はぁ…残念だ」
起きてほしいと言ったのに彼はベッドから離れる事なく、ごろごろと寝転んでいる。ジャッカルの生態はよく知らないが、これも悪魔の実のせいなのだろうか。私はため息をついてクローゼットを開けた。
「む!」
突然彼が起き上がり、クローゼットを覗き込む。私は嫌な予感がしてクローゼットを閉めようとしたが、彼の手によって防がれてしまう。
「ここもいい香りだ。特にこれがいいな」
彼はそう言って、着古した寝巻きを引っ張り出した。
「チャカ様!返して下さい!それは捨てるんです!」
「捨てるのならおれにくれないか。いい安眠グッズだ」
「絶対にダメ!もう、荷造りが終わらないのでこの部屋から出て下さい!」
寝巻きを取り上げ寝室から追い出す。彼がこんな性格だったなんて知らなかった。とりあえず早く終わらせてしまおうと、少し乱暴に荷物を詰めた。そして片付けを終え寝室を出れば、彼がいない。
「あれ、チャカ様?どちらへ…」
私はあっと声を上げると、風呂場へと向かう。そこでタオルに顔を埋ずめる彼を見つけた。
「チャカ様!」
「すまない…どうしても抑えられないんだ…」
そう言って謝るものの、タオルを嗅ぐのはやめない。悪魔の実というのはなんて厄介なのだろうか。
「わ、わかりました!さっきの寝巻きを渡すのでソファーに座ってて下さい!」
これ以上部屋で自由にさせていると、次は何に手を出すかわからない。恥ずかしいが取り上げた物を渡してソファーに座らせる。すると彼は落ち着いたようで静かになった。
そして出発の時間となり、私はソファーで大人しくしている彼に声をかける。
「チャカ様、準備できました」
しかし、彼からの返事はなくぴくりとも動かない。
「…チャカ様?」
そっと覗き込めば、私の寝巻きを枕にして寝ているではないか。
「…疲れてるのに無理して来たんですね」
よく見ればうっすらと目の下にクマがあり、彼が昨日まともに寝ていない事がわかった。
「これからはしっかりと休養を取ってもらいますから」
誰かが彼を見てあげないときっと限界まで無理をしてしまうだろう。本当に身体を壊してしまう前に、私が止めないといけないと使命感が湧き上がった。
「よく寝てよく食べてよく…遊んで?」
「それじゃ子供じゃないか」
ぱっと目を開けた彼と視線がぶつかる。驚いて離れようとした身体を彼が抱き上げ、腕の中に閉じ込められる。
「チャカ様起きてたんですか?もう時間ですよ」
「わかった。あと少しだけこうさせてくれ」
ぎゅっと腕の力が強くなり、首筋に顔を埋められくすぐったくて身を捩る。
「チャカ様…」
「…ん、やはり本体の方が香りが濃いな」
「何嗅いでるんですか!離れて下さい!」
「別に変な香りじゃない、おれの好きな香りだ」
「それでもダメ!恥ずかしいです!」
「しまった…言うんじゃなかったな」
彼は少ししょんぼりして、大人しく私を解放した。
「ほら、行きますよ!遅刻します!」
「怒っているか?」
「怒ってません!」
「そうには見えないんだが…」
困っている彼の背中を玄関へと押し出し、自分も出れば鍵をかける。
「本当に遅刻しますよ!」
「わかった、急ごう」
彼はそう言うと、姿を変えて私を抱き上げた。
「次勝手に匂いを嗅いだら、今度から香りの強い香水をつけますからね」
「それは勘弁してくれないか。あれは強すぎて鼻をやられるんだ…」
「じゃあやめてください」
「……わかった」
ぺしょと両耳が折れなんだか少し可哀想だと思ったが、ここで甘やかすとやりたい放題になってしまうと思ったので厳しくする事にした。
「やれやれ、おれが尻に敷かれる身になるとは」
彼が飛び上がり建物の上を軽やかに飛び移っていく。
「…だが、何故だろうな。不思議と嫌じゃない。君だからかな」
「そんな事言っても許可しませんよ」
「はは!バレたか、いや今のは本心で言ったんだ。あわよくばと思ったまで」
「……これから一緒なんですから、焦らなくたっていいじゃないですか」
自分で言っておいて、恥ずかしくなって顔を手で覆った。私ってこんな人間だったかと驚きと疑問がぐるぐると頭の中をめぐる。
「…あぁ、そうだな。これからはずっと一緒だ。共にこの国で平和な時を過ごそう」
顔を覆っていた手を剥がされ、人の姿に戻った彼が私を見て優しく微笑んだ。
「チャカ様…」
「……朝からおめでたいな、チャカ」
「…え」
声がした方を向けば、ペル様が苦笑いを浮かべてこちらを見ていた。
「…ペ、ペル様!申し訳ありません!チャカ様!なんで宮殿に着いた事を教えてくれないんですか!その前に降ろして!降ろして下さい!」
「ペル。以前言っていたおれの妻だ」
「チャカ様!先に降ろして下さい!それにまだ婚約しておりません!」
「そうか、朝から仲が良くていい事だな」
「だろう?」
「話を聞いて下さい!」
やっと降ろしてもらえたが、恥ずかしさで顔を上げる事ができず俯く。
「どうか顔をあげて下さい。大体の展開は予想できていますので…あなたも大変な人に好かれたものだ」
ペル様が気遣うように私に微笑んだ。
「お恥ずかしいところを…」
「いえいえ。もし困った事があれば、私に聞いて下さい。彼とは長い付き合いですので」
「ありがとうございます」
私も頭を下げて、ペル様に微笑み返した。
「ペル」
「なんだ?」
「それは仕返しか?」
「何の事かわからないな」
なぜか二人の間に嫌な空気が流れる。ペル様はにこにこしてはいるものの目の奥が笑ってないし、チャカ様は機嫌の悪さが思いっきり顔に出ている。
「あ、あの…」
どうしたものかと二人をおろおろ見ていれば、ドタドタと足音が聞こえる。
「ペル様ーっ!朝の手合わせしましょうよー!…って、喧嘩してるんですか?」
現れたのは以前応援していたあの子だった。
「喧嘩ではない。チャカの奥方様に、彼で困った事があれば聞いて欲しいと伝えただけだ」
「必要ない」
「えっ!チャカ様もう結婚したんですか!?この前、話聞いたばっかりなのに!?」
「お前いつの間に…」
彼女はまずいと思ったのか、話題を逸らす。
「ペル様、もしかして嫉妬深いって言われたの根にもってたんですか?」
「違う」
「まぁまぁまぁ!それは置いといて!手合わせしましょう!ね、ペル様!」
「…はぁ、わかった」
彼女に手を引かれてペル様が離れていくが、曲がり角の直前でこちらを向いた。
「よかったな、チャカ」
「…あぁ、ありがとう。最初からそれだけで良かったんだがな」
「お前には散々揶揄われたからな、仕返しの一つくらいしたくなるだろう」
「…悪かった」
「次の会議は一時間後だ、遅れるなよ」
「わかった」
ペル様はその返事に笑って答えると、その姿を消した。
「…確かに、考えてみるとおれも嫉妬深い方だな。ペルの事を言えないな」
確かにそうかもしれないと彼の今までの行動を思い出した。
「気をつけてくれ、おれを嫉妬させると多分面倒だぞ」
「自分で言うんですか…」
「あぁ、最初に言っておく」
自信満々に答えた彼に苦笑いを浮かべた。
「大丈夫ですよ、私にはチャカ様だけですから」
彼は一瞬目を見開き、そして優しく微笑んだ。
「おれも君だけだ」
そう言ってお互い顔を見て笑い合う。

私が憧れていた人は仕事ができて天然で、少しだけ変わった人でした。
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