アラバスタの守護神に恋をした

そして遠征当日。私は大きな荷物を背負って他の隊員達と集合場所でペル様を待っていた。
「皆、準備はいいか?」
ペル様がやってきて、私達一人一人の顔を見た。
「さ、出発だ。道中も注意しながら進むように」
「「はい!」」
大きな返事と共に、私達は今回の遠征先へと歩み始めた。向かう先はここから歩いて3日かかる街で、そこはアラバスタの中でも海に近い。そこで海賊船を見かけたため、安全を考え偵察へと向かう事となったのだ。
「情報ではそこまで人数はいないらしいが、何を持ってるかわからない。気をつけるんだぞ〇〇」
「海賊と会ったら捕まえるんですか?」
「いや、こちらに害を与える事さえなければ手出しはしなくていい。もし街の人々や国王様達に危害を及ぼすなら、容赦なく捕まえ海軍に引き渡す」
「捕まえられるかな…」
私は持たされた縄を見てそう呟いた。
「無茶はするな。最初に言ったように、お前は隼達と共に偵察がメインだ。変わった事があればすぐに報告するように」
「それいつもと変わらないじゃないですか」
「それでいいんだ。いつもと変わらず、何事もなく、そして皆でそろって国へと帰る。それで十分だ」
「んー」
もっと変わった仕事ができると思っていただけに少し不服だった。
「おれみたいに死んだ事にされて、生きているのに墓を建てられたいか?」
苦笑いを浮かべるペル様を見つめた。あの時の事はよく覚えている。王国から離れていた場所でも、あの爆発の威力はすごいものだった。国のために戦っているだろう彼の無事を離れた地でただ祈っていた。後々あの爆発に巻き込まれて彼が亡くなったと聞いた時は丸一日泣き、墓が建てられた時は両親と共に花を供えに向かいそこでも泣いた。
悲しみに暮れていた私に彼が生きていたという情報が届いたのはしばらく後の事。もちろんそれを聞いてまた泣いた。あの時は身体中の水分がなくなってしまうのかと思うくらい泣いたと思う。
「それは…嫌ですねぇ」
それを思い出してしみじみと言った。
「だろう」
「私まぁいいですけど…ペル様は生きて帰らないと、国王様やビビ様が悲しむので」
あんな思いをするのはもうこりごりだ。何が起ころうと彼は意地でも国へと帰ってほしい、そう思った。
「…〇〇、お前…」
「大丈夫ですよペル様!もし何かあったら私がペル様を守ります!」
「どの口が言ってんだ、どの口が〜」
「この口です」
「生意気か!」
話に入ってきた副隊長にそう言い返すと、頭を軽く叩かれた。そこまで心配する必要はないと思う。ペル様の事だ、私が初めての遠征だから一番危険のない任務を選んだはず。きっと彼の言うように、いつもと変わらない仕事をこなして帰るだけになるだろうと仲間達と冗談を言いながら歩くのだった。


何もない砂漠を歩き続け、目的地である街へとたどり着いた。
「…や、やっと着いた」
賑やかな街並みを見て、大きなため息と共に持っていた荷物を地面に置いた。
「まだ着いただけだ。仕事はこれからだぞ〇〇」
「そうでした…」
がっくりと項垂れ荷物を持つ。
「とりあえず一度、宿に荷物を置きに行こう。依頼人にはおれと隊長で話を聞きに行く、お前達は少し休んでいなさい」
「「了解です」」
私は他の隊員達の後ろをついて歩く。するとどこからか視線を感じて、思わず周りを見た。しかし周りの人の視線は近くの出店へと向けられており、誰も私達の方を見てはいなかった。
「…?」
「おい、〇〇!何してんだ、置いてくぞ!」
「あ、待って下さいよぉ!」
私は気のせいだと思って、慌てて彼らの後を追うのだった。


「…という訳で、海賊船はここ三日ほど見ていないらしい。ここへは寄らず、海へと出たのだと思われる」
依頼人の話を聞いて戻ってきた、ペル様が私達に状況を説明した。
「という事は?」
「明日、アルバーナへと帰還する」
「えぇ〜っ!?今日着いたばっかりなのに、もう帰るんですか!?」
「長居しても意味はないからな」
「ま、まさかここでの仕事もないなんて…」
隼達の中でも優秀な二羽を連れてきたというのに、活躍する事もできず意気消沈しがっくりと肩を落とした。
「まぁ何もないのが一番だ。今日はゆっくり休みなさい」
「え、いいんですかペル様…」
「護衛隊として恥をかかない程度ならな。長旅だったから疲れた者もいるだろう、好きにするといい」
「「ありがとうございます!」」
ペル様のお許しが出たので皆思い思いに出かけていった。それを見て私も出かける準備をする。
「どこに行くんだ、〇〇」
「私、少し歩いて海を見に行ってきます!私、海見るの初めてなんですよね」
生まれてから海を見た事がなかったため、今回の遠征先で一度は見ておきたいと思っていたのだ。
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫ですよぉ〜いくつだと思ってるんですか」
「ペル様が心配してんのは歳じゃなくてお前の行動だよ」
「何もしませんよ!失礼な!」
「海は街を出てそのまま直進だ。迷子になるなよ」
「ペル様まで…!迷子になんかなりませんよ!行ってきます!」
「あぁ行ってらっしゃい」
皆に見送られながら、私は海を目指し外へと出た。
「…いや、街を出て少し歩いたらって海まで結構距離がある!!」
海までそんなに距離はないと言っていたのに、かれこれ三十分は歩いているがまだ海までは遠い。
「遠征で距離感がおかしくなってるんだな、みんな…」
三日も歩き続けていれば、一時間程度の距離などほんの少しという感覚にもなるだろう。次からは正常な感覚の人に聞こうと学習した。そして街を出て一時間は経っただろうか、やっと海の側までたどり着いた。
「はぁ〜遠かった…」
大きくため息をついて、目の前に広がる青い海を眺めた。移動中砂漠の砂の色しか見ていなかったのもあってか、海の色がとても鮮やかに見えた。太陽の光も反射してきらきらと輝き、眩しさに目を細めた。
「うわぁ…すごい」
私は崖沿いに歩き、海を見ていた。
「海に出たら大変だ。どっちを見ても海しかないから、どこに行けばいいのかわからなくなりそう…いや、それを言ったら砂漠もか」
一緒にきていた隼達が返事をするように鳴いた。
「それを考えるとジェタ達はすごいよね〜ちゃんと帰る場所がわかって…痛い!」
話している途中で肩に乗っていたジェタが、クチバシで私の頬を突いた。
「何!?ぶっ!?」
今度は翼で口を塞がれる。訳が分からず黙ると、わずかに崖の下から声が聞こえた。
「…下に人がいる?」
私は恐る恐る崖下を覗き込む。しかし見えたのは、海の波に削られて少しだけ見える岩石のみ。ここから落ちて水ではなくあの岩の上に落ちたら痛いだろうなと、ぶるりと身震いした。
「…気のせいかな」
隣でジェタが小さく鳴き、崖の下をもっと覗けと言わんばかりに首を伸ばした。
「あんまり覗いたら落ちそうなんだけど…」
仕方なく地面に寝そべる形で崖下を覗く。やはり何も見えないが人の声は聞こえた。波の音でよく聞こえないが確かに人がいる。
「…あそこだけ波が跳ね返ってない」
そして水の流れを見て気付く。一部分だけ押し寄せる波が戻らずそのまま流れ込んでいる場所があった。私はその場所を目指して歩く。
「ハシゴがかかってる…」
気づかれにくいようにしてあるが、崖からハシゴがかかっているのを見つけた。なんだか嫌な予感がして、どくどくと心臓が早鐘を打つ。
「ペル様に知らせないと…」
そう思って戻ろうとすると、ハシゴが軋む音がした。誰かが登ってきているのだとわかり、慌ててその場から離れ岩陰に身を隠した。少しすると男が三人、荷物を持って姿を現す。見るからにこの国の人ではない服装と腰元に見えた武器、ちらりと見えた髑髏マークに海賊であると気付いた。
「街に護衛隊と副官が来ているみたいだ。上手く近づいてこの毒を飲ませてやれ。それが済んだら船を移動させて王国に行くぞ。副官が一人いなくなれば、多少は勝ち目がある。後は王女を人質に取って財宝を奪って逃げるんだ」
「!?」
思わず声をあげそうになって口を押さえた。彼らはアラバスタの人達がしているような格好に着替えると街へ向かって歩き出す。
「…大変だ、ペル様達が危ない!」
私はすぐさま持っていた紙に海賊達の話をまとめるとジェタの足にそれをくくり付けた。
「ジェタ、これをペル様の所へ。私はこの下を見てくるから」
ジェタが止めろと言うように鳴いた。
「大丈夫だよ。もしかしたら足止めできるかもしれないし」
海賊達はこの後、城の近くまで船で移動するつもりだ。距離はあるものの近づかれるのはよくないので、どうにかしておきたいと思った。
「それより早くペル様の所に。あの海賊達が着く前に教えてあげないと間に合わなくなる!」
ジェタは少し悩むような素振りを見せたが、私が聞かないとわかると空高く飛び上がった。数回私の上を旋回すると、街へ向けて飛んでいった。
「頼んだよジェタ」
私はそれを見送り、海賊達が登ってきたハシゴに手をかけた。
「…」
まだ下に海賊がいたらどうしよう。私一人でなんとかできるだろうか。そんな思いが頭をよぎるが、今から街へと戻った所で役には立たないだろうし何より今この船から目を離す事はできない。あの男達を置いて、王国へ向かう可能性もある。誰かが見張っていなければ、不安な状況で国王様達に日々を過ごさせる事になってしまう。
「…私は護衛隊だ。国王様や国のみんなの安全を守らないと」
持たされた小さな剣が腰元にあるのを確認して、縄ばしごを降りていった。そろりと岩壁に沿いながら進めば、波によって削られた岩壁に隠すようにして大きな船が止まっていた。
「…崖の上から見えなかったのはこういう事か」
これなら海を移動してきた者ではないと気づかないだろう。街の人達が海賊船を見ていないと言った理由がわかった。船の外観を観察していると人の声が聞こえ、慌てて姿を隠す。どうやら食事をしているようで、船のすぐそばで十人程度人の姿が見えた。
(多いな…今回来てる護衛隊は私入れて五人、でもペル様がいればなんとか…)
そこまで考えて頭を振った。上司に甘えてはダメなのだと、なんのために鍛錬をしてきたのかと私は船にかかるロープを睨みつけた。
(いつまでもペル様に頼ってちゃ、国は守れない)
私はロープを使い船に乗り呑む。そして片っ端から武器と思われる物を、すぐに使えないようあちこちに隠していった。
(時間稼ぎにしかならないけど困るはず!)
そして操縦桿のある部屋へと向かう。
「舵を壊しちゃえば、どこにも行けないでしょ」
これを壊して早く船から降りよう、そう思って短剣に手をかけた時だった。外が騒がしくなり、バタバタと足音が聞こえ慌てて隠れる。
「街に行った奴らが護衛隊に捕まった!ここにいるとまずい!船を出せ!」
(嘘!?)
きっとジェタが急いでペル様へ伝えてくれたのだろう。それはありがたいが、仕事が早すぎる。おかげで船が動き出し、私はここから動けなくなってしまった。
「どうする?このまま逃げるか?」
「せっかく来たんだ、足止めはできなかったが国へ帰るまでは時間がかかるだろ。アルバーナに行くぞ」
(やっぱり私がなんとかしないと…)
海賊達の姿が見えなくなり、私はゆっくりと出ると短剣で舵に傷をつけ根元からへし折った。
「…よし!」
ほっと息をついたその時だった。突然ぐらりと大きく船が揺れ、バランスを崩して尻餅をつく。
「こ、今度は何!?」
不安定な足元に気をつけながら船上に出れば、冷たい水が顔にかかった。先程まで青空が広がっていた空が、今は真っ黒な雲が広がり大粒の雨が降り出していた。
「さっきまで晴れてたのに…」
「おい!お前誰だ!」
気をつけていたつもりだったが、船員に見つかり慌てて距離を取る。
「どうした!」
「ガキが一人乗り込んでやがった!」
失礼なと思ったが、話がややこしくなりそうだったので黙る。
「ガキだと?よく見ろ!こいつアラバスタの護衛隊だ!そうか、お前が情報を漏らしたんだな!」
子供だと逃がしてもらえるかと思ったが、そうはいかなかった。仕方なく短剣に手をかけ、目の前の海賊達を睨みつける。初めての実戦だと、どくどくと暴れる心臓を落ち着かせるため大きく深呼吸をした。
「殺せ!」
どこまで通用するだろうか。相手は情けも容赦もない、さらに足場も悪く視界も雨で最悪である。
(せめて、少しくらい役に立ちたい…!)
一斉に向かってくる敵達に向かおうとした瞬間、私達の間に銃撃が走り思わず飛び退いた。
「な、何だ!?」
頭上を旋回する大きな影。暗い空に白い服がよく映える。
「ペル様!」
「無事か!〇〇!」
「撃ち落とせ!」
海賊達が空を飛ぶ彼に銃口を向けた。
「させるもんか!」
私は海賊の一人に体当たりをして、船から突き落とす。
「このガキ!」
他の男が銃を向ける前にペル様の方が先に撃ち込み、次々と敵が倒れていく。
「〇〇!一度船から離れるぞ!」
「でもペル様、このまま放っておいたら…!」
「この状況は危険だ、見ろ!」
ペル様の視線の先を見れば見た事のない大きさの竜巻がいくつも現れており、こちらへ向かって動いている。
「どちらにせよこの嵐の中、無事でいられる保証はない!危険性があるとわかっただけで十分だ!逃げるぞ!おれの足に掴まれ!」
どんどん雨風が強くなり、船の揺れも大きくなった。空を飛ぶ彼も風に煽られ、飛びにくそうにしていた。
「…ペル様!私の事はいいので、ペル様だけ逃げてください!」
「何を言ってるんだ!早く掴まれ!」
「でも!私が一緒にいたらペル様まで…!」
荒波の音を貫くような銃声と共に感じた腹部への激痛。その衝撃に一歩足が後ろへと下がるのと同時に傾く船。あっと思った時にはすでに、身体は海の上へと投げ出されていた。
「〇〇!」
ペル様が飛んでくるよりも速く、高く上がった波に飲み込まれる。悪魔の実の能力者は海では泳げない。だから彼は海の中には入る事ができない。
(…でも、良かった)
助けられないと分かれば、彼は帰るしかない。後味の悪い別れとはなってしまったが、最後に彼の姿を見られて良かった。そう思いながら、暗い海の底へと沈んでいった。


耳元で鳴き声が聞こえる。隼達の朝食の時間だろうか。それなら誰かが頭を小突いて起こすはずなのにそれがない。そもそも私は銃撃を受けて海に落ちたはずだ。
「…ん?」
目を開ければ真っ白な天井が広がり、消毒液の強い香りに顔を顰めた。
「目が覚めたか?」
声のする方を向けば、医者らしき格好をした男性が座っていた。
「…私、生きてます?」
「生きてるよ。奇跡的にな」
身体を起こすと撃たれた腹部がわずかに痛むが、他はなんともなかった。
「おじさんが助けてくれたんですか?」
「おじさんって…まぁ傷を治療したのは俺だが、お前をここまで連れてきたのは…ほら、あの子らだよ」
彼が指差す方を見れば、窓の外に十匹以上のクンフージュゴンが集まっていた。
「クンフージュゴンが私を助けてくれたの?」
「珍しい事もあるもんだな。アンタ、あの子らの師匠か何かか?」
「いや…クンフージュゴンと戦った事はないけど…」
すると一匹のクンフージュゴンがこちらへと寄ってきた。私を見て嬉しそうに鳴く。
「…そういえば昔、迷子になってたクンフージュゴンの子供を助けた事があったなぁ…もしかして君だったりする?」
そう尋ねると、クンフージュゴンは頷いた。
「クンフージュゴンの恩返しか」
「そうみたいですね。ありがとう!君のおかげで、助かったよ」
近寄ってきたクンフージュゴンの頭を撫でた。
「他の子達もありがとー!おかげで家に帰れるよ!」
離れていた子達にもお礼を言えば、嬉しそうに鳴いて去っていった。
「先生、私どれくらい寝てました?二、三日くらい?」
「馬鹿言うな。ここに来て一週間は寝てたぞ」
「い、一週間!?」
「それに海に落ちたと言ったな。海からここまでは三日以上かかる。彼らがいつアンタを見つけたか知らないが、かなりの日にちが経ってると思うぞ」
さっと顔から血の気が引いた。私はさっと身支度を整えると、病室から飛び出る。
「どこに行くんだ!」
「どこってアルバーナに帰るんですよ!私はアラバスタの護衛隊なんですから!」
「何ぃ?」
「治療費は必ず払いますから!」
「全く…ここからアルバーナまでどれくらいかかると思ってんだ!食料と水を分けてやるから、ちょっと待ってろ!」
そう強く言われ、大人しく部屋にあった椅子に座った。
「だいぶん前にアンタみたいな死にかけた男を治療したが…まぁそっくりだな。その男も慌ててアルバーナに帰ろうとしてたな」
「…それって、もしかしてペル様!?」
「名前は聞いてない。胸に大きな傷を負ったっていうのに無茶していきやがって」
「…先生ありがとう!ペル様を助けてくれて!命の恩人です!」
私は彼の手を取って上下に振った。
「なんだ知り合いか?」
「知り合いもなにも、私の上司です!本当にありがとうございます!」
「自分が助かった事よりも喜ぶじゃないか」
「そりゃ、子供の頃から憧れていた人ですから…あ!ペル様、ちゃんとアルバーナに帰ったかな!?それに海賊達もどうなったか…先生速く!」
「落ち着きがないな…ほら、これぐらいあれば足りるだろ。ここを出てひたすら真っ直ぐ歩けば辿り着く」
そう言って、彼は大きなリュックを私に持たせてくれた。
「ありがとうございます。この恩は必ず返します。上司の分も一緒にまとめて」
「ならしっかりと国を守ってくれ。それが護衛隊の役目だ」
「了解です!」
私は彼に敬礼すると、大きなリュックを背負い部屋を出た。目の前に広がるのは砂漠、これで遠征は二度目しかも一人。私は気合を入れて一歩を踏み出した。


何日歩き続けただろうか。ふらつく足をなんとか動かし、見慣れた階段の前まで辿り着いた。
「か…帰ってこれたぁ〜」
安堵のため息をつき、一段一段踏み外さないように階段を登る。門の前には、いつもの門兵が立っていた。
「ただいま帰りました〜」
「…ん?おう、えらいヘロヘロじゃないか。どこ行ってたんだ」
「ちょっと長い遠征です」
「はは、お疲れさん。ゆっくり休みな」
「ありがとうございます〜」
彼は疲れ切っている私のために重い門を開けてくれた。私は門を通り、自身の隊舎へと向かう。しかし隊舎には人の気配はなく、隼達も皆出ているようだった。
「皆仕事に行ってるのか…じゃあ、ペル様もいないだろうなぁ」
上司への報告が先だとは思ったが、いないのなら探し歩いたところで無駄足だ。それに何日も水浴びをしていないし喉はカラカラで声も掠れている。一度身なりを整えた方がいいだろうと思い、自分の部屋へと戻る事にした。そして身支度を整えて外へ出ると、人の気配がした。
「誰か帰ってきたかな?」
いつものように塀を登り顔を覗かせれば、自分の隊員達が戻ってきているところだった。
「おーい!たいちょー!」
「おー!〇〇ー!留守番ちゃんとしてたか!」
「悪さしてねぇだろうなー!」
「いや、今帰ってきたんですけど…」
「ははは!何言って…えぇーーーっ!?生きてる!!」
彼等は顎が外れそうなほど大口を開けて叫び、荷物を投げ捨て走ってこちらへとやってきた。そして存在を確かめるようにペタペタと顔や頭を触った。
「ほんとに〇〇か!?幽霊とかじゃねぇだろうな!」
「よく帰ってきた!良かった、良かった…」
「心配かけやがってこの馬鹿…」
屈強な男達が涙目で私を見た。皆、私の事を心配していてくれたらしい。それに釣られて私も鼻の奥をつんとさせる。
「ペル様もどれだけ心配してたか…あ!」
突然隊長が大きな声を上げる。
「お前早くペル様の所に行け!」
「そうだ!早く生きてるって言いに行くんだ!」
「え、でもどこに?」
「宮殿の裏にある墓場だ!」
「なんでそんな所に…」
「お前が帰ってこないから、死んだと思われて墓ができてんだ!ペル様は遠征のたびにお前の墓に花を供えに行ってんだよ!」
なんと、私もペル様と同じ様に死んだと思われて墓が建てられてしまったようだ。
「えぇ…どうしよう…」
「いいから早く行け!」
苦笑いを浮かべていると背中を強く押され、私は走って言われた場所へと向かうのだった。

宮殿の裏には墓地がある。戦いで命を落とした人々を弔い、それを繰り返さないようにするための教訓としてもあるそこは自分も何度も訪れた事がある。
「はぁ、はぁ…あ、いた」
いくつも並んだ墓石の中に、白い衣が見えた。彼は一つの墓の前にしゃがみ込むと、深く頭を下げた。
「…〇〇、今日も皆無事帰ってこれた。隼達も元気にしている。何も心配する事はない、アラバスタは今日も平和だ」
(あれが私の墓か…)
綺麗にされた墓石に、可愛らしい花が添えられている。きっとペル様が持ってきてくれたのだろう。不謹慎だが、私がいた事を覚えてくれている事が嬉しかった。
しかし困った。あんな彼を見て、どうやって姿を表したらいいのかわからない。
(…幽霊のフリをして出てみようか)
真面目なペル様の事だ。出た瞬間、一刀両断される可能性がある。
(明るくドッキリ大成功〜!みたいなのは…)
これもものすごく怒られそうなので却下。だからといって、正直に言ってもお叱りを受けるのは目に見えている。
(目が覚めたならそこで電電虫を使うなりして報告するべきだろう!って言われるだろうなぁ…)
墓場の入り口で頭を悩ませる。どうしたら穏便に、彼を怒らせずに済ませられるだろうか。
「…誰だそこにいるのは」
「!?」
驚いて思わず隠れてしまった。これでは怪しまれる一方である。
「誰だか知らんが、大人しく出てこい」
カチャと剣に手をかける音が聞こえた。隠れた自分も悪いが、彼の悪者判定も厳しすぎる。しかし国の事を第一に考えている彼だからこそ、こうなってしまうのだろうなとも思った。
「…」
じりじりとこちらへと近づいているのがわかった。このまま隠れていてもいい事はない。私は覚悟を決めて彼の前に飛び出した。
「ぺ、ペル様!!私です!〇〇です!怪しい者じゃないので、斬らないで!!」
両手を上げ降伏の姿勢を取りながら、彼の前に姿を現す。久しぶりの再会だというのに、なんとも情けないものとなってしまった。
「…〇〇?本当に…お前なのか?」
「ほ、本物でございます!さっき帰ってきて、話せば長くなるんですけど…うぶっ!?」
怒られる前にここまでの経緯を話そうとしていたが、突然の力強い抱擁に妨げられてしまう。
「ペ、ペル様…?」
頭を撫でられる事はあったがこんな事は初めてで、どうしたらいいかわからず両手は宙を彷徨っていた。
「…よく生きていてくれた」
彼は私の存在を確かめるように力一杯抱きしめた後、ゆっくりと離れて私と目線を合わせた。
「…ペル様?」
「…お前のいない隊舎がこんなにも寂しいとは思わなかった」
それを聞いて、私はやっとここへ帰ってこれた嬉しさを実感した。
「…っ、ペル様ぁ…!」
あの日海に落ちてからここへ戻ってくるまでの間ずっと気を張っていたのがぷつりと切れたようで、私はその場に座り込み子供のように大声で泣いた。彼はそんな私をあやすかのように、泣き止むまでずっと背中をさすってくれたのだった。


「さて、国王様になんて報告するか…墓まで建てたうえに葬式もしっかりやってしまったしな」
「私一人ごときにやりすぎじゃないですか?」
「…〇〇、それはどういう意味だ」
ぎろりと睨まれ、慌てて目線を逸らす。
「だ、だって…私は一般兵だし…」
「一般兵だろうがひとつの命だ。軽んじた発言をするんじゃない」
「はーい…」
「能天気な声が聞こえると思えば…あぁ、本当にいるな。幽霊ではなかったか!」
曲がり角から姿を現したチャカ様が私を見て笑い声をあげた。
「まったく、ペルもお前も弔ったそばから生きて戻ってくるとは…そういうふうに指導しているのか?」
「そんな訳ないだろう!」
「はは!まぁ生きてて良かったじゃないか。門兵が死んだはずの〇〇が帰ってきたと言い回って、皆成仏できずに現れたんじゃないかと驚いていたぞ」
「とんでもない勘違いをされている…」
「それだけ心配をかけていたんだ、反省しなさい。後で始末書を書かせるからな」
「あ、やっぱり書かされるんだ…」
「当たり前だ」
渋い顔をした私を見て二人は楽しそうに笑う。その後、国王様の元へ顔を見せに行けば『よく生きて帰ってきた。次の会議で隼達との芸を披露してほしかったんだ、頼むぞ』と帰ってきて早々プレッシャーの大きな仕事も任された。ただの一般兵でもたくさんの人が私の事を心配してくれていたらしくとても嬉しく感じながら、ペル様に言われた始末書をひいひい言いながら書き上げたのだった。
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