アラバスタの守護神に恋をした
「ペル様、ご報告が」
「どうした」
宮殿の廊下を歩いていれば、〇〇の所属する部隊の隊長がおれに声をかける。
「隼達がアルバーナのちかくで海賊らしき者達を見つけたと」
「そうか、詳細は?」
「現在調査中です。朝方偵察へ向かわせるよう〇〇に指示したので、そろそろ報告が来ているかと」
「わかった、今から向かおう」
隊長と共に隊舎へと進む。
「最近〇〇はどうだ。迷惑はかけていないか?」
「相変わらず無茶ばかりしますが、怪我は少なくなりましたよ」
「少なくなった…か。困ったものだ」
「ペル様、おはようございます」
隊長と二人で苦笑いを浮かべていると、反対から歩いてきた女性が自分の前で立ち止まった。
「おはようございます、どうされました?」
「あの、どうしたという訳でもないんですが…」
女性がちらちらと自分に視線を送ってくるが、意図が分からず首を傾げる。
「何か問題でも?」
「…気づかれませんか?」
「…申し訳ありません。教えていただいても?」
「実は髪色を変えたんです」
「……はい?」
女性が恥ずかしそうにしているのを呆然として見ていると、隣にいた隊長に袖を引かれた。
「ペル様、ここは似合ってますとか言ってあげてください!」
「わ、わかった…ごほん!気づかず申し訳ありません。あまり見るのも失礼かと思いまして、ですがよく似合っております」
「本当ですか!ペル様に褒められるなんて嬉しいです!」
「いえ…」
「ありがとうございます!」
女性は満足したのか、一礼すると嬉しそうに歩いていった。
「……助かった、礼を言う」
「いえいえ」
「お前は気づいていたのか?」
「確信はありませんでしたが、なんとなく」
「すごいな…ついこの間挨拶をして顔は覚えていたが…」
「あれはわかりやすい方ですよ。もっと難しくなると前髪数ミリの変化に気づかないといけないんですから」
「それは…大変だな」
どこか遠くを見ている隊長に同情の目を向けた。
隊舎へと辿り着けば〇〇達は休憩をしている所だった。
「〇〇!」
水を飲んでいた彼女を呼べば、すぐさま駆け寄ってくる。すると彼女の腰まで伸びた髪の毛が揺れ、陽の光に当たりチカチカと光った。
(…?)
「どうしました?ペル様」
「いや。隼達の報告についてお前に聞きたい事があってな」
彼女の話を聞きながらちらりと視線を向ければ、不思議に感じた理由がわかった。
「最近、髪の毛の艶が良くなったな。何かしているのか?」
話が終わり、何の気なしにそんな言葉が口から出た。
「…」
ぽかんと口を開け動かなくなった彼女を見て、聞いてはいけない事だったのかと不安になる。
「ペ、ペル様わかるんですか!?」
「わかるも何も気づいたから聞いたんだ」
「実はですね!ビビ様の専属メイドさんに髪の手入れの仕方を教えてもらいまして、ほら!髪の毛がサラサラになったんですよ!」
「そうか、良かったな」
喜んで飛び跳ねる彼女を見て、聞いて良かったのだとほっと胸を撫で下ろした。
「ほら、触ってみてください!すごいサラサラですよ!」
ただ単純に髪の毛を触って欲しかったのだろうが、流石にそれはいけないだろうと頭を掴み向きを変えた。
「わかったわかった。さ、訓練に戻りなさい」
「ペル様が話を振ってきたのに!」
「もう十分だ」
「ペル様冷たい!」
「冷たくて結構、早く行きなさい」
他の隊員達の所へと戻るように背中を軽く押してやる。冷たいと文句を言いながらも嬉しそうにこちらを振り返る彼女を見ていれば、隣から視線を感じた。
「…どうした」
「あ、いや…さっきは気づかなかったのに、〇〇の時は気づくんだなって…」
そう言われ、慌てて咳払いをした。
「ごほん!それはさっきの件があったから、たまたま目がいったんだ。それに〇〇とはほとんど毎日顔を合わせている。気づいてもおかしくはない…おかしくはない…はずだ」
最後は自分に言い聞かせるように言った。ちらりと隣を見れば、どこか生暖かい視線を向けられている。
「何だその目は…」
「いえ、なんにも」
「……おれは国王様に報告に行ってくる」
「はい、もし偵察が必要ならお声がけを」
「わかった」
未だ向けられていた見守るような視線を振り払うように咳払いをしてその場を離れた。
「アルバーナに海賊?ここ最近そんな話は聞かなかったのにね」
ビビ様の隣を歩きながら、先ほど国王様に報告した内容を話した。
「ですので黙って外出しないようにしてください。現在、隼達はその海賊の偵察に回し、脱走したあなたの監視まで手が回らないので」
「そんな事言ってちゃんと用意してるくせに。〇〇さん、今年は新しく10羽増やしたって言ってたけど?」
「…はぁ」
せっかくこっそり戦力を増やしたというのにと大きなため息を吐いた。
「そんなに心配しなくても、脱走していい時と悪い時くらいわかってるわ」
「脱走にいいも悪いもありません」
「はいはい」
全く反省の色が見えない返事にため息をついた。
「そういえば、うちの〇〇がビビ様の専属メイドに髪の手入れを習ったと聞きましたが」
「そうそう!退屈だったから〇〇さんを呼んでお話してたら、私みたいな綺麗な髪の毛にするにはどうしたらいいですかって!」
「退屈凌ぎに〇〇を呼ばないでください」
「たまにはいいじゃない。ペルも知ってるでしょうけどあの子の話は面白いのよ?」
「……」
随分と気に入られており喜ばしい事なのかもしれないが、彼女の奇想天外な行動がビビ様に悪影響を及ぼさないか不安になってきた。
「どうして急にそんな事を思ったのかは教えてくれなかったけど、なんだか真剣だったから協力しようと思って」
「そうですか」
「ペルが何か言ったの?」
「いえ、私は何も」
「そう、てっきりペルのためだと思ってたのに…もしかして他に好きな人が?」
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべ自分を見る彼女から逃げるようにして目線を逸らした。
「別に私は構いませんが」
「あら、ほんとにそう思ってるのかしら」
「思ってますよ。仕事優先な自分よりも、もっと気の利く相手の方がいいでしょう」
「自分で仕事人間だって自覚してるのね」
ビビ様の部屋の前に辿り着き、入口まで見送る。
「あ、そうだ!〇〇さんに髪飾りを贈るのはどうかしら!」
「…はい?」
部屋へと入りかけたがまた戻ってきて、きらきらと瞳を輝かせそう言った。
「そろそろ誕生日も近いって言ってたし、ちょうどいいんじゃないかしら」
「何がちょうどいいですか。それに自分はそういった物を贈った経験もないですし、〇〇の好みも知らな…」
「だったら私に任せて!きっと気にいる物を選んであげるわ!」
「いや、そもそも渡すとは言ってな…」
「早速調べなきゃ!」
こちらの話も聞かず、勢いよく扉を閉め部屋へと入ってしまった。
「……はぁ」
もう好きにさせようと俺は今日何度目かわからないため息を吐いてその場を後にした。
「はい、ペル!お待たせ!」
数日後、ビビ様が小さな紙袋をおれに手渡した。
「これは?」
「忘れたの?この前話したじゃない。〇〇さんへのプレゼント!」
「あぁ、そうでしたね…」
おれは複雑な気持ちでそれを受け取る。ビビ様と話した後で自分なりに色々考えたのだが、いくら慕われているとは言え突然上司からプレゼントなんて渡してもいいのだろうかとふと疑問に思ったのだ。気持ち悪がられて引かれるか、それとも調子に乗るか。どちらにせよ、あまり良い事だと思えなかった。
「なによペル。その顔は」
「いえ…突然私から贈り物などして、彼女が驚かないかと思いまして」
「驚くでしょうね。でもきっと喜んでくれるわ!ちょっと中身を見てみて!」
「?」
そう言われ、まだ封のされていない袋を開けて中身を取り出す。
「…これは」
白地におれの帽子と同じ柄が描かれた髪紐。
「あなたとお揃いにしたの。彼女にとって、ペルは憧れでもあり目標でもあるから。そんな人と同じものを身につけるんだから、今よりもっと身が引き締まるでしょうね」
それを聞いて、先ほどまでの不安があっさりと消えてなくなった。
「そうですね。あれは良い意味でも悪い意味でも真っ直ぐです」
おれは髪紐を丁寧に畳むと、袋の中に入れしっかりと封をした。
「ありがとうございます。きっと喜ぶでしょう」
「どんな反応をしたのか、後で教えてね」
「はい」
楽しそうに笑う彼女に微笑み返す。これは誕生日の当日に渡そうと、自分の部屋のわかりやすい場所へと保管しておく事にした。
〇〇の誕生日まであと三日。今日は先日報告にあった海賊の偵察に彼女のいる部隊が向かっている。ここ数日目立った動きもないので問題ないとは思うが、できるだけ不安は取り除いておきたいと申し出があったため送り出した。
「はは、誕生日にプレゼントとは随分と気に入っているみたいだな」
チャカと話しながら宮殿の廊下を歩く。
「ビビ様のご提案だ。どうやら最近身なりを気にし始めたらしい」
「ほう、もしや心変わりか?」
「知らん。ビビ様と同じ事を言うな」
うんざりと言うようにため息をつけばチャカが笑う。
「あの子も女の子だ、意中の相手によく見られたいのもわかる。まぁ、泥だらけで元気に走り回っている姿もいいと思うが…そこは個人の好みだ、な?」
「なぜおれに聞く…」
チャカの方を睨めば、ふと彼越しに見えた外の景色がおかしい事に気づいた。
「隼達がやけに集まっている…」
それに気づいたチャカも外を見た。
「何かあったか?」
「おれが出る。もしもの時のために兵の用意を頼んだ」
「わかった」
おれは姿を変えると窓から飛び立ち、隼達か旋回している場所へと向かった。下を見れば部下達が集まっているのが見え、すぐさま下へと降りた。
「お前達無事か!被害状況を教えてくれ」
「ペル様!街に潜伏していた海賊が暴れ出して、それを取り押さえた〇〇が怪我を…」
「何?〇〇は」
「あそこです」
話を聞いた部下の指差す方を見れるが、他の隊員に囲まれており彼女の足元しか見えない。
「〇〇!」
怪我の状態を把握せねばと名前を呼ぶ。自力で立っているという事は、そこまで重症ではないだろうと思った。彼女を囲んでいた隊員達が退き、その姿を見て息を呑む。殴られたのか顔の右側は赤黒く変色し腫れているし、彼女の腰まであったはずの髪の毛が肩の位置からざっくりとなくなっている。
「ペル様!見てください、私一人で二人も海賊を捕まえました!」
いつものように明るく振る舞う姿に、チャカとの会話を思い出して余計に胸が締め付けられた。
「え、あ…あれ?ペル様?」
彼女を痛めつけた相手に対する怒りや早くに気づいてやれなかった情けなさが顔に出そうなのを必死に引き締め、彼女の元へと早足で近づく。そして身につけていたドレーパリーを外し、それを彼女の顔が周りから見えないように被せる。
「よくやった。後はおれ達に任せて、お前は早く医者の所へ行きなさい」
「ペル様…」
「心配するな、早く治療すれば顔の腫れもすぐ治る。誰か〇〇を医師の所へ連れていってくれないか?」
「自分がついていきます!」
こんな気休めしか言えないのがもどかしいと思いながら、離れていく彼女の背を見送った。
今日の一件を片付け自室へと戻る。忘れないようにとわかりやすい場所に置いていた、彼女へのプレゼントが月明かりに照らされて寂しく影を落としていた。
「…これは必要ないか」
あの髪の長さではくくる事もできない。ならば髪紐など貰っても困るだろうと思った。彼女の髪が伸びるまで渡すのはやめようと、それを棚の奥へとしまいこんだ。
昨日の海賊の件を国王様へ報告が終わり、他の業務に取り掛かるため移動しているとビビ様に呼び止められた。
「〇〇さんは大丈夫?治療を受けたって聞いたけど…」
「相手に顔を殴られたようで腫れが少し酷く、それが治るまでは休むように伝えております」
「他には?」
「…あとは、敵の拘束から逃げるために髪の毛を切り落としました。命に関わらなかったのが不幸中の幸いかと」
「何言ってるのペル!」
突然ビビ様が声を荒げたのに驚く。何かまずい事でも言ってしまったのかと慌てて姿勢を正した。
「髪の毛は女の命!きっと〇〇さん落ち込んでると思うわ。だって頑張って手入れをしていたんだもの…」
「…」
おれはふと髪の毛を褒めた時に嬉しそうにしていたのを思い出し、何も言えずに俯いた。
数日後。〇〇が怪我から復帰したと聞き、おれは急いで彼女の元へと足を運ぶ。寂しくなった後ろ姿を見て一瞬足を止めるが、一度深呼吸をして歩みを再開した。
「〇〇」
名前を呼ばれ振り返った彼女の右頬にはまだ少しアザが見えたが、腫れはすっかりと引いておりほっと息をついた。
「怪我の具合は良くなったか?」
「はい!もうバッチリです!」
「そうか、それは良かった。あと…これをお前に」
おれは持っていた紙袋を彼女へと差し出した。
「これは?」
「この前の件で髪紐が使い物にならなくなっただろう。まだ先の話にはなるだろうが、髪が伸びたらこれを使いなさい」
そう言って彼女の手の上にそれを置くと、頭に軽く手を乗せ早足で離れる。
「え?あ、ちょっとペル様!」
静止の声も聞かず、早々にその場から去った。彼女の事だからすぐにでも中身を確認するだろう。問題はその後だ、あれを見た彼女が黙っているはずがない。すぐさま質問攻めに合うだろう。他の人間も見ている中、上手く答えられる自信はなかった。
(今さらだが、上司とお揃いというのはどうなんだ?)
冷静になってみれば疑問点が浮かんでくる。そもそも渡すのは別に今でなくても良かったのではと振り返れば、予想通りさっそく取り出して額に巻いている彼女の姿が見えた。
「…まったく、おれに冷静さを欠かせるなんて困った部下だ」
嬉しそうに動き回っている彼女を見て、苦笑いを浮かべた。
「どうした」
宮殿の廊下を歩いていれば、〇〇の所属する部隊の隊長がおれに声をかける。
「隼達がアルバーナのちかくで海賊らしき者達を見つけたと」
「そうか、詳細は?」
「現在調査中です。朝方偵察へ向かわせるよう〇〇に指示したので、そろそろ報告が来ているかと」
「わかった、今から向かおう」
隊長と共に隊舎へと進む。
「最近〇〇はどうだ。迷惑はかけていないか?」
「相変わらず無茶ばかりしますが、怪我は少なくなりましたよ」
「少なくなった…か。困ったものだ」
「ペル様、おはようございます」
隊長と二人で苦笑いを浮かべていると、反対から歩いてきた女性が自分の前で立ち止まった。
「おはようございます、どうされました?」
「あの、どうしたという訳でもないんですが…」
女性がちらちらと自分に視線を送ってくるが、意図が分からず首を傾げる。
「何か問題でも?」
「…気づかれませんか?」
「…申し訳ありません。教えていただいても?」
「実は髪色を変えたんです」
「……はい?」
女性が恥ずかしそうにしているのを呆然として見ていると、隣にいた隊長に袖を引かれた。
「ペル様、ここは似合ってますとか言ってあげてください!」
「わ、わかった…ごほん!気づかず申し訳ありません。あまり見るのも失礼かと思いまして、ですがよく似合っております」
「本当ですか!ペル様に褒められるなんて嬉しいです!」
「いえ…」
「ありがとうございます!」
女性は満足したのか、一礼すると嬉しそうに歩いていった。
「……助かった、礼を言う」
「いえいえ」
「お前は気づいていたのか?」
「確信はありませんでしたが、なんとなく」
「すごいな…ついこの間挨拶をして顔は覚えていたが…」
「あれはわかりやすい方ですよ。もっと難しくなると前髪数ミリの変化に気づかないといけないんですから」
「それは…大変だな」
どこか遠くを見ている隊長に同情の目を向けた。
隊舎へと辿り着けば〇〇達は休憩をしている所だった。
「〇〇!」
水を飲んでいた彼女を呼べば、すぐさま駆け寄ってくる。すると彼女の腰まで伸びた髪の毛が揺れ、陽の光に当たりチカチカと光った。
(…?)
「どうしました?ペル様」
「いや。隼達の報告についてお前に聞きたい事があってな」
彼女の話を聞きながらちらりと視線を向ければ、不思議に感じた理由がわかった。
「最近、髪の毛の艶が良くなったな。何かしているのか?」
話が終わり、何の気なしにそんな言葉が口から出た。
「…」
ぽかんと口を開け動かなくなった彼女を見て、聞いてはいけない事だったのかと不安になる。
「ペ、ペル様わかるんですか!?」
「わかるも何も気づいたから聞いたんだ」
「実はですね!ビビ様の専属メイドさんに髪の手入れの仕方を教えてもらいまして、ほら!髪の毛がサラサラになったんですよ!」
「そうか、良かったな」
喜んで飛び跳ねる彼女を見て、聞いて良かったのだとほっと胸を撫で下ろした。
「ほら、触ってみてください!すごいサラサラですよ!」
ただ単純に髪の毛を触って欲しかったのだろうが、流石にそれはいけないだろうと頭を掴み向きを変えた。
「わかったわかった。さ、訓練に戻りなさい」
「ペル様が話を振ってきたのに!」
「もう十分だ」
「ペル様冷たい!」
「冷たくて結構、早く行きなさい」
他の隊員達の所へと戻るように背中を軽く押してやる。冷たいと文句を言いながらも嬉しそうにこちらを振り返る彼女を見ていれば、隣から視線を感じた。
「…どうした」
「あ、いや…さっきは気づかなかったのに、〇〇の時は気づくんだなって…」
そう言われ、慌てて咳払いをした。
「ごほん!それはさっきの件があったから、たまたま目がいったんだ。それに〇〇とはほとんど毎日顔を合わせている。気づいてもおかしくはない…おかしくはない…はずだ」
最後は自分に言い聞かせるように言った。ちらりと隣を見れば、どこか生暖かい視線を向けられている。
「何だその目は…」
「いえ、なんにも」
「……おれは国王様に報告に行ってくる」
「はい、もし偵察が必要ならお声がけを」
「わかった」
未だ向けられていた見守るような視線を振り払うように咳払いをしてその場を離れた。
「アルバーナに海賊?ここ最近そんな話は聞かなかったのにね」
ビビ様の隣を歩きながら、先ほど国王様に報告した内容を話した。
「ですので黙って外出しないようにしてください。現在、隼達はその海賊の偵察に回し、脱走したあなたの監視まで手が回らないので」
「そんな事言ってちゃんと用意してるくせに。〇〇さん、今年は新しく10羽増やしたって言ってたけど?」
「…はぁ」
せっかくこっそり戦力を増やしたというのにと大きなため息を吐いた。
「そんなに心配しなくても、脱走していい時と悪い時くらいわかってるわ」
「脱走にいいも悪いもありません」
「はいはい」
全く反省の色が見えない返事にため息をついた。
「そういえば、うちの〇〇がビビ様の専属メイドに髪の手入れを習ったと聞きましたが」
「そうそう!退屈だったから〇〇さんを呼んでお話してたら、私みたいな綺麗な髪の毛にするにはどうしたらいいですかって!」
「退屈凌ぎに〇〇を呼ばないでください」
「たまにはいいじゃない。ペルも知ってるでしょうけどあの子の話は面白いのよ?」
「……」
随分と気に入られており喜ばしい事なのかもしれないが、彼女の奇想天外な行動がビビ様に悪影響を及ぼさないか不安になってきた。
「どうして急にそんな事を思ったのかは教えてくれなかったけど、なんだか真剣だったから協力しようと思って」
「そうですか」
「ペルが何か言ったの?」
「いえ、私は何も」
「そう、てっきりペルのためだと思ってたのに…もしかして他に好きな人が?」
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべ自分を見る彼女から逃げるようにして目線を逸らした。
「別に私は構いませんが」
「あら、ほんとにそう思ってるのかしら」
「思ってますよ。仕事優先な自分よりも、もっと気の利く相手の方がいいでしょう」
「自分で仕事人間だって自覚してるのね」
ビビ様の部屋の前に辿り着き、入口まで見送る。
「あ、そうだ!〇〇さんに髪飾りを贈るのはどうかしら!」
「…はい?」
部屋へと入りかけたがまた戻ってきて、きらきらと瞳を輝かせそう言った。
「そろそろ誕生日も近いって言ってたし、ちょうどいいんじゃないかしら」
「何がちょうどいいですか。それに自分はそういった物を贈った経験もないですし、〇〇の好みも知らな…」
「だったら私に任せて!きっと気にいる物を選んであげるわ!」
「いや、そもそも渡すとは言ってな…」
「早速調べなきゃ!」
こちらの話も聞かず、勢いよく扉を閉め部屋へと入ってしまった。
「……はぁ」
もう好きにさせようと俺は今日何度目かわからないため息を吐いてその場を後にした。
「はい、ペル!お待たせ!」
数日後、ビビ様が小さな紙袋をおれに手渡した。
「これは?」
「忘れたの?この前話したじゃない。〇〇さんへのプレゼント!」
「あぁ、そうでしたね…」
おれは複雑な気持ちでそれを受け取る。ビビ様と話した後で自分なりに色々考えたのだが、いくら慕われているとは言え突然上司からプレゼントなんて渡してもいいのだろうかとふと疑問に思ったのだ。気持ち悪がられて引かれるか、それとも調子に乗るか。どちらにせよ、あまり良い事だと思えなかった。
「なによペル。その顔は」
「いえ…突然私から贈り物などして、彼女が驚かないかと思いまして」
「驚くでしょうね。でもきっと喜んでくれるわ!ちょっと中身を見てみて!」
「?」
そう言われ、まだ封のされていない袋を開けて中身を取り出す。
「…これは」
白地におれの帽子と同じ柄が描かれた髪紐。
「あなたとお揃いにしたの。彼女にとって、ペルは憧れでもあり目標でもあるから。そんな人と同じものを身につけるんだから、今よりもっと身が引き締まるでしょうね」
それを聞いて、先ほどまでの不安があっさりと消えてなくなった。
「そうですね。あれは良い意味でも悪い意味でも真っ直ぐです」
おれは髪紐を丁寧に畳むと、袋の中に入れしっかりと封をした。
「ありがとうございます。きっと喜ぶでしょう」
「どんな反応をしたのか、後で教えてね」
「はい」
楽しそうに笑う彼女に微笑み返す。これは誕生日の当日に渡そうと、自分の部屋のわかりやすい場所へと保管しておく事にした。
〇〇の誕生日まであと三日。今日は先日報告にあった海賊の偵察に彼女のいる部隊が向かっている。ここ数日目立った動きもないので問題ないとは思うが、できるだけ不安は取り除いておきたいと申し出があったため送り出した。
「はは、誕生日にプレゼントとは随分と気に入っているみたいだな」
チャカと話しながら宮殿の廊下を歩く。
「ビビ様のご提案だ。どうやら最近身なりを気にし始めたらしい」
「ほう、もしや心変わりか?」
「知らん。ビビ様と同じ事を言うな」
うんざりと言うようにため息をつけばチャカが笑う。
「あの子も女の子だ、意中の相手によく見られたいのもわかる。まぁ、泥だらけで元気に走り回っている姿もいいと思うが…そこは個人の好みだ、な?」
「なぜおれに聞く…」
チャカの方を睨めば、ふと彼越しに見えた外の景色がおかしい事に気づいた。
「隼達がやけに集まっている…」
それに気づいたチャカも外を見た。
「何かあったか?」
「おれが出る。もしもの時のために兵の用意を頼んだ」
「わかった」
おれは姿を変えると窓から飛び立ち、隼達か旋回している場所へと向かった。下を見れば部下達が集まっているのが見え、すぐさま下へと降りた。
「お前達無事か!被害状況を教えてくれ」
「ペル様!街に潜伏していた海賊が暴れ出して、それを取り押さえた〇〇が怪我を…」
「何?〇〇は」
「あそこです」
話を聞いた部下の指差す方を見れるが、他の隊員に囲まれており彼女の足元しか見えない。
「〇〇!」
怪我の状態を把握せねばと名前を呼ぶ。自力で立っているという事は、そこまで重症ではないだろうと思った。彼女を囲んでいた隊員達が退き、その姿を見て息を呑む。殴られたのか顔の右側は赤黒く変色し腫れているし、彼女の腰まであったはずの髪の毛が肩の位置からざっくりとなくなっている。
「ペル様!見てください、私一人で二人も海賊を捕まえました!」
いつものように明るく振る舞う姿に、チャカとの会話を思い出して余計に胸が締め付けられた。
「え、あ…あれ?ペル様?」
彼女を痛めつけた相手に対する怒りや早くに気づいてやれなかった情けなさが顔に出そうなのを必死に引き締め、彼女の元へと早足で近づく。そして身につけていたドレーパリーを外し、それを彼女の顔が周りから見えないように被せる。
「よくやった。後はおれ達に任せて、お前は早く医者の所へ行きなさい」
「ペル様…」
「心配するな、早く治療すれば顔の腫れもすぐ治る。誰か〇〇を医師の所へ連れていってくれないか?」
「自分がついていきます!」
こんな気休めしか言えないのがもどかしいと思いながら、離れていく彼女の背を見送った。
今日の一件を片付け自室へと戻る。忘れないようにとわかりやすい場所に置いていた、彼女へのプレゼントが月明かりに照らされて寂しく影を落としていた。
「…これは必要ないか」
あの髪の長さではくくる事もできない。ならば髪紐など貰っても困るだろうと思った。彼女の髪が伸びるまで渡すのはやめようと、それを棚の奥へとしまいこんだ。
昨日の海賊の件を国王様へ報告が終わり、他の業務に取り掛かるため移動しているとビビ様に呼び止められた。
「〇〇さんは大丈夫?治療を受けたって聞いたけど…」
「相手に顔を殴られたようで腫れが少し酷く、それが治るまでは休むように伝えております」
「他には?」
「…あとは、敵の拘束から逃げるために髪の毛を切り落としました。命に関わらなかったのが不幸中の幸いかと」
「何言ってるのペル!」
突然ビビ様が声を荒げたのに驚く。何かまずい事でも言ってしまったのかと慌てて姿勢を正した。
「髪の毛は女の命!きっと〇〇さん落ち込んでると思うわ。だって頑張って手入れをしていたんだもの…」
「…」
おれはふと髪の毛を褒めた時に嬉しそうにしていたのを思い出し、何も言えずに俯いた。
数日後。〇〇が怪我から復帰したと聞き、おれは急いで彼女の元へと足を運ぶ。寂しくなった後ろ姿を見て一瞬足を止めるが、一度深呼吸をして歩みを再開した。
「〇〇」
名前を呼ばれ振り返った彼女の右頬にはまだ少しアザが見えたが、腫れはすっかりと引いておりほっと息をついた。
「怪我の具合は良くなったか?」
「はい!もうバッチリです!」
「そうか、それは良かった。あと…これをお前に」
おれは持っていた紙袋を彼女へと差し出した。
「これは?」
「この前の件で髪紐が使い物にならなくなっただろう。まだ先の話にはなるだろうが、髪が伸びたらこれを使いなさい」
そう言って彼女の手の上にそれを置くと、頭に軽く手を乗せ早足で離れる。
「え?あ、ちょっとペル様!」
静止の声も聞かず、早々にその場から去った。彼女の事だからすぐにでも中身を確認するだろう。問題はその後だ、あれを見た彼女が黙っているはずがない。すぐさま質問攻めに合うだろう。他の人間も見ている中、上手く答えられる自信はなかった。
(今さらだが、上司とお揃いというのはどうなんだ?)
冷静になってみれば疑問点が浮かんでくる。そもそも渡すのは別に今でなくても良かったのではと振り返れば、予想通りさっそく取り出して額に巻いている彼女の姿が見えた。
「…まったく、おれに冷静さを欠かせるなんて困った部下だ」
嬉しそうに動き回っている彼女を見て、苦笑いを浮かべた。
