海中トライアングル

「「キャアァァァァァッ!!」」
静かだった船内に突如甲高い叫び声が聞こえる。おれの船にこんな声をあげる女はいないはずだ。どうやら何か面倒な事が起こりそうだと、眉間を押さえため息を吐いた。
「キャプテン!キャプテン!大変だ!」
「大事件だぁ〜っ!!」
ドタドタと部屋へ走り込んできたのは、ペンギンとシャチ。
「…なんだ」
「さっき出発した島で買った酒樽の中から、女の子が出てきたんだ!」
「…は?」
「とにかく自分の目で見て確かめてくれよ!」
そう言われて、仕方なく食料や酒類を保管している部屋へと向かう。すでに二人の情けない悲鳴を聞きつけてほとんどの船員達が集まっていた。
「キャプテン!ほら見て!見て!」
「静かにしろ」
上蓋の外された酒樽を警戒しながら覗く。
「…!?」
酒樽の中には手足を縛られて猿轡を噛まされ、ぐったりとしている少女が入っていた。
「生きてんのか」
「びっくりして慌ててキャプテン呼びにきたから確認してない」
「というか怖くて触れないっていうか」
それでも海賊かと思いながら、樽の中の少女に触れる。そして手が焼けそうなほど高い体温に、すぐさま手を引いた。
「え、もしかして死んでる?」
「いや、まだ生きてる。でもこのままだと死ぬだろうな」
「えっマジ!?じゃあ早く出してやんないと」
「医務室に連れて来い。そいつ病気にかかってやがる」
「「アイアイキャプテン!」」
バタバタと彼らが少女を樽から引きずり出し、縛られた縄を解いてやるのを見て部屋を出た。
「はぁ…」
また痛み出した頭を押さえ、医務室へと向かうのだった。



身体の中は熱いけど、手足は冷たくて。
お腹は空腹を訴えるけど、口はそれを拒んで。
どうしようもできなくなって、それからどうしたのだったろう。
「…う」
うっすらと目を開ければ、見たことのない天井が見えた。
「キャプテン!目、覚ましたよ!」
声が聞こえたと思えば突然白い熊が目の前に現れ、私は驚いてその熊を凝視した。
「おい、気分はどうだ」
さらに聞こえた声の方へ顔を動かせば、怖い顔をした男が自分を見下ろしていた。
「も〜!キャプテン、そんな顔してちゃ怖がっちゃうじゃん!」
「大丈夫か〜?お前、酒樽の中に入ってたんだぜ」
次々と聞こえてくる声に驚いて身体を起こせば、自分が寝ていたベットを囲むように似たような服を着た人達が集まっていた。
「こ、ここは…」
「その前におれの質問に答えろ。体調はどうなんだ」
そう言われて、ペタペタと自分の顔や額に手を当てる。つい最近まで悩まされていた身体の火照りや痛みが嘘のようになくなっていた。
「どこも痛くないです…」
「ならいい。お前がいるここは海賊船の中だ、そして俺たちは…」
「「ハートの海賊団でーす!!」」
怖い顔をした男の言葉を遮るように、近くにいた男達が答えた。
「…海賊」
じっとりと嫌な汗が背中を流れた。もしかして海賊に買われてしまったのだろうか。
「お前さ、なんで酒樽の中に閉じ込められてたんだよ。何か悪さしてお仕置き受けてたとか?」
大きく『PENGUIN』と書かれた帽子を被った男が、ベットに頬杖をつきながらニヤニヤ笑いながら言った。それを聞いて、私は自分の状況を理解し俯いた。
「多分…捨てられたんだと思います。その…私最近調子が悪くて、ちゃんと働けなかったから。役に立たない奴隷は、木箱や樽に入れられて荷物と一緒に捨てられるんです」
「はは、え?マジ?それ。てか奴隷って…」
そうやっていなくなっていった子供達を何人も見てきたのだ。自分もその内の一人となったのだろう。素直に頷けばペンギン帽子の人から笑顔が消え、ぼすんとベッドに顔を伏せた。
「そ、そうだ!お前、名前はなんて言うんだ?おれはシャチって言うんだけどさ〜!」
今度はサングラスをかけ変わった帽子を被った男が、気まずい空気を払うように話しかけてきた。
「名前…」
私は右腕の服の袖をたくし上げ、彼らに見せる。
「名前はなくて…番号なら。77です」
「へ、へぇ〜!縁起のいい数字、じゃん…」
今度はサングラスの人もペンギン帽子の人と同じようにしてベッドへ顔を伏せた。
「親はどうしたんだ〜?」
「親は…わかりません。ずっとあそこで奴隷として働いていたので」
白熊の質問にも答えれば、また同じようにしてベッドへと倒れ込んだ。
「…決めた。キャプテン!おれ、ちゃんと面倒見るんでこの子船に置いていいですか!」
「おれも!ちゃんと世話します!」
「おれも!キャプテン!」
「馬鹿かお前ら。犬や猫と違うんだぞ」
「熊はいるのに!」
「おれはペットじゃない!」
先程までベッドに伏せていた彼らが手を挙げ、キャプテンと呼ばれた怖い男へと詰め寄った。
「お願いします!せめて!せめて次の島に行くまででいいから!」
「誰がこの海のど真ん中に捨てるって言ったんだ。次の陸地に着くまで置いてやるつもりだ」
「「やったぁ〜!ありがとキャプテ〜ン!」」
「じゃあ、寝る所用意しないとな〜」
「ツナギ小さいサイズあったっけ?」
「なきゃ、なんとかするさ」
彼らはそんな事を話しながら部屋を出ていった。他の人達も一件落着といった様子でいなくなってしまう。私はとんとん拍子で進んでしまった話を未だ信じられず、ウロウロと視線を彷徨わせていた。
「おい」
「!は、はい」
「次の島に着くまで、この船に置いてやる。その間この船の雑用をしろ。料理、掃除、洗濯…それくらいならできるだろう」
ギロリと睨まれ、私はただ頭を縦に振ることしかできなかった。
「とりあえず今日は寝てろ。病み上がりの人間に仕事をさせても碌な事にならない」
そう言って、彼は立ち上がりカーテンに手をかけた。
「船長のトラファルガー・ローだ。おかしな事をしてみろ、すぐ海の中に放り込む。よく肝に銘じておくんだな」
私はこの人には逆らってはいけないと、コクコクと頷いた。
「後で食事を持ってこさせる。どうせまともに食べてないんだろう、最初は胃に優しい物を用意させる」
彼はそう言うとカーテンを閉めて、部屋を出ていった。その瞬間、緊張の糸が切れ私はぱたりとベッドへと倒れ意識を手放したのだった。



備品室から小さめのツナギを引っ張り出し、その他必要な物もろもろを用意して医務室へと向かう。
「いや〜新しく仲間が増えるってのは嬉しいな!」
「いやキャプテン、次の島で降ろすって言ってただろ」
「え?降ろすの?」
「降ろすだろ〜だって、普通の女の子だぜ?それが急に海賊だなんて無理だろ。可哀想だし」
「陸地だからって安全だとは限らないだろ。現に酷い扱いされてたんだからさ。それに次の島で降ろすったって、その後はどうすんだよ。結局同じ事の繰り返しになるんじゃね?」
「そこはキャプテンも考えてくれるんじゃねぇのか?」
「そっち考えるよりか、この船に乗せてた方がいいって!おれ達が鍛えれば、強くなるかもしんないし!」
「あの子に武器持たせんのか。あの虫も殺せなさそうな子によ」
そんな事をシャチと話しながら医務室へと入る。中には誰もおらず小さな寝息のみが聞こえ、シャチと顔を合わせ口の前で指を一本立てた。
「失礼しまーす…」
小声でカーテンを開ければ、樽の中から引っ張り出した女の子がすやすやと寝ていた。
「「可愛い〜!おい、静かにしろ!」」
二人して同じ事を言い肩を殴り合って笑う。ここまで息ぴったりなのは、昔からの付き合いがあるからなせる事なのだと嬉しく思う。
「こんな可愛い子を許せねぇ」
「キャプテンに言ってあの酒屋に戻る?酒も一樽騙されてんだしさー」
おれはクルクルと彼女の髪の毛を指に巻き付けて遊んだ。
「無理だろ、ベポが戻れないって言ってたし」
シャチも隣でおれのマネをして髪の毛を三つ編みし始めた。
「あーあ、せっかく綺麗な色の髪なのにさ。こんな傷んじゃって」
「おいここ見ろよ。焼けてるぜ?絶対何かされたんだ」
二人して顔を見合わせる。
「「やっぱりこの船に置いてもらおう」」
そう言って、がっちりと互いに手を握り合う。
「可愛い子がいた方がおれらの士気は高まるし、もしもの時はおれらが守ればいいし!」
「おれペンギン兄さんって呼んでもらおっかな〜!」
「あ、おれもおれも〜!」
少しばかり気の早い夢を語っていると、少女の眉間にきゅっと皺が寄った。
「おっと、うるさいって」
「ここはゆっくり寝かせておいてやるか」
そろそろと持ってきた荷物を置いて、カーテンの外へと出る。
「早く元気になれよ〜」
「おにーさん達が色々楽しい事、教えてあげるからね〜!」
そう言ってゆっくりとカーテンを閉めた。
1/5ページ
スキ