アラバスタの守護神に恋をした

仕事がひと段落し休憩をと歩いていれば、門の外が騒がしい。どうやら門番と誰かが言い争っているのが聞こえる。
「どうした」
門から顔を覗かせれば、困り果てた門番と目をまん丸にした少女が同時におれの方を見た。話を聞けば護衛隊に入りたいそうで、おれは彼女から書類を受け取る。
(護衛隊に入る基準は満たしている…が)
ちらりと目の前で鼻息荒く答えを待っている少女を見つめた。
(こんな子供を…しかも女の子を入れる訳にはいかないな。何か別の仕事を与えよう)
おれは彼女の気分を害さないよう、護衛隊以外の仕事を提案した。
「で、でも私!きっと役に立つと思うんですよ!」
それでも彼女は食い下がる。仕方なく話を聞けば、以前隼を友達と言っていた少女だった。
「あの時の子供か」
確かに彼女のおかげで事件を早くに解決できた。しかしあの時とは話が異なる。どうにか諦めてもらおうと考えていると、頭上から国王様の声が聞こえた。
「面白いじゃないか、君採用」
我が国王ながら、何を考えているのかと思った。
「彼女の仕事はお前が決めたらいい。適材適所だ、任せたぞペル」
「国王様…」
この国の頂点に立たれる方が採用と言うなら、おれが反対する事はできない。仕方なく、手続きをするために彼女を案内する。
「〇〇、君はどうして護衛隊に入りたいと思ったんだ」
資料で知った彼女の名前を呼べば、目をキラキラさせて固まる。
「どうした?」
「ペル様が私の名前をもう覚えてくれてる!」
そう言って、子供のように飛び跳ねた。
(なんて幼い…)
おれはこれから始まる辛い訓練を彼女にさせていいものかと本気で悩み、思わず顔を背けた。だがまだ間に合う。彼女から『辞める』と言わせれば、すんなりと家へと返してやれる。とりあえず理由を聞いて対応を考えようと、彼女の答えを待った。
「ペル様と初めて会ったあの日。あなたに助かったと言われたからです!」
元気よく答えた彼女を見て、おれはため息をついた。
「まさか、原因はおれか」
つい思った言葉が口に出てしまう。しかし彼女は気にした様子もなく、憧れの眼差しをおれに向けた。その目を見て諦めさせる理由ができほっとした気持ちと少しの失望感に複雑な気分になった。この手の希望者は長くは持たない。少し冷たく接すれば、諦めて辞めてくれる。今までそうだった。
「動機がいささか不純だな。おれは立場上、君が部下となればそれなりの態度を取るだろう。思い出を壊してしまう前に、もう一度考え直した方がいいんじゃないか?」
「大丈夫です!私、護衛隊に入りたいです!」
(最初は皆そう言うんだ)
その瞳の輝きはいつまでもつか。彼女とおれの我慢比べが始まる。


入隊した初日から他の者と一緒に訓練に混ぜた。思っていた通り、体格のいい彼らに囲まれ彼女の姿はあまりにも弱々しく見えて不安になる。
「〇〇!そのペースでは、時間までに終わらないぞ!」
他の隊員達が不安そうな視線をおれに向けてくるが、あえて気づかないふりをして彼女に厳しい言葉をぶつけた。
「その程度で泣くんじゃない!本当の痛みはそんなものじゃないんだぞ!」
たった一日で痛々しい姿になった彼女を見て、心を痛める。
(…すまない。諦めさせるためなんだ)
「今日はこれで終了だ。明日も早い、しっかりと休むように」
ふらふらと離れていく小さな背中を見て、ぐっと拳を握りしめた。
「ペル様、なにもあそこまで厳しくしなくても…」
様子を見ていた隊員達が、おれに声をかけた。
「…やり過ぎなのはわかっている。だがここで降りてくれなければ、もっと辛い目にあうのはあの子だ。お前達をおれの身勝手に付き合わせてすまない…」
隊員達に頭を下げれば、皆困った顔をしていた。自身の部屋へと戻り、ベッドへと倒れ込む。どうか早く『辞める』と言ってくれと願いながら眠りについた。


次の日。身体中に絆創膏を貼り付けた彼女は、まだ瞳をキラキラと輝かせておれを見ていた。
(まだか…)
初日と変わらず、厳しい態度で訓練を続けた。毎日泥だらけになって、泣きそうな顔をして、それでもおれを見る目は変わらない。
「…」
「ペル様、もうやめませんか?あの子は本気ですよ」
「…だが」
「おれ達もできるだけ彼女を見守ります。それでうちの隊員達にも聞いたんですが、彼女を俺の隊に任せてくれませんか?うちの隊員達は皆娘がいます。他の隊に比べたら、少しは気持ちがわかるかと」
声をかけてくれた部隊の隊長がにっと笑った。
「ペル様もお辛いでしょう。訓練の時、一番辛そうな顔をしてますよ」
そう言われて俯く。受け入れる覚悟ができていないのは自分だけなんだと気がついた。
「…任せても構わないか?」
「えぇ、もちろん!」
その答えに、胸につかえていたものがすっと消えたような気がした。


「〇〇、今日からお前はこの隊での活動を命じる。これからは自分の隊長の指示の元で訓練するように」
彼女との我慢比べはおれの負けとなり、部隊への配属を言い渡す。
「え、ペル様は?」
「おれが見るのは新兵の時の数日と特殊部隊だ。一般部隊はそれぞれの隊長に任せている」
「…」
彼女があからさまに不服そうな顔をしたのを見て、口元が緩む。
(あんなに辛い思いをしたのに、まだおれに指導を受けたいと思えるのか)
「様子はたまに見に来る、あと仕事の依頼を頼む時とかにもな。だからそんな顔をするんじゃない。これからお世話になるんだ、隊長をはじめ同じ隊員達にしっかりと挨拶をしておくんだぞ」
そう言って小さな頭にぽんと手を置くと、彼女の瞳はさらに輝く。
「はい!わかりました!行ってきます!」
元気に返事をしたと思えば、隊員達のいる隊舎へと駆けていく。入口で堂々と名乗り勢いよく入っていく姿を見届け、おれは自分の仕事へと戻る。不安な事はたくさんあるが、この部隊ならひとまず安心だと前向きに考える事にした。


彼女が入隊して半年が経過した。毎日泥だらけになりながらも言われた事をこなし、隼達を使った正確な偵察には皆一目置いている。
「ペル様!ペル様!ペル様!」
この場所にも慣れたのか、おれを見つけるとすぐさま寄ってきては後ろをついてくる。その光景を見て『親鳥と雛鳥だ』と皆言った。
働きぶりもいい。役に立つと豪語していただけあって隼達の空からの偵察は素晴らしく、それを正確に受け取り報告する彼女も良かった。宮殿を抜け出したビビ王女を見つけたり、怪しい動きをする者達を見つけたりと次々成果を上げていた。しかし問題が一つ。
「ペル様、またあの子が医務室へ…」
「またか…」
彼女はよく無茶な事をして怪我をし、医務室に運ばれる事が多かった。自分を囮にして突っ込んで行ったり、身体を張って誰かを助けたり。護衛隊として文句のない働きだが、自身を蔑ろにしすぎだ。これは一言言わないといけないと医務室へ向かうが、部屋はもぬけのからで血のついた包帯が綺麗にまとめられて捨てられていた。
「……あいつ!〇〇!〇〇はどこだ!」
隊舎が並ぶ場所で大きな声をあげれば、〇〇と同じ隊員が彼女の首根っこを掴んで現れる。
「裏切りだぁ!」
「何が裏切りだ!怪我してんのに戻ってきやがって!ペル様にしっかり怒られろ!」
ぽいっと雑におれの前に放り出され、気まずそうに俯いた。
「…なぜおれに呼ばれたかわかっているな?」
「えーと…新しい仕事の依頼…ですか?」
とぼける彼女を睨み、診断書に書いてあった部位を軽く掴んだ。
「いっ!?」
「〇〇、また無茶をしたな。あれほどやめろと言ったのに…それに怪我をしたなら、治るまで大人しくしてろとも言っているだろう」
「もう大丈夫かと思って…」
「涙目のやつが何を言う」
怪我をした場所から手を離し、彼女の肩を掴む。
「医務室へ戻るぞ、先生にしっかり診てもらいなさい。完治するまで訓練は禁止だ」
するとおれの手をすり抜け、距離を取る。
「嫌です!大丈夫です!ちょっと骨にヒビが入ってるだけだし、反対の腕はなんともないですもん!」
「どこが大丈夫なんだ。いいから来なさい」
「本当に大丈夫です!」
そう叫んで逃げようとした彼女を同じ隊員達が捕まえ、ロープで縛られた彼女が診察室を訪れた時の医者の驚いた顔は忘れられないだろう。
そんなある日、遠征依頼が入ってくる。同行する部隊は〇〇がいる隊だが、彼女は連れて行かない。初めての遠征としては比較的良い案件だが、何年経とうと彼女を遠征へ連れて行かないと決めていた。
(何が起こるかわからん。宮殿内の方がまだ安全だ)
彼女には別の仕事を与えよう。遠征に行けなくても、彼女は十分役に立ってくれている。
「…だが、暴れるだろうな」
おれは天を仰ぎながらそう呟いた。


「どうして私だけ留守番なんですか!!」
やはり、と心の中で思う。おれの言う事をすんなりと聞いてくれるのなら、今頃ここにはいない。彼女の訴えは遠征出発日まで続き、彼女の諦めの悪さに入隊希望をしてきた時を思い出した。
「では行ってくる」
「…お気をつけて」
目の前で不貞腐れている彼女を見て、思わず口元が緩む。困った部下だが、時折見せる幼い表情に少しだけ癒されているのは皆同じ。だからこそ危険な目に合わせたくない。彼女にはここでできる大事な役目があるのだから。
「留守の間、仕事を任せた」
そう言って彼女の頭に手を置く。最近見つけた、彼女を大人しくさせる攻略法。そうして大人しくなった彼女を置いて、おれ達は遠征へと旅立った。


「いや〜大変でしたね。あの子を連れてきてなくて良かった」
遠征からの帰り道、部隊長がそう言うと皆が頷く。なぜなら偵察のみの予定が盗賊と鉢合わせ戦闘となったのだ。
「開口一番、私が囮になります!とか言って突っ込んでただろうな」
「想像つくなぁ…あいつちゃんと留守番してるかな」
「〇〇なら大丈夫だ。しっかりと仕事をしているとも、なんならおれが頼んだ以上の働きをしてるはずだ」
「え?」
隊員達はおれを不思議そうに見つめた。
「あれはわかりやすい。自分の力を証明して、次の遠征へ同行する機会を得ようと頑張っているだろう」
「あぁ〜なるほど」
他の者も思い当たる節があるのか、頷いていた。そしておれの予想は当たり、大量の報告書を持って彼女は現れ仲間達に盛大に笑われる事となったのであった。


「ペル様。今日もしお時間あれば宮殿のすぐ近くの酒屋で食事会をするんですけど、覗かれませんか?」
「食事会?」
執務室で報告書を確認していると〇〇のいる隊の隊長がそう言った。
「はい。今日は〇〇の入隊日でして、そのお祝いをしようと。お忙しいと思うので無理にとは言いません」
おれはあの日の事を思い出して、苦笑いを浮かべた。
「アイツが来て一年経ったのか。わかった、少しだが覗くとしよう」
「ありがとうございます。あ、でもあいつには内緒にしておきますね。知ったらうるさいと思うので」
「わかった」
そしてキリのいいところで仕事を切り上げ休憩がてら言われた酒屋へと向かえば、彼女はすでに酔い潰れていた。
「すみませんペル様…なんかこいつ今日様子がおかしくって…いや、いつも変なんですけど」
「そんなに飲んだのか」
「いや、酒弱いんですよ。なのに無理して飲んで…気づいた時にはこの状態で」
「まったく…まぁいい。このまま寝かせておいてやろう。いずれ起きる」
そう言って、寝ている彼女の横で他の隊員達と会話をしながら食事をする。話していれば声で起きるだろうと思っていたが、おれが食事を終えても彼女は眠ったままだった。
「おれは先に失礼するが…お前達はどうする?」
「俺達も帰ろうかと…おい、〇〇いつまで寝てんだよ起きろ!」
身体を揺さぶられても唸り声を上げるだけで、瞼が開く事はない。
「こりゃダメだ…隊舎まで担いで連れて帰るか」
「ならおれが運ぼう。お前達、家へと帰るんだろう」
基本隊舎で過ごす彼らだが、休みの日は家族の元へ帰る事がほとんどだ。きっと彼らもそうだろう。
「ペル様にそんな事させられませんよ!」
「構わん。どうせ帰る場所は同じだ、ついでに連れて帰ってやる」
「ですが…」
「ほら、背中に乗せてくれ」
彼らは困惑しながらも、彼女をおれの背中へとおぶわせた。
「〇〇〜頼むから吐いたりすんなよ…」
「恐ろしい事を言うな…」
苦笑いを浮かべ彼女を背負う。なんて軽いのだろうかと、少しだけ驚いた。
「すみませんペル様。こちらが誘っておいて、面倒事を…」
「なに、これくらいなら可愛いものだ。気にするな」
「〇〇をよろしくお願いします」
「あぁ、皆気をつけて」
彼らと別れ、彼女を背負ったまま宮殿へと向かう。
「お帰りなさいませペル様!…ところで背中のそれは?」
門番がおれの背中を見て、困った顔をしている。
「〇〇だ、酔い潰れてこの通り」
「何やってんだか…なかなかないぞ、ペル様におぶってもらえるなんて」
未だ寝ている彼女の顔を見て苦笑いを浮かべた。
「困った娘だ」
「まったくです。来た時から変わりませんな」
そう言って懐かしむように門番は笑った。おれは彼に挨拶をして別れると隊舎への道を歩く。
「お前は人気者だな。人にも動物にも好かれている」
そう声をかけると、もぞもぞと背負っていた彼女が動き出す。
「ん…うぅぅ…」
「起きたか、もう少しでお前の部屋だぞ」
「…ん?あ、ペル様ぁ!」
呂律の回っていない口調からしてまだ酔いが覚めていないようだ。
「暴れるな、気分は悪くないか?」
「ペル様ぁ、今日は私の入隊日だったんですよぉ!」
全くこちらの話を聞いていない。降ろして歩かせようと思っていたが、この状態では危険だと背負ったまま歩く。
「私も護衛隊になって…えーともう何年?」
「まだ一年だ」
「えぇ!?まだ一年しか経ってないんですか?もう五年は経ってるかと」
「お前の記憶はどうなってるんだ…」
「すごいですよね〜大好きなペル様と一緒に仕事をしてるなんて」
「そうか」
「ペル様つめたい…こんなに慕ってくれる部下はいないですよ!」
「ならおれの言う事を聞いてくれ」
「部下歴はまだ一年ですけど、ペル様追っかけ歴は十年超えです」
「話すら聞いてくれないのか」
その後も彼女は上機嫌に喋り出す。
「ペル様!『好き』という言葉には意味が二つあるんですよ、知ってました?一つはライク、二つ目はラブです!さて、私がペル様に対して思っているのはどっちの『好き』でしょうか!」
「どっちなんだ」
「どっちもです!」
何が嬉しいのか背中でご機嫌に笑い声をあげる彼女が可笑しくて自分も笑ってしまう。
「嬉しいですかペル様〜!」
「あぁ、嬉しい嬉しい」
「全然嬉しくなさそうだ!まぁペル様はモテますし?こんな小娘の相手なんかしませんよ!」
突然怒り出した彼女にまた笑ってしまう。
「それもこれもペル様がかっこいいのが悪いんですよぉ!なんなんですかペル様ぁ!」
今度は泣き出した。常日頃から表情豊かだが酔うとより一層にぎやかだ。
「お前は面白いな」
部屋の前までたどり着き、背中から彼女を降ろす。
「歩けるか?鍵は?気分は大丈夫か?」
「ペル様お母さんみたい」
「バカな事言ってないで早く部屋に入るんだ」
ふらふらと中へと入り、こちらを振り返った。顔色は良さそうなので体調面は大丈夫そうだ。
「扉を閉めたらすぐ鍵をかけなさい。あと寝る前にしっかり水を飲むんだ、わかったな」
「はーい」
間延びした返事に不安になるが、おれができるのはここまでだ。
「じゃあな」
「お休みなさいペル様」
「あぁ、おやすみ」
扉が締まり鍵のかかる音がしたのを確認して自分の部屋へと戻る。その時風が吹き抜け、思っていたより冷たく感じ身体を震わせた。
「さっきはそこまで寒く感じなかったが…」
そこで先程まで彼女を背負っていた事を思い出した。
「…まったく」
自分も甘くなったものだと、小さく笑ったのであった。


会議の後、チャカに先日の事を話した。
「ほう、あれは酒に弱いのか!それにしてもちゃんと送ってやるなんて、さすがだな」
「あのまま一人で帰らせれば何をやらかすかわからない。常日頃から不安要素なんだぞ」
「手がかかるほど可愛いと言うじゃないか。優秀なのは間違いないんだろう?」
「そうだが、もう少し落ち着きをだな…」
「はは、噂をすればだ。雛鳥がお前を見てるぞ、ペル」
「ん?」
チャカの視線を追えば、焦った顔でおれを見ている〇〇がいた。何かあったのかとすぐさま駆け寄る。
「どうした」
「あの!この前、酔った私を家まで送ってくれたのってペル様ですか!?」
緊急だと思っていたのに、話の内容はそれかと頭を抱える。しかも何も覚えていないとは。
(いや、むしろ覚えてなくて良かったか)
彼女からの好意は見るからにわかり、一緒にいるチャカですら察している。それをあえて口にしないという事は、彼女なりに隠しているつもりなのだろう。下手な感情移入は仕事に関わる。今はこのままの状態が好ましいと、あの時の会話には触れない事にした。
「私、ペル様にどーしても聞きたい事があったんですよ!」
「遠征の事だろう。何度も言った、お前は連れて行かん」
諦めの悪いヤツだとつくづく思い、大きなため息を吐いた。なんとか上手く仕事へと戻らせたが、少しすればまた言ってくるだろう。
「一度くらい連れて行ってやればいいのに。遠征の辛さを知れば、言わなくなるかも知れないぞ?」
「お前はアイツを知らないからそんな事が言えるんだ。あれはとてつもなくタフだぞ」
「ふむ…」
チャカは何故か笑みを浮かべ、〇〇が去っていった方を見た。
その後チャカと別れ自分の仕事を片付けていくが、先ほどの彼の表情が気になって仕事に集中できない。
「…くそ、なんだか嫌な予感がする」
こういう時の感はよく当たる。おれは一旦仕事を中断し、彼女がいるであろう隊舎へと向かう事にした。
(今は訓練中だろうか…)
そう思い訓練場所へと近づけば、聞き慣れた同僚の声が聞こえる。何故だと思う前におれの足は駆け出し、目の前の光景にすぐさま声を荒げた。
「何をしているんだ!」
勢い良く振り下ろされた木刀が、ピタリと彼女の頭上で停止する。早足で近寄り彼女が傷だらけなのを確認すると、そうした相手の胸ぐらを掴み上げた。
「どういう事だチャカ!」
「落ち着けペル、手合わせをしていただけだ」
「彼女は戦闘には出さないんだ、手合わせは必要ない!」
「しかしだな、もしもという事が…」
「それでもお前とやる必要はない!力の差があるんだ、お前が少しでも力加減を間違えば彼女の腕など簡単に…!」
「ペル」
名前を呼ばれ、しまったと思った時には遅かった。彼女は早口でチャカにお礼を言うと、ボロボロの身体で走り去っていく。
「待て〇〇!」
名前を呼ぶが、彼女の足は止まる事はない。追いかけようとしたがチャカに腕を掴まれる。
「離せチャカ!」
「待て、今の状態で行くと余計に話が拗れる。一度落ち着け」
「誰のせいだと…!」
「あぁ、おれが悪い。勝手な事をしてすまなかった。行くのならおれに不満をぶつけてからにしろ。そんな状態では、まともな会話ができるとは思わん」
「くっ…」
正論を言われ、仕方なく追いかける事をやめる。
「…彼女も護衛隊の一人だ。そこまで庇護にしなくてもいいだろう」
「わかってる。だが彼女は女性なんだ、おれ達とは違う」
「お前の言う事もわからなくはないが、それを承知で彼女もここへ来たんだ。おれ達が受け入れてやらなくてどうする」
「…それでも…それでもだ。おれはアイツを危険な目に合わせたくない」
「ペル…」
そう言ってその場を後にした。彼の言う事は正しい、それでもおれはできるだけ彼女を安全な場所にいさせたい。救急箱を手に取り、彼女の部屋へと向かう。
「…〇〇、いるか?」
返事は返ってこないが、彼女が逃げる場所はここしかない。少しすると部屋の中から隼の鳴き声が聞こえた。『彼女は今寝ている』と。すぐに嘘だと分かった。
(つまり、今は顔を合わせたくない…か)
本当は話がしたかったが、仕方なく救急箱を置いて立ち去る。夕刻の偵察の時間となり変身して高く飛び上がった。いつもと同じように飛んでいるというのに、錘をつけられているように身体が重く感じた。


そして次の日。昨日の事で不安になりながらも様子を伺えば、彼女はいつも通りに他の隊員と日々の仕事をこなしていた。しかし、大きく変化した事が二つ。あれから彼女が一切遠征へ行きたいと口にしなくなった。あれだけしつこく言いに来ていた事に呆れていたのに、それがぱたりとなくなると不安になるなんて我ながら勝手がすぎると思った。そしておれが遠征から帰ると増えている傷痕。本人は隼と喧嘩したと言っていたが、隼達が彼女に怪我をさせるような事はしないだろう。すぐさまおれに何かを隠している事に気づいた。
(隠すという事は、おれに認めてもらえない事なのだろう)
問いただしたい気持ちをぐっと堪えた。それを聞いて、彼女が離れていくのが嫌だった。現に最近少し余所余所しい。
(…やはりこの前の事を気にしているのか?)
おれはどうしたらいいのか、仕事を片付けながらそればかり考えていた。
ある日。遠征からの帰り、急用があったため一人だけ空から戻った時の事。チャカの管理する隊舎近くの訓練所で見慣れた姿を見つけた。慌てて地上へと降り、物陰から様子を伺えば、チャカと〇〇が手合わせをしていた。
(やっぱりか…)
あの傷痕達は彼との手合わせでついたものなのだとわかった。
(おれがいない間にチャカに頼んで稽古をつけてもらっていたんだな…)
少しずつ離れていく距離感、それもそうだと思った。彼女は縛りつけるより、伸び伸びとさせてやった方がいい。きっとおれよりもチャカの方が相性がいいのだろう。
「雛も成長すれば親から離れる…」
もう口出しはするまい、今後は彼に任せよう。若干の寂しさを感じながら、その場を後にした。その後も彼女が隠れてチャカと稽古をしているのを見た。いつ離れていくのだろうかと、その言葉をおれは少しだけ怯えて待っていた。
また遠征から戻り、彼女とチャカの手合わせの様子を陰から見る。回数を重ね、彼女の動きも良くなってきた。
(おれが稽古をつけてやれば…)
そこまで考えて頭を振る。あれだけ拒否をしたのに、今更稽古をつけてやるなんて都合が良すぎる。もう彼に任せると決めたのではないかと、往生際の悪い自分に嫌気がさした。もう戻ろうと顔を上げた瞬間、彼女がチャカの背後を取った。いけると思ったが相手は彼だ。そう簡単にはいかず、剣を取られ地面に転んでしまった。
(だが、よく回り込んだ)
確実に力をつけていく彼女を見つめ、再び戻ろうと一歩踏み出した時だった。
「どうだペル!彼女は本気だぞ!こそこそ見てないで出てきたらとうだ!」
「…っ!?」
おれが隠れて見ていたのに気づいたらしいチャカがこちらを見て叫んだ。仕方なく物陰から出ると彼女が慌ててチャカの後へと隠れた。
「…怒られるとわかっているなら、隠れてしなければいいだろう」
「お前こそ隠れて見ていただろうに」
余計な事を言うなとチャカを睨む。そして怯えている彼女を見ておれは頭を悩ませた。今更遠征への同行を許可して、おれについてくるだろうか。おれよりチャカの方がいいと言うのではないか、そんな不安を抱きながらこの中途半端に引っかかった気持ちをどうにかしたかった。
「…そこまでして行きたいか」
おれではなくチャカについていきたい、そう言われてしまうかもしれない。そんな寂しさを感じながら彼女を見れば、キラキラと瞳が輝く。
「はい!私、ペル様と一緒に遠征に行きたいです!」
その嘘偽りのない言葉に、胸を撃ち抜かれたような気持ちになる。彼女の真っ直ぐな気持ちに、またしてもおれは負けたのだ。
「…次の遠征、同行を許可しよう」
飛び跳ねてひとしきり喜んだ彼女は、おれの後ろをついてくる。雛鳥の巣立ちはまだ先のようであった事に、少しだけ安堵した。


「さぁ、行くぞ。忘れ物はないか」
彼女にとって待ちに待った遠征出発の日。大きな荷物を持って、まるで遠足に行くかのように瞳を輝かせている。
「道中も気をつけるんだぞ。何が起こるかわからないからな」
「わかりました!」
彼女の様子にも気を配りながら、歩みを進めていく。移動をしながら今回の遠征の目的を隊員達と擦り合わせる。
「海賊かぁ…捕まえられるかな」
「お前には一応捕獲用の縄を持たせたが、基本は街で隼を使っての情報収集だ」
「それじゃいつもと変わらないじゃないですかぁ!」
「何の問題がある。無茶をしてお前もおれみたいに、死んでないのに墓を建てられたいか?」
そんな事はない様にしっかりと見守るつもりだが、少し驚かせるために冗談を言った。すると彼女は神妙な顔つきになる。
「私はいいけど、ペル様は帰らないと。ビビ様や国王様が悲しむから」
「〇〇、お前…」
嫌な感覚だった。おれが彼女を他の意味でも連れて行きたくなかった理由。彼女は自分の命を軽視している。
「任せて下さいペル様!もしもの時は、私がペル様の盾になりますから!」
おれの不安そうな顔を別の意味で捉えた彼女は呑気な事を言っていた。おれはそんな事を求めてはいない。この際はっきりと言っておこうとしたが、他の隊員が会話に入り言うタイミングを逃してしまった。
(これはますます目を離せないな…)
おれはより一層、緊張感を持って今回の遠征に挑む事にした。

街へと辿り着き、部隊長と共に関係者達から話を聞く。この街の近くをうろつく海賊達の様子を見にきたのだが、最近姿を見ていない様で海へと出て行ったかもしれないらしい。
「こちらに危害を加える事なくいなくなってくれて良かったですね」
「そうだな」
部隊長と共にこの事と明日アルバーナへと帰還する予定を伝えれば、〇〇が不満を口にした。
「初めての遠征なのに…」
「何もないのが一番だ。まぁ、今日はゆっくりするといい」
せっかく来たのに何もしないのはもったいない。隊員達には少し休んでもらおうと自由時間を与える事にした。さっそく出かける準備をしている〇〇に声をかけた。
「どこへ行くんだ?」
「海を見てきます!私、海見るの初めてなんですよ〜」
にこにこと楽しそうに笑う彼女。緊張感のなさに少々小言を挟みたくなるが、今日はいいだろう。
「海は街を出て真っ直ぐだ。迷子になるなよ」
小言の代わりに揶揄ってやれば、頬を膨らませて元気に出て行った。それを見送り、街の偵察へと向かう。何もなければ自分一人で十分だ。そう、何もなければ。


街の見回りが終わり何事もなかった事に安心して宿へ戻っている途中、上空から隼の鋭い鳴き声が聞こえた。
「あれは…〇〇の隼か!どうした、何があった!」
腕を差し出せば、その上に隼が降りてくる。そして足についた紙を見つけた。すぐさまそれを広げ中身を確認し、内容を把握すると電電虫を取り出した。
「全員宿に戻れ!すぐにだ!」
自分も宿へと急げば、すでに宿には隊員達が集まっていた。
「どうしましたペル様!」
「〇〇が海で海賊を見つけた。その内の三人がこちらへ向かってきているらしい。おれ達がここへ来ている事を知っているようで、毒殺を図っているようだ」
「こっちに危害加える気満々だな…」
「最悪なのはおれ達を毒殺した後、アルバーナへ向かいビビ様を人質に金銭を要求する算段らしい」
「ここで止めなければなりませんね」
「あぁ」
「〇〇はどうしたんです?」
それに嫌な予感がして隼を見れば、バサバサと激しく羽をばたつかせ一鳴きした。
「な…一人で船の偵察に行っただと!?」
「ペル様!こっちに来てる奴らは俺達に任せて〇〇の所へ!」
「…しかし」
「絶対に捕まえます!それに俺達が海へ向かった所で時間がかかります!ペル様ならすぐです!手遅れにならない内に早く!」
「すまない、任せたぞ!」
手遅れという言葉に背中を押され、外へ飛び出し変身すると空高く飛び上がった。海まで徒歩なら一時間かかるが、全速力で飛べばその半分以下の時間で辿り着ける。後はその海賊がどこにいるのか見つけるだけ。
(くそっ、一人で行かせるんじゃなかった!)
誰かと一緒ならまだ安心だったものを、彼女一人では限界がある。また彼女の性格上、自分の命を犠牲にしかねない。嫌な予感がぞわぞわと背中を駆け上がる。
(頼む、早まるなよ!)
そしておれの予感というのはよく当たるもので、海の上に浮かぶ真っ黒な大きい雲がこちらに近づいているのが見えた。そしてそれに近づいていく船。最悪の展開を考えると、あれに彼女が乗っている可能性がある。
(いや…アイツなら確実に乗っている)
危険なら捕えると教えた。ならそうしない訳がない。おれは迷わず嵐の中へ向かっていく船へと向かった。大粒の雨と強風に煽られ、飛ぶ事が難しい。海へ落ちてしまえばお終いだ。それでも必死になって船へと近づく。そして見つけた船の上、彼女へと襲いかかる海賊達にすぐさま銃撃を放った。
「無事か〇〇!」
見た所怪我はしていない。だが状況は最悪だ。
「〇〇!ここから離れるぞ!」
今は体勢を立て直すのが優先だと思い、彼女を助けようとした。
「ここから逃げるぞ!おれに掴まれ!」
この嵐の中の飛行に不安はあったが、このままでは海賊に殺されてしまう。この嵐から離れれば、例え海に落ちても彼女なら自力で泳ぐ事ができるだろう。海賊達と交戦しながら、彼女へと近づこうとした。
「ペル様!私の事はいいので、ペル様だけでもアルバーナへ!」
「何を言ってるんだ!早く掴まれ!」
見捨てる事なんてできる訳ない。彼女も守るべき大切な人なのだから。
「でも私がいたらペル様まで…!」
彼女を連れて帰ろうと意識を逸らしていたのがいけなかった。銃声が聞こえたと思った時には、彼女は撃たれ海の上へと投げ出される。
「〇〇!」
すぐさま彼女へと向かうが、捕えるよりも先に大きな波に飲み込まれてしまう。
「〇〇!!」
「アイツを撃ち落とせ!」
「くそっ!!」
銃撃を避けながら、彼女が落ちた場所を見つめる。浮き上がってくれればまだ助けられるチャンスはある。
(頼む…上がってきてくれ…!!)
しかしいくら待っても彼女が上がってくる気配はない。それどころか嵐はさらに酷くなり、自分も空を飛び続けるのが難しくなってきた。海賊達もおれと戦うより、船が沈まない様にするので精一杯だった。
「〇〇!〇〇!」
必死になって名前を呼んでも、荒れ狂う波の音にかき消されてしまう。それでも呼び続け、上空を旋回する。すると近くで隼の鳴き声が聞こえた。彼女の隼が危険だから戻れと鳴いている。
「お前の主人が海に投げ出された!もう少し待て!」
そう伝えるのに隼は探すのを邪魔するようにおれの周りを飛ぶ。
「邪魔をしないでくれ!助けたいんだ!」
隼は戻れ戻れと鳴き声をあげる。あまりにも必死に鳴き続け、飛びにくい中おれについてくる。このままでは彼も海へと落ちてしまう。
「…っ!わかった、一度帰還する!」
仕方なく彼を庇う様に飛び、嵐の中から脱出した。


「ペル様!」
街へと戻れば、雨の中出迎えてくれる隊員達。おれは飛び疲れ動く事のできなくなった隼を抱きかかえ歩み寄った。
「ペル様ご無事で!海賊達は捕えました!」
「ペル様大丈夫ですか?顔色が悪いですよ、もしや怪我を?」
皆が不安そうな顔でおれを見る中、申し訳なくなり俯く。
「……皆、すまない…〇〇を助けられなかった…」
彼らはその場で固まった。そして言葉の意味を理解すると一人は肩を落とし、一人は目元に涙を浮かべた。
「…〇〇はどこに」
「…海だ。海賊達と船の上で交戦中、銃で撃たれて投げ出された…すまない。おれがこんな身体じゃなければ助けられたかもしれないのに…」
「そんな事ないですよ。ペル様が早く行かなければどちらにせよ…」
「…おれの責任だ。あいつを一人にしたのが間違いだった。誰かと一緒に行かせていればこんな事にはならなかった…全部、おれのせいだ」
「ペル様…」
「すまない…」
雨が降る事の珍しいこの国で、まるでおれ達の心情の様にたくさんの雨が降り注いだ。


アルバーナへ帰還する間、行きとは違いとても静かだった。そして重い足を引き摺る様に歩みは遅い。
「遠征お疲れ様でしたペル様。他の皆んなもお疲れ様です」
「…あぁ、いつもご苦労」
門番に挨拶を返し、通り過ぎようとする。
「…あれ、アイツは?」
彼は遠征へ向かったはずの彼女をキョロキョロと探す。
「おい。後で説明するから今は…」
「おれの不注意で海に…すまない」
「…え」
呆然としている彼を置いて、宮殿へと入った。
「…お前達は隊舎へ戻って休め。おれは国王様へ報告に行ってくる」
「ペル様、自分も一緒に…」
「大丈夫だ。今回は疲れただろう、しっかり休め」
同行の申し出を断り、国王様の元へと向かう。これはおれの責任であり、償うべきなのもおれだ。
「国王様、ペルです。ただいま遠征から戻りました」
国王様の元へ向かえば、ビビ王女にイガラム隊長もいた。
「ペル、ご苦労だった」
「海賊を捕らえたと報告があったが…被害は?」
「海賊なら海軍へ引き渡しました。しかし全員とはいかず、数人ほど残っていますが嵐に巻き込まれ無事かどうかは不明です。船は壊れ、もし生きていたとしてもすぐには動けないでしょう」
「嵐に?大変だったわね」
「そうか、国民が無事なら良かった」
「…はい。街の人々には被害はありませんでした」
「ペルよ、顔色がよくないな…何かあったのか」
おれは俯き、拳を強く握った。
「護衛隊の一名が嵐に巻き込まれて行方がわからず…」
「誰かね」
「…〇〇です」
「隼の彼女か…」
「申し訳ありません、私の不注意で彼女を助ける事ができませんでした。罰でもなんでも受ける所存です」
「なぜお前がそこまで背負う。元々彼女を護衛隊へ入隊を許可したのは私だ。罰を受けるのなら、この私だ」
「いいえ、彼女の世話を任されたのは私です。ならば責任はすべて私にあります」
「気負うでない、ペル。今日は休め」
「いえ、国王様。どうか罰を」
「休め。命令だ」
「…」
命令と言われてしまえば、何も言い返せない。おれは仕方なく部屋を後にした。自室に戻るも何も手につかず、あの時こうしていればと後悔がいつまでも頭の中を巡る。どんなに考えても彼女は戻ってこないのに、結局疲れて気を失うまでそれは続いた。


次の日、重い身体に鞭を打ちいつも通りに過ごす。隊舎へと向かえば護衛隊の隊員達が訓練に励んでいた。
「おはようございますペル様!」
おれに気づいた隊員達が一斉に礼をした。
「あぁ。おはよう」
あのキラキラとした瞳をおれに向ける相手はいない。
「ペル様…顔色がよろしくありません。余計なお世話かもしれませんが、お休みになられた方が…」
隊員達に心配させるほど、酷い顔をしていたのだろう。おれは慌てて首を振った。
「大丈夫だ、訓練の邪魔をしてすまなかった」
そう返して隊舎を去った。次におれが向かったのは彼女が世話をしていた隼達の部屋。
「…お前達に頼みたい事がある。海へ行って彼女を探してほしい」
どうしても彼女を見つけたい。でないと彼女の死を受け入れられないと思った。彼らは了承し、二羽ずつ海へと偵察へ向かった。どうか彼女が見つかりますように、そう祈る毎日だった。


それからは毎日隼達は海へと向かう。しかしいい報告は一向になかった。
「収穫なしか…ご苦労だった」
彼女がいなくなって二月、仕事の合間に自分でも探しに行く程におれは諦めきれなかった。
「もしかして別の場所に流されたか…なら今度は反対へ…」
「ペル、もう諦めよ」
その声に振り返れば、国王様が立っていた。
「彼女がいなくなって二月が経った。隼達が見つけられないのならもう…」
「待ってください!おれは彼女を見つけるまで…!」
「お前はまだ隼達に主人の亡骸を探させるのか?」
「…っ」
忘れていた、ここにいる隼達は皆彼女の家族であった事を。
「…明日、彼女の葬儀を行う。私達と彼女のいた隊員達だけでな」
「……はい」
国王様はそう言うと部屋を出ていき、おれはその場に崩れ落ちた。彼女と一番付き合いの長い隼がおれを労るように近づてくる。
「…すまない。おれのせいで…お前達に辛い思いを」
隼は鳴き声もあげず、ただおれに寄り添い静かにしていた。


次の日、関係者のみで彼女の葬儀は行われた。何も埋まっていない場所に彼女の名前が記された墓石のみが建っている。
(おれの時もこんな感じだったのだろうか…)
ビビ王女が墓へ花を供える。
「ペル、大丈夫か」
チャカが気遣うように声をかけてきた。
「…あぁ、少し…落ち着いた」
落ち着いたと言うより、諦めたと言った方が正しい。
「お前のように墓を建てた数日後にふらりと帰ってきたりしてな」
おれを元気づけるために言ってくれたのだろう。しかしぽっかりと抜け落ちた感覚は戻る事はなく、おれは曖昧な返事を返した。


彼女の墓ができてひと月。遠征から帰ってくるたびに花を供え、隼達の様子や仕事の報告を行う。彼女への償いとしてこの報告と隼達の世話は必ずしていた。
今日も遠征から戻り、花を持って彼女の墓へと向かう。
「〇〇、ただいま。今回の遠征も皆怪我なく帰還した、隼達も元気だ」
ここに彼女はいないのに『ただいま』なんてと自嘲する。手を合わせていると、墓地の入口に人の気配がする。なかなか人の立ち寄らない場所だ、同じ部隊の隊員かと思ったが入口付近で立ち止まり動く気配がない。おかしいと思い声をかければ姿を隠す。
(まさか取り逃した海賊の残党か…)
おれは剣に手をかけ、少しずつ距離を詰める。怪しい動きをすれば即切りつけようと手に力を込めた時だった。
「待って下さいペル様!私です!〇〇ですぅ〜!」
目の前に現れた彼女に思わず息を呑む。あの日から三ヶ月が過ぎた、死んだと思っていた彼女が少しやつれた姿で目の前に現れた。
「…本当に、〇〇なのか?」
「本物です!色々ありまして、どこから話を…!」
彼女が話している途中だったが、それを遮るように抱きしめた。
「ペ、ペル様!?」
狼狽える彼女を力強く抱きしめる。こんなに細くて小さな身体でよく生きていたと心から思った。
「よく生きていた。本当に良かった…」
「ペル様…泣いて…」
気づいた時には泣いていて、情けなく笑う。
「おれだって泣く事もあるさ」
それが彼女に伝染したのか、子供のようにわんわんと泣く彼女の背中を落ち着くまでさすってやった。


「さて…国王様になんと報告するか…」
彼女を連れ、国王様の元へと向かう。葬式もして墓も建てたというのに、生きていましたとは言いにくい。しかもその上司も同じ事をしているのだ、なんと言われるか。
「墓なんて、私なんかに建てなくても…」
ぽつりと言った彼女をジロリと睨めば、しゅんと小さくなる。
「自分の命を軽視するなと言ったはずだが?」
「…だって」
おれの心配も知らずにとため息をついた。どうしたら彼女におれの思いが伝わるのだろうか。その時は言葉にする事ができなかった。


偵察のために隼の応援を頼もうと彼女に連絡すれば、電電虫ごしに嬉しそうな声が聞こえた。いつまで経っても変わらないそれに、呆れながらも口角が上がる。
「ジェタとあと二羽ほど、応援を頼みたい」
「了解しました!」
そう伝え、ものの数分もせずに彼女の隼達が飛んでくる。
「早いな、さすがだ」
彼らは嬉しそうに鳴き声を上げる。実に優秀な隼達で指示には忠実に従い、成果を上げてくる。彼女の指導の賜物だ。
「今日も助かった。また頼む」
仕事が終わり、彼らが家へと戻るのを見送る。
「そうだ、確かこの前いい肉を貰ったんだった」
ふと先日貰った物が冷蔵庫に眠っていた事を思い出し、部屋へと取りに戻る。
「今日の礼としてこれを彼らに渡そう」
たまにしか料理をしない自分が持っていても仕方ない。おれは生肉の入った袋を咥えると窓から飛び立つ。彼女の隼達がいる部屋へ近づけば、彼女の独り言が聞こえた。
「いいなぁ〜!皆んなはペル様と空中デートができて!」
(まったく…)
おれはため息をつき、部屋の窓枠へと飛び乗った。
「おれ達は仕事をしてきたんだ」
そう声をかけ中へと入る。隼達に肉を渡し帰ろうと窓枠へ飛び乗れば、彼女の声のトーンが一気に小さくなった。おれは小さく笑いをこぼし振り返る。
「おれの背中に乗ってみるか?」
言いつけを破るのはこれで二度目だと思いながら、彼女の返事を待った。

彼女を背負い窓枠から飛び降りる。少し怖いのかおれの肩を掴む手に力が入り、素直な反応に笑みをこぼす。ひとしきり空を飛んだ感想を言い終わり、無言の時間ができる。おれは話をするなら今だと思った。
「〇〇」
「はい」
「例えばの話なんだが…お前が護衛隊の誰かと結婚したとしよう」
「……はい?」
想像もしていなかったのだろう、間抜けな返事が返ってきた。おれは気にせず続けた。
「それでだ。その相手がお前よりも国のために自分の命を犠牲にすると言えば、お前はどう思う」
「どうって…」
そんな局面になり得る事は起きては欲しくないがありえない話ではない。そしてその時おれはきっと護衛隊として国を取るだろう。
「うーん、それでいいんじゃないかと思いますね…私も護衛隊なので、もしもの時は国を取ると思います」
「…そうか、だがそれでもだ。お前は好きな相手に見捨てられたとは思わないのか?」
それがおれだとしても、とは言わなかった。
「そうは思わないですね。だって国がないと生きていけませんもん!だから国を取ったというより、国ごと守ってくれたんだって思います!」
目から鱗とはこういう事か。彼女の柔らかい頭にはつくづく感服させられる。
「…はは、国ごとか。お前はすごいな」
おれは心からそう思った。
「そろそろ戻るか」
「はい。あ、見てくださいペル様。今日も星が綺麗ですよ」
「ん、あぁ…そうだな」
背中から伝わる心地の良い温かさは、以前酔い潰れた彼女を送った時にも感じた。強欲にもおれはこれを護りたいと思ってしまったのだった。

暖かな風が通り抜ける廊下をおれはせかせかと歩いていた。
「ビビ様がいなくなられた!皆、宮殿内を探せ!」
午後一番にイガラム様が慌ててそう叫び、おれ達はバラバラに散って王女を探し歩く。
「あれほどどこかへ行く時は声をかけろと言っているのに…」
ぶつぶつと小言を言いながら探し歩いていると、窓の外に隼達を見つけた。
「お前達!頼みたい事がある!」
そう叫べは、隼達はおれの元へと集まった。
「ビビ様がいなくなられた、探すのを手伝ってほしい」
すると隼達は鳴き声をあげ空高く飛び上がる。これで少しは見つけやすくなるだろう。そしてものの数分もせず、一羽の隼がおれの元へと飛んできた。
「見つけたか!」
隼の向かう先へと進めば、そこは〇〇の部屋。つまり隼達の家だった。耳を澄ませれば、中からビビ様の楽しそうな声が聞こえる。おれは盛大にため息をついて、ドアをノックした。
「はい、どなた?」返事をしたのはビビ様。「…ビビ様。私です、ペルです」
「残念、見つかっちゃった」
反省のない声にもう一度ため息をつくとドアを開けた。
「ペルさまぁぁぁぁ〜っ!!」
すると突然〇〇が泣きながらおれの足元に縋りついた。
「ど、どうしたんだ…」
「うぇぇぇ〜ん!ペル様が生きててよがっだ〜っ!」
「まったく、何を言ってるんだ…ここ最近死にかけた事はないぞ」
「そうじゃないですよぉぉ〜!」
おれは訳がわからずとりあえず泣いている〇〇の背をさすっていると、ビビ様が楽しそうに笑った。どうやら時計塔での事を彼女に詳しく話したらしい。
「ペル様ぁ!私は…私は情けないです…ペル様が命をかけて守ってくれたのに、私はあの時ただ家に閉じこもっていただけで…!」
「それはお前はまだ子供で…」
泣きながらしゃがみ込む彼女にどうしたらいいかわからず、行き場のない手がうろうろと宙を彷徨った。「彼女、貴方が飛び立つ前に言った言葉にすごく感動ししててね。私もそうなりたいって」
その言葉にぴくりと反応する。
「…〇〇、あのな」
おれは膝をついて彼女に声をかければ、泣きながらも顔を上げた。
「ペル様ぁぁ!私、ペル様に一生ついていきますぅぅ〜っ!」
『一生ついて行く』そう言った彼女に笑みをこぼした。
「うわぁぁん!笑われた!私本気で言ってるのに!ひどいですペル様〜!」
冗談で笑われたのだと思った彼女はさらに泣きじゃくる。
「いや、おかしくて笑ったんじゃない」
「じゃあなんで…」
「〇〇。お前、今一生と言ったな?」
「…言いましたけど…」
「その言葉、よく心に留めておくんだ」
「へ?」
訳がわからないという顔をした彼女の頭に手を置いた。そのやりとりに満足したのか、ビビ様が立ち上がる。
「さぁて、ペルに見つかっちゃったし私も仕事に戻ろうかしら」
「ビビ様、隊舎でもちゃんと誰かに言伝してから行ってください。皆、貴女を心配して…」
「わかってる!でもペル、私が〇〇さんと話したいって言ったらあまりいい顔しないじゃない。言ったら止めるでしょ?」
「そんな事は…」
「私、別に王女様に悪い事教えませんけど」
「いや、おれが心配しているのはそう言う事じゃ…待て。それもあるな」
お転婆娘が二人になると何をしでかすかわからない。今までほとんど接触がなかったから気づかなかったが、新たな問題に頭を抱える。
「ペル、『それも』って何?彼女に聞かれると困る事でもあるのかしら」
意地の悪い笑みを浮かべる王女に、おれは顔をしかめた。
「今日は時間がなかったから、あまり話せなかったけど。また今度、ゆっくりお話ししましょう?次はペルが入隊して間もない頃の写真も持って来てあげる」「ビビ様!」
「ありがとうございます!」
「お前も喜ぶんじゃない!」
嬉しそうにしている彼女の頭を叩いた。
「あら、私の口から話されるのが嫌なら自分で話してあげたら?」
「…ぐ」
「え、もしかしてペル様も昔は問題児だったとか?」「お前と一緒にするんじゃない。というか問題児という自覚があるのか…」
「優秀すぎて問題児だったのよね」
「ビビ様!」
あの頃はまだ若かったから、上司と反発する事が多かったのだ。
「えぇ!?聞きたい!めちゃくちゃ聞きたいです!」「やめなさい!」
「いつも仲が良くて良いことね!じゃあまた来るわ!」
「はい!お待ちしてます!」
「ビビ様、次はおれも同席します」
「あなた何言ってるのよ。ペルがいたら色々話せないわ」
「何を話されるつもりですか!」
「色々よ色々!」
ビビ様は楽しそうに廊下を駆けていき、曲がり角で一度私達に手を振ってから姿を消した。
「今度はお菓子も用意しとこう」
「…悩みの種が増えた」
楽しそうにしている彼女を見て、おれは大きなため息をついたのだった。
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