アラバスタの守護神に恋をした
「お父さん、今日はなんだか街が賑やかだね」
父と市場へ来ていた時の事。今日の市場はいつも以上に人で溢れかえっていた。
「護衛隊だ…何かあったのかもしれないな」
「ごえいたい?」
「この国を守る人達の事だよ」
そう言われて目の前の人だかりを見れば、皆似たような服を着ており手には武器を持っていた。
「皆さん、この街に強盗犯が逃げ込んだと情報が来ております!まだ見つかっておりませんので、お気をつけ下さい!」
「気をつけろって言われてもな…早く見つかってくれるといいんだが…あっ、こら!待ちなさい!」
父の元から離れ、一番手前にいた兵士の服を引っ張る。
「おじさん。そのごうとうはんって人、私見つけるの手伝うよ!」
「え?こらこら、危ないからやめなさい」
「大丈夫だよ!おいで、ジェタ!」
ぴゅうと口笛を吹けば、鳴き声をあげて一羽の大きな隼が自分の腕へと降りてくる。
「ジェタ、この街に悪い人がいるんだって。変な人がいたら見つけて教えて!」
そう言うと、ジェタは頷き空高く飛び上がった。
「待ってておじさん。すぐジェタが見つけてくれるよ」
「でもなぁ…」
私は飛んでいったジェタをじっと見つめる。すると街の上を大きく旋回していた彼が、ある所で小さく飛び回り始めた。
「おじさん!あそこだって!」
「ほ、本当か?」
「どうした?」
一人だけ服装の違う男性が、目の前の兵士に声をかけた。
「ペル様!この少女があの鳥が飛んでいる場所に強盗犯がいると…」
「何…?」
ペルと呼ばれた男性は私を一度見て、次に空を飛んでいるジュタを見つめた。
「…はっきりとした手掛かりがない。ここは彼女とあの隼を信じてみよう」
「しかしペル様…」
「あそこへと向かう者とここへ残る者とで部隊を分ける。そこの五人はあの隼が旋回している場所を囲い込め、私は空から向かう。残された者達は引き続き警戒を怠るな」
「「了解しました!」」
バタバタと兵士達が散らばりそれを見送っていると、突然背後から風に煽られる。振り返れば、大きな鳥が砂埃を巻き上げ空高く飛び上がっていった。見上げているとふわりと大きな羽が落ちてきて、私はそれを拾い上げた。
「お父さん!見て、大きな鳥!」
「あの方はアラバスタ王国護衛隊副官のペル様だよ」
「すごい!人が鳥になった!」
初めて目にした出来事に私は興奮して持っていた羽を振り回した。
彼らがジェタの示した場所へ向かって少しすると、鳴き声を上げながらジェタと一緒に飛ぶ彼が戻ってきた。
「お帰りジェタ!」
ジェタは私の差し出した腕へと乗り、羽を整え始めた。そしてもう一羽は地面に降り立ったと思えば、何事もなかったかのように人の姿へと戻る。
「うわぁ!すごい!すごい!」
「こら!やめなさい!」
「全員撤収だ。強盗犯は捕まえた、これからアルバーナへ戻るぞ。最後まで気を抜かないように」
「「了解しました!」」
兵士達は列を成して歩き出す。
「皆さんにはご心配をおかけしました。強盗犯は捕えましたのでご安心を」
街の人々が安堵の声をあげる中、ペル様と呼ばれている男性が私の元へと近づき膝をついた。
「ペ、ペル様!?」
止めようとした父に静止をかけるように手を上げ、私の目をじっと見つめた。
「この度は協力感謝する。いい友達を持っているんだな」
「小さい頃から一緒なの」
「そうか。彼もそう言っていたよ」
「鳥の言葉がわかるの?」
「少しだけね」
彼は立ち上がると、ぽんと私の頭の上に手を置いた。
「ありがとう。助かった」
そして数回撫で優しく笑うと、先に歩き出していた兵士達の後を追いかけていった。砂埃が舞い茶色く濁る街中でも、彼の白い服が一際目立って見えた。
「良かったな!あのペル様に褒められたぞ」
「…ねぇお父さん」
「何だ?」
「私、大きくなったら護衛隊に入る!」
父が驚き慌てて何か言っていたが、心に決めてしまった私の耳には何も入ってこない。私は拾った羽根をぎゅっと握りしめた。
それから数年後、私は城の門を叩いていた。
「お願い門番さん!ここを通して人事の人に文句を言いたいの!一生のお願い!」
「一生のお願いか、なら仕方ないな…って通すか!文句を言いにきたって言ってる時点で嫌な予感しかしねぇよ!」
「だって聞いてくださいよ!護衛隊の採用条件を満たしてるのに、採用できませんって通知が来たんですよ!?」
「そりゃアンタが女の子だからさ。アラバスタのために働きたいってんなら、護衛隊じゃなくてもっと他にもあるだろ」
「私は護衛隊がいいんですよ!だから直接人事の人と話そうと思って来たんです!通してください!」
「直接話に来たってダメだ。能力者とかならまだしも、普通の女の子だろ?」
「能力者じゃないですけど特技があります!絶対役にたちます!お願いします!」
「ダメだダメだ!帰りなさい!」
かれこれ三十分くらい大きな門の前で門番とこのやり取りを繰り返す。いい加減通してくれたっていいのに、さすがアラバスタ王国の門番と言うべきか一歩も引かない。
「どうした」
突然大きな門が開き、誰かが顔を覗かせた。
「ペル様!」
突然の憧れていた人物の登場に、思わず口元に手をやった。
「聞いてください!この娘が護衛隊に入りたいと言って帰らないんです!」
「だって!ちゃんと募集条件は満たしてるのに、認めてくれないなんておかしいじゃないですか!」
「わかったから少し落ち着きなさい。書類を見せてくれ」
私は一度提出して帰ってきた書類を彼に渡した。
「確かに条件は満たしているな」
「ほら!」
「ほらじゃない!」
自信満々に門番へと胸を張れば、調子に乗るなと怒られた。
「しかし残念だが君は女性だ。護衛隊は難しいだろう」
「ペル様!今の時代、男も女も関係ないですよ!私、ちゃんと訓練についていきます!」
「と言われてもな…どうしても力の差というものがある。それに女性を危険な目に合わせるのは気が引けるんだ。考え直してはくれないか?」
そう優しく声をかけられ、惚れた弱みもあって強く言い返せなくなる。
「アラバスタのために役に立ちたい気持ちは十分にわかった。君にはもっといい仕事を紹介しよう」
この国のために働くのは当然、だからといってなんでもいいわけではないのだ。
「うぅ〜!で、でも!私、きっと役に立ちますよ!」
私の決意はかなり固い。彼に迷惑をかけるのは心苦しいが必死に食い下がった。
「例えば?」
「私、鳥を操れます」
「ん?」
「何言ってるんだ?」
彼と門番が首を傾げた。
「だってペル様、昔おっしゃいましたよね!私の友達が強盗犯を捕まえる手伝いをした時、助かったって!」
「…あぁ、あったな」
そう言うと彼が『あの時の子供か』とぽんと手を打った。
「私の友達って、自分じゃないじゃないか」
「門番さんは静かにしてて!あの時は一羽しかいなかったけど、今は十羽います!絶対、ぜーったい役に立ちます!」
子供の時は隼のジェタ一羽だけだったが、彼が家族を持ちその子供達ともやり取りができるようになっているのだ。あの時のようにきっと役に立つはずだと、私は声を張り上げた。
「…ふむ。面白いじゃないか、君採用」
突然聞こえた声に上を向けば、国王が顔を覗かせてこちらを見ていた。
「コブラ様!彼女は女性です、危険な場所へ向かう事もあります。どうか考え直して下さい!」
「そこの采配はお前が決めたら良かろう。適材適所、何も全員が前線に立つ必要はない。ところで君、鳥を使って何ができるのか教えて欲しい。芸とかはできるのかね」
「やった事ないですけど、何かやってみせます!」
「君も話に乗るんじゃない!まったく…国王が採用と決めたのならおれからは何も言えないじゃないか」
「では採用だな」
「ありがとうございます!」
私は国王に深々と頭を下げた。
「なら早速手続きを。ついて来なさい」
「はい!失礼します門番さん、これからよろしくお願いします!」
「はいはい、良かったな」
さっきまで言い争っていた門番に頭を下げれば、やれやれといった感じで笑われた。私はわくわくしながら、前を歩く憧れた背中を追いかけた。
「まったく、コブラ様は…〇〇、君はどうして護衛隊に入りたいと思ったんだ?」
「…」
「どうした?」
「ペル様が私の名前をもう覚えてくれてる!」
たった一度、さっきの資料を見ただけで自分の名前を覚えてくれた事が嬉しくて飛び上がる。
「大袈裟だな。これから共に仕事をするんだ、名前を覚えておくのは当たり前だろう」
「でも護衛隊って人がたくさんいるから、全員覚えられないんじゃないのかなって」
「こんな特殊な入隊をした人間は忘れられないだろうな」
そう言って彼が小さく笑った。もっとよく見ようと覗き込めば、反対方向に顔を向けられてしまう。
「…ごほん、質問に答えなさい。どうして護衛隊に入りたいと思ったんだ?」
「ペル様と初めて会ったあの日。あなたに助かったと言われたからです」
すると彼が驚いて私を見つめ、大きくため息をついた。
「まさか、原因はおれか」
「忙しいペル様の役に立ちたいと思って。あわよくばまた褒められたい!あの時、とても嬉しかったので」
何年経ってもはっきりと思い出せる。それほど私にとって大切な記憶なのだ。
「動機がいささか不純だな。言っておくがあの時と今は違う。おれは立場上、君が部下となればそれなりの態度を取るだろう。その思い出を壊してしまう前に、もう一度考え直した方がいいんじゃないか?」
彼は立ち止まり真剣な顔で私を見た。面倒だとか迷惑という訳ではなく、純粋に私の事を心配してくれているのだと感じた。
「大丈夫です!私、護衛隊に入りたいです!」
「…はぁ。これは手のかかりそうな部下が入ってきた」
「心配して下さってありがとうございます!ペル様はやっぱり優しい!尊敬してます!」
「尊敬してくれているのなら、おれの言う事を聞いて欲しいんだがな」
「ここはちょっと譲れないですね」
「頑固だな」
彼についていった場所で、棚の中から取り出した資料を渡される。
「これが入隊の書類だ。よく目を通しておくように」
「はい」
分厚い紙束を受取り、一枚めくれば小さな字で紙が埋め尽くされている。それだけ決まりがあって厳しい仕事なのだ。
「それとこれは必ず親に読んでもらって、サインを貰うように」
差し出された一枚の紙には、亡くなった場合の処置の方法などが書かれていた。護衛隊は前線で戦い国を守る、だから戦闘で死ぬ事はおかしくはない。もちろん私は覚悟していた。
「わかりました」
机の上に置かれた紙を取ろうと手を伸ばせば、彼が取れないように指で押さえた。
「ペル様?」
「…おれが君の親なら、止めたいと思う」
これが最後だと目で訴えられる。それでも私は諦めたくなかったので、にっこりと笑った。
「きっとそれは誰がなろうとしても、思う事だと思いますよ」
しばらく見つめあった後、彼はため息をついて紙から手を離した。
「おれの負けだ。君の覚悟は相当なもののようだな」
「ありがとうございます、ペル様!」
私は紙を受け取るとなくさないように鞄へとしまった。
「気が変わったらいつでも受け付けるからな」
「ご心配なく!私が何年憧れてたと思ってるんですか!」
この仕事にも、あなたにも。
「私、頑張りますよ!」
そう言ってにっと笑えば、彼は困ったように笑うのだった。
そして護衛隊に入隊する事ができ、それからは訓練の毎日だった。
「うぎぎぎ…!」
「ほら頑張れ〇〇!それくらい持ち上げられないとやってけないぞ!」
男性ばかりの護衛隊で心配がなかったわけではないが、私が入った隊は比較的穏やかな人が多い所だった。
「あんま無理させんな。こういうのは順を追って重くしていくんだぞ」
「でもこいつ、昨日少し軽めのやつ持ち上げたからな」
きっと彼が気を利かせて、私が生活しやすい隊へ入れてくれたのだろう。
「だーっ!持ち上げたー!」
「やったな〇〇!」
持ち上げた砂袋をどすんと降ろすと、地面へ座り込む。
「もうダメ!動けない!」
「これぐらいでバテてたら遠征行けないぞ?1日ぶっ通しで歩くんだからな」
「ひどい時は2、3日。もしくはそれ以上」
「ひぇ…」
まだ遠征をした事はないが、彼らの話が本当ならもっと鍛えなければならない。
「あ、ペル様だ」
誰かが発した言葉にぱっと顔を上げれば、彼がこちらに向かって歩いてきていた。私は慌てて起き上がり、ぴしりと姿勢を正した。
「訓練は順調か?」
「「はい!」」
「お前達に頼みたい事があってな。西の海岸で海賊船を見たとの情報があった。もしものために、確認をしに行こうと思う。それについて来てほしい」
「「了解しました!」」
まさかの初遠征。西の海岸というとそこそこ距離がある。不安とわくわくが混ざった不思議な気持ちに、思わず顔が緩む。
「そして〇〇」
「はい!」
初遠征の心得とか注意点とかだろうかと、期待に胸をときめかせながら彼を見た。
「お前は留守番だ」
「はい!…え、何でですか!?」
思わず返事をしてしまったが、慌てて聞き直した。どうして自分だけ留守番なのか。
「お前には別の仕事を頼む。せっかく隼達に指示ができるんだ、有効活用しないとな」
「それは遠征行ってからでも…」
「詳しい事はまた説明する。引き続き訓練に励んでくれ」
彼はそう言うと、くるりと向きを変え歩き始めた。
「え、待って下さいよペル様!私も遠征行きたいです!」
「ダメだ。他の仕事を頼むと言っているだろう」
「なんで私だけ!意地悪しないで下さいよぉ!」
「意地悪じゃない、適正な判断だ」
「ペル様ぁ!」
早足で歩く彼の後ろを必死についていく。その姿がまるで親鳥の後ろを追いかける雛鳥みたいだとしばらく揶揄われた。
「では行ってくる」
「…気をつけて」
結局私は遠征について行く事が認められず、一人だけ留守番となったのであった。膨れっ面で彼らを見送りに出ると、皆に笑われた。
「そんな顔をするな。お前には別の仕事を任せただろう」
「そうですけど…」
「おれの采配がおかしいか?」
「…いえ」
彼の指示は間違う事はない。だからきっとこれが最善なのだろう。仕方なく諦めて肩を落とした。
「留守の間、仕事を任せた」
そう言うと、彼はぽんと私の頭に手を乗せた。
「〜っ!そうやって優しくすれば、私が言う事を聞くと思ってますね!?」
「違うのか」
「そうですよ!」
彼は笑うと手を引き、待っている他の人達の元へ歩いて行く。
「では行ってくる」
「ペル様お気をつけてー!あと他の皆さんもーっ!」
「お前『あと』ってなんだよ!失礼だぞ!」
「サボるんじゃねぇぞー!」
「そっちこそ!ペル様に迷惑かけないようにして下さいよ!」
「お前に言われたくねぇ!」
そんな事を叫びながら、離れて行く背中を見送った。
「ジェタ!ルイーダ!ペル様達と一緒に。異変があったらすぐ伝える事。二人とも気をつけて行ってらっしゃい!」
二羽は鳴き声を上げると、先に行った彼らの後を追うように飛んでいった。
「…さて、私はペル様に頼まれた仕事をするか」
遠征について行けなかった事にがっくりと肩を落としながら部屋へと戻る。彼から貰った仕事のリストを眺めながら、ふといい事を思いついた。
「これなら次は私も連れて行ってもらえる!」
私はすぐさまそれを行動に移す事にしたのだった。
ペル様達が遠征に行ってから一週間後。いつものトレーニングをしていると、頭上から隼達の鳴き声が聞こえた。
「ん?あ、ジェタ!ルイーダ!」
腕を伸ばし広げると二羽は左右の肩にそれぞれ降り立った。
「二人共お帰り。怪我とかはなさそうだね、良かった!えっと二人が揃って帰ってきたという事は…」
すると門の外が騒がしくなる。
「ペル様達が帰ってきたんだね!」
私はすぐさま彼がいなかった間にやり遂げた仕事の報告書をまとめて持ち、声のする方へと駆け出した。慣れたように壁を駆け上って顔を覗かせれば、やはり彼らが帰還し他の兵達に労いの言葉ををもらっている所だった。
「お帰りなさいペル様!他の皆さんもお帰りなさい!」
塀の上を走っていけば、彼がこちらに目を向ける。
「こら〇〇!どこを走っているんだ!危ないだろう!」
「そんな事よりこれを見て下さいよ!ペル様がいない間に私、これだけ仕事を終わらせたんですから!」
そう言って、彼に分厚い報告書の束を渡す。彼は受け取ると一枚一枚めくって目を通した。
「どうです?私だってやればできるんですから!」
これだけ仕事ができるのなら、遠征にだって連れて行ってくれるはず。『次はお前も連れて行こう』と彼が言うのを今か今かと期待して待つ。
「そうだな。よく頑張った」
「でしょう!」
もっと褒めてくれと胸を張るが、ペル様の後ろにいた同じ隊のメンバーが笑いを堪えているのを見て首を傾げる。
「何がおかしいんですか」
「いや…あまりにもペル様の言ってた通りだなと思ってさ」
「え?」
間抜けな声をあげれば我慢できなくなったのか、皆一斉に笑い出す。
「な、なんで笑うんですか!ペル様ぁ!」
「ん?あぁ、お前がおれに認めてもらおうと、与えた仕事以上の働きをするだろうと話していたんだ。それが見事に当たってたんで、皆笑っているんだろう」
「う…」
「後は…『次はお前も連れて行こう』と俺が言うのを待っている。か?」
「うぎぎ…」
全て読まれている。彼がすごいのか、私がわかりやすいのか。どちらにせよ作戦は失敗に終わった。
「おれの采配は間違っていなかっただろう?おれ達は無事に帰って来た、〇〇はよく仕事をしてくれた。何も悪い事はない、次からもこれでいくからな」
「えぇ!私また留守番ですか!?」
「その方が皆安心して自分の仕事ができる」
「私、皆さんの足を引っ張るような事しませんよぉ〜!」
「そういう意味で言っているんじゃない。おれは国王様へ報告に行ってくる。皆の荷解きを手伝ってあげなさい」
ぽんぽんと頭を撫でると、彼はさっさと行ってしまった。
「ペル様は意地悪だぁ!」
私は隊員達の荷物を手に取りながら、離れていく背中に向かって叫んだ。
それからも仕事と訓練の毎日。その合間にペル様との距離を縮めようと頑張る。隊のみんなは私がペル様を好きな事を知っているので『怒られない程度にな』と、生暖かい目で見守られていた。
「ペル様、私新しい特技を身につけました!」
仕事の報告ついでに、本日の作戦を実行する。
「ふむ、どんな特技だ?」
珍しくペル様が食いついた。いつもならため息をつきながら仕事に戻れというのに。今日は機嫌がいいらしい。これはチャンスと机の上の書類に目を通している彼へと詰め寄った。
「私、隼達と目だけで意思疎通ができるようになったんです!」
「そうか、それはすごいな」
自分から聞いてきたのに、相変わらずの塩対応だと唇を尖らせた。
「〜っ!ペル様、隼達と目で意思疎通ができるようになったということは、ペル様とも目だけで会話ができるという事ですよ!」
「その根拠は?」
「ペル様の能力のモデルがファルコンだからです!」
「まだ変身している時ならわかるが、今は人の姿だ。わからないだろう」
「いーえ!できます!なんなら今から実践してみましょう!」
ペル様の言う通りな気がするが、長い間見つめ合うと好きになるとかという噂を聞いた事があるので、是非実践してみたい。
「ペル様の今の気持ちを読み取ってみせます!」
「はぁ…仕方ない。付き合ってやろう」
ペル様は仕事がひと段落ついたのか、ペンを置き机の上に手をついた。
「〇〇、おれが今思っている事を当ててみなさい」
「任せてください!」
心の中でガッツポーズを決め、早速ペル様の顔を見つめる。
(やった!こんな近くでペル様のお顔が拝めるなんて!…というかなんでペル様のお肌こんなに綺麗なんだろ。髪の毛もツヤツヤ…)
「…どこを見ているんだ?目を見なければわからないだろう」
「あ、そうでした」
全く別の所を見ていた事に気づかれ、慌ててじっと彼の目を見つめる。ペル様の言ってた通り何も読めはしないが、あの噂が本当なら少しは私の事を気にしてくれるだろう。
「う…」
いつも見ているから目を合わせるくらい簡単だと思っていたが、射抜くような視線に先に目を逸らしたのは自分だった。
「だ、ダメです!わかりませぇん!」
「だろうな。さ、そろそろ訓練の時間だ。戻りなさい」
ペル様は小さく笑って椅子の背もたれに体重を乗せた。
「悔しい…」
自分と違って余裕のある姿に、私はまたしても唇を尖らせたのだった。
ある日。宮殿の中を歩いていると、憧れている背中が目に入る。
「ペル様!」
大きな声で名前を呼べば、足を止めくるりとこちらを振り返った。
「〇〇か。どうした?」
私は走って彼に近寄る。
「ただお姿が見えたので、呼んでみただけです!」
「なんだそれは…」
彼は困ったように笑うとゆっくりと歩き始め、私もそれについて行く。
「今日は隼達からの報告はないか?」
「はい、何事もなく平和だそうですよ」
「それは良かった」
「ペル様、後でお時間あれば手合わせお願いしてもいいですか?私この前、副隊長から一本取ったんですよ!」
「ふむ、それはよくやったな。でもダメだ。隊長から一本取れたら考えよう」
「何で!?ペル様厳しすぎる!他の人達とは稽古するのに〜!」
他愛もない会話をしながら歩く。彼は相変わらず素っ気ないが、私はこの時間が好きだ。
「あ、ペル様。国王様が隼達を使って芸が見たいっておっしゃってて、それで考えたんですけど…」
「ペル!」
長い廊下によく通る声に顔を向けると、ビビ様がこちらに向かって歩いてきた。
「あ…私帰りますね」
邪魔になってはいけないとすぐさま一歩後ろへ下り、一礼するとその場から離れた。そして通路の影からそっと様子を伺えば、何を話しているのかはわからないが楽しそうに笑い合っているのが見えた。ペル様はビビ王女。二人が一緒にいる光景を見るたびに、自分が立ち入る隙間なんてないのではと思い知らされる。段々と見ているのが辛くなって、私はその場から走り去った。
「勝てるわけない、でも好きなんですよぉ〜!」
ドンと空になったジョッキをテーブルに叩きつける。
「おい、誰だこいつに酒飲ませたやつ」
今日は同じ隊のメンバーと酒屋で飲み会をしており、やけ酒とまではいかないがいつもよりお酒を飲んでいた。
「どうせ私なんてビビ様の足元にも及ばないですよ!」
「誰も何も言ってないぞ」
「そもそもペル様とビビ王女がそんな関係だなんて誰が言ったんだよ」
「私の勘です」
「じゃあ当てにならないな」
「いーや!見てたらわかるんですよ!ペル様の表情、対応がまるで違う!」
「そりゃ相手はビビ王女だし…」
「それ以上の何かを感じるんですよぉ!」
「あーもう飲むのやめろやめろ!」
ジョッキを奪われ差し出された水を飲めば、少しだけ気分が落ち着いた。
「…最初からわかってたんですよ、私の恋は実らないって。それでもペル様のそばにいたくてここまで来た…私ってなんて健気なんですかねぇ!」
「健気って言葉の意味知ってるか?」
「知ってます!?初恋って実らないんですよぉ〜!」
「ダメだこりゃ…」
潤んできた目元を隠すように、テーブルに突っ伏した。護衛隊へ入る時に少しは覚悟していたつもりだったが、辛いものは辛い。
「大体ペル様が優しくてかっこいいのが悪いんですよぉ…ずっと憧れてて、ずっと好きだったんです…」
周りの喧騒にかき消され私の言葉は誰の耳にも届く事はなく、眠気に襲われゆっくりと意識を手放した。
遠くから隼達の鳴き声が聞こえる。
「…う〜ん、何?もうご飯の時間?」
ぼんやりとした意識の中、そういえば酒屋で飲んでいた事を思い出した。
「…あれ!?家だ!」
起き上がれば自分のベッドの上で、その周りを早く餌をくれと隼達が囲んでいた。
「え、私昨日寝落ちしてから記憶ないんですけど!?どうやって帰ってきた!?」
そんな事はどうでもいいと、隼達が餌を強請って身体を突く。
「いたっ!痛い!わかったわかったから!ご飯あげるって!」
仕方なく先に餌を与え、必死に昨日の記憶を辿ろうとする。しかしテーブルの上に倒れ込んでからの記憶が本当にない。隊員の誰かがここまで運んでくれたのか、それすらも定かではない。
「…まぁ、仕事行った時に聞けばいいか」
特に何もおかしな所はなかったので、自力で帰ってきたのかもしれない。次の仕事に行った時にでも誰かに聞けばわかるだろうと、そこまで気にしなかった。
「おはようございます。先日はお疲れ様でした」
「おーお疲れさん、二日酔いにならなかったか?」
「平気でした〜!それよりあの日、私どうやって帰ったんですか?全く記憶ないんですけど」
そう聞けば、皆苦笑いを浮かべながら顔を見合わせている。
「…な、なんなんですか?」
「お前、後でペル様にお礼言いに行った方がいいぞ」
「…え?」
長い廊下を全速力で走る。誰かに見つかったら怒られてしまうだろうが、そんな事気にしていられない。
「多分今の時間は会議してるだろうからぁ…」
息を切らせながら、アラバスタの偉い人達が集まる会議室の近くで待機する。少しするとゾロゾロと人が出てきて、その中に彼の姿を見つけた。
「…ぺ、ペル様!ペル様!」
できるだけ小声で彼の名を呼んだ。先に気づいたのはチャカ様で、私の顔を見てなぜか笑いながらペル様の肩を叩いた。ペル様は私を見ると小走りで駆け寄ってきたので、私も走って彼に近づく。
「ペル様!」
「どうした、何かあったのか?」
「はい。場合によってはとんでもない事です」
「聞かせてくれ」
「酔っ払った私を家まで送ってくれたのってペル様ですか?」
それを聞いたペル様は額に手を当て、大きなため息をはいた。
「…なんだ、そんな事か。まったく…何かあったのかと思って心配したんだぞ」
「否定しないって事は、本当なんですか!?」
「あぁ、そうだ。何かいけなかったか?」
「どうして!?飲み会に来るなら来るって言ってくださいよぉ!それなら私飲まずに待ってたのに!仕事の愚痴とか聞いて欲しかったんですよ!?」
彼はまた大きなため息をついた。
「お前の言いたい事はなんとなくわかる。どうして私を遠征に連れて行ってくれないんですか、だろう?」
「わかってるならお願いしますよ!」
「ダメだと前にも言った。お前の仕事はここで王国の情報収集と報告だ。戦闘への出動は認めん」
「ペル様のケチ〜!」
「上司に向かってケチとはなんだ。何もないなら仕事に戻りなさい」
彼に背中を押されて仕方なく歩き始める。
「お前の隼達がいないとできない仕事もあるんだ。自信を持って勤めなさい」
「別に私がいなくてもいいじゃないですか〜」
「そんな事はない。お前がいなければ、彼らへの指示は誰がするんだ」
「ペル様でもできますよぉ…あの子達はいい子だから…」
「いや、ダメだ。お前達の活躍に皆が期待している」
そう言って、大きな手でぽんと頭を撫でられれば何も言えなくなる。彼はこれをすれば私が大人しく仕事に戻ると知っているのだ。
「〜っ!ペル様の人たらしー!」
私はそう言い捨てて走り出した。
「誰が人たらしだ。おい、廊下は走るな!」
ペル様に怒られたので走るのはやめ、早歩きで訓練所へと戻るのだった。
訓練所へ戻れば、他の隊員達が休憩をしていた。
「〇〇、ちゃんとペル様にお礼言って来たかー?」
「…あ、お礼言うの忘れてた」
「何しに行ったんだお前…」
皆が苦笑いをして私を見た。
「ていうか!ペル様が来るって言ってくれれば、あんなに酔う事なかったんですよ!」
「俺らのせいかよ!こっちは驚かせてやろうと内緒にしてたんだぜ?」
「サプライズだよ、サプライズ!」
「サプライズは嬉しいですけど、何も記憶に残ってないんですよ!」
「そりゃ酒に弱いお前が悪いな」
私を除いて皆が大きな笑い声をあげた。私は子供っぽく地団駄を踏むしかなかった。
「相変わらず仲が良くていいな、この部隊は」
背後から聞こえた声に振り返れば、チャカ様が立っていた。
「「チャカ様!お疲れ様です!」」
「うむ」
「どうしたんですかチャカ様。急な仕事でも入りましたか?」
「いいや、最近ペルから部下がやる気に満ち溢れていて大変だと聞いて様子を見に来たんだ」
「お前の事だろ」
「やる気がある事の何が問題なんですか」
近くにいた先輩に肘で小突かれ、こちらも負けじと肘で小突き返す。
「ははは!確かに元気が有り余っているようだな。どうだおれと手合わせでもするか?」
「チャカ様と?」
「チャカ様!こいつこれまでまともに剣なんて持った事ないんですよ!危ないですって!」
「何も本物じゃなくてもいい、木刀はないか」
「それでも危ないですって!こいつ何するか分からないんですから!」
「それは楽しみだな」
チャカ様は他の隊員達が止めるのも聞かずに木刀を取り出して素振りを始めた。私はどうしたらいいのかわからず、その様子をただ見ていた。やっとこの前自分の隊の副隊長からお情けの一本を取っただけなのに、護衛隊の副官に敵うわけがない。
「どうした?急に元気がなくなったな。そんなに緊張しなくてもいい、いつもやっているようにかかってこい」
「…でも」
「おれに少しでも剣先を触れさせられれば、ペルに遠征へ連れて行くよう進言してやるぞ?」
「お願いします!」
「この馬鹿、即答しやがった!」
「チャカ様、どうかお手柔らかに」
「わかっている、心配するな」
不安そうな仲間達の視線を受けながら木刀を持ち、自分よりもかなり上にあるチャカ様の顔を見上げた。
「お、お願いします!」
「あぁ、どこからでもかかってこい」
自分の隊以外の人と手合わせするのは初めて、しかも相手は副官。緊張で手にじんわりと汗をかいているのがわかる。それにかかってこいと言われたが戦闘経験のない自分にもわかるほど、どこへ打ち込んでもダメだというのがわかった。
「…ふむ、打ち込んでこないか。なら、こちらから行くぞ!」
なかなか手を出さない自分に痺れを切らしたのか、チャカ様が容赦なく打ち込んでくる。
「うっ!?」
これまでの甘ったるい手合わせとは違い、一撃が速く、そして重い。なんとか受け止めるもその強さに手が痺れ、木刀を手放してしまいそうになる。
「受け流すだけでは勝負がつかんぞ!」
そうは言われても、今の自分にはギリギリでそれしかできない。
「構えが甘い!」
「くっ!?」
両手を上に跳ね上げられた瞬間、ガラ空きになった腹部に柄頭を打ち込まれ身体が真後ろに飛んだ。
「げほっ!…っう!」
「どうした、これで終わりか?その程度では、遠征など連れて行けんな」
「くっ…」
私は痛みに耐えてなんとか立ち上がる。
「よし…次いくぞ!」
チャカ様の攻撃を一つ受け流したと思えば、隙をつかれ一撃をくらう。その繰り返し。全身から痛みが走り、手の感覚はほぼなかった。
「まだまだ!」
チャカ様が大きく振り上げた木刀を受け止めるために自分の上に木刀を掲げる。きっとこの後、隙だらけの腹に一撃がくるだろうなと思いつつもどうしようもできない。せめてこの一撃だけでも受け止めてダメージを少なくしなければと歯を食いしばった。
「何をしているんだ!!」
大きな声が響いて、ピタリとチャカ様の手が止まる。
「しまった、親鳥が来たか…」
苦笑いを浮かべたチャカ様の視線を追えば、ペル様が怖い顔をしてこちらへと早足で向かって来ているのが見えた。
「…〇〇…どういう事だ、チャカ!」
ペル様はぼろぼろの私を見ると、すぐさまチャカ様の胸ぐらを掴み上げた。
「まぁ落ち着けペル。少し手合わせをしていただけだ」
「彼女は戦闘には出さないんだ、手合わせなど必要ない!」
「だが、もしもという事があるんだ。やっておいて損はないだろう?」
「だからと言ってお前とやる必要はない!力の差があるんだ、お前が本気を出せば彼女の腕の骨など簡単に…!」
「ペル」
チャカ様に咎められ、ペル様がしまったといった顔をして私を見た。なんとなく分かってはいたが、私はとても甘やかされていたようだった。
「…っ!チャカ様、お手合わせありがとうございました!」
私はチャカ様に頭を下げると、痛む身体に鞭を打ちその場から走り出した。
「待て〇〇!」
ペル様の呼び止める声が聞こえたが足を止める事はせず、そこから逃げた。
自分の部屋へと転がり込むようにして入り、鍵をかけてベッドへと倒れ込む。
「…っ、うぅ…」
悔しい、情けない、恥ずかしい。色んな感情が混ざり合って涙が溢れた。一番の古株である隼のジェタがベッドへと飛び乗って私の様子を伺うように鳴いたが、私はそれに答える事はできなかった。
部屋へと逃げ帰りどれくらい経っただろうか。ジェタが何かを察知してベッドから飛び立つと、控えめなノックが聞こえた。
「…〇〇、いるか?」
訪れた人物の正体がわかり、静かに息を潜めた。
「その…さっきの手合わせで怪我をしただろう。手当をしたいんだが、出てきてくれないか?」
「…」
私は何も答えず、ベッドの中へ潜り込んだ。するとジェタが入口の方へと近づき、一声鳴いた。
「…そうか、寝ているのか。なら、ここへ薬などが入った箱を置いておくから、お前の友達が起きたら教えてやってくれないか」
彼がそう言うと、返事をするようにジェタが鳴いた。私を気遣って、代わりに返事をしてくれたのだろう。部屋の前から人の気配が消えると、私は起き上がり入り口の戸を開け顔を覗かせた。戸を開いたすぐ横に救急箱が置いてあるのを見つけ、それを手に取り部屋へと戻る。
「…ありがとうジェタ。ジェタが返事しなかったら、ペル様ずっとあそこに立ったままだったよ」
きっと彼にはジェタの嘘なんてわかっていたが、『顔を見せたくない』と遠回しに言われ仕方なく帰ったのだろう。私は救急箱から傷薬を取り出し、片っ端から目に入った傷跡に塗り込んでいった。
「〜っ!痛い…」
大量に使ったせいで部屋が消毒液臭くなってしまい、すぐに窓を開けた。空には星が出始め、もう日が沈みかけていた。
「…長い間泣いてたんだ、私」
朱色と紺色が半々になった境目をじっと見ていると、何かが横切った。
「…ペル様だ」
きっと偵察だろう。大きかった影がどんどん小さくなっていく。
「…私、もっと強くなるよ。ペル様の事が好きってだけじゃなくて、ペル様に喜んで欲しくて護衛隊に入ったんだ」
今の自分では足手まといだ。それをはっきりと自覚した。ジェタが私の肩にとまり、慰めるように毛繕いをしてくれる。
「明日から特訓だ〜!筋トレして剣術もやって走り込みもして…あ、仕事もしないとな。時間足りないよ〜」
私は散らかした救急箱を片付け、明日のための準備をするのだった。
「おはようございまーす!」
「おう、おはよう…あー大丈夫か?身体とか…その、色々…」
「え?何がですか?」
隊長が言葉を選びながら声をかけてくるが、私の中では昨日の事はもう終わっている。
「いや、お前が平気ならいいんだ。別に俺達はお前の事を…」
「それより隊長!剣術教えてくださいよ!正面から受けるんじゃなくて、こう…流す感じで避ける〜みたいな?」
皆がぽかんと口を開いて立ち尽くす。
「馬鹿がいるぞ馬鹿が」
「お前昨日ので懲りただろ。あんだけチャカ様にやられたってのによ」
「いやでもまだ一本入れてないし」
「入れるつもりでいるのか」
「やっぱり馬鹿だ」
「だって遠征に行きたいんだもん!チャカ様に進言してもらえば、さすがのペル様も了承してくれるはず!」
「お前がチャカ様に勝てるわけないだろ。チャカ様直属の隊長ですら、大変だって言うのに…」
「勝つ必要はないんですよ、剣先がちょっとでもかすれば私の勝ちなんですから!」
私は木刀を取り出して素振りを始めた。隊長を始め他の隊員達は苦笑いを浮かべながらも、同じように木刀を手に取った。
「まずは構え方からだな。基礎ができてなきゃ、何やったってダメだ」
「チャカ様に迷惑かけるのもあれだし、付き合ってやるよ。その代わりペル様には言うなよ?絶対怒るから」
「ありがとうございます!」
それから仕事と訓練の合間に稽古をつけてもらうようになった。
「チャカ様!お忙しいところ申し訳ありません!一本お願いします!」
そして私は週に一度、チャカ様に手合わせを挑みに行った。
「…手合わせするのはいいが、前回の事でペルにきつく言われてだな。また見つかるとどうなるか…」
「それなら大丈夫です!ペル様は遠征で留守にしていますので!」
「なるほど、鬼の居ぬ間に…というやつか。いいだろう、かかってきなさい」
勝てる見込みなんてないが、それでも着実に力はついてきている。初めての頃に比べて、チャカ様の攻撃を受け流すのも苦ではなくなった。
「ただいま戻ってきた。おれがいない間に変わった事はなかったか?」
「はい、何も。アラバスタは今日も平和です」
遠征から帰ってきたペル様に呼ばれ、彼がいなかった間の状況を報告する。
「…〇〇、えらく傷だらけだな。どうしたんだ」
彼にじっと見つめられ、ぎくりと固まる。チャカ様や他の隊員達との手合わせで、擦り傷やアザなど身体に傷が絶えなかった。
「えーと、隼達と喧嘩しちゃって…」
「隼達と?それは珍しいな」
「えぇ、はい…新しい子がなかなか手強くて…」
本当はそんな事ないのだが、チャカ様達と手合わせしている事がバレると怒られると思い言わなかった。
「そうか、傷はちゃんと手当をしておくんだぞ」
「は、はーい」
気づかれてしまうかと思ったが、彼はそれ以上何も言わなかったので部屋を後にした。
それからも鍛錬の日々は続く。ペル様が遠征でいない時はチャカ様に手合わせをお願いしに、それ以外は同じ隊員に。ペル様に見つからないようにやるのは大変だったが、それでも少しずつ力をつけていった。
「最近、遠征に連れて行けと言わなくなったな」
報告書をまとめていると、突然ペル様がそんな事を言った。
「そ、そうですかね…?」
「あぁ。前はおれが言うよりも先に出発日を調べて、志願しに来ていただろう」
そう言われて言葉に詰まる。確かに最近は鍛錬に集中していてすっかり忘れていた。
「い、今ちょっと…忙しいというか、なんというか…まだ幼い隼の子のお世話があってですね…」
「そうか」
彼はそれ以上何も聞かず、いつも通りの様子にほっと息をついた。
今日もペル様が遠征に行っている間に、チャカ様に手合わせを挑む。
「うぎぎ…!」
「ほぅ、だいぶん力がついたようだな〇〇。おれの攻撃に耐えられるようになったじゃないか」
「ま、まだまだぁ!今日こそはチャカ様に一撃決めますよ!」
「いい心意気だ、やってみろ!」
二度目の攻撃が来る前に一度離れる。ただ闇雲に近づけばいいものではないと学んだ。適切な間合いと攻撃のタイミング。それを見抜けなければ、チャカ様に一撃なんて当てられない。
「さぁ、あまり時間はないぞ。早くしないとペルが帰ってくる」
一か八か同じ部隊の隊員達と練習した技をやってみようと、ぎゅっと木刀の柄を握った。
「行きます!」
「来い!」
わざと大きく木刀を振りかぶれば、隙だらけの部分に攻撃がくるはず。狙い通りにチャカ様はガラ空きの腹へと狙いを定めた。それを受け流しながら姿勢を低くする。小さな身体を使ってするりとチャカ様の横を通り抜けると、身体を捻り木刀を振った。
「っ!?」
チャカ様の死角に入り込みこれならいけると思っていたら、素手で木刀を受け止められてしまった。
「ええっ!?」
驚いている間に木刀を取り上げられて地面に転がった。
「くぅ…まさか素手で掴まれるなんて…チャカ様もう一度!」
「いや、もう十分だ」
「え!?そんな、私まだやれますよ!」
私は見放されてしまったのかと慌てて立ち上がりチャカ様に縋りつくと、彼は大袈裟に笑った。
「違う。一番初めに言ったじゃないか」
「え?」
「おれに少しでも剣先を触れさせられたら、ペルに遠征へ連れて行くよう進言してやると」
「確かに言ってましたが…」
「剣は取られたが、おれに触れた。ならお前の勝ちだ」
「…え?勝った?私が?」
「どうだペル、彼女のやる気は本物だ!こそこそ隠れて見てないで、こちらへ来たらどうだ?」
「え、ペル様?」
私はこの展開に追いつけず、おろおろとチャカ様を見てその視線の先を追った。すると、柱の影からペル様が気まずそうな顔をして出てくる。
「ペル様…」
怒られるかなと、そろりとチャカ様の後ろへ下がる。それを見てペル様は大きなため息をついた。
「…叱られるとわかっているなら、おれに隠れて鍛錬などしなければいいだろう」
「よく言う、お前も隠れて見ていただろうに」
「…」
チャカ様がぽつりと言えば、ペル様がじっと睨みつけるが気にした様子もなく笑った。
「まったく…お前の諦めの悪さには困ったものだな」
私は緊張しながら姿勢を正し、彼の様子を見ていた。
「…そこまでして、ついて来たいのか」
「はい!私も一緒に行きたいです」
「……わかった。次の遠征、同行を許可する」
「…え、いいんですか!?」
彼は渋々といった表情で答えた。
「いいも何も…ここでおれがいいと言わなければ、お前を遠征に行かせるためにチャカが何か策を考えるはずだ。突然お前が入るくらいなら、最初からいてくれた方が対応が効く」
「私、足手まといにならないよう頑張りますよ」
「おれはお前の事をそんな風に思った事はない。それに同じ部隊の者達もそうだ。皆、お前に怪我をさせたくないのだよ」
そう言って、彼は困ったように笑った。
「随分と可愛がられているようだな。まぁ良かったじゃないか、これで遠征に行けるんだ」
隣でチャカ様が楽しそうに笑った。
「ありがとうございます、チャカ様」
「向上心があるのはいい事だ。これからも鍛錬は怠らないようにな」
「はい!」
「〇〇、早速遠征の打ち合わせを行う。来なさい」
「はい、ペル様!」
私はチャカ様にもう一度頭を下げると、ペル様の後ろを走って追いかけた。やっと護衛隊として本格的な仕事ができる、それが嬉しくて手合わせで受けた痛みなど全く気にならなかった。
父と市場へ来ていた時の事。今日の市場はいつも以上に人で溢れかえっていた。
「護衛隊だ…何かあったのかもしれないな」
「ごえいたい?」
「この国を守る人達の事だよ」
そう言われて目の前の人だかりを見れば、皆似たような服を着ており手には武器を持っていた。
「皆さん、この街に強盗犯が逃げ込んだと情報が来ております!まだ見つかっておりませんので、お気をつけ下さい!」
「気をつけろって言われてもな…早く見つかってくれるといいんだが…あっ、こら!待ちなさい!」
父の元から離れ、一番手前にいた兵士の服を引っ張る。
「おじさん。そのごうとうはんって人、私見つけるの手伝うよ!」
「え?こらこら、危ないからやめなさい」
「大丈夫だよ!おいで、ジェタ!」
ぴゅうと口笛を吹けば、鳴き声をあげて一羽の大きな隼が自分の腕へと降りてくる。
「ジェタ、この街に悪い人がいるんだって。変な人がいたら見つけて教えて!」
そう言うと、ジェタは頷き空高く飛び上がった。
「待ってておじさん。すぐジェタが見つけてくれるよ」
「でもなぁ…」
私は飛んでいったジェタをじっと見つめる。すると街の上を大きく旋回していた彼が、ある所で小さく飛び回り始めた。
「おじさん!あそこだって!」
「ほ、本当か?」
「どうした?」
一人だけ服装の違う男性が、目の前の兵士に声をかけた。
「ペル様!この少女があの鳥が飛んでいる場所に強盗犯がいると…」
「何…?」
ペルと呼ばれた男性は私を一度見て、次に空を飛んでいるジュタを見つめた。
「…はっきりとした手掛かりがない。ここは彼女とあの隼を信じてみよう」
「しかしペル様…」
「あそこへと向かう者とここへ残る者とで部隊を分ける。そこの五人はあの隼が旋回している場所を囲い込め、私は空から向かう。残された者達は引き続き警戒を怠るな」
「「了解しました!」」
バタバタと兵士達が散らばりそれを見送っていると、突然背後から風に煽られる。振り返れば、大きな鳥が砂埃を巻き上げ空高く飛び上がっていった。見上げているとふわりと大きな羽が落ちてきて、私はそれを拾い上げた。
「お父さん!見て、大きな鳥!」
「あの方はアラバスタ王国護衛隊副官のペル様だよ」
「すごい!人が鳥になった!」
初めて目にした出来事に私は興奮して持っていた羽を振り回した。
彼らがジェタの示した場所へ向かって少しすると、鳴き声を上げながらジェタと一緒に飛ぶ彼が戻ってきた。
「お帰りジェタ!」
ジェタは私の差し出した腕へと乗り、羽を整え始めた。そしてもう一羽は地面に降り立ったと思えば、何事もなかったかのように人の姿へと戻る。
「うわぁ!すごい!すごい!」
「こら!やめなさい!」
「全員撤収だ。強盗犯は捕まえた、これからアルバーナへ戻るぞ。最後まで気を抜かないように」
「「了解しました!」」
兵士達は列を成して歩き出す。
「皆さんにはご心配をおかけしました。強盗犯は捕えましたのでご安心を」
街の人々が安堵の声をあげる中、ペル様と呼ばれている男性が私の元へと近づき膝をついた。
「ペ、ペル様!?」
止めようとした父に静止をかけるように手を上げ、私の目をじっと見つめた。
「この度は協力感謝する。いい友達を持っているんだな」
「小さい頃から一緒なの」
「そうか。彼もそう言っていたよ」
「鳥の言葉がわかるの?」
「少しだけね」
彼は立ち上がると、ぽんと私の頭の上に手を置いた。
「ありがとう。助かった」
そして数回撫で優しく笑うと、先に歩き出していた兵士達の後を追いかけていった。砂埃が舞い茶色く濁る街中でも、彼の白い服が一際目立って見えた。
「良かったな!あのペル様に褒められたぞ」
「…ねぇお父さん」
「何だ?」
「私、大きくなったら護衛隊に入る!」
父が驚き慌てて何か言っていたが、心に決めてしまった私の耳には何も入ってこない。私は拾った羽根をぎゅっと握りしめた。
それから数年後、私は城の門を叩いていた。
「お願い門番さん!ここを通して人事の人に文句を言いたいの!一生のお願い!」
「一生のお願いか、なら仕方ないな…って通すか!文句を言いにきたって言ってる時点で嫌な予感しかしねぇよ!」
「だって聞いてくださいよ!護衛隊の採用条件を満たしてるのに、採用できませんって通知が来たんですよ!?」
「そりゃアンタが女の子だからさ。アラバスタのために働きたいってんなら、護衛隊じゃなくてもっと他にもあるだろ」
「私は護衛隊がいいんですよ!だから直接人事の人と話そうと思って来たんです!通してください!」
「直接話に来たってダメだ。能力者とかならまだしも、普通の女の子だろ?」
「能力者じゃないですけど特技があります!絶対役にたちます!お願いします!」
「ダメだダメだ!帰りなさい!」
かれこれ三十分くらい大きな門の前で門番とこのやり取りを繰り返す。いい加減通してくれたっていいのに、さすがアラバスタ王国の門番と言うべきか一歩も引かない。
「どうした」
突然大きな門が開き、誰かが顔を覗かせた。
「ペル様!」
突然の憧れていた人物の登場に、思わず口元に手をやった。
「聞いてください!この娘が護衛隊に入りたいと言って帰らないんです!」
「だって!ちゃんと募集条件は満たしてるのに、認めてくれないなんておかしいじゃないですか!」
「わかったから少し落ち着きなさい。書類を見せてくれ」
私は一度提出して帰ってきた書類を彼に渡した。
「確かに条件は満たしているな」
「ほら!」
「ほらじゃない!」
自信満々に門番へと胸を張れば、調子に乗るなと怒られた。
「しかし残念だが君は女性だ。護衛隊は難しいだろう」
「ペル様!今の時代、男も女も関係ないですよ!私、ちゃんと訓練についていきます!」
「と言われてもな…どうしても力の差というものがある。それに女性を危険な目に合わせるのは気が引けるんだ。考え直してはくれないか?」
そう優しく声をかけられ、惚れた弱みもあって強く言い返せなくなる。
「アラバスタのために役に立ちたい気持ちは十分にわかった。君にはもっといい仕事を紹介しよう」
この国のために働くのは当然、だからといってなんでもいいわけではないのだ。
「うぅ〜!で、でも!私、きっと役に立ちますよ!」
私の決意はかなり固い。彼に迷惑をかけるのは心苦しいが必死に食い下がった。
「例えば?」
「私、鳥を操れます」
「ん?」
「何言ってるんだ?」
彼と門番が首を傾げた。
「だってペル様、昔おっしゃいましたよね!私の友達が強盗犯を捕まえる手伝いをした時、助かったって!」
「…あぁ、あったな」
そう言うと彼が『あの時の子供か』とぽんと手を打った。
「私の友達って、自分じゃないじゃないか」
「門番さんは静かにしてて!あの時は一羽しかいなかったけど、今は十羽います!絶対、ぜーったい役に立ちます!」
子供の時は隼のジェタ一羽だけだったが、彼が家族を持ちその子供達ともやり取りができるようになっているのだ。あの時のようにきっと役に立つはずだと、私は声を張り上げた。
「…ふむ。面白いじゃないか、君採用」
突然聞こえた声に上を向けば、国王が顔を覗かせてこちらを見ていた。
「コブラ様!彼女は女性です、危険な場所へ向かう事もあります。どうか考え直して下さい!」
「そこの采配はお前が決めたら良かろう。適材適所、何も全員が前線に立つ必要はない。ところで君、鳥を使って何ができるのか教えて欲しい。芸とかはできるのかね」
「やった事ないですけど、何かやってみせます!」
「君も話に乗るんじゃない!まったく…国王が採用と決めたのならおれからは何も言えないじゃないか」
「では採用だな」
「ありがとうございます!」
私は国王に深々と頭を下げた。
「なら早速手続きを。ついて来なさい」
「はい!失礼します門番さん、これからよろしくお願いします!」
「はいはい、良かったな」
さっきまで言い争っていた門番に頭を下げれば、やれやれといった感じで笑われた。私はわくわくしながら、前を歩く憧れた背中を追いかけた。
「まったく、コブラ様は…〇〇、君はどうして護衛隊に入りたいと思ったんだ?」
「…」
「どうした?」
「ペル様が私の名前をもう覚えてくれてる!」
たった一度、さっきの資料を見ただけで自分の名前を覚えてくれた事が嬉しくて飛び上がる。
「大袈裟だな。これから共に仕事をするんだ、名前を覚えておくのは当たり前だろう」
「でも護衛隊って人がたくさんいるから、全員覚えられないんじゃないのかなって」
「こんな特殊な入隊をした人間は忘れられないだろうな」
そう言って彼が小さく笑った。もっとよく見ようと覗き込めば、反対方向に顔を向けられてしまう。
「…ごほん、質問に答えなさい。どうして護衛隊に入りたいと思ったんだ?」
「ペル様と初めて会ったあの日。あなたに助かったと言われたからです」
すると彼が驚いて私を見つめ、大きくため息をついた。
「まさか、原因はおれか」
「忙しいペル様の役に立ちたいと思って。あわよくばまた褒められたい!あの時、とても嬉しかったので」
何年経ってもはっきりと思い出せる。それほど私にとって大切な記憶なのだ。
「動機がいささか不純だな。言っておくがあの時と今は違う。おれは立場上、君が部下となればそれなりの態度を取るだろう。その思い出を壊してしまう前に、もう一度考え直した方がいいんじゃないか?」
彼は立ち止まり真剣な顔で私を見た。面倒だとか迷惑という訳ではなく、純粋に私の事を心配してくれているのだと感じた。
「大丈夫です!私、護衛隊に入りたいです!」
「…はぁ。これは手のかかりそうな部下が入ってきた」
「心配して下さってありがとうございます!ペル様はやっぱり優しい!尊敬してます!」
「尊敬してくれているのなら、おれの言う事を聞いて欲しいんだがな」
「ここはちょっと譲れないですね」
「頑固だな」
彼についていった場所で、棚の中から取り出した資料を渡される。
「これが入隊の書類だ。よく目を通しておくように」
「はい」
分厚い紙束を受取り、一枚めくれば小さな字で紙が埋め尽くされている。それだけ決まりがあって厳しい仕事なのだ。
「それとこれは必ず親に読んでもらって、サインを貰うように」
差し出された一枚の紙には、亡くなった場合の処置の方法などが書かれていた。護衛隊は前線で戦い国を守る、だから戦闘で死ぬ事はおかしくはない。もちろん私は覚悟していた。
「わかりました」
机の上に置かれた紙を取ろうと手を伸ばせば、彼が取れないように指で押さえた。
「ペル様?」
「…おれが君の親なら、止めたいと思う」
これが最後だと目で訴えられる。それでも私は諦めたくなかったので、にっこりと笑った。
「きっとそれは誰がなろうとしても、思う事だと思いますよ」
しばらく見つめあった後、彼はため息をついて紙から手を離した。
「おれの負けだ。君の覚悟は相当なもののようだな」
「ありがとうございます、ペル様!」
私は紙を受け取るとなくさないように鞄へとしまった。
「気が変わったらいつでも受け付けるからな」
「ご心配なく!私が何年憧れてたと思ってるんですか!」
この仕事にも、あなたにも。
「私、頑張りますよ!」
そう言ってにっと笑えば、彼は困ったように笑うのだった。
そして護衛隊に入隊する事ができ、それからは訓練の毎日だった。
「うぎぎぎ…!」
「ほら頑張れ〇〇!それくらい持ち上げられないとやってけないぞ!」
男性ばかりの護衛隊で心配がなかったわけではないが、私が入った隊は比較的穏やかな人が多い所だった。
「あんま無理させんな。こういうのは順を追って重くしていくんだぞ」
「でもこいつ、昨日少し軽めのやつ持ち上げたからな」
きっと彼が気を利かせて、私が生活しやすい隊へ入れてくれたのだろう。
「だーっ!持ち上げたー!」
「やったな〇〇!」
持ち上げた砂袋をどすんと降ろすと、地面へ座り込む。
「もうダメ!動けない!」
「これぐらいでバテてたら遠征行けないぞ?1日ぶっ通しで歩くんだからな」
「ひどい時は2、3日。もしくはそれ以上」
「ひぇ…」
まだ遠征をした事はないが、彼らの話が本当ならもっと鍛えなければならない。
「あ、ペル様だ」
誰かが発した言葉にぱっと顔を上げれば、彼がこちらに向かって歩いてきていた。私は慌てて起き上がり、ぴしりと姿勢を正した。
「訓練は順調か?」
「「はい!」」
「お前達に頼みたい事があってな。西の海岸で海賊船を見たとの情報があった。もしものために、確認をしに行こうと思う。それについて来てほしい」
「「了解しました!」」
まさかの初遠征。西の海岸というとそこそこ距離がある。不安とわくわくが混ざった不思議な気持ちに、思わず顔が緩む。
「そして〇〇」
「はい!」
初遠征の心得とか注意点とかだろうかと、期待に胸をときめかせながら彼を見た。
「お前は留守番だ」
「はい!…え、何でですか!?」
思わず返事をしてしまったが、慌てて聞き直した。どうして自分だけ留守番なのか。
「お前には別の仕事を頼む。せっかく隼達に指示ができるんだ、有効活用しないとな」
「それは遠征行ってからでも…」
「詳しい事はまた説明する。引き続き訓練に励んでくれ」
彼はそう言うと、くるりと向きを変え歩き始めた。
「え、待って下さいよペル様!私も遠征行きたいです!」
「ダメだ。他の仕事を頼むと言っているだろう」
「なんで私だけ!意地悪しないで下さいよぉ!」
「意地悪じゃない、適正な判断だ」
「ペル様ぁ!」
早足で歩く彼の後ろを必死についていく。その姿がまるで親鳥の後ろを追いかける雛鳥みたいだとしばらく揶揄われた。
「では行ってくる」
「…気をつけて」
結局私は遠征について行く事が認められず、一人だけ留守番となったのであった。膨れっ面で彼らを見送りに出ると、皆に笑われた。
「そんな顔をするな。お前には別の仕事を任せただろう」
「そうですけど…」
「おれの采配がおかしいか?」
「…いえ」
彼の指示は間違う事はない。だからきっとこれが最善なのだろう。仕方なく諦めて肩を落とした。
「留守の間、仕事を任せた」
そう言うと、彼はぽんと私の頭に手を乗せた。
「〜っ!そうやって優しくすれば、私が言う事を聞くと思ってますね!?」
「違うのか」
「そうですよ!」
彼は笑うと手を引き、待っている他の人達の元へ歩いて行く。
「では行ってくる」
「ペル様お気をつけてー!あと他の皆さんもーっ!」
「お前『あと』ってなんだよ!失礼だぞ!」
「サボるんじゃねぇぞー!」
「そっちこそ!ペル様に迷惑かけないようにして下さいよ!」
「お前に言われたくねぇ!」
そんな事を叫びながら、離れて行く背中を見送った。
「ジェタ!ルイーダ!ペル様達と一緒に。異変があったらすぐ伝える事。二人とも気をつけて行ってらっしゃい!」
二羽は鳴き声を上げると、先に行った彼らの後を追うように飛んでいった。
「…さて、私はペル様に頼まれた仕事をするか」
遠征について行けなかった事にがっくりと肩を落としながら部屋へと戻る。彼から貰った仕事のリストを眺めながら、ふといい事を思いついた。
「これなら次は私も連れて行ってもらえる!」
私はすぐさまそれを行動に移す事にしたのだった。
ペル様達が遠征に行ってから一週間後。いつものトレーニングをしていると、頭上から隼達の鳴き声が聞こえた。
「ん?あ、ジェタ!ルイーダ!」
腕を伸ばし広げると二羽は左右の肩にそれぞれ降り立った。
「二人共お帰り。怪我とかはなさそうだね、良かった!えっと二人が揃って帰ってきたという事は…」
すると門の外が騒がしくなる。
「ペル様達が帰ってきたんだね!」
私はすぐさま彼がいなかった間にやり遂げた仕事の報告書をまとめて持ち、声のする方へと駆け出した。慣れたように壁を駆け上って顔を覗かせれば、やはり彼らが帰還し他の兵達に労いの言葉ををもらっている所だった。
「お帰りなさいペル様!他の皆さんもお帰りなさい!」
塀の上を走っていけば、彼がこちらに目を向ける。
「こら〇〇!どこを走っているんだ!危ないだろう!」
「そんな事よりこれを見て下さいよ!ペル様がいない間に私、これだけ仕事を終わらせたんですから!」
そう言って、彼に分厚い報告書の束を渡す。彼は受け取ると一枚一枚めくって目を通した。
「どうです?私だってやればできるんですから!」
これだけ仕事ができるのなら、遠征にだって連れて行ってくれるはず。『次はお前も連れて行こう』と彼が言うのを今か今かと期待して待つ。
「そうだな。よく頑張った」
「でしょう!」
もっと褒めてくれと胸を張るが、ペル様の後ろにいた同じ隊のメンバーが笑いを堪えているのを見て首を傾げる。
「何がおかしいんですか」
「いや…あまりにもペル様の言ってた通りだなと思ってさ」
「え?」
間抜けな声をあげれば我慢できなくなったのか、皆一斉に笑い出す。
「な、なんで笑うんですか!ペル様ぁ!」
「ん?あぁ、お前がおれに認めてもらおうと、与えた仕事以上の働きをするだろうと話していたんだ。それが見事に当たってたんで、皆笑っているんだろう」
「う…」
「後は…『次はお前も連れて行こう』と俺が言うのを待っている。か?」
「うぎぎ…」
全て読まれている。彼がすごいのか、私がわかりやすいのか。どちらにせよ作戦は失敗に終わった。
「おれの采配は間違っていなかっただろう?おれ達は無事に帰って来た、〇〇はよく仕事をしてくれた。何も悪い事はない、次からもこれでいくからな」
「えぇ!私また留守番ですか!?」
「その方が皆安心して自分の仕事ができる」
「私、皆さんの足を引っ張るような事しませんよぉ〜!」
「そういう意味で言っているんじゃない。おれは国王様へ報告に行ってくる。皆の荷解きを手伝ってあげなさい」
ぽんぽんと頭を撫でると、彼はさっさと行ってしまった。
「ペル様は意地悪だぁ!」
私は隊員達の荷物を手に取りながら、離れていく背中に向かって叫んだ。
それからも仕事と訓練の毎日。その合間にペル様との距離を縮めようと頑張る。隊のみんなは私がペル様を好きな事を知っているので『怒られない程度にな』と、生暖かい目で見守られていた。
「ペル様、私新しい特技を身につけました!」
仕事の報告ついでに、本日の作戦を実行する。
「ふむ、どんな特技だ?」
珍しくペル様が食いついた。いつもならため息をつきながら仕事に戻れというのに。今日は機嫌がいいらしい。これはチャンスと机の上の書類に目を通している彼へと詰め寄った。
「私、隼達と目だけで意思疎通ができるようになったんです!」
「そうか、それはすごいな」
自分から聞いてきたのに、相変わらずの塩対応だと唇を尖らせた。
「〜っ!ペル様、隼達と目で意思疎通ができるようになったということは、ペル様とも目だけで会話ができるという事ですよ!」
「その根拠は?」
「ペル様の能力のモデルがファルコンだからです!」
「まだ変身している時ならわかるが、今は人の姿だ。わからないだろう」
「いーえ!できます!なんなら今から実践してみましょう!」
ペル様の言う通りな気がするが、長い間見つめ合うと好きになるとかという噂を聞いた事があるので、是非実践してみたい。
「ペル様の今の気持ちを読み取ってみせます!」
「はぁ…仕方ない。付き合ってやろう」
ペル様は仕事がひと段落ついたのか、ペンを置き机の上に手をついた。
「〇〇、おれが今思っている事を当ててみなさい」
「任せてください!」
心の中でガッツポーズを決め、早速ペル様の顔を見つめる。
(やった!こんな近くでペル様のお顔が拝めるなんて!…というかなんでペル様のお肌こんなに綺麗なんだろ。髪の毛もツヤツヤ…)
「…どこを見ているんだ?目を見なければわからないだろう」
「あ、そうでした」
全く別の所を見ていた事に気づかれ、慌ててじっと彼の目を見つめる。ペル様の言ってた通り何も読めはしないが、あの噂が本当なら少しは私の事を気にしてくれるだろう。
「う…」
いつも見ているから目を合わせるくらい簡単だと思っていたが、射抜くような視線に先に目を逸らしたのは自分だった。
「だ、ダメです!わかりませぇん!」
「だろうな。さ、そろそろ訓練の時間だ。戻りなさい」
ペル様は小さく笑って椅子の背もたれに体重を乗せた。
「悔しい…」
自分と違って余裕のある姿に、私はまたしても唇を尖らせたのだった。
ある日。宮殿の中を歩いていると、憧れている背中が目に入る。
「ペル様!」
大きな声で名前を呼べば、足を止めくるりとこちらを振り返った。
「〇〇か。どうした?」
私は走って彼に近寄る。
「ただお姿が見えたので、呼んでみただけです!」
「なんだそれは…」
彼は困ったように笑うとゆっくりと歩き始め、私もそれについて行く。
「今日は隼達からの報告はないか?」
「はい、何事もなく平和だそうですよ」
「それは良かった」
「ペル様、後でお時間あれば手合わせお願いしてもいいですか?私この前、副隊長から一本取ったんですよ!」
「ふむ、それはよくやったな。でもダメだ。隊長から一本取れたら考えよう」
「何で!?ペル様厳しすぎる!他の人達とは稽古するのに〜!」
他愛もない会話をしながら歩く。彼は相変わらず素っ気ないが、私はこの時間が好きだ。
「あ、ペル様。国王様が隼達を使って芸が見たいっておっしゃってて、それで考えたんですけど…」
「ペル!」
長い廊下によく通る声に顔を向けると、ビビ様がこちらに向かって歩いてきた。
「あ…私帰りますね」
邪魔になってはいけないとすぐさま一歩後ろへ下り、一礼するとその場から離れた。そして通路の影からそっと様子を伺えば、何を話しているのかはわからないが楽しそうに笑い合っているのが見えた。ペル様はビビ王女。二人が一緒にいる光景を見るたびに、自分が立ち入る隙間なんてないのではと思い知らされる。段々と見ているのが辛くなって、私はその場から走り去った。
「勝てるわけない、でも好きなんですよぉ〜!」
ドンと空になったジョッキをテーブルに叩きつける。
「おい、誰だこいつに酒飲ませたやつ」
今日は同じ隊のメンバーと酒屋で飲み会をしており、やけ酒とまではいかないがいつもよりお酒を飲んでいた。
「どうせ私なんてビビ様の足元にも及ばないですよ!」
「誰も何も言ってないぞ」
「そもそもペル様とビビ王女がそんな関係だなんて誰が言ったんだよ」
「私の勘です」
「じゃあ当てにならないな」
「いーや!見てたらわかるんですよ!ペル様の表情、対応がまるで違う!」
「そりゃ相手はビビ王女だし…」
「それ以上の何かを感じるんですよぉ!」
「あーもう飲むのやめろやめろ!」
ジョッキを奪われ差し出された水を飲めば、少しだけ気分が落ち着いた。
「…最初からわかってたんですよ、私の恋は実らないって。それでもペル様のそばにいたくてここまで来た…私ってなんて健気なんですかねぇ!」
「健気って言葉の意味知ってるか?」
「知ってます!?初恋って実らないんですよぉ〜!」
「ダメだこりゃ…」
潤んできた目元を隠すように、テーブルに突っ伏した。護衛隊へ入る時に少しは覚悟していたつもりだったが、辛いものは辛い。
「大体ペル様が優しくてかっこいいのが悪いんですよぉ…ずっと憧れてて、ずっと好きだったんです…」
周りの喧騒にかき消され私の言葉は誰の耳にも届く事はなく、眠気に襲われゆっくりと意識を手放した。
遠くから隼達の鳴き声が聞こえる。
「…う〜ん、何?もうご飯の時間?」
ぼんやりとした意識の中、そういえば酒屋で飲んでいた事を思い出した。
「…あれ!?家だ!」
起き上がれば自分のベッドの上で、その周りを早く餌をくれと隼達が囲んでいた。
「え、私昨日寝落ちしてから記憶ないんですけど!?どうやって帰ってきた!?」
そんな事はどうでもいいと、隼達が餌を強請って身体を突く。
「いたっ!痛い!わかったわかったから!ご飯あげるって!」
仕方なく先に餌を与え、必死に昨日の記憶を辿ろうとする。しかしテーブルの上に倒れ込んでからの記憶が本当にない。隊員の誰かがここまで運んでくれたのか、それすらも定かではない。
「…まぁ、仕事行った時に聞けばいいか」
特に何もおかしな所はなかったので、自力で帰ってきたのかもしれない。次の仕事に行った時にでも誰かに聞けばわかるだろうと、そこまで気にしなかった。
「おはようございます。先日はお疲れ様でした」
「おーお疲れさん、二日酔いにならなかったか?」
「平気でした〜!それよりあの日、私どうやって帰ったんですか?全く記憶ないんですけど」
そう聞けば、皆苦笑いを浮かべながら顔を見合わせている。
「…な、なんなんですか?」
「お前、後でペル様にお礼言いに行った方がいいぞ」
「…え?」
長い廊下を全速力で走る。誰かに見つかったら怒られてしまうだろうが、そんな事気にしていられない。
「多分今の時間は会議してるだろうからぁ…」
息を切らせながら、アラバスタの偉い人達が集まる会議室の近くで待機する。少しするとゾロゾロと人が出てきて、その中に彼の姿を見つけた。
「…ぺ、ペル様!ペル様!」
できるだけ小声で彼の名を呼んだ。先に気づいたのはチャカ様で、私の顔を見てなぜか笑いながらペル様の肩を叩いた。ペル様は私を見ると小走りで駆け寄ってきたので、私も走って彼に近づく。
「ペル様!」
「どうした、何かあったのか?」
「はい。場合によってはとんでもない事です」
「聞かせてくれ」
「酔っ払った私を家まで送ってくれたのってペル様ですか?」
それを聞いたペル様は額に手を当て、大きなため息をはいた。
「…なんだ、そんな事か。まったく…何かあったのかと思って心配したんだぞ」
「否定しないって事は、本当なんですか!?」
「あぁ、そうだ。何かいけなかったか?」
「どうして!?飲み会に来るなら来るって言ってくださいよぉ!それなら私飲まずに待ってたのに!仕事の愚痴とか聞いて欲しかったんですよ!?」
彼はまた大きなため息をついた。
「お前の言いたい事はなんとなくわかる。どうして私を遠征に連れて行ってくれないんですか、だろう?」
「わかってるならお願いしますよ!」
「ダメだと前にも言った。お前の仕事はここで王国の情報収集と報告だ。戦闘への出動は認めん」
「ペル様のケチ〜!」
「上司に向かってケチとはなんだ。何もないなら仕事に戻りなさい」
彼に背中を押されて仕方なく歩き始める。
「お前の隼達がいないとできない仕事もあるんだ。自信を持って勤めなさい」
「別に私がいなくてもいいじゃないですか〜」
「そんな事はない。お前がいなければ、彼らへの指示は誰がするんだ」
「ペル様でもできますよぉ…あの子達はいい子だから…」
「いや、ダメだ。お前達の活躍に皆が期待している」
そう言って、大きな手でぽんと頭を撫でられれば何も言えなくなる。彼はこれをすれば私が大人しく仕事に戻ると知っているのだ。
「〜っ!ペル様の人たらしー!」
私はそう言い捨てて走り出した。
「誰が人たらしだ。おい、廊下は走るな!」
ペル様に怒られたので走るのはやめ、早歩きで訓練所へと戻るのだった。
訓練所へ戻れば、他の隊員達が休憩をしていた。
「〇〇、ちゃんとペル様にお礼言って来たかー?」
「…あ、お礼言うの忘れてた」
「何しに行ったんだお前…」
皆が苦笑いをして私を見た。
「ていうか!ペル様が来るって言ってくれれば、あんなに酔う事なかったんですよ!」
「俺らのせいかよ!こっちは驚かせてやろうと内緒にしてたんだぜ?」
「サプライズだよ、サプライズ!」
「サプライズは嬉しいですけど、何も記憶に残ってないんですよ!」
「そりゃ酒に弱いお前が悪いな」
私を除いて皆が大きな笑い声をあげた。私は子供っぽく地団駄を踏むしかなかった。
「相変わらず仲が良くていいな、この部隊は」
背後から聞こえた声に振り返れば、チャカ様が立っていた。
「「チャカ様!お疲れ様です!」」
「うむ」
「どうしたんですかチャカ様。急な仕事でも入りましたか?」
「いいや、最近ペルから部下がやる気に満ち溢れていて大変だと聞いて様子を見に来たんだ」
「お前の事だろ」
「やる気がある事の何が問題なんですか」
近くにいた先輩に肘で小突かれ、こちらも負けじと肘で小突き返す。
「ははは!確かに元気が有り余っているようだな。どうだおれと手合わせでもするか?」
「チャカ様と?」
「チャカ様!こいつこれまでまともに剣なんて持った事ないんですよ!危ないですって!」
「何も本物じゃなくてもいい、木刀はないか」
「それでも危ないですって!こいつ何するか分からないんですから!」
「それは楽しみだな」
チャカ様は他の隊員達が止めるのも聞かずに木刀を取り出して素振りを始めた。私はどうしたらいいのかわからず、その様子をただ見ていた。やっとこの前自分の隊の副隊長からお情けの一本を取っただけなのに、護衛隊の副官に敵うわけがない。
「どうした?急に元気がなくなったな。そんなに緊張しなくてもいい、いつもやっているようにかかってこい」
「…でも」
「おれに少しでも剣先を触れさせられれば、ペルに遠征へ連れて行くよう進言してやるぞ?」
「お願いします!」
「この馬鹿、即答しやがった!」
「チャカ様、どうかお手柔らかに」
「わかっている、心配するな」
不安そうな仲間達の視線を受けながら木刀を持ち、自分よりもかなり上にあるチャカ様の顔を見上げた。
「お、お願いします!」
「あぁ、どこからでもかかってこい」
自分の隊以外の人と手合わせするのは初めて、しかも相手は副官。緊張で手にじんわりと汗をかいているのがわかる。それにかかってこいと言われたが戦闘経験のない自分にもわかるほど、どこへ打ち込んでもダメだというのがわかった。
「…ふむ、打ち込んでこないか。なら、こちらから行くぞ!」
なかなか手を出さない自分に痺れを切らしたのか、チャカ様が容赦なく打ち込んでくる。
「うっ!?」
これまでの甘ったるい手合わせとは違い、一撃が速く、そして重い。なんとか受け止めるもその強さに手が痺れ、木刀を手放してしまいそうになる。
「受け流すだけでは勝負がつかんぞ!」
そうは言われても、今の自分にはギリギリでそれしかできない。
「構えが甘い!」
「くっ!?」
両手を上に跳ね上げられた瞬間、ガラ空きになった腹部に柄頭を打ち込まれ身体が真後ろに飛んだ。
「げほっ!…っう!」
「どうした、これで終わりか?その程度では、遠征など連れて行けんな」
「くっ…」
私は痛みに耐えてなんとか立ち上がる。
「よし…次いくぞ!」
チャカ様の攻撃を一つ受け流したと思えば、隙をつかれ一撃をくらう。その繰り返し。全身から痛みが走り、手の感覚はほぼなかった。
「まだまだ!」
チャカ様が大きく振り上げた木刀を受け止めるために自分の上に木刀を掲げる。きっとこの後、隙だらけの腹に一撃がくるだろうなと思いつつもどうしようもできない。せめてこの一撃だけでも受け止めてダメージを少なくしなければと歯を食いしばった。
「何をしているんだ!!」
大きな声が響いて、ピタリとチャカ様の手が止まる。
「しまった、親鳥が来たか…」
苦笑いを浮かべたチャカ様の視線を追えば、ペル様が怖い顔をしてこちらへと早足で向かって来ているのが見えた。
「…〇〇…どういう事だ、チャカ!」
ペル様はぼろぼろの私を見ると、すぐさまチャカ様の胸ぐらを掴み上げた。
「まぁ落ち着けペル。少し手合わせをしていただけだ」
「彼女は戦闘には出さないんだ、手合わせなど必要ない!」
「だが、もしもという事があるんだ。やっておいて損はないだろう?」
「だからと言ってお前とやる必要はない!力の差があるんだ、お前が本気を出せば彼女の腕の骨など簡単に…!」
「ペル」
チャカ様に咎められ、ペル様がしまったといった顔をして私を見た。なんとなく分かってはいたが、私はとても甘やかされていたようだった。
「…っ!チャカ様、お手合わせありがとうございました!」
私はチャカ様に頭を下げると、痛む身体に鞭を打ちその場から走り出した。
「待て〇〇!」
ペル様の呼び止める声が聞こえたが足を止める事はせず、そこから逃げた。
自分の部屋へと転がり込むようにして入り、鍵をかけてベッドへと倒れ込む。
「…っ、うぅ…」
悔しい、情けない、恥ずかしい。色んな感情が混ざり合って涙が溢れた。一番の古株である隼のジェタがベッドへと飛び乗って私の様子を伺うように鳴いたが、私はそれに答える事はできなかった。
部屋へと逃げ帰りどれくらい経っただろうか。ジェタが何かを察知してベッドから飛び立つと、控えめなノックが聞こえた。
「…〇〇、いるか?」
訪れた人物の正体がわかり、静かに息を潜めた。
「その…さっきの手合わせで怪我をしただろう。手当をしたいんだが、出てきてくれないか?」
「…」
私は何も答えず、ベッドの中へ潜り込んだ。するとジェタが入口の方へと近づき、一声鳴いた。
「…そうか、寝ているのか。なら、ここへ薬などが入った箱を置いておくから、お前の友達が起きたら教えてやってくれないか」
彼がそう言うと、返事をするようにジェタが鳴いた。私を気遣って、代わりに返事をしてくれたのだろう。部屋の前から人の気配が消えると、私は起き上がり入り口の戸を開け顔を覗かせた。戸を開いたすぐ横に救急箱が置いてあるのを見つけ、それを手に取り部屋へと戻る。
「…ありがとうジェタ。ジェタが返事しなかったら、ペル様ずっとあそこに立ったままだったよ」
きっと彼にはジェタの嘘なんてわかっていたが、『顔を見せたくない』と遠回しに言われ仕方なく帰ったのだろう。私は救急箱から傷薬を取り出し、片っ端から目に入った傷跡に塗り込んでいった。
「〜っ!痛い…」
大量に使ったせいで部屋が消毒液臭くなってしまい、すぐに窓を開けた。空には星が出始め、もう日が沈みかけていた。
「…長い間泣いてたんだ、私」
朱色と紺色が半々になった境目をじっと見ていると、何かが横切った。
「…ペル様だ」
きっと偵察だろう。大きかった影がどんどん小さくなっていく。
「…私、もっと強くなるよ。ペル様の事が好きってだけじゃなくて、ペル様に喜んで欲しくて護衛隊に入ったんだ」
今の自分では足手まといだ。それをはっきりと自覚した。ジェタが私の肩にとまり、慰めるように毛繕いをしてくれる。
「明日から特訓だ〜!筋トレして剣術もやって走り込みもして…あ、仕事もしないとな。時間足りないよ〜」
私は散らかした救急箱を片付け、明日のための準備をするのだった。
「おはようございまーす!」
「おう、おはよう…あー大丈夫か?身体とか…その、色々…」
「え?何がですか?」
隊長が言葉を選びながら声をかけてくるが、私の中では昨日の事はもう終わっている。
「いや、お前が平気ならいいんだ。別に俺達はお前の事を…」
「それより隊長!剣術教えてくださいよ!正面から受けるんじゃなくて、こう…流す感じで避ける〜みたいな?」
皆がぽかんと口を開いて立ち尽くす。
「馬鹿がいるぞ馬鹿が」
「お前昨日ので懲りただろ。あんだけチャカ様にやられたってのによ」
「いやでもまだ一本入れてないし」
「入れるつもりでいるのか」
「やっぱり馬鹿だ」
「だって遠征に行きたいんだもん!チャカ様に進言してもらえば、さすがのペル様も了承してくれるはず!」
「お前がチャカ様に勝てるわけないだろ。チャカ様直属の隊長ですら、大変だって言うのに…」
「勝つ必要はないんですよ、剣先がちょっとでもかすれば私の勝ちなんですから!」
私は木刀を取り出して素振りを始めた。隊長を始め他の隊員達は苦笑いを浮かべながらも、同じように木刀を手に取った。
「まずは構え方からだな。基礎ができてなきゃ、何やったってダメだ」
「チャカ様に迷惑かけるのもあれだし、付き合ってやるよ。その代わりペル様には言うなよ?絶対怒るから」
「ありがとうございます!」
それから仕事と訓練の合間に稽古をつけてもらうようになった。
「チャカ様!お忙しいところ申し訳ありません!一本お願いします!」
そして私は週に一度、チャカ様に手合わせを挑みに行った。
「…手合わせするのはいいが、前回の事でペルにきつく言われてだな。また見つかるとどうなるか…」
「それなら大丈夫です!ペル様は遠征で留守にしていますので!」
「なるほど、鬼の居ぬ間に…というやつか。いいだろう、かかってきなさい」
勝てる見込みなんてないが、それでも着実に力はついてきている。初めての頃に比べて、チャカ様の攻撃を受け流すのも苦ではなくなった。
「ただいま戻ってきた。おれがいない間に変わった事はなかったか?」
「はい、何も。アラバスタは今日も平和です」
遠征から帰ってきたペル様に呼ばれ、彼がいなかった間の状況を報告する。
「…〇〇、えらく傷だらけだな。どうしたんだ」
彼にじっと見つめられ、ぎくりと固まる。チャカ様や他の隊員達との手合わせで、擦り傷やアザなど身体に傷が絶えなかった。
「えーと、隼達と喧嘩しちゃって…」
「隼達と?それは珍しいな」
「えぇ、はい…新しい子がなかなか手強くて…」
本当はそんな事ないのだが、チャカ様達と手合わせしている事がバレると怒られると思い言わなかった。
「そうか、傷はちゃんと手当をしておくんだぞ」
「は、はーい」
気づかれてしまうかと思ったが、彼はそれ以上何も言わなかったので部屋を後にした。
それからも鍛錬の日々は続く。ペル様が遠征でいない時はチャカ様に手合わせをお願いしに、それ以外は同じ隊員に。ペル様に見つからないようにやるのは大変だったが、それでも少しずつ力をつけていった。
「最近、遠征に連れて行けと言わなくなったな」
報告書をまとめていると、突然ペル様がそんな事を言った。
「そ、そうですかね…?」
「あぁ。前はおれが言うよりも先に出発日を調べて、志願しに来ていただろう」
そう言われて言葉に詰まる。確かに最近は鍛錬に集中していてすっかり忘れていた。
「い、今ちょっと…忙しいというか、なんというか…まだ幼い隼の子のお世話があってですね…」
「そうか」
彼はそれ以上何も聞かず、いつも通りの様子にほっと息をついた。
今日もペル様が遠征に行っている間に、チャカ様に手合わせを挑む。
「うぎぎ…!」
「ほぅ、だいぶん力がついたようだな〇〇。おれの攻撃に耐えられるようになったじゃないか」
「ま、まだまだぁ!今日こそはチャカ様に一撃決めますよ!」
「いい心意気だ、やってみろ!」
二度目の攻撃が来る前に一度離れる。ただ闇雲に近づけばいいものではないと学んだ。適切な間合いと攻撃のタイミング。それを見抜けなければ、チャカ様に一撃なんて当てられない。
「さぁ、あまり時間はないぞ。早くしないとペルが帰ってくる」
一か八か同じ部隊の隊員達と練習した技をやってみようと、ぎゅっと木刀の柄を握った。
「行きます!」
「来い!」
わざと大きく木刀を振りかぶれば、隙だらけの部分に攻撃がくるはず。狙い通りにチャカ様はガラ空きの腹へと狙いを定めた。それを受け流しながら姿勢を低くする。小さな身体を使ってするりとチャカ様の横を通り抜けると、身体を捻り木刀を振った。
「っ!?」
チャカ様の死角に入り込みこれならいけると思っていたら、素手で木刀を受け止められてしまった。
「ええっ!?」
驚いている間に木刀を取り上げられて地面に転がった。
「くぅ…まさか素手で掴まれるなんて…チャカ様もう一度!」
「いや、もう十分だ」
「え!?そんな、私まだやれますよ!」
私は見放されてしまったのかと慌てて立ち上がりチャカ様に縋りつくと、彼は大袈裟に笑った。
「違う。一番初めに言ったじゃないか」
「え?」
「おれに少しでも剣先を触れさせられたら、ペルに遠征へ連れて行くよう進言してやると」
「確かに言ってましたが…」
「剣は取られたが、おれに触れた。ならお前の勝ちだ」
「…え?勝った?私が?」
「どうだペル、彼女のやる気は本物だ!こそこそ隠れて見てないで、こちらへ来たらどうだ?」
「え、ペル様?」
私はこの展開に追いつけず、おろおろとチャカ様を見てその視線の先を追った。すると、柱の影からペル様が気まずそうな顔をして出てくる。
「ペル様…」
怒られるかなと、そろりとチャカ様の後ろへ下がる。それを見てペル様は大きなため息をついた。
「…叱られるとわかっているなら、おれに隠れて鍛錬などしなければいいだろう」
「よく言う、お前も隠れて見ていただろうに」
「…」
チャカ様がぽつりと言えば、ペル様がじっと睨みつけるが気にした様子もなく笑った。
「まったく…お前の諦めの悪さには困ったものだな」
私は緊張しながら姿勢を正し、彼の様子を見ていた。
「…そこまでして、ついて来たいのか」
「はい!私も一緒に行きたいです」
「……わかった。次の遠征、同行を許可する」
「…え、いいんですか!?」
彼は渋々といった表情で答えた。
「いいも何も…ここでおれがいいと言わなければ、お前を遠征に行かせるためにチャカが何か策を考えるはずだ。突然お前が入るくらいなら、最初からいてくれた方が対応が効く」
「私、足手まといにならないよう頑張りますよ」
「おれはお前の事をそんな風に思った事はない。それに同じ部隊の者達もそうだ。皆、お前に怪我をさせたくないのだよ」
そう言って、彼は困ったように笑った。
「随分と可愛がられているようだな。まぁ良かったじゃないか、これで遠征に行けるんだ」
隣でチャカ様が楽しそうに笑った。
「ありがとうございます、チャカ様」
「向上心があるのはいい事だ。これからも鍛錬は怠らないようにな」
「はい!」
「〇〇、早速遠征の打ち合わせを行う。来なさい」
「はい、ペル様!」
私はチャカ様にもう一度頭を下げると、ペル様の後ろを走って追いかけた。やっと護衛隊として本格的な仕事ができる、それが嬉しくて手合わせで受けた痛みなど全く気にならなかった。
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