水仙を絶つ
* * *
五人が後に聞いた話によれば、最近不穏な動きをする輩が裏裏山辺りで目撃されており、その調査忍務には六年生が当たっていたという。
城仕えの男は自身の主人を裏切り、私服を肥やして忍びを雇い、山賊崩れを引き入れて謀反を引き起こそうとしていた。男の仕える城から遠いこの地にいたのは、主人に気取られることを極力避けるためだとか。
ところがそんな折、城仕えの男は山賊崩れのあまりの品の無さに嫌気がさし、忍びを使って殺させた。
というのが、あの日五年生が居合わせた現場であり、では何故居合わせたかと言えば、もちろんそれは小平太のせいである。
六年生の調査忍務は城仕えの男の身柄の確保も含まれており、それには忍びたちの数が多過ぎた。分断しようにもなかなか機会がなく、手をこまねいていたところに鴨がいた。
鴨には葱を与え、さながら人参をぶら下げた馬の如く走って貰おうと考えたのは、一体何花何蔵先輩かは、五人の脳裏には同じ男が浮かんでいる。
「なんか俺、変なものに目覚めそうになっちゃった」
自分で自分の体をかき抱く勘右衛門がそう言うと、べしりと兵助がすかさず脳天に手刀を落として諌める。
「いたっ、兵助はあんなの聞かせられて、あんな顔されてなんとも思わなかったの?」
勘右衛門が兵助の肩に腕を置き、どうなのさとばかりに頬をつついた。その手を煩わしげに払い除けるも、思い出してしまったのか頬が少し色づいた。
「なーにを聞いたって?」
勘右衛門が寄りかかるのとは逆の肩に三郎が乗り、赤く色づいた頬を指差した。
勘右衛門が身を乗り出し、どこからか取り出した人形を腕にはめ、かくかくしかじかと報告すると、えぇっ!? と目を丸くしたのは三郎だけでなく、後ろで聞いていた雷蔵と八左ヱ門も一緒であった。
「く、口吸い!? おほー……六年生て凄いな」
「そうだよね、口吸いくらい何食わぬ顔でするよね、くノ一だし、六年生だもの……」
「相手が七松先輩ってのが驚きだよ。あの七松先輩と?」
八左ヱ門と雷蔵が衝撃を受けているところに、顎に手を添えて眉を寄せる三郎に、勘右衛門が、チッチッチ、と舌を鳴らして指を揺らす。
「六年生相手なら誰だって有り得るだろ?」
勘右衛門が眉を下げてそう言うと、四人は確かにと頷いた。
兵助の脳裏には彼女の唇が輝く様が思い起こされ、あの口で豆腐を食べてくれたらと考えてしまう。ぶるぶると頭を振るってそんな考えはどこかへとやってしまうには限るが、そんな時に限って彼女はやって来る。
「ごめんねぇ、五年生のみんなに無理矢理手伝わせちゃって」
彼女はお詫びと言って包みを一つ掲げると、そこには五本の団子が入っており、喜んで包みを受け取った。
五人は彼女を是非ご一緒に、と誘うと実は別なおやつを持参しており、悪いなぁ、と零しながら長屋へと連れ立って歩く。
長屋の縁側に腰掛けると、五人はそれぞれ一本ずつ串を取り、いただきます、と揃えて言ってがぶりと食んだ。柔らかくもちもちとした弾力に頬を膨らませる五人に、彼女はけらけらと笑っている。
「——先輩、一つお聞きしたいのですが」
三郎が手を挙げると、彼女は城仕えの男からひったくった金平糖を齧っており、首を傾げて顔を向ける。
「はい、なんですか鉢屋三郎くん」
きりりと眉を上げて返す彼女に、くすくすと笑むのは他四人だ。
何を問おうというのか、ごくりと唾を呑み込んで、意を決したような面持ちで口を開く三郎に、思わず兵助や勘右衛門、八左ヱ門に雷蔵の肩にも力が入った。
「六年生の先輩方のうち、どなたとの口吸いがいちばん好いのでしょう」
あまりにも不躾な問いに五年生四人が同時に三郎の頭を叩き、次いで見た彼女の顔に驚いた。
目を丸くして頬を赤らめ、かと思えばハッとして眉を下げる彼女は、まさに恥じらう女の表情をしており、五人の顔までも訳も分からず羞恥に染まる。
「……なぁんで私が全員と口吸いしたことある前提なのかなぁ」
熱くなった頬を冷ますように両手で顔を包みながら、指の隙間から目だけを覗かせた彼女は、縮こまるようにころりと寝転がった。
五人は彼女を真似て横になり、そうして頬杖をついた彼女が笑うとつられて笑う。
「優劣なんてないよ、愛しい人との口吸いを浮かべるの。そうしたら、誰とでも気持ち良くなれるものだよ」
彼女は照れ臭さに赤く色付く頬を晒し、愛しげに目を細めてみせる。
彼女の指す愛しい人とは、なんて考えるのはきっと無駄なことだ。
その顔はまるで自分を好いていると言っているようなもので、けれどこれが彼女の武器なのだと悟ったのは、くノたまであることを思い出したからだ。
はぁ、と意味もなく漏らした溜息は五つ分で、仲の良いことで、と呑気に笑う彼女にはどうやっても勝てそうもない。
「これでは先輩たちが隠そうとするのも頷ける」
「まったくだ」
勘右衛門の呟きに、三郎が大仰に頷いて同意する。
他の三人も言葉にはしないものの、うんうんと頷くのに対し、彼女は金平糖をもう一つ齧った。
そして不意に起き上がるのに合わせ、怪訝そうな顔で五人も体を起こせば、彼女はもう縁側から降りていて、くるりと背を向けると肩越しに手を振った。
「それじゃあまたね!」
彼女が駆けていく先には六年生の姿があり、彼女を招き入れた彼らはフッ、と彼女には見えぬよう五年生に向けて酷く挑発的な笑みを浮かべた。
五人はそれに嫌そうな顔を返したが、もちろん抗議の声を上げることは無い。下手に関わってまた面倒に巻き込まれるのはごめんであり、今は珠玉に手を出す気力も残っていない。
夜通し走り続けていた体は既に限界を迎えており、早々に眠気が襲ってくる。
「あの人たち、すっごい大人げない」
勘右衛門のその呟きには四人が声を揃え、激しく同意、と返したのであった。
五人が後に聞いた話によれば、最近不穏な動きをする輩が裏裏山辺りで目撃されており、その調査忍務には六年生が当たっていたという。
城仕えの男は自身の主人を裏切り、私服を肥やして忍びを雇い、山賊崩れを引き入れて謀反を引き起こそうとしていた。男の仕える城から遠いこの地にいたのは、主人に気取られることを極力避けるためだとか。
ところがそんな折、城仕えの男は山賊崩れのあまりの品の無さに嫌気がさし、忍びを使って殺させた。
というのが、あの日五年生が居合わせた現場であり、では何故居合わせたかと言えば、もちろんそれは小平太のせいである。
六年生の調査忍務は城仕えの男の身柄の確保も含まれており、それには忍びたちの数が多過ぎた。分断しようにもなかなか機会がなく、手をこまねいていたところに鴨がいた。
鴨には葱を与え、さながら人参をぶら下げた馬の如く走って貰おうと考えたのは、一体何花何蔵先輩かは、五人の脳裏には同じ男が浮かんでいる。
「なんか俺、変なものに目覚めそうになっちゃった」
自分で自分の体をかき抱く勘右衛門がそう言うと、べしりと兵助がすかさず脳天に手刀を落として諌める。
「いたっ、兵助はあんなの聞かせられて、あんな顔されてなんとも思わなかったの?」
勘右衛門が兵助の肩に腕を置き、どうなのさとばかりに頬をつついた。その手を煩わしげに払い除けるも、思い出してしまったのか頬が少し色づいた。
「なーにを聞いたって?」
勘右衛門が寄りかかるのとは逆の肩に三郎が乗り、赤く色づいた頬を指差した。
勘右衛門が身を乗り出し、どこからか取り出した人形を腕にはめ、かくかくしかじかと報告すると、えぇっ!? と目を丸くしたのは三郎だけでなく、後ろで聞いていた雷蔵と八左ヱ門も一緒であった。
「く、口吸い!? おほー……六年生て凄いな」
「そうだよね、口吸いくらい何食わぬ顔でするよね、くノ一だし、六年生だもの……」
「相手が七松先輩ってのが驚きだよ。あの七松先輩と?」
八左ヱ門と雷蔵が衝撃を受けているところに、顎に手を添えて眉を寄せる三郎に、勘右衛門が、チッチッチ、と舌を鳴らして指を揺らす。
「六年生相手なら誰だって有り得るだろ?」
勘右衛門が眉を下げてそう言うと、四人は確かにと頷いた。
兵助の脳裏には彼女の唇が輝く様が思い起こされ、あの口で豆腐を食べてくれたらと考えてしまう。ぶるぶると頭を振るってそんな考えはどこかへとやってしまうには限るが、そんな時に限って彼女はやって来る。
「ごめんねぇ、五年生のみんなに無理矢理手伝わせちゃって」
彼女はお詫びと言って包みを一つ掲げると、そこには五本の団子が入っており、喜んで包みを受け取った。
五人は彼女を是非ご一緒に、と誘うと実は別なおやつを持参しており、悪いなぁ、と零しながら長屋へと連れ立って歩く。
長屋の縁側に腰掛けると、五人はそれぞれ一本ずつ串を取り、いただきます、と揃えて言ってがぶりと食んだ。柔らかくもちもちとした弾力に頬を膨らませる五人に、彼女はけらけらと笑っている。
「——先輩、一つお聞きしたいのですが」
三郎が手を挙げると、彼女は城仕えの男からひったくった金平糖を齧っており、首を傾げて顔を向ける。
「はい、なんですか鉢屋三郎くん」
きりりと眉を上げて返す彼女に、くすくすと笑むのは他四人だ。
何を問おうというのか、ごくりと唾を呑み込んで、意を決したような面持ちで口を開く三郎に、思わず兵助や勘右衛門、八左ヱ門に雷蔵の肩にも力が入った。
「六年生の先輩方のうち、どなたとの口吸いがいちばん好いのでしょう」
あまりにも不躾な問いに五年生四人が同時に三郎の頭を叩き、次いで見た彼女の顔に驚いた。
目を丸くして頬を赤らめ、かと思えばハッとして眉を下げる彼女は、まさに恥じらう女の表情をしており、五人の顔までも訳も分からず羞恥に染まる。
「……なぁんで私が全員と口吸いしたことある前提なのかなぁ」
熱くなった頬を冷ますように両手で顔を包みながら、指の隙間から目だけを覗かせた彼女は、縮こまるようにころりと寝転がった。
五人は彼女を真似て横になり、そうして頬杖をついた彼女が笑うとつられて笑う。
「優劣なんてないよ、愛しい人との口吸いを浮かべるの。そうしたら、誰とでも気持ち良くなれるものだよ」
彼女は照れ臭さに赤く色付く頬を晒し、愛しげに目を細めてみせる。
彼女の指す愛しい人とは、なんて考えるのはきっと無駄なことだ。
その顔はまるで自分を好いていると言っているようなもので、けれどこれが彼女の武器なのだと悟ったのは、くノたまであることを思い出したからだ。
はぁ、と意味もなく漏らした溜息は五つ分で、仲の良いことで、と呑気に笑う彼女にはどうやっても勝てそうもない。
「これでは先輩たちが隠そうとするのも頷ける」
「まったくだ」
勘右衛門の呟きに、三郎が大仰に頷いて同意する。
他の三人も言葉にはしないものの、うんうんと頷くのに対し、彼女は金平糖をもう一つ齧った。
そして不意に起き上がるのに合わせ、怪訝そうな顔で五人も体を起こせば、彼女はもう縁側から降りていて、くるりと背を向けると肩越しに手を振った。
「それじゃあまたね!」
彼女が駆けていく先には六年生の姿があり、彼女を招き入れた彼らはフッ、と彼女には見えぬよう五年生に向けて酷く挑発的な笑みを浮かべた。
五人はそれに嫌そうな顔を返したが、もちろん抗議の声を上げることは無い。下手に関わってまた面倒に巻き込まれるのはごめんであり、今は珠玉に手を出す気力も残っていない。
夜通し走り続けていた体は既に限界を迎えており、早々に眠気が襲ってくる。
「あの人たち、すっごい大人げない」
勘右衛門のその呟きには四人が声を揃え、激しく同意、と返したのであった。
4/4ページ