露草を抱く
* * *
「良かったねー、再試験免れたー!」
学園長先生への報告を終えた面々が長屋へ戻ることを許されたのは、朝日も上り切った頃であった。
むにゃむにゃと欠伸混じりに伸びをする彼女につられて欠伸を噛み殺す文次郎と留三郎、そして小平太の三人。
くノ一教室の他のくノたまたちも既にオシロイシメジ城から引き上げており、唯一の六年生である彼女がその元凶を断ったことで、先程まで後輩たちが囲んでいたのを用事があると言って抜け出して来たのだ。
用事とはもちろん、五年生の久々知兵助から借りた寸鉄を返すことであり、彼女はそれを手に何度か握ってくるくると指に回す。
「——羞恥心だけならば、浅慮な行動には移らんだろう。報復か?」
仙蔵が唐突にそう切り出したものの、さして彼女は気にした様子もなく歩みを進める。
おはようございますという元気な挨拶に、はいおはよーと呑気に返している彼女の背に、六人分の視線が注がれる。
「報復って言うとなんだか仰々しいけれどさ、だってやっぱり後輩が傷付けられたんだから、そこはガツンっとお返ししないとね!」
ガツンとで命を持っていく、その豪胆なやり口は、流石はくノ一と言ったところか。
屈託のない笑みを浮かべた彼女に、呆れに富んだ笑みが六人の間で交わされるのを、傍から見ていた下級生が眉を顰めて首を傾げた。
末恐ろしい女だと、零したのは誰だったか。
「あ、兵助いた! おはよう! 兵助これありがとう! 本当に助かったよ〜」
久々知兵助を視界に収めた彼女は、突撃とばかりに駆け寄ると、まだ顔も洗っていないと慌てる兵助を無視して感謝に肩を叩く。
先輩に頭を下げられているのは居心地が悪いのか、兵助がこちらこそありがとうございますと口にして頭を下げるもので、おかしな二人が出来上がってしまう。
顔を上げた彼女はけらけらとした笑い声を上げると、何事かを思いついた顔をして兵助の耳に顔を寄せる。ついでとばかりに隣にいた尾浜勘右衛門にも何事かを囁くと、目を輝かせる兵助の後ろで、彼女と勘右衛門はにやりとした笑みを浮かべ合う。
それじゃ、と二人に別れを告げた彼女はてけてけと六年生の前に戻ると、良い笑顔で親指を立てた。
「みんなで兵助の豆腐をご馳走になれるよ! やったね!」
「なにがやったね、だ! 巻き込みやがって!」
「お前なんか尾浜勘右衛門と企んでたよな、なに企んでんだ!」
文次郎と留三郎が彼女の頭を左右からごりごりと拳で挟むと、悲鳴を上げた彼女は長次の背後へと隠れた。
「……もそ、あまり良からぬことは企むんじゃない」
「何を企んだか言ってみろ!」
「嫌だよ言わないよ! それじゃあ面白くないでしょうが」
けらけらとした笑い声は朝の忍たま長屋にはよく響き、彼女の笑い声につられてどうしたのかとわらわらと人が集まり出す。
彼女はよく人を惹きつけるが、けれど誰にも触れさせないように振る舞うのだからタチが悪い。
小平太と六年生の周りをぐるぐると回る彼女の首根っこを掴み上げたのは仙蔵で、伊作の覗き込む顔が目の前に来ると途端に大人しくなる。
「なんでお前は伊作には素直になるんだ」
仙蔵が眉を寄せれば、彼女は酷く居心地が悪いと言わんばかりに目を泳がせ、次いで観念したように力を抜いた。
「なんかほら、怒らせたら傷口に塩塗られるかもしれないし……」
しりすぼみとなる声に、彼女の頬を左右に引っ張りあげるのは伊作の手であり、そんなふうに思われていたとは心外であったのだ。
無言で頬を引っ張る伊作に、謝る彼女の悲鳴が木霊する。
ようやく離された彼女は膝をつき、よよよと泣き真似をしていれば、下級生たちが心配そうに近寄って来る。しかし、騙されるのは下級生までであり、同級生にはもちろん通じるはずもない。
「散れ散れ、こいつのは嘘泣きだ」
「お前も下級生を揶揄うな、こいつらが女人不信となったらどうしてくれる」
哀れにも騙されそうになっている下級生を散らす文次郎と留三郎に、顔を上げた彼女は舌打ちをする。
長次の手で立ち上がった彼女はその手をするりと離すと六人に向き直り、それじゃあと目尻に涙を浮かべて言う。
「本当に眠くなってきたから帰る。夕餉に兵助が豆腐をご馳走してくれるから、絶対に逃げないでよね」
そう言いたいことだけ言って背を向ける自由に足が生えた存在の彼女に、六人は苦い顔をする。けれど断る言葉を持たない彼らは、何を企んでいるかは知らないが、それはそれとして眠いと、彼女につられて落ち始める瞼に気合いを入れ、部屋に戻ろうと歩み始めた。
朝日はとうに、頭上で眩しいほどに輝いているというのに、それぞれの長屋の部屋に辿り着いた六年生は、一様にしてろくに布団も敷かずに横になった。
「良かったねー、再試験免れたー!」
学園長先生への報告を終えた面々が長屋へ戻ることを許されたのは、朝日も上り切った頃であった。
むにゃむにゃと欠伸混じりに伸びをする彼女につられて欠伸を噛み殺す文次郎と留三郎、そして小平太の三人。
くノ一教室の他のくノたまたちも既にオシロイシメジ城から引き上げており、唯一の六年生である彼女がその元凶を断ったことで、先程まで後輩たちが囲んでいたのを用事があると言って抜け出して来たのだ。
用事とはもちろん、五年生の久々知兵助から借りた寸鉄を返すことであり、彼女はそれを手に何度か握ってくるくると指に回す。
「——羞恥心だけならば、浅慮な行動には移らんだろう。報復か?」
仙蔵が唐突にそう切り出したものの、さして彼女は気にした様子もなく歩みを進める。
おはようございますという元気な挨拶に、はいおはよーと呑気に返している彼女の背に、六人分の視線が注がれる。
「報復って言うとなんだか仰々しいけれどさ、だってやっぱり後輩が傷付けられたんだから、そこはガツンっとお返ししないとね!」
ガツンとで命を持っていく、その豪胆なやり口は、流石はくノ一と言ったところか。
屈託のない笑みを浮かべた彼女に、呆れに富んだ笑みが六人の間で交わされるのを、傍から見ていた下級生が眉を顰めて首を傾げた。
末恐ろしい女だと、零したのは誰だったか。
「あ、兵助いた! おはよう! 兵助これありがとう! 本当に助かったよ〜」
久々知兵助を視界に収めた彼女は、突撃とばかりに駆け寄ると、まだ顔も洗っていないと慌てる兵助を無視して感謝に肩を叩く。
先輩に頭を下げられているのは居心地が悪いのか、兵助がこちらこそありがとうございますと口にして頭を下げるもので、おかしな二人が出来上がってしまう。
顔を上げた彼女はけらけらとした笑い声を上げると、何事かを思いついた顔をして兵助の耳に顔を寄せる。ついでとばかりに隣にいた尾浜勘右衛門にも何事かを囁くと、目を輝かせる兵助の後ろで、彼女と勘右衛門はにやりとした笑みを浮かべ合う。
それじゃ、と二人に別れを告げた彼女はてけてけと六年生の前に戻ると、良い笑顔で親指を立てた。
「みんなで兵助の豆腐をご馳走になれるよ! やったね!」
「なにがやったね、だ! 巻き込みやがって!」
「お前なんか尾浜勘右衛門と企んでたよな、なに企んでんだ!」
文次郎と留三郎が彼女の頭を左右からごりごりと拳で挟むと、悲鳴を上げた彼女は長次の背後へと隠れた。
「……もそ、あまり良からぬことは企むんじゃない」
「何を企んだか言ってみろ!」
「嫌だよ言わないよ! それじゃあ面白くないでしょうが」
けらけらとした笑い声は朝の忍たま長屋にはよく響き、彼女の笑い声につられてどうしたのかとわらわらと人が集まり出す。
彼女はよく人を惹きつけるが、けれど誰にも触れさせないように振る舞うのだからタチが悪い。
小平太と六年生の周りをぐるぐると回る彼女の首根っこを掴み上げたのは仙蔵で、伊作の覗き込む顔が目の前に来ると途端に大人しくなる。
「なんでお前は伊作には素直になるんだ」
仙蔵が眉を寄せれば、彼女は酷く居心地が悪いと言わんばかりに目を泳がせ、次いで観念したように力を抜いた。
「なんかほら、怒らせたら傷口に塩塗られるかもしれないし……」
しりすぼみとなる声に、彼女の頬を左右に引っ張りあげるのは伊作の手であり、そんなふうに思われていたとは心外であったのだ。
無言で頬を引っ張る伊作に、謝る彼女の悲鳴が木霊する。
ようやく離された彼女は膝をつき、よよよと泣き真似をしていれば、下級生たちが心配そうに近寄って来る。しかし、騙されるのは下級生までであり、同級生にはもちろん通じるはずもない。
「散れ散れ、こいつのは嘘泣きだ」
「お前も下級生を揶揄うな、こいつらが女人不信となったらどうしてくれる」
哀れにも騙されそうになっている下級生を散らす文次郎と留三郎に、顔を上げた彼女は舌打ちをする。
長次の手で立ち上がった彼女はその手をするりと離すと六人に向き直り、それじゃあと目尻に涙を浮かべて言う。
「本当に眠くなってきたから帰る。夕餉に兵助が豆腐をご馳走してくれるから、絶対に逃げないでよね」
そう言いたいことだけ言って背を向ける自由に足が生えた存在の彼女に、六人は苦い顔をする。けれど断る言葉を持たない彼らは、何を企んでいるかは知らないが、それはそれとして眠いと、彼女につられて落ち始める瞼に気合いを入れ、部屋に戻ろうと歩み始めた。
朝日はとうに、頭上で眩しいほどに輝いているというのに、それぞれの長屋の部屋に辿り着いた六年生は、一様にしてろくに布団も敷かずに横になった。
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